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世界一美しい愛のスピリチュアリズム物語♪世界一素敵な霊的ラブロマンス♪フランチェッツォの清い愛の物語♪スターシードの魂の戻る場所の違い♪「魂の法則」関連 「愛しいあの方」為に魂を成長させる愛の物語 あの世の魂の救出活動事情がよく分かる素敵なお話をご紹介♪

 

「魂の法則」関連
「愛しいあの方」為に魂を成長させる愛の物語
あの世の魂の救出活動事情がよく分かる素敵なお話をご紹介

 今回は、「魂の法則」でも魂の救出活動として、イザヤさんが具体例を示されていた、まさにそのままのお話ご紹介しちゃいます。下の「魂の法則」の部分を読破してから、今回のお話を読んで頂くと、より理解が進むでありましょう。

 何だかんだで、今回ご紹介する「フランチェッツォの清い愛の物語」が、スピリチュアリズムの中で一番好きなお話だったりします。

  恋愛を昇華させた、何とも言えない清らかな美しい愛が、感動を誘います。普通は、神様~って思うところを、フランチェッツォさんは「愛しいあの方」の為に頑張ろう…というスタンスで、成長してゆきます。この辺りが、普通のスピリチュアリズムと違うところではありますが…。

 ですが、それはそれとして、異性間の愛をこういう風に、善の方向へ、魂の霊性進化へと繋げられるという事を、このお話から学ぶのもアリかもしれませんね。

 ヘミシンクでも、こういう下層アストラル界への救出活動のお話は伺った事があります。悟りを開かない魂は、スターシードとかアセンションの奉仕の為に今生地球へ転生してきた魂等の、一部の例外を除いて、ほぼ自分の魂の波動に同調した世界へ否応なしに、磁石でひっつけられる様に行くそうです。

 ちなみに、コーリー・グッドさんによりますと、今回のアセンションの奉仕のために、地球に舞い降りたスターシード達は、愛の次元を高めて愛に生きている限りにおいては、死後に、元の高い次元の星に戻るらしいです。

(※スターシードとは高い次元の星にいた魂で、今回の地球の次元上昇の奉仕に来た魂です)

 スターシードの高次元な魂でも、転生中に、心を汚して、愛から離れてしまった場合は、地球の三次元の転生の渦に巻き込まれてしまい、元の高い次元の星には戻れなくなるそうです。

 私は愛に覚醒めたスターシードですので(笑)、自分は大丈夫かなぁ…とは思っておりますが、頑張って今生で解脱するのがベストなゴールですから、油断する事なく、「愛のキリストへの道」をしっかりと歩み続けます。

 今生では私も、魂を磨きに磨き抜いて、もうすっかり「聖人君子」の様な人間に変容していますし、仮に悟りを開けない場合でも、元の高次元な星に生まれ変わる事はできそうな気配であります。

 もう善人道を極めた天使みたいな人間になっていますから(笑)、私は何の心配もしておりません。後は悟りを開くだけ~、開くだけ~みたいな♪

 身内や他人様からもよく人間性を褒められますし、あながち過剰な自己評価という訳でも御座いません。
 自分で納得できるレベルにまで、自分の人間性・霊性・立ち振舞い・他人様に対する態度・等々磨き抜いて高めるというのは、人生において大事なことだ言えましょう。


「魂の法則」の記事から一部引用ですが……♪







世界一素敵な霊的ラブロマンス♪フランチェッツォの清い愛の物語
世界一素敵な霊的ラブロマンス♪希望の同胞団に入団♪
世界一素敵な霊的ラブロマンス♪死後世界探索への旅が始まる
世界一素敵な霊的ラブロマンス♪フラ ンチェッツォ不幸な国へ行く
世界一素敵な霊的ラブロマンス♪フラ ンチェッツォ新しい姿に生まれかわる
世界一素敵な霊的ラブロマンス♪フラ ンチェッツォ地獄での救援活動に参加
世界一素敵な霊的ラブロマンス♪フラ ンチェッツォベネデットと出会う
世界一素敵な霊的ラブロマンス♪さらに輝く国へと新たな旅が続く
世界一素敵な霊的ラブロマンス♪フラ ンチェッツォついに敵を赦す

を一つにまとめてご紹介させていただきます。

ではでは、感動の涙なくしては見れない、スピリチュアリズムの感動の金字塔である「ベールの彼方の生活」に唯一匹敵する(と思っている…笑)、
美しい愛で綴られたこの素敵な物語をご堪能下さいませ。
……………………………………………………………………


一章 間違いなく死んだのに生きている!!

(◆)「はじめに」

≪死後の世界というまったく未知なる世界を旅し、その旅行記を詳細に著したイタリアの青年フランチェッツォ。彼がこの本の主人公である。死ぬ瞬間まで死後の世界の存在を否定していたが、死の扉を通り抜けて知ったこと、それは死後の世界が存在することだった。そして、その世界を冒険しながら地図のごとく描いた、歴史上まれに見る霊界探訪記がこれから始める≫

「人はどこから生まれ、どこへ還るのか?」

どれほど時が流れて、地球の上の地図が変わり、人の暮らしのスタイルが変っても、この素朴な疑問が人の心から忘れられることはありません。

私たちはふだん、いまの時代の、目に見える地図上の国に住み、あたかもそれだけがすべてのように目の前のことに一喜一憂しながら生きています。

もちろん、人として生まれたならば、何気ない日々の暮らしを生きることはとても大切なこと。けれど、そんないつまでも続くはずの日常が、時として断ち切られ、思いもよらぬ悲しみに見舞われたとき、人は目の前に見えるもの以外のことを、考えざるを得ないと思うのです。

大切な家族が、いとしい恋人が、心を分けあった友人が、「死」という扉の向こうに去り、目には見えない存在となったとき、それでも「彼らは見えないのだからもう存在しない」と言い切ることが、あなたにはできるでしょうか? 

そしてまた、この世界の人々と「死の扉」で隔てられた後も、「自分」という存在が変わらずに残っていたとき、ただ忘れ去られていいと本当に思えるでしょうか?

この本の主人公フランチェッツォは、一九世紀の後半に生まれ、二十世紀になる前に亡くなってしまったイタリア貴族の青年です。

『死がやってきたら堂々と向き合いますよ。「死とはすべての消滅を意味する」と信じている者ならば誰でもそうするように』

そう言い切っていた合理主義者の彼は、地上で生きている間は、宗教も死後の世界も何一つ信じてはいませんでした。しかし、ひとたび死の扉を越えたとき、そこに待っていたのは、それまで彼が想像することもできなかった世界だったのです。

フランチェッツォは、この世に縛(しば)り付けられた霊たちがいる地表の霊界から、霊体を癒す「希望の家」に移ります。

その後、利己的な霊たちが集う「たそがれの国」、「灰色の石の谷」、「不安の国」、「守銭奴(しゅせんど)の国」、「不幸な国」、「凍結の国」、麻薬中毒患者が横たわる「昏眠(こんみん)の洞窟」へと、死後の世界のさまざまな国々を放浪します。

そしてさらに、残酷な霊たちの巣窟(そうくつ)である「最下層の世界(いわゆる地獄)」を探索します。

それが終わると、自らの向上を願って訪れた「悔い改めの国」への巡礼の旅、喜ばしい勝利への道となる「あかつきの国」、「朝の国」、「日の国」への旅、と歩き続けます(その全体像を画いた図が本文中・57項にあります)。

この彼の果てしない冒険行きを支えていたのは、愛する「あの方」が地上から送ってくる熱く深い思いと、彼女とあちらの世界で再び巡り会い、今度こそ幸せになるのだという彼自身の強い一念でした。

「人は死んでも生きている。死が人から愛する思いや、やさしい願いを奪い去ることなどできない」

自らの経験からそう悟るようになったフランチェッツォは、あの世とこの世が交信する道をつくり出すために、A・ファーニス氏という優れた霊媒の力を借りて、一冊の本を著しました。それが一八九六年にロンドンで刊行された『A Wanderer The Spirit Lands』(邦題『スピリットランド』)です。

このフランチェッツォのまれにみる霊界冒険記には、時代や国籍、そして宗教を超えた、人としての生き方に対する真実が語られています。そして、未知なる世界の驚くような風景、不思議な生き物、愛と憎しみに繋がれたさまざまな人々の詳細な記録が生きいきと語られています。

地上の歴史には、マルコ・ポーロが残した『東方見聞録』のように、未知なる世界に足を踏み入れ冒険するなかで、自ら体験したことを詳細に後世に伝えた優れた文献が数多くあります。

それらを読んでいると、知らぬまに私たちも一緒にその世界を目の当たりにし、当地の人に会い、話し、触れ合っているように気持になります。

そして、本書もまた、死後世界という未知の世界を教えてくれる、歴史上まれなる探訪記といってまちがいありません。

『誰も書けなかった死後世界地図Ⅲ』完結編として著された本書は、フランチェッツォが『スピリットランド』に語った膨大な霊界リポートをダイジェスト版にしたものです。

彼が旅した足跡を忠実にたどりながら、とくに、死の扉を通過した直後の様子、霊としての成長、生まれ変わり、死後世界で訪ねたさまざまな国の様子、彼が霊界で出会った人々、地上人との交信、非常に具体的な霊界での生活のありさまなどがくわしく語られています。

そして何より、その旅路を支えた、“霊として向上したい”というフランチェッツォの熱い思いと、地上から彼を支え続けた愛する女性からのあまりに誠実な愛情、さらに高次の霊からの励ましなどが、この探訪記の全体を貫いています。

さあ、あなたもフランチェッツォといっしょに“あらゆる世界”をシュミレーションしてみてください。人はこの世界に生まれ、生き、そして死んで、またあちらの世界で人生という旅を続けるのです。その魂の終わりのない旅を充実したものにするために、彼が死後世界で歩いた地図を心の中で描いてみてください。そのことが、あなた自身がこれから生きていくための人生の地図をつくるのに、きっと役立つはずだと思います。


(1)愛する人との出会い

私、フランチェッツォはいまに至るまで、はるか彼方にある〝あの世界〟の放浪者でありました。地上にいるみなさまは、こうした世界については名前はおろか、その存在さえもよくご存じではないでしょう。

そこで、できるだけわかりやすく、私(すでに〝あの世界〟の住人になっています)の体験を述べることにします。それによって、いま地上を生きている方がやがて地上を去るとき、いかなる体験が待ちうけているかを知っていただきたいと思うのです。

そして私の体験が世に明かされることにより、みずから奈落に向かうような生き方を止める人々が出てくることを心から願っています。

私は、十九世紀半ばのイタリアに、貴族の息子として生まれました。

地上にいたときの私は、いまから思えば自己満足だけを求める傲慢(ごうまん)な人間でした。

精神的にも肉体的にも、能力と天分に恵まれていた私のことを、幼いときから人は素晴らしい、高貴だ、才能があるなどとほめそやしましたが、それをいいことに、人から愛と尊敬を得ることにのみ夢中になり、自分が純粋な気持ちで誰かを愛することなどほとんどありませんでした。

私が愛した(地上の男性は愛の名に値しない情欲もこう呼びますが)女性たちはみな、その魅力で私の気をひこうとしたものです。けれど私は、誰に対しても物足りなさを感じました。欲しいものは何としても手に入れたくなりましたが、いざ手に入れてみるとそれは苦い灰の味しかないのです。満たされない思いを心に抱えたまま、それが罪であるとも思わずに、私はどれだけ女性たちの心を傷つけたでしょう。

それにもかかわらず、私はたくさんの宴(うたげ)に招かれ、貴婦人方によって甘やかされ、社交界の寵児(ちょうじ)になったつもりでのぼせ上がっていたのです。

そんな心の隙が招いたのか、芸術家を志していたはずの私は、ある日仲間と思っていた男に裏切られ、決定的な過ちを犯してしまいました。自分と他人の名誉を傷つけ、前途あるはずのそれぞれの人生を台無しにしてしまったのです。

その過ちは、生きているときばかりか死んでからさえ、私にずっとついてまわりました。わがままで放蕩(ほうとう)に満ちた人生がもたらす結果は、まだ生きている間でさえ悲惨ですが、霊界においてはそれに倍して悲惨なのです。過去の過ちや失敗は、すべての過去をあがない精算するまで、ずっと私たちの翼の自由を奪い続けます。

傷心に沈む日々を過ごしていた私は、あるとき一人の女性と巡り会いました。ああ、それは何と素晴らしい出会いだったでしょう!
私にとって純粋可憐(かれん)な彼女は、ほとんど人間以上の存在に思えました。

そうして「私の善き天使」と名付けた彼女に、「高貴な愛」という次元から見れば貧相で自己中心的なものではありましたが、私のすべての愛を捧げました。その人生のなかで初めて、私は自分以外の人間のことを真剣に考えるようになったのです。

それまで私が誰かにやさしくしたり、愛する人に寛大であったりしたのは、相手がそのお返しをくれることを期待したからでした。

自分の愛情や好意は、他人からの愛や尊敬を買うための投資にすぎず、自分の幸せなど考えないで、ただ愛する人の幸福だけを願うような、そんな犠牲的な愛など想像したことすらありませんでした。

けれど、何かが私の中で変わり始めたのです。
彼女の輝くような精神の高みにまで、自分の心を純粋にすることはできませんでしたが、ありがたいことに彼女を自分の側に引きずり降ろそうとはしませんでした。

いつか時が経つにつれ、彼女の世界の明るい太陽に照らされて、自分にはもうないと思っていた至純(しじゅん)の思いをもつまでになったのです。

その一方で、誰かが彼女を私から奪っていくのではという恐怖に怯えていました。ああ、あのころの痛恨と苦悩に満ちた日々!

二人の間に見えない壁をつくったのは自分であると知ったのです。
俗世(ぞくせ)に汚れた自分は、彼女に触れることさえふさわしくないと感じていたのです。

私に対するあの方の深い思いやりとやさしさのなかに、彼女自身も気づいていない愛を読みとることはできても、この世にあるかぎり彼女が自分のものになることなどありえないと感じていたのです。

それで彼女と別れようとしましたが、できませんでした。彼女とともにある幸福、彼女の明るい世界に触れる喜びだけは私にも許されていると思い、それだけで満足しようとしたのです。そのわずかな願いさえ、やがてかなわなくなるとも知らずに。


(2)突然やってきた「死」

ところがやがて、何ということでしょう、あの予想だにせぬ恐ろしい日がやってきました。何の前触れもなく突然、私はこの世から取り去られ、すべての人間が避けることのできない「肉体の死」という深遠(しんえん)に投げ込まれてしまったのです。

初めは死んだということがよくわかりませんでした。
数時間苦しみもだえた後、夢のない深い眠りに落ちました。

やがて目覚めてみると、たった一人で真っ暗闇(くらやみ)の中にいたのです。起きて働くことはできましたので、その直前よりは確かに状態はよくなっているようでした。

だが、いったいこことはどこだろう?
立ち上がって、暗い部屋の中でやるように手探りしてみましたが、まったく光が見えないし、音も聞こえませんでした。ただ、死の静寂と暗黒だけがあたりを包んでいるばかりでした。

歩けば扉でも見つけられるだろうと思い、どれほどでしょう、力無くゆっくりと動き手探りし続けました。

数時間もそんなことを続けたでしょうか。私は、だんだん狼狽(ろうばい)し、恐怖さえ募ってきて、どこかに誰かいないのか、とにかくこの場所から抜け出せないか、と必死になりました。

残念なことに、扉も壁も何も見出すことはできませんでした。私のまわりには何も存在しないのです。ただ暗黒のみが私を包んでいたのです。

最後に、とうとう耐えきれなくなった私は大声で叫びました。しかし、いくら金切り声をあげても、誰も答える者はいません。何度も何度も叫びましたが、相変らず静かなままです。

牢獄にでも入れられたのだろうか?
いや牢獄には壁があるがここには何もない。

精神錯乱? それとも? 自覚ははっきりあるし、感触もある。以前と何も変わらない。本当にそうか? いや、やはり何か変だ。

そうです、はっきりとはわかりませんが、何か全身が縮こまって、いびつになってしまったような感じなのです。

自分の顔はどうか、手で触ってみると何だか大きくなっているようだし、がさつで歪んでいるような。いったいどうなっているんだ?

ああ。光を! どんなにひどい状態でも何でもいいから、とにかくどうなっているのか教えてくれ!
誰も来てくれないのか?まったく一人ぽっちなのか?

そして私の光の天使よ、彼女はどこに? 私が眠りに陥る前、彼女はたしかにそばにいてくれた。いまはどこに?

何かが頭と喉(のど)の中ではじけた感じがしたので、もう一度私の元に来てくれるようにと、彼女の名を大声で叫びました。

すると、ようやく私の声が響きだしました。そして私の声があの恐ろしい暗闇を通して、こだまとなって返ってきたのです。

はるか遠くに小さな星の光のような点が現われ、少しずつ近づいてきて大きくなり、とうとう私の目の前までやってきました。それは星の形をした大きな光の玉で、その中にあの「いとしい人」の姿を認めることができました。

彼女の目は眠っているように閉じられていましたが、両腕は私のほうに伸びており、やさしい声でこう言っているのがはっきり聞こえました。

「ああ、私の愛する人、あなたはどこにいらっしゃるの? 見えないわ、声しか聞こえないのです。私を呼ぶあなたの声だけが聞えるのです。それで私の心が答えるのです」

私は彼女のほうに駆け出そうと思いましたが、だめでした。見えない何かの力が私を引き戻すのです。また彼女の周囲には、私が突き抜けることのできない囲いのようなものがありました。苦しみの中で私は地面の上に崩れ落ち、一人にしないでくれと彼女に哀願(あいがん)しました。

しかし彼女は、気でも失ったように頭をがくりと前に垂れ、誰かの腕に抱かれるようにして、その場を去っていきました。

私は起き上がって彼女の後を追おうとしましたが、無駄でした。大きな鎖でしかっかり繋(つな)がれてでもいるかのように、先に進めないのです。さんざんもがいているうちに意識を失い、地面に倒れたのでした。

再び目覚めてみると、とてもうれしいことに彼女がそこに戻ってきていたのです。彼女は私の傍らに立っていました。地上にいるときのように見慣れた様子でしたが、青ざめた悲しげな表情で黒い衣装に身を包んでいました。

あの光っていた星は見えず、あたりは暗闇に包まれていますが真っ暗闇ではなく、彼女のまわりはぼんやりと青みがかった光に照らされています。

彼女は白い花を腕に抱いて、新しい土を盛った低い長めの塚の上にかがみ込むようにしていました。

さらに彼女に近づいてみると、その低く盛った塚の上に花を添えながら、声も出さずに涙を流しているのがわかりました。そして、彼女はそっとこうつぶやいたのです。

「ああ、いとしい人、もう戻ってきてはくださらないの? 本当に死んでしまわれたの? もう私の愛の届かないところへ行ってしまわれたの? 私の声さえもう聞くことのないようなところへ? ああ、私のいとしい人!」

彼女はひざまずきました。私はますます彼女に近づいてみました。とはいっても、彼女に触れることはできませんでしたが。

私もひざまずき、その土盛りを見ました。
そのときです。私の全身を言いしれぬ恐怖が駆け抜けました。私は、はじめて自分が死んだことを知りました。それは何と私自身の墓だったのですから。

(3)死は終わりではなかった。

「死んだんだ! 死んだんだ!」
私は、必死に叫びました。そして、
「まさか、そんなばかな! 

だって死んでしまったら何も感じないはずだろう? 

土くれになるんだろうが? 朽ち果て、腐り果て、それですべておしまい、何も残らない、死んだらもう何の意識もないはずだろう?」
と、くり返しくり返し自分に問いかけました。

たしかに自分の傲岸(ごうがん)な人生哲学がまちがっていなければ、つまり死人の魂が死体が朽ち果ててからも存在し続けるなどということがなければ、そのはずだったのです。

教会の司祭たちは、「死んでも人の魂は存在する」と言っていましたが、それを聞くたびに、愚かな者どもだ、奴らはまちがっている、と私はばかにしていました。奴らときたら、自分たちが“儲け”ようとしてこんなことを言ってのけるのです。

人は再び生き返るのだが、そのとき天国の門を通過するには、冥福を祈ってくれる司際たちがもつ鍵で、門を開けてもらわねばならない。

その天国の鍵は“金で廻る代物”で、司際の一存にかかっているというわけです。

そんな話は、司祭たちの秘められた生活の実態を知っている私には笑止千万でした。そして、できもしない免罪の約束に耳を傾けるかわりにこう言ってやりました。

「死がやってきたら堂々と向き合いますよ。『死とはすべての消滅を意味する』と信じる者ならば誰でもそうするに」と。

しかしいま、私はこの自分の墓の傍らに立って、いとしいあの方が私の名を呼び、花を投げかけるのを見つめているのです。
やがて私には、目の前の墓の固い土盛りが透けて、中が見えだしました。

下のほうに私の名と死亡した日付の刻まれている柩(ひつぎ)が見え、その柩の中に見慣れた私自身の、白く動かなくなっている遺骸(いがい)を見ることができました。

恐ろしいことにその遺骸はすでに腐り始めていて、顔を背けたくなるような代物になっていました。

私はそこに立って注意深く自分の死体を見つめましたが、今度はいまある自分の体に触れてみました。腕と脚とを確かめた後、なじみ深い自分の顔の作りを一つひとつ手でまさぐり確かめてみました。

私の肉体は死んだはずなのに、私はいまこうして生きているのです。
もしこれが死というものなら結局、あの司際たちは(魂は肉体的な死のあとも存続するという意味では)正しかったわけです。死んでも生きているのですから。

だがどこに? どんな状態で?
そもそもこの暗黒の場所は地獄なのだろうか?

あの司際たちなら、まさしく地獄以外、私を送り込む先はないと言うでしょう。私は、当時の腐敗しきった教会とは一切縁を切っていました。

ですから、もし教会が破門した者を地獄に送る力を本当にもっているなら、私などまずまちがいなくそこに送られる口です。
反対に、いとしいあの方などは、たとえ私を捜すためだとしても地獄に来ることは絶対にないだろうと思います。

彼女はまだ地上で生きているようでしたし、私の墓の傍らに彼女がひざまずくのを見たのですから、私もまた地上にいると思わざるを得ませんでした。


(4)肉体と自分を繋ぐ糸

いったい死人は、いつまでも地上で生活した場所のあたりをさまようものなのだろうか?

そんなことをあれこれ思いながら、私は愛する人の近くに寄ってその手に触れようとしましたが、かないませんでした。見えない壁のようなものが彼女を囲っているようで、ある距離以上には接近できないのです。どんなに試してみても無駄でした。

そこで私は彼女の名を呼んで言いました。自分がすぐそばにいること、意識もしっかりしているし、死んだけれど何も変っていないということを。

しかし、彼女には聞えないようで、私のほうを見ることもありませんでした。
彼女は、まだ悲しそうに泣いていました。そして、やさしく花に触れながら、私のことを花がとても好きな人だったと口にしていました。

あの花は、そのことを知っていて私のために供えてくれたものだったのです。たまらなくなった私は、できるかぎり大声を出して何度も名を呼びましたが、彼女にはどうしても聞えません。夢でも見ているように方手でさようならの合図をして、彼女はゆっくりと悲しそうに去っていきました。

私はすぐさま、彼女の後を追うとしましたがそれもできません。肉体の置かれている墓から数メートルまでしか離れられないのです。

そのわけはすぐわかりました。クモの糸ほどしかない、黒い絹のような糸が私の体にくっついていて、どんなに力を込めても切れないのです。ゴムひものように伸ばすことはできますが、必ず引き戻されてしまいます。

最悪なのは、肉体は腐って崩壊していきますが、それが私の精神をむしばむような感じがすることです。ちょうど毒に冒されたときのように、苦痛をともないながら、脚から全身へしびれが回っていくような感じなのです。

新たな恐怖に襲われかけたそのとき、威厳(いげん)に満ちた何者かの声が暗闇を通して私に語りかけてきました。

「汝(なんじ)は己の心よりも肉体をより大切にしてきた。さあいまこそ、汝が崇拝し、貴重に思い、執着してきた肉体なるものの正体を知るがよい。その肉体がちりに戻るのを見るがよい。そして肉体の享楽のために汝がどれほど魂をおろそかにし、痛めつけ衰えさせたかを見るがよい。汝の悪しき生き様が、どれほどみじめで無惨で酷いものであったかを知るがよい」

そこで私は、自分自身に目をやりました。そして目の前に掲げられた鏡の中を見たのです。ウォォ! 戦慄(せんりつ)が走りました! 

そいつはたしかに私自身の姿でしたが、ああ! 恐ろしいまでに変形した、おぞましくも醜悪(しゅうあく)な、下劣(げれつ)きわまりない姿をしているではありませんか。体のあらゆる部分が身の毛もよだつような形となってしまい、顔まで変形しているのです。

私は、あまりの自分の姿におののいて後ずさりし、いますぐにでも地面が口を開けて私を呑み込み、世の中のすべての視線から自分を永遠に隠してほしいと祈りました。その瞬間、私は思いました。絶対にもう二度と、あの方を呼ぶことはすまいと。

彼女にこの姿を見せることはできない。私は死んで、もう永久に彼女の元から去ったのだと思われたほうがよっぽどましだ。

ああ、何てことだ! 私の絶望、苦悶(くもん)は計り知れないものでした。すべての人から見て私は死んだ存在でありますが、何ということでしょう、いまや私は、死が終わりのない眠りでも、静かなる忘却(ぼうきゃく)でもないことを知ったのです。もし死がすべての終わりだったら、どれほどよかったことでしょう。

私は絶望のうちに、完全なる忘却が自分に与えられるようにと祈りました。しかし、祈りながらそれがかなわぬ望みであることを知らされました。

人間の本質は永遠の魂です。その魂は、善であれ悪であれ、幸か不幸か、とにかく永遠に生き続けます。人間の肉体は朽ちて塵(ちり)となりますが、本当の自分つまり精神は、朽ちることも忘却することもありません。

私の心が少しずつ目覚めるにしたがって、自分の人生におけるさまざまな出来事が目の前に映し出されていくのが、はっきりと見えるようになりました。

いまとなっては、そのうちのたった一つでさえやり直すことができない過去の過ちを目の当りにして、私はただ、がっくりと頭を垂れるしかありませんでした。
           
(5)彼女の部屋にたどり着く

どれほどの時間が経過したかわかりませんが、私にはとても長い時間のように思われました。絶望のなかに打ちひしがれ、しゃがみ込んでいましたが、ふと、特も言われぬやわらかな響きで私を呼ぶ声が、そう、あの方の声が聞えてきたのです。

その声をたどれば声の主にたどり着けそうだ、だからさあ起きて行かなければ、私は心の中でそう強く感じました。

それで私は声にひかれて進んでゆき、とうとうあの方の家にたどり着きました。彼女は小さなテーブルの横に腰掛け、一枚の紙を前にして鉛筆をもっていました。そして、私の名を呼びながらこう言っています。

「最愛の人よ、亡くなってからでも帰ってくることができるのなら、私の元に来てくださいませ。そして私の質問に答えて、イエスでもノーでも、あなたのほうから私に書かせることができるなら、何でもいいから書いてみてくださいませ」

私は死んでから初めて、悲しそうなあの方の口元に、かすかな微笑(ほほえみ)みを見ました。それから、ふと気づくと、彼女の傍らに誰か三人いるのが目に止まりました。彼らは霊人たちでしたが、私とはまったく姿が違います。三人とも光り輝いていて、その光で目が焼かれてしまいそうで、彼らを見つめることもできません。

一人は上背のある、物静かで威厳のある顔つきをしている霊で、ちょうど守護天使のように、あの方の上をおおって守っていました。あとの二人はとても美しい若者で、彼女の両脇に立っていました。

私はすぐに、その二人が誰なのかわかりました。以前、彼女がよく話してくれた、亡くなった彼女の兄弟たちでした。洋々たる人生を前に夭折(ようせつ)したこの二人の思い出を、あの方は胸の内にしっかりとしまっていたのです。

私は、はっとして後ずさりしました。彼らが、私に気づいてこちらを見たように思ったからです。それで私は見につけている黒いマントで、歪んでいる顔や姿を隠そうとしましたが、にわかに自尊心が頭をもたげるのを感じました。

あの方が、私を呼んでくださったのではなかった? ならば自分には、ここにいる権利があるはずだ。

「あなたがそこにいらして私の言葉が聞えていらっしゃるのなら、あなたが私のことを考えてくださっていることがわかるように、何か一言書いてくださいませ」

自分の思いを読みとったかのような彼女の言葉を聞いた私は、まるで心臓が喉まで飛び上ってきて窒息してしまうのではと思うほど、どきどきしました。いったい自分にあの方の手を動かせるものかどうか。


先ほどは、触れることさえできなかったのです。しかしとにかく試してみようとしたところ、あの背の高い霊人が二人の間に分け入ってきました。

「何か言いなさい。私があなたに代って、この人の手を動かして書きましょう。この人のために、この人のあなたへの愛ゆえにそうするのです」

彼のその言葉は、私の心を波のように喜びで揺さぶりました。
私のいとしい方がもう一度、「あなた、そこにいらっしゃるの? 私の最愛の人」と言ってくれたので、私が「はい」と答えると、その霊人は彼女の手に自分の手を添えて「はい」と書いたのです。

彼女は、私のために何かしてやれることはないか、私がしてほしいと願うことはないかとたずねてくれました。それで私は「いえ、いまは別に。もう行きます。私のことであなたを煩わしたくありません。私のことは忘れてください」と答えました。しかし、私の心は、そう言いながらも悲しさで張り裂けるようでした。

ところがああ、あの方の次の言葉が何といとおしく私の胸に響いたことでしょう。

「そんなことおっしゃらないで。私は、昔もいまもあなたの真実の友です。そうしてあなたがお亡くなりになってからというもの、考えてきたことはただ一つ。あなたを捜し出して、もう一度あなたとお話しすることでしたわ」

そこで私は叫ぶように「私もまたそのことのみを願っていました!」と答えました。
するとあの方は、また来てくれるかとたずねますので「はい」と答えました。

ここまで来てあの光り輝く霊人が「今夜は、これ以上続けてはならない」と言って、それを彼女の手を通して書き出しました。それが書き終えられたとたん、私は、再びあの薄暗い教会墓地にある自分の墓の中の肉体まで連れ戻されるのを感じました。

しかし、このときは少なくとも当初味わったような、絶望的で悲惨な気持ではありませんでした。現実そのものはいまも変わっていませんが、一条の希望の光が胸の奥から差し出すのを感じたからです。あの方にまた会えるし、話だってできるということが、いまではわかっているわけですから。

           
(6)彼女にすべてを告白する

ところで墓地には私一人だけではなく、あの二人の兄弟が同行してきました。彼らがそこで私に言ったことのポイントを言えば、次のようになります。

あの方と私の間には埋め尽くせぬ深淵が横たわり、それはあまりにも広大である。そして問題は、まだ若いあの方のこれからの人生を私の暗い影でおおいたいと、私自身が思っているのかどうか、ということです。

もしいま、あの方をそっと一人にしてやれば、いつかはあの方も私のことはあきらめ、かつてそういう最愛の友人がいたという記憶が残るだけである。私が本当にあの方のことを愛するのであれば、あの方の若い人生を孤独な寂しいものにしたいとは、当然願わないはずである、と。

私は、彼らに答えてこう言いました。あの方を愛している、あの方をあきらめることなどできない。いままでどおり彼女を愛し続けることしか私には考えられない、と。

すると二人は、私や私の過去について語り始めました。

私がいま希望を見出しているあのおぼつかない方法を使って、どうしてでも彼女の無垢(むく)な人生に関わりをもちたいと本気で考えているのか、とたずねてきました。また、あの方が死んだ場合、汚れた私などがどうやってあの方と会うことができようか、と言うのです。

私はそこで弱々しく、あの方は私のことを愛していると思うと言いました。

すると彼らは言いました。
「そのとおり。彼女は自分の心の中であなたを理想化し、無垢な心のままにあなたのイメージを描き、それを愛しているのです。

もしあなたの一切を知ったなら、それでもあなたを愛すると思いますか? 

彼女に自由な選択肢を与えるべきです。
本当に彼女を愛し、彼女のためを思うならば、何が彼女に真の幸福をもたらすのかを考えるべきです。自分のことだけを考えるべきではありません」

彼らの言葉で私の内なる希望は打ち砕かれ、悲嘆と恥ずかしさで、頭を垂れるしかありませんでした。

まさしく自分は下衆(げす)野郎であって、あの方にふさわしくないことは明白なのです。そして、私から解き放たれたあの方の人生がどのようなものになるか、鏡で見るようにはっきりとしていました。

人生において初めて、私は自分以外の人間の幸福を先に考えることになりました。私はあの方のことを心から愛していますし、彼女には本当に幸福になってほしいと思いましたから、彼らにこう言いました。

「そのようにいたしましょう。あの方に真実を告げてください。そして私にはお別れのやさしい言葉の一つでも言ってくだされば、彼女から去って、もう二度と私の暗い影をあの方の人生に投げかけることはいたしません」

私たちがあの方の部屋に戻ったところ、彼女は悲しみのあまり、すっかり疲れ切り、寝入っているようでした。

私は彼らに、最初で最後の接吻(せっぷん)をしたいので許してほしいと頼みました。しかし、彼らはそれはできないと言います。ひとたび私があの方に触れようものなら、彼女の生命の糸が永遠に切れてしまう、というのです。

それから兄弟たちは彼女を起こし、彼らの言葉を書き出していきました。

私は傍らに立って、その一つひとつの言葉を聞きました。それはまるで、私の最後の望みを埋葬(まいそう)するための、柩に打ち込まれる釘のように感じられました。あの方は夢を見ているように、私の恥辱(ちじょく)に満ちた人生のすべてを書き続けました。


そして最後に、今度は私自身が、これで二人の関係は永久に終わり、私の利己的な愛から彼女は解き放たれたことを告げねばなりませんでした。

私は最愛のあの方にお別れを告げました。それは、心臓から血を搾(しぼ)り取られるようなむごい痛みをともなう言葉でしたが、何とか告げることができたのです。それから私は、向きを変えて彼女の元から立ち去りました。

どころが、どうしてかはわかりませんが、そこから離れて進むうちに、私を墓場にある肉体に結びつけていた魂の糸が切れて、自由になっていることを知りました。

もう私は、どこへでも自由に行けるのです。
私はいま、こうして自分の言葉を書いていますが、(著者はいま、霊界からの自動書記で書いている――訳者)、次に起こったことを思いだすといまでも感謝で涙が目にあふれ出しそうになってしまいます。

そのとき、あれほど弱々しくやさしく思えたあの方が、突然、誰も抗うことのできないほど強い愛の力をこめて私を呼び出してくれたのです。

あの方は、私が彼女を愛するかぎり、決して私のことを忘れることはないと言ってくださいました。
さらに、こんなふうに語りかけてくれました。

「あなたの過去はどうでもいいの。たとえあなたが地獄の底まで落ち込んだとしても私はあなたを愛し続けます。あなたのことを捜し出し、あなたを愛する者として当然のことをさせていただきます。愛する私の当然の権利として、神が慈悲(じひ)をもってあなたの過去の過ちを許し、再びあなたが立ち直るまで、あなたを助け、慰め、大切にしてさしあげたいのです」

この言葉を聞いた瞬間、私は、その場で泣き崩れました。

締め付けられ、傷つけられ、かたくなになっていた私の心は、やわらかでやさしいあの方の愛の手に触れて、感謝の涙で癒(いや)されたのです。

私はあのいとしい方の元に急いで戻り、彼女の横にひざまずきました。もちろん、あの方に触れることは許されませんでしたが、あの物静かで美しい守護霊は、彼女の祈りが聞き入れられたこと、今後は私を光の元に導くように努めなさい、と彼女に告げたのです。

そうして私は、再びあの方が私を呼んでくださるのを待ちながら、この霊の世界を放浪する身となりました。

(7)地表の霊界をさまよう

このころ私は、何か暗闇の中をさまよい漂(ただよ)っている、私と似た存在が他にもあることに気づいていました。ただし、それが何であるかを見ることはまだほとんどできませんでしたが。

あるとき、あまりの孤独に耐えられなくなり、あの慣れ親しんだ墓地に戻ろうかと思いたちました。すると、その思いが私をそこに連れ戻したようで、まもなく私は墓地に来ていました。あの方が以前もってきてくれた花は、いまは枯れていました。

もう二日間、彼女はここに来ていません。それは、私と直接話ができることがわかったからで、地面の中に埋葬されている私の肉体のほうは忘れてしまったようです。死んだ私の肉体のことは忘れ、生きている霊に思いを向けてくれるほうがありがたいので、彼女をそのままにしておきたいと思いました。

墓の前方にある白い大理石の十字架のあるあたりに近寄ってみますと、そこにあの方の二人のご兄弟の名前が刻まれているのを発見しました。それで、あの方が私への愛ゆえに何をしてくださったかがわかりました。

この世で誰よりも大切にした二人のご兄弟の傍らに、この私の肉体を埋葬してくれたのです。私は、その彼女の心に打たれて、また涙があふれてきました。その涙のしずくは、私の心の辛い思いを癒してくれるようでした。

それでも、一人さまようことが寂しくてやりきれなくなった私は、とうとう墓地を出て、あの暗い影がふわふわしている中に入っていきました。

ほどなく一人の男と二人の女らしい黒い影が、いったん私の近くを通り過ぎたと思うと、振り返って近寄ってきました。男が私の腕に触って、

「どこへ行くんだい? あんたこの世界にゃ慣れてないようだな、そんなに忙しそうにしてよ。誰もここで急ぐ奴などいない。ずっとここで過ごすしかないってことを知ってるからな」

と言って笑いました。その笑い声があまりに冷たく、下品な響きなのに私はぞっとしました。もう一人の女は私の腕を取り、

「いっしょに来なよ。死んでからでも、まだ人生の楽しみは終わっちゃいないことを教えてあげるよ。肉体がないからって楽しめないわけじゃない、ちょっと地上の人間の体を借りりゃいいのさ。来なってば、楽しみはまだ尽きたわけじゃないってことを見せてあげるよ」

と言いました。

私は一人ぼっちだったので、誰でもいいから話し相手が現れたことはうれしかったのですが、この三人の姿はどれも顔を背けたくなるほどひどいものです。

とくに二人の女のほうは、男よりもっとすさまじい格好をしていました。それでも、これから何が始まるか見てみたくなり、彼らについて行こうとしました。すると、はるか遠くの真っ暗な空に、光で描かれた絵のように、あの方の姿が見えたのです。

彼女は目を閉じていましたが、以前と同じようにその腕は私に向かって伸びていて、天から彼女の声が響いてきました。

「だめ! 気をつけて! その者たちといっしょに行ってはなりません。彼らの道は、ただ破滅のみに通じているのです!」

それでヴィジョンは終わりました。私は夢から覚めたように三人を振りほどくと、暗闇の中に逃げ込みました。

それから、どれほどさまよい歩いたかわかりません。ただ私にまとわりつく忌(い)まわしい影から逃れようと、やみくもに歩きました。そのうちに疲れ切った私は、休むのによさそうな地面を見つけて、しゃがみ込んでしまいました。

しばらくそうして休んでいると、暗闇を通して光がかすかに瞬(まばた)くのが見えました。近づいてみると、それはある部屋から出ている光でした。その光があまりに明るくて、見続けることができず目を背けると、声がしました。

「お待ちなさい、疲れた放浪者よ! ここには親切で、あなたの助けとなる者たちだけがいます。もしあなたが、いとしいあの方に会いたいと思うならここにお入りなさい。彼女はここにいますよ。あなたとお話しすることもできますよ」

すると誰かの手が、私のマントで強い光を遮(さえぎ)り、部屋の中に通してくれて、大きな椅子(いす)に座らせてくれました。この部屋には平安が満ちていて、何か天国まで通じていそうな感じがしたものでした。

しばらくして見上げますと、天使のような印象を与える、おだやかで親切そうな女性がいて、その人の向こうに、何と、あのいとしい方が微笑みながら座っているではありませんか。

ただし、あの方は笑みを浮かべているものの、私を見ているわけではないことがすぐにわかりました。かわりにその天使のような女性が、低いおだやかな声で私のことをあの方に向かって話し始めたのです。

あの方はそれを聞きながら、以前出会ったことのあるスピリチュアリストが「あなたの愛は死の障壁さえ打ち破るほど強く、あなたこそ彼(フランチェッツォ)を愛し助ける最適の人物である」とアドバイスしてくれたことを思いだしているふうで、とても嬉しそうでした。

その天使のような女性が私に話してくれたところでは、本人はまだ生きていて、天使ではないということでした。まだ地上で肉体をもっているスピリチュアリストなので、あの方と話をすることができたというわけです。

しばらくすると、私にこの部屋に入るように勧めてくれた霊人の声が、あの方へのメッセージを書いてほしいかどうか、たずねてくれました。

私が「もちろんです、せひお願いします」と言って語り始めますと、スピリチュアリストの女性を通して筆記が始まりました。

私は愛するあの方に自分が生きていること、ずっと愛していること、私を忘れないでほしいこと、私のことを思い続けてほしいことなどを伝えました。あの方の愛と助けがあってこそ、私はがんばれるのですから。

いま自分は、はかなく頼りない存在となってしまい、彼女には見えなくなっていますが、それでも彼女に対する思いは以前と何ら変わることはありません。その思いを何とかして伝えたかったのです。

筆記を見たあの方は、とてもやさしい言葉を返してくれました。それをここに書き表すことは、二人の秘密なのでできませんが、あまりにも神聖で、永遠に私の心に残る言葉でした。

その後、部屋を出た私は、地べたに崩れ落ちるようにして眠ってしまいました。まわりにすべてが夜の闇に感じられる私にとって、どこで眠るかはどうでもいいことなのです。また、どれくらい眠っていたのかもわかりません。

すっかり疲れ果て、苦悩と惨めさにさいなまれていた私には、意識のない眠りは、救いにも似たものだったのです。

さて、深い眠りから覚めてみると私は大いに元気が戻っていて、それ以前と比べてすべての感覚が強くなっていました。早く動くことができるし、手足は力強くなり、ずっと自由になったのです。

それとともに、この世界に来てから感じたことのなかった空腹感を覚えました。空腹は強まるばかりなのでしかたなく食物を探しに出かけましたが、初めは何一つ見つけることができませんでした。

そのうちやっと、乾燥したパンのようなものを何片か見つけて食べました。それは食べ物ともいえないような粗末なものでしたが、腹の足しにはなりました。

そうです。霊といえども、地上の食物に相当するような霊的な食物を食べるのです。腹も減れば、喉も渇くのです。たとえ見えない体でも。地上のみなさんが感じるような食欲もちゃんとあるのです。

もちろん霊的な食べ物や飲み物は、霊を見ることのできない人には見えません。しかし、私たちは霊人にとっては、きわめてはっきりとした現実なのです。しかも、食べ物の好みは、地上にいたときの好みと関係があるようです。

もし私が地上にいたとき大酒飲みや大食漢(たいしょくかん)であったなら、この世界に来て、もっと早くに酒や食物に対する欲求を感じていたでしょう。幸いにも私はそういう種類の人間ではなかったので、少し食べただけですぐに満足することができました。

それでも最初は、そのパンきれみたいな食物を目の前にして「こんなもの食えるか」という思いもありました。何度となく招かれた宴で、美酒や美食を楽しんできた私です。大食漢ではなくても、食べ物の味くらいはわかります。

しかし、よくよく考えてみれば、いまの自分は、どこからも何も手に入れることのできない乞食(こじき)のような存在です。ならばとりあえず、乞食のような暮らしに満足するしかないじゃないか、と思い直したのでした。


(8)「希望の同胞団(どうほうだん)」に入団

再び私があの方のことを考えていると、その思いが私をあの方の元へと運んでくれたようでした。ベールのようなものを透かして見ると、そこには男性の霊人と地上の女性、それにあの方がいました。今回も、以前に私の言葉を筆記してくれた女性にメッセージを書いてもらうことができると知らされました。

私は、できるなら、あの方自身に私のメッセージを書いてもらいたかったので、それを許していただきたいと強く願いました。

ところが残念なことに、それはできない相談だとわかりました。あの方には私の言うことはまったく聞こえないのです。それならしかたないとあきらめ、以前のようにあの女性に書いてもらうことにしました。

メッセージを言ってからしばらくの間、かつて幸せな日々にそうしていたように、あの方のやさしい顔を見つめていました。
しかしその状況は、一人の男性の霊人によって遮られました。

この霊は、私の見るところ、若くて美しい、しかも威厳(いげん)のある方でしたが、静かなやさしい声でこう言うのです。

「フランチェッツォ。もしあなたが本当に、この女性に直接自分の言葉を書いてほしいと願うなら、霊界にある『希望の同胞団』に入団なさい。この同胞団の人々は、みな善の道を追求しています。

あなたがまだ知らない新しい事柄も、彼らとともに学べるでしょう。同胞団の人たちは、あなたが彼女の心に働きかけることができるくらい自分を高めるのを、きっと助けてくれるはずです。

そうしてあなたが自分を高め続ければ、やがては、地上にいる彼女がその生を終えて霊界にやってきたとき、ともに過ごせるようになるでしょう。けれど、そこに至る道は生やさしいものではありません。

むしろ大変な苦労と苦難をともなうものです。それでも、この道だけが、最後に美しい幸福な世界へ導くものであり、そこではいまは想像できないほどの幸福と安息を享受(きょうじゅ)できるとお約束しましょう」

この霊人はさらに、私のいびつな体も精神が向上するにつれて直っていき、最後には元の姿を取り戻すこともできるので、あの人が見て悲しむことはなくなると保証してくれました。

また、もし現在の状態のまま私が地表にとどまり続けていると、十中八九はいわゆる享受の巣窟(そうくつ)に引き寄せられてしまい、やがてそこの低劣な霊的環境に染められてしまうだろう、と心配してくれたのです。

ほんの少し前に、ふらふらと享受を求める霊たちについて行きそうになった自分としては、そう言われてもしかたないと恥ずかしく思いました。

そして、低劣な霊の仲間入りをすれば、あの方のそばにいることもできなくなってしまうはずだ、と警告してくれました。私の精神が向上しなければ、彼女を守護する者たちが私を締め出さざるを得なくなるというのです。

反対にもしこの同胞団に入れば、いろいろな援助を受け、力を授かり、新しく多くのことを学ぶので、やがて地表の霊界に戻るときがきても、そこで出会う誘惑を押しのけ克服することができるとも教えてくれました。

私は、この礼義正しく威厳に満ちた霊人の語る話に魅了されました。

同時に、希望の同胞団についてもっと知りたいという気持ちにかられ、ぜひ同胞団に連れて行ってほしいと願い出たのです。彼はそれを承知してくれ、いつでもここを去ることができると告げてくれました。

この男性の霊が言うには「霊界ではすべてが自由」なのだそうです。

「どの霊人も、おのれの願いや欲望が向かうところへ行くようになっています。もしあなたが、高尚な望みをもてば、望みを実現するための手段が示され、必要な援助や力も与えられるでしょう。それによって強くなることができるのです。

ところで、あなたは祈りの力について何も知りませんね。
いまからそれを学ばなければなりません。この世界のすべては、熱心な祈りの結果、現れるものだからです。

あなたの浴することは善であれ悪であれ、祈りと同じ意味をもち、その欲する内容に応じた力を呼び寄せることになるのです」

ここまで語ったところで、私が疲れて弱ってきたのを見たのでしょう、彼は、しばらくの間あの方に別れを告げるようにと言いました。

私はこれから同胞団に行ってもっと力をつけねばならないし、その間に彼女にも、同じく力をつけさせねばならないというのです。

彼女は今後三ヶ月間は自動書記をしないほうがいい、それはこのところ続いた招霊で、彼女の霊的な力が著しく弱まってしまったからだと言いました。もし休まないでいると、あの人自身が大きく損なわれてしまうそうなのです。

ああ、このように離別の約束をすることは、私たちにとって本当に辛いことでした。しかし、あの方が潔くそう決意するものですから、私も従わないわけにはまいりません。あの方がもっと強くなろうとしているかぎり、私もそれを見習うべきでしょう。

そこで、私は一つの誓いを立てました。すっかり神のことは忘れてきた自分ですが、それでも神が私のことを思いだしてくださり、赦(ゆる)してくださるのなら、私は全身全霊で自分が過去に犯してきた過ちを正すことに努めますと。

新しい案内役となったこの男性の霊人とともに部屋を去るとき、もう一度私は振り返り、いとしいあの方に手を振って別れの挨拶をしました。

そして、善の天使たちと神ご自身があの方を祝福し、ご加護を垂れてくださるようにと祈りました。

最後に見たものは、私が去っていくのを見送る、あの方の眼差しでした。
それは、その後私がたどる辛く厳しい日々を通じて、いつも支えとなってくれた、愛と希望に満ちた眼差しでした。


2章 死後世界探索への旅が始まる

(1)「希望の同胞団」で指導を受ける

案内役の霊人にともなわれた私がまず訪れたのは、「希望の家」でした。
ここは「希望の同胞団」によって運営されている、霊人の更正施設とでもいうべきところです。巨大な監獄(かんごく)とも、病院とも思えるこの建物は、大きな固い灰色の石でできています。内部には大きな広間や部屋もありますがほとんどは小部屋で、数え切れないほどたくさんあります。

私も含めて、小部屋に住む霊人たちは、地上で獲得したわずかな身の回りのものしかもっていません。私の部屋には、ベッドとテーブル、それに椅子(いす)だけがありました。なかには地上で痛めつけた霊体を横たえ、身悶(みもだ)えするための寝椅子しかもっていない者もいます。

私もまた最初のうちは、地上の放蕩(ほうとう)のせいで歪んでしまった霊体の苦痛がひどく、粗末なベッドに横たわり、ぼうっとしているしかない状態が続きました。

私たちは全員苦しみのなかにいました。そこは、悲しみの家だったのです。
それでもそこはやはり、希望の家でもあるのです。なぜなら、全員が光に向かって努力しているし、希望をもって歩んでいるからです。

ただ、向上につながる道は厳しく辛いとは聞かされていたものの、私が悩まされたのはこの場所の暗さでした。地表の霊界にいたときよりも、もっとわずかな光しか感じられないのです。

弱々しいろうそくの灯り一つがともる暗い部屋に、来る日も来る日も苦痛とともに閉じこめられている、そんな感じなのです。
もちろん、この暗さには理由があります。

「希望の家」の内部が暗いのは、住人である霊人たちが、精神性の高い、進歩した霊人たちが大気中に放つような明るさを一切もっていないからです。霊界では、その霊人のもつ霊的基準、つまり精神的なレベルによって周囲の明るさが決まります。

地上にいたとき放蕩を重ね、人への思いやりさえ示したことのないような人間は、当然ながら霊的な発達が遅れたままです。こうした精神性の低い、霊的基準も低い者たちは、それに見合った暗い世界にいるしかないのです。

また、霊的発達の遅れた者は、霊人でも地上人でも、自分と同じレベルの人々しか見えないし、接触することもできません。

私を介護してくれる同胞団のメンバーがやってきても、みずからの心のもつ暗さに閉ざされていた私には、彼らの姿も見えなければ声も聞こえませんでした。こうした霊的能力の低さは最初のうちだけでしたが、それでも暗黒の中に一人閉ざされる怖さは、いまでも思い出したくありません。

私が生まれ育ったのは、すべてが日の光で満ちあふれた国でした。色彩は鮮やかで、空は澄み渡り、まさに山紫水明(さんしすいめい)の国でした。

ところが死んでからというもの、どこもかしこも暗く寒くて陰気(いんき)です。夜のとばりのような陰鬱(いんうつ)さに包まれた私は、地下牢に繋がれた囚人のようなものでした。
ああ、地上にいたときの私は、なんて誇り高く傲慢(ごうまん)だったのでしょう。

母方の血筋には、王国を思うままに動かしたような先祖もいて、私の体には高慢で気位の高い血が流れていました。人に頭を下げることなど、一切知らずにいたのです。ところがいまや、私の故郷の通りにいる乞食(こじき)でさえ、この私よりは幸せです。

少なくとも彼には、あの太陽の温かい光と自由に吸える空気があるのですから。惨めな思いをかみしめながら、それでも地上のあの方を私の希望の星、光の天使と仰いで、苦痛を乗り越えていくための勇気をかきたてる日々がはじまったのでした。


(2)「希望の家」の癒しのシステム

ここで「希望の家」で行われている、惨めな霊人たちを癒す素晴らしいシステムについて説明しましょう。

病院としての機能もあるここには、人を癒す医師や治療師になれるほど進歩した霊人たちがやってきて、もっとも惨めで苦しんでいる者たち
――もとよりここでは全員が苦しんでいるのですが
――に対して治療を行ってくれるのです。

癒しの能力をもつ霊人は、霊的磁気の力を使って、傷ついた霊体の痛みを一時的に忘れさせることができます。しばらくすると再び苦痛が戻ってきますが、それまでの痛みのない時間に弱い霊人たちは力をつけ、忍耐力を身につけるのです。

そうして自分で苦痛をやわらげられるようになると、今度は、苦しんでいる同胞に対して霊的磁気を送る仕事に就くようになります。
私がまったく弱り果てていたのは、そんなに長い時間ではありませんでした。

少し働けるようになると、どんなにつつましいことでもいいから何か利益なことをさせてほしいと願い出ました。それは聞き入れられて、私もまた、ある不幸な青年を介護することになりました。

この青年はとても可哀想な人で、三十歳という若さで肉体の衣を脱いだのですが、短い人生のなかで放蕩をくり返し、とうとう命まで落としてしまいました。そうしていまは、まったく動けず、横になったままうめいたり、嘆いたりするばかりです。

私は手をかざして磁気治療を施してあげましたが、つたない私の治療でも、彼は少しは痛みから解放されたようです。とはいえ治療中、私自身の霊の体も、まだひどい痛みを感じていました。

じつは、低級の霊界層ほど、霊は体の苦痛を感じます。
霊が発達しますと、その霊は物質性が希薄(きはく)になり、その分物質的な苦痛の感覚から解放されます。苦しみは純粋に精神的なものになっていき、最終的には体の痛みなどまったく感じなくなるのです。

しかし、地上にいたときに自分の精力を自慢し、それを邪悪な目的に使用した私の体の苦痛は厳しいものでした。
みなさんは、運動選手が筋肉を過度に使用すると、後で引きつって拷問(ごうもん)のような痛みを感じることがあるのをご存じでしょうか。

これと同じで、地上生活で体力や精力を濫用(らんよう)しすぎた報いが、いま私の霊体にはかりしれない苦痛をもたらしているのです。
しかも、私の霊的な力がだんだん強くなると、今度は以前の欲望が甦(よみがえ)ってきて私を悩ませました。

私たち霊人にとって感覚の快楽は、いまだに大きな誘惑です。自分の体はもうないのに、地上人の体を通してそれを満足させようと、地表の霊界に戻りたくなるのです。このとき卑(いや)しく低劣な欲望をもつ地上人は、同じく低級な霊人たちに憑依されてしまい、快楽の媒介者となります。

「希望の家」にいる霊人たちでも、この誘惑に負けて地上に戻ってしまう者がたくさんいました。けれど、再びこちらに帰ってきたときにはすっかり弱り切り、以前よりはるかに退化した霊となってしまうのです。

私とて、もしあの方がくれた希望や純粋な愛、励ましがなかったら、そしてそれに応えようとする清純な思いがなかったら、誘惑に負けてしまっていたでしょう。ですから、地表の霊界に戻っては罪をくり返す哀れな霊人たちを責めることは、少なくとも私にはできません。

さて、治療に携わらないときの私は、大ホールで行われる講義に出席したりして時間を過ごしました。講義の内容は、私たちが地上の人生において、どこでどのような過ちを犯したのかを悟るためのもので、物語形式で語られます。

物語は公平な視点からできあがっていて、私たちの行為が他人に及ぼす影響や、地上では気づかなかった利己的な考えがわかるように工夫されています。たとえば、さっきお話したような、私の体に苦痛をもたらす原因となった精力の濫用がなぜいけないのかを例にとってみましょう。

この場合、男はみなそうするとか、男にはそうする権利があるとかいって、男性が行なった悪しき行為がまず示され、次には犠牲になった女性の視点から見てその行為がどんなものだったか、どう傷つけられたかが語られるのです。

こういった講義を通して、地上生活での“あらゆる見せかけ”の姿がはぎ取られ、私たちは自分自身の生(なま)の姿に直面させられます。そして、恥ずかしさと悲しみを覚えながら過去を反省し、将来必ずやそれらを償う努力をすると決心して部屋に戻るのでした。

この講義は、私にとっても大きな助けとなりました。そこでは、地上人生で犯したあらゆる過ちとその結果が明らかにされるだけでなく、私たちの内にある悪の欲望を支配し、矯正(きょうせい)するための道が示されるからです。

また私たちは、自分と同じような罪を犯そうとしている人々を救うことで、自分自身の罪をあがなうことができるし、それは次の進歩した段階に向けての準備にもなると教えられました。

講義のないときには、どこへでも行きたいところへ自由に行くことができます。地上に親しい人々を残してきた者は、そういうところを訪問します。といっても、彼らの姿は地上の人々には見えませんが、霊人たちの側からは地上のなつかしい人々を見ることができるのです。

そのまま地表の霊界に舞い戻るか、ここにとどまっているか、すべては本人の自由であり、いつでも行くことも帰ってくることもできると教わりました。

「希望の家」のドアは、いつでも誰に対しても、開かれています。感謝の足りない者や価値のない存在と思える者でも、同じように受け入れてくれる、無限に忍耐強いやさしさを備えた場所なのです。


(3)彼女との初めての接吻

私に関して言えば、かなり頻繁に地表の霊界へ行きましたが、それはもちろん私の愛する人が住むところを訪ねるためです。あの方の愛が、いつも私を彼女のそばに引きつけ、すべての悪の誘惑から離れた、あの方の家の清純な雰囲気が、私の心を癒してくれたからです。

相変わらず目に見えない壁のため、彼女に触れられるほどそばに寄ることはできませんでしたが、その壁の外に立って、あの人が座ったり、読書をしたり、眠ったりするのをそっと眺めていました。

彼女もまた、私がいることをうっすらと感じているようで、私の名を口にしたり、私のいるところを探ったりしました。
あの甘く切ない微笑(ほほえ)みを浮かべて。哀れでいとしいあの人は、とてもとても悲しそうで、青ざめていて弱々しく、その姿を眺めることは慰めになる一方で、心の痛むことでもありました。

彼女にはこの時期、私と交信できるようになるために、試してみたいことがたくさんあったようでした。けれども娘の奇妙な行為や、すでに死者となった者への愛情を、家族がこころよく思う訳もありません。

家族から心配され、いさめられるたびに、彼女自身も生者と死者が交信し合うことなど途方もない幻想にすぎず、結局は霊界にいる私と接触する方法などあり得ないのではないか、と失望や不安に襲われていました。

あの方は、忍耐強く勇気をもって、希望をもとうとはしているものの、その負担は大きすぎるように思えました。ある夜、彼女がさめざめと泣きながら寝入るのを見て、この悲しい運命に自分も泣きそうになりました。

そのとき、誰かに触れられて振り向くと、そこには最初にあの方に語りかけるのを手伝ってくれた、彼女の守護霊がいました。

守護霊は、私が冷静さを保ち、自己を抑制できるのなら、眠っているあの方に接吻するのを許そうと言います。この新しく与えられた喜びに私は興奮し、約束は必ず守ると伝えました。

その霊は私の手を取り、あの透明な壁をいっしょに通り抜けてくれました。そして、彼女の上におおいかぶさるようにして、何やら不思議なやり方で手を動かしていましたが、今度は私の手を取り、やさしく彼女に触れるように命じました。

彼女は静かに眠っていました。涙がまだまつげに残っていて、かわいらしい唇は、何か夢のなかで話しているようにほんの少しだけ開いていました。

その霊が笑みを含んだ顔で「さあ、接吻しなさい」と言いますので、私は身を寄せて彼女に触れ、初めての接吻をささげました。

ところが私が一度ならず何回も、それもあまりに熱烈に接吻するものですから、とうとう彼女は目を覚ましてしまいました。
すると、守護霊はあわてて私を彼女から引き離したのです。

彼女は、あたりを見渡して、やさしく「夢を見ていたのかしら? それとも本当に私のあの人だったのかしら?」と言いました。
私はそれを聞いて「そうですよ」と答えました。

彼女には、それが聞えたようでした。というのも、とてもうれしそうな微笑みを浮かべたからです。それは、とても可愛らしい笑みでした。そして、私の名を何度もくちずさんでくれました。

そんな彼女の姿を見ながら、いつの日か彼女を抱きしめ、私のことを本当に感じてもらえるようになると信じることで、私の心には勇気が与えられたのです。


(4)「たそがれの国」へ

とうとうこの「希望の家」を去るときがやってきました。
死んでからすでに、八カ月か九カ月が過ぎていました。私は再び強い力に満ちるようになり、霊界を自由に動き回れるようになりました。そしていま、視覚やその他の感覚はとても発達していて、しっかりと見たり聞いたり話したりすることができます。

「希望の家」から移った先は、ふつう霊界の第三層といわれるところで(註「希望の家」と同じ第一領域にある。57頁参照)、「たそがれの国」とも呼ばれています。

この国は、人生を利己主義と物欲に囚われて過ごしたために、魂がまったく発達しなかった霊たちがいるところです。それでも、私が一時期さまよっていたような地表の霊界に比べれば、二階層ほど上のクラスにあたります。

その名のとおり、あたりは淡い夕暮れどきのような、あるいは曙光(しょうこう)が射して夜が明けるときのような感じのほのかな光で照らされています。
はるか上の、明るさに満ちた国々にはとても及ばないとはいえ、長い長い間暗闇(くらやみ)に慣らされていた私の目には、この淡い光がとても幸いに感じました。

私は、この「たそがれの国」に来てようやく、本当の意味で自分の向上につながる仕事を始められるようになりました。

その仕事とは、地表の霊界まで降りてゆき、罪の誘惑に負けそうになっている地上人の心に働きかけることです。罪の誘惑に負けると、どれほど恐ろしい結果が待っているかを地上人に感じとってもらうようにするのです。

具体的には、地上人が夢を見ているときや夢想しているときに、私がかつて経験したような良心の呵責(かしゃく)からくる苦悩や恐怖、自己嫌悪(じこけんお)を感じさせるようにします。そして、彼の心が罪を犯す恐ろしさに目覚めるまで、ずっと働きかけ続けるのです。

それ以外は、地上人の指導霊として、地上を徘徊(はいかい)し誘惑する悪霊人から彼らを守る仕事をしています。

実際に起きていることですが、霊人が生きている男女の肉体に完全に憑依(註 人間の魂に霊がつくこと)できること、さらにしばらくの間ならば、その肉体が憑依している霊に完全に乗っ取られ、当人が思ってもみないような行動をすることもあるという事実を、ほとんどの地上人は知りません。

軽薄な好奇心から深い神秘を探ろうとしたり、恨みや欲望といった暗い心を育てたりすると、地上を徘徊する霊人か、それよりもっと低い霊界にいる霊人に憑依され、操り人形のように肉体を使われてしまう危険があります。

たとえば一時的に起こる精神異常は、とても低いレベルの悪霊人が、地上人に憑依することで起こります。このとき悪霊人は、地上人の霊と完全に一体となった関係をつくっています。

しかし、こうして悪霊人が地上人の肉体を利用すれば、恐るべき結果が彼ら自身にも待っています。自分で罪を犯したうえに、なおかつ“地上人の魂をも地獄に引きずり込む”という二重の罪を犯した彼らは、何年も、ときには何百年もの間、苦悶(くもん)の深淵(しんえん)から解放されることはありません。

私が所属する「希望の同胞団」は、地上であれ霊界であれ、助けを求めている人々に援助の手を差し伸べるために存在する無数の集団の一つです。同胞団のメンバーたちはもっとも低い霊界から、地球を取り囲む霊界、さらにはそれを突き抜けて太陽系の次元まで拡大した世界の中で活躍しています。

私のようにまだ霊性が低い霊は上級の霊に助けられ、どこまでも続く霊の鎖(くさり)をつくって、人々を守っているのです。苦しんでいる人を支援したり、不幸な霊を助けたりする救援要請が同胞団に寄せられると、たくさんの霊の中からその仕事にもっとも向いていると思われる霊人たちが派遣されます。

地上人生で同じような誘惑と遭遇(そうぐう)し、その誘惑に負けたおかげで大変な苦労をし、罪を後悔しているような霊人たちは、いま苦しんでいる人の気持ちが誰よりもわかり、不幸な霊をどう励ましたらいいかもわかるので、敵任なのです。

地上人の場合、自分でも知らないうちに祈る思いで助けを求めたり、誘惑に抵抗しようとしている男女がいると、その声が子供の泣き声のように同胞団に届きます。あるいは、ある霊人にとって大切な地上人が苦しんでいたりすると、その霊人が助けてあげてくれと、私たちに訴えてくる場合もあります。

私にとって他人を助けることは、それまでの傲慢(ごうまん)な自分を否定することと、自己犠牲について学ぶ手がかりになりました。

何回かにわたって地表の霊界に派遣され、そのつど成功をおさめて帰還しました。霊界に来た当時の状態を考えると、私の霊的な進歩は驚くほど遠いものでした。

それは、誘惑が襲いかかってきても、いつも私を助け、慰めてくれるあの方の変らない愛があったからです。災(わざわ)いが私に近づくたび、何度となくあの方の幻影が私の前に立ちはだかり、守ってくれたからです。

地上人を助ける仕事がないときは、地表の霊界をさまよう不幸な霊人たちを助けるために派遣されました。彼らは、私がかつて体験したような暗闇の中をいまだに徘徊(はいかい)しています。

けれど私の手には、以前とは違って「希望の同胞団」のシンボルである小さな星形の灯火がありました。
その光で闇を照らしてみると、惨めな姿をした霊人たちが二、三人いっしょにうずくまっていたり、隅のほうにひっそりと身を潜めていたりするのが見えました。

彼らには、私が教えてもらったように、あの「希望の家」に行って治療を受けられることや、自分よりもっと不幸な人たちを助けて少しでも感謝されるようになると、彼ら自身も救われることを伝えてあげました。それもまた大事な仕事なのです。


(5)「灰色の石の谷」「不安の国」「守銭奴の国」へ

地表の霊界での仕事を終えた私は、「たそがれの国」に戻ると、同胞団の大きな建物の中にある自分の部屋で休むのが常でした。今度の部屋はそれほど暗くはなく、気味悪くもありません。

いささか素っ気ない感じのする部屋ではありますが、そこには一つだけ大切な宝物があります。それは、あのいとしい方の絵です。それは絵というより、鏡に映し出された彼女の像といったほうがいいかもしれません。

鏡の中の像を一心に見つめていると、それに応えるように彼女が笑みを浮かべるのです。また、あの方が何をしているのか知りたいと強く願うと、それを見せてくれることもあります。

もう一つ、あの方からの贈り物があります。それは、まだつぼみの白い薔薇(ばら)です。短い時間だけですが、彼女を訪ねたとき、その方自身の手を通してメッセージを書いてもらうことができたのです。そして、私が彼女の絵を除いては何も見るべきものがないと言うと、「白い花をさしあげましょう」と言って渡してくださったのです。

この私の白い薔薇は、決してしおれたり枯れたりはしません。いつも新鮮で芳ばしい香りを放っていて、あの人の愛を伝えてくれます。
私は地上にいるときから、本当に花を愛していました。しかし、あの方が私の墓の上に供えてくれた花を見て以来、花というものを見ていません。

私がいるこの場所には花が存在しないのです。草の葉でさえ、あるいは干からびた灌木(かんぼく)さえも存在しません。利己主義が支配する乾いた不毛の土壌には、何の花も咲くことはないし、萌(も)えいずる縁の葉もないのです。

ああ、地上いるみなさんは、多くの花々に囲まれていながら、そのことの恵みに気づくことはあまりないでしょう。この白い薔薇が、いまの私にどんなに大きな喜びをもたらしてくれるか、どんな大切な宝物であるかはきっとわからないと思います。

ですから、一つの階層からより高次の階層へ移るようなときは、必ず彼女の絵とこの花を大切にもっていきました。そして、これからも永久に大切に扱うつもりです。

私は、この「たそがれの国」から、じつに多くの場所へ出かけて行きました。その目的は、希望の同胞団の一員として、助けを求める者には助けを与え、向上を求める者にはその方法を教えてあげることにありました。

奇妙な場所もたくさん見ましたが、共通していたのは、そこに住む住人の心を反映したかのように、冷たく寂しい場所ばかりだということです。
初めに訪れたのは、「灰色の石の谷」と呼ばれる場所でした。

ぼんやりとした寒い灰色の丘が周囲を囲み、たそがれ気味の空がその上をおおっているそこには、やはり草一本生えておらず、枯れた灌木さえもありませんでした。色めいたものもまったく目につきません。ただ、寂しい灰色の石があるのみです。

この谷に住む霊人たちは、どんなときも自分を中心とした感情で生活しています。自分のためだけの人生、自分だけの満足、自分の欲望の充足……。
それはどんなに、彩りの少ない、冷たい人生になることでしょう。

彼らは、無償の愛の美しさも、それが心にもたらしてくれるあたたかも、一度も経験したことがないのです。灰色一色の荒涼(こうりょう)とした風景は、そのまま彼ら自身の心の世界なのです。

おかしな話ですが、彼らの多くは自分以外のものを見ることもできない、グロテスクな生き物に姿を変えて、この谷をよたよたと飛び回っているありさまなのです。惨めな生き物に様変わりしてしまった彼らの心に、自分以外の者のために何かしてあげようという利他の気持ちが湧(わ)いてくるまでは、相手が見る力は戻ってこないようでした。

それは永遠に続くのでしょうか?
もしも他者への共感が芽生えてきて、相手の運命をよくしてあげようと努力するようになれば、そのときから彼ら自身の運命も改善し、萎縮(いしゅく)した心も広がるのだそうです。そして、自己中心の欲望が渦巻くこの谷の鎖から解き放たれるのです。

次には、丘を越えて、大きな乾いた砂漠のような感じの国へやってきました。
ここは「不安の国」と呼ばれるところです。
この国は、ほんのわずかながら植物が見られました。住人たちが、住まいの近くで菜園をつくろうとしていたからです。

彼らの住居はびっしりとひっつき合い、小さな町をつくっていましたが、その光景は住民の霊的な貧困さを表わすように、荒涼としていて酷いものでした。ここもまた自己中心と貪欲が支配する場所なのです。

住人のほとんどは、地上生活を終えたすぐ後に来た者たちでした。
みすぼらしく嫌らしい顔つきをしている彼らは、私の目にはまるで浮浪者か乞食のように映りました。

しかし地上では、贅沢(ぜいたく)な生活を思うままに享受(きょうじゅ)してきた富裕階層の人々であったり、流行の先端を追いかけるような派手な生活を送った著名人ばかりだったのです。そんな恵まれた環境にいた人たちが、どうしてこんなところに来てしまったのでしょう?

彼らは、富を自分の享楽のためには惜しみなく使いながらも、困っている他人にはほんのわずかしか与えません。
それは、テーブルいっぱいのごちそうの中から、パン屑(くず)程度しか人には食べさせないのに等しいことでした。だからここでは、今日食べるパンにも事欠くような、乞食のように(霊的に)貧しい者になってしまったのです。

魂の霊的な富は、最高に金持ちの王でも、もっとも貧乏な乞食でも、同じように地上生活で獲得できます。それは、人に(自己満足の利己愛ではなく利他)愛を与えること、見返りを求めずに奉仕することで、どんどん増えていくものなのです。

反対に何一つ人に与えようとせず、魂の富を蓄えなかった者たちは、地上でどんなに偉大な人物であったとしても、霊界では貧しい者たちが住むこの場所へ来て、生きていかねばならないのです。

ここの住人たちはよく口論したり、喧嘩(けんか)をしたり、不平を言ったりしています。自分のような富豪が、有名人が、こんな場所に連れてこられるなんてとんでもないというわけです。

言い訳や口実ばかりを並べ立て、自分は不当な待遇を受けているとまくしたてるのです。また、その国の同じ住人なのに、共感などはごこへやら、相手は自分よりずっとひどい人間どもが非難し合います。

地上でそうしていたように、この生活から完全に解放される方法を発見したと偽って相手を陥れようとする者もいます。相手を騙(だま)したり、相手の裏をかいたりすることが、この「不安の国」では際限なくくり返されているのです。

私の言葉に耳を傾ける気がある者たちには、希望的な言葉や考え方を伝え、この国から出る正しい方法を示してあげました。
次に私は、「守銭奴の国」へ行きました。この国は、まさしく守銭奴だけが住んでいるような場所でした。

ここには、黒いねじれた格好をした、鳥の爪のような指をもつ生き物たちがいて、金の粒を探すように黒い土を引っ掻(か)きまわしています。地面に埋まっているお宝を見つけようとするあまりに、そんな姿に変わってしまったのです。

彼らは何かよさそうな物を見つけると、持っている巾着(きんちゃく)に包み込み、それを懐(ふところ)に押し込みます。

そして、それがいちばん大切な物だと思い続けます。普通、彼らは一人きりでいます。大切な物を取られるくらいなら、お互いを避けて孤独に過ごしたほうがましだというわけです。

ここでは、私のできることは何もありませんでした。
一人の男が短い時間、私の言葉を聞いてくれましたが、次の瞬間にはもう地面の中の宝物探しに戻ってしまいました。

さらに、自分が何を掘り出したかを感づかれまいとして、私が去るのを盗み見している始末です。ましてや他の者たちは、あまりにも宝物探しに心を奪われていて、私の存在にさえ気づいていません。なすすべもなく、私はこの物寂しい国を立ち去りました。


(6)「不幸な国」へ

「守銭奴の国」から、さらに暗い霊界に向かって下りて行きました。あちこちにわずかばかりの小屋が散らばり、どこもかしこも見るからに不潔で汚れています。

どれ一つとして美しいもの、輝きをもったものはなく、殺伐(さつばつ)とした、退廃的な住人の雰囲気があたりをおおっているようでした。

点在する小屋の中をのぞくと、博打(ばくち)打ちや飲んだくれ、賭(か)け事をする者、カードのいかさま師、詐欺師、放浪者、スラム街のこそ泥から上流社会の泥棒まで、ありとあらゆる種類の盗人たちが集まり、激しい争いや喧嘩をくり返しています。

誰もが利己的で浪費癖の本能をもち、品格の劣化した物ばかりでした。当然ながら、よそよりもはるかに劣悪で退化した顔つきをしています。

ただなかには、地上にいたときはよい環境にいたにもかかわらず、悪に染まってしまい、そんな仲間との繋がりに引っ張られて、死んだときにここに来てしまった者もいるようでした。


こういう人の中にはまだ、善とか正しさを理解する心が残っているので、救済できる可能性があります。絶望の荒野にいても私の声を聞き、その勤めに従ってくれるなら、もっとましな世界に抜け出せるのです。

私は町の中を、「希望の同胞団」の星形の灯りをもって歩きました。とても小さな灯りですが、私が歩くのに応じて明るい火花がきらめき、暗闇を照らします。

そこで、汚れきった建物の入り口や壁のあたりや、みずほらしい部屋にうずくまっている者たちに出会いました。光に照らされている私を見上げると、この場所にうんざりした彼らは、私の語る言葉に耳を傾けてくれました。もっと上級の世界へ戻れる道があると知ると、それを求めるようになりました。

そんなふうに「不幸な国」を歩き回っていたある日、私は、荒れ放題になっている小さな部屋がいくつかかたまっている場所に来ました。

小屋の一つから喧嘩をしているような叫び声が聞こえてきたので、何か私にできることはないだろうかと思い、近づいてみました。


それは家というより納屋でした。中には大きくて粗末なテーブルと木製の腰掛けがあって、十人ほどの人とも呼べないような姿をした者が座っていました。彼らの荒れっぽく歪んだ風貌(ふうぼう)は、人間というよりオランウータンやブタ、オオカミといったほうが近い感じなのです。

時代遅れになった服装に身を包む者もいれば、いまどきの服装をしている者もいますが、みずほらしくて汚いのは同じです。

髪はぼさぼさ、目つきは荒々しく復讐(ふくしゅう)の悪意に満ちていて、絶望のどん底で、恐ろしいほどの怒りに燃えていました。

いま私の目の前で行なわれている喧嘩は、どうやらテーブルの上にある金のコインの入ったバッグが原因のようでした。


バッグはここにいる者の一人が見つけたものなのに、それぞれが「これはボクのだ」「何を言ってますんだ、ボクのものに決まってるじゃないのか」と言い張って、他人の権利など気にもかけないのです。

金のコインの発見者はまだ若く、二十代の終わりくらいに見えました。人間的な面影はまだ残っていて、放蕩の痕(あと)が顔に刻み込まれていなければ、まわりの退化した仲間たちとは不釣り合いに映ったでしょう。

その若い男は、「このコインは私のものだ。遊ぶためなら差し出すが、盗まれるのなんか承知できるもんか」と叫び、他の者たちの抗議と怒りを呼んでいました。

これでは自分のできることはなさそうだと思い、その場から離れることにしました。しばらく歩いていると、先ほどの小屋から、言い争いをしていた者たちが飛び出してきます。


互いに取っ組み合いながら、若い男のバッグを引ったくろうとしていました。一人がうまいことバッグを取り上げると、今度は全員がその男に襲いかかりました。

次の瞬間、その中から若い男が囲みを破って私のほうに走ってきました。

するとすぐさま、「こいつは詐欺師だ! だましたな」と激しく叫ぶ声が上がりました。バッグの中には金などなくて、石ころだけだったからです。金のコインは、おとぎ話のように、硬い石ころに変わってしまったのです。

哀れな若者は、私にしがみついてきて、あの悪鬼(あっき)たちから自分を譲ってほしいと泣き叫びました。私はすぐにこの青年を引っ張り、何とか非難所になりそうなあばら屋に飛び込むと、ドアをぴしゃりと閉めました。

ドアに背を当てて追っ手が入れないようにがんばりましたが、そのときはどうして多勢に無勢にもかかわらず、ドアが破られなかったのかわかりませんでした。


じつは私には見えないある力が、ドアをしっかり押さえてくれていたのです。ドアが破れなかった追っ手たちは、やがて捨てゼリフを残すとどこかへ去っていきました。


(7)ラウルとの出会い

助けた若者を何とか立ち上がらせると、暗い広々とした場所へ連れて行きました。それから私は、「希望の家」で習った痛みをやわらげる業を、全力で彼に施してあげました。

ようやく回復してくると、この哀れな若者は、自分がどうしてこの暗い世界に来るようになったのか、ぽつりぽつりと語り始めました。

どうも彼は、つい最近、地上生活を終えたばかりのようでした。それもある男が、自分の妻に彼が手を出していると思い込んで、彼を撃ち殺してしまったようでした。


しかし、射殺というショッキングな死に方以上に彼を傷つけ、自分の過ちに気づかせたものは、不倫とはいえ彼が真剣に愛した女性が本当はあまりに利己的で、自分の夫にもこの若者にも、愛情など感じていなかったことです。

「それを知ったときは……」とその若者、ラウルは続けました。
「自分が死んでしまったことを知ったときは、まだ地上に戻る力がありましたので、まず彼女のところへ飛んでいき、できることなら慰めてやりたいと思いました。死んでもなお彼女を思っているということを知らせたかったのです。

それなのに私が真実を知ったとき、どんな思いをしたと思いますか?

彼女が私のために泣いたり、悲しんだりしているか? 全然そうじゃありません。自分のことだけ考えていて、夫にも私にも会わなければよかったと思っているのです。自分の人生からさっさと私たちを消し去り、もっと社会的地位の高い誰かと新しい人生をやり直したいと願っていました。

『目からうろこが落ちる』とは、まさにこのことです。私は世間を知らない愚か者でした。そしてその代償を払ったのです。

私は、失望のあまり地上を逃げ出すように去りました。もうどんな善も真理も信じない、どうなってもかまうもんか、そんな乱暴な思いが私をこの暗い場所に引き寄せたのでしょう」

「いまからでも、悔い改めの道をたどるつもりはありませんか?」
「もう遅すぎます。この場所に希望などあるわけありません」

「希望がないですって? そんなこと言ってはいけませんよ。私も以前は、あなたに似た悲しみや辛さを味わったものです。しかし、ずっと希望をもち続けています。いっしょに来なさい、もっとましな世界へ案内しますから」

「あなたは、いったいどなたでいらっしゃるのでしょう! そんなにやさしい言葉で、そんなに親切な態度で接してくださって。それに、あなたは私の命の恩人です。しかし、ああ! ここでは死ぬことさえできないなんて! 

死ぬほど苦しんでも、すべての苦痛を味わっても死は与えられません。もう死そのものを超えてしまっているのですから。

教えてください。いったいあなたがどなたで、どうやってここへ来ることになったのか。助けに来た天使だろうかとも思いましたが、それにしては、私とそう違わないように見えますし?」

私は、自分はいまは上に昇っていくために働いているところであり、彼にもそうなってほしいと言いました。そして私には、確固たる希望があり、いつかは愛する方といっしょになれると信じていることを話しました。

「ではその方も、あなたのために持ち続けるつもりだとお考えですか? 生涯一人で地上で過ごして、死んでからは、あなたが天国へ昇れたらそこで初めていっしょになれるなんてことを? まさか! あなたも本当はそんなこと信じてはいないでしょう?

あなたは幻想を抱いているだけですよ。よっぽど年をとっているか、不器用な女性でもなければ、男のために生涯、一人身で生きようなどとは考えませんよ。

実際、彼女が天使でもないかぎり、だんだんと自分に言い聞かせるようにして、あなたのことを忘れていくでしょう。まちがいないです。むしろ私のほうは、あなたを哀れに思うくらいです」

告白すれば、彼のこの言葉に私はいくらか怒りを覚えました。自分でも拭いきれない疑惑を呼び覚まされたからです。甘い夢にしがみついていたところに、さっと冷たいシャワーを浴びせかけられたようでした。

「あなたを連れて地上に行き、彼女が私のために喪に服し、ずっと私のことを考えてくれているのを見たら、そのときは私が幻想を抱いているわけではないことを信じてくれますか?」

向きになって言う私に、彼は、「もし、私の不信感があなたを傷つけたのなら心からお詫(わ)びします。とにかく、その方のところへ連れて行ってください」と言いました。

ラウルの手をとり、あの方のところへ行きたいという意志を強くもつと、思考の速度であっという間に上に昇り、空間を突破して、気づくと私たちは地上のあの方の部屋に立っていました。

そこには例の守護霊がいて、あの方を見守っていました。私には部屋のぼんやりとした輪郭(りんかく)と家具が見えましたが、ラウルには椅子に座っているあの方しか見えないようでした。彼女の霊の輝きとやわらかな後光のために、彼には天使がそこにいるように見えたようです。

彼女を包んでいるオーラは、地上の人には見えない霊的な光です。霊界にいる者から見ると、(地上ではほんの僅かな霊的愛の)純粋な人生を送っている人のまわりにだけ見える美しい光です。

「素晴らしい!」ラウルは叫びました。そして彼女の足元にひざまずくと、

「この方は天使です。あなたは聖女のもとに連れてきてくださいました。女性ではありません。地上の人間ではありません」と言いました。

私は彼女の名を呼んでみました。すると私の声が聞えたようで、彼女の顔が輝き、悲しみの表情が消え去りました。

「大切な方、本当にそこにいらっしゃるの? また来てくださることを持ち遠しく思っておりました。あなたのこと以外何も考えたりできないのです。まだ私に触れることができるのでしょう?」

彼女が手を差し出したので、ほんの少しの間だけ私は自分の手を添えました。

「ねえ、聞いてください。私はいま不幸な友人を連れてきています。どうぞ彼のために祈ってやってください。そして、私たちがそれにふさわしければ、真実の愛によって祝福を受けることもできると知らせてやってほしいのです」

私の言ったことをすべて理解したわけではありませんが、霊的にその意味はつかんだようで、輝くような笑みを浮かべながら彼女はこう言いました。

「ええ、そうですとも。あなたに対してずっと真実を通してまいりましたもの。やさしい方、私のあなたですもの。ですから、いつか二人はそうなるのよ、とてもとても幸せに」

するとラウルは、彼女に向かって泣きながらこう言いました。

「あなたの心が、かくも愛と慈悲に満ちていらっしゃるならば、少しばかり、この私にも分けてくださいませんか。この自分はまったく惨めで、あなたの祈りを必要としています。


私もまた、助けられるようお祈りしてください。そうすれば、私の祈りは聞かれそうにありませんが、あなたのお祈りが聞かれて、自分も神様に赦(ゆる)されるかもしれないと希望をもつことができますから」

彼女は、この不幸な男の言葉を聞きとったようで、椅子の傍らにひざまずき、私たちを助け、慰めるような祈りをささげてくれました。

それを見たラウルがあまりにも感激し、打ち砕かれたように泣き崩れてしまったので、私は彼を抱え込み霊界に引き返さざるを得ませんでした。

しかし、今度は希望のない霊界に戻ったのではありません。そのとき以来ラウルと私は、もうそこには住んではいませんが、ときどきあの暗い国でいっしょに仕事をしています。

彼の希望は日に日に大きくなっています。もともと彼は陽気で快活な男であり、真のフランス人なので軽快で優雅(ゆうが)な心をもっています。


あの暗く恐ろしい環境の中でも、その性格を完全に消滅させることはなかったのです。私たち二人は大の親友となり、いっしょに仕事をやりだしてからは、働くことがずっと楽しくなりました。
    

(8)復讐への誘惑

私は、さまざまな国の探索を一時中止して、再び地表の霊界へ行くように、という使命を受けました。ところがそこに、恐ろしい誘惑が私を待ち受けていたのです。

使命を遂行する途中、まだ生きているある人物と出会いました。彼こそ、私を破滅させた張本人なのです。長い年月を経て再び、もっとも憎んだ人物と出会うことになったとき、私の中で苦悩の痕がうずき始め、新たな怒りが湧いてきました。

自分に落ち度がなかったとはいえませんが、それでも人生を台無しにされた恨みを忘れることはできませんでしたし、その後たどった不当な運命を思うたびに、怒りをどこかにぶつけたくなったのです。


長く眠っていた復讐(ふくしゅう)の思いが目覚めだし、それは地上にいたときよりも何倍も激しく私を揺さぶりました。

地表の霊界で放浪していたときに、私は憎い相手に災(わざわ)いをもたらす方法がいろいろあることを知りました。みなさんは実際に起こった事件で、どうしてもその理由がわからない不可解な殺人や不思議な犯罪の話を聞いたことはないでしょうか。


これらの犯罪は、地上の犯罪者の脳が、霊の働きで狂わされてしまったために起こったものです。彼らは憑依した悪霊の道具となってしまったのです。

霊の苦悩は肉体の殻で包まれている地上人よりはるかに強く、復讐の念にかられた霊がなし得ることは、地上人の想像を絶するものだとだけお伝えしましょう。

私の中に芽生えた復讐への欲望も、そうと望んだわけでもないのに、地獄でさまよう、真っ黒で恐ろしい形相をした悪霊たちを召還してしまいました。

こうした悪霊たちは、ふつう地表の霊界では生存できませんし、そこにとどまっていることもできません。ただし、彼らと同レベルの強い霊的磁力――地上人や霊人の強い悪の欲望――がある場合のみ、それに感応してはい上がってきて、地表にとどまることがあるのです。

私のまわりに集まってきた異形の者たちは、驚くほど悪辣(あくらつ)で恐ろしい、しかもすぐ簡単に実行できる復讐のやり方を私の耳元でささやきました。

ほかのときなら、こんな邪悪な声を聞けば、私は恐ろしさに震え上がったでしょう。しかしこのときばかりは狂った情熱にかられていたので、「よく来た。私の復讐をなし遂げるために支援せよ」と命じようとしたのです。

そのときでした、銀の鈴の音が私の耳に響いてきたのは。
それは、あの方の声でした。

彼女は私に向かい、二人の聖なる約束にかけて戻るようにと呼びかけてきました。二人の誓いにかけて、二人が大切にした希望の名において戻れと。

それでも私は、復讐をあきらめられなかったのです。必死で耳をふさぐと、今度はロープで引っ張られるようにして、彼女の部屋に引き戻されました。

そこには力に満ちた輝く二人の守護霊がいて、彼女の周囲には稲妻のように燃える銀の光がめぐっていました。私が彼女の呼ぶ声に応じると、その光の壁を通り抜けることができました。黒い悪霊ともは私の後を追うとついてきましたが、燃える光の壁によって遮(さえぎ)られました。

彼女は、すべての愛の力をこめて、

「お願いです。いとしいあなた、恐ろしい復讐への思いを捨ててください。卑しい考えになど負けないと約束してください。あなたの復讐への思いは、私への愛よりも強いものなのですか? もしもあなたがそちらを取るなら、私たちはもう二度と会えなくなるかもしれないのに?」と言いました。

なのに私は、懇願(こんがん)するいとしい人を前にしても、なかなか復讐への思いを捨てることができませんでした。ためらう私を見るうちに、彼女はとうとう泣きだしてしまいました。

「彼女への愛は、私にとってそんなに小さなものだったろうか? たかが復讐などと引き替えにしても惜しくないくらいに?」
ようやくそんな疑問が胸に湧き始め、彼女の涙が、あたたかな心臓から滴る血のように私の心に注がれると、固く凍りついた私の心も溶かされていきました。

私はあの方を泣かせてしまったことがとても辛くなり、彼女の足元にひざまずきました。そうして私を赦してくれるようにと必死で願いました。

このように愚かな自分ではあるけれど、いついかなるときも彼女が私の希望であり、すべてであり続けてくれるようにと祈ったのです。

すると、燃える銀の壁の中に入ろうと悪戦苦闘していた黒い悪霊たちは、まるで風が吹いて黒い霧が払われるように、元の場所へと沈んで行きました。

(9)「凍結の国」と「昏睡の洞窟」

地表での任務を終えた私は、次に霊界の中でも奇妙な国へ派遣されました。一面の雪と氷におおわれた「凍結の国」。そこには地上の人生で、冷たく打算的で利己的な生き方しかなかった人々が住んでいました。

本来ならば豊かな人生をもたらしてくれるはずの、あたたかくてやさしい心の触れ合いや愛情に心を閉ざし、自分の心を凍りつかせてしまった結果、彼らのいる場所には日の光は届かないなのです。その心が表わすままに、冷え冷えとした、氷におおわれた生活だけが残っているのです。

幸いにも、ここに住む人の数はそれほど多くありません。私が、幸いにも、と言ったのは、行きずぎた愛や情熱が引き起こす過ちよりも、人間的なやさしい感情を欠落させることのほうが、どれだけ改心をむずかしくするか、この経験によって知ったからです。

大きな氷の宮殿にそびえ立つ尖塔(せんとう)には、かつて偉大な政治家と呼ばれた人たちが住んでいます。

政治家たちは、国の運命をその手に握りながらも、本当は自分の国を愛してはいなかったし、心から国のためを思ったこともありませんでした。出世のみが彼らの目標だったのです。また、あらゆる宗教人や、さまざまな分野で秀でた人々もいました。

たとえば、カトリックの枢機卿(すうききょう)たち、ピューリタンの説教師、メソジストの牧師、長老教会の聖職者、英国教会の司祭や聖職者、宣教者、バラモン教の僧侶、ペルシャ人やエジプト人のイスラム教徒など、あらゆる宗教に属する人々が、この凍結の国にはいます。

厳格で信心深いけれど冷淡で利己的な彼らは誰一人として、自分のまわりの氷を少しでも溶かせるような、あたたかい感情をもちあわせていません。

もし、哀れな者を思って流す熱い涙が一滴でもあれば、この国の氷はたちまち溶けだし、哀れな霊人たちにも希望が見えてくるのですが。

固い氷の檻(おり)の中に、一人の男が閉じこめられているのが見えました。ベニスの異端審問所の大審問官だった男です。顔つきは冷淡かつ無表情で、いかにも残酷そうなタイプです。刺し通すような光がひさしのような眉から放たれ、冷たく無情にぎらぎらと、野獣のように輝いていました。

厳格で過酷なことで知られているこの男は、自分にも他人にも寛大であったためしがありません。冷血で無慈悲で、震えながら審問に応える犠牲者の姿を見ても、同情心のかけらも抱いたことがないのです。他人の痛み苦しみをまったく感じないこの男の犠牲になった霊人たちが、亡霊の行列のように前を通り過ぎていきました。

拷問でぶちのめされ、引き裂かれ、血を流し、恐怖に青ざめた亡霊たちは、みなアストラル体(アストラル界で魂のまとっている霊体)の影なのです。


彼らの魂は、とうの昔に霊界の他の領域に去ってしまっているのに、この男の霊的磁気が霊体の影を引きつけているというわけです。

ここの者の目には、亡霊が生きているように見えますが、殺害者がいつか良心の呵責を感じ、十分に悔い改めれば、両者を繋いでいたリンクが断ち切られ、亡霊はたちまち消滅することが私にはわかりました。

亡霊たちは、かつての圧政者をひっつかまえ、ばらばらに引き裂こうと必死です。しかし、この男にとっては牢獄(ろうごく)である氷の檻が、自分を守る防衛にもなっているのです。

檻の中の男は、氷の檻が強固で崩れないことを知っているので、亡霊たちの愚かな努力をあざ笑っています。いったいこの男が、氷の檻から解放されるときが来るのだろうか。そう思って見ていると、ある威厳(いげん)に満ちた霊から答えが与えられました。

「息子よ、ひととき、この男の考えなるものを見よ。自由になれたとして、彼が何をなそうとするか見てみよ」


すると鏡に映して見るように、この男の心が見えてきたのです。もしここから自由になれたなら、まず地表の霊界に戻ろうと考えていました。

そこで同じような野望をもつ地上人に憑依して、もっと過酷な暴政や無慈悲な審問を行なおうともくろんでいるのです。自分で計画する新たな圧政のアイディアを楽しんですらいました。

この男は地上にいたとき、哀れな者たちを虐(しいた)げることをこのうえなく好み、それによって自分の階級を高めていったのです。

こんな男が解放され、地表の霊界に戻ることにでもなかったら、どんなに恐ろしい獣を放つよりずっと危険なことでしょう。

ただ一つ、哀れなことには、彼は自分の行なった自慢の審問が、もはや過去の遺物となっていることを知らないのでした。

心まで冷えさせてしまう「凍結の国」から「たそがれの国」へ戻る途中、「昏睡の洞窟」と呼ばれる、いくつもの広大な洞窟を通り過ぎました。

そこには、無意識で無感覚なままの人々が横たわっていました。永遠の生を生きる霊人でありながら、死骸のように累々(るいるい)と横たわっているのは、阿片(アヘン)の吸いすぎでみずから命を落とした人々でした。

この霊たちの様子は、ただ生きている、それだけです。彼らの感覚は退化してしまい、知的なひらめきは何もありません。

まあ、洞窟に生えるカビよりは少しまし、といった程度です。こうした霊たちは何世紀にもわたって眠り続けますが、麻薬にそれほど溺れていなかった場合は、二十年か三十年、長くて百年ほど眠るようです。

「昏睡の洞窟」の中では、介護にあたる霊人たちが、死体の行列みたいに並べられ、昏睡状態にある霊人たちに生命力を注ぐ仕事をしていました。じつは、この介護の霊人たちも、地上にいたときは阿片中毒者だったのです。

昏睡状態の霊人は、麻薬中毒の程度に応じて少しずつ意識を覚ましていき、やがて中毒患者が薬を切らしたとき経験する、あの苦痛を覚えるようになります。

永い時間をかけて意識が戻り、感覚が甦(よみがえ)ると、ついにはか弱い子供のようになり、ここで初めて霊的な指導に耐えられるようになるのです。

目覚めた彼らは、地上の精神障害児を収容する施設のようなところに送られます。知力は訓練を受けるにしたがって発達し、地上生活で破壊された感覚や能力も、ごくゆっくりと回復していくのです。

私には、この「昏睡の洞窟」の状況は、言葉で言えないほど悲しいものでした。ここで眠る霊人たちは、いつ目覚めるともしれない眠りの中に停滞したまま、貴重な時間を浪費してしまうのです。

そして、ついに目覚めるときが来ても、大変な運命が待ち受けています。地上の人生で零落(れいらく)する前の地点に戻るだけでも、恐ろしく険(けわ)しい道を昇らなければならないのです。

もし、こうした霊界の事実を知れば、阿片を密売して富を増やすなど、どれほど罪深いことかわかるでしょう。麻薬は肉体を滅ぼすだけでなく、その犠牲者たちの魂をも決定的に破壊するのです。この洞窟で眠り続ける霊人たちの運命ほど恐ろしい運命がほかにあるでしょうか?


3章 「第二の死」を越えて新しい姿に生まれ変わる  

(1)「たそがれの国」での生活

霊界での生活を、地上のみなさんによく理解してもらえるかどうかわかりませんが、どのみち奇妙なものに思えることでしょう。それは、地上の生活に似ているとも、似ていないともいえるものだからです。

たとえば、私がいまいる「たそがれの国」では簡単な食事をしますが、空腹を感じると食べ物はたちどころに出てくるように見えます。以前、霊となって初めて空腹を感じたときは食べ物を探し回ったものですが、そんな苦労はいらないのです。

しかし、食事のことなど考えずにいると、一週間くらいも食事なしで過ごすことがあります。ただし、これは私の場合に限るかもしれません。地上にいたとき、たらふく食事をするのが好きだった霊人たちは食欲がずっと強く、それを満たすのが一苦労のように見えるからです。

私たちのまわりには、いつもたそがれどきの薄明かりがあり、それは暗い夜でも明るい日中でも変わることはありません。暗い世界からここへ来て、初めはものが見えるくらい明るいだけで満足していました。けれども、ここの生活が長くなるにつれて、一日中薄墓の中で暮らすことが、うっとおしく感じられるようになりました。

地球上で、花と太陽がいっぱいの土地に生まれた私は、光や太陽の輝きをとても愛したからです。その輝きは命を浴びるような感じを私に与えてくれました。ここにはその喜びはないからです。

さて、私たちは地上で散歩するときのように、希望の同胞団(どうほうだん)の建物のまわりをぶらつくことがあります。このとき、地上での生活と違うのは、私たちが意志の力で空中を漂うこともできる点です。


もちろん、より進歩した霊たちに比べれば、空中に浮くのはまだうまくありません。それでも急ぐ必要のあるときは、意識さえすればほとんど思考の速度でどこへでも行くことができます。

居眠りに関しては、長いこと眠りたいと感じないまま過ごすことができますし、反対に一週間でも横になって眠ることもできます。

その他にも地上生活から見て奇妙なことは、私たちが着ているものでしょう。いくら着ていても古くならず、不思議な方法で新しくなってしまうのです。


色々な国を探索している間や住居にいるときには、とても暗い青色の服を着て、黄色の帯を腰に締めていました。服の左袖には黄色の錨(いかり)が刺繍(ししゅう)してあり、その下には「希望は永遠」と書かれています。下着は肌にぴったりとしていて、やはり暗い色です。

礼服は丈が長く、地上の僧侶たちが着るような感じのものです。肩からフードが付いていて、人目を避けたいときに自分の頭や顔をおおうために使います。

たしかに顔を隠したくなることがときどきあります。落ち込んだ目やそげた頬(ほほ)、深いシワは、どれも地上の人生をあまりにも鮮やかに物語っています。ですから、そんな顔を、私たちの死を悲しみ嘆いてくれる人々の視線から隠したくなるのです。

生活はどちらかというと単調で、規則的な取り決めに従って、勉強や講義が正確に進められていきます。

それぞれの霊的、知的発達に応じた学習が終了すると、霊たちはもっと高い部門の学習に向かいます。ある霊人は、一つの教科に大変長い時間を要します。その場合、地上での学習のように時間が限られているわけではないので、決して急がされることはありません。この世界では誰もが、無限の時間を与えられているのです。

人にせき立てられることもありません。未発達の段階のまま生きていても誰も何も言いません。学習を強要されることはありませんし、学習することを妨げられることもありません。すべては志願制で、この場所を去ってもかまわないのです。

なかには数年で去っていく霊人もいます。聞くところによると、彼らにはレッスンが難しくて、理解するのに時間がかかるからと去って行ったそうです。

ある霊人は、ここを去って地表の霊界に戻り、その後、最下層の地獄にまで落ち込んでから、再び「希望の家」の浄化コースをたどりました。


それは一見後戻りに見えますが、実際にはその霊に必要なレッスンだったのです。地表の霊界で快楽を求める欲望から解放され、本当に癒(いや)されたのですから。

「たそがれの国」には、私のように進歩したいという強い動機をもっている霊人も、わずかながら存在します。そういう霊は進歩するのが早く、みずから進んでステップを上昇していきます。


それ以外の多くの霊人たちが上昇するには、悲しいことに助けを必要とします。試練のなかにいる彼らには、支えや慰めが必要なのです。不幸で恵みの少ない彼らに、希望の詰まった自分の倉庫からそれを分け与えられる私は、本当に運がいいのです。

地上にいるあの方から送られてくる愛と同情によって、私はいつも励まされ、必ず約束は果たされるという希望を胸にして新たな努力をすることができるのですから。



(2)聖者と死者の交信

これまでの任務を終了し、「たそがれの国」の部屋でしばらく休むことになった私には、地上であの方と少しの時間いっしょに過ごせるという、新たな楽しみが与えられました。彼女は、いま私が近くにいることがわかるし、私が手を触れればそれを感じることができます。


私の言葉をかすかに聞くことができますし、さらにぼんやりとですが私の姿も見えるのです。ああ、何と奇妙で切ない生者と死者の逢瀬(おうせ)でしょうか!

驚くべきことに、彼女自身も霊的能力を発達させていました。自分に長いこと眠っていた素晴らしい能力をどう使用したらいいか、学んでいたというのです。

そんなところに、またまた二人にとってうれしいことがありました。彼女が、ある霊媒の方を見つけだしたのです。この霊媒は自分のエクトプラズムを通して、霊人がもつ霊体に似た体を、地上に顕現(けんげん)させることができるといいます。

それは、その霊人が地上にいたときの体とそっくりで、地上人たちもそう認めているということです。私はこの霊媒を通して自分の手を物質化させることができ、その手で彼女に触れることができるのです。このことを二人はどんなに喜んだことでしょう。

全身を現わすことができればもっとうれしかったのですが、私の都合で見合わせました。全身を現わせば、苦悩が刻まれた私の顔も物質化せざるを得ないわけで、それを見れば彼女が苦しむだけだからです。ああ、どれほど多くの霊たちが、私たちの逢瀬についてきたことでしょう!

彼らは自分たちもまた、地上の人々に自分がまだ生きていることや、ときどきは地表に帰っていることを知らせるチャンスがあるかもしれないと期待していたのです。

霊界は孤独な霊人たちで満ちています。みな地上に残してきた人々のことを思い、自分たちがまだ生きていることを何とか知らせられないかともがいています。


私はこれまで、大量の霊人たちが、行こうと思えばもっと高い霊界に行けるにもかかわらず、地表の霊界に執着しているのを見てきました。その理由は、自分たちの死をあまりに深く嘆き悲しむ人が地上にいるからです。

また、自分が去った後も世の中の厳しい試練と闘い続ける、地上へ残してきた人たちへの愛情があるからです。


それで、霊人たちは地上の人々のまわりをうろつくようになります。そうすることで、地上の人々がいつか彼らの存在に気づき、彼らの変わらぬ愛に気づいてくれることを願っているのです。

私は一人の母親を知っています。悪の道に入ってしまった彼女の息子は、自分の母は、はるかな天国にいると信じています。


けれども実際は、その母親は何年も息子の後を追いながら、自分の存在を印象づけて息子に警告を与え、悪の道から救い出そうともがいていました。しかし、どうしてもうまくいきませんでした。

こんな一組の恋人たちも見ました。
ある誤解から彼らは別れたのですが、それからまもなくして男のほうが死んでしまいました。


霊界に来た男は地上に残してきた恋人のところに行って、あらゆる手段と力の限りを尽くして本当のことを知らせようとしました。自分たちは誤解のために別れたけれど、二人の心はずっといっしょだったことを知らせようとしたのです。

男は、恋人が自分の存在を感じてくれたか確かめてくて、彼女の顔の表情や思念にその証を見ようと必死でしたが、無駄でした。

結局、彼は悲しみと絶望の中に沈んでいきました。
みんさんには見えなくても、霊人たちは地上人の手でも服でも何にでも触ろうとしますし、声をかけようとしているのです。


でも残念なことに、手に触れることさえできませんし、声も聞いてもらえません。地上人の心の中には悲しみや、死んだ者に会いたいという思いはあるかもしれませんが、死んだと思っている者が、じつは自分たちのすぐそばに来ているとは思ってもみないのです。

これまでにも、霊界と地上界の障壁を取り壊し、二つの世界を繋(つな)ぐ扉を大きく開こうとする試みがいろいろとなされてきました。いままで私が述べてきた霊界の事実を知れば、それは素晴らしいことではないでしょうか。

もしあなたから見て、生者と死者を交流させる試みが、どんなにつまらないこと、くだらないこと、不器用で愚かしいことに見えたとしても、それは二つの世界の扉を開き、すべての悲しみを解き放そうとする、偉大な試みの一つかもしれないと思ってみてください。

まちがっても容易に笑い飛ばし、おとしめ、息の根を止めてやろうなどと思わず、あるがままを受けとめてみてください。それは、私たちの目から愛する者たちを隠すヴェールを取り除く、見えざる世界の努力の結果かもしれませんから。

     
(3)守護霊との出会い

先ほどお話した霊媒の方による物質化の会合には、威厳(いげん)に満ちたある霊人が同席しました。彼の名は「アーリンジマン」といい「東方の導き手」です。

この方は、私が地上にいたときの中心的な守護霊であったことを、後になって知りました。地上にいたとき私が抱いた多くの考えやひらめき、高貴な志などは彼からの影響だったのです。

≪(*)守護霊と呼ばれている霊的存在(神の専属的代理人)は一人だけのようです。ここでは「中心的な背後霊」という表現が適切かと思います。

(管理人)(*)≫

霊界に初めて入った私が、ひどくもがき苦しんでいるのを見て、警告を与えてくれた声も彼からのものでした。また、希望の家で暗黒に包まれていたところ、私の部屋にひらひらと出たり入ったりする彼らしき姿に、おぼろげながら気づいていました。


そのときアーリンジマン師は、痛んだ霊体に苦しんでいる私を見かねて、霊的磁気や素晴らしい知識や力で癒してくれていたのです。

ところで、守護霊になる霊人とはどういう人なのでしょう?
みなさんのために少し彼のことについて話してみたいと思います。

アーリンジマン師は背が高く、威厳(いげん)に満ちた顔つきをしていて、いつも長い優雅(ゆうが)な白い服を着て、黄色の帯を腰に締めています。彼の容貌(ようぼう)は東洋人のもので、皮膚はわずかに浅黒い色をしています。頬から顎(あご)にかけては短く黒い絹のような顎鬚(あごひげ)がたくわえられ、やわらかく波打つ髪はやや長めに両肩まで垂れています。

彫りの深い美しい顔は、アポロの彫像に見られるような顔つきですが、東方的な面影もあってギリシャ人とは異なる雰囲気をもっています。

彼の目は黒く大きく、柔和(にゅうわ)な雰囲気をたたえていますが、その目の奥には熱い情熱と炎が隠されていて、強い意志がそれを抑制しているのを感じさせます。


表情や物腰には、あたたかさと強さがにじんでいました。それは私には、彼が地上の人生で、愛の甘美な世界から激しく荒々しい情熱の世界や憎しみの世界まで、すべてを知り尽くしているからだと感じられました。

アーリンジマン師は何世紀も前に肉体を去ったのですが、彼のように、地上にいたときの民族性が霊人となってからも保たれているのを見ると、人種のタイプというのは人間にかなり深く刻印されていることがわかります。

さて、地上に生存中、アーリンジマン師はオカルト・サイエンスの熱心な学徒でした。霊界に来てからも、無限ともいえるほど知識を拡大してきました。私と同じように熱く情熱的な性格の持ち主ですが、霊界にいる間に自分の情熱を抑制し、克服する方法を学んだいまは、最高の知性と情熱を保持しています。

そして、もがき苦しんでいる私のような霊人たちを身をかがめて拾い上げ、その弱さを理解しようとする彼の心は、どんな霊にも信頼感を与えてくれます。

一度も墜落したことのない者が、私たちに語りかけてきたとしても、その言葉にはきっと説得力がないでしょう。けれどアーリンジマン師は違います。


弱い霊を思いやるやさしさに加えて、たくさんの場を切り抜けてきた強い意志の力をもっているので、誰も彼の説得に抵抗することができないほどです。

私も意志が強いと言われてきましたが、彼の前に立つと、ほんの子供のような未熟者に過ぎないと心から思えるのです。

ここでみなさんに、私の経験から言っておきたいことがあります。
それは、霊界ではすべてが自由だということです。

空気のようにどこへでも、自分の欲するところへ好きなように行くことができますし、たとえ守護霊からのものでも、差し出された助言を拒否する自由もあります。それだけではありません。霊界では働こうが怠けようが、善をなそうが悪をなそうが、祝福を得ようが人を呪おうが、自由なのです。

ただし、自分で選んだことは、そのまま環境に反映されますから、それぞれの霊人たちがいる場所は、彼らにとっていちばんふさわしいところになっています。さらに霊界では、発達段階の異なる霊人同士の間には、乗り越えられない障壁が築かれています。

進歩した段階の霊人は、望めばいつでも障壁を越えて下の世界を訪問し、援助することができますが、発達の遅れた霊人たちは、その障壁を越えることはできません。

地上の人々の心は、古い時代には幼子のように(霊的に)素朴だったので、それだけ明るい霊界に近かったのですが、素朴さを失ったいまは、そうではありません。それでも、アーリンジマン師のような霊界の親切な案内人たちは、地上の人々がみな輝く世界へ到達できるように、ありあまるほどの希望と光をもたらそうと努力しているのです。

     

(4)「第二の死」を抜けて

物質化の会合に参加するようになってから、三ヶ月ほど経ったところでしょうか。私は、アーリンジマン師から自分の身に起きようとしている大きな変化に対して、準備をしておくように言われました。

それは、私がより高次の霊界の領域に上昇するということでした。

霊界は、いくつもの領域に別れていると教えられましたが、それは霊の指導者によっても見方が異なっています。たとえば、ある指導者は、霊界には七つの領域があり、その七つ目の領域は聖書に書かれている天国でもあると言っています。

ところが他の指導者は、十二の領域があると言っていますし、なかにはもっとたくさんの領域があると言っている指導者もいます。さらに、それぞれの領域はいくつかのサークルに別れていて、通常は一つの領域に十二のサークルがあるといわれています。

私が見たとろこでは、地球の上方の七つの領域があり、下方にも七つの領域があるようです。上方とか下方とかいうのは、太陽に近い方が高く、遠い方向が低いということです。太陽の引力にもっとも近い地点が最高の霊界であり、もっとも遠い地点が最下層の霊界なのです。

各領域は十二のサークルに分割されていると言いましたが、各サークルは交じり合っているので、一つのサークルから他のサークルへ移動するときは、ほとんど意識しないでも移動できます。私がかつていた地表の霊界は、地球を取り巻く大きくて広いベルトのようなもので、大気中に浸透しています。

この地表の霊界は、領域的に見ると、地球の上層界の第一番目と下層界の第一番目の両方にまたがるようにして存在しています。この霊界はふつう、多少なりとも地上に縛(しば)られた霊人たちが存在する場所と見なされています。

それは、そこにいる霊人が地球の引力園の中心に沈むこともなければ、反対にその引力圏から抜け出すこともできないからです。私は、もうすでに地球の引力圏からは自由になっていますし、地上的な物欲も克服できていますし、すぐにも次の領域に移動することができると言われました。

下層の霊界の霊体から抜けて、上層の世界へ入ることは、多くの場合、眠りの中でなされます。それは地上で死亡して、肉体から霊が離れるとき体験する眠りにも似た、深い深い眠りなのです。


昆虫がいったんはさなぎになり、静かな時間を過ごしてから羽を生(は)やして飛び立つように、霊体の変化には時間が必要なのです。ただし、霊人が成長してもっと進歩すると、霊界内の階層の移動はずっと意識的な状態で行なわれます。

ある上層以上の世界になると、次の世界へ移動するのは、服を着替えるように霊的な殻を脱ぎ捨てて、より霊妙(れいみょう)な殻に変えることで行なわれるようになります。


こうした変化をいく度も通過しながら、地上的で物質的な性質を霊の殻から抜き去るようにして魂は進歩を続け、地表の霊界を脱して太陽系の霊界内へと入っていくのです。

私にこうした変化が起こったのは、いつものように地表の霊界への訪問を終えて、「たそがれの国」へ帰還したときでした。


奇妙で尋常ならざる感覚をともなう圧迫感を感じているうちに、まったく無気力になりました。それは、何か脳が麻痺したような感じで、ただ眠いというのとは違っていました。

そのためか、自分の小さな部屋へ戻って、ソファーに身を投げ出したと思ったら、瞬(またた)く間に意識がなくなり、夢も見ないで死んだように深い眠りに落ちていきました。この状態で、地上でいえば約二週間が過ぎました。

その間に、私はひずんだアストラル体を脱いで、ずっと純粋で明るい霊の殻をもった新生児みたいになったのです。

ただし、幼児として生まれたわけではなく、成熟した完全な成人として生まれ変わりました。それは、自分の中の悪を克服しようとする努力がつくり出したものです。


地上には、人生に対する知識が極めて狭く、何も学んでいない、性格も子供のような感じの人々がいます。こういう人たちは、どんなに長く地上の人生を送ったとしても、霊界には子供として入ってきます。しかし私の場合はそうではなく、責任ある成人として生まれ変わることができるのです。

完璧(かんぺき)な無意識の状態のなか、見守る介護の霊人たちの助けを借りながら、私の新しい魂は第二の霊界に誕生しました。「第二の死」ともいえるこの眠りを通過して、私はより高級な自己へと復活を遂げたのです。

            

(5)「あかつきの国」へ

眠りから覚めてみると、私のまわりの環境はずっと喜ばしいものに変わっていました。とうとう日の光を見ることができたのです。それは、曇り空から漏(も)れてくる日の光でしたが、それでも暗い夜と陰気(いんき)なたそがれ空に比べれば、何という明るい恵みでしょう!

私の新しい部屋には長い窓があり、そこからは、ゆるやかに広がっている丘と起状のある田舎の風景が見えます。シダや牧草が、「たそがれの国」の固い不毛な土地とは違って、みずみずしく地面をおおっていました。木や灌木(かんぼく)、花などはほとんどありませんが、それでも私の目には新鮮に映りました。

この地帯は「あかつきの国」と呼ばれています。

あたりの様子は、日が昇って空気をあたためる直前のようです。空は淡い青を含む灰色で、白い小さな雲が競い合うように流れていき、地平線に静かにとどまっている雲に流れ着こうとしています。

私のいる部屋は、それほど贅沢なものではありませんが、見たところかなり気持ちよさそうで、地上のどこか別荘の中にでもありそうな部屋です。白くやわらかなベッドが置かれ、私はそこに横たわっていました。気持ちを安楽にしてくれそうなものは、すべて揃(そろ)っているようです。

地上生活で私の好きだった絵もいくつかありました。それにああ、あの方の絵鏡が、薔薇(ばら)の花と手紙といっしょに置かれているではありませんか。

私はその絵鏡をのぞき、あの方がいま何をしているか見ました。彼女はやすらかに寝入っていました。夢の中でも、私の身によいことがあったのを知るように、その顔には笑みがこぼれていました。

それから、窓際の近くにふつうの鏡を見つけたので、自分がどれほど変わったのか、見てみようと中をのぞいてみました。瞬間、私はあまりの喜びと驚きで叫びながら、思わず後ろに飛び退きました。

これが私だろうか! いやいや、驚くほど若返っているではありませんか! 三十歳か三十五歳くらいの男に見えます。地上時代のもっとも盛りのころの自分が、そこに立っていたのです。


「たそがれの国」にいたころの私は、あまりにもやつれ果て、惨めな格好をしていたので、自分の姿を見るのが嫌でした。地上にいたときの二十倍は醜(みにく)かったし、まるで百年も生きていたような疲れた顔をしていました。

それがいま、こんなに若くなっているなんて!
手を見ると顔と同じように若々しくなっています。どこから見ても私は青年であり、活力に満ちています。

ただし、完全に以前の自分に戻ったわけではありませんでした。顔にはまだ悲しさが漂っていましたし、とりわけ瞳には、地上の人生で刻まれた、ある苦悩の色が現れていました。

私たちは決して過去の地上の人生をやり直すことはできず、復活しても罪の傷跡(きずあと)を霊魂から消し去ることはできないのです。


私よりはるかに進歩している霊人たちでさえ、過去に犯した罪の傷痕(しょうこん)と悲しみを残していて、それはじつにゆっくりと、永遠をかけてようやく消え去っていくものだと聞きました。

さて、私が自分の身に起きた大きな変化に思いをめぐらせていると、ドアが開き、同胞団の紋章をつけた一人の霊人が入ってきました。

新しく到着した私のような霊人たちのために晩餐会(ばんさんかい)が準備されていて、招待しにきてくれたのです。

「ここでは何でも簡素ですよ。お祝いの席でもね。しかし、あなた方を歓迎し元気づけるためのささやかな食事や、ぶどう酒くらいはあります。

今日は、あなたは私たちの名誉あるトです。私たち一同で、よき戦いをなし、価値ある勝利を得たあなたを歓迎し、ご招待申し上げます」

招待に来た彼は、たくさんの窓がついた長いホールに案内してくれました。そこには私のような新参者が五〇〇人から六〇〇人もいました。

それに加えて、一〇〇〇人ほどの同胞団のメンバーがすでに来ています。あちこちで古い友人や仲間、あるいは下層の世界で助けたり助けられたりした者同士がお互いを認め合い、挨拶をかわしています。

ほどなくホールの一方の端にある大きな扉が開いて、行列が入場してきました。最初に入ってきた方は、最も威厳に満ちた壮麗(そうれい)な霊人で、聖母マリアの肖像に見られるような鮮やかな青色の布地に、黄色の縁取りある礼服で身を包んでいました。

この人物の後ろには一〇〇人ばかりの青年たちが従っていましたが、彼らの手にはそれぞれ月桂冠が握られていました。ホールの上座には白、青、黄色の天蓋(てんがい)でおおわれた美しい席が設けられ、この人物は私たちに挨拶してからその席に座り、次のような言葉を語りました。

「兄弟たちよ、これら放浪する者たちを歓迎するために集わしめられた諸君、彼らがしばしの間、休息と平安、同情と愛を与えられることになっておることを伝えよう。また汝(なんじ)ら、放浪する我ら兄弟たちよ、利己主義と罪に対する戦いの勝利者として、汝らを歓迎し栄養を讃え、心からの挨拶を送る。

我らの同胞団は、天から地に至るまで途切れることのない膨大な連鎖を形成している。したがって汝ら一人ひとりは、一つひとつの鎖の輪であり、天使とともに働く仕事仲間であり、虐(しいた)げられし者たちの兄弟であるということを常に思い起こすように。

ここで私は、汝らがみずから獲得した栄誉の象徴(しょうちょう)として、枯れることを知らぬ月柱冠を受け取るよう願う。宇宙の最高統治者の何おいて、全天使と我ら希望の同胞団の何おいて、汝ら一人ひとりに名誉の王冠を与えよう」

私たち新しい霊人は大師の前にひざまずきました。すると、脇にいる青年の手渡す月桂冠を、大師はみずからの手で私たちの頭にかぶせてくれたのでした。そして最後の者が冠を受けると、大きな喜びに満ちた声が場内から沸き上がりました。

すべてが終了すると、それから晩餐会(ばんさんかい)が始まりました。

霊界での晩餐会とは驚きでしょう。ところでこんなときの地上人の楽しみは、食事を食べたりワインを飲んだりすることでしょうが、霊人の場合にはそういったものは必要ないのでしょうか? そうではありません。私たちは霊人にも食事が必要ですし、実際にいただきたいのです。

ただ、その食事は物質的ではないのです。ここには、動物の肉料理のようなものは一切ありません。


この第二領域(註 いまフランチェッツォがいる「あかつきの国」は第二領域に属する)でもっとも美味しい果物は、透明で食べるやいなやたちまち口の中でとろけてしまいます。ワインもありますが、地上の酒のように酔うことはありません。微妙な味のケーキとふっくらしたパンもあります。

こんなふうな食物とワインが、晩餐会の食事でした。
晩餐会の終了後、私は愛する方にこの喜ばしいニュースを知らせたくて、地上へ向かいました。彼女は物質化の会合に出席するところでした。私はうれしさに胸躍らさて、彼女を追ってその会合に向かいました。

彼女は、いままでずっとこのときが来るのを信じて忍耐強く待ってくれましたが、いまはもう私の顔が彼女にショックを与えるようなことはありません。


これ以上、自分の顔を隠す必要はないのです。何と幸せな夕べであったことでしょう。ついに、驚く彼女の前に自分を現わしたのです。彼女の両目は食い入るように私を見つめました。

でも、すぐには私とわからなかったようです。地上で最後に見たときの私を見つけようとしているようでした。注意深く眉をひそめながら、この若い男はあまり見覚えがないといった顔つきで。しかもまるっきりわからないわけでもなく、どうしてだろうといった不思議そうな面もちで、それでもにっこりとしました。

私の姿を保っている資料粒子はあとわずかで溶けてしまうので、その間にはっきり認知してもらいたかったのですが、ああ残念! 物質化した私の体がやわらかなロウのように溶けだしたので、消え去らねばなりませんでした。私が行くと彼女が、

「とても、とってもあの人の若いころを思わせる感じだったわ。あんな感じだったはずだわ。でもそうじゃない感じもするし。どう考えたらいいのかしら?」

とつぶやいています。
それで私は彼女の後ろにまわり、「あれは私で、他の誰でもありませんよ」と耳元でささやきました。

それを聞いた彼女は微笑(ほほえ)み、自分もそう思っていたと言うのです。こうして私の喜びも完全なものとなり、この日の祝賀も完了したのでした。            


(6)父との出会い

さて、私は死んでからいままで、私より先に死んだはずの親族や、友人の誰にも会ったことがありませんでした。ところがある日、いつものように愛するあの方のところに行くと、彼女は不思議なメッセージを受けていて、それを私に渡してくれました。

彼女が言うには、初めて訪ねてきた霊人がいて、それは私の父親であり、彼女に私宛のメッセージを渡してほしいと頼んだというのです。彼女からそう告げられたとき、私はびっくりして口もきけないほどでした。

私の母は、まだ私が幼いころに死んでしまいましたので、うっすらとやさしかった思い出が残っているだけです。そして、母は父のことをとても愛した女性でした。


幼くして母を失った私にとって、父はすべてでした。私の成功にとても誇りと喜びを感じてくれましたし、未来にとても希望をもってくれました。

そんな父をがっかりさせたことを知っています。私の過ちですべての希望や夢が破壊されてしまい、そのことが父の死を早めたようでした。


父が死んで以来、その苦い思い出を考えると、私の心はただ痛みと恥ずかしさだけを覚えました。ですから、父が死の壁を越えて、あの方のところへ来て、私のことを話したと聞いたとき、希望を打ち砕いた罰当たちな息子のことを、彼女に嘆いたのではないかと恐れました。

私は、父に会うことはできないと駄々をこねました。本当は父は何と言ったのか、この罪深い息子に対する赦(ゆる)しの言葉は一言もなかったのか、知りたかったのです。

父のメッセージがいかなるものだったか、何と言えばよいのでしょう? それを聞いて私がどのように感じたか、どう申し上げればよいでしょうか? 父の言葉は、まるで乾いた土地にしたたり落ちる露(つゆ)のようで、あまりにも貴(とうと)いものでした。

ああ! もう一度父に会いたいと、そして子供のころのように父の胸に抱かれたいと素直に思いました。

そう思って顔を上げると、何と父の霊がすぐそばに立っているではありませんか! 私が最後に見たあの格好のままで、ただ地上人がかつて見たこともない霊界の栄光に包まれて! 「お父さん」、「息子よ」と言う以外に言葉もありません。喜びに震える父と子は、ただ抱擁(ほうよう)し合うのみでした。

ようやく気持ちがおさまると、私たちはいろいろなことについて話をしました。
もちろん、私がこのように進歩の道を進むことを必死になって支えてくれた、あの方についてもです。

私は、父が二人を助け、見つめ、守っていてくれたことを初めて知りました。父は、私が地上と霊界を放浪している間、私を守り、あがいているときには慰めてくれていました。私には、そうした父の姿はまったく見えませんでしたが、ずっとそばにいて、絶えず愛を注いでくれたのです。

私が会いたくないなどとしり込みしていたあのときにも、彼はそこにいたのです。自分を示すことのできる機会を、辛抱強く待っていてくれました。そして、三人がいっしょに喜びの出会いを迎えられるように、私のことを思ってくれる彼女を通して、父は私の元にまって来てくれたのです。


(7)最下層の霊界の探索隊に加わる

再会を喜び合った彼女の部屋から霊界へ戻ったとき、父も付いてきてくれましたので、長い時間をともに過ごすことができました。父は、私のいる第二領域から、最下層の霊界で救済者としての仕事を遂行するために探索隊が派遣されるところである、と言いました。

最下層の霊界とは、地上で信じられている地獄のことで、かつて私が行ったことのある霊界よりもさらに下層にあります。


これまでどれほどの間、探索がなされてこなかったかは知りませんが、いまは何らかの仕事がなされるべきときで、この探索隊に参加すれば、その仕事がすべて遂行されるまでここに帰ってくることはできません。

守護霊のアーリンジマン師は、私にこの探索隊に加わってみないかと提案しました。

父もまた、真理と光と希望の大儀のために、私が探索隊に加わって悪の力と戦うことを願いました。それで私は、参加してみようと決心したのです。

霊界において、悪と戦って勝利するためには、さまざまな誘惑に打ち勝つ力が必要となります。また、不幸な霊たちを助けるためには、彼らが私たちを見て、触れることができなければなりません。

ところが、上層の霊界にいる霊人、たとえばここより上の第三領域の霊人になると、その姿は不幸な霊たちには見えないし、声も聞こえないのです。


むろん、高次の霊人たちも探索隊に同行して私たちを守り、支援してくれますが、救援する当の相手には見えません。

探索隊によって救援された霊人たちは、私が初めて地上から霊界に来たときに行った「希望の家」のような場所へ連れて行かれます。そこには多くの霊的な団体があり、そのどれかが、惨めな霊人たちに対応するのです。

団体を指導している霊人やその働き手たちは、地獄の王国から救出された経験をもつ霊たちのなかで、救出されたばかりの霊人たちに対応しやすいのです。

いよいよ出発のときがきて、何人かの友人は途中まで私たちに同行してくれました。私の東方の教師は、下層の霊界へ行くと見ることになる、アストラル界のさまざまな不思議な現象を私に見せながら、それについて説明することのできる、彼の生徒を一人同行させてくれました。彼の名はハイセンといって、霊界における不思議な現象について研究していました。

ハイセンは、地上ではペルシャ人で、アーリンジマン師と同じゾロアスター教の信者でした。彼ら師弟は、いまでも霊界でゾロアスターの学派に属しています。

探索隊が出発する前に、アーリンジマン師がこんなことを私に教えてくれたことがあります。そのとき彼は「霊界では」と語り始めました。

「非常に多くの学派が存在している。すべての学派では、自然についての根本的な真理は認識されているが、細かいところではその認識に差違が見られる。またこれらの真理を、どう魂の向上に役立てるかという点でも意見が分かれる。

だから、霊界に来れば何か絶対的な知識があり、なぜ、何のために我々は存在するのか、かくも多くの邪悪なるものが善なるものと共存しているのはなぜか、魂とは何なのか、またそれはどのように神から生まれたのかなどという、創造にまつわるどんな大神秘もすべて解明されている、と考えるのはまちがっているわけだ。

真理の波動は、宇宙の大思念センターから継続して流れ出している。それは霊的知性体の連鎖を通して地球に伝達されることになる。

しかし、それぞれの霊人は、おのれの発達に応じて理解し得る真理のみ伝達するにすぎず、また地上の人間も、自分の知性で理解できる知識のみ、受け取ることができるのである。霊人も地上の人間も、すべてを知ることなど不可能である。

絶対に確実なものなどは、霊界にも地上界にもない。
いったい誰が、果てのないものの終わりを語ることができよう? あるいは無限の理念のもつ大いなる深さについて知らせることができようか? 


理念も生命と同様に、永遠で計り知れないものなのである。霊は無制限であり、どこにでも存在できる。
神はすべてのものの中に存在し、かつすべてを超えて存在する。

高慢で大胆な者が、一度にすべてを把握(はあく)することなど、とうていできない。人はおのれの小ささにおののき、真理探究の入り口に立ち止まるべきであろう。

なし得ることといえば、謙虚に学び、注意深く知ることであり、そうしてこそ次の段階へ進まんとする歩みを確かなものにすることができるのである」

アーリンジマン師が私に同行させてくれた友人ハセインは、地上の言い方からすると、二十五歳から三十歳の間くらいに見えました。しかし彼によれば、地上では六十歳以上まで生きていたそうです。

彼の容貌は、現在の霊的発達の度合いを示しています。それだけが霊的年齢を形成するのです。霊人の知性がより高い段階に成長すると、それにつれて容貌も成熟したものになり、ついには聖者の容貌をもつようになります。

しわとか容貌の衰えなど、地上で見られるものはありません。ただその聖者の威厳の力、経験などが容貌に現れてくるのです。

ある霊人が地球(他の惑星の場合もある)の霊界で到達可能なレベルにまで進歩すると、長老の容貌をもつようになります。

次に、その太陽系内のより拡大した領域へ入っていくと、そこで再び青年として出発するようになります。新たに入った領域のさらに進歩した霊人たちに比べれば、彼は青年の段階にあるからです。

ハセインは現在、さまざまな自然の力や、魂より下等の段階の形態について研究しているといいます。そして、これから私が目撃することになる、たくさんの不思議なものについて説明してくれました。

「霊人たちの多くは、周囲の物事を全体的に理解できるほど、感覚器官が発達していません。ですから、まわりにある幽霊的存在に気づかないまま、アストラル界を過ぎています。ちょうど地上の生活でも、霊媒は完璧に霊を見ることができるが、他の者はまったく見ることができない、ということがあります。

地上には人間の霊だけでなく、アストラル体やエレメンタルを見ることができる人もいますが、アストラル体やエレメンタルは本当の意味では霊ではありません。霊というのは、その中に魂の胚珠(はいしゅ)をもっているものだからです。

魂をもっている霊魂と、魂をもたないアストラル体を見分けるには、霊視とか透視力といわれる眼力を身に付けなければなりません。

不完全な霊視能力でもアストラル体やエレメンタルを見ることはできますが、霊魂という形態を見分けることはできません。そのために、霊的存在の性質や属性に関して、多くの混乱と誤った理解が不完全な霊視能力者の間に起きているのです。

地上の人間には、七段階の霊視能力があります。

七段階のうち、最初の三段階までの能力をもつ者は頻繁(ひんぱん)に見つけることができますが、四段階、五段階となると、ずっと少なくなってきます。六段階や七段階の能力をもつ者となると、ほとんど出会うことはありません。各段階の霊視能力は、その段階に相当する領域まで見ることができますが、おもしろいことには、霊視能力をもつ者たちの多くは、同時にいくつかの段階の霊視能力を備えているのです。

たとえば三段階の霊視能力をもつ者が、四段階の霊視能力も不完全ながらもっていることもあって、その結果、見たものを混同してしまいます。このため、彼らの言うことは信頼できないと思われてしまうのです。


片目で見ると、両目で見るのとはかなり違った、不完全な映像を見ることになるのと同じです。地上にもっと広い霊的知識があれば、退化した下等な霊的存在と、高次元の進歩した霊人とを見分けるのに必要な霊的能力が授けられ、混乱も減っていくでしょう」

私は、この新しい友人の教えと支援に心から感謝しました。そして、いよいよ探索のときが迫ったので、地表の霊界に行き、愛するあの方にしばしのお別れを告げました。帰還してみると、すでに探索の準備は整っていました。

父や友人たちに別れの挨拶をするため、また大師の祝福を受けるため大ホールに行きました。その後、私たち探索隊は集まった同胞全員の喝采(かっさい)や激励を受けて、最下層の霊界へと出発したのでした。


4章 地獄での救援活動に参加する

(1)地獄へ接近する

探索隊は次から次へと下層の世界を通って、驚くほどの速度で下降していきました。やがて、はるか彼方に、墨を流したように真っ黒な巨大な煙が見えるところまで来ました。


煙は、私たちがこれから行こうとしている国の上を、黒布が柩(ひつぎ)をおおうようにして広がっています。空気は圧迫されていて、ほとんど呼吸もできません。

私たちは黒々とした山の頂上に降り立ちました。その山は黒い湖に向かって突きだしており、そこからは地平線に広がる、恐ろしくも不気味な国が見渡せました。

探索隊は、二人ないし三人のグループになるよう分けられています。目の前に広がる暗い国に散らばって入り、まるで宣教師のように、私たちの差し出す援助を進んで受け入れる者たちを助け、救う活動をするのです。

私の連れである霊人の名前は「律儀な友」といいます。これは彼の献身的な友情を裏切った友が、皮肉って付けた呼び名でした。その裏切り者が後に、恥ずかしさと良心の呵責(かしゃく)にさいなまされたとき、「律儀な友」は彼を赦(ゆる)してやりました。

しかし、このじつに気高い精神の持ち主である霊人も、地上に生きているときには、決して完璧(かんぺき)な道徳的人間ではありませんでした。それで、死んだときは地表の霊界に近い下層の霊界に行ったのです。

ところがそこで彼の霊的な進歩は早く、私が会ったときには、すでに第二領域の同胞団(どうほうだん)のメンバーとなっていました。彼は以前にも一度、任務でこの地獄の王国に来たことがあります。

さて、私たち二人は、巨大な火山の噴火口のようなところに近づいていきました。その噴火口はベスビオ山を一万も合わせたようなものです。そこに見えるものすごい煙と火のかたまりに近づくにつれて、私は、それが妙に物質的なものであると感じました。

地上の想像では、霊界は空気のように実態がないものと思われがちですが、本当はとてもリアルで堅固(けんご)な実体として存在するのです。私はそのことを十分承知していましたが、それでも目の前に見える厚い雲のような煙や、跳(は)ね上がる舌のようにめらめらと燃える炎は、私が想像してきた地獄の感じとはまるで違っていました。

これまでも霊界を放浪するなかで、暗くて陰気な国々と、そこで徘徊(はいかい)する哀れな霊たちを見てきましたが、炎とか火といったものは見たことがありませんでした。

ですから、地獄の火というのも精神的な状態を表わす言葉なのだと考えていました。地獄の苦しみとは、精神的なものであり主観的なもので、客観的なものではまったくないと。

このことを私の連れに聞きますと、律儀な友はこう答えました。

「どちらの考えもある面では正しいのです。これらの炎や煙は、あの火の壁の内側に住んでいる哀れな者たちが霊的に発散するものによってつくられているからです。あなたのように霊的なものを見る視覚が開かれた者には物質的に見えますが、そうでないかぎりは不可視なのです」

大きな火のかたまりにさらに近づいて見ると、それは、入国するために誰もが通らなければならない、この国を取り巻く火の壁であることがわかりました。

「いいですか、フランチェッツォ」と、彼が言いました。

「いまからこの火の壁を通り抜けますよ。恐れないように、勇気と意志の力でもってこの火の粒子を跳ね返すようにすれば、体に触れることはありません。

ちょうどモーセのとき紅海の水が両側に別れたように、無傷でそこを通り抜けられます。しかし、意志の弱い者や臆病(おくびょう)な精神の持ち主が通り抜けようとすれば、この炎の力によって押し戻されるでしょう」

彼と私はしっかりと相手の手をつかみ、火の壁を通過することを「意志」しました。じつを言えば、この炎の中に進入し始めたとき、ほんの少し怖いという思いが脳裏をかすめました。

それでも、私たちはそうする運命にあると思い、あらゆる力を振り絞って思いを集中しました。すると間もなく、炎を通り抜けることができました。地上の長さでいえば、四百メートルから八百メートルほどの厚さだったはずです。

火の壁を通り抜けると、そこは荒涼(こうりょう)とした底なしの世界のようで、夜の国へ来たようでした。ところどころに大きな黒い岩肌の山があり、黒い霧のような重たい空気があたり一面にたゆたっています。

暗く物寂しい荒野が広がるところには、やせた化け者や巨大なコウモリみたいな気味悪い生物がうろうろしている、黒い沼地もありました。

うっそうとした黒い森の木々は、薄気味悪い形をしていて、まるで人間のように動きながら、この森に足を踏み入れた者たちを捕らえて虜(とりこ)にしていました。

前方の黒い平地の向こうには、霊人たちによって踏まれてできた大きな道が見えました。私たちも、この道をたどることにしました。

そこを少し行くと、黒い石が乱暴に積まれてできた大きなアーケードに着きました。そのアーケードの前には黒い紐(ひも)でできたカーテンのようなものが垂れ下がっています。

近づいてみてびっくり仰天したのですが、それは霊人の髪の毛からつくられていて、ところどころに目玉がビーズのようにくくりつけられていたのです。しかも恐ろしいことには、その目は生きていて私たちのことを哀願するように見つめているのです。

「これらの目は生きているのですが?」と私は聞きました。

「魂としての命はありませんが、アストラルとしての命はあります。これらの目の本体である霊体の中に魂が存在し続けていれば、目も生き続けることができるのです。これは地獄の門の一つです。この国の支配者は、彼の道楽で犠牲者になった人々の目をこのように飾っているのです。

この場所には、地上においてもっとも残虐な罪を犯した者たちだけが来ます。ここは残酷の都なのです。彼らは、自分たちの残虐な欲望を満足させる新しい方法を見つけるのに一生懸命ですが、自分より残虐で、意志や知性の力が勝っている者が現われると、今度はその犠牲者になってしまいます」

こうして私たちが話し合っていると、生きた目のカーテンが左右に分かれ、二つの奇妙な生き物が顔をのぞかせました。その霊たちは半ば人間で半ば獣といった姿ですが、門の中から出てきたので、そのすきを逃さず、門の守衛に気づかれないようにして私たちも中に入りました。

ところで、地獄の門の守衛というのは、とても巨大な生き物で、その手足は醜く歪んでいます。地上のみなさんに人食い鬼の物語を想像してもらっても、まだとうてい伝えられないほど、ものすごい姿なのです。

この守衛は、奇妙な声で笑いながら、出てきた二つの半人半獣の霊たちに恐ろしい言葉を投げつけました。

「こういった者たちには魂があるのですか?」と、二つの霊を指しながら、私は律儀な友にたずねました。「かつて地上にいた者たちなのですか?」

「ええ、おそらくは。地上では非常に低い段階の原始人だったようです。ほとんど獣と変わらないほど残酷で、それでこんなところに来ているのでしょう。彼らが進歩できる方法としては、地上でいまよりほんの少しだけ霊的に高い段階の人間として生まれ変わることだと思います」

「するとあなたは、生まれ変わりという教義を支持するのですか?」

「そうです。ただし、すべての霊がたどる絶対的な法則としてではありません。多くの霊たちにとって、生まれ変わりは進歩の法則だと思います。

地球や他の惑星の生命体として生まれた魂は、必ず守護霊をもちます。守護霊たちは自分の担当する魂を、地上においても霊界においても、彼らの知性にもっとも合った方法で導き、教育します。

守護霊は、幼い魂が自我の光を見たときから、体験と進歩をくり返してついに彼と同じレベルに成長するまで、ずっと見守り続けます。そうして見守られ、成長した魂は、今度は新しく誕生する他の魂の守護霊となるのです。

魂は、その本質において不死で不滅ですが、それは不死で不滅の神から発出したものだからです。種が地上の暗闇(くらやみ)の中に蒔(ま)かれるように、魂は物質という下等な存在の中に蒔かれ、それから芽をふいてより高い段階へと上がっていくのです。動物も魂の種はもっていますが、やはり人間のものが最高です。

守護霊たちが幼い魂を指導する方法や考え方には、それぞれ違いがあります。

ある学派では、魂が物質的生命に何度も新しく生まれ変われば、以前やり残したことをやり遂げたり、前世で誤った行為の贖罪(しょくざい)をすることができるので、魂はより早く成長できると教えられています。

しかし、生まれ変わりの道をすべての霊人がたどるわけではありません。他の学派は、霊界には魂の教育を素早く効果的に行なう手段が存在すると主張しています。

そこでは、地上ではなく下層の霊界へ魂を送るという、まったく異なる方法がとられるのです。この場合は、記憶の中にある過去の地上人生を生きることによって、霊のままで過ちを償うわけです。

魂は、それぞれに性格や個性が違いますから、一人ひとりに合った導きを受けるべきなのです。したがって自分が知っている霊の世界での経験を、すべての霊人に適用することは避けるようにと教えられてきました。

いま訪れている地獄の領域にしても、あくまでも悪霊どもの膨大な世界の“一部”、ほんの“断片”を見るにすぎないのです。自分の見たものだけが、この世界のすべてではないと認識しておいたほうがよいでしょう。

霊界では、似た者同士は近づき、反対の性質をもつ者同士は反発し合います。

性質の異なる者が混ざり合うことは決してないし、異なる領域同士が触れ合うこともありません。私たちの霊界探索においても、国籍とか気質とか、何か自分と共通したものをもつ相手だけをたずねることになるのです」
    

(2)「地獄の帝国」へ

私たちは、黒い大理石でできた広い道路を進んでいきました。

すると、この都の建物が、暗く濃い霧を通してその姿を現わしてきました。石で敷き詰められた道路やどっしりとした柱廊(ちゅうろう)を備えた建物、それから重たい鉄の首輪がくくりつけられた奴隷の霊人たち。そこに見える光景は、まるでローマ帝国の要寒都市に入ってきたような印象でした。

とはいえ、見事なほど壮大な建築物があるにもかかわらず、ここはすべてのものが邪悪で恐ろしい感じを与えます。

「じきにわかると思いますが」と律儀な友が言いました。

「このような都市は、かつて地上にあったもので、その霊的反映がこの都なのです。ここにはこの都市が地上でもっとも権力が強かったときと変わらない生活があります。


霊人たちのほとんどは、いまだに地上の都市にいるものとばかり思っていて、なぜすべてがこんなに暗く、邪悪で、黒ずんでいるのかわからずにいます。じつは、この都市の霊的反映は高次の階層にもあって、そこに美しく高貴なものがすべて集まり、善良で徳の高い霊人たちが行って住むようになっています。

この地獄の都の住人たちがいつか進歩を遂げ、すべて高次の階層の住人となれば、いま見ているこの場所は崩壊し、塵(ちり)となってこの世界から消えてなくなるでしょう」

しばらく行くと、壮麗(そうれい)な宮殿に囲まれた大きな広場に出ました。すべてが豪壮なのですが、飛び散った血のりで汚されたうえに、ぬるぬるしたカビにおおわれていて、せっかくの壮麗さも台無しです。


ヘビのとぐろのような形をした花の編み飾りが、建物のすべての柱にかけられているのも気味悪さを感じさせます。地面からは悪臭を放つ湯気が沸き上がり、恐ろしげな煙の渦となってあたりに漂っていました。

強そうな霊人たちのムチや槍に追い立てられた真っ黒な霊人たちが、大きな広場を這(は)い回り、宮殿の中や外を行き来していました。ときどき怒号(どごう)と悲鳴が起こり、何とも恐ろしげなののしり声や呪いの叫びも聞えてきます。

ここはまさしく、失われし魂の大魔堂でした。

そびえ立つ入り口を通って宮殿の広い階段を昇り、いくつかのホールを行き過ぎて、謁見室(えっけんしつ)の扉のところまで来ました。すると、律儀な友が口を開いてこう言いました。

「私は、ここでしばらくあなたと別れねばなりません。自分の仕事がありますから。しばらくすれば、また会うことになります。


揺るぎない精神と強い意志をもち続け、与えられた警告を忘れずにいれば、何もあなたを害するものはありません。私だって全力で集中してやらないといけないのですよ。それでは、あなたの成功を祈ります」

こうして律儀な友と別れた私は、一人で謁見室へ入って行きました。

謁見室の壁には血湖が飛び散り、床は暗い血の海のように見えます。そして、垂れ布は邪悪な思いを発散しています。貴族たちは豪華に見えるが虫の食った、腐ったような長衣を身にまとっていました。しかもよく見ると、それは腐敗した体から出る膿(うみ)でぐしょぐしょになっていました。

大きな玉座には、皇帝その人が座っています。彼は、ここにいるすべての霊人たちのなかでも、もっとも恐ろしい知性の持ち主でした。彼の容貌(ようぼう)には底知れぬ残虐性と邪悪性が満ちていて、取り巻き連中など比べものになりません。

しかも彼らは、自分たちのそうした姿には気づいていないようです。といっても、全員が気づいていないわけではありませんでした。


隅に身をかがめて小さくなっている男が見えました。彼は自分の卑劣(ひれつ)さをよくわかっているし、まわりにいる者たちの醜悪(しゅうあく)さもわかっているようでした。

この男の心に、いまよりはましになりたいという願いがあるのがわかりました。何か、それがどんなに辛い道であっても、地獄の闇から彼を導き出し、この恐怖の場所から解放される希望を与えてくれる道を求めていたのでした。

私が遣わされたのは、この男のためであるとわかりました。

あたりを見渡しているうちに、黒い霊どもや彼らの支配者が、私の存在に気づきました。そして支配者のほうが、しわがれた声で私は何者かと誰何(すいか)し、よくもこの宮殿にのこのこと入って来たものだと、ののしりました。

「この世界に最近やって来た者でございます。このような場所に出くわしまして驚いているところでございます」と、私は答えてやりました。

すると、荒々しく恐ろしい笑い声が支配者の口から響き渡り、ここのことなら何でも教えてやると叫びました。


そして、「だが、いまは我々の習わしにしたがって丁重に歓迎することにしよう。祝宴に招待するから席につき参加せよ」と言うと、自分の前にあるテーブルの空いている席を指しました。そのテーブルには大祝宴のために豪華な食事が準備されていました。

並べられた食物はどれも本物らしく見えるのですが、こういうものはすべて幻想だと、私は事前に警告を受けていました。いくら食べても満腹せず、飢餓(きが)感が募(つの)るばかりなのです。

ワインもありましたが、これは燃えるような液体で、飲めば飲むほど喉(のど)を焼いてしまいます。それで、この世界で出される食べ物や飲み物は一切口にしてはいけないし、招待されてもいい気分になってはいけないと教えられました。

そこで、私はこう答えました。
「ご招待してくださるお心遣いには心より感謝いたしますが、何分にもいまは食欲がありませんので、遠慮させていただきたく存じます」

これを聞くと彼の目はぎらっと輝き、深い怒りが額をよぎりましたが、なお冷静さを保ったまま、もう少しそばに寄るよう私を促しました。

その間、私が助けに来た例の男は、しょげたような物思いからすっかり目覚めて、私の大胆な行為の成り行きを心配し始めました。その思いが私たちの間をつないだので、私は彼を導き出すことができるようになったのです。

私が皇帝の玉座に数歩近づくと、この男が寄ってきてささやきました。
「だまされちゃダメだよ。いまならまだ大丈夫だから、とっとと逃げな。ボクが奴らの気をひいていてやるからさ」

私は、この男に感謝しながら、こう言いました。
「誰からであろうと逃げるような真似はしません。それに罠(わな)にかからぬよう注意していますから」

私たちは、この会話を素早く交わしたので、皇帝には気づかれませんでした。
「早うこんかい、新参者! 皇帝陛下を待たせるとは、礼義をわきまえぬ奴め。ここに座ってみよ、皇帝の座を占めることがどんなものか味わってみよ」

その玉座は壮麗でしかも天蓋(てんがい)におおわれていましたが、そのような場所に座る気はありませんでした。しかし、好奇心から座ってみようかと思ったことも事実でした。ところが、ある光景を見て止めたのです。


この椅子(いす)が突然変貌し、まるで命をもったもののようになり、その恐るべき腕に捕らわれて叩きのめされ、ずたずたに切り裂かれて身悶(みもだ)えする霊たちの姿が見えたのです。すべてを悟った私は、皇帝に向かって深々と頭を下げてから、こう言いました。

「陛下の位にみずからの身を置こうとは夢にも思いません。したがいまして、この光栄も辞退しないわけには参りません」

そこで彼の怒りは爆発し、衛兵たちに私を捕らえ、あの椅子に押し込み、食物やワインを私の喉に流し込んで窒息させよ、と叫んだのです。

すぐさま衛兵たちが私に殺到しました。すると、私が助けに来たあの霊が、私を守ろうと身を投げ出したものですから、二人はとうとう野獣のような群れに囲まれることになったのです。

正直言って狼狽(ろうばい)しましたが、弱気になったのはほんの少しの間だけで、私はすぐ、もてるかぎりの戦闘能力を奮い立たせて、野獣どもを追い払いました。その間、私を助けようとした惨めな霊は、私をしっかりつかんでいました。

私たちがドアのほうへ一歩一歩近づこうとすると、黒い霊たちはいきり立ち、脅迫しながら迫ってきますが、あくまで彼らを寄せ付けないという強固な意志をもち続けていると、私たちに触れることはできませんでした。

ようやくドアのところまで来たので通り抜けると、その後ドアは固く閉まり、追っ手を中に閉じ込めてしまいました。

次の瞬間、私たちは何か強い腕によって引き上げられ、暗い平地の安全な場所まで運ばれていきました。そこに着いたとき、私が救出した霊は意識を失ったままでしたが、高次の世界から来た四人の威厳(いげん)ある霊人たちが、霊的磁気力をこの疲れ果てた霊に与えていました。それは、いままで見たこともない素晴らしい光景でした。

死んだようになって横たわる黒い歪んだ体から、霧のような気体が立ち上がって、どんどん濃くなっていき、最後に霊の形となったのです。そして、私が救い出した霊の魂は純化され、黒い霊体から解放されました。

天使のような四人の霊人たちは、まだ意識の戻らないこの霊を、赤子を抱くように腕に取り上げ、そのまま上昇して視界から消えていきました。ふと気づくと、私の横にはもう一人の輝く天使が立っていて、こう言いました。

「賞讃いたします。希望の国の子よ、この暗き国でさらに多くの者を助けるように。悔い改める霊たちが復活するとき、天界の天使の喜びがいかに大きいものか知るように」

こう語り終えるやいなや、彼は消えました。そこで私は、再びこの吹きさらしの地獄の荒野に一人取り残されることになったのでした。
     

(3)圧政者を焼き尽くす炎

はるか前方に狭い道が見えました。どこへ行けるのか、とにかくその道をたどって行きますと、黒い山並みの裾野(すその)にたどりつきました。


そこには、驚くほど大きな洞窟が口を開けていて、中には恐ろしげな爬虫類(はちゅうるい)が這い回り、天井には大きなキノコや化け物のようなシダやコケが、ぼろぼろになった死に装束(しょうぞく)のようにぶら下がっていて、地面は黒い水たまりでおおわれています。

思わず逃げ出したくなりましたが、どこからか声が聞えてきて、そのまま進むように命じます。それで岩の中の小道を進み、ある角を曲がると、巨大な丸天井のある地下牢のような場所が見えました。その天井の半分は、洞窟の中ほどで燃えている巨大な火の、ものすごい煙と炎のせいで見えませんでした。

その火のまわりでは、黒い悪鬼(あっき)の一団が踊り狂っています。地獄の悪鬼とは、このようなものかと思わされました。

隅のほうには惨めな黒い霊たちが十人以上かたまっています。悪鬼たちがときおり、いまにも彼らをつかみ上げ、火の中に投げ入れるような脅しをかけますが、結局は、うなり声をあげて引き下がります。

まもなく、ここにいる者たちには私の姿が見えないことがわかったので、勇気を出して近くに寄ってみました。

目にした光景はぞっとするものでした。
あの火は何と、生きた男や女たちが燃料となって燃えていたのです。その霊体は、あの悪鬼どもの槍で突き上げられ、火の中でひねり潰(つぶ)されていました。

目の前の光景のあまりの恐ろしさに、これが本当のことなのか、単に恐ろしい幻影なのか知りたいと思っていると、よく私の質問に答えてくれたあの神秘的な低い声が、このように教えてくれました。

「息子よ、あの者たちはたしかに生きている霊である。地上にいたときその権力を濫用(らんよう)し、何百人となく人々を焼死に追いやった者たちである。何の憐憫(れんびん)の情もなく人を焼き尽くした残酷さによって、犠牲者の恨みと怒りの炎はさらに大きくなっているのである。

霊界では怒りの炎は、圧政者を焼き尽くす巨大な炎にまで成長する。この大きな炎の燃料は、燃えている者たちの中にある残酷さなのだ。

この火によって味わう苦痛を通して、自分の圧政の犠牲になった人々が負った苦痛を理解できるのだ。そうなって初めて彼らの魂は向上する手段を与えられるのである。

このような因果応報の原理が存在することに、恐れても驚いてもいけない。こうした霊たちの魂は、あまりに頑(かたく)なで残酷であるがゆえに、みずからも同じ苦痛を経験しなければ、相手の苦痛を理解できないのである。

彼らのうち誰か一人の後を追っていくだけでも、残酷そうに見える正義の法則も、じつは形を変えた“慈悲深い施し”であることを知るであろう」

声が消えていくにつれて、炎も鎮火し始め、燐(りん)の燃えるような薄く青みがかった光を除けば、暗闇があたりを包み始めました。

すると、火の燃えかすりの中から焼かれたはずの霊たちが起き上がり、洞窟を出ていきだしました。彼らを追って私も出て行きますと、一人が群れから離れて、近くの町へ行く道をたどり始めます。この霊を追いかけて傍らに立ちますと、彼の人生がパノラマとなって目の前に展開し始めました。

彼は、かつてイエズス会の頭で、ある植民地の町で、連行されてきたインディオや異教徒らを前に裁判官として座っていました。

自分の論しを受け入れない何百人もの人々に、平然と拷問や火あぶりの刑を宣告しているところが見えました。

しかも、刑死した人々がもっていた莫大な宝石や金を、彼自身やイエズス会への貢(みつ)ぎ物として強奪しています。彼の信仰は見せかけであり、金をむしり取り、権力欲を満足させるための口実でしかなかったのです。

それから次に見たのは、彼の臨終の場面でした。みなが彼の魂が天界へ召されるようにと祈っていますが、反対にこの男の魂は下へ下へと沈んでいきました。

やげて地獄に着くと、犠牲となった大群衆がいまや遅しと彼を待ち受け、炎による復讐(ふくしゅう)を開始したのです。ただその苦しみは彼にとって無意味ではなかったようです。

地獄へ堕(お)ちて永い永い時間が経つうちに、少しずつ悔い改めの思いに目覚めていくのが見えたからです。彼は、これから地表の霊界に戻され、霊として地上人に慈悲と哀れみを教えるために働くことになると知らされました。

しかしその前に、彼はまず、この暗い場所で動かねばなりません。彼の罪業の共犯者だった者たちの魂を解放しなければならないのです。私は町へ行こうとする彼から離れ、また一人歩き出し


(4)大いなる泥の海

再び荒涼とした平原を歩き始めると、ぼろぼろの黒いマントをはおった、獣のような顔つきをした者たちに追いつかれました。警戒しましたが、ありがたいことには、この霊たちには私がよく見えないようでした。

同じような格好をした他の黒い霊人たちが通りかかり、宝物の入ったバッグをもっているのを見つけると、彼らはいっせいに襲いかかりました。そう、追い剥(は)ぎの集団だったのです。

どちらも武器はもっていませんでしたが、野獣のように相手に噛(か)みつき、爪で引き裂き合う彼らの闘いは、なかなか悲惨なものでした。たちまちのうちに半数ほどが動けなくなって地面の上に転がされ、残った連中は宝石を手にして行ってしまいました。

私は、敵味方どちらかわかりませんが、ケガをしてうめいている霊たちに、何かしてあげられることはないかと思って近づいてみました。

しかし、これは無駄なようでした。彼らは気配で振り向くと、私を八つ裂きにしようと身構える始末です。ただその中に一人だけ、私のことが見えるのか、足元に這ってきた者がいました。

「水、水を! 生きた火で焼き尽くされちまう! とにかく水をお願いします!」
私は水などもっていません。それで私は「あかつきの国」から持参した自分用のエッセンスを数滴与えました。その効果は何と魔法のようでした。

彼は、その場に座り、私を見つめて話し始めました。

「あんたは魔法使いにちげえねえ。いっぺんに冷えて長年わいを焦がしてきた火が消えしちゃった。地獄に堕ちてからってもの、渇きにずっと苦しめられてきたもんだが」

私は、痛んだ彼の体に磁気療法を施してあげました。すると苦しみがやわらいだのか、ほっとした表情を浮かべました。

何か話してみようか、それともこのまま彼を置いていくべきかと迷っていますと、彼は私の手をとり熱烈に接吻し始めたのです。

「ああ旦那さま、お礼のしようもありゃしませんです。なげー苦しみから救ってくださいやして、旦那さま?」

「そんなにうれしかったのなら、どうです、今度は自分が他の人を助けてあげて、喜ばせてやりませんか? やり方を教えますよ」

「へっ、そりゃもう喜。連れてってくださるんなら、大将」
「いいでしょう。手を貸してあげるから、とにかく早くこの場から離れましょう」

この男は、自分が海賊だったこと、奴隷売買をしていたことを話してくれました。ある日闘いがあり、航海士だった彼は仲間といっしょに殺され、気がついてみるとこの暗い場所に来ていたのだと言います。それ以来、仲間といっしょにあたりをうろついては、いつも争いごとを起こしていました。

ここでは燃えるような渇きが彼らを苦しめますが、その渇きを癒(いや)してくれるものは、何一つとして手に入れることはできませんでした。

「どんなに苦しくても死ぬこともできねえなんて、こんなひどい話はありゃしません。死を超えちゃったなんてなあ。自殺しようとしても、人から殺してもらおうとしてもだめだし。苦しみから逃れるなんて、とうていできない相談なんてさあ」

さらに彼が言うには。

「ボクたちゃ腹を空かしたオオカミみたいなものでさあ。誰もボクたちに闘いを挑む者がいないと、退屈しちゃって、自分たち同士で争いごとを始めちまうのさ。傷つけ合って弱るまで闘って、その後は苦しんでのたうちまわって、傷が治ると、またあたりをうろついて誰かを襲うって寸法さあ。そんな生活から何とか抜け出したいと願うようになって、最後にはお祈りなんぞもしようと思ったほどで。

だもんだから、旦那さまがそばに立っているのを見たときは、ボクっちのために遣わされた天使じゃないかと思いましたでさ。

絵によくあるような翼とかそんなものがないだけでね。だけんど、ここみたいな地獄に関する絵は見たこともなかったし、絵描きたちがそれも描けやしないんなら、天使の翼だって怪しいもんさね」

私は、その言葉を聞いて笑ってしまいました。自分が、この男に頼られているのがうれしかったのです。そこで私は、自分が何者で、どういうわけでここにいるのかを話して聞かせました。

すると彼は、気味の悪い沼地に大勢の哀れな霊たちが繋がれていると教えてくれました。そして、私がその者たちを助けたいというのなら、彼が案内して手助けをしてくれると言いました。

ここは暗いうえに厚い霧がとりまいていて、遠くを見通すこともできません。喜んで彼の案内にしたがうことにしました。

さて、私たちの目の前に姿を現したのは大いなる泥の沼ともいうべきもので、ただの沼とは違い、ねっとりと黒くよどみ悪臭を放っていました。

沼の表面は、重油のような黒い油でおおわれていて、そこかしこにふくれ上がった腹と飛び出した目をもつ、巨大な爬虫類がのたくっていました。

さらにはその上を、吸血鬼のような顔をした大きなコウモリが飛び交っています。沼から吹き上がる瘴気(しょうき)は、幽霊や怪物のような形をとってはもやもやと漂っています。

その光景に身震いし、いったいこの腐ったような汚い沼のどこに失われた魂がいるのだろうかと思い始めたそのときです、目の前の暗闇から助けを求める声が私の耳に届いたのは。その絶望的な、悲しみに沈んだ声は私の心をとらえました。そして、たちこめる霧に慣れてくると、沼のあちこちに人の形をしたものが沈み、もがいているのが見えてきました。

今度は私のすぐ近くで叫び声が聞えたので、思わず沼に飛び込み、溺れている哀れな霊を引き上げてあげようとしました。が、あまりにもひどい沼地なので恐ろしくなり、体が止まってしまいました。

すると再びあの絶望的な叫び声が私の鼓膜(こまく)に響いてきたので、ええいっ、行ってやらねばと、思い切って飛び込みました。声をあげたのは男の霊で、首まで泥水に浸り、いまにも沈んでしまいそうでした。

私一人ではとうてい引き上げられそうになかったので、海賊だった男に助けを求めて呼んでみましたが、どこにもいません。

意を決してもう一度力を込めると、おぼれそうな霊の足を捉えていた水底の藻がはずれ、彼を動かすことができました。ようやく岸までたどりついたところで、この哀れな霊はそのまま気絶してしまいました。私も相当疲れていたので、座って休息をとりました。

あの海賊の男はどうしているのだろうと探しますと、沼の中に少し入ったところでもがきながら、どうも誰かを引っ張り上げようとしているらしいのです。その姿は、不思議にこっけいな感じなのですが、彼自身はひどく興奮していて、めちゃくちゃな勢いで哀れな霊を引っ張ろうとしています。

その霊のほうは、彼に向かって、もう少し穏やかにやってくれと哀願しています。私は、それを見てもっともなことだと思いながら、岸近くまで来たその霊を沼から引き上げ、もう一人の霊の横に休ませました。

海賊の男は、ことがうまくいってえらくご満悦のようで、そんな自分を誇り高く感じているようでした。私もさらに二人の霊を助けました。後で知ったことですが、この泥沼は地上人が抱く不潔な欲望や邪悪な考えによってつくり出されているものだったのです。

そこでもがいていた霊たちは、地上では嫌悪(けんお)すべき人生に身を委ね、死んでからも地上人たちを利用して同じ事を続けた者たちだったのです。

救出作業をしている間に、私は泥だらけになってしまい、どうしようかと考えていたところ、すぐそばに、きれいな水があふれる小さな泉があるのが目にとまりました。

泉で泥の汚れをすべて洗い流した私は、救い出した者たちに対して、今度は彼らが沼の中の哀れな霊たちを助けるようにとアドバイスをして、さらなる探索の旅に出ることにしました。

私が地獄で行なった救出劇について、そのすべてをお話することは控えたいと思います。地上の時間でいえば数週間にもわたって行なわれた救出を逐一お話ししていたら、何冊もの本になってしまいますし、みなさんもきっと飽きるでしょう。それで次は、私が自分の先祖に出会ったときのことをお話ししようと思います。

(5)わが先祖の醜い宮殿

私は、ある荘厳な宮殿にやってきました。まだ地上にいて若かったときは、この美しい宮殿をよく眺めたものです。そして、かつてこの宮殿と広大な敷地の持ち主であった先祖たちの血族として生まれたことを誇りに思ったものでした。

しかし、いまここに見える宮殿は美しさをすっかり失い、大理石はカビでおおわれ、テラスや彫像は傷づけられ、建物の前面は黒い蜘蛛(クモ)の巣で汚なくおおわれています。素敵だった庭園は、もの侘(わ)しく黒ずんだ荒れ野となっていました。

沈痛な思いで中に入り、どっしりとした広い階段を昇りますと、そこには小奇麗なドアが開いていて、入ると黒い霊人たちがあちこちに漂っていました。

霊人たちは私の訪問を持っていたようで、客人として扱ってくれました。最後のドアを開けると、大きな炎が赤くきらめくのが目に入りました。本当に燃えているのかと思いましたが、しばらくすると炎は鎮まり、変わって灰色の霧が広間を吹き抜けます。

その凍り付くような冷気は、私の体に染み込みました。じつは、この熱気と冷気の奇妙な波は、ここを支配している君主の燃えるような激しい情熱と、きわめて利己的な冷たさから生じているものなのです。

中に入ると、この恐ろしい場所の主は彼の玉座から立ち上がり、歓迎の言葉をかけてきました。その瞬間私は、恐怖に襲われながらも、この男が私たち一族が先祖として誇りにしている人物であることを知りました。

私は、地上にいたころ、この男によく似ていると言われていましたが、彼はひどく好色で、哀れみや赦(ゆる)しのない残忍な男としても、その名を知られていました。尊大で整った顔立ちは肖像画で見たのと同じで、まさしくこの男にちがいありません。

しかしああ、これほどまでに陰険で恐ろしい顔に変化しているとは。

そのとき私は、何にせよ彼と似たものが私の中にも存在していたのだという考えに圧倒されてしまいました。血族という繋がりのために、彼は、いつも私の人生に密着し、影響を与えていたのです。

私が野望を抱いたり、出世を望んだりすると、この男は地獄から浮かび上がってきて私の自尊心を刺激し、尊大な気持ちを煽(あお)っていたのです。

私がいま恥ずかしく思い、命懸けで償いをしようとしている悪なる行為を、私に促したのもやはりこの男だったのです。

彼は私を通して、もう一度人々を支配してみたいと願っていました。

「わしらが力を合わせれば地上の住人どもを恐れさすこと、いや少なくとも従わせることはできるようになるかもしらん。おぬしにはさんざん失望させられたものじゃ、高貴なわが血族の息子よ。

しかしいまやおぬしは、わしに与(くみ)するために来たのじゃ。見るがよい、おぬしのために準備した楽しみがどれほど見事なものかを」

眼前に大きな黒い魔法の鏡が現われ、地上での生活らしきものが映されました。そこには、私がつくりだした音楽の燃えるような魅力で、何千人もの人々が惑わされ、下劣な情欲をかきたてられ、ついには自分を見失っていく様子が映し出されていました。

次に、彼の野望を満たしている国とその軍隊が映し出されました。私の先祖の男は地上の暴君を通して、この国の独裁者として支配していました。そして、私は彼とともに権力を分かち合うのだと言うのです。

それから、知と文芸の力を示す映像が映し出されました。私の霊的な働きかけで、地上の知性ある人々は、官能的な欲情に訴える文献を著述するようになり、そのようにして地上の人々が神を冒涜(ぼうとく)する、おぞましい考えを是認するまでに至らせるというのです。

彼は、地上の人々がどれほど霊人に操られているかを示そうとしました。

たしかに悪霊たちの働きは、地上に不幸と荒廃(こうはい)を広げ、歴史に汚点を残しますが、いまや天に感謝すべきは、天界の教えによって地上と霊界はともに清められつつあり、これらのことはだんだん少なくなってきているのです。

最後に、私たちの目の前に、一人の女性が出現しました。彼女の容姿があまりに愛らしく、その声が蠱惑(こわく)的だったので、私は立ち上がって近寄り、現実の女性の霊人かどうか近づいて見極めようとしました。

その瞬間、あの方の顔をした霧のような天使が現われ、その女性や先祖の男の前に立ちはだかりました。つかの間の幻影は吹き払われ、私は女性が何者かわかりました。

この女性は、男を惑わし破滅させるサイレン(註 ギリシャ神話に登録する、美しい声で船乗りを引き寄せ殺す妖魔)の一人で、実際には魂の欠けた存在なのです。

幻影から目覚めた私に向かってあの男は、もし私が彼といっしょになるならば、これらすべての愉悦(ゆえつ)を楽しむことができるとまくしたてました。しかし、私は彼の元から自由になることだけを強く望んでいました。

私は立ち上がり、彼に背を向けて立ち去ろうとしました。ところが、不思議なことに一歩も動けないのです。見えない鎖が私を強く捉えているのです。

「行くがよい。おぬしはわしの好意も約束も必要ないようじゃからの。行って何がおぬしを待ち受けているか知るがよい」

次の瞬間、奇妙に胸騒ぎがしたかと思うと、四肢や脳髄がしびれるような感じがしました。霧が私を取り囲むように集まってきて、その冷気で私を包み込みました。そして、何か恐ろしげで巨大なものが徐々に私に近づいてきたのです。

おお何と! それは私が過去に犯した過ちや邪悪な思いや欲望が、この男によって喚起(かんき)されたものだったのです。

次には、私の足元が開いて地下の墓場が現われ、そこに、ざわめきもがいている群衆が見えました。恐ろしいことに、男は荒々しい怒りに身を震わせながら、私をその暗い穴に投げ入れろと命じたのです!

そのとき突然、私の頭上で星がきらめき、一筋の光がまるでロープのように流れ込んできました。私がそれをつかむと、光は束になって私のまわりに広がり、私を引き上げてくれました。気がつくと、私は田舎の広々とした場所に律儀な友といっしょにいました。

そして他でもない、あの東洋人の指導者がみずから私に磁気療法を施してくれていました。私の指導者は、とても親切でやさしい物腰で、この試練を私に許したのは、いま別れたばかりのあの男の正体を知っておくことが、将来彼が私を虜(とりこ)にして悪巧を謀(はか)ったとき最良の防衛になるからだと説明してくれました。

「汝(なんじ)がこの男を先祖として何らかの繋がりがあると考え、尊敬したり誇りに思ったりするかぎり、彼は汝に影響を及ぼし続けるのである。

十分注意するように。これからも汝は、この男の領域にとどまるのであるから、自分自身を支配する力を失わぬように。汝が動揺して何者かの侵入を許さないかぎり、自分を支配する力は誰にも奪われることはない。

さて、息子よ、わしは再び汝の元を去ることになる。去って汝の遍歴(へんれき)を見守ることになる。
それでも勇気をもち続けるように。汝の愛する、また汝を愛し、もっともやさしい思いを送ってくれるあの人からの報いが待っておるのだからの」


(6)ベネデットとの出会い

律儀な友は、この奇妙な国のもう一つの都を訪れようと私に提案してきました。あの方の愛と不変の支援がなかったならば、私も陥ったかもしれないような運命に直面している一人の男の姿を見せてくれるというのです。

短い時間ですがとても速い速度で飛行すると、私たちは暗くて広大な湖沼に浮かぶ大きな都の上空にやってきました。

水面からは塔や宮殿が浮かび上がっていて、その姿が暗い水面に映し出されています。都の中には運河が流れていますが、水の色はまるで屠殺(たさつ)場から流れてくる血のような深紅でした。運河の上には、幽霊船のようなゴンドラが浮かんでいます。

この都を眺めているうちに、これは地上のヴェニスが低級霊界に反映してできている都だとわかりました。

市中に入り、中央の広場を過ぎていくと、ここが美しかったはずの水の都の劣悪な部分だけを集めた都市であることがよくわかりました。深紅色の運河の底には、数え切れないほどたくさんの骸骨が沈んでいるのが見え、石畳の道の下からは亡霊の腕が伸びています。


そこを行き交う市の行政長官や取り巻きたち、従者を引き連れた貴族、商人や司祭、ふつうの市民や漁師たち、誰もがみな墜落した、嫌悪すべき顔つきをしています。

小さな橋の欄干に一人で腰掛けているとき、暗い灰色のガウンを身にまとった男を見つけました。私は、この男こそ私たちが探している人物だと直感しました。

彼はヴェニスの有名な画家で、何と私が青年時代に会ったことのある人物でした。正直言いますと、こんなところで彼を見たことに少なからずショックを受けました。

私が若く、まだ芸術家の見習いだったころ、彼の人生はあらゆる希望に満ちているように見えました。それがなぜ、こんな場所に来てしまったのかと残念に思わずにいられなかったのです。

律儀な友がやってきて、この男について話したいので、少しだけ彼から離れ、後からいっしょに声をかけようと言います。

話によると、この男(霊界での名前であるベネデットと呼ぶことにします)は地上にいたとき、大変美しい容姿をもち、男性の心を虜(とりこ)にするような若い女性と出会って、恋に落ちました。

彼女は、たしかに激しい愛を求める情熱的な女性でしたが、同時に、冷淡でとても計算高い野心家だったのです。

彼女は、ハンサムで芸術の才能に恵まれたベネデットの心を虜にしたことを自慢しましたが、彼のために自分が犠牲になるなどという考えは、一切もっていませんでした。彼に対してやさしく魅力的に振る舞いながら、その裏では、あらゆる手を使ってヴェニスの中年貴族の妻となろうと画策していたのです。

しかも、この公爵(こうしゃく)に対しても、富と地位を手に入れる相手として利用するだけで、内心では嫌悪しか感じていませんでした。

当然のように、ベネデットの恋の終わりはやってきました。

傷心の彼は、ヴェニスを去ってパリへ行き、そこで数年間、放蕩(ほうとう)に身をやつしました。その後、彼は画家として有名になり、付け値で自分の絵が売れるまでになりましたが、運命は再びベネデットをヴェニスに引き寄せたのです。

帰ってきたベネデットは、あの女性が滞りなく例の公爵と結婚し、社交界の美しい女王として君臨していることを知りました。彼は、もしどこかで彼女と出会うようなことがあっても、冷淡で無関心でいようと心に決めていました。

しかし、彼女はそれを許しません。一度でも自分の恋の奴隷になった者は、彼女のほうからその相手を見捨てないかぎり鎖を断ち切れるはずはないと信じ、もう一度彼の心を虜にすべく全力を注いだのです。

ベネデットは秘密の情夫となり、彼女との二度目の恋に酔いしれるようになりました。しかし、それが続いたのはほんのしばらくの間だけでした。飽きっぽい彼女は、すぐに新しい恋の奴隷を見つけたのです。

若くて金持ちでハンサムな男が現われ、彼女の美貌を誉めたたえると、ベネデットに再び暇を出したのです。誇りを傷つけられた彼は激しく怒り、嫉妬(しっと)の感情も手伝って彼女を非難したので、公爵夫人のほうはますます嫌気がさし、彼をぞんざいに扱いました。

ある日、二人は激しく言い争ってから別れましたが、その翌日、彼女の屋敷に侍従を遣わすと、もう二度と会いたくない、手紙も侍従もお断りだという、本当に無礼なメッセージが彼女から返ってきました。

二度までも彼女にもてあそばれたという苦い恥辱(ちじょく)と、古びた手袋のように捨てられたという屈辱は、燃えるような激しさをもつ彼にはあまりにもきついものでした。ベネデットはアトリエに戻ると、自分の頭蓋骨(ずがいこつ)をピストルで吹き飛ばし、自殺してしまったのです。

気がついてみると、彼は恐ろしいことに自分が柩(ひつぎ)の中に閉じこめられているのを知りました。彼は自分の肉体を破壊しましたが、墓の中でその肉体が腐り、完全に崩壊するまで、魂は自由になれなかったのです。

腐敗する肉体の分子は、まだ霊魂を包んでいますので、肉体と霊魂の絆(きずな)はすぐには切れません。

その状態は、どれほど恐ろしいことでしょうか?
こんなひどい話を聞いたことのある人がいますか?

自分の霊魂が陥れられている辛い状況に、愕然(がくぜん)としない人がいるでしょうか? どんな犠牲を払っても何とかして解放されたいという欲望をもつようになるのです。もし地上のみなさんが自殺した者に慈悲深くあろうとするなら、その肉体を火葬にすべきで埋葬するべきではありません。

火葬は肉体の分子の速やかな分散をもたらし、霊魂はより速く肉体の牢獄(ろうごく)から解放されるわけですから。

自殺した霊魂は、肉体を離脱する準備ができていません。ちょうど未熟な果実のようなもので、まだその木から落ちるようになってはいないのです。ですから、自殺者はふつうの死者より長い期間、腐敗する肉体につきまとわれます。肉体と魂の連結のリンクが萎(しぼ)んで消え果てるまで、解放されることはないのです。

思わぬ事故や急病で突然に肉体が破壊されると、霊魂は急激な痛みを伴うショックを受けますが、少なくともゆっくり崩壊するときのような、緩慢(かんまん)な拷問にあうことはありません。ベネデットが経験した、長い長い苦悩を味わうことはないのです。

彼は、肉体がゆるやかに崩壊するまでの間、すべての痛みを感じて苦しまねばなりませんでした。ときには意識をなくしましたが、目覚めるたびに霊魂を束縛する肉体の力が少しずつ失われていくのがわかりました。

ベネデットの肉体が完全に崩壊すると、魂はようやく解放されましたが、それでも墓場の上を漂っていました。もはや肉体に閉じこめられてはいませんが、その場には繋がっていたからです。その繋がりも切れると、彼はやっと自由になり、地表の霊界にさまよい出てゆきました。

初めは、彼が見たり聞いたり感じたりする感覚の力は、とても小さなものでした。徐々にその力が回復し始めると、彼は周囲のことがわかるようになり、地上生活のときの情熱や欲望も戻ってきました。その欲望を満足させるための知識も戻ってきたのです。

彼は地上で送った放蕩生活のように、官能的な税楽を得て、悲しみと苦悩を忘れ去ろうとしましたが、無駄なことでした。過去の記憶のほうがそれ以上に彼を捕らえて苦しめたからです。彼の魂には復讐への激しい思いがありましたし、意識を集中すると、地上の彼女の元へ戻ることができたのです。

彼女は年を取っていましたが、それでもなお、何人かの取り巻きに囲まれていました。もちろん、ベネデットが引き受けた運命にもまったく無関心なままでした。その様子を見た彼は、自分がこの女性を愛したことによって、どれほど大きな苦悩を背負わされたかを思い、激怒したのです。

どうすれば彼女をいまの地位から引きずり降ろせるか、犠牲にした者たちの命や愛や名誉よりも大切にしているものを、彼女からはぎ取るにはどうしたらいいか、彼は取り憑(つ)かれたように考えました。

そして彼は、考えつくかぎりのことをやり遂げました。霊は人間が考えるよりずっと強い力をもっています。

彼女は、初めは富を失い、次に名誉を失い、ついには、人を破滅させても意に介さぬ卑劣(ひれつ)な女であることを世間に知られました。

こうして彼女を引きずり降ろし、その見せかけの美しい顔に隠された仮面を引き裂いているのが自分であることに、ベネデットは慰めを感じていたのです。

一方、彼女は、あまりに多くの不幸な出来事が続き、すべてが破滅に向かっていることが不思議でなりませんでした。まるで見えざる何者かの力が働き、彼女を逃れることのできない破滅に追いやっているように感じたのです。

そのとき彼女は、ベネデットが最後に残した脅迫の言葉を思い出していました。
「もしあなたが私を絶望の淵に追いやったら、あなたを道連れにしていっしょに地獄に堕ちてやる」、そう彼は言ったのです。

彼女はベネデットが自分を殺しにくるのではないかと恐れましたが、自殺したと聞いたとき、これですべては済んだと安心し、彼のことはすっかり忘れていたのです。

しかし、いまや彼女は、常に彼のことを考え、気にせずにはおられません。そして彼が墓場から出てきて、彼女のところに現れるのではないかという恐怖に脅えていました。事実、彼女の目には見えないだけで、ベネデットはそうしていたのですが。

そのうちに彼女にも、彼がつきまとっているのが、うっすらと感じられるようになりました。彼の気配は徐々に現実的になり、とうとうある日の夕方、たそがれの灰色の薄もやの中に、彼女はベネデットを見ることになったのです。

彼の恐ろしく燃えるような憎悪(ぞうお)のすべてが、脅すような目つきや顔つきに表れていました。そのショックは擦(す)り切れた彼女の神経にはあまりにも強すぎ、そのまま床に倒れて死んでしまいました。

いまや復讐は成ったのです。喜んでもいいはずなのに、やがてベネデットは猛烈な自己嫌悪に襲われました。
自分のなしたことが恐ろしくなったのです。彼はこのとき以来、嫉妬のあまり人殺しとなったカインの印が自分の額に刻まれたことを知りました。

初め彼は、彼女を殺害し、やがて彼女の霊魂が肉体から離脱したあかつきには、その霊魂を引っ張って行って永遠に苦しめ、責めてやろうと考えていました。しかし、いまや彼の唯一の願いは、自分自身から逃れること、なし遂げてしまった恐ろしい悪行から逃げることでした。


それは、この男の内にある善良な性質がすべて死に耐えたわけではないからです。そして、公爵夫人を死に追いやったときのショックで、復讐というものの真の正体に目覚めたからです。

「その後彼は、地表の霊界から逃れ下へ下へと堕ちてきて、彼のような者に似つかわしいこの地獄の都まで堕ちてきたわけです。もう十年以上、彼はここで過ごしています。私は以前、この場所で彼を見つけました」

律儀な友はこう言うと、さらに言葉を続けました。

「今回ここへ来たのは、こうして後悔している男に対して、どうすれば自分の悪行を償うことができるか教えてあげるためです。いま彼は、あれほど愛し、かつ憎んだあの女が来るのを待っています。

彼女に会って、まず自分を赦(ゆる)してもらい、それから彼女を赦すためです。彼女もその人生が罪深いものでしたから、やはりこの領域に堕ちてきています。彼は彼女との逢瀬(おうせ)に使用したこの橋で、彼女の来るのを待っているのです」

「それで、彼女はまもなくやって来るのでしょうか?」
「はい、すぐにやって来ます。そしてそのとき、この場所における彼の滞在も終わるでしょう。彼は、より高い領域へ自由に行けるのです」

「彼女もまた、彼といっしょにここを去ることになるのでしょうか?」

「いや、そうはなりません。彼女も進歩するために助けを得るでしょうが、彼らの道は全然異なるものとなるはずです。彼らの間には真の(霊的ないし魂の)共通性はありませんから、ここで別れればもう会うことはないでしょう」

私たちはベネデットに近づきました。

彼は、初めは私のことが誰かわからなかったようです。それで自己紹介をしてから、二人してより高い霊界へ行くことができて、そこで再会して、地上にいたときと同じように友として付き合えるならば、どれほどうれしいことでしょうかと言いました。

また、自分も罪深いもので、ずいぶん苦しみましたが、いまは人格を高めるために懸命に歩んでいるところなのだということを簡単に説明しました。

彼は私に会ってうれしかったようです。別れるときには私の手を、気持ちを込めて強く握りしめたからです。それから私たちは、彼を橋の上に残し立ち去りました。
            

(7)地獄の戦争、そして暗黒の王国との別れ

私たちはいま、広大でゆるやかに起伏する平原を前にしています。そこを見渡しますと、二つの強大な霊の軍隊が戦場にて対峙(たいじ)すべく集まり始めていました。

対峙している軍隊の前衛には、ミルトンのルシファーのモデルとなったかもしれないような堂々とした二人の霊がいます。彼らの姿には、ある種の美しさと荘厳さが漂っていて、墜落した地獄においてさえ王としての威厳を保っています。

二人が乗っている戦車を引いているのは、馬ではなく劣化した人間の霊です。
呪われた霊魂の叫び声のように音が轟(とどろ)き、雷鳴(らいめい)のような強大な雄叫びが沸き上がったかと思うやいなや、一挙に闘いの火蓋(ひぶた)が切って落とされました。

彼らは突進して相手にぶち当たり、空中に飛んだり、相手を地面に引きずったりしました。人間のようにではなく、悪鬼のように取っ組み合いながら戦うのです。二人の王が群衆をけしかけるたびに、戦いの形勢は右に左にと揺れ動きます。

すべてに抜きんでている二人の王は、いまや兵士たちが戦うだけでは満足できず、みずからの手で相手を殲滅(せんめつ)しようと考え始めていました。

そして二人の王は戦う軍勢の上に舞い上がり、激しい憎悪をあらわにしてお互いを見据えました。そして黒いガウンを羽のように背中に広げて空中を飛び回りながら、つかみ合い取っ組み合いをくり返し、覇権(はけん)をかけて猛烈な戦いを始めました。


この二つの霊はまったく言葉も叫び声も発しません。それでも絶対に相手を放すまいと必死につかみ合いながら、この死闘に臨んでいました。

そして、ついに一方が負けそうになりました。一方が相手の力のもとに沈み込むと、押さえつけたほうは相手をそのまま運んで行きました。戦場の周囲に広がっている岩山の割れ目には深淵(しんえん)が口をあけていて、そこに敵の王を放り込んでやろうというのです。

目的の場所に着くと、上にいる王は身をよじってしがみつく敵から体を放し、負けたほうをこの恐ろしい深淵に投げ入れてしまいました。

その様子に身震いしながら、再び戦場のほうに目を向けますと、そこではこの死闘の結果を知らない兵士たちがまだ激しい戦いを続けていました。

しかし、じきに勝利した王の軍隊は、敗北した王の軍勢をうち負かしてしまいました。負けたほうの兵士たちは、負傷して動けなくなった仲間を戦場に残して、あらゆる方向に散っていきました。

あまりの残忍さに気持ちが悪くなり、嫌気がして、この場所を去りたくなりました。そのとき、律儀な友が私の肩に触れてこう言ったのです。

「さあ、いまからが私たちの仕事の時間です。あそこに降りて行って、誰か助ける者がいないか探してみましょう。負かされたほうには、こんなことをくり返すのが嫌になっている者もいるでしょうから。私たちの助けを喜んで受け入れるでしょう」

先ほどまで戦場だったところを見てまわりますと、たしかにそこには、打ちのめされ傷ついたまま、とり残された兵士たちがいました。

身悶(みもだ)えしながらうめいている兵士たちの中に立った私は、その数のものすごさに、どこの誰から助けたらよいかわからないほどでした。
積もった落ち葉のように横たわっている者たちを見ていると、私の心はひどく痛んで悲しくなったものでした。

地上でならば、少なくとも苦悩をやわらげてくれる死の静寂と眠りは与えられますし、まだ生きている者には、これから人生をやりなおす希望もあります。

しかし、ここでは、この恐ろしい地獄では、苦しむ者たちを解放するどんな必死も、どんな希望も決して訪れることはありません。絶望的な状態に光をもたらす夜明けがやって来ることはないのです。

彼らに残されているのは、ただこの恐ろしい戦いと苦痛をくり返す生活だけなのです。私は身をかがめ、足元でうめいていた哀れな霊の頭をもちあげようとしました。
その霊体はほとんど形のないほどに粉砕(ふんさい)されていました。私が彼を起こそうとすると、あの神秘的な声が耳の中で響きました。

「地獄にさえ希望はあるのである。でなければ汝は何のためにここに来たのか? 夜明け前は、もっとも暗いのである。そして、このうち負かされた者たちに変化の時が訪れたのである。

彼らが、このようにうち倒され踏みつけられる原因となったものが、今度はこの者たちを引き上げることになるのである。
善に対する憧憬(しょうけい)、および悪から遠ざかりたいと願う心が、彼らを邪悪な業の前で弱くしたのである。

その結果、彼らは負かされた邪悪な権力は失ったが、そのことでより高次の世界へのドアが開かれることになったのである。

だから彼らのために嘆(なげ)くことはやめ、彼らの苦痛をやわらげるように努めよ。そうすれば、彼らは、この領域での死を得ることができ、次に目覚めるときは新しい命をもって、より高次の領域に目覚めることになるであろう」

「それでは、あの暗い深淵に投げ込まれた強大な霊はどうなるのでしょうか?」
彼もまた時が来れば助けられる。しかし、彼の魂はまだその助けを受けるほど十分には成長していない。そのときまでは何をしても無駄である」

こう言ってから声は消えていきました。

横に控えていた規律な友が、疲れた者たちをどのようになだめることができるかを示してくれました。それから、地獄の平原の上にたくさん集まっている星のような光を指して、我々の同胞団の者たちによって灯されたものだと言いました。

私たちと同じように、愛と慈悲の使命をもってこの場所に下ってきた仲間たちが照らす星明りの中で、私と規律な友は懸命に兵士たちを救助したのです。

しばらくすると、無意識の眠りに落ち、静かに横たわっていた兵士たちの上方に、おぼろげな霧が漂い始めました。霧は、しだいに形を取り始め、固くなり、ついには解放された霊魂の形態をとりました。

それから一人ひとり、上方に集まっていた明るく精妙(せいみょう)な霊人たちの腕に抱かれ、救済の待つ上の世界へと連れて行かれました。見上げるうちに最後の一人も連れて行かれ、ここでの仕事も終了したのでした。


5章 さらに輝く国へと新たな旅が続く

(1)探索隊の記録DVDを見る

「あかつきの国」への途上、私たち最下層への探索隊は、「希望の同胞団(どうほうだん)」の正式な歓迎を受け、名誉を讃える祝宴に参加しました。祝宴に参加する前、小さな部屋に入ると新しいガウンが私を持っていました。

それは白に近い灰色で、黄金色の帯と同胞団の紋章がついています。霊界では服の色で進歩の度合いがわかります。

以前より明るい色の服が大変気に入りました。さっそく着替えて大広間に入ると、私の父と探索隊の友人たちが待ってくれています。お互いに熱烈な挨拶を交わし合い、晩餐会(ばんさんかい)を楽しみました。

全員で広間の末席のほうに集まり、何が始めるのか期待して待っていますと、やわらかな響きのメロディが風に乗って流れてきました。

カーテンが滑るように左右に開き、磨かれた黒い大理石の大きな鏡が現われました。静かに明かりが消えて周囲が暗くなり、黒く磨かれた巨大な鏡の表面だけが見えるようになりました。

そこには探索隊のメンバーが映し出されていて、周囲の光景もしだいにはっきり見えてきました。それは、私たちがいましがた去ってきた地獄の光景でした。

目の前に映し出されるドラマを見ているうちに、自分がいまどこにいるのかも忘れてしまい、再び暗い地獄のどん底を放浪しているような感覚になりました。

映像は次から次へと変わっていきます。各グループのメンバーそれぞれの経験が、順番に映し出されました。

最後の光景は、探索隊全員が岩の上に集合して、司令官の別れの講話を聞いている場面でした。眼下に広大な地獄のパノラマが見えるところで、司令官が厳かな調子で語った言葉の一部をご紹介しましょう。

「いま我々が見ている光景は、この大いなる領域、人々が地獄と称する領域の小さな、まことに小さな部分でしかない。大量の罪深い魂を吸い込んでいるこの広大な領域には、それぞれの霊のレベルに応じた数多くの住居と都市が形成されているのである。

しかも、まったく同じ場所は二つとないのである。したがって、ある領域を描写する場合、君らは自分で見て来た場所を表現することはできるが、同じ領域でも他の場所を見てきた者は異なった報告をするであろう。

ところが、何事にも限られた見方しかしない人々は、同じ領域のことなのに、内容が異なるのはおかしい、その報告はまちがっていると言うであろう。

彼らはローマもミラノもヴェニスも、それぞれ異なった都市だが、どれもイタリアに存在する都市であることを忘れている。地球上には人口も民族性も異なる都市が数多くあるが、人間が住む場所であるという点では共通しているのである。

私は君たちに、これまでの探索で見たきた、いかに不幸な者たちにも、人間の胚珠(はいしゅ)が存在していることを注目してもらいたのである。君たちが学んだように、どんなに魂の修業の時間が長くなるとも、すべての者に奪うことのできない希望が与えられている。

どんな者にも必ず、最後には覚醒(かくせい)の時が訪れるのである。振り子が片方に揺れて、いちばん高い地点まで到達すると、今度は戻ってきて反対側の同じ高さに至るように、もっとも低い深みに落ちた者も、やがては上昇するようになるのである。

死んだ後でさえ、地獄の門の内部においてさえ、すべての者には慈悲(じひ)と赦(ゆる)しが備えられているし、希望と愛が確保されている。

また、人の中の不死の精髄は、そのわずか一粒でさえ失われることはないし、(何千年・何万年もの歳月を腐敗生活に明け暮れても無限の時間の中で)永遠に悲惨な状況に置かれることもない。

君たちが地表の霊界に戻るときは、この探索で学んだ真理を公表することを願う。すべての人が希望をもつことができるように、さらにはまだ間に合うのであるから、地上人たちが自分の道を注意深く進もうという意識をもつことができるよう、啓蒙(けいもう)に努力することを願うものである。

地上にいるときに自分の過ちを正すことのほうが、死んだ後よりずっと(何十倍も)やさしいのである」

鏡の中のドラマに応じて音楽は変化しました。悲しい旋律になったり、勝利や休息を現わす旋律になったり、激しい旋律になったりします。そして最後の光景になると、とても優雅で甘い、しかし悲しげな旋律になり消えていきました。

音楽が止むと、すべての映像は終わり、黒い鏡にカーテンが引かれました。私たちはほっとため息をついて、あの暗黒の国を探索する旅がこれで終了したことを実感し、お互いにおめでとうと言葉をかけ合いました。

私は同席していた父に、この音響効果がどのようにできているのか、幻想なのか、とたずねてみました。

「息子よ、いま見たものは科学的な知識の応用だよ。それ以外の何物でもない。この鏡は、薄い金属でできた薄片の束から送られてくる情報を映像として受け取り、映し出すように調整されている。この金属の薄片はとても高感度にできていて、何というかレコードプレーヤー(あなたが地上で見たような)が音波を受け止め保存するように、映像を受け取り保存することができるのだよ。

あなたがあの領域を放浪していたとき、この装置と磁気的に交信するようになっていたのさ。それぞれの冒険の様子は、この薄片の一つに送られていたんだよ。

また各自の感情のありさまは、音楽と文学の領域に通じる音波をつくりだし、同じ音調で振動するのだよ。あなたはこの霊界では、地上人たちがまだ知らない多くのものを見ることができるだろう。

ここでの発明されたものの多くは、時が経てば地上に送られ発明物となって現われる。さてと、あなたはシュロの枝を受け取ることになっているはずだ。あなたたち勝利した者たちに褒美(ほうび)として贈られるのだよ」

このとき広間の大きな扉が開いて、前と同じように我々の大師が入場してきました。大師が天蓋(てんがい)の下の席に座ると、我々一人ひとりは彼の前に召喚され、シェロの枝を受け取り、それが終了すると、歓喜に満ちた聖歌が全員で歌われました。
          

(2)「悔い改めの国」へ

探索から帰った私は、長い休息をとった後、再び地表の霊界での仕事に戻りました。しかし、そのうちにより高く進歩したいという欲求を感じるようになったのです。

ああ、肉体から分離した瞬間に、人の性格や欲望が変貌してしまうと考えるのは、死の向こうにあるもう一つの世界についてあまりにも無知だからです。そしてまた、地上生活でつちかってきた考え方を変えるのがどんなに大変で、霊界に行ってからも長いことつきまとうものかをあまりに理解していないからです。

実際、霊界に来てからの私の性格は、地上にいたときとほとんど同じでした。(霊的に)まちがった考えや(霊的に)偏見に満ちていたので、それを正すために多くのことを学ばねばなりませんでした。

それでもなお、地上の人生で疑うことや不信することを覚えてしまった私は、その習性を簡単に捨てることはできなかったのです。

はっきり言いましょう。あれほどの愛の証があるにもかかわらず、彼女がいつか私から離れてしまうのではないか、地上の男と結ばれてしまうのではないかといった疑念を、捨て去ることができなかったのです。

このことに気づいて私が自虐的になっていたとき、アーリンジマン師が会いに来てくれました。彼は、こんな話をしてくれました。

「この近くに、悔い改めの国と呼ばれるところがある。そこへ行けばきっと得ることが多くあるはずだ。しかしそこでは、自分の過去の過ちがすべてあからさまに示されるし、より高度の知性の目で見ると、その行為がどのようなものだったか知ることになるので、苦痛と悲しみに満ちたものとなろう。

地上からやってきた者たちが、自分の行為の“真の動機”を理解していることはほとんどない。多くの場合は何年も、ときには何世紀もの時を経てようやく知るようになる。悔い改めの国には自分の生涯が映像として蓄えられていて、多くの失敗の原因が、霊的な大気に映し出される。

また、それぞれの生涯を形作る性向も示される。君のように強い心をもち勇気に満ちていれば、自分の魂を拘束している心の性向を見抜き、理解することにより、魂を改善し上昇することができるであろう」

私は、この言葉に応じて、「どこにあるのでしょう、そこに行きます」と答えました。

するとアーリンジマン師は、小さな部屋の窓からはるか向こうに見えていた丘の頂に私を連れて行き、そこからさらに遠くにある広い平地を横切って、その先の丘陵の向こう側にあるという不思議な国へと導いてくれました。

「この路程は長くかかるのでしょうか?」

「いや、長くはかからず短い期間となろう。地上の時間で二週間ないし三週間ほどである。見てみなさい。君がこの路程を早く終えて戻ってくるイメージが見える。霊界では時の流れは、日や週や時間で計られるのではなく、ある出来事が完結するのに要する長さで計られている。

たとえば、ある出来事が起こるとき、その投げかける影が地上にすでに到達したか、まだ距離があるかどうかで、それがすぐに起こるか、あるいはまだ時間があるのかを計るのである。

我々は、地上の基準で計った時間とできるだけ近くなるように、霊界での時の流れも見ようとするのだが、我々のなかのもっとも賢い者でさえ、これを常に正しくは行なえないのである。

このことはまた、地上の人々と交信するとき、予知する出来事の正確な日時をあえて教えないこととも関係している」

私はアーリンジマン師のアドバイスに感謝して別れ、すぐにこの新しい放浪の旅に出発しました。遠くにかすんで見えた丘陵地帯をようやく越えると、眼前には砂漠が広がっていました。木も草も灌木(かんぼく)も、見渡すかぎり緑色のものは何もなく、水もありません。

私は巡礼者のような粗末な灰色の服に身を包んで、もの侘(わ)びしい砂漠を進み、向こうの丘陵まで続くように見える狭い道を進んで行きました。
歩くと熱い砂が私の足に火傷を負わせるので、一歩前へ進むものも辛くて大変でした。

それでもゆっくり進むと、目の前には私の過去に関する映像が現われました。

映像は、地上の旅人が砂漠で見る蜃気楼(しんきろう)みたいに空中に浮き上がって見えました。映像の場面は次から次へと現われては消え去りました。そこには、私が地上の人生で出会い、知り合った人たちが出来てきました。私が彼らに、どんな打撃より強く鋭く堪(た)えがたい、冷酷な言葉をぶつけている場面も示されました。

私は、こうして周囲の人々を傷つけてきたのです。過去の私の何千というくだらない考えや利己的な行動、あるいは長いこと気にも留めず忘れていたこと、正当化していたことがすべて、私の目の前に現われました。

私は圧倒され、ついに泣き出してしまいました。自分の誇りを投げ出し、塵(ちり)の中に頭を垂れ、恥と悲しみの混じった苦い涙を流したのです。

その涙が熱い砂の上に落ちると、小さな花が星のように現われました。

どの花もみな小さくてやわらかく、その中には一滴の露がありました。こうして私が流した涙は、うんざりするような砂漠の中に美しい花を咲かせ、小さなオアシスをつくったのです。

私は小さな花をいくつか摘み取り、記念として胸に飾りました。

そして、また前へと進んで行きました。
しばらく進むと、目の前を歩いている、小さな子供を抱いた一人の女が見えました。

その女の力では子供は重すぎるようで、子供のほうも不安と疲れから泣いていました。私は彼らのところへ急いで近寄り、その子を抱いてあげましょうと申し出しました。

母親はしばらく私の顔を見つめていましたが、やがてその子を私の胸に預けました。可哀想な子供は、私の腕の中ですぐ静かな眠りに落ちていきました。

この子は彼女の子でしたが、地上にいるとき彼女は、あまり愛情を感じなかったと言うのです。そして「本当は」と続けました。

「自分は子供など全然欲しくはなかったのです。子供などどうでもよかったのです。ですから、この子ができたとき、私はとてもとまどい、無視しようとしました。


しかも、大きくなってくるとやんちゃで厄介な子になったので、よく叩いたり暗い部屋に入れたりして黙らせました。
ですから私は、母としてはいつも厳しくやさしくなかったのです。そしてとうとう、この子は五歳のとき熱病で死んでしまいました。

しばらくして、今度は私も同じ熱病で死ぬことになりました。私が霊界に来ると、この子は私につきまとい始めました。

それで、この旅程を取るように指導されたわけです。この子とは離れられないことになっているので、抱いてきたのです」

「それで、この可哀想な坊やに、まだ愛情を感じないのですか?」

「ええ、まだです。愛することができるようになれたとはまだ言えません。たぶん誰か他のお母さんがするように、この子を愛することはできないでしょう。きっと私は、母親になってはいけない女の一人なのです。

母親としての本能に欠けるのでしょう。ただ、子供を愛することはないのですが、あの子にもう少しやさしくしてあげていたらと後悔しています。

子供の過ちを正して適切に育てるよう私を駆り立てるものは、義務感だと思っていましたが、本当は子育てが引き起こす苛立ちの正当化に過ぎなかったのです。

いまは、自分がまちがっていたこと、何がその原因だったのかを理解することができます。でも、この子にいっぱい愛情を感じているとはいえません」

「この子といっしょに、ずっと旅を続けるつもりですか?」

私はそう聞いてから、母から愛されなかったこの子を不憫(ふびん)に思い、キスをしますと、目頭が熱くなり、涙でその子がかすんで見えました。

そのとき私は、地上にいるあの方のことを思っていました。もし彼女がこのような子をもったなら、宝物として、どれほど大切に扱うだろうかと考えたからです。

私がキスをすると、その子は小さな手を私の首に巻き付け、半ば眠りから笑みを浮かべました。その様子に、母親のほうも何か感じるものがあったようで、彼女の顔に安らぎの色が現われ、いままでよりずっと感謝のこもった感じでこう言いました。

「きっとあと少しの間だけ、この子を連れていくことになると思います。その後は母が面倒を見ない子供たちがたくさん集められている、子供好きで世話好きな霊たちがいるところに、この子は連れていかれるでしょう」

「そうなれば、うれしいことです」と私は言いました。

それからしばらく、私と母子はいっしょにとぼとぼ歩き続け、水の溜まっている小さな岩場にたどり着いたところで、座って休みました。ほどなく私は眠りに落ち、気がついてみるとその母と子はいませんでした。

私は再び自分の道を進むことにしました。しばらくすると山の麓(ふもと)に着きました。この高い山は、人間の利己的な誇りや野望が築いたものです。

山を越える道は岩だらけの断崖絶壁の道で、越えていくのが無理ではと思えるほど険しいものでした。歩いているうちに、この山を築くのに、地上にいたときの自分がどれほど精力を注いだのかがわかってきました。

私は恥ずかしい思いで過去を見つめました。真の芸術という名の下に、私よりレベルが低いと思える人たちに躓(つまづ)きの石を仕掛けました。それを霊的に表象しているのが、このたくさんの大きな岩だったのです。

私は、自分にはかなり厳しいほうでした。友人たちの賞讃する声が耳に鳴り響いても、コンクールで最高の賞をとったとしても、つねに最高のレベルに到達せんと必死でした。

いくら努力しても決して満足しませんでした。私は、芸術分野では、自分こそ最高の地位を獲得することが許されている者だと、うぬぼれていたのです。

自分は天才であると思い込んでいた私の目から見れば、ほとんど子供程度の平凡な才能しかもたない、貧相な競争相手でしかありませんでした。

そんな彼らがいくら努力しても、大した意味はないと決めつけ、一切手を貸そうとはしませんでした。

そのときの私は、そういう人たちはちょうど種(たね)のようなもので、今生(こんじょう)では世の中の役に立つほど上達しそうになくても、偉大なる来世では素晴らしい芽を出して、完全な花を咲かせるようになることを知りませんでした。

ところがいま、私の傲慢(ごうまん)な姿を象徴するような高い岩山がそそり立っているのを目にして、私しにはいかに同情という気持ちが欠如していたかが理解できたのです。

私はひどく悲しくなり、激しい自責の念にかられ、私の助けを必要としている弱い者がいたら、いまからでもすぐに援助してあげようと思いたち、誰か近くにいないだろうかと見渡しました。

するとこの険しい道の前方に、岩山を登ろうとして疲れ切り、へとへとになっている若者を見つけました。

彼は、高貴な家柄や裕福な階級を手にする野望のために、大切な人々を犠牲にしてきたのです。彼は岩の飛び出している部分を乗り越えようとしていましたが、すっかり消耗して落ちそうになっていました。

私は彼に向かって声をかけ、すぐ助けに行きました。少し苦労しましたが、彼を引き上げることができました。

私たちが頂上に着き休もうと座ったとき、途中で躓(つまづ)き、鋭い石で体中にひっかき傷ができているのに気がつきました。と同時に、彼といっしょに登ろうと興奮していた私の心から、利己的で傲慢な思いが消え去っていることがわかりました。


どんな才能も、それよりさらに進歩した人物から見れば、小さく些細な存在に過ぎないからです。私は、こうしたことを考えながら長い間山の上にいました。私の助けたあの若者は、すでに私を残して先に降りて行きました。

     
(3)「安息の家」へ

山を降りると、壊れた橋がかけられている峡谷をゆっくり進み、大きな門のあるところにたどり着きました。そこでは多くの霊たちが、さまざまな方法で門を開けて中に入ろうとしていました。


その門は一枚の鉄でできていて、表面はなめらかそうですが、実際はかなり固そうでした。それを登ることも打ち破ることもむずかしそうでした。しかも、扉はしっかりと閉められています。

門の前に立って絶望的になり、ひどく泣いている哀れな女を見たとき、私はさてどうしたものかと迷いました。彼女は、だいぶ前からそこにいて、門を開けようとしたけれどもうまくいかなかったようです。

私は、この女を慰めようとあらゆる努力をし、またあらゆる方法で希望を与えようとしました。
そうするうちに、あれほど固く閉ざしているかに見えた扉がなぜか消え去ってしまい、私たちはそこを通り抜けることができたのです。

すぐに、扉は私の背後で元に戻ってしまいました。その間に、女も消え去ってしまったのです。私が門のことで不思議がっていますと、声が響いてきました。

「あの門は親切な思いと行為の門である。あの門の向こう側にいる者たちは、他に対する親切な思いが、あの扉を押し開けるほど高まるまで待たねばならないのである」

はっとして橋のたもとを見ると、弱々しい老人が体を二つに折り曲げるようにして、立っています。老人は、杖をもってあちこちつつきながら、自分の行く道を探していますが、どうしても見つからずにうめいていました。

私は、老人が橋の壊れた部分が見えずに、そこから落ちてしまうのではないかと心配でたまらなくなりました。

思わず走り寄ると、「無事にそこを渡れるように助けてあげましょう」と申し出ていました。ところが、彼は頭を振りました。

「いやいや、お若いの、橋はまるっきり腐っておるんじゃから、二人の重さには耐えられんのじゃ。構わんで行きなされ、わしは一人で何とかやるから」

「いや、だめです。あなたは弱々しくお年も召されていて、私の爺さまみたいなので、放っておけないのです」

彼がそれ以上何か言う前に、私は彼の手を取って、背中におぶって橋を渡り始めました。驚いたのは、この老人の体重です。シンドバットの老人も問題にならないほどです。私は手でその重たい老人を支えながら、きしむ橋を四つん這(ば)いになって懸命に進み、ようやく真ん中あたりにたどり着きました。

ところが、そこはいちばん危険な場所で、大きな穴が空いていて、二つの折れかかった橋桁(はしげた)をつかむしかありませんでした。そのとき、私の中に、彼を置いて行ったほうがいいのでは? という思いが浮かびました。

それを読んだように、「結局お主は、わしを置いて行ったほうがいいのじゃよ。ここを通過することができるとも思えんし、これ以上わしを助けようとしたら、お主自身のチャンスもなくしてしまうぞ。わしを置いて一人で行きなされ」と老人が言うのです。

けれどそう言いながらも、彼はひどく落胆していて、悲愴(ひそう)な感じさえありました。そんな人を置いてゆくことなど私にはとうていできません。どんな危険を冒してでも、二人でいっしょに渡ろうと考え直しました。

しっかりつかまっているように背中の老人に告げてから、壊れかけた橋桁を片方の手でつかみ、思い切って飛ぶと、向こう側にうまい具合に届きました。

ほっとして振り返った私は、思わず驚きの声を上げてしまいました。この橋には壊れた部分などまったくなかったのです。

しかも私の横にはあの弱々しい老人ではなくアーリンジマン師が立っていて、驚いている私を見ながら笑っているではありませんか。

「フランチェッツォ、これはあの重そうな老人を引き受けるだけ、君が他者を愛することができるかを見る小さなテストだったのである。君はこれから、これまで心に抱いてきた疑念や猜疑心(さいぎしん)を正しく分析し、判断しなければならない。さらばじゃ成功を祈る」

私は、いま眼前に迫る、もう一つの深い谷に向かいました。二つの険しい山の間にあるその谷は、「幽霊の谷」と呼ばれていました。

灰色の蒸気の渦が、丘の斜面を這うようにあちこちに漂っていて、幽霊のような神秘的な形になり、私が歩くとまとわりつきます。

さらに峡谷を通って進んで行くと、この霧の幽霊がますます厚くなりはっきりしてきて、まるで生きているような感じがしてきました。

じつは、これは私の地上人生での下劣(げれつ)な想念――疑念、猜疑心(さいぎしん)、不親切な思いや淫(みだ)らな思いなど――がつくりだしたものだったのです。

私は善というものに信頼を置きませんでしたし、仲間も信頼してはいませんでした。

それは、私があまりに非常な仕方で裏切られたことがあるからですが、それ以来私は、どうせ人はみな嘘つきなんだ、弱い者たちや愚かな者たちだって信頼なんかできない、この世には悲嘆(ひたん)と失望しか見出すことはできない、そんなふうに思うようになっていました。

いまや私は、自分自身によってつくりだされ、成長してできた亡霊たちと戦うことになったのです。かくも恐ろしげで歪められた、嫌悪すべき面貌の妖怪度ども!

彼らは亡霊の群れとなって、黒い大きな波のように私を包み込み、圧倒し、窒息させようとしました。私は何とか自由になろうと身をよじり、うち負かそうと必死に戦いましたが無駄でした。

深く暗い裂け目が私の前に現われ、幽霊どもが追い立てるので、そこへ落ち込むことはもはや避けがたいように思えました。私は最後の力を振り絞って、狂ったようにもがき、彼らと取っ組み合いながら命懸けで戦いました。

しかし、大きさで勝る彼らは私を抑え込み、引きずりながらあの暗い裂け目に突き落とそうとします。私はついに悲痛な叫び声をあげて救援を求めながら、夢中で腕を投げ出しました。

そのとき、私の手が最善列にいた幽霊をつかんだので、そいつを裂け目にふるい落としました。すると強大な亡霊どもは動揺し始めて、風に吹き散らされるように消散してしまったのです。

私は力尽きて地面に崩れ落ちました。そして無意識のまま夢を見ていました。それは短いものでしたが、とても美しい夢でした。

あの方が私のところへ来て、私の下劣な想念を追い払い、母が子供にするように私の頭を胸に抱いてくれたのです。そのとき私は、本当にあの方が私を腕に抱いて守ってくれていると感じていました。

目覚めてみると、まだあの谷にいましたが、幽霊たちは消え去っていました。

目の前にはのどかに流れる川があって、その清らかな透明の水が草地を潤(うるお)しています。起き上がり、その川筋をたどると、木立の向こうに湖が見えてきました。

湖の中ほどには美しい泉があって、そこでは水煙がダイヤモンドのシャワーのように吹き上がり、透明な水面に舞い散っていました。

私が泉に近づくと、縁の薄物を身にまとい、睡蓮(すいれん)の花の冠を頭にした一人の妖精(ようせい)がそばに寄ってきたのです。

彼女は、この泉を守る妖精でした。彼女の努めは、私のような疲れた放浪者を助け、疲れを癒(いや)すことでした。

「地上にいたときは森に住んでいました。そして、ここ霊界で私はとても好きな森に囲まれた場所に住処を見つけたのです」

こう言いながら、彼女は私に食物と飲み物をくれました。そこでしばらく休んでいると、木々の間に道があり、その道は「休息の家」という場所に通じていると教えられました。

感謝の思いを込めてこの妖精にありがとうと言ってからその道をたどりますと、まもなくスイカズラの蔦(つた)でおおわれた大きな建物の前に着きました。

大きな鉄でできた門があり、私が行くとまるで魔法のようにその門が開きました。中に入ると、白い服に身を包んだ霊人たちが出てきて、私を美しい部屋に案内してくれ、そこで休息を取るように言われました。窓からは緑したたる芝生や美しい木々を見ることができ、とても心安らぐ部屋でした。

休息から目覚めると、私は多くの霊人たちがいる明るい部屋に案内されました。砂漠で会った、子供をおぶった婦人もいるのを見つけて、とてもうれしくなりました。

彼女は、以前よりずっとやさしい感じで子供に向かって微笑(ほほえ)んでいて、私を見つけると、あのとき私が助けたことを感謝してくれました。

やがて会食が始まり、霊界の果物やケーキ、シャンペンなど、たくさんの食事が与えられました。すっかり元気を回復した私は、神の慈悲に深く感謝したのです。


(4)敵を赦すという課題

巡礼行きから戻った私は、「あかつきの国」にとどまるようにはなっていませんでした。私の住処はいまは、「朝の国」の領域にあります。そこへは友人たちに付き添われて行きました。

ここ「朝の国」で私は、小さな家をもてることを知りました。二部屋だけのじつに簡素な家ですが、とても大切なものとなりました。緑の丘が小屋の周囲をめぐり、前方には黄金色の牧草地帯が広がる、本当に平和な場所でした。ただ、家のまわりには木も灌木もありませんし、花もありません。

私の努力がまだ花を咲かせるところまで至っていないからです。

それでも玄関には甘いスイカズラの蔦がからまり、その愛らしい香りを部屋中に漂わせています。これは、あの方から私への贈り物で、彼女の変わらぬ愛と真実をよい香りにのせてささやいてくれています。

青く晴れ渡った空からは美しい光が差し込んできましたが、私の目はその光を飽きることなく見つめていました。やわらかな緑の草や甘い香りのするスイカズラも、長いこと暗い場所で放浪していた私には、とても新鮮に感じられ、こみあげる感謝で私の心はいっぱいでした。

愛い満ちた声が聞えてきてそちらを向くと、私の父が来ていました。

何という歓びでしょう! 何という幸福でしょう! 父は、私は地上へ連れて行って、あの方に私の家のビジョンを見せてくれたのです。

何と感謝すべきでしょう! 現在の私の家は、さらに立派なものになっていますが、「朝の国」で初めて自分の家が与えられたときに感じた幸福に勝るものはありません。

霊界でも地上と同様に時間は過ぎていきますし、それにともなって新しい変化や進歩ももたらされます。そこには私の学ぶべきことがたくさんありましたが、その一つでも本当に自分のものにするのは大変難しいことでした。

たとえば、敵を完全に赦すという課題です。それはただ敵を赦すだけでなく、もはや相手を傷つけようとする思いは一切もたず、かえって彼らに善を施してやりたいという気持ちにならねばなりません。

復讐の思いを克服すること、自分をひどく傷つけた者に何か罰が与えられることを願う心を克服することは、私には大変むずかしいことでした。
ましてや、そういう相手に心から善を施すことは、同じくらい、いやもっとむずかしいことでした。

再び地表の霊界で働いていたある日、私はかの憎しみを感じ、復讐を考えた人物のところへ行ってみました。彼の傍らに立つと、二人の間の憎しみはなくなっていないことに気づきました。

すると私たちの生涯の出来事が映像となって次から次へと見えてきたのです。燃えるような憎悪が、夏空をおおう嵐の雲のように映像をかすめさせますが、私は霊的な明るい光に照らされて、自分の過ちがどこにあったかを、相手の過ち以上に、はっきりと見ることができました。

それからしばらくして、再びこの人物の横に立つと、今度は新しい感情が湧(わ)いてくるのを感じました。それは、この人物に対する哀れみの気持ちでした。彼も魂の中では、追いつめられていることを知ったのです。

私との過去を思って、彼もまた後悔の念に駆られていたのです。彼の心に変化が生じ、私に対して以前とは違う気持ちをもつようになったようでした。

二人の間に、これまでになかったやわらかい思いが醸され、自分の怒りを克服する努力が実り始めているのを感じました。憎しみによってできた固い壁が溶けだしたころ、彼を助け、益を与えられる機会が訪れました。私はこの機会を捉え、彼に対する復讐の思いをやっと克服することができたのです。

彼は私の存在にも、私が助けたことにも気づいてはいません。しかし、どういうわけか二人の間の憎しみがなくなってしまったことは感じていました。

こうして生まれた赦しの思いが、二人を長いこと結びつけていたリンクを切断したのです。彼が地上にいる間は、私たちが交わることはもうありません。

しかし、彼の地上人生が終わるとき、私たちの霊魂は相手から赦しを得るために、再び出会うようになります。

そのときまで私たちのリンクが完全に切断されることはありませんが、そこで憎しみのリンクが完全に切断されれば、その後はそれぞれの霊界に向かっていきます。愛と憎しみが魂に及ぼす影響こそ、かぎりなく甚大で永続するものであり、地上の生涯が終わった後もずっと長いことつきまとうのです。

(5)輝く「日の国」へ

私は、空に浮かぶ雲が流れて、さまざまな形になるのを眺めるのが好きでしたが、ようやく入ることのできた霊界の第二領域で、久し振りにその楽しみを思い出しました。ここでは、空にはいつもふわふわした雲が流れていて、ときには虹色になったり、まばゆい白色になったりして美しく輝いています。

友人たちから、彼らの見る空はただ美しく晴れあがるばかりで、雲は全然見えないと聞きました。たしかに彼らの国ではそうなのです。

霊界では、私たちの想念や願いが環境をつくりだします。
私は雲を見るのが好きなので、私の見る空には雲があるのです。その雲は、ときには雲のお城をつくってくれて、私を楽しませてくれることもあります。

「朝の国」で小さな家をもった後、しばらくしてからその雲の間に、あるヴィジョンが現われるのを見ました。

それはとても美しい黄金の門のヴィジョンで、どこか素晴らしい国の入り口のように見え、地平線の上にはっきりと浮かんでいました。

ある日、また空に現われた門のヴィジョンを見つめていますと、父が知らない間に近づいてきて、そばに立ち、私の肩に触れながら、こう言いました。

「フランチェッツォ、あの門はこの領域にある最高のサークルの入り口だ。そして、あの入り口の中で新しい家が、あなたのことを待っているのだよ。さあ、いま行ってあの新しい国が気に入るかどうか見て来るがよい。

私は、あなたも知っているように第三領域に住んでいる。そこは、あなたが行く新しいサークルのもう一段階上のところなのだ。
あなたが近くに来てくれれば、私も訪ねやすくなるのだが。あなたが新しい家に移れば、いつでも会えるようになるだろう」

あこがれをこめて見上げていたあの門を、そんなに早くくぐれるようになると、思いもよらないことでした。私は、父の勤めに従って、それまで住んだ小さな家に、後ろ髪を引かれながらもお別れをしました。

長くいると、どこであれその場所になついてしまうからです。
そして、新しい国へ出立ちました。黄金の門は消えてしまうこともなく、前方でずっと輝いていました。

霊界は、惑星である地球と違って表面が丸くないので、地平線にある物が見えなくなることはありませんし、地と空が最後に出会うようなこともありません。そのかわり、空は頭上にかかる大きな天蓋としてあり、一段階上のサークルは、地平線にある山々の頂にかかる高原のように見えます。

山の頂に到達すると目の前に新しい国が広がり、そこにはさらに新しい地平線と山があります。これが果てしなく続いていくのです。

新しい国に移ってくると、その前にいた場所は下に見えることになります。高台の連続したものがずっと下まである、といえばいいでしょうか。大地の美しさは下にいくほど減少し、最後には地表の霊界(暗黒)が地球を取り囲んでいるのが見えます。

霊界のサークルは別のサークルに、領域は別の領域に溶け込んでいますが、それらの間に磁気バリアーが存在します。

これは、前にも言いましたが、まだ準備ができていない者たちが下の領域から上の領域に侵入しようとするのを、彼らの時が来るまで押し返すためにあるのです。新しい国への旅を続ける私は、ようやく最後の山脈の頂に到達しました。

すると眼前には、美しい「日の国」が広がっているのが見えました。

足元には輝く川が流れ、その向こうにあの黄金の門がありました。湧き上がる歓びを抑えきれず、私は目の前にある美しい川に飛び込んで泳ぎました。

着ている服のことは全然気にしませんでしたが、向こう岸についてから見てみますと、私の灰色の服は消え、かわりに、縁取りのある白い黄金の帯をしめた姿になっていたのです。

私は自分の姿が信じられず、何度も何度も眺めてみました。ちなみに、白は霊界では純潔と幸福を象徴しますが、黒はその逆を象徴します。

私は、感動に震えながらあの美しい門に近づきました。
軽く触れただけでその門が開いたので、たくさんの木が植えられている広い通りに入りました。

そこには花を咲かせる灌木、美しい色合いの植物などが、地上の花よりもずっと愛らしく、薫(かお)り高く咲いていて、言葉では伝えられないほどの美しさです。

私が進んでいくと、熱烈に歓迎してくれるように木々の枝が揺れ、私の上にかぶさりました。私の好きな花々も、挨拶でもするように私のほうを振り向きます。

頭上には澄み切った美しい空が輝き、光が木々の間から差し込んでいます。それは、地上の日光とはまるで違った感じでした。広い道を進んでいくと、父、母、兄弟たちが青春時代の愛する友人たちといっしょにいるのが見えました。

彼らはイタリアの色である赤と白と緑色のスカーフを振りながら、私が進む道の前にたくさんの美しい花をまいてくれました。

また、この国の美しい歌を歌ってくれて、その歌声がやさしいそよ風に乗って流れてきました。私は、あまりの感激に圧倒されそうでした。私のような者には、それは過ぎた、身に余る恵みだったのです。

そして私の思いは、そんな華やかな光景から地上に向けられました。

「ああ、この勝利の歓びの瞬間をともにするこの場所にあの方がいないとは。いまの私の勝利は何物にもまして彼女の愛に負っているのに」

私がこう思うや否や、突然彼女の霊を横に感じました。
彼女は半ば眠り、半ば起きているような状態で、彼女の守護霊に抱かれてやってきたのです。着ているものは霊界のもので花嫁衣装のように白く、水滴のようにきらめく宝石で輝いていました。

私は向き直り、彼女を胸に抱きとめ触れてみますと、彼女は目覚めて微笑みながら私を見つめました。

友人たちに彼女のことを婚約者として紹介しますと、彼女はにっこりと微笑んでいましたが、私がもう一度彼女を自分の腕に抱くと、疲れた子供のように眠りに落ちていってしまいました。

彼女はその肉体を出て私の歓びの瞬間を祝い、ともに分かち合うために、ほんのわずかな間ですが私の元に来てくれたのです。
霊界のこの領域まで来るのは、どれほど大変だったことでしょう! 
守護霊は疲れた彼女を抱き上げ、再び地上の肉体にまで運んで行きました。

愛するあの方が去ってしまい、寂しさを覚えた私のまわりに、友人たちが集まってやさしく包んでくれました。

それから、子供のとき以来見たことのなかった母は、私の髪をなでながら、まるで私がいまだに小さな子供であるように顔中にキスをしてくれました。

この母は、ずっと前に私を地上に残して死んでしまいましたので、私の母に関する記憶は、ぼんやりしたものでした。それでも父が母親の役割も努めてくれましたので、私の母の思い出はそんな父を通して残っていました。

彼らはみんなで、私を素晴らしい館に案内してくれました。
館の壁や、回廊の白くて細い柱には薔薇(ばら)とジャスミンがからまっていました。何と美しい家なのでしょう! 

家の中には広い部屋が七つもあり、それぞれの部屋は私の性格のある面を象徴していました。すべてが私にはもったいないほど贅沢(ぜいたく)なものでした。

この家は、湖を見下ろす丘の上に建っています。湖の水は静かなさざなみをたてさまざまな色の服に身を包んだ幸福そうな霊人たちがボートに乗って楽しんでいます。

湖の向こうには、美しい青と紫の丘や広い谷が見えました。私は新しい家の中から、私がこれまで通過してきた低級領域と、そのサークルのパノラマを見てみました。遠くかすかに地表の霊界が見え、さらにその下には地球そのものも見えます。

あの地球には愛するあの方がいまなお住んでいるし、私の霊界での仕事場でもあります。私は何回も感慨(かんがい)をこめて、その地球を眺めたものでした。

     
(6)新しい同居人

はるか遠くにある地球を見ることができるのは、音楽の部屋からです。その部屋にはさまざまな楽器が用意され、いつでも好きなときに演奏することができます。

また、あの暗黒の日々に集めた宝物、彼女の絵や薔薇の花や手紙もこの部屋にあります。やわらかく愛らしい霊の花でいっぱいの、香しい部屋でした。

その隣は美術の部屋で、美しい絵画と愛らしい彫刻がたくさんあり、熱帯植物でいっぱいの温室のようでした。

この部屋の窓からは、音楽の部屋とは違ったものが見えます。
それは、私がいまいる場所より、もっと高次の国々の景色です。明るいもやを通して塔や山が輝き、それらは紅色から金色、青色、白色などへと変化して見えます。

別の広間は友人たちの娯楽用にとってあります。ここにはテーブルがあり、簡単なものですが美味しいごちそうが準備されています。

果物、ケーキ類、その他にも地上の食べ物に似ていますが少し物質性に欠けるもの、それに以前お話ししたあの美味しい霊界のシャンパンもあります。

さらに別の部屋は、私の生涯を記録したものや私が愛した人物の記録を書いた本や、さまざまなテーマの本で埋まっています。

変わった点といえば、文字が印刷されているかわりに絵がふんだんに使われていて、読むと著者の思想が言葉で理解するよりもずっと簡単に理解できるようになっています。

歓迎の祝宴の後、父と母だけが残り、私を二階の部屋に連れていきました。二階には三部屋あり、そのうち二部屋はここに来て滞在する友人たちのためのもので、もう一つの部屋が私自身の休息用の部屋でした。

その私の部屋に入ったとき、何よりも私の気をひき、かつてないほど驚かされたのは、そこにある寝椅子(いす)でした。

雪のような白い薄物でおおわれ、薄紫色と金色で縁取りされています。椅子の脚にはたったいま天界から降りてきたような二つの大きな天使像が、まぶしいくらい白いアラバスターで彫られていました。

私は父のほうに向き直り、これほど美しいものがなぜ私の部屋に置いてあるのか、また、天使たちがなぜ翼をもっているのかと聞きました。天使は、本当は体から生(は)える翼などもっていないと聞いていたからです。

「息子よ」と、父は話し始めました。
「この美しい像は、私とお母さんからの贈り物だよ。あなたが、あの天使たちの翼の陰で休んでくれたらと考えたのだよ。

つまり翼は、私とお母さんがいつもあなたを保護していることを目に見える形として表したものなのだ。それは天使界の象徴なのだよ。

男性天使は力と保護を表現し、女性天使は純潔と愛を表現している。一方だけでは完全にはならないのだ。

また彼らは、あなたの魂の双子の守護天使を表象していて、翼が広げられているのは霊的にあなたを守っていることを表しているのだよ」

この美しく、愛のこもった贈り物に、私が感激したのは言うまでもありません。正直に言いますと、この美しい家にいても孤独な思いに駆られることがあります。

私は自分の力でこの家を手に入れることができましたが、まだそれを分かち合える相手がいません。
誰にもまして私が必要とするパートナーは、いまだに地上にいますし、悲しいかな彼女が来るには、まだまだ多くの年月が必要です。律儀な友は私より上級の領域にある自分の家にいますし、ハイセンはさらにはるか上方にいます。

私は自分の素敵な部屋に座ってはため息をつき、「ああ、もし誰か話し相手がいたら、誰か同じような魂をもつ者がいれば、自分の心に留まっている思いをすっかりぶちまけることができるのだが」と思いました。

ですから律儀な友の訪問を受け、彼の示唆(しさ)を受けたことはとてもうれしいことでした。彼はこう言い始めました。

「私はこの領域のサークルに、たったいま来たばかりの友人のかわりに、あなたのところに来ました。彼はまだ自分の家をもっていません。


彼は自分よりもっと才能に恵まれた者といっしょに住みたいと願っています。そこで私は、きっとあなたなら彼の仲間になってくれるのではと考えたのです」

「そのとおりです。喜んであなたの友人に部屋を提供したいと思います」
律儀な友は笑って言いました。

「あなたもその人をきっと友人と呼びますよ。あなたも知っている人ですから。ベネデットですよ」

「ベネデット!」私は歓びで思わず叫び声を上げてしまいました。
「あー、それならますます歓迎しますとも。できるだけ早く連れてきてください」

「彼はもうここにいますよ。ドアの前で待っています。彼はあなたが本当に自分を歓迎してくれるかどうかわかるまで、私といっしょに入ってくる気はなかったのです」

「誰も彼以上に歓迎される人はいませんから。すぐ行って連れてきましょう」と私は言いました。

私たちがドアを開けると彼はそこに立っていましたが、その様子は私が最後にあの恐ろしい都で見たときとはずいぶん違っていました。


いまは非常に明るい表情をしていて、着ているものも私と同じで真っ白です。顔にはまだ少し悲しみが残っていますが、それでも表情にはやすらぎがあり、目には希望がありました。

私は、南のほうの国で愛する相手や敬意をもつ相手にそうするように、彼を抱擁(ほうよう)して歓迎しました。

こういうわけで、私の家も孤独なところではなくなりました。一人が仕事から戻れば一方がそこで待っていて迎えてくれますし、仕事上の成功や失敗について話し合うこともできました。


(7)高次の霊領域へ

それは、私が自分の部屋の寝椅子に横になっていて、長い睡眠から目覚めた後のことです。

私の東洋の指導者アーリンジマン師が、はるか高次の領域で、私と交信したがっていました。そこで、アーリンジマン師からの通信を受ける準備を整えると、まもなくまばゆいほどの白い光が私を囲むのを感じました。

すべてのものが私から閉め出されていき、私の魂が霊体から抜け出して浮き上がって行きました。下を見ると、私の霊の衣がそのまま寝椅子の上に残されています。

私は上へ上へと上昇しましたが、私の指導者の強力な意志がぐんぐんと私を引き寄せているのを感じました。霊になってから、これほど自分の体が軽くなったのは初めての経験です。

しばらくすると、高い山の頂上に降り立ちました。ふと気づくと、私の横にはアーリンジマン師が立っていて、彼の声が夢の中のように語りかけてきました。

「見よ、息子よ、ここに君の歩むべきもう一つの苦労の路程がある。地球とその霊領域のパノラマを見てみよ。この地球が進歩するために、君に従事してもらいたい仕事がどれほど重要か見てみよ。

地獄の王国での路程を通して獲得した。君の能力の価値を知るように。その力をもって君は日夜、地獄の攻撃から地上人を守るようになるのである。その仕事で、どれほど多くの地上人を助けることができるか知るがよい」

彼が示す場所に目を向けると、そこに地球を取り巻く霊領域があるのが見えました。気流は、まるで大洋の潮の千満のように波打っていて、その上に何百何千万という無数の霊が漂っていました。

地球に縛(しば)られた男女の霊も見えました。彼らは粗雑な歓楽に身を委ね、罪深い生活を送っています。自分の下劣な欲望を満足させるために、地上人の人体器官を利用している霊もたくさんいます。

そのとき低級の霊領域から、真っ黒な恐ろしい生き物が怒濤(どとう)のように地球に襲いかかるのが見えました。彼らは地表の霊界にいる悪霊の何十倍もの影響力をもつ恐ろしい者たちです。

彼らが群がる地上では真理の光は締め出され、殺人や強盗、残虐、圧政などが発生し、その後には死と悲しみだけが残ります。人は良心の手綱を捨て去り、貪欲と利己主義、傲慢と野望に身を委ねるようになります。

多くの地上人が、彼らの愛する人々を失って悲嘆にくれていました。もう二度と会えないという思いに縛られて、彼らはひどく悲しみ嘆くのです。

しかし、亡くなった当の霊人は、彼らのそばで漂っていて、自分たちがまだ生きていること、死が人から愛する思いや、やさしい願いを奪い去ることなどできないということを必死に示そうとしています。

霊人たちの必死の努力は無駄なようでした。
生きている者は、彼らの姿を見ることもその声を聞くこともできませんし、哀(あわ)れな霊人たちは明るい霊領域に入ることもできません。

地上に残してきた者たちが、あまりに切々と嘆き悲しむので、その愛の絆(きずな)のために、霊人たちは地表の霊界に縛りつけられ、彼らの霊の灯火(ともしび)が陰り消えていきます。その結果、救いようのない悲しみのなかで、彼らは地球の大気中を漂うことになるのです。

アーリンジマン師は、その光景を眺めながら言いました。

「これら二つのグループ、つまり生きている者たちといわゆる死んだ者たちとの間に交信の手段があれば、彼らの悲しみは慰められるのではないだろうか? 

まだどんなに罪深く利己的な者たちであっても、彼らを地獄に引きずり込もうとしている黒い生き物が彼らのまわりにいることは知らされるべきではないだろうか?」

彼が話し終えると、太陽の光のような壮麗(そうれい)でまばゆい光が輝き出しました。それは、地上人たちがそれまで見たことがないほど輝いていました。その光線が黒い雲を散らすやいなや、壮麗な音楽が天界から響いてくるのが聞えてきました。

私は、地上人たちがこの音楽を聞き、この光を見たら、誰でもまちがいなく慰めされるだろうと思いました。しかし、そうではありませんでした。

彼らの目や耳は誤った概念で閉じられていて、この壮麗な光を見ることも、この壮麗な音楽を聞くこともできませんでした。それでも、地上人のなかには霊眼が部分的に開かれ、霊的な耳が完全にはふさがれていない者たちもいます。

彼らが霊界の存在や、その世界の美しさについて話すのを見ました。なかには、それらを地上の言葉でしっかり表現できる者もいました。

霊界の音楽を聞いて、それを何とか表現しようとする者、霊界の美しい光景を見てそれを描こうとする者もいました。
こうした地上人たちは天才と呼ばれる人たちでした。彼らの言葉や音楽、絵画はどれもみな、人の魂を向上させ、その魂を与えた神に近づくのに、とても有益なものでした。

しかしこうした文学や音楽、絵画をもってしても、あるいはどんな宗教的情熱をもってしても、冥土と呼んでいる世界へ行ってしまった愛する人たちと地上人が霊的交流を保つ道は開かれていません。

ですから地上人にとって霊界とは、その境界から誰も戻ってきたことのない、あいまでおぼろげな世界としか映らないのです。

このことは霊人たちにとっても同じで、彼らが地上人をより高次の純粋な真理に導こうとしても、彼らと直接的に交信できる手段は何もありません。

そのうえ、世界がまだ霊的に幼い時代に考え出された誤った理論や考えが、霊界に対する地上人の理解を相変わらず複雑にし、曇らせ歪めているのです。

じつは地球には天使が守っている多くの扉があり、それらをいつも開け放していて、地上人と霊人との交信を可能にしています。

ところが、悲しいかな、多くの地上人は時間が経つにつれて誠実さを失い、地上の歓楽に魅せられてみずから扉を閉めてしまいました。

なかには扉を開けている者もいますが、半開きなので、霊界からの真理の光はその半開きの扉を通過するうちに薄れて見えなくなってしまいます。

さらにもっと悲しいことには、その扉を通して低級領域の黒い邪悪な霊の不純な光線が入ってくるので、天使が仕方なく、その扉を閉めてしまうのです。

アーリンジマン師が、地上人の女性が立っている扉を指してこう言いました。

「見よ、地上を守る霊の鎖が一つ欠けている。行って、その鎖をつくりなさい。そうすれば君の強さが、彼女を強くするであろう。彼女の傍らで隙をうかがっている悪霊どもから彼女を守り、彼女の扉が開いたまま閉じないように導きなさい。次に、地上を囲む戦いを見てみよ」

彼がそう言うので見てみますと、黒い雷雲が地上をおおって夜のようになり、地獄の暗黒の領域から嵐のような轟(とどろ)きが沸き起こってきました。すると、黒い悪霊の群れが明るい霊人たちの群れに向かって襲いかかりました。

悪霊の群れが明るい霊人の群れを押し返しながら地上を席巻(せっけん)し、地表面から真理の光をおおい隠し、光の扉を一つひとつ襲って占領しようとしていました。

不思議なことに、この霊界での戦いが地上での戦いもまた引き起こし、地上では覇権(はけん)を求めて国と国が戦うようになりました。この戦争は世界的なもので、あらゆる国と国民が、富と世界支配に対する恐ろしいほど貪欲な欲望に飲み込まれていきました。

それで私は、誰か光の領域から救いに来る者はいないのか、黒い悪霊どもから地上の支配権を取り戻す者はいないのかと見ていますと、明けの明星のような一つの光が、きらきらとまぶしく輝きながら下へ下へと降りてきて、だんだん大きくなりました。

天界から降りてきた巨大な天使の軍勢でした。天使の軍勢はとても強く、地上になだれ込んで、その壮麗な光の帯で悪霊どもを取り囲み、木端微塵(こっぱみじん)にしてしまいました。
また炎の剣のような光線が、悪霊によって張りめぐらされていた壁を切り裂き、四方八方に散らしてしまいました。

こうして悪霊たちは、天の軍勢によって突き破られ、彼らのいた暗黒の霊界にまで追い返されてしまいました。私は聞きました。

「この輝く天使たちは、いったい何者なのでしょう?」

「彼らは地球の霊領域にある天界の天使たちである。一度は人間であった者たちなので、罪深い人間の苦労や奮闘に同情し得るのである。

彼らもまた、あの最低の霊界において罪の償いを果たした者たちである。はるかなる昔に、罪で汚れた服を悔い改めの泉で洗い清めた者たちであり、みずからの努力によって奴隷の死の灰の中から甦(よみがえ)り、高次の世界へ昇った者たちである。そうであればこそ、罪を犯した者たちが同じ償いの道を歩めるよう支援できるのである」

ここまで見たところで、地球を取り巻く霊領域に関するヴィジョンは消えていきました。そのかわりに星が一つ、私の頭上できらきら輝いているのが見えました。その光線が銀の細い糸となって、地球のあの方が住んでいるところに降り注いでいるのが見えました。

アーリンジマン師は、こう言いました。

「彼女の地球的は運命の星を見てみよ。かくも清掃で純粋に輝いていることか。知るがよい。愛する弟子よ、地上に生まれたそれぞれの魂には、生まれながらにして、その行くべき道が明示されている。


地上の生の糸を自殺行為によって断ち切り、かくして自然の摂理(せつり)を損ない、みずから大いなる悲しみと苦痛の中に身を投げ込むことがないかぎり、その道は全うされねばならない」

「あなたは、すべての魂の運命は決まっていて、我々は運命のなかに漂う麦藁(むぎわら)でしかないとおっしゃりたいのですか?」

「いや、そうではない。大いなる地球の出来事は決まっている。それらは不可避的に、ある時期に生じるようになっている。それは、賢明な守護天使が人間の魂を育成し発達させるために適していると見なしていることである。

しかし、これらの出来事が人間の魂の生涯に影響を与えるか、それらが善と悪の、あるいは幸福と悲しみの分岐点となるかどうかは、魂それ自身によるのである。そしてそれこそ、我々の“自由意志”のもつ特権といえるのである。

この自由意志がなければ、我々は単なる操り人形と成り果てるのであり、我々自身の行為に対しても無責任となる。またその行為に対して、賛されることも罰せられることも、意味をなさなくなるのである。

さて、あの星の話に戻れば、人が宿命の道を最大の努力と善をもって精進し、その魂が純粋で、その思いが無欲であれば、あの星は清掃な汚れのない光線で輝き、魂の道筋を照らし出すのである。さらばじゃ、君が新しい聖業の分野で最高の実りをあげることのできるように」

ここで、彼の話は終わりました。

私の魂は沈み始め、寝椅子の上に残してきた霊体のところまで下降し続けました。自分の霊体に再び入り込むまでのわずかの間、私は意識を失いました。

次に気がついてみると、私は部屋にいて、頭上には、父が言った永遠の保護と愛を象徴するあの美しい二人の天使が浮かんでいるのが見えました。


    
(8)愛する人を持ちながら……

私の務めは果たされました。私の話は、これで終わりです。

ただ、ここまで読んでくださったみなさん、ぜひ言い残したいことがあります。それは、みなさんが、ここに語られた内容をそのごとく受け入れてくださることです。

私のように地上の人間としては一度死んだ霊人が、この地上を再訪する可能性について、みなさんがみずからに尋ねてみてほしいと思います。

私はこの本を通して、教会が「失われし魂」と定めてしまった者が、本当はどんな体験をしたかを示そうとしました。私はいかなる宗教ももたないまま、わずかにおぼろげな神への信仰だけをもって死んでしまいました。

私は霊界での放浪の旅を通して、たしかに神聖で全能である宇宙の支配者が存在することは学びましたが、その方が一人の人間としての形をもっていて、私たち人間がその特質を論議したり決めたりできるような存在であるとは習いませんでした。

また、何らかの信仰形態をもつことより、あらゆる信条の束縛から心を自由にすることが大切であると学びました。どんな(地上的ないし人智的)信仰も、それだけでは魂の成長を助けたり、遅らせたりすることはできないからです。

ある信条が心を束縛し、その洞察力を鈍らし、善悪に対する考え方を歪めてしまうと、思考の自由を失い、偏見をもつことがあります。そして、魂の高身に昇るのに必要な心の条件まで失ってしまうことがあるのです。

いまや、地上の人々も、無限の宇宙が存在し、その宇宙に囲まれて人間は存在していることを自覚し始めました。さらに、この宇宙には多くの神秘が隠されていて、理性だけではとうてい説明できないと自覚し始めています。

人間はもう一度(霊的)信仰の世界へ戻りつつあり、かつその信仰と理性を一体化し、お互いが支え合うことができるようにしようとしています。

信仰と理性は、霊界の二つの異なった思想領域の中心的思考原理なのです。

この二つの思考原理は、当初はお互いに敵対するものとして現われましたが、しだいに一つの人格の中で心を発展させるために協力し合えることがわかってきたのです。

二つが平等に働くとき、心は均衡のとれた状態で存在できるのです。偉大なる発見をした地上の人物たちは、みな道徳的な力と知性の力の両方を均等にもっています。完成した人間や天使と言われる存在は、あらゆる特質が最高度に発達した魂の持ち主なのです。

魂がもっている精神的特質は、それぞれの色の光線をもっています。それらが混ざり合って美しい虹の色合いを形成し、完全な調和をつくりだしています。魂によっては、その知性と道徳性が眠ったままで、その徴候(ちょうこう)すら見えない場合もあります。

しかしそれでも、魂のなかには知性と道徳性が残っているのです。それらは地上あるいは霊界において、いつか必ず完成して花開くようになっているのです。たとえ地球の最低の霊領域で苦労する墜落した魂であっても、罪にもがく極度に退化した魂であっても、再び上昇する道から締め出されているわけではありません。

神の前ではすべての魂は平等です。
一人でも到達できた世界ならば、熱心に努力さえすれば他の誰でも到達できるのです。そういうことを私は知ったのです。それは地上人生を去ってから、私が獲得した信念です。


また、大切な人々を失った方々には、たとえ亡くなった人が地上人生で善と真実の道を生きた後に死んでいったのではなくても、あるいは罪を犯して死んでいったとしても、またみずからの手で命を絶って死んでいったとしても、それでも完全に希望がなくなったわけではないと言いたいのです。

私はいま、地上での生まれ故郷のように明るい国である「輝く国」にある私の家から地表の霊界へ行き、不幸な人々のために働いています。

また、地上で生きている人たちと、いわゆる死者と呼ばれる霊人たちの間で行なわれる霊的交わりを促進するための援助をしています。私は毎日、何時間かは愛するあの方と過ごしています。いろいろな方法で、私はあの方を守ることができます。

ときには、霊界の自分の家でたくさんの友人や放浪時の仲間たちの訪問を受け、楽しい時を過ごすこともあります。多くの愛と友情に満ち、たくさんの思い出に囲まれたこの輝く国で、私は感謝の心で過ごしています。

そして、あの方の地上における巡礼の旅が終わりを告げ、彼女の命の灯火が燃え尽きるとき、ここよりもっと明るい家で彼女を迎え、そこで希望と愛の双子の星として永遠に輝きたいと願い、そんな時がくるのを待っているのです。


知花敏彦先生の総まとめ記事 第1回目

知花敏彦先生の総まとめ記事 第2回目

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身長を伸ばす記事も追記してみました♪

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斉藤なぎさちゃんが大好き♪

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 高身長になる方法・広瀬すずちゃんの横顔になる方法・小顔になる方法・悟りを開く方法・健康になる秘訣・宇宙の真理…など世のため人の為に役立つ情報を書いております。
 貴方の素晴らしい人生のお役に立てますように♪

 30歳を過ぎてから努力で22cm身長を伸ばして195cmになっちゃいました♪
 それと…小顔になる努力で、全頭高が大谷翔平さん級の20.5cmなりまして……純日本人ながら、リアル9.5等身を達成することが出来ました♪

 そのノウハウを全て無償で公開しておりますので、もし良かったら皆様も、小顔・高身長の翔平スタイルになって幸せで喜びに満ち溢れた人生を満喫して下さいね♪ 


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