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- 4030
- Date
- 2020.03.18 Wed
五井先生・如是我聞・総まとめ記事♪如是我聞 --時折り五井先生より拝聴したお話--♪「悟った状態というのは、全てのことに感謝出来るということですよ」「感謝の想いは光」「感謝の心」は「(神に)おまかせの心」自分が生きているのではない。神さまに生かされているのだ。♪ 「和顔愛語」「金銭に清らかであれ」「愛というのは与えっぱなしなんですよ。少しでも報酬を求めるのは愛ではない」失敗したら「また新しく出直そうよ」とサラッと言って励ましてあげよう。♪「天命を信じて人事を尽くす」「宗教の極意は執着と虚栄心を捨てることである」「神界では、言葉と想いと行動が一つなのである」人のために尽くそう。 陰徳ということが大事なのだ。それは天に宝を積んでいることなのだから。♪「ああ私は有り難いなあ、幸せによい心を持てて有り難いなあ、ますます愛深い私になりますように、どうかますます生命輝く私になりますように」「それは神さまだけをひたすら想うことだよ。その事一つだけを想い続けることだ」「神さまのなさることは絶対に間違いないと信じきることです」「人間はみな光の流れ、大光明の一筋なんです。」「宗教というのは根源へ、神のみ心の中へ入ってしまうことなのです」「神の生命と全く1つの個性を持った永遠の生命なのです」♪私が神様に対する接し方として一番ご参考にさせて 頂いている…「五井先生」の教えをご紹介♪
実は…私が神様に対する接し方として一番ご参考にさせて
頂いているのが「五井先生」だったりします(^^♪
神様に対する「麗しい敬虔さ」を学んで頂ければ幸いです♪
如是我聞 --時折り五井先生より拝聴したお話--
30
神の支流となれ。神の愛を貰いっぱなしにするな
まず感謝せよ。
神よりの喜びを他に与えよ。
喜びは他に与えれば与えるほど神より流れ来るものだ。
永久に神につながる道、安心立命の泉ここにあり。
31
「悟るってことは、一体どういう状態をいうのでしょうか」
「悟った状態というのは、全てのことに感謝出来るということですよ」
253
「感謝の想いは光」です。
254
涙を流すにも色々あります。悲しい時に流す涙。
しかし、喜びの涙、感謝の涙、それは光です。
223
空になるには、守護霊守護神に一切をまかせることです。
224
「感謝の心」は「(神に)おまかせの心」である。
225
神の働きかけは、必ず守護霊を通じてあるのである。
226
その人の本当の偉さは、その人の行為を見ればわかる。どんなに立派な理論を説こうと、どんなに素晴らしい霊力があろうと、その行為に愛がかけていたら、その人は聖者とはいえない。
227
悪いことが出てきたら「ああこれで過去の業が消えたんだ。これで必ずよくなるのだ」と深く思うことです。
104
三界〈迷いの世界)を超えるには空(くう)になることが必要である。しかし空(くう)という言葉は難しいし、わかりにくい。
そこで分かりやすく言うと、命を捨てるということになる。これでもまだ分かりにくいのならば、
現れてくるすべてのもの(※現象や物事など)に”ありがとうございます”と言えることである。そう言えるようになれば、三界を超えているのである。
270
或る人に「病気の治る方法」と書いて、先生が手渡された。それには、
「どんな想いが来ても、そのたびに神さまありがとうございます。
という想いにみな変えてしまうこと。そうしていれば病気は治る」
と書いてあった。
271
主よ、主よと呼ぶものばかりが天国に入るのではない。
という聖書の言葉があるけれど、本当の言葉です。
いくら神様、神様と言ったって、行いが普通の人以下では何をかいわんやです。
愛が深くなければ、才能があろうが何があろうが、それが生きてこない。
まず、心優しい人になることだ。
248
息を吸うのも神さまがさせてくださっている。足を動かすのも神さまが動かしてくださっている。
神さまが、この世にもう用がない、と思われれば、今日は健康であっても、明日天に召されることがある。
自分が生きているのではない。神さまに生かされているのだ。
319
或る人から「凡夫易行実践五ヶ条を教えて下さい」
と言ってきた。
五井先生は次のように五ヶ条をおあげになった。
1、肉体の自分では何事もなし得ないのだ、と徹底的に知ること。
(これが本当にわかったら悟ったと同じだがね、と先生はおっしゃった)
(※全てが神の御業…という「真の謙虚」を深く理解する事が大事♪)
2、なんて自分はダメなんだろう、と思ったら、
すぐそれは過去世の因縁の消えてゆく姿と思い、世界平和を祈ること。
3、たゆみなく常に祈ること。
4、何事も自分がやるのではなく、「神さまがやって下さる」のだと思うこと。
5、朝起きたら祈り、よる寝る前、少し時間をかけて祈れ、
そうすると自然に臍下丹田に生きがおさまる。
321
五井先生が常にまわの者におっしゃっていることは、
「和顔愛語」
「人間はすべて兄弟姉妹。みな平等なのである。絶対に人を下眼にみたり、馬鹿にしてはいけない。そんな態度は、それだけで宗教精神にはずれている。その人の外観によってのみその人を判断するのは、愚の骨頂である。」
「金銭に清らかであれ」
190
N夫人からお聞きした話-----
「十何年か前、まだこんなに五井先生がお忙しくならない時に、先生が私どもの家においでになって下さるというので、嬉しくて皆さんにも声をかけて、何人か集まって頂きました。
その時先生は、
『私は人間を改造しにこの世に来たのですよ、今に人の心が黙っていても分かり合い、通じ合う世の中になるんです』とおっしゃるので、
「私、困っちゃいました。そうなるとで私みたいな者は、恥ずかしくてこの世にいられなくなっちゃいます」と申し上げましたら、
『そんなことはない。徐々に徐々にみんなの心を変えていくのだから。 誰か1人が立派になって、というのでなく、みんなが揃ってそうなるんだから』
とおっしゃいました。
でも今から考えますと、大変な思いあがりでしたが、人間改造とおっしゃっても、私はそんな必要はないんじゃないかしら、正直だし、人のことは真っ先にして自分のことは一番後回しにして、私は自分でもいい人だと思っているしと・・・
でもいつの間にかご飯をいただく時、どんな時でも有難うございます、と感謝している自分に気づきました。教えられて努力したというのでなしに。
そして『Nさん、愛というのは与えっぱなしなんですよ。少しでも報酬を求めるのは愛ではない』とまた先生はおっしゃいました。
一生懸命尽くしたら少しは反響があっていい、と思っていなければ淋しかった私の想いを、大きくえぐりとって下さり、
それから余韻として少しづつ出てくることはありましたが、段々すべてに感謝している自分にさせていただいております。
気が付くと、いつの間にか変わらして頂いている。ああこれが五井先生のおっしゃる人間改造なのだ、と分かりました』
48
道というものは、道そのものを行わなければならない。それが弟子の先ず心得るべきことである。
であるから、肉体人間の師匠にこだわることはない。説かれている道、法が良いと思ったらば、行えばいいのだ
-----ある師匠に疑問を持ち始め、疑問を持ったまま話を聞くことは耐え難いことです、という青年へのご返事-----
49
人は仕事をしても、しなくても立派になれる。仕事というものは神様がさせてくれるもの。自分は自分が立派にしていかなければいけない。
つまり自分がどれだけ無くなっているか(無我)という事である。
50
自分の立場がおかされようと、自分のメンツがまる潰しにされようと、自分をかばうために、そして自分の感情が通らないために、私は人を攻めたことなどない。
51
人が失敗した時、それを責めてはいけない。
泥棒に追銭ということはそういうことだ。責めても何もならない。
宇宙の連行からみれば、失敗したことなど大したことではない。失敗したら「また新しく出直そうよ」とサラッと言って励ましてあげよう。
247
人に立てられることは難しい。先生先生と立てられると、いつの間にかそこに虚栄心が出て来る。その虚栄心を満足させるようにならぬよう注意すること。
立てられないと腹が立つというようになる。自然に威張るようになる。何でも無かった時は出なかったのに、講師先生になると金銭欲も出て来るし、色欲も出て来る。欲望が増してくるからくれぐれも注意することだ。
248
私の行き方の特徴の一つは、常識を外れず常識を超えるということ。
もう一つは「天命を信じて人事を尽くす」ということ。人事を尽くさないとダメですよ。
30
不平不満の想いなどサラサラない、白紙のような、綺麗な澄み切った心。
たとえ親しい人でも、変なお世辞やいやだし、遠い自分の教えとは反対のような人でも、正しいことを言っていれば、正しいと認める、そういった心境が私の心境です。
31
「執着と虚栄心」、自分をかえりみてこの2つの想いがないように、つねに訓練することである。権力欲も虚栄心の変形である。
この2つの想いがなければ、その人はそのまま天界の人である。
32
宗教の極意は執着と虚栄心を捨てることである。
この2つが出来れば上等である。
33
人にたてられた時こそ注意せよ。先生、先生など言われていい気になっていると、業がよってきてさらわれる。だから人にたてられた時こそ心を引き締め、謙虚になって、ますます磨かなければならない。
34
非凡になろうとするからいけない。
平凡に極まればいいのだ。
42
霊的なささやきと自分の意志、言葉と別々であっては本物ではない。霊的なささやきを消して消して徹底的に消えてゆく姿にしてゆくことである。
ささやき、また中から出てくる言葉を咀嚼しないで、そのまま相手に伝えてしまうことは止めなければいけない。
その言葉、霊示なるものも、一度消えてゆく姿にして、調和ということ、愛ということを考える余裕を持つことである。そうしないと人を生かすことにならない。
神界では、言葉と想いと行動が一つなのである。
43
今ある立場を生かして、世界平和の祈りをして下さい。今ある立場を生かすということは、お金を得る仕事をすることが大事であるということでもあります。
お金を得る仕事をするということは、大きな修行です。にしてはいけません。
お金を得る仕事をする。それが第一で、その生活の根本に世界平和の祈りをして、人のために尽くして下さい。
--------ある青年への手紙より---------
44
いついかなる時でも、(心の中・意識に)
神さま(慈悲と愛・愛と調和・ワンネス意識)だけを住まわせよ
45
指導者の第一条件はひろい心である。すべてを入れるゆるしの心である。
37
神秘とか不思議なことばかり求めている人は、寸時も心の飢が満たされることはない。注意すべきことである。
38
自分自身と自分がありすぎる。自分を全部消えてゆく姿にして、神さまだけを自分の心に住まわせよ。
39
人間はさっぱりしなければいけない。執着を捨てよう。
40
4つの病が重なり、精神的に焦りと恐怖心が湧いて来て抑えきれない、という方へのご返事。
「人間は体でものをするのではありません。精神でするのです。その精神の中に神様が生きているのです。
ですから神さま有難うございます、と感謝しましょう。体でやろう、体で生きようと思いなさるな」
41
人間はいつも今から新しくつくるのです。いい人生を作りたいと思ったら、明るい想いを常に出し、真実のことを常に思い、おおよそ良いことばかり想って、人の為に尽くしなさい。それに祈りをプラスすればなお良い。
52
肉体人間が救うのではない。神さま(大生命)が救済をして下さるのである。だから肉体側は守護霊守護神の使いやすい器であるように、いつもしておくことが大事なのである。
53
人間いい人だけではいけない。肚が出来ていなければいけない。
肚をつくるには、守護霊守護神に守られているのである、と思い定め、守護霊守護神様有難うございます、と想い続けることである。
54
うちの会の人には特別な才能などはいらない。妙好人のような、素朴な純真な生き方をする人がいればいいのです。
55
「神様がすべてをやってくださっているのだ、気に入らぬことがあったら消えてゆく姿と思い、気に入ったことは有難うございます、と簡単に思って生きなさい」ちょっと神経症になりかかっている青年へのお言葉だった。
9
人間は生き通しの生命なのである。生命の個性のひびきをもって、永遠に輝き続けるのである。
10
肉体を去っても体はある。
しかし、その体は微妙な波動の体であって、光であると同時に、あらわそうと思えば身体となる、というものなのである。
11
自分を愛するとは、神さまから来た自分の生命を大切にすることである。
自分の心、自分の生命を汚さないことである。常に自分の心を綺麗に磨いておくことである。
自分の想い通りの世界へ人間は逝くんですよ。暗い想いなら暗い世界へゆく。明るい想いの人は明るいところへゆく。
オシャレの人はオシャレの世界へゆく。
あの世ばかりでなく、この世も同じなんです。ただすぐ現れて来ないだけ。あの世はすぐ想った事はサッと現れる。
だから世界平和の祈りの中に、自分のあらゆる想いを入れておく練習としておくこと。
235
守護霊さん守護神さんに願っていれば、危ないところは必ず逃れられます。わざわざこうしなさい、というような導きではなく、自然に危険をさけられるのです。
また思いもかけぬ、こんな智恵が自分にあったか、というような言葉が出てきます。
236
「深い祈り」は「睡眠」と「同じ効果」がある。
251
人生一度は苦しみを通らなければならない時がある。それがたとえマイナスを消すためのものであろうと、祈りある者には、それが大きなプラスに変化してゆくのである。
252
指一本痛むのさえ魂の浄まりである。いかなる苦しみも苦しむことで魂は浄まってゆくのである。
253
出来る限りのことを一生懸命やって、失敗したとしても、それは神のみ心と受け止めとり、成功したとしても、それは神のみ心と感謝できる人は幸せな人である。
290
あまり人のことに気を使いすぎて、自分が疲れてしまう人がいるが、そういう人には図太い神経というのが必要だね。
人がどう思おうと、どう言おうと、そういう事は一切気にしないことだ。
気が優しい人はそれくらいでちょうどいいのですよ。
291
すべては神のみ心である、といって超然としていられる事は私には出来ない。人が病気でもし、生活に苦しんでいるのを見れば、私はその人のことを心配し、その人がどうなったか、財布の中まで察してしまう。
だからといって、心配にとらわれて、上に溺れているわけではない。心配とか、道場とかの気持ちや態度を通じて、神のみ心たる愛の光が相手の心に流れ、染みこんでいくのを私はいつも観じているのである。
冷淡な仕打ちをするようだけれど、その人を真に愛して、生かしている人。悟っているようでその実、冷淡な人。情にとらわれているようでとらわれていない人。
いろいろな人がいる・・・。愛と情の区別はなかなか難しいものだ。
しかし、人は自ら見分ける目を持っているのである。
261
一番悪そうに見える時、一番どうにもならないようになった時、その時が一番夜明けに近いのです。いいことがかならず来る前兆なのです。
262
苦しみが多ければ多いほど、深ければ深いほど、のちにくる喜びも多くまた深い。
263
感謝されようとされまいと、目立つと目立つまいと、人のために尽くそう。
陰徳ということが大事なのだ。それは天に宝を積んでいることなのだから。
264
貧乏になろうが、病気になろうが、何があろうが一寸も驚かない。少しは驚くけれど、ああこれは消えてゆく姿だ、と祈り心になりきってゆける。
そういう人間に仕立てあげるのが私の役目です。
265
何があっても驚かない人間、
何があっても憎しみがない人間、
何があっても常に愛深い人間、
そういう人間になってほしい。
317
もし自分が優しい心、愛の心、明るい心、楽天的な、のんきな心を持っていたら
「ああ私は有り難いなあ、幸せによい心を持てて有り難いなあ、ますます愛深い私になりますように、どうかますます生命輝く私になりますように」
と”祈る”ことです。
そうするとますます生き生きと明るく生きられます。
320
欠点を直そうとして、欠点だけを叩き直すより、長所をうんと伸ばすことに精力を集中せよ。すると欠点は自然になくなっている。
87
自分自身としては、愛深い自分になること、この上もなく優しくなること。誰でも優しくされれば嬉しいものです。霊的な力とか、知恵はすべて天からくるもの、それを受け、人々に分かち与える器となればよいのです。
88
陽気は神のみ心であるから、神は明るい心を喜ばれる
89
思いやり深く柔和で、暖かな人であって下さい。
相手の心を痛めず傷つけない人であって下さい。
その人の前に座れば、何も言われなくても、温かく明るくなるような人に。
たとえ自分に不利なことをしようとしたり、自分を傷つけ殺そうとするような人の心さえも、傷つけ痛めてはいけません。
何故なら自も他も一体なのだから。
83
まわりの者が病気になったり、苦しがったりしている時、
「これは大変だ!是非直さなきゃ」と、力んではいけない。
神さまが生かすものは生かすのだし、往生さすものは往生させるのだ、
神様は愛なんだからその人に悪いようにしっこない、と深く信じることですよ。
私の場合はもう信じるなんていう境も超えているから、どういう場合でも1つも心が動揺しないし、今更、動揺する心もない。
私はただ、神さまの光明を流しているだけ。そして必要があれば体をさすってあげるだろうし、色々と慰めてあげる。
しかし、ただ黙って祈って光を当てている時もある。
これはすべて神のみ心のまま。
そうする時に、神様の力、神さまの光がそのままズバリと出るのですよ。
84
神さまごととか、霊能とか、才能とか、地位とか、そういうものを除外して、
裸の人間になって、なおかつ人格的に立派である、というような人間になることが必要です。
372
素直な性質を与えられていることは有り難い事です。その素直さを更にもっと広げ、もっと深めることです。何故かというと、その奥に深い智慧がひそんでいるからです。
それは無為になると出てきます。大生命である神は、少生命たる人間を常に生かそう、よくしようと、智慧、力を与えておられるのです。それはまた大宇宙を動かしている大いなる力であり、智慧なのです。これを改めて頂くことです。
しかし、一遍に無為になれといっても出来るものではありません。
”消えてゆく姿で世界平和の祈り”で1段1段と無理なくその心境に達するようにしているのが、私の指導法なのです。
373
天の扉を開く鍵は、まかせる、全託することである。肉体人間の力、智慧では何事も分からない、明日の運命、いや一瞬先どうなるか分からない。
それを知ったとしても、どうすることも出来ない。肉体人間は何事もなし得ない、だから神さまにして頂こう、と神様にまかせるのである。
236
宗教精神とは愛と真と美である。特別に宗教団体に入らずとも、この精神を生かせばよいのだ。
238
日常、普通の生活、平凡な生活を送りながら、全人格から温かいもの、浄いもの、さわやかなものが湧き上がってくるようになることです。
239
「愛の祈り」は人を動かす
240
1人を愛し続けられる人は幸せだ。
1人を真実に愛せず、
それでいて多くの人も愛せない人程不幸な人はいない。
多くの人を愛しながら、
その一人ひとりを心の底から愛し続けられる人
そんな人を聖者というのだろう。
266
常に常に祈りを積み重ねておくことです。
267
瞬々、間断なく私は体中で祈っている。揺れ動く想いなどというものは1つもない。ただあるのは、人々の幸せを願う愛のみである。
268
祈りをますます深めて欲しい。もう祈りよりない、という事をつくづく感じる。
「肉体」は「神の器」であるという自覚、
「神との一体感」を「深める」ことが必要である。
352
「霊感というのはどいうことですか?」
「生まれつき備わっている人と修行して得た能力とあります。五感に感じられないことを感じることが出来る1つの能力です」
「その修業というのは、頭の中の潜在意識などで、ゴチャゴチャ思わないという練習でしょうか?」
「頭の中でゴチャゴチャ想う、とか、想念を集中するというのではなく、
そうした意識とは次元の違った、高次元の想いの中にこちらの想いを入れる練習をすることです。
その方法が祈りなのですよ。祈り言を唱える事によって思慮分別、小智才覚の世界を抜けて、本心の中に入るのです」
353
「先生、わたくし行がしたいのですが」
40歳がらみの婦人が言った。
「何故だね?」
「霊能を得たいからです」
「霊能を得たいために宗教に入るのならお止めなさい。
私は本心開発を先ず第一の仕事をしているのですから、お門違いだ」
「いえ、先生、私はヘンな霊能が欲しいわけじゃないのです。先生のような立派な方について学べば、本当のものが得られると思って・・・」
「どんな理由にせよ、霊能が欲しい、欲しいと思って行ずることは止めなさい。
霊能を得たいと欲するのは、自我欲望の変形です。まず本心を開発することです。
神さまがあなたの本心開発に必要だと思われれば、霊能は授けられるだろうし、不必要と認められればあたえられないだろう。まず、自分の感情、人の感情にとらわれなくなることの訓練をすることです」
346
「先生、人間、想いを消すということは大変なことですねえ」
「いや想いを消す事は簡単なことなのだよ。どうすればいいかというと、
それは神さまだけをひたすら想うことだよ。その事一つだけを想い続けることだ」
347
「大らかな、ゆったりした人間になるにはどうしたらいいのでしょう?」
「全く神さまにまかせきることです。全託することです。
神さまのなさることは絶対に間違いないと信じきることです」
348
「世間では左翼だ、右翼だ、と色分けをすぐするけれど、うちのはなんだろうね?」
「・・・・・」
「”なかよく”だよ」
306
霊能力がついて来た人に言われたお言葉
「己の心を振り返って、たとえ間違いがなく、自分は真理の言葉をしゃべっていると思っても、一度は押さえて、自分の言葉として話すことである。そうしないと和を乱すことがある。
心すべきことは、
1.和を乱さぬこと
2.相手を痛めぬこと
3.自分の言葉として消化して、やわらかくいうこと
4.謙虚になること
このように、自分を充分訓練しなければいけない」
91
個我のわたくし、肉体の私、というのが無くなれば無くなるほど、その人は立派な人である。弱い私、善い私、悪い私、そういうものはない。
いいわたしもいる必要はない。天に渡すだけである。わたしを渡し、それで天の心に入ってしまえばいい。そして光ごとに降りてくればいい。そうすると光明体である。光になることが唯一のことなのだ。
169
人間はみな光の流れ、大光明の一筋なんです。
「体」というのは無いのです。只仮の姿として、神の働きを実現するために「私」があり「あなた」があり「彼」があるのです。(神の道具・神の化身・神の表現体)
170
その人が悪いのではない。業にまきこまれてしまうのだ。あいつは悪いやつだ、と言われる人は、実は業をそこに結集させて、代表的に業を消している役目を荷(にな)っているのである。
ああご苦労様、あの人の天命がまっとうされますように、と祈れる心は仏の心である。
362
修行というのは、自分がするのではないのです。自然にさせられるのです。
自分が意気ばって、偉くなろう、悟ろうというのではないのです。
勿論、志がなければだめですけど、例えば、なにか人のために生きたいとか、自分の生きている間に天命をまっとうしたいとか、という熱意を燃やし続けていると、
守護霊守護神がその人に適当な導師の所へ連れて行ってくれるし、またその人の修練に適している場所に運んでくれるし、人に会わせてくれるのです。
だから、まず守護霊、守護神への感謝行をせよ、と私は教えているのです。
363
一番愚かなのは、自分の力を見せよう、ということですネ。
人にたてられたい、人より上位にたちたい、
というので霊能力神秘力が欲しいという修行は一番愚かです。
道が誤っているから、自分が大変苦しむのですよ。
”する”というより”させられる”のです。
自分からなる、というのは宗教の世界ではないんじゃないかナ。
193
修養の根本問題は何かというと、肉体の自分がすべてやるんだ、やっているんだ、という観念を捨てることです。肉体がやっているんだ、という考えのあるうちは、宗教ではなく、修養です。
自分は立派にならなきゃ、自分はこうしなければいけない、というのは修養なのです。
宗教というのは根源へ、神のみ心の中へ入ってしまうことなのです。肉体的に現れている自分というものは、一個の肉体の人間ではなくして、神さまの分生命として、神さまの大光明の1つの光線として現れて働いているんだ、ということになるのです。
だから肉体側の想いでもって、この世界を平和にしよう、というんじゃなく、また悟るというんじゃない。
肉体側の想いのなすべきことは、世界平和の祈りで神さまのみ心の中、大光明の中に自分が入ってしまうこと。これが一番大事なことです。
そうすると、大光明の方からも、本心の自分肉体以前の神霊の自分が、そのまま肉体を通じてくるんですよ。
だから肉体側としてはスイッチをひねる役目、神さまのみ心の中に入る役目をすればいい。それを全託というのです。
187
あれも運命だ、これも運命だ、という人がいます。大体の人は、自分が運命の流れに入ってしまって、その流れに左右されているようです。
ところが本当は、自分というものと運命というものは違うのです。運命というものは、前生を含んだ過去において作ったものが、今現れては消えてゆく姿だけのものなのです。
運命それ自身が今の自分ではないのです。たとえ運命が善かろうと悪かろうと、今の自分のものではないのです。
すべて過去世からの想念行為が現れては消えてゆく姿なのです。
ですから運命環境が悪くても、それは今の自分が悪いからではない。また運命が素晴らしく良くても、それは今の自分が善いから、偉いというわけはない。
それはすべて過去からの想念行為の蓄積が、現れて消えてゆく姿なのです。
ですから、運命や環境が悪いから、といって今の自分を嘆き悲しみ、責め卑下することはありません。また運命環境が良いからといって、感謝こそすれ、自惚(うぬぼ)れたり威張ったりしてはいけません。それはみな消えてゆく姿なのです。
では今の自分はどこにあるか。今の自分は神の中にいるのです。
神の生命と全く1つの個性を持った永遠の生命なのです。
そして現れてくるものはすべて消えてゆく姿。
この信仰に徹すると、生き死にの恐怖不安にとらわれなくなり、永遠に生き続ける生命がある、という不動心を会得出来るのです。
魂の成長が大きく飛躍する素敵なブログです♪
五井先生2回目「神への敬虔さ」「神への深い愛」「親孝行」
https://sinntyounobiruyo.blog.fc2.com/blog-entry-4075.html
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五井先生のお言葉
10. 感 謝
五井先生の修行は、何も思ってはいけない、というものだった。
けれど”神さま有難うございます”だけは許されたという。
生長の家にいる時も、先生の祈りは”神さま、神さま、有難うございます”だけであった。長々しい神想観の言葉があるが、神想観の間中も、ただ”神さま有難うございます”だけだった。
この感謝の言葉がいっぱい先生の中に詰まってしまったのである。ラッシュアワーで大混雑の電車にやっと乗った瞬間、カツンと足を蹴飛ばされた。それもあろうに腫れ物が出来たその所を蹴られたのだ。
しかしその途端、口をついて出たのは”有難うございます”という言葉であった。お陰で足の痛いのは、それっきりで治ってしまったそうである。
とっさに出る想い、とっさに出る言葉には、その人の日頃の想い、人柄がいつわりもなく出るものである。
五井先生の場合、正真正銘、神への感謝であったのである。この想いは修正変わることはなかった。ご帰神された年の正月
「何か私たちにお言葉を下さい」と申し上げると、
先生は「ただ感謝あるのみ」と私たち理事に合唱していらっしゃった。
五井先生は道を歩きながらも、ただぼやっと歩いていたことはない。大地を一歩一歩踏みしめながら、有難うございます、と思っておられた。
大地がなければ人間は立っていられないでしょ、とおっしゃっていた。
風が吹けば風に感謝し、空を見れば晴れていても、曇っていても、雨が降っていても、有り難いな、と感謝されていた。太陽に、水に、空気に、天地に感謝しておられた。それも人にわからないようにしておられた。
「私は朝から晩まで、有り難いな、有り難いなという感謝一念で生きているんだよ」とおっしゃっていた。
「聖ヶ丘道場に入ってくるでしょ、花に祈ってはいるんですよ。花さんありがとう、草さん有難う、ああなんてみんな美しいんだろう、私を慰めてくれて有難う、と感謝して入ってくる。
お庭のお手入れをして下さる方にも感謝して入ってくるんですよ」とおっしゃっていた。
雨降らば雨の心になりぬべし 風吹かば風の心にとけて生くべし
つねに”有難うございます”という言葉と想いで、天地万物と交流されていたのが先生であり、天地一切に融け込まれていたのが先生である。
常日頃、朝の目覚めから、夜寝るまで、夢の中まで、感謝していられれば、どんなに素晴らしいことだろう。そうありたいと願っている。
それはどんな百万言の理屈よりも尊い尊いものだ。
質問 「悟るってことは、一体どういう状態をいうのでしょうか」 五井先生 「悟った状態というのは、全てのことに感謝出来るということですよ」 神の支流となれ。神の愛を貰いっぱなしにするな。 まず(神に)感謝せよ。 神よりの喜びを他に与えよ。喜びは他に与えれば与えるほど神より流れ来るものだ。 永久に神につながる道、安心立命の泉ここにあり。 |
の引用ですが・・・
「世界人類が平和でありますように」という言葉は、宗教宗派、信条を問わず、誰でも唱えることが出来る祈り言葉です。そしていつでもどこでも唱えることができます。
日常の中で祈ることによって、本心(本来の神そのものの自分)と繋がり、あらゆるものを調和と平和に導いてゆきます。
「世界人類が平和でありますように」という祈り言葉は、1955年に白光真宏会の創始者 五井昌久先生によって提唱されました。
世界人類が平和でありますように
日本(にっぽん)が平和でありますように
私達(わたくしたち)の天命が完(まっと)うされますように
守護霊(しゅごれい)様ありがとうございます
守護神(しゅごじん)様ありがとうございます
“この祈りは、五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのである”と説かれています。
「世界人類が平和でありますように」という祈り言葉は、1955年に白光真宏会の創始者 五井昌久先生によって提唱されました。
世界人類が平和でありますように
日本(にっぽん)が平和でありますように
私達(わたくしたち)の天命が完(まっと)うされますように
守護霊(しゅごれい)様ありがとうございます
守護神(しゅごじん)様ありがとうございます
“この祈りは、五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのである”と説かれています。
守護霊、守護神とは、常に私たちの背後にあって、私たちを専属的に守護し、運命の修正に尽力している神霊です。
おまけで…皆様のお役に立てるかもしれない、私の恥ずかしい体験をご紹介致します。
当時は真理の理解が浅かったのもあって、体験に真理の考え方が追いついていなかったのが思い出されます…。
今なら…手に取るように分かる…体験を真理に基づいて的確に判断出来ちゃう…。
うっ…嬉しい…嬉しすぎる(´;ω;`)…感激ィ~という感じで、
この現在の、
「最高級の真理の理解」の体得に至った境地が愛おしいです(笑)。
2016年4月8日の記事です♪
ヒーリング能力が一時的に消えて
猛反省したら復活したお話
私も実は、ヒーリング能力に目覚めて以降、両手が常にポカポカしていますし、背中がいつも日向にいるかのように温かいという不思議な感覚で毎日過ごさせていただいておりますが、背中に心優しい天使様がいらっしゃって、私の体を通してヒーリングしてくださっているのかもしれない♪、と個人的に感じています♪
非常にありがたい事です♪
こういう霊能力に目覚めだした頃が一番気を付けないといけない、とはよく聞くお話ですが、私も昨日、ありがたい気付きの体験がありましたので、これから色んな能力に目覚める方々の何かしらのお役に立てればと思いまして、ちょっと恥ずかしいのですがエピソードをご紹介させて頂きます。
昨日母親と電話していた時に、私がゴミ拾いとか善い事を一生懸命頑張ってきたから、ヒーリング能力を与えて戴けたんじゃないかな~、スピリチュアル・ヒーリングは、修行すれば誰でも身につくものじゃないから結構すごい能力かもね~、など
どこか心の奥底でおごりが出てきたと捉えられてもおかしくないオフレコ的な事を話してしまったのですが、その後に急に背中のポカポカ感や、手のひらからも光が出なくなってしまいました(´;ω;`)
かなり意識のスピリチュアルレベルが上がってきてますので、慢心になったりすることは無いとは思っていたのですが、母親だからと油断して要らないことを言ってしまった事や、自分が頑張ったからなどという、謙虚さのない考えを猛反省したり、
自分の考え方の総点検をして、反省すべき点は反省して、もっと謙虚な想念で、日々を感謝して生きていきます。
神さまごめんなさいm(_ _)m…など、色々と…心の中でホ・オポノポノ等をしていましたら、また背中がぽかぽかしてきて、手のひらからも光が出ている感覚が戻ってきました♪
戻った時は…正直あ~良かった(笑)、と心から思いました♪
不思議ですが、能力が消えた時、特に不安とかは無かったですけどね……
ただベストをつくすだけと思って、自分の出来る限りの内省と反省、スピリチュアル的思考の総点検をすれば、なんとかなると…潜在意識では分かっていたのかもしれませんね♪
自分が頑張ったからなどという、謙虚さのない考えはもう完全に捨てました(笑)
私の気付きの体験が皆様に何かしらのお役に立てれば非常に光栄で御座います♪良かったらご参考にして下さいませ♪
悪い念(低い波動)も周波数を変えることでブロックできる
笑顔は呪い返しの極意です
周波数(波動)の音だけで、実は病気は治ってしまいます。
本来、周波数には形状化作用があり、後から中身がつくられていったものなのです。それが日本語の形霊(かただま)であり、音霊(おとだま)です。
周波数(波動)の音だけで、実は病気は治ってしまいます。
本来、周波数には形状化作用があり、後から中身がつくられていったものなのです。それが日本語の形霊(かただま)であり、音霊(おとだま)です。
洋服も形霊です。ですからデザインは大事なんです。
形霊とは、磁気がつくり出す磁気波動であり、神聖な形は整った磁気を発信します。元は光ですから、光という磁気が電子に代わって体に入って来ます。
ですから宇宙から地球から、また美しい寺院や神社の建物や、毎日自分が用いるもの身につけるもの、着るもの、食べる物などの周波数はとても大事なのです。
人間の発する念というのは、怖いものです。
なぜならそれも周波数だから。悪い念を周波数で飛ばすこともできるので、病気にすることも、治すこともできるのです。
しかし外に向けて飛ばしたものは、いずれ自分に戻って来ます。そして飛ばしている人はより大きなダメージを受けることになります。
(善因善果・悪因悪果、因果律の法則、波動は4倍になって自分に返ります)
飛ばされた悪い念をどうやってブロックするかという事ですが、そもそも自分がそういう悪い念の周波数に合っているからブロックできないわけで、自分の周波数を上げてしまえば同調せずに済みます(笑顔・感謝で波動上昇)。
飛ばされた悪い念をどうやってブロックするかという事ですが、そもそも自分がそういう悪い念の周波数に合っているからブロックできないわけで、自分の周波数を上げてしまえば同調せずに済みます(笑顔・感謝で波動上昇)。
(コロナウィルスは低い周波数ですから、
自分の波動を高めて高い周波数になれば影響を受けなくなります)
そもそも悪い念(ウィルスも…)というのは周波数がすごく低いので、疲れている時や気が病んでいるときとか、落ち込んでいる時に入ってしまいます。
それは油と一緒で、PHが近いから油汚れが落ちるのと同じで、
似ていて近いということです。
そうした悪い念を入れないようにするには、明るく笑うことです。
そうした悪い念を入れないようにするには、明るく笑うことです。
だから笑うことが一番いいのです。明るい波動というのは周波数が高いのです。笑っていると免疫も上がり、胸腺が活発になり、口角を上げるだけで胸腺が活性化されます。ですから※笑っていれば大丈夫です。
(※竹内文書の正当後継者の方が、
呪い(低い周波数)返しの極意は、「笑顔」だと言っていました。
いつも笑顔でいれば、悪い念の影響は心配しなくても大丈夫ですね)
増川いづみ「眼には眼を、歯には歯を」という言葉を聞いたことがあるでしょう。
されども私は貴方達に告ぐ、悪しき者に抵抗してはいけません。
人もし汝の右の頬を打たれたら、左の頬を向けなさい。
暗いと不平を言うよりも進んで明かりを点けましょう。
人を裁くなかれ。そうすれば、あなたがたも裁かれることはありません。
人を罪人だと決めるなかれ。そうすれば、
あなたがたも罪人だと決められることはありません。
赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦されます。
与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられます。
あなたを訴えて、あなたの下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい。
己を愛するごとく、汝の隣人を愛しなさい。
自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
(神を)求めよ、さらば与えられん。
(内なる神に)たずねよ、さらば見出されん。
(真理の)門を叩け、さらば開かれん。
すべて求むるものは得たずねぬる者は見出し、門をたたく者は開かるるなり。
いつも喜んでいなさい。絶えず(神に)祈りなさい。
どんなことにも(神・あらゆる存在に)感謝しなさい。
明日のことを思い煩うなかれ。明日のことは明日思い煩え。
一日の労苦は一日にて足れり。
自分の口と舌とを守る(悪口や非難・裁きをしない)者は、
自分自身を守って苦しみに会わない。
惜しんでわずかに種を蒔く者は、わずかに刈り取ることしかできない。
惜しまず豊かに種を蒔く者は、豊かに刈り取ることができる。
いつも与えなさい。そうすれば、人々はあなた方に与えてくれるでしょう。
信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。
その中で最も大いなるものは、愛である。
笑顔は幸運を運ぶ (イエス様も笑顔を説かれていました...笑(^^))
剣を取る者は皆、剣で滅びる。
あなたの父母を楽しませ、あなたを産んだ母を喜ばせよ。(親孝行)
急いで得た富は減る。少しずつたくわえる者はそれを増すことができる。
人はパンだけによって生きるのではなく、
神の口から出るひとつひとつの言葉(真理)によって生きる。
愛(神の御心・真実の愛)は、
寛容(無限の赦し)であり、愛は情け深い(慈悲と愛)。
また、妬むことをしない。
愛は高ぶらない、誇らない(悪口を言わない)、無作法をしない、
自分の利益を求めない、イラ立たない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで、真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、
すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
心を尽くし、思いを尽くし、体を尽くして汝の神なる主
(父なる神・無限の生命)を愛し、隣人を汝の如く愛しなさい。
知花敏彦先生のお話から一部引用ですが…♪
では、人間と神の関係はどうなのでしょう。
本来は「人間と神の関係さえもない」という事です。
この説明のためにテーマをつけて書いたものであり、
関係さえもなく、「一つの存在」であるのです。
「人間と神」は、「即、一体」の存在であり、
「我々」も「神の存在」であり「神そのもの」であったという事が分かるのです。
「我は神なり」。「我は生命なり」。我は神理なり。と。
「我は神(の一部)であり、我はキリスト(宇宙生命)である」という悟りに至らなくてはならないのです。
「全ては神=我神なり」という真理♪
意識の進化=愛の拡大=分離意識の克服=
我は全体なり・全体我なり=全一体・自他一体=
全ては私=全ては一つ=全ては一つの存在の現われ=
宇宙は一つの生命体=全てに神(宇宙生命)が宿り給う=
宇宙は神一様=全ては神の中の存在する一つの存在=ワンネス
全ては永遠に一つの存在=全ては一つ=全ては私=全ては神
全ては今この瞬間しか存在しない=全ては永遠に一つの存在=
永遠の始まりである神の御心のみが実在=今即天=今即実在=
大愛・宇宙生命・神の一人子である神我キリストのみが実在=
全てはこの瞬間に存在する宇宙生命そのもの=全ては神そのもの=
全ては神ご自身=神一元・愛一元・光一元=宇宙即我=我神なり
調和=愛の法則そのもの=罪なきもの=完成=幸せな人生に
不調和=愛の法則を犯している=業・罪=カルマの精算が起きる
愛と赦し=調和=愛=幸せ・健康=完成=中性=完全=光人間
恨み・憎しみ・争い=不調和=罪=病・災難=不完全=闇人間
愛と赦し=カルマの消滅=神の祝福=幸せなツイてる人生に
許さない・恨み・嫉妬=カルマの刈り取り(不幸災難)な人生に
調和人間=愛が深い人=愛の光そのもの=克服者キリスト=完成
不調和人間=恨み・嫉妬・責任転嫁=闇人間=罪人=未完成
調和=光明世界・愛の王国=愛・光・善=平安と安らぎ・至福感
不調和=無明世界・闇世界=未熟な愛=不安と恐怖・飢餓感・不足感
調和の人は熟した魂=自分を愛するが如く他人を愛します=ワンネス
不調和な人は未熟な魂=他人を責めて非難します=分離意識
イエス様は「愛は天と地の架け橋」とおっしゃられました。その愛とは「許しの到達点」である「慈悲と愛」で御座います。
真の意味で貴方が、その「許しの到達点」の境地に到達した時に、自ずと「天である神」と「地である貴方」との架け橋が繋がる事でありましょう。私は実体験からそれが実際にありえると確信しております。
愛は天と地の架け橋 この愛の理解と体得が神様と繋がる鍵♪
神・大愛(天)……全てを活かす愛・慈悲と愛・すべての形態を形作る力・意識を与えて下さった魂の根源・真の親・すべてを活かし育む力、縁の下の力持ちで全てを愛し慈しむ無償の愛・無限の愛・すべてに意識を与えて下さった天の父であり天の母である中性エネルギー・真の親・愛を表現する為に…無限の創造をなさっている慈悲と愛そのもの
神の表現体(地)……神が神を愛する為に生まれた存在・神の化身・愛の化身・神の表現体・神の中に創造された神・個別化した神としての自覚に覚醒めた我・滅私して神の道具意識を自覚している我・自分が神ご自身だと悟った我・愛を表現する為に生まれた事を自覚している我、全てを100%の愛で愛する我、自分と全てが神以外の何者でもない事を自覚している我
第六密度以上の高次元存在が語る
「許し」というものが、カルマの輪を止める事になるお話
★ コーリー : 多くの人々が現生のトラウマだけでなく、過去生のトラウマにも対処しているところなのです。
今、地球に生まれて来ている多くのライトワーカーは、援助の為により高次元や、上の密度から降りて来た人々です。
現生が初めての人でも、高次の美しい場所からここへやって来た人にとっては、ここでのトラウマは10倍酷(ひど)く感じられるものです。
そして、長期に亘(わた)って輪廻転生を繰り返して来た人の場合は、更に解消しなければいけない過去生のカルマが加わります。
しかし、ブルーエイヴィアンズから言われたのは、トラウマを特定し、自分にトラウマを与えた人や自分自身を許すこと、
そして、この”「許し」というものが、カルマの輪を止めることになる”ということです。カルマがなくなるんです。
これは、エネルギー的なものです。
「カルマとは」負債を支払うようなものではなくて、
「許してエネルギーを解放するもの」なんです。
カルマとは宿題・魂の課題・許しによって消滅♪
………………………………………………………
「許し」を心から実践=カルマの輪を止める=カルマがなくなる♪
自分にトラウマを与えた人や、自分自身を許す==
==魂の課題を克服=カルマが消滅♪
許す事によってエネルギーを開放=カルマの克服・解消に♪
ケイシーリーディングから…♪
全身全霊で「神を愛する」大切さ
「神を求める祈り」をする大事さのお話
エドガーケイシーは、宗教生活についてそのもっとも美しい表現の中で、この事を次のように語っています。
「あなたがたは心を尽くし、思いを尽くし、体を尽くして汝の神なる主
(大生命・内在の神)を愛し、隣人を汝の如く愛するのである。
このキリストの与えた言葉が法則の全てである。
それに優るものは存在しない。
主が約束されたように、あなた方は
来る日も来る日も明想し、「祈りゆく」うちに到来するあの目覚めによって、
主(宇宙生命)が自分の意識の中に留まられる事を知る事が出来る
(神我が中にまします・父と子は常に一体)。
あなた方はこの目的のために、
主が臨在し、その御霊(キリスト)があなた方の中に留まるあの意識を、
あの自覚を讃えるために生まれてきたのである。」
●自我・偽我 =表現者、原因である父なる神を忘れている状態(放蕩息子の状態)神理を知らない状態・自分の力で生きていると思って迷っている状態、肉体の己を自分と思っている我、分離感・分離意識で個別化された表現を別個の存在と認識している我・分離意識・エゴ・肉の感化、五感の感化を真実と錯覚している我・迷いの影、幻、幻想(マイヤー)・自己保存、自我我欲の心
●真の自己(真我)=父なる神と常に一体の境地・ワンネス意識・全一の意識・神我キリスト、全ては自分、全ては我、全ては神、全てを愛する我に目覚めた状態・宇宙生命によって生かされている事を自覚して実感している我・私が生きているのではない、なるほど一つの生命である神が生きていらっしゃる、全ての知恵と力は神から与えられている、神の中身は神、全ての全ては本質的には神、神のみが生きてらっしゃるんだなと悟った我・神一元・愛一元・光一元・我神なり、全ては神なり、全てに神を観る境地・神は生命(霊)なり、我も生命(霊)なりの自覚・宇宙即我、キリスト意識・高我・実在・全てを愛し全てを許す境地・慈悲と愛・あなた即私・私即あなた・宇宙エネルギー即自分・無限即我・不変不動の絶対なる実在・普遍なる宇宙・無限者・宇宙神
知花敏彦先生の総まとめ記事 第6回目⇐はこちら♪
知花敏彦先生の総まとめ記事 第5回目⇐はこちら♪
知花敏彦先生の総まとめ記事 第1回目⇐はこちら♪
知花敏彦先生の総まとめ記事 第2回目⇐はこちら♪
上江洲義秀先生の総まとめ記事⇐はこちら♪
カルマの克服法・第一回目♪⇐はこちら♪
知花敏彦先生の自覚に導く名言集⇐はこちら♪
オススメスピリチュアルサイトをご紹介♪
おまけ情報~(⋈◍>◡<◍)。✧♡♪
zeraniumの掲示板様の「ラー一族」関連の記事が
大変面白いので、是非一度ご観覧下さいませ~💛(^^♪
本来の自分に正直に忠実に自分を愛して生きる
誰もが「次元上昇」という成長の途上にいる
自分の使命とは何か
本山よろずや本舗様の
並木良和さんが語る2020年代⇐の記事
が最高に素晴らしい内容ですので、是非一度ご観覧下さいませ♪並木良和さんのこと ⇐関連記事です♪
サアラさんと並木さんの魂の話⇐クリックでリンク先へ♪
並木さんが語るゲートが閉まるという話⇐リンク先へ♪
anemone様の2020年3月号の画像を引用させて頂きました。
心から感謝申し上げます(´;ω;`)。感謝☆彡感謝です♪

これは…あくまでも私独自の自分本位の解釈なのですが、
覚者・上江洲義秀先生は「ロケーション9」
スーパーサイヤ人ブルー身勝手の極意級・地球最高の方
みんな大好き・並木良和さんは「ロケーション7」
天上界のリーダー・覚者・知花敏彦先生も同じぐらい
アルティメットご飯ぐらいでしょうか❔原作最強レベル
覚者・ブルーシャ西村様は「ロケーション6」
瞬間移動等、あまりにも超能力が秀でてますので一段上です
セルを倒したスーパーサイヤ人孫悟飯・覚醒後ぐらい?
聖者級の偉人・真仙明さんは「ロケーション5」
クンルンネイゴンのKANさんも「ロケーション5」かな?
覚者・かとうはかる先生も「ロケーション5」の印象
「世界平和の祈り」覚者・五井先生も同じぐらいの印象
スーパーサイヤ人なりたての悟空ぐらい
上江洲先生のNO,1弟子ケルビンさんは「ロケーション4か5ぐらい」
ドクタードルフィン先生・松久正先生もそれぐらいの印象
スーパーサイヤ人になりたてのトランクスぐらい
本山よろずや本舗の本山様は「ロケーション4」
チャクラの第一人者・本山博先生も同じく…同じ本山繋がりで(笑)
ネイルと合体したピッコロさんぐらい
ワイ「ロケーション3」クリリンぐらい(笑)…かな?
ちなみに私「ロケーション2・純粋意識の悟り」に相当する…
…自分の中で、「あっ、これが思い当たるわ~」っていう感じの
覚醒体験もありますので、こちらの表は、
私の実体験からしましても、正確な指標だと断言致します。
この表は「人類の悟りの指標」と言って差し支えないものかな…と
ただ私の実体験の感覚では、「ロケーション2」から
「ロケーション3」に到達するまでは…、何回も細かい
「軽い覚醒体験」を経て到達するイメージだったりします。
地道な努力の積み重ねによって、
少しずつ内なる本質「真我」が強く光り輝いていく…
そういった認識で「身口意を正す・真理を理解する」
という「霊的努力」を積み重ねていかれるとよいでしょう。
ぜひ皆様も、愛のオーラで細菌も無効になれちゃう
「光のドーム」が完成するレベルである
「ロケーション3・ハートの悟り」以上を目指してみてはいかがでしょうか♪
このレベルでしたら、一般ピープルでも何とか到達出来る
のではないでしょうか。うん、きっと何とかなります(笑)。
私のブログの悟り関係の記事を読みまくって頂いて、最短時間で
「ハートの悟り✨」以上に到達して頂ければ幸いで御座います。
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