「宇宙を乗りこなす喜び」
の総まとめ記事をご紹介♪
今回は「宇宙を乗りこなす喜び」の総まとめ記事になります。原本が相当にレアな本ですので、かなりお得な内容となっております。
見られてラッキーみたいな♪
フィリップさんのお話は、真理に精通されている方も納得の「あなた方は霊」「光の実在」「あなたの本質は神」という内容もあり、大変素晴らしくて本質をついておりますね。
知花先生や上江洲義秀先生・バーソロミューさん等々をご存じの方でしたら、悟りの話でもしてるんじゃないの(笑)…っていうようなお話ですが……。
分離意識の克服をして、「全てが神」「全知全能の神…我が中にまします」「我神なり」「父なる神と常に一体」の境地に到達する事が、いわゆる地球からの高度な惑星に移行できる「解脱・悟り」の条件だというドクターピープルズ(高次元の存在)のお話も御座います。
実のところ真理というものは、永遠に変わらないものですから、バシャールさん等とある程度同じような内容になるのは…ある意味、これが真理だという裏付けになるのではないでしょうか。
真理に覚醒めて、今回の「宇宙の大存在・フィリップさん」のお話を再拝見した訳ですが、昔見た時と違って、これまた手にとるように理解できまして、自身の真理の理解力の成長に、驚きと共に大変嬉しい思いになりました。
何年か前に見た時は、ふわふわしたスピリチュアルのような感覚で捉えていた感じでして、それは未熟な理解であるが故の印象だったのですが…、改めて見たら、まさか…ここまで奥深い最高の真理の内容だったなんて…っていう、そんな感じです。
お釈迦様の手のひらで踊らされている悟空が、自分がお釈迦様ご自身だと気づいた…みたいな♪
分離意識を克服した時に、「自分が神ご自身」であり、「永遠に神と一つ」であった…と、それに気づいて、自分が本来持っている宇宙力を、存分に発揮できるようになった時に、フィリップさんのいう「真の自由」を得られるのかもしれませんね。
ただそこまで簡単という事ではなくて、それなりの努力は必要でありまして、
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「洗心の習得」「全てを許し全てを愛する境地」
「宇宙の因果律を理解する」「全てが神・全てが私」
「真理(宇宙法則)を潜在意識に染み込ませるぐらい理解する」
「慈悲と愛は宇宙真理」「愛と調和」「無限の赦しの体得」
「笑顔と感謝」「身口意を正す」「無条件の愛の理解」
「神への深い愛・神への連続的感謝の意識状態」
「神を求める真我の祈りの実践」「肉食を止める」
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等々を完全に理解して、体得できた時に、”神我一体”の境地に自然に到達出来ることでありましょう。
私もそれなりに修行を体系化して実践して、自分自身の中で消化してきましたので、ここまでの境地に到達出来ております。
このブログで、ある意味…私の魂の成長日記みたいなブログではありますが、沢山の方々が短期間で魂が大きく飛躍できますように…と、ボランティアスピリットで頑張って、色々と地球最高の奥義(真理)を余す所無く記載しております。
Androidの「Pocket」というアプリを使えば、オフラインで記事を見られるようですし、いいまとめ記事をどんどん保存して頂いてご観覧頂いて、皆様が「永遠の至福」の人生に到達する踏み台として…お使い頂ければ、私としては至上の喜びで御座います。
人類と宇宙の進化の一大プロジェクトの総指揮・宇宙の大存在、宇宙のアーキテクト・であるフィリップさんが語る宇宙法則
外側に神を創り上げたとき、我々は神であることをやめた
あなた方はみな生物的な実在であり、生理学的肉体を持っています。
同時にあなた方は「霊」であり、つまり「光の実在」でもあります。「霊」であり、「光」であるということは、あなた方は「神の火花」でもあります。
あなた方は本来、「存在の大本なる神」から生まれ、愛されて存在させられるに至った神のスパーク・光です。
つまり「あなた方の本質」は「神」であり、「神の火花」なのです。その神の火花・スパークが肉体の中で生きようとしているのが、あなた方一人ひとりであり、それぞれがユニークに設計された、「個性豊かな火花」なのです。
あなたは自分というユニークな火花を持って肉体に住むことにしました。
それは胎内に懐妊したとき、あるいは誕生のとき、また肉体が誕生して数年後にそうすることもあり、こうして肉体に神の火花としてのあなたがかぶさり、自分を表現するための媒体として肉体を持つようになりました。
肉体に住むようになったあなたはそこへ自分を移し変え、肉体と一体となり、必ずしも肉体を乗っ取ったわけではないのですが、肉体を通して表現し、体験を通して生きるようになりました。
「あなたの本質」は「神」であり、「神の火花(神の化身・表現者としての神)」です。
もしあなたが自分以外のところに自分の力のよりどころ、頼るべき何らかの神を置くとき、あなたは自らの「内なる神の火花(内在の神)」を外在化させたのです。
それがどのような理由でそうすることになったかに関わりなく、あなたの人格がこうした神や仏、救い主を外在化するようになると、いわゆるサブパーソナリティ(隠れた意識)というものがつくられます。
それは潜在意識とも呼ばれることがありますが、私たちはそう呼んでおり、そうした一つの人格があることを強調するためです。
あなた方の地球ではみんながしていることですが、あなたは自分が神であることを信じなくなった瞬間に、自分の内なる神の火花を外在化したのです。
つまり何らかの神や仏や救い主を信じたり、拝んだりするようになった瞬間に、あなたは神であることをやめたのです。多くの人々は自分の外に何らかの唯一の神や仏や救い主を崇拝し、奉仕し、仕えるような宗教や哲学の下に生まれ、あるいは選択しました。
そして実際にそうした信仰体系だけであっても、すでに自分の内なる神の火花を外に置くとき、もはや神は自分という生物的存在にではなく、別のところに存在すると言っているのです。
こうしてあなた方は小さい時分から、自分は実は神であるということを放棄するのです。こうした本来の自分を放棄して生きる生き方のもう一つの方法は、責任を持たないということで行なわれます。
つまり、自分の人生は(偶然の賜物なので)自分の責任の及ぶところではないと信じることにより、(外側のどこかに存在する神から一方的に与えられる運命を受け取るだけの)、肉体の知的感覚だけで生きようとすることです。
本来の内なる神の火花を完全に外在化することはできませんが、あなた方はその「ふり」をします。このようにしてあなたの肉体は神を宿しながらも、神は外に存在するもので、自分は別個に存在しているふりをする生物体となります。
こうしてあなたという生物体は、一連の状況と行動、反応、ニューロンの神経伝達によって単独で動くようになり、そうした情緒的状況が生み出す神経伝達と、単なる行動の塊りであるだけの生物的なサブパーソナリティ(副次的人格)を生み出します。
そのパーソナリティの形態は、あなたの生物的反応と「神の本質」とをかけ合わせたものから作られます。
ほとんどの人は一つだけでなく、複数のサブパーソナリティを持ってそれを作動させています。そして実は、こうしたいくつもの「仲介者」がいるために、あなたは分裂し、生物体としての本来のあるべき神としてのパワーを機能させることができません。
ですからこうした複数の「仲介者」をうまくこなし、あるいは取り込み、変容させることによって生物体としての機能をフルに始動させ、「本来の姿」である「神として機能(神我顕現・神との合一)」できるように学ばなくてはなりません。
これこそが「自分という本来の神」を「内在化」させることであり、あなたという神を歓迎することで、それはいわば新たなる家、城としての肉体に自らを城主として迎え入れ、肉体を自分の王国とすることによってのみ果たし得ることなのです。
ですからあなたが自分自身を嫌い、肉体を嫌い、そのゆえに問題を抱え、そうした自分の部分を受け入れることなく切り捨てていくたびに、当然、そうした凱旋(がいせん)の道のりは遠のいていきます。文字通りそれは、自分の部分を外へ外へと、どんどん遠くへ追いやっていくのです。
誰でも、自分に対して何らかの審判をくだし、決め付けをし、批判するとき、より強固なサブパーソナリティを作り出していきます。自分が自らの好きではない何らかの部分を追い出し、締め出すとき、あなたは本来の神の本質である火花をどんどん遠くへ追いやっているのです。
誰でも自分の嫌いな陰の部分を持っています。同時にとても素敵なのに、気にも留めないような部分もあります。他人と比較して何か変だと思っていたり、自分では受け入れられないものを批判します。
それが何であれ、あなたが自分の現実から好きではないものを拒否するとき、それは外在化され、それがフィードバックとなっていき、そうやってあなたはそこに新たな神を作るのです。
たとえば、あなたの内には膨大な怒りがあるとします。
しかし怒りっぽいのは問題だと考え、社会的にも受け入れられにくいものなので、何とか抑圧するようになります。
その結果あなたは、怒りはよくない、怒るのはよくない、敵意を持ってはいけない、暴力はいけない、それらはまずいことでいけないことだと思います。そしてそれらを抑圧し、否認するようになります。
しかし否認するものは何であれ外在化するようになり、そして同時にそれは、あなた自身から遠くへ追いやっているあなた自身なのです。
すると怒った自己は神の火花と同じところに押しやられるので、怒りの性格を自分自身の神の火花に与えてあなたは怒りの神となります。そしてあなたは、「神は怒っている」と捉えるようになるのです。
そうなると、こうしたサブパーソナリティがあなたの人生を動かすようになります。
それはあなた自身の怒りであり、神の本質を否認することで作り出されたサブパーソナリティですが、それはあなた自身でもあります。それは無条件であるために、何であれあなたではないものでもすべてを丸ごと受け入れ、生命を与えます。
さてこうして、とても怒ったサブパーソナリティがあなたに備わりました。
抑圧や否認に陥るときは必ず、否認という行為自体があなたが否認しているものに生命を与え、あなたの外在神へと押しやることになります。それを抑圧しようとすると、受け入れて手放すよりもはるかにもっと多くの問題が起きるのはそのためです。
否認して外在化されたとしてもすべての部分には神の火花の生命があります。つまり抑圧されるものは必ず跳ね返ってくるわけで、それはいつか必ず表面化し、直面しなければならないのです。これは自分の進化においては避けられないことなのです。
あなたが何かに対して恐れを抱いているとします。
しかしその恐れがどこから生じているかに向き合うことなく、普段そうした感情を無視し「怖れてなんかいない」、あるいは「そんな部分は見たくないし、考えたくない」と思います。
そうするとあなたはそうしたサブパーソナリティを持つことになります。それがあなたの人生を支配するようになるという意味は、あなたがその恐れの原因に向き合って手放すまで、その恐れは繰り返しあなたの人生に立ち現れてくるのです。
あなた方の社会や文化には、受け入れにくい、あるいはふさわしくないという理由だけで多くのことがらが抑圧されており、隠すように教えられていることがたくさん存在します。
それはさまざまな行為だけでなく、人々の性格にまで適用されています。しかし抑圧され、否定・否認しようとするものはどんなことでも、外在化された神に付け加えられ、いつか必ず向き合わねばならないパーソナリティの部分となっていきます。
いつもビクビクして、怖くて仕方がないという人がいますが、そのゆえに彼らは実は怖れる人、怒りの人であり、おそらく人生のどこかで怖れや怒りを否定してきたと思われます。自分の一部を否定すれば、それは外在化されます。
すると機能しないサブパーソナリティが形成され、今度はそれを通して人生を見るようになるので怖くて仕方がなくなるのです。
しかし自己覚醒の道を、本来の自分の持つ力というエンパワーメントの道を歩み始めると、こうした人は「怒っている自分」に気づくでしょう。
エンパワメントとは、自分本来が持つ神の力を取り戻すことですが、すでに手放してしまっているものをどうやって取り戻せるのでしょうか。しかし実は手放したのではなく、自分は神ではないからと、外在化したさまざまな神を作り出して脇に置いただけなのです。
しかしそうしたサブパーソナリティは実に緊密に、あなたの肉体と霊とに重なっているので、あなたが否定し見たくないものを迂回することをよく心得ています。あなたは自分が神であることを恐れたので、神の本質を外在化させたのです。
霊は肉体に宿りますが、閉じ込められているわけではありません。
「あなた」という「神の火花(神の表現体・神の化身)」は、肉体ができる前に存在している、体が朽ちても存在する霊なのです。それは自由自在に望むところどこにでもいける神の本質です。
あなたという霊は肉体に宿り、それを通してすべてを体験したいと決心したので肉体に入ったのに、あなたはそうした自分のすべてを受け入れようとはしません。
自分という本質(真我・我神なりの自覚)を全面的に受け入れようとはせず、否認した部分は外へと追いやり外在化したままです。その結果、肉体全体が反応して、分裂してサブパーソナリティができるのです。
あなたは、「それなら簡単だ。本来の神であればいいし、本来の自分になって何も外在化させなければいいんだ」と言うでしょう。
ただ理解してほしいことは、あなたをコントロールしているものはすべてそれぞれが、あなたのサブパーソナリティを通してあなたのコントロールをしているという事実です。
つまりあなた方はみな、実はたくさんの神を崇拝しているのです。そうして分散化させ外在化している神を、あなたは今引き戻そうというわけです。
あなた方の多くが幼児期から、(キリスト教的・仏教的な)唯一神を信仰する宗教や哲学的な信念を教えられてきました。それによって神や仏を(自分の外側にあるものとして)外在化させたことから、いわゆるサブパーソナリティ(隠れた意識)が作られました。
そして外在化された人々みんなの神や仏は混ぜ合わされて、(外側に存在する)一つの神となっています。この惑星の大多数の人々が、いかなる宗教や信念にかかわらず一つの神を信じています。
この神というものの人々の持つ信念という集合意識こそが、私たちが言うところのゲシュタルト、いわば一つの世界、一つの大きな枠組みとなってあなた方にかぶさっているのです。
意識的決意をした人々は「次元上昇」する
あなた方の惑星は集団的次元上昇の準備をしています。そしてこれは、これまで遙か昔から長く計画されてきたシナリオでもあるのです。
あなた方の歴史における多くの逸話や予言の多くが、この惑星で起きる集合的次元上昇のことを語っています。
これはあなた方の多くが何世代にもわたって、分裂の終焉を希求してきたために起きているのです。そこには、完結させて全体となり、もう家に帰るのだというやむにやまれぬ内なる願望があります。
かつて十分な数のあなた方が同じフィーリングを感じた時、いわゆる臨界点が設けられました。つまり、あなた方は地球上で、永劫の昔からやってきたゲームをもうやめたい! という声を上げているのです。
臨界点はまた、宇宙においてドミノ効果も生み出しました。
それは幾世代かの魂たちを目覚めさせており、そのことで彼らの分離もなくなっていきます。
また彼らは、自分たちの子孫ともいうべきあなた方子どものことを知りたいと望んでおり、宇宙史上初めてここにやって来るための動きを起こしています。
彼らは、分離状態をもう終わらせたいというあなた方の願いに気づいており、その呼びかけに応えているのです。
そしてあなた方の望みは、彼らが全部並んであなた方の次元に入って来られるような一つの窓口を、自空間に創り出したのです。あなた方はここから出て行き、一方宇宙からここへ入って入ってくる彼らと意識のなかで出会うのです。
そしてこの集合的次元上昇は、あなた方が存在するようになって以来ずっと続いてきたこの分離を、宇宙からなくするために行なわれる合流の副産物でもあります。
Q、 物理的側面では、集合的次元上昇はどのように起きていくのですか?
ここでは、「意識的に次元上昇したいという意図を持つあなた」である必要があります。つまり意識的にそうした理想として形成されていないものは何であれ、それはできないということを理解してください。
十分な数の人々が次元上昇を信じ、それを事実として抱きかかえるようになることは容易なことではないでしょう。さまざまな場所で一人ずつがそうしていくなかで、他の多くの人も次第に合流していくような枠組みが出来上がっていきます。
基本的に集団的次元上昇は、「出産」のプロセスです。
地上において十分な数のあなた方が臨界点に達すると、バイブレーション(振動)が変化し、あなた方の多くが次元上昇するでしょう。
次元上昇して地球から出ると、あなた方は後ろ手に地球を引っ張るようになります。私たちはいま、あなた方がイメーシを持ちやすいようにこうした表現を用いています。
あなた方は、「では、次の火曜日の12時にそれをやりましょう」とお互いに知らせ合ったりはしません。そのバイブレーションは突然ピークに達し、ただそのようになるだけなのです。
あなた方の多くがその前線に立つでしょうが、すべては上昇します。
つまりあなた方の中で最もバイブレーションの強い人が先頭に立ちますが、そうしたことに序列はなく、十分な数のあなた方が地球を後ろ手に引っ張るのに十分な速度をつけることでしょう。
そのとき、惑星上でさまざまな機能の役割を果たしている多くの人々のなかに、周囲から突然消えてしまう人々がいるでしょう。周囲の人々は一体何が起きているのか理解できないでしょうが、集団的次元上昇の時には忽然と消えていく人たちがすべてを引っ張るのです。
すると、瞬(まばた)きの瞬間にすべてが変わります。
上昇し始めると、あなた方が合流していく他の魂たちが地平線に現れ始め、あなたとぶつかり、そうしてあなた方は自らの喜びに押し戻されて内なる分離は終わります。
「あなた方は神」であり、「創造者」となるのです。こうした出来事は頻繁に起きるものではなく、あなた方の惑星はその準備をしており、あなた方の多くが今回の人生における肉体でそれを体験するでしょう。
Q、 あなたの視点から、アセンション(次元上昇)がどのように起こるのかはわかりましたが、アセンションという表現はたとえば雲の中に引き上げられるといったような(キリスト教的な)、独特のイメージを与える言葉ですね。
私たちは「肉体を一緒に持っていく」という表現のほうを好みます。
あなたの言うように、「アセンション」という言葉には問題を感じているので、そういう言い方をするのです。
この表現にはいろいろな含みがあり、そうした手垢(てあか)がアセンション自体を邪魔することになりかねないものを取り込む可能性があります。上昇とは単に登ることであり、梯子を上るように一点から別の点へと動いて上がっていくことを指します。
アセンション(次元上昇)とはバイブレーション(振動)であり、誰もが自分の持つ振動(バイブレーション)で、行ける限りの上昇をするわけですが、あなた方はこの三次元という物質世界に入ってからというもの、実は継続して上昇してきているのも事実です。
それが成長というものであり、一つの進化からさらに次へと上ってきているのです。そして同時にあなた方の肉体のバイブレーションもシフトしています。
それはとても自然なプロセスなのですが、地球の人々は次元上昇(アセンション)を自分の能力を超えた特別なもののように捉える傾向があります。実際に、一つの次元上昇を終えた人のことをアセンディッドマスターと呼ぶようですが、彼らの多くは実はあなた方とそれほど違うわけではありません。
しかし多くの人々は、彼らは自分たちよりも優れていて、彼らの足元にも及ばないとか、彼らこそ壮大な光と情報の源であるなどと思っています。しかしそうではなく、事実は彼らがあなた方と差が生まれるような振動をしたというだけのことなのです。
また多くの人々は一つの次元上昇をした彼らを、自分たちが行き着ける最高の次元だと思っているようですがそれも違います。アセンディッドマスターたちの多くの者もまた、彼らが望む限りさらなる次元上昇の途上にあるわけです。
自らのいまいる次元をさらに超えて上昇を続けるものもいますが、それをせずそのまま動かず留まっている者もいます。つまり進化していないのです。そうした彼らはその理由から宇宙の広大さを見られずにいるわけで、それはあなた方がここで不自由だと感じているのと同じことなのです。
なかにはその振動のゆえに広範囲まで見えるものもいますが、それは単にそれだけのことで、より優れているからではありません。ただ彼らはどうやって振動を上げるかを知っています。それは知識から、光から、そして自分という存在を愛することから生まれてくるものです。彼らはこの惑星を離れたときに、自分の振動を上げてこの次元との振動差をつくり出したのです。
地上には、次元上昇のプロセスに乗ろうという意識的決意をした人々がたくさんいるので、次元上昇が起きれば、あなたの隣で大した意識もなしに一緒にアセンションする人々がいます。
それはあなたからしてみれば、彼らは大して霊的でもなけれ知的でもなく、次元上昇しようとも思っておらず、そもそも次元上昇の意味すら知らないのです。しかし彼らは心が開かれており、それが彼らの振動数をシフトさせるために共に次元上昇してしまうのです。
次元上昇(アセンション)というものに対する偏った思い込みのために、多くの人たちが自分のエゴを満たしてくれるような劇的なアセンションを待ち望んでいます。一方で、なかには恐怖心から次元上昇を求めていますが、むしろそのために肉体を上昇させられない状況を作り出している人もいます。
そんなようなことはあり得ないと受け止めている人々もいます。そのことを信じている人であっても、自分はアセンションする価値がある、自分のやってきたことは間違ってはいなかったという証拠を得たいがために、アセンションしたいと思っている人々も多いのです。つまり多くの人々が次元上昇をすることで、自分の正しさというエゴを証明しようとしているのです。
Q、 次元上昇のプロセスを始動させるために、科学的視点から見るときに肉体にはどんなことが起きているのですか?
次元上昇するためには、地球にあるすべての振動とは異なる別の振動へと分子構造を変えなければなりません。そのためには、DNAを含めたすべての肉体的遺伝子構造を完全に再構築し、光の速度で動くように教えなければなりません。
つまりあなた方は、肉体にまったく新しい細胞構造を組み立てようとしているのです。三次元の濃密な分子構造から抜け出て、新たなホログラムの光の原理を構築しようとしているわけです。
あなた方は地上でのリアリティに集中しているので、非肉体的な部分の自分に注意を払うことはありませんが、しかし実際には見えない肉体の部分のあなたこそが、いわゆる光の存在の部分なのです。
それがあなたの心臓の鼓動を生じさせ、肺を機能させ、その他の臓器を意識的に考えることなく活動させている知性体です。
存在の光は毎瞬毎瞬、あなたの肉体を創造し続けている心臓の裏側に座っています。細胞は、このホログラムの光の刻印によって創られて成長します。
その進化とともにあなたの光の肉体(ライトボディ)も変化してゆき、肉体の分子構造を構成する新たな細胞のホログラムパターンも変わっていきます。
あなた方の多くは現在、自らの存在のなかに愛を抱えるようになっているゆえに、膨大な量の光をもたらすようになっています。そうした中で新たなホログラムの刻印(インプリント)を創り出すと、肉体の細胞がその刻印どおりに形成されていきます。
このようにしてあなた方はいま、新たな光の原理によって創り変えられています。そうした未来の肉体は、膨大な量の霊を抱えられるようになります。なぜならそうした肉体は、愛と生きる喜びによってだけ支えられる光の原理によって創られているからです。
「喜び」という振動数においては、思考は光となっていきます。
つまりアセンションのプロセスとは、絶え間ない膨大な量の喜びと同じものなのです。あなたの肉体がこうした強烈な喜びをどこまで抱えられるかによって、その成功を計ることができます。それが今のあなた方のゴールであり、多くの人々が次元上昇を望む理由でもあります。
我々に唯一必要なことは、「楽しく生きることを学ぶこと!」
この地球という惑星は、この子宮を突き破って向こう側へ生まれ出るために十分な「突き」が必要です。そのとき同時にあなた方の根源意識は閉じられ、あなた方もこの惑星も、この地球という子宮内にあるすべてのものはたった一つの細胞に還元されて時空に押しやられ、そうして新たな宇宙へと生まれ出るのです。
しかし唯一の問題は、その中核細胞であるあなた方が「生きたい」と思っていないことなのです。なぜなら今この地上には、生命を愛し、生きたいという意欲を持つ者がほとんどいなくなっているからなのです。
この惑星には生きようという意思がないのです。ほとんどの人々は退屈していて希望がありません。この「誕生」という次元上昇のチャンスを死産に終わらせないためには、「生きたい」という意欲と生命への強い愛が必要なのです。
その細胞にはありとあらゆる可能性や、考えたことはあっても一度も実行したことのないものなど、これまで存在したすべての事柄が詰まっているというのに、それは死にたいと思っている。あなた方には生きたいという意思がないのです。
そんな状態では子宮から出ても萎(しぼ)んで、死産に終わってしまうでしょう。それを何とか生きよう!という気にさせなくてはなりません。愉快に人生を楽しみ、生きることにワクワクし、奇跡を見出して素晴らしさにキラキラ輝いて!
自己価値ホルモンがまだない状態で、生命を愛する、自分を愛するというのは少々難しい話かもしれません。いま、あなた方の体にはそれがありません。それをつくるには、まずそれを望まなければなりません。あなた方のDNAは、梯子(はしご)がねじれたような二重螺旋(らせん)になっています。
あなたが生命を愛し、自分自身を愛し、満足できようになるためには二本から三本の三重の螺旋が合わさることが必要です。螺旋が三本あって始めて、自己価値や愛が生まれてくるのです。さらには肉体に生命を吹き込まなくてはならず、そうすればあなたが肉体を離れて墓に入ってもそれは生き続けるのです。
それでこのホルモン、つまり三番目のDNAの螺旋はあなたの肉体には与えられていないのです。なぜなら、生きたい! と自ら思えるようになるまではそれがあっても残酷というものでしょうから。つまりそれは、あなたが自分自身を十分に愛することができるようになったとき、自分で大きく育てるようになっているのです。
いまあなた方は、その螺旋の横木を育てています。
が生命ホルモンをあなたの体に注入することです。生命ホルモンは、あなたの好きなものや嫌いなもののすべてを成長させます。特に罪悪感は極限まで膨らみ、そのまま放置しておくとネガティブなものとなって肥大化していくでしょう。
でもあなたが自分のことが大好きで、今の自分のありのままを全面的に受け止めることができるならば、ポジティブなものもまた、さらに肥大化していきます。つまり自分が関心を向けるものが育っていくのです。
罪悪感の問題がクリアできれば、遺伝学的には千年かかることを、種は短期間でやってのけられるでしょう。しかし罪悪感をそのまま放置すると、あなたの肉体が神を宿せるようになるまでに1万年から2万年の進化を経なければならないのです。
次元上昇という誕生、そして今クローン中のこの惑星についても同じことが言えます。
あなたはどちらで生きるかを選択しなくてはなりません。あなた方の体が細胞のクローンを作るとき、クローン細胞はもとの細胞ほど健康ではありません。
その理由はあなた方が十分な光を入れないからです。宇宙では自らのクローンを作る際には、密度が高すぎて重過ぎる余分なものは脱ぎ捨てます。
宇宙におけるクローンの過程では、新しいものは古いものよりも常により大きく、より明るく、より美しいのです。それが宇宙のはたらきです。そしてあなた方は意識的に、自分はどちらの核に乗っていくのかを選択しなければなりません。
この惑星はまだ分裂せず、しばらくは安定しています。
そのときにあなたは二者選択をするのです。密度の濃い恐れと痛み、辛さとストレスなどの古い世界にこれまでのように留まるのか、あるいはそこから抜け出して新たな星に生まれ出るのかを。誕生を引き起こすためにはその両方が必要です。密度が濃い部分はそうでない部分の錨(いかり)としての役目を果たし、発射台となります。全員が出て行くのですが、どこまで行くかを決めるのは自らの意思です。
この誕生、シフトの臨界量をもたらすためには、ほんの一握りの人々が必要なだけです。しかしその少数の人々は、情熱的で、熱烈に喜びと生命を望む人でなければなりません。そうでないならば次にこのチャンスがやって来るまで、一体どれほどの長い間待たなくてはならないことでしょう。あなた方の多くはもう十分にウンザリしているのです!
この誕生という次元上昇に向けて突き抜ける旅は、かつてなくエキサイティングな体験となることでしょう! 私にとってはこれが3度目の誕生ですが、宇宙でこれほど楽しいことは他にはなく、しかもめったに起きるものではないことだけは保証します。そのためならどんな犠牲も払うだけの価値があるものなのです。
宇宙的にはそれがビッグバンであり、新たな宇宙の誕生であり、35万年の後ろにゼロが百万個つくような頻度でしか起こらないことなのです。そのうち死産に終わらずにうまくいくのは、10回に1回だけです。
今回のチャンスを逃すと、また長いこと待たなくてはなりません。
いま、生きることを楽しむこと、ワクワクする気持ちで生きることを学ばないと、再び永遠とも思えるほどの長い間それを学んでいくことになるでしょう!
それは少し冗談だとしても、この計画は「事実」です。あなたが「するべきこと」、それは楽しく生きることを学ぶことです。それだけでいいのです。そんな簡単なことでいいの? と思うかもしれませんが、これほど難しいことはないのです。
さて、私は少しばかり歳をとっていますが、何度も何度も誕生を繰り返しているので若いともいえます。宇宙において考えつく限りのことはすべてやってきましたが、誕生のプロセスに勝るものは他に何一つありません。宇宙にはさまざまな存在(エンティティ)がおり、あなた方はその一種です。
それは実にたくさんの種であり、それはあなた方が考える地球外生命体の兄弟たちのことだけではなく、外貌ばかりか、機能も物理的原理も大きく異なるのです。私はそれらの兄弟たちのすべてに「顔」を持っています。
そうした経験はそれぞれが素晴らしく楽しい、すてきな時間でした。そうした若い神、中間の神、そして古代の退屈した神々のことであり、あなた方の言葉では神としか呼びようがないので神と呼んでいますが、神々にもまたそれぞれ異なる種があり、私はそのすべてを体験しました。
「宇宙」では「神々は一つに合わさる」のです。
私はさまざまな意識のレベルに合一したことがありますが、それは何よりも素晴らしく、実に凄いことなのです! あなたとあなたの知識体のすべてをもって「他と合一する」という体験、それは完全なる「分かち合い」であり、それに勝る充足感は他にはありません。
そして次元上昇という誕生のそのときには、他からやってくる数千万、数億のものたちとエネルギーが重なり合うわけですから、それはとうてい理解の及びようがないほど素晴らしいことなのです。
ほとんどの人はまだ、次元上昇という誕生を体験したことがありません。
体験者は今回のを新たな誕生として、進化を促進するように心がけてください。誕生こそが何にもましてスリルある体験であることは保証しますが、それに比肩するものは他にはないのです。
いまこうして話しているレベルの私と、同時にこの惑星という子宮の外にある私の本体とがあり、本体は遙かに大きくここには入れないので、よって私は物語やたとえで語ります。自分のことを説明するのにはそれが一番簡単な方法なのです。・・・。
・・・。外にいる私の仕事はと言えば、その時が来たら帰郷のバスに乗る契約がある人たちの面倒を見るということです。契約は、何があろうともあなたが故郷に戻ることを保証するものです。あなた方の多くは小さいころからそのことに気づいており、今度こそは宇宙の家に帰ることを知っていたはずです。あなた方がこの星にやって来たのは、楽しみそして生を目いっぱい生きるためでした。そのことが何よりも、美しい新たな宇宙の誕生のために必要な生気をもたらすのです。
私の仕事はすべてのタイミングを計りつつ、総指揮をとることです。
私はここで子宮という地球内外の動きをこれまでもフォローしてきました。そして私はここでも多くの「顔」を持ち、すでに8万5000回の輪廻を繰り返し、これまでに960のの化身を次元上昇させてきました。
それは実に素晴らしいことでしたが、そうした私の顔のさまざまな側面のなかには、あなた方もそうであるように、すっかりおかしくなってしまったものもありましたが、それらを愛する気持ちは同じです。またとても美しく、複雑で重要な部分である「顔」もあります。これはあっちで1人、こっちで2人というようなものではなく、みんながかかわっている一大実験なのです。
あなた方の世界には遠い遙かな昔から先生がおり、彼らの主な仕事はあなたが「自分自身を愛する」こと、「自分の存在を知る」ように教えることでした。あなた方多くの人々は自由意志というものを理解してはいません。あなたがこの地球という子宮の内に抱えられているうちは、もし死にたいと思っても永遠に死ぬことはできません。
ですからあなた方に与えられる最大の自由意志とは、生きるか否かということであり、それが自由意志と無条件の愛の究極的行為です。それは自己選択なのです。これまでにもあなた方の世界には多くの先生が存在しましたが、メッセージはただ一つ、それが「(私という)自己をありのままに愛せよ」、「私(自己)は在る」、「私(自己)は存在する」ということであったのです。
さて、あなた方はたくさんのゴミから創られた存在だと見ることもできるわけですが、そうすればあなた方が自分のことを好きではないというのも説明できるというわけです。なぜならあなた方が教えられてきたことのゆえに、あなた方はその始まりからして拒否されたもの、カスそのものなわけですから。でもあなた方が自分のことを好きなら、それは素晴らしいことです。
なぜならカスやゴミの自分がゴミの自分を好きになるというのですから、それは大目に見てもすごいことだといわざるを得ません。このようにいまも多くの人々は、自分たちが長い間いる多くの神々よりも、もっと創造的な存在であることを知らずにいるのです。
安全を期待する限り人生を愛することは決してない
もしあなたが傷つくことがあるとしたら、それは唯一、誰かかがあなたの思うように行動してくれず、思い通りに愛してくれないという時にだけそうなります。
それ以外傷つきようがないのです。ですからもし自分の思うような反応をしてもらえず、しかも自分の望むような愛しかたを望んでいるのなら、あなたは愛と喜びの歪みを作り出していることになります。
そうしたあなたの歪みは、あなたの持つ歪んだ愛のイメージから出てきます。ですから怒りとは、そうした愛や喜びから切り離されたことから生じてきており、そのゆえにあなたはその怒りの原因を誰か他の人間のせいにするのです。
つまり、もし彼らがあなたの思う通りのやり方で反応してくれていれば、自分はたった今喜びと愛を感じられたはずなのに、彼らがそうしなかったのであなたは彼らによって喜びから切り離されて怒っているというわけです。
実は怒りとは喜びの一部なのです。つまり喜びの欠如が怒りであり、あなたは自分の思うようなやり方で誰かから愛して欲しいから、それが他人によって与えられないことで、喜びから切り離されたと思うので腹が立つのです。
Q、 なぜ私たちは喜べないのでしょうか。なぜ人生において怒りやイライラ、ストレス、欠如ばかりを選ぶのでしょうか?
それはあなた方が、限られた連続体だけで機能しているからです。
本来の感情体が100万個の喜びの構成要素を成しているとすれば、あなた方はそのうちまだほんの15から20個くらいしか感じることができないのです。しかしそうした喜びとは果たしてどんな種類の喜びなのでしょうか。
けれども今あなた方の次元には、一度に100から200くらいの喜びの要素を抱え始めるようになった人たちが何人も存在しています。それでも100万のうちの100から200ですから本物の感じからは程遠いことがわかります。
つまり喜びのほんの一部分だけしか感じられず知覚できないならば本物には感じられず、そのためにそこから切り離されているという感じが生まれるのです。すべてでなければ、そこから分離していると思うのです。
あなた方の誰もが、喜びがないと不満を言います。
でも喜びはあるのです。それはあなたのうちにあるきらめきです。喜びとは、あなた方みなの中に本来存在する火花を生じさせる周波数なのです。そしてそのきらめきという火花は、喜びの周波数で創られました。
あなたの存在の内側にあるあなた自身を成す光の小さな分子こそが喜びであり、それは本来あなたの中に住んでおり、あなたはすでにそれを持っているのです。あなた方は自分に許している分だけ、そうした薄まっている喜びを感じたり、あるいはまったく感じなかったりするのです。
Q、 私たちは自分自身の感情を怖れているのですか?
内気であるとは自分の感情を怖れていることであり、恐れとは連続した生命の一部分です。馴染みのない出来事や状況とあまりかかわりたくないとき、それは恐れを生み出します。
その恐れは、真に自分の感情を理解しようとしないところから来ています。そうした感情と向き合わないなら、それは凝り固まり、より一層大きな怖れの複合体となります。
内気さとは、自らの感情に入り、ずっとその源にまでたどって行くことの怖れなのです。そこに見出すであろう唯一の究極の感情、それはあなたという実に素晴らしく美しい愛であり、あなた方が否定したがっている愛と喜びであり、それがあなたなのです。
多くの人が未だに自分には価値がない、自分には愛される価値がないと思っています。しかしもしどれほど愛されて、自分の存在が生み出されたかを感じるところまで遡(さかのぼ)るならば、もはやさまざまな言い訳にしがみつけなくなると思っています。
自分を存在に至らしめるほどに、大本の根源から愛されたことがまずいことであったかのように、多くの人が感じています。生命の根源はあなたをを愛して存在に至らしめたのに、あなたは拒絶され、追い出されたと感じたのです。
そのためにあなた方は駄々をこねる幼い子供のようであり、自分のうちに美を見出すことを望まれているのに、あえてそれをしようとはしないのです。
怒りから、内気さから出るには、怒りがそもそも創られたところを通っていくことで家に帰れるのです。恐れや怒りといったそうした感情まで遡(さかのぼ)り、自分は大丈夫なのだということを知ってください。
そうすると引っ込み思案である必要はなくなります。引っ込み思案とは、自分が何かまずいことを言ったりしたりして、うまく振舞えないかもしれないという恐れです。
しかしあなたが自分の存在において「OK!大丈夫」であれば、何一つ間違えようがないのです。内気であるとは、「私は自分であることが怖い」というイメージを外の世界に対して見せているのです。
内気さの後ろにある怖れは、人が周りにいるいないにかかわらず、自分自身であることを怖れていることなのです。それは「自分は自分自身であることでOK!」と感じることの怖れです。
あなたはその恐れを超えて自分自身に戻ることができるし、そのためには自分はこのままでOKであり、今のありのままの自分でいいのだと感じることから始まるのです。
先入感や偏見に凝り固まっていると、さまざまな可能性はあなたを素通りして行きます。なぜ自分の欲しいものが手に入らないのか、なぜそうした驚きが自分には起こらないのかと思っているかもしれません。
なぜ自分にはそうしたことが起こらないのかというと、それは意識的に自分でそうしているからです。明日がどうなるかという先入感ををすでに持っているからです。
すでに前もって意識を植え付けているのですから、それ以外のことがどうして起こり得るでしょうか。情緒的にあなたは過去を生きているわけですから、それはあり得ません。過去を振り捨てなさい。
先入感や偏見の過去を振り捨てて、明日の朝、自分で新しい朝を感じてみてください。4時半なり5時に起きて、体には何のストレスもなく、自分が本当にしたい仕事に行くのです。
仕事や対人関係、その他どのようなことであっても、誰の人生にも同じようなことがあります。もしそのときの一瞬だけは過去を振り払い、期待を捨て、その瞬間を生きれば、何か新しい楽しいことが人生のすべての瞬間になることでしょう。
それが人生を愛することです。人生を愛するとは、人生があなたに何をもたらすかという期待を一切持たないことであり、そうすることで人生を目いっぱい楽しむことができるのです。
あなた方はみな、自分を存在に至らしめるほどに自分のことを愛さなくてはなりません。人生が自分に何をもたらしてくれるだろうか、といった期待を一切持たないところに自分を持っていくのです。
明日があなたにもたらしてくれるものに一切の期待をかけないとしたら、それは自分という神の本質を生きることそのものです。しかしながらあなた方は皆、すべて抜かりなく準備しており、20年後、30年後、そして葬式の手はずまですべて整えているのです!
Q、 そうでないと安心できないし、行き当たりばったりとか自発的にというのは難しいのです。
ほとんどの人は脳が心配しなくてもいいように、きちんと予定を立てた生活以外は許さないのです。脳は安全保障を好み、何がどうなるかをちゃんと知っていることで安心するのです。安全とは期待することであり、そうした期待がある限り、決して人生を愛することはないのです。
あなた方は誰もが安全さを手放すことを恐れ、自分は決して本来の自分自身という存在にはなれないという思いを手放しません。ですから決して、本来の存在にはならないのです。
あなたというエンティティ(存在)は宇宙を創り、星を創り、太陽を創り、その他すべてを創り、そして破壊することもできるのです。それはヒトという種を創り、また地上のすべての食べ物を創ったというのに、あなたは自分の食卓に食べ物を乗せることを知らないというのでしょうか?
あなた方は物ごとを整理したり、準備したりはできるのに、まだソース(源・根源)になることを学んではいません。あなた方は三つのもの、つまりソース(根源)、セルフ(自己)、クリエイター(創造者)でなくてはならないのです。クリエイターの部分はかなりよくやっていますが、しかしセルフとソースはまだ発達させる余地があります。
根源(ソース)であるとは瞬間瞬間に生きることです。
いまやあなたは瞬間を生きる個性も持っており、瞬間は組織することができません。あなたは未来を形成しないように、とりわけ自発的であることを学ばなくてはなりません。そのことがあなたを真の自由から切り離している大きなズレなのです。
それは本来の自分自身の存在に対する「降参」と呼ばれます。そうできるようになるまでは、さまざまな心配があなたをどこまでも支配するでしょう。その瞬間瞬間という今があなたにやってくるまでは、それについては何一つ言うことはないかのように見えます。
根源(ソース)は、「はい、私は愛します」というだけです。
それだけなのです。あなた方はみな、この三つのすべてになることを学んでいるのです。つまり一切の期待を持たずに、この宇宙全体を創った部分があなたの面倒を見てくれるだろうと任せられるほどに、生命を十分に愛することを学んでいるのです。
それは「姿勢」という一つの橋であり、だからといって仕事を辞めていろいろ投げ捨てて、ということではありません。ただしそれが障害になっているならば取り上げられることでしょう。
そして内なる姿勢は変化し、新たな橋がかり、あなたは生きたエンティティ(存在)となるのです。瞬間に手放すことを学ぶまでは、あなた方は決して何一つ現象化することはできません。ですからそれを学ぶ必要があります。
瞬間に生きるとき、あなたは過去と未来を完全に解放します。
その瞬間は生命そのものであり、その瞬間を自分の創造の部分に入れて現象化するのです。
自分を根源の存在に至らしめるほどに愛するとは、瞬間を生きるということです。ただそれだけなのです。愛を見出すであろう唯一の場所、それは今という瞬間瞬間だけなのです。
Q、 それは感じることができます。でも持続できないのです。
そうではないのです! そうなってはいないというところが肝腎なのです。
あなた方はみな、「あぁ、わかった。しっかり手放さないようにしないと」、と言います。数百億、数千億もの瞬間を築いてしがみついたり、決して寄りかかったりしてはいけません。それでは何にもなりません。
それでもいいし、またそこから始めることもできますが、瞬間に執着してはいけないのです。そうするとあなたは過去に留まったままになってしまうからです。それは一瞬だったのであり、素晴らしかった。だから次の瞬間もそうしよう、さらに次の瞬間も、というようにするのです。
あなた方という見習い中の神にとって必要な唯一の修行は、その瞬間にすべてを手放すことを学ぶことです。それは生きる姿勢であり、変化であり、その瞬間に自分自身の存在とつながり、「ねぇ、まだ家賃が払えていないんだけど」、と言えるのです。
そして実際それを言う必要もないほど自分の根源はそのことを知っており、ちょうど郵便受けに小切手が放り込まれるところだったのかもしれません。
このようにして宇宙はあなたの面倒を見てくれるのです。でもあなたがあちこち走り回っていたら、それは決してあなたに追いつけないので、欲しいものをあなたに届けることは決してできないでしょう。
肉体を愛してともに次元上昇する
あなた方の肉体は大きく変化していくので、なかには非常に大変だと感じる肉体もあるでしょう。そして実際に肉体には「肉体意識」というものがあり、そのためにかなり極限のところまで緊張で張り詰めている人たちもいます。
しかし一方でのんびりと構えていて、「そんな次元上昇なんていう話はもう百回聞いたけど、そんなことはそもそも信じないよ」という人もいます。
それも肉体意識がどのようなモードにあってどのくらい緊張しているかによるので、あなたの振動が変わり始めると、肉体はかつてない偏りを経験することもあるでしょう。そしてほとんどの人は、自らの振動が変わっていくそのさまざまな段階にあるのです。
さらにあなたとあなた自身の肉体のつながりにおいても、いろいろなことが起こるようになります。それもあなたという本質と肉体がどのくらい協力して働くことができるかによって違ってきます。もし恐怖心を感じるなら肉体に戻ることです。
肉体ともっとつながりを持ってください。そうすれば肉体はあなたをもっと深く信頼するでしょう。恐れや不安が起きたときは、恐れや不安に「大丈夫! ちゃんと聞いてるよ。今何が起きているのか話して聞かせて?」と語りかけてみましょう。そうすると肉体はあなたに話しかけ、何が問題なのかを教えてくれるでしょう。
肉体は不慣れな新しいエネルギーに触れるたびに、不安を感じて嫌がるのです。
肉体に新しいエネルギーや新たな振動を入れようとするたびに、肉体とあなたは不安に陥る傾向にあり、それはすべてにおいてもそうです。
あなたが不安になったら、「大丈夫! いま不安に感じてるけど、それは新しい振動が入ってきているからだ。でも自分の体は嫌がっているみたいだけどなぜだろう? なぜうまく対応できないんだろう?」、
と自分自身に言えるなら、恐れの実体を故障させてしまうことができます。ですからあなたの肉体とのつながりを育ててください。そうすると肉体はあなたを信頼し、あなたも肉体を信頼することを学ぶでしょう。
この地上における肉体は、密度において創造されたことを理解してください。
これまで肉体は理解されてはきませんでした。それはプログラムされることもなかったし、肉体もともに次元上昇することなど一度も教えられたことがありませんでした。
遙かなる永劫の昔からあなた方は、いかにして永遠を生きるかではなく、いかに死ぬかだけを肉体に教えてきたのです。しかしそうであっても肉体は永遠に生きるように創造されており、次元上昇は肉体が体験するもっとも自然なことなのです。
でもあなた方は長い期間をかけて、そんなことはできないという遺伝的プログラミングをしてきました。あなた方の多くが、いますでに次元上昇の過程にあります。
しかもそれはずっとこの方継続して来ているのにあなた方はそのことに気づくこともなく、自らがどういうプロセスにあるのかにも気づいてはいません。
あなた方の肉体はますます半物質的になってきているのに、あなた方は相も変わらず、固まった信念体系のゆえに昔と同じように働くことを望み、期待しています。
でも肉体はもはやそのようには働かないし、決して昔のようには戻らないでしょう。
なぜなら肉体は変化してきており、その分子構造も変わりつつあるからで、これまでになかった機能なども学ぶでしょう。そのようにしてあなた方は肉体にもっと光を入れることを教えているのです。
あなたが肉体にいる間も、肉体はますます非物質化してきており、あなたと肉体においてはシフトが同時進行しているのです。ですからあなたという実体だけが意識を進化させて振動数を上げ、徐々に非肉体的になっていくと肉体はなおざりにされていると感じるのです。
その結果その不調和は肉体に恐れを抱かせるようになり、ときには死体のように硬直してしまうこともあるでしょう。つまり肉体はあなたが中にいても、いないと思ってしまうのです。いつもではないにしても、そういうこともあるのです。
肉体はすでに死のさまざまな感情にさらされてきているので、いよいよ、というわけで閉じてしまうのです。ですから頭でも感情面においても、常に心身を緊密に親しくつなげておいてください。感情に深く入って感じてください。
恐れや不安の正体をよく見て、何か自分にできることがあるかどうか見てみましょう。肉体は、前に立ちはだかるすべてのものに対処する術(すべ)を知っています。で
も遠い昔から死ぬことを教えられてきたので、あなたの意識だけが変わり始めて新たな方向を向くと、肉体は切り離されて死ぬのだと怖れるのです。それも自然に死ぬのではなく、あなたの進化によってより早く死が訪れるのではないかと思うのです。
信じられないかもしれませんが、肉体には独自の意識があります。
そんな馬鹿な! と思うかもしれませんが、肉体の意識にあなたの内なる存在をつなげ、対話を図ってみましょう。
肉体意識を見つけてあげると、それは時に生意気な小僧のように振舞うことがあります。これまで認められたことなどないのであなたのことなどまったく信頼していないし、あなたの言うことなど決して信じるもんかと言わんばかりです。
肉体と話したい、一緒に働きたいと願っても、最初はまるでバカにしたように、「そんな話はもう飽きるほど聞いたし、こっちからいろいろサインを出してあげても、一度だってその通りにやったためしがないでしょう? それで今回はいったい何が違うというの?」、と言うでしょう。
ですからそこで、新たな信頼関係が生まれる必要があるのです。
でもあなた方の誰一人として、肉体的存在というものを信じてはいません。
しかしながら間違いなく、あなたがこうした肉体の設計図をつくり、創造し、そこへ入ったのです。
しかし肉体はあなた方のそうした無知のゆえに、誰かに断崖絶壁に連れてゆかれて、その端っこに置かれているような感じをしばしば感じているのです。それは何のサポートもなしに絶壁に立たされているような危うい感じであり、それを本気で感じているので恐れの反応を持っています。
もし体の具合がおかしいと思うのであれば検査を受けてください。何かわかるかもしれないし、もし健康には何の問題もないとわかれば、それ以外のことが起きていることがはっきりするでしょう。
Q、 肉体が必要としている愛を自らが知覚できるように、またこの進化の過程で、肉体を助けるためにどのように肉体を育てていけばいいのでしょうか?
人生とは結局、そこへ向かう旅なのだということを理解し始め、自らのありのままを愛せるようになっている人や、肉体と折り合いをつけ、自分自身のうちに安らぎを見出している人は、自らを調整して他の人々よりもかなり早い速度で次元上昇できるでしょう。
しかし死への恐れを持っていたり、自分がやったということを認めて欲しいというようなエゴのドラマを望んでいたり、あるいは何らかの肉体に対するイメージがあってそれを変えたいと思っているとするならば、肉体はあなたに協力してはくれないでしょう。
肉の身体と化している体を、本来の源の霊にまで上昇させるには、あなたと肉体が完全に調律されることが必要であり、それによって肉体はきちんと機能し、あなたの言う通りに動いてくれるようになります。
肉体を完全に真に上昇させる最初の一歩は、自分自身をありのままに、完全に、そのすべてを愛することです。そうすればそこから喜びが見出せるようになるでしょう。そのためにはさまざまな自分に対するイメージを離れて、喜びの瞬間へと戻り、ありのまま、あるがままの自分という生命を愛することが必要です。
それは始まりの一歩であり、あなたの意識をより大きな喜びへと進化させていくなかで、生命をありのままに受け入れて愛するということです。生命そのものの喜びに浸れるとき、またありとあらゆる存在のもつ不可思議さに心打たれるとき、あなたは次元上昇(アセンション)の過程を進んでおり、帰郷への道を歩んでいるのです。
祖先から受け継ぐ感情的情緒的なトラウマを捨てる
あなた方の肉体は遺伝子的再構築中の真っ最中です。
その過程においてはあなた方には多くのことが起こり、そして変化するでしょう。あなたの存在のハートの中心は電磁的な袋のようなものであり、そこには2つのペースメーカーがあります。
前方のものは自然なペースメーカーで、後方にあるものはいま構築中の第二のペースメーカーであり、それは進化中の新種の肉体のためのものです。ですからあなた方のなかには心臓がドキドキしたり、ハァハァして医者に行くのですが、何も異常は見つからず、薬を処方されて終わりという人もいるでしょう。
何が起きているかというと、肉体が心臓の裏側に新しいペースメーカーを生物学的に再構築しているのです。後方のものはもっと速い振動を刻んでいます。そして心臓は2つのものから信号を受けている結果、どうして不整脈があったり、ドキドキしたりするのかわからずにいるのです。
この惑星での死因の第一位は心臓病なので、あなた方はもしやと考えると怖くなります。もしそうした恐れがあれば、いずれにしても医者へ行けば軽減されるでしょう。それに恐れは何よりの敵ですから。
多くの人々は、自分は進化する最中にあるので、もし体に変調があれば自分は失敗したのではと思ってしまうようです。確かなことは、この過程において体の問題が起きても、それは失敗ではないということです。
もしあなたが肉体に対して強い怒りを抱いているならば、そうしたものも状況を悪化させることになります。いま肉体は遺伝子的再構築を遂げている最中なので、あなたの体は必ずしも100%完全に機能しているとは限りません。ですから体を優しく労(いた)わってください。
心臓だけでなく肝臓もまたこの時期には、何かと問題が起きてくることが多いのです。優しくしてあげることです。疲労感で頭がボンヤリして、何にも集中できないこともあるでしょう。
何か宙に浮いているようで変になりそうだと感じたり、何を考えていたのか思い出せなかったりするので年齢のせいかと思ったりするでしょう。でもそれは年齢とはまったく関係ないのです。
そのわけとはこうです。
あなた方は記憶とはすべて頭の中に保存されていると思っていますが、実際には記憶というマインドはあなたの電磁域、つまり呼び方はどうであれあなた方の言うオーラ域内にあります。
ですから頭の中にあるのは脳であり、脳は行為や本能、生存と呼ばれる一時的な記憶を抱えているだけなのです。ですから思考や概念が出てくるところはマインドであり、そのオーラがあなたの肉体周辺を取り巻いています。
あなた方はいまマインド、つまりオーラ域のもっといろいろな部分にアクセスすることを学んでいますが、それまでのずっと窮屈な方法に慣れている結果、脳がデータを容易に拾ってくることに慣れています。
それで頭の中にあってほしいデータは、実はずっと外側のオーラ域の中にあるのです。脳はそこから思考を拾って戻そうとするのですが、その道を覚えていないので途中でそれを落っことしてしまいます。つまりすぐそこにあるのに、今何を話していたのか思い出せず、それは話の途中で消えてしまうのです。
そうしたことは誰もが経験することであり、年齢とは無関係なのです。
高齢ならそれを歳のせいにするでしょうが、20代であっても同じ経験をするのです。脳は、あなた自身のマインドにもっと遠くまでアクセスすることを学んでいるところなので、ときにはうまく出来ないこともあるわけです。
遺伝的シフトのためには、肉体のDNA構造にある古い記憶を落としていかなければなりません。古い記憶とは、感情的な情緒のことです。あなたが受け継いでいるあなたの祖先が感情的情緒的に抱えてきたものは、すでにクリアしたものを除いて一つ残らずすべて、あなたがいま肉体のなかで向き合っているものです。
人生を振り返ってみれば、ほとんどの人は何らかの強烈な体験を持っています。
そうした感情的に取り込まれたものがトラウマになります。そうした多くのものは辛く、実に惨めで、かなり情緒的なものです。でもいま、少し愛が入ってきています。あなた自らの感情的情緒的パターンを見て、あなたの祖先たちはおそらく、もっと多くのドラマやトラウマを抱えていたことを察してください。
遺伝子の再構築の際、あなたはそうした細胞レベルでの記憶をすべて捨て、自らが望むものだけを取り込みます。そうすると、あなたがいま入っているこの肉体がマインドの望み通りに適合していくのです。
あなた方の肉体はいま、他のいろいろな人たちによって動かされています。
それがあなたの祖先たちであり、近所の人たち、飼っているペット、スーパーマーケットのレジの人、見るものなど、そうしたすべての存在から受け取っている影響力のことです。
つまりあなたの肉体は、この空間を埋め尽くす思考や感情などのあらゆるものと回路をつなげており、そうした影響力によって他のさまざまな人々から利用され、動かされているのです。
そうした回路を捨てることが、まず一つです。
自分に対するイメージを捨てることでそれをする人もいますが、何であれ、効果があるならやってみてください。深い安らぎのうちに自分自身と向き合い、自分で自分の心と意識を動かし、自分から肉体に(その逆ではなく)指示をするようにしてください。
こうした期間においては、進化による一大変化によりあなた方の皮膚と神経系統は攻撃を受けるでしょう。あなたの存在の光は神経系統を通ります。そして脊髄の上までずっと伸びるこうした細い神経に、光の存在であるあなたが住んでいます。
光であるあなたは屈折し、分散し、向きを変えることはできますが曲がることはありません。「光をどうやって肉体にするのか?」と疑問に思ったことはありませんか。
あなたは神経と神経系統という光ファイバーのようなシステムを設計し、光の存在が形をとって腕になり、足になるようにしたのです。そのゆえにあなたが振動数を上げるとき、神経系統のすべてに攻撃の矛先が向けられます。
詰まりがあれば腰痛を経験する人が多いでしょうし、足や腕に痛みやピリピリした麻痺感が伴ったりと、症状は人それぞれです。つまりこれまで以上の多くの光を流すので痛みを感じるのです。・・・。
神経系と脊髄にさらに攻撃の矛先が向けられるにつれ、そこに傷ついた細胞や何らかの詰まりがあればもっとひどい痛みを感じ、困難を経験するでしょう。皮膚は光の受容体であり、光が出入りするときに皮膚を焼く傾向があります。
また遺伝的情報を捨てるとき、大量の毒素が出て皮膚のかぶれが起こったり、それが病変する人もいます。誰でもというわけではありませんが、進化の過程ではありとあらゆる皮膚の問題や症状が出てくるのです。
あなた方がいま経験している遺伝子のシフトと変化は、いわば猫を犀(さい)に変えようとしているようなものです。
それがどれほどの大事業であるかを理解し、骨格から何からすべてを遺伝子的に猫から犀(さい)に変えるのですから一大事業と腹を決め、ゆっくり気長に取り組むことです。しかしいざ自分のこととなると気長に構えられずに、あれこれ文句が出るのです。
肉体はまた疲労感を経験するでしょう。
それにはいくつかの理由がありますが、その一つは肉体に起こっている進化のせいです。次元間の異なるリアリティを行き来していることもありますが、これまでにないような疲労感を感じることもあるでしょう。
なかには何をするのも嫌だというほどの、機能できないようなひどい疲労感もあり、「もうできない、もう嫌だ」と言い捨てる人もいるでしょう。そこで自分を責めれば、疲労感はいっそうひどくなるでしょう。
あなた方のDNAの螺旋構造はねじれたハシゴのようで、その上に小瘤(ノジュール)が乗っています。肉体的な態度から出るためには、このハシゴに3つ目の新たな横木を育てなくてはなりません。
それは、自己価値という横木です。それらはあなた方の誕生とともに持って生まれてくることはありません。もし持っていたとしても自分がクリアでなかったならば、それは自分自身だけでなく惑星を、あるいは何であれすべてを破壊してしまいかねないものだからです。
それはあなたのパワーです。
肉体を備えた神は最後の3本の横木であり、なかには4本、5本を育てる人もいます。しかしいまのこの肉体で神の全パワーを得るためには、この最後の3本がなくてはなりません。
しかしそのためには自分に何らかの価値が見出せるまではそうできないのであり、つまりそれを育てるためには、何よりもあなたが自分自身のあるがままを愛する必要があるのです。
感情をしっかり感じることで解放されよう
あらゆる感情が無視され、押しやられ、表現が抑圧されるとき、鬱が起こります。
内気な人はごく外向的な人と同じように、あるいはそれ以上に感じています。
さまざまな感情があって、しかし精神はそれを払拭(ふっしょく)することができず、それを消化してどう解読し、一体どう扱ったらいいのかわからないのです。
自分自身の感情とその全ての側面に向き合うことを学んだ人は、非常に客観的になります。そうなると、大勢の人々の中にいても、彼らを客観的に見ることができるのです。内気であることと静かであることとは、まったく別のものです。内気さとは感じやすさから逃げようとするときに起こります。
静かさは人が自分の感情を扱うことを学んだとき、つまりそれをマスターしたときの状態です。彼らは客観的にそれを他人の中に見てとることができます。なぜなら自分もそこを通過してきたからこそ、他人のことがわかるのです。
客観的になれないというのは、まだその感情にこだわりがあるからなのです。
その感情とまだ折り合いがつかないので、それに関して客観的になれないのです。その感情に向き合い、生き、感じて表現し、片付けてくぐり抜けたならば、客観的になれるのです。
もしあなたが何らかの感情を通り抜けているところで、イライラする、対処できない、手に負えないというような場合、あなたはまだそこをくぐり抜けてはおらず、生きてはいないのです。
感情は感じて表現されねばなりません。
自分でそれらを感じ、理解し、表現するとき客観的になることができます。感情を情緒的に抱きとめるためには、表現されなくてはなりません。あなたがこの人生にやって来たのは、感情を情緒的に抱きとめるためでそれに尽きます。感情はあなたの抽象的なレッスンであり、それを通して何を学んでいるかがわかります。
Q、 どうやって感情を表現すればいいのですか?
私が本当に殺したいと思っていたらどうすればいいのですか?
表現ということについてさまざまな考え方があることを理解してください。
表現とは、何かを取り上げて動かすことです。そこでは、それを受け止めて感じるのは自分であるということです。その感情をずっと遡って、その感情が出て来た核のところまで遡って感じることです。自分が感じるものはどんな細かい部分のようであっても、必ず一つの根っこの感情に戻ります。なぜなら、すべてのものがみな一つのレッスンを学びながら、一つの宇宙にいるからです。それは抽象的なレッスンと言えますが、それが感情というものでそこに現れます。
一つの感情が出てきたら、その感情を核までずっと遡って「感じ」、そして手放してください。つまり言葉や理屈ではなく「その感情を感じること」です。そうすることであなたはそれを自分に表現し、情緒的に受け止めることができます。
その感情はあなたが感じて手放すためにそこにあります。多くの場合あなた方は、自分が傷ついたと思う時、その原因を他人にあると考えることを知っています。その結果、あなた方はその感情を回避し、それが教えようとしたところへ戻るのを避けてしまうのです。
どのような感情もその大本、その根っこは同じところに行き着いて基本の感情になります。感情体の大本は、喜び以外には何もない感情の一スペクトルです。大本の感情へ戻れば、そこには喜び以外何もないことに気づくでしょう。つまり、あなた方が経験するすべての感情は、実は喜びであり、喜びの変形なのです。
Q、 ではどうしてそれが怒りになるのですか?
感じているものをあなたが歪曲するところから、それが怒りになります。
喜びの感情は単に一つの部分ではなく、多くの要素から成っています。感情の連続体をざっと見て、あなたはそこからある特定の要素を選び、バイブレーションを選び、それぞれを鬱であるとか恐れ、怒りなどと名付けているのですが、それは部分的な選択で決して全部ではありません。
ですからその感情を誰か他人のせいや状況にせずに、その感情は自分に経験する必要があって起きていると考え、ゆっくりとそこへ入って感じてください。そして根っこまで行ってください。そうするたびにあなたの内部では解放されるものがあるでしょう。それによってあなたは抽象的なレッスンを学んだのであり、戦いは終わります。
あなたが抱えている大本の感情体は、喜びからできています。
その連続体の土台である起点は喜びであり、それは100万以上の構成要素から成っています。あなた方はそれを取り上げますが、100万のうち15から20を選択するに過ぎず、理解するためにそうしたものを怒りや喜びと一般的な呼び方をします。そしてほとんどの人々はそれを超えることはしません。
Q、 怒りがなぜ大本の感情である喜びの一部なのかよくわかりません。
怒りを感じる時、あるいは傷ついた時、何を怒っているのですか?
私が思うには、誰か他人に対してです。
彼らはどのようにしてあなたを怒らせ、傷つけるのですか?
私が望むようにしてくれなかった。
何をして欲しかったのですか?
もっと楽にしてくれて、喜びをもたらしてくれるものが欲しかったのに、がっかりさせられてしまったのです。
そこから喜びが得られなかったので、怒っているのですね?
はい。
ほら、それも怒りが喜びの一部であることの一例です。
つまりそれは喜びの欠如なわけです。あなたは誰かから愛して欲しいから、そのために怒りが出てくるのです。もし仮に、唯一、傷つくことがあるとしたら、それは誰かが自分の思うようにしてくれない、愛してくれないという時だけであって、それ以外傷つくということはあり得ないのです。
ですから自分の思うように愛してもらえないために怒ったり、恨んだりするとしたら、あなたは愛と喜びの感情を歪めているということになります。そうした歪みは、あなたが観念として抱いている愛のイメージから生まれてきます。
つまりあなたの怒りは、愛や喜びから自分が切り離されたと感じたことから出ています。そしてあなたを切り離したのは誰かであるとそこに擬人化しているのです。
もし彼らがあなたの思うとおりのやり方をしていれば、自分は今愛と喜びを感じているはずなのに、彼らはそうしなかったので、彼らがそこからあなたを切り離したわけです。自分が今、傷つけられて怒りを体験しているのは彼らのせいだと、あなたは思っているわけです。
あなた方は100万以上の感情体の構成要素を内に持っていますが、ほとんどの人がそのうちほんの15から20くらいしか感じてはいないのですが、そうした喜びというのはいったいどんな種類の喜びなのでしょうか。ですが今あなた方の次元で、一度に100から200くらいの喜びの要素を感じ始めるようになった人が何人かいます。そうだとしても、100万からある要素のうちのほんのわずかな200なのです。
Q、 そこへ行くと何があるのですか?
たくさんの喜びです。
しかし喜びのほんの一部分しか感じられず、知覚していなければ、そこから切り離されているという感じが生まれるでしょう。すべてでなければ分離していると思うのです。誰もが喜びがないと不満を言います。でも喜びはあるのです。
それはあなた方のうちにあるきらめきであり、火花をもたらす周波数であり、それは喜びの周波数で創られました。それはあなた方の存在の内側に住んでおり、あなたであるところの光の小さな分子が喜びであり、あなたはすでにそれを持っているのです。しかしあなた方は、それを自分に感じることをほんの少ししか許していません。
あなた方の多くの人は自分のさまざまな感情を恐れています。
に馴染みのない感情の構成要素を拾っても、それにあまり関わりたくない時、それは恐れを生み出します。その恐れは、真に感情を理解しようとしないところから来ています。感情と向き合わず避け続けていると、それは塊りとなってより大きな恐れの複合体になります。
その恐れには別の理由もあり、彼らはその向こうにあるものを知っているので、感じたり理解するのが怖いのです。実は誰もが基本の感情が何かを知っていて、どこへ行き着くかを知っているのです。なぜならあなた方はそこにおいて創られたわけですから。
自分を恐れる内気さは、究極的な自己否認でもあります。
ですからその恐れは、自分の感情に入り、ずっとその源までたどるとどんな言い訳もなくなってしまうことの恐れなのです。
そこに見出す唯一の究極の感情、それはあなたという実に素晴らしく美しい、あなたが否定したがっている愛なのです。多くの人がまだ自分には価値がない、愛される資格がないと思っており、もしどれほど愛されていたかを感じるところまで戻ったなら、もはやいろいろ言い訳にしがみつけないと思っています。
存在に至らしめられるほど、根源に愛されたことが、まずいことであったかのように多くの人が感じています。大本の光はあなたを愛して存在に至らしめたのに、あなたはそれを拒絶され、追い出されたと感じました。
あなた方は駄々をこねる小さい子どものように、自分に望まれていること、つまり自分の内に美を見出すことをあえてしようとはしません。怒りや恐れから出るには、そうした怒りをしっかり感じることで、それが本来創られたところを通って行くことで家に戻れるのです。
「一瞬」の根底にこそ喜びと興奮がある
自分自身に留まるとは、自分を裁くことをやめてありのままの自分でいることです。自分であるために、これほど自分との親密な方法がほかにあるでしょうか。
多くの人々が、自分自身であるための方法はこういうものだといった考えをさまざまに持っています。自分自身であるとは、単に一つの生き方であって何も特別なものではありません。ただそう在るだけのことです。
つまり自分自身に100%満足し、他の誰からも承認を必要とせずに完結して、満足を感じられることです。あなたは誰からも認められたり、素晴らしいと言ってもらう必要がなく、自分はこの自分でいいのだと、ただわかるのです。
それは自分を批判したり裁かないことからしか得られないものです。もしも、「私は人からの承認もサポートも必要ない。私はこのままでOKですから」と言うのであれば、おそらくあなたはOKではないでしょう。なぜなら「自分はOK」だと言わなければならないからです。
Q、 それは自分自身と関係を持たないといったようなことですか?
そうです。
つまり、ああなりたい、こうなりたいと考え、試みているうちは、自分自身ではあり得ないのです。しかし多くの人々は、「私はここに座って自分と向き合うぞ」と言うのです。ですからそのために自分を二つに分けなければなりません。誰もが自分自身と関係を持っているようですが、ということは自分自身を分けているということです。
究極的に自分自身を愛する状態とは、自分に対して意地悪をやめることです。
つまり、「こうすれば良かった。ああすればよかった」と言わないことです。
誰だって一日中、自分に不満ばかり言っていたり、あるいは親からそんなことばかり言われていたら、親なんて大嫌いになっているはずではありませんか? そして多くの人が、どんな暴君よりもひどい態度で自分自身に対して暴力をふるってきたのです。
自分自身を愛するとは、突き詰めれば基本的に何でもないことになります。
もしあなたが何ものかであるとしたら、どうやってあなた自身で在るのですか? そんなことはあり得ないことになります。
それがわかると、実に拍子抜けするほどシンプルなことなので、「何て自分は間抜けなんだろ!」と言うことでしょう。
自分自身であるとは、ただ何一つしないことなのです。何一つとして!です。
Q、 その人がただ在り、自分自身とも関係を持たず、何ものでもなく、自分自身を親密に分かち合っているとき、その人はどういう状況にあるのですか?
安らぎです。
それを退屈だと思う人もなかにはいるでしょう。あなたがそういう状態にいると、あなたから確認や反応を得ようとしている人々は困惑するでしょう。
おそらく、なんと横柄で生意気な、無知で意地悪で、自己中の気取った人かと思われることでしょう。なぜならあなたが、彼らがいかに素晴らしいかを言ってあげなかったからです。
しかし一方で、あなたからただサポートだけを求めている人は、あなたに大いなる慰めを見出すでしょう。なぜならあなたは、自分自身からも何も期待していないので、彼らに対しても何一つ求めないからです。
自分自身であること。
バラの花はどのようにしてバラ以外のものであり得るでしょうか? 自然の状態においてそういうことはあり得ません。もし自分自身でありたければ、あるいは完全な存在でありたければ何もしなくていいのです。
いかなる修練も不要です。練習の必要もありません。唯一しなくてはならない訓練は、自分が自分の邪魔にならないように道を空けることです。
いかなる期待も持たないこと。
「もし自分が自分自身であれば」とか、「神であればこうあるべきでは」というのがないこと。「神であればこうあるべき」という期待をほとんどの人が持っています。そして自分が神であるのならどうあるべきか、というのも知っています。つまり、「神とは何か」という期待を抱いていることが問題なのです。
その状態において彼らは何ものでもありません。
たとえばあなたが一緒にいて、誰よりも楽しい人たちというのはどんな人たちでしょうか? 自分の思うように期待が満たされていないために、不満そうな顔をしている人でしょうか? それとも、あまりにも何ものでもないために、心が望むことをするだけで何の期待も抱いていない人でしょうか?
私たちができうる最大のこと、それは楽しむことです。あなたが楽しんでいない理由、それは実は大きな問題なのですが、何かしら期待を持っていることが原因なのです。
自分が、「あの時は楽しかった!」と言えない時というのは、何らかの期待があってその通りにならずそうできなかったからなのです。自分は神ではないから楽しめないというわけです。
神は何ら期待することなく、ゆえにすることのすべてが一瞬一瞬が新鮮で、自由で、喜びに満ちて・・・、そうなったらどんなに楽しいでしょうか! 「もちろん私はそう思うけど、神々は楽しみ以外のことをするのを知らないから・・・」、というのがあなたの解釈でしょう。
あなたの人生の毎日のすべてが楽しみではないとすれば、それは自分の思うようにならない期待があったからです。ですから楽しくないのは自分の責任なのです。もし期待を持たなければ、毎日が、毎瞬が、新しい体験になるでしょう。
あなたには好奇心があります。5分後には何が起きるかわからないとしても、5分後にはそれがわかるので、そんなことはどうでもいいと思うでしょう。それよりもいまのこの一瞬のほうがよほど大切であり、あなたはたったいまここにとどまり、永遠の現在に生きるのです。
いまという瞬間にいるなら何の問題も持ち得ません。
いまに在るなら、痛みもないでしょう。なぜなら痛みというのは、その前の瞬間から遅れて持ち越されているものだからです。
いまにいれば、苦しみというのもあり得ないのです。何一つあなたを縛るものも、しがらみもありません。そうするとあなたはいま、究極の、無限の自由を手に入れることになるのです。「言われてみるとそうかもしれない。でもあまりに自然体というか・・・」、とつぶやきが聞こえてきます。
Q、 期待というのはどこからやって来るのでしょうか?
楽しんでいる時、5分後のことが気になり始め、「もっと楽しくなるかも」と思うやいなや、「いま」という時からすり抜けてしまいます。今という瞬間から抜け出るやいなや、必ず問題が起き始めます。つまりあなたの人生が喜びや楽しみ、自由、無制限でいっぱいでないときというのは、必ず一瞬一瞬を生きてはいないからなのです。
そしてこれはもっとも難しいレッスンでもあります。
あなた方はみな、一生懸命、苦労して頑張って、それで自分が何かやったと確認したいのです。もちろん誰でも、何もないという状態にいたくないのはわかります。でも、やってみてください。そうすれば、決して後戻りできなくなることを保障します!
あなたが「いま」という瞬間を生きるなら、そこには何らの意図もありません。
なぜなら意図というのは、その瞬間でないときに設定するものであり、それはあなたが感じている喜びを取り上げ、整理しようとします。
整理すると必ずや例外なしに、いつも喜びから離れてしまいます。つまり、常に十分な喜びがあることを確かめるために自分自身を脇へ呼び出し、整理し、区分けしているわけであり、それはいわば欠乏なのです。
いまこの瞬間を生きているなら、他には何も存在せず、それは一つの姿勢です。
しかし意図は期待であり、それは瞬間からあなたをはじき出し、未来モードに切り替え、なおかつ過去とつながり、そうすることで決して「いま」という時を楽しむことがないのです。
もしあなたの人生がみじめで楽しくないのであれば、それはあなた自身のせいなのです。そう言われるのが好きな人は誰もいないことは知っていますが・・・。
たった「いま」がそのときなのです。
この瞬間、たったいまだけにフォーカスすると、他のすべては空(くう)となり、そして意識の推移が起きるでしょう。それができるようになり、一瞬一瞬が連続してそうなっていくと、あなたは急速に変わっていくでしょう。
さまざまな問題から解放され、あなたの人生は喜びとなるでしょう。あるのは、「たったいまのこの瞬間だけ」という感情的感覚になるでしょう。
そしてそれは、学び得る他のどんなことよりも価値のある道具となるでしょう。その他のあらゆる体験はすべて、ただ単にこの一つのことを教えるためにあるのです。
いまあるこの一瞬だけ、この瞬間を引き伸ばそうとしてみてください。
それは今だけなのであり、その瞬間、あらゆる問題は去るでしょう。そしてその根底にこそ喜びと興奮があるのです。
興奮と期待は違うものです。
喜びのレベルが上がると、人生は興奮となります。唯一しなくてはならないことは、その興奮を瞬間から次の瞬間へと持ち越すことだけです。今のこの瞬間を感じてみてください。するとそれ以外のものは何ら存在しなくなることがわかります。それを自分で引き伸ばし、手放してください。そして次の瞬間もそうするのです。
いまほとんどの人は、意図という計画を目標として用いています。
しかしどんなことであれ物ごとを現象化するために一番早い方法は、意図を未来に入れてそこに落とし、そのまま無視しておくことです。するとどの瞬間もあなたが設定した方向のところへあなたを連れていくでしょう。自分自身であるとは、それ以外在りようがないことなのです。
Q、 しかし義務や仕事があって、一定の時間そこにいなければならない、あるいはある時間内にしなければならないことがある場合、瞬間から瞬間という生き方ができるのでしょうか?
もっと容易に、かつもっとうまくそれができるようになるでしょう。
まず何事にも執着しない状態になるので、これまでになく効率よく自分の義務が果たせるようになります。「忘我の境地」といったことではなく、その瞬間に生きるならば、仕事をしながらみじめというようなことには決してならないのです。つまり毎瞬毎瞬が今となり、そうなれば職場の上司や同僚などとの過去のトラブルなどを引きずって、その延長線上にいることはなくなるのです。
その瞬間瞬間には喜びがあります。
そうした瞬間瞬間が重なり合い、すべてが喜びとなります。その瞬間、あなたはその時を生きています。そうすると周囲の人がどんなことをしていようが、自分と同じように他の人もおかしなゲームを楽しんでいると見られるようになります。そうした境地になると、今度はかつてなく人々と一緒にいたいと望むようになるでしょう。
「万物は神から生まれたもの」であり、そして「実は自分も神である」ことをまだ知らないふりをしている人々の中に、神を見出すことが実に楽しくなるのです。いつでもそれを見出すことができるし、彼らもまた深いところではそれがわかっているのです。
そのようにして、あなた方みんなのマインドがすべてをともに織り成し、つくり上げていくのを見ながら、あなたの人生には素晴らしい興奮とスリルが起きてくるでしょう。
その瞬間に生きるということは、物ごとに無責任になるということではありません。
一瞬一瞬を生きるようになると、人生に向き合う姿勢が変わります。つまり、「上司はいい加減だし、ロクな給料をもらってないのに、出社が7時だなんて・・・」、といったそうした考えは一切持たずに、その瞬間を生きるのです。
それはあなたの生きる姿勢の問題であり、どの瞬間もそれぞれが異なる一瞬であり、スリルであるという姿勢へのシフトなのです。
Q、 でもその状況で瞬間を生きたなら、多分仕事をしながら午後7時のデートには行けないと思うのですが・・・。
いいえ、必ず行くと思うし、より簡単にそうできるでしょう。
7時のデートであれば、あなたの存在(エンティティ)の一部は行きたいだろうし、もしそうでなければ何らかの理由でデートには行かなくなるでしょう。
あなたがまったく何の先入感も期待もなしに瞬間を生きることができていて、あなたの存在の一部がその状況を気に入らなければ、午後2時の出社で自給が6000円のいい仕事を見つけてきたりするのです。
つまり、あなたがその瞬間へフォーカスし続けられるような状況へ向けて、そのために必要なすべてのことが準備されるのです。そして本当にそうなるのです。
訳者あとがき
本書は、この大宇宙の設計士である存在《エンティティー》フィリップが語る、原書からの無から今に至る大宇宙創世のお話、宇宙一の一大サガです。まさに大宇宙を喜びの波動で旅するための、真のアセンションマニュアルともいえます。
私達は今、実にエキサイティングな時に生きています。大宇宙には沢山の小宇宙があり、これまで私たちはいわば、地球という低学年用保育器に入れられて進化を遂げてきました。
この保育器の中で、人類という種は、永遠に等しい、気が長くなるほどの長い時間を過ごし、これだけが自分の現実だと信じて疑うことがありませんでした。
このリアリティがホログラムであり、まだリアルですらない事にも気づかず、私たちは日々の人生のドラマに一喜一憂してきました。今あなたがいる「現実(リアリティ)」が存在の全てだと想っているとしたら、この物語は理解できないかもしれません。
でも表裏を逆転して、向こう側に生れ出るという発送の転換をしてみたら?本書が、あなたの意識(マインド)のいち大パラダイムシフトを起こす一助になれば幸いです。
心をリラックスさせて、オープンにして読み進めて下さい。細かい所にとらわれて「頭」でっかちで引っかかってしまうと、不毛の迷路に入ってしまうかもしれません。ですから、ハートで対局を捉えるようなつもりで「感じて」いただければと思います。
数えきれないくらい沢山の輪廻転生を繰り返しながら、私達が待ちに待ったその時が、今なのです。いま保育器の中で、ある意識らが、やっとまどろみから目覚め始めています。
私達がおかれている地球というこの惑星が、宇宙でも稀有なる銀河の並びのゆえに、この子宮(地球)を出て、真の宇宙のリアリティに誕生していけるチャンスが巡ってきたのです。
惑星が真に宇宙の仲間入りをする時、その誕生に向けて、人間という種も大きくDNAレベルでのシフトを加速させ、惑星は、統一された神話へと進化を進めています。
宇宙の大存在、宇宙のアーキテクトであるフィリップは全宇宙のタイミングを計りつつ、人類と宇宙の進化の一大プロジェクトの総指揮をとっています。
今度こそ、宇宙の故郷に帰る契約を成就する時です。自分がライトワーカー、アースワーカーだということを 意識的に知っていようがいまいが、小さい時から、皆さんの多くもそのことに薄々気付いていたのではないでしょうか。
自分にはここでやるべきことがあるのだ、と。その契約とは、この惑星の生気をJOY(喜び)に満ち溢れさせること。この子宮内にいる私達が生きることを望まないかぎり、時が満ちていざ向こうへ出る時が来ても、その誕生は死産に終わってしまうことでしょう。
つまり、その地球での日々のドラマをJOYに満ちたものにすることでしか、子宮を出てリアルな宇宙に出ることは出来ないという逆説が、ここにはあります。
もうこの地球のドラマにはうんざりしたから、さっさと出たい、もう疲れた、というのではなく、この地球という惑星で生きる日々がワクワクと日々楽しくて、もう手放すのが心底辛いほどに自分と、自分が周囲に作り出している現実を受け入れ、愛し、楽しんでいなければならないのです。
そうでなかったら、誕生の時も瞬時にこの現実に押し戻されてしまうことでしょう。自分をありのままに愛し、受け入れ、JOYの中に日々を生きることをここでマスターできなければ、真の宇宙の兄弟、姉妹たちのところへ仲間入りすることはできません。
輪廻を繰り返すだけのこの子宮というホログラム、マトリックスにおぶさっている限り、真の自由はありえません。ここではせいぜいホログラムを作ってそれを引き寄せる(現象化)くらいのことしかできません。
ここではたとえ死にたいと思っても、永遠に死ぬことも出来ないのです。なぜならここはまだリアルではないからです。でも、もしかしてあなたはもう死ぬ必要がないとしたら?
次に誕生して出て行くチャンスのある真の(リアルな)宇宙は、あなたが思うがままに自分のリアリティを創造していける世界です。そこでは、あなたに初めて与えられることになる最大の自由意志、「真に生きるか死ぬか」を行使することになります。
向こうのリアルな宇宙では、あなたが夢にまで見た神々が実はあなたなのであり、素晴らしき存在なのです。真のアバター(覚者)として生きる道が今、やっと可能になるのです!!
何も恐れる必要はありません。自分以外の誰かにパワーを譲り渡してはなりません。自分を贖うものは自分だけです。自分外の光など要りません。私達がすでに光なのですから。自分の内なるパワーを信じて下さい。それだけでいいのです。
本書を、アバターとしての自分の真性に目覚めつつある人達のために捧げます。ついにホームカミング、故郷である心の宇宙への凱旋を果たせる時が来たのです。それが今回起ころうとしている誕生であり、真のマスアセンションです。これはまさに、宇宙の祝祭なのです。
『宇宙を乗りこなす喜び』 チャネラー シェラドン・ブライス著 抜粋
覚者・知花敏彦先生
地球は魂を完成させる場である
百点満点が取れるようになった時、神様はあなた方を選ばれます。
(もうこの者は大丈夫だ。もっと高度な勉強をさせてもよい)
とおっしゃって、高度な惑星に連れて帰るのです。
しかし、向こうでもまた修行です。
今、地球は中程にあります。下段でもなく、中段です。
これよりももっと下に、霊の低級の次元があります。
今、人間は、真中にあり、完全でも低級でもなければ、高級でもないのです。
宇宙には太陽系惑星があり、高級の惑星が金星であり、水星であり、土星であり、地球惑星より優れた惑星であるのです。
この地球で問題を解いてそこに帰る魂を、皆さん方は「成仏」と呼んだり「昇天」と呼んだりするわけです。
問題は地球にあります。真の生き方(神我顕現)をここで学んで、その神理に基いて生きられるようになると、この地上界には生まれ変わりはしません。もっと高度な惑星に上がれます。
これを「昇天」と言ったり、地球からの「解脱」といいます。
それを成し遂げないかぎり、地上界の浮き沈み(地球での輪廻転生)の世界で勉強させられます。
体験ですから、まあ、それもよいでしょう。しかし、本当は「今世で卒業して、みんなで帰りましょう」と言いたいのです。
高度の惑星に連れて帰るために私(知花先生)は、この地球に来ているので、皆さん方に高度な神理を説き、その神理に基づいて生きて、そして完成し、皆さん方を連れて帰りたいのです。
高度の惑星に帰ると、皆さん方は向こうでは「天使」と呼ばれます。高度の惑星では、地球から卒業した人材のことを「天使」と読んだり、「ハイアラーキー」と呼んだりするわけです。
高度な惑星から肉体を持って指導者として、地球の我々の魂の兄弟を救済しに天使が降りてくるわけです。
地上の母なる肉体、お腹を借りて誕生して、普通の人間のように生まれてくる天使と、そのまま肉体を持って、ポツリとどこかに存在して導く天使と、二通りの天使がいます。
皆さん方が、空想、妄想しているような天使ではありません。
天使方は、宗教的、オカルト的、空想妄想的な、目に見えない存在ではありません。
今、この地球上に別の惑星から何万という天使方が、人類救済のために降りてきていらっしゃいます。その方々を、皆さんは「宇宙人」と呼んでいますが、正に、宇宙人です。
「イエス様は宇宙人であった」とか、「お釈迦様は宇宙人であった」といいますが、その通りです。あなた方も宇宙人です。
「一なる宇宙」の中に存在する。1個の惑星が地球であって、あなた方は宇宙人だからです。
その理由がおわかりだと思います。ですから、「天使方は、正に高度な宇宙人である」というわけです。
イエス様が「わたしは上から来た者である。あなた方は下から来た者である」といわれたことは聖書にも書いてあると思います。
「下から来た者」とは、低次元の惑星から徐々に進化してきた者のことで、私達は地球の中間の学びをしているわけです。
人間の目的は何でしょうか。
魂の向上、「自己完成」が最大の目的です。自己完成、魂の完成のために地球があるのです。
この地球上で学ぶものがなくなったならば、もう1段高度の惑星に移される。それを「甦る」といい、「昇天」していくわけです。
この地上界で完成されていない者は落第なので、それが完成されるまで地上界で生まれ変わりをします。
「輪廻」を繰り返すのです。
昇天すると、輪廻する者。高い方に帰るか、また、落第してここに生まれるか。それは、あなた方の自由意志です。
今世で本当に神理を理解し、正しい道、方に添った生き方をすることによって、あなた方が完成されるわけです。
あなた方は、今、それを求めておられます。そうした時、世の中の幸せはあなた方が造りだします。
あなた方が救われた時、あなた方は世の中の指導者になります。あなた方を通じて人々が救われていく。それだけ高度な指導が出来るのです。
ケイシーリーディングから…♪
全身全霊で「神を愛する」大切さ
「神を求める祈り」をする大事さのお話
エドガーケイシーは、宗教生活についてそのもっとも美しい表現の中で、この事を次のように語っています。
「あなたがたは心を尽くし、思いを尽くし、体を尽くして汝の神なる主
(大生命・内在の神)を愛し、隣人を汝の如く愛するのである。
このキリストの与えた言葉が法則の全てである。
それに優るものは存在しない。
主が約束されたように、あなた方は
来る日も来る日も明想し、「祈りゆく」うちに到来するあの目覚めによって、
主(宇宙生命)が自分の意識の中に留まられる事を知る事が出来る
(神我が中にまします・父と子は常に一体)。
あなた方はこの目的のために、
主が臨在し、その御霊(キリスト)があなた方の中に留まるあの意識を、
あの自覚を讃えるために生まれてきたのである。」
●自我・偽我 =表現者、原因である父なる神を忘れている状態(放蕩息子の状態)神理を知らない状態・自分の力で生きていると思って迷っている状態、肉体の己を自分と思っている我、分離感・分離意識で個別化された表現を別個の存在と認識している我・分離意識・エゴ・肉の感化、五感の感化を真実と錯覚している我・迷いの影、幻、幻想(マイヤー)・自己保存、自我我欲の心
●真の自己(真我)=父なる神と常に一体の境地・ワンネス意識・全一の意識・神我キリスト、全ては自分、全ては我、全ては神、全てを愛する我に目覚めた状態・宇宙生命によって生かされている事を自覚して実感している我・私が生きているのではない、なるほど一つの生命である神が生きていらっしゃる、全ての知恵と力は神から与えられている、神の中身は神、全ての全ては本質的には神、神のみが生きてらっしゃるんだなと悟った我・神一元・愛一元・光一元・我神なり、全ては神なり、全てに神を観る境地・神は生命(霊)なり、我も生命(霊)なりの自覚・宇宙即我、キリスト意識・高我・実在・全てを愛し全てを許す境地・慈悲と愛・あなた即私・私即あなた・宇宙エネルギー即自分・無限即我・不変不動の絶対なる実在・普遍なる宇宙・無限者・宇宙神
知花敏彦先生の総まとめ記事 第1回目
知花敏彦先生の総まとめ記事 第2回目
FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪
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