FC2ブログ
071234567891011121314151617181920212223242526272829303109

date :2019年08月

地球最高級の覚者♪ブルーシャ西村様が新たに明かされた「宇宙の法則」のお話♪宇宙の法則は「完全法則」♪覚悟のある方のみご観覧下さい♪



地球最高級の覚者
ブルーシャ西村様が新たに明かされた「宇宙の法則」のお話

 私が、地球最高の大覚者☆上江洲義秀先生に、唯一匹敵するかも知れないと思っている「ブルーシャ西村様」のブログで、地球最先端の衝撃的な…新事実な素晴らしい内容の記事がありましたので、ご紹介させて頂きます。

 ブルーシャ西村様のブログは、生活系まとめサイトを見ていて、なんとなく気になって、「離婚 カルマ」とかで検索している時に、引っかかって出会えたと記憶しております。

 それでその「離婚 カルマ」の記事が、大変濃密で素晴らしかったので、興味を持って、その他の記事も沢山観覧していく内に、予想を遥かに上回る、最高級の方だと理解するに至ったのであります。

 ここまで素晴らしくて偉大なお方のブログに出会えたことを、大変嬉しく至上の喜びと感じまして、記事でもご紹介もさせて頂き、それからは、記事の一番下の「おすすめスピリチュアルサイトをご紹介♪」にも追加させて頂きました。

 今回、「覚悟がある人のみ」の方の記事は、光の求道者の方々でしたら、特に問題は無いのですが、精神世界・悟りの知識・等をあまり知らない方々は、リンク先へ行くのは止めておいたほうがいいかと思われます。

 「知って犯す罪は重い」と知花先生も仰っておられます。ブルーシャ西村様も、全く同じ意味で前半、覚悟を促す感じで説かれておりました。

 真理に「反発心」を持つことが非常に良くないという事が、「知って犯す罪は重い」という事に繋がるみたいです。その他にも多少ありますが…。

 ですが、前半だけなら初心者でもご観覧して頂いても大丈夫です♪
後半は、人類に初めて明かされる…知るともう戻れない(汗)衝撃の新事実が載っております。ドキドキ♡ドキドキ♡

 少しヒントを申し上げますと、ブライアン・L・ワイス博士、「生きがいの創造」の飯田史彦さん…(ノ∀`)アチャー…(ノω`*)アイタタタタ・・って感じでしょうか(笑)

 もちろん悪気はなかったのでしょうけれども……間違った事を広めるのはよろしくないという…、お二人が許されているといいのですが……。

 甘いスピリチュアルがよく言う、自分で好きな人生を選べるとかは、どうも違うみたいです。ここまで言っちゃうと分かっちゃったかも……(苦笑)

 宇宙の法則は「完全法則」と、上江洲義秀先生がいつもご光話で説かれている通り、まさに「完全」なのです。

 それを、ブルーシャ西村様は、世間一般に知られている「スピリチュアルの間違い」としてご指摘されており、慎重に言葉を選びながら、真実を記載して下さっております。

 あっ…でも、知花先生や上江洲先生に熟知しているお方でしたら、すんなり理解出来、反発心も起こらず大丈夫じゃないでしょうか。
 フワフワした…甘いスピリチュアルしか知らないような初心者の方は、知らないほうがいいかも…そんな内容で御座います。

 最後に、こんな人類に有益な最高の内容を、無償の愛でお伝えして下さる、偉大なる覚者・ブルーシャ西村様に心の底から感謝の気持を申し上げます。

 西村様は、本当に人類にとってかけがえのない尊い存在であり、またブログが
地球最高レベルの奥義的内容だと、改めて思った次第であります。

 リンク先の新事実について、受け入れられる器のある魂の方のみ、真理を素直に受け入れる覚悟がある方のみ、ご観覧下さいませ。

 ではでは、覚悟のある方はリンク先へどうぞ♪いざ、真理の新たな叡智の扉が開かれる人類未体験ゾーンへお進み下さい♪



覚悟がある人のみリンク先へ♪「神の法則」観覧注意!!
https://plaza.rakuten.co.jp/bruixanishimura/diary/201908210000/
https://plaza.rakuten.co.jp/bruixanishimura/diary/201908210000/

覚悟がある人のみリンク先へ♪「神の法則」の続編です♪

ブルーシャ西村様の「空海」様から指導されたりした異次元秘話
https://plaza.rakuten.co.jp/bruixanishimura/diary/201908290000/
https://plaza.rakuten.co.jp/bruixanishimura/diary/201908290000/


知花敏彦先生の総まとめ記事 第1回目

知花敏彦先生の総まとめ記事 第2回目

FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪


オススメスピリチュアルサイトをご紹介♪
スポンサーサイト



宇宙には愛は一つ♪人間の本質は即大愛♪我は大愛なり♪全ての根源は神♪悟り・神我♪知花敏彦師♪色心不二・色即是空の究極の極意♪無形・無色の本質、原因の原因が神です♪見えないものこそが命をまとった本質です♪本物覚者☆上江洲義秀先生♪神人合一♪心の本質は慈悲と愛の塊♪真の反省で神我顕現♪高橋信次師・園頭広周師♪奇跡の法則は、創造物の本質が光であることを真に悟った者ならば誰でも運用できるものです♪悟りに♪



 今回は「本質」にフォーカスしたまとめ記事をご紹介させて頂きます。予想以上に良い内容に出会えて感動しちゃいました♪
 私自身、存在自体忘れている感じで、すっかり忘れていた記事もありました(笑)。

 ネット上でも言われているようですが、
最近は、色々なネットサービスが終了している関係で、有益な悟りの情報をまとめているサイトが消滅しつつあるようです…(´;ω;`)

 ちなみに、この記事はじめの部分の内容の元サイトは、消されておりました。
あまりの素晴らしい内容に、コピペして記事にしていたのですが、そのお陰で助かったようです。

ささやかながら、このブログがその代役を務める事が出来れば幸いで御座います。



ヒマラヤ聖者が語る「神我」覚醒への道

光とヨギ(現代インドの行者)-------------------------
 ヒマラヤ聖者-----エミール 180才 延髄から体内に光を吸収し、それを原子転換し、あらゆる栄養を造り出す。  祖父600才    
 ババジ-----現代インドのヨギ


 インドのギリバ------60年間一度も食事をとらない。一睡もしていない。
 光のエネルギー(Photon 永遠の光)、太陽のエネルギーを直接体内に吸収し、食物代わりとする。


 植物は光のエネルギーを用いて、光合成する。動物はそれを食べる。

間接的に人は光のエネルギーを取り入れている。


 エミール師らは光のエネルギーを延髄から直接体内に吸収し、

体内で光合成しタンパク質や脂肪を自由に作り出す事ができる。


 また光を直接物質化できヒマラヤ山中に宮殿を物質化する。  

「ヒマラヤ聖者の生活」に詳しい。


 太陽に背を向けて息を大きく吸って止める(第一チャクラ以外は入り口は背中側)。口の中でモグモグと噛み首筋から入れた光エネルギー  を吸収する。

質量=エネルギー。質量が無限大のものだけが光速に匹敵しうる。   
自己の肉体や物質を意のままに解体(エネルギー化)し、光速で移動したり再び物質化(物質化現象)したりできる大師達は、このアインシュタインの法則を満たすだけの条件を備えていて質量が無限大なのだ。


完成の域に達したヨギの意識は、もはや一個の肉体に閉じこもることなく、

 いつも宇宙全体と一致している。

重力がニュートンのいう引力、アインシュタインのいう慣性現象であるにせよ大師達をほかの全ての物体のように重力的に拘束する事はできない。


自己を偏在の霊(意識エネルギー体)と認識した者は、もはや空間と時間の枠にとらわれた肉体という物理的条件に隷属する必要はなくなる。

三次元的な万物をつないでいる鎖は「我は彼(創造神)なり」という意識によって溶解してしまう。


「神が光あれというと光があった」。根元界無元界の意志が宇宙創造の原初に万物の構成要素であるフォトン(光)を創った。この非物質的媒体の上に計画された一切の宇宙現象が具現化されているのである。

完全な瞑想によって自己の意識を創造主の中に融合させているヨギは、

宇宙の本質を光(生命エネルギー波動)として知覚している。


物質的意識を完全に脱して、三次元的空間と四次元の時間から解法された大師は自己の肉体を地水火風いづれの光の中でも等しく容易に運ぶ事ができるのである。

あなたのもう一つの目が機能すれば、あなた自身も光に満ちているのを自覚するだろう

物質や重力に関する一切の幻覚は、解脱に導く霊眼に長時間精神を集中する事によって、打破できる。ヨギはこうして宇宙を創造主が創った時の姿のままで、すなわち本質的には光の像として認識できるのである。


視覚像とは網版画と同じ原理で作られる。つまりそれは目で判別できないほど小さな点が集合して画像を形成していて、


網膜の感度がきわめて鋭敏なので、微量な光(可視光線)でも視覚に捉える事ができる。(Harbard univ. Prof Dlawland)


奇跡の法則は、創造物の本質が光であることを真に悟った者ならば、だれでも運用できるものである。


光の現象のからくりを会得している者は、その神智によって、偏在する光の原子を即座に可視的現象として映し出す事ができる。


そしてその像はこちらの想像力によって思い通りに変化させる事ができる。
人は夢意識状態になると昼間自分を取り巻いていた自我意識による偽の束縛から解放され、心の全能性が復活する。


そして昔死んだ友人や子供時代の情景、遠い国々の景色を甦らせることができる。

★死の恐怖からの解脱--------------------------------------
 キリストのヨーガとは解脱である。解脱はあらゆる偽物、あらゆる「自分=己=自我」を知り尽くした時に生ずる。なぜなら、それらは皆 同じものだからである。


この「自分=己=自我」なるものが正しく見れないと、そしてまた、無知にして、それ自身の様々な希望や欲望の中にとらわれていると、何度も何度もそれを克服しようとして努力する事になる。


それがかえって解脱を不可能にする。しかし正見してしまえば克服は不要となる。


『自分』とは 記憶、経験、思想、想念そのものに過ぎない。


たとえどんなに自分の思考過程を置いても、依然としてその思考過程なのである。やがて死がやってくる時、その思考過程(それが君らそのものだ)が終焉となる事を恐れている。

あるいは、死後も何らかの形で生き続けて、次の生に戻ってくると信じているかもしれない。これは君の信仰の一つの現れに過ぎない事がわかるだろう。

これは君らの心の過程の一部なのだ。私は死後の世界がないと言っているわけではない。単なるその観念だけでは完全な把握ではないのだ。


「生命、霊的エネルギーは明らかに持続させることはできない。なぜなら、それは心を超越し、時間を超越しているからだ。持続とは時間すなわち昨日、今日、明日を意味する。


従って時間のないものに持続などあるはずもない。時間に属する物のみに持続はあるのだ。久遠にして常在なるものには初めもなければ終わりもあるはずがない。ゆえに持続はない。」

三次元世界も本質的には時間も空間もない、ただエネルギーの塊なのだが、それが意識の力で分かれているだけの状態に過ぎない。


「自分は霊的実体であると思うのは心癒む思いではあるが、それについて考えるうちは時間にとらわれてしまっている。


時間とは相対的なもので、無時間なるものは相対を注嗚咽しており、ゆえに時間に従属しない。そして知られざるが故に『知られているもの』には従属しないし。従って『知られているもの』として表現される事はありえない。」


「君が持続したいと願っているものは、君の知っているところのものばかりである。

 君の抱いているのは単に君の思考、感情であって、それが君の持続させたいと願っているものなのだ。それというのも君が、それ以外のものを知らないからだ。」


君が『知られざるもの』を知らない以上、明らかに君が持続させたいと願っているのは『知られているもの』である。


それがなくなってしまうのを恐れている。それが死への恐怖なのだ。その為、自己を持続したいとの思いから理想郷を創造し、生ける現在を生け贄とし、常在の真我への自覚を妨げ希望に生きる。

ところが、持続するものが終わった時に初めて実在が現前するのである。しかし君は死を、死ぬことを恐れる。


持続するものは明らかにそれ自身を更新する事はできない。瞬間より瞬間に渡って常在するもののみが、瞬間より瞬間に渡って再生し更新する。その中には何らの過去も未来も善も悪もない。


自分が蓄積してきた一切のもの(経験、体験、信仰、観念、望み-----)への執着を完全に棄てる事(諦観)が困難な生き物が人間なのだ。

君らの知っているものを使って『知られざるもの』を開示したり理解する事はできない。


君らの知っているものは、時間に属しており、時間なきものを表現できない。
風が止むと湖面が鏡のようになるが、心の問題がやんだ時、創造する実在が顕現する。


私の自我は零である。ゆえに私は全てである。
実在と分離なきがゆえに。



★意識エネルギー-------------------------
 光速で移動する物体の質量は無限大なので、重力の拘束を受けない。
 それらは、時空間という物理的条件の拘束すら受けない。というのは量子力学的には、時間は空間の一形態に過ぎないから。


 モナド意識になると、神をも含めた万物の正体、本質が光(Photon)そのものである事を知る。


 但し、それは意識のあるエネルギー生命体であり、我々が一般に考える物理的な光とは概念が違う。


 それを自覚できれば、以後そのように振る舞ってくれる。例えば、肉体や物質を意のままに解体しPhoton化し光速で移動でき再び物質化し、
 再現できる。 世界中のシャンで、それが可能な人達がいる。
  


 人間は胎児の時期は子宮を通じてエネルギーの一形態としての振動、音、温度を感知しているが、視覚では感知していない。


 従って、生まれた時は何も見えない。視覚神経、目の組織はすでに完成されているというのに!


 (医学的には、目から脳、脳内の視覚野などの連絡(シナプス)が未完成だからと説明している。)


 意識するとそう見える事を親や周囲の出来事から学習している。
 そういった意味では「人間は経験した事や理解した事しか感知できない。」


 また、殆どの場合、ヒラメキ、直観、インスピレーションと言われる考えが浮かぶ(=感知できる)のは、その直前まで知識や技術が成熟して  いる事が条件のようです。 目標設定、ビジョンを明確にして、可能な限り情報を収集する、鍛錬する。


  →次の段階のインスピレーションが来る。
心は、それ自身を造り上げているものだけを栄養として生き得るだけで、その栄養源がすなわち単なる観念、言葉、信仰などである。


心が自らの愚かしさに気づかないと、心は心をかき立てる様々な問題を創りだし、心それ自身が問題である事がわかるまでは、すなわち心自身と、その動きがわかりだすまではおしゃべりを続ける。



未熟な心は、いつも問題を創り、それを心自身のレベルで解決しようとする。

しかし、それは更に問題を創り出すだけで、かくて決してやむ事のない終わり無き因果の連鎖が生じる。 

それが止むのは、いかに心自身が、この状態の原因となっているかに心が気づき始めた時のみである。


政治屋、学者、ドグマ者(唯我独尊主義者)、及びあらゆる主義者、宗教の信者達は、全て未熟な心の産物である観念、信念、常識、知識に追従しているに過ぎない。


我々は自分で考え始めた時、初めてこの催眠状態から目が覚める。世界中のあらゆる本は、この目覚めへの助けとはならず、妨げとなっている。


これらの言葉や本は既に洗脳されている心に栄養補給しているだけである。つまり自分が納得できる本を選ぶ事で、洗脳されている状態を確認して安心し、あるいはその信念を強めたがっているのだ。


故にそのような心は決して創造する事はあり得ない。

自我があると、そこにはいつも軋轢が伴い、心が相反する事の間で揺れ動いているはず。


自我を棄てると出口のない考え(エンドレスマインド)、ゴミくずのような些細な考え(サイキックマス)が消える。 


心が静かになって初めて創造する状態が生まれる。創造性は創造されるものではない。始めから実存しているのだ。

自我自身を表現しようとする欲望、何かに到達しようとする努力(それは矛盾を生み出すだけだが)を正見した時、初めて創造性が働く。


真理、思想などについて、様々な書物があるが、よく観察すれば単に心の中で造り上げられた観念に過ぎない。心の中で造り上げられたものは真理ではなく、単に真理に関する観念に過ぎない。



確かに心は集中力とヨーガ実習で驚嘆すべき不思議な業ができるようになるが、そこに働いている力も自我に過ぎない。


自我(=わたし、心)を創り出しているものを理解する事によってのみ、真実は開示される。


自分に起きる様々な出来事は全て自我の投影に過ぎないし、自我すら実は幻影なのだという事を悟った(実感できた)者だけが、夢から覚める事ができるのだ。

これで“わたしの心”と思っているものの基礎は過去の体験、記憶そのものであり、それは今、条件反射のみで考え動いているに過ぎない。


つまり新しい(と思っている)事に対する反応は、常に古い記憶を基にした決まった反応をしているだけだ。


この古い記憶をもって新しいものに対応するという繰り返しでは、新しいものを理解する事はできない。


実在、真理は、古い記憶を棄てて、何のとらわれもなくなっても理解する事もできない。

「わたし」という自我の正体=感情記憶(歓び、楽しみ、悲しみ、恨み、嫉妬----)そのもの


事実の記憶は社会生活を送るうえでなくてはならないし、それなくしては意志の疎通もできない。


また、感情記憶は人生の刺激を倍加させる為に必要なもの。
これを肯定し人生を楽しむのも良いし、真理の深淵を垣間見るために、時々、敢えて棄てるのも個人の自由だ。

この記憶の正体を知るには、記憶が何であるかを正見しなけれべならない事がわかった。

それを正見すれば、もはやそれは「実在」を悟る障害にはならない。悟りには『昨日』からの反応があってはいけない。

この至福の状態がどれだけ長く続いたか、私は知らない。私が知ったのは、私が創り出したものではない静けさ、法爾として、自然に生じた沈黙だけであった。その中に久遠なる創造性そのものがあった。


いかなる言葉もこの状態を説明できない。 


『我』は、既に大いなる『神我』(IAM、AUM)の中に融合していた。
親なる根元、無限、神々が想像してきた宇宙万物である。

自我は無である。それ自体は何ら力はなく、何も成すことはできない。つまり「自我」は「神我」の仮想感覚に過ぎない。 

それを理解すれば「なんと馬鹿馬鹿しい事をしていたんだ」と、あらゆる苦悩は全て止んでしまう。(楽しい思いは別だが)

「創造されないもの」のみが、創造している世界。
自我(私の全ての思想想念、過去の心象記憶)は、全体から仮想的に切り離された個性として振るまい、仮想的な感覚(感情)を『神我』に提供し続けているだけ。

自我が、それ自身の呪縛から解放されると、『神我』が自明となる。


この感覚は、その気になれば、それについて何百万語にも書き連ねる事ができるだろうが、それでさえ、心の造り出すいかなるものをも超越した「実在、神我」の正体を見たという法悦を表現できるものではない。





この宇宙は慈愛に満ちた世界だということを忘れないでください。
宇宙はあなたの味方です。

自分の不調和に満ちた世界にとどまらず、宇宙の調和とともに生きることを決心した人には大宇宙のあらゆるエネルギーがその人を助けるために集まってきます。
宇宙は、あなたが孤独な殻に閉じこもっていることを望んではいません。
宇宙は、あなたが創造のパートナーとなることを望んでいます。
                                                    バーソロミュー


質問:霊性の高い人とはどういう意昧か、説明してくださいませんか。

霊性が高い人の真の特徴は、人生が人間の限られた知性ではとても理解できないような不可思議、神秘、
宇宙が命(大愛)に満ち満ちていることを理解し、ただただ感謝と喜びに満たされ、すべてを受け入れる(許し愛する)心を持つにいたった人です。

自分自身を「霊性の高い人」と決めつけることが問題なのは、そうするとすぐに、霊性の高い人は何をして、何をしないかと、リストを作り上げるからです。

それから何年もついやして、自分の作り上げたイメージに自分をはめこもうとします。しかし、これも最終的にはよい結果を生みます。

というのは、この方法を長い間続けていると、ついには自分の霊性を高めるために必要だと思っていたことは実行できない、という結論に達するからです。

もちろん、愛情にあふれて思いやりに満ちるときもあるでしょうが、同時に、怒ったり、恨んだりするときもあるわけです。

自己憐憫におちいるかと思うと、自分が大胆で、強くて、パワフルだと感じるときもあります。

こうして次々と展開するさまざまな状態を、すべて経験しながら学んでいくのですが、最終的には、真の霊性の高さとはどんなものかを理解することはとてもできない、という境地に達します。

頭で理解することはできないのだと悟った瞬間、慈しみの心と、無力感もしくは絶望といったふたつの異なる感情で満たされます。

自分の悩みを誰も完全に理解し、克服することはできないのだと悟った人に、他人を裁くことなどどうしてできるでしょうか

自分が調和のとれた精神を二十四時間いつも保つことなどできないことがわかると、それを他人に期待するのは無理だと悟ります。
そこで、他人に対する思いやりの心、慈しみの心が生まれてくるのです。

同時に、「全く望みなし」という感情が生じます。ずっと以前、私が「望みなし」の状態が好きだと言ったのはこういう理由からです。

「望みなし」の状態というのは、絶望に打ちひしがれているということではありません。
私の言う「望みなし」の状態にある人というのは、人生を理解することなどできないという、基本的叡智にやっと達し、抵抗をやめた人です。

理解しようとすると、自分で自分に頭痛の種を作るだけです。
誰かに傷つけられると、過去世で他人を傷つけたからそのカルマ(業・因縁)でこうなったのだろうかと、クヨクヨ悩む人がいます。
どうしてそんなことがわかるのですか。

また、たとえそうだとしても、それがどうだというのですか。
過去世で他人と問題を起こしたことを知ることが、その人の精神生活の助けになるでしょうか。

それを知ることでその人の心の傷が癒されるとは、少しも思いません。
自分の現在の行動を正当化するのに過去世を利用できると、頭の痛みは少しはおさまるかもしれません。

けれども、そうすることでその人の気持ちがよくなるでしょうか。
頭で何かを理解したと思った瞬間、頭はその行動に理由づけをし、それで解決した気になります。
そして、その人はもうその問題を考えようともしなくなります。

自分に正直な人であれば、他人から傷つけられることは何度も何度も起こることである、と認められるはずです。
人生の基本的真実を心の奥深くで理解すると、他人からまた傷つけられるのではないかと心配する必要がなくなります。

そしてその真実とは、「あなたの人生に関わるすべての人、世界中すべての人は心の平安を求めている」ということです。

他人を傷つけてしまったり、他人から傷つけられたりしたときにも、その行為は決して意図的なものではない、ということが理解できると、心の平安を求めることの助けになります。

※本質的(神我)には、誰も他人を傷つけようなどと意図していないのだということが理解できますか。(※神・大愛は完全であり絶対善です

人は、憎しみや悪意や悔恨(かいこん)から他人を傷つけるのではありません。無知と怖れ(分離感・自我・偽我)から人を傷つけるのです。

自分の頭で物事を理解しようとすると、何もわからなくなります。
誰かを前にして、あなたは自分とその人との関係を何とか頭でわかろうとします。

こういうことを、自分の子供や自分の親に対してやっています。
理解できれば、もう傷つけられないですむ、と自分にいつも言いきかせています。

いいですか、よく聞いてください。
頭で人生を理解することはできません。人生はそんなに単純ではありません。自分で思うほど、あなたは単純ではありません。
あなた(の本質)は途方もなく広大無辺な存在(無限宇宙・神そのもの)だと、私は何回もお話したでしょう?

人がこのように広大無辺な広がりを持つ存在ならば、果たしてちっぽけな人間の頭で、自分が今自分の人生でしていることの意味や理由、他人の行動の意味や理由を理解することがいったい可能でしょうか。

「頭(表面意識・マインド・自我)で理解しなければならない」と言う人は、自分が広大無辺な存在(神)であることを否定しているのです。

したがって、霊性の高い人とは、理解の域に達しようと何年も苦心惨憺(さんたん)した人です。
あらゆる種類のヨガをやり、禅を学び、何でもやってみた人です。
そして最後には、「私とはこういう私(宇宙意識・大愛・神そのもの)なのだ」ということを(ハートで)理解するのです。

求道の結果、健康になったかもしれませんし、ならなかったかもしれません。菜食主義になって、病気になった人もいれば、それで健康になった人もいます。

「広大無辺性(無限大の宇宙)」に法則を当てはめることはできません。
広大無辺性に法則を当てはめようなどとするのは、ばかげたことです。

それはまるで、海辺に立って両手を広げ、
「波よ止まれ。なぜ浜辺に波が打ち寄せるのかわかった。だから私はここに立って命令する。波よ止まれ」というようなものです。
不可能なことです。

弟子として深遠な教えを学ぶときに、人は「老師やグルは、自分の知らないことを知っている」という考えを持ちます。

そして、自分が十分向上し、十分瞑想し、十分苦行に耐え、完全に自分を捨てることができれば、師が悟りの秘密のカギを与えてくれるだろうと期待します。

仮にこれが本当だとしてみましょう。師は知っているが、あなたは知らない、師はカギを持っているが、あなたは持っていない、とします。

では、あなたが悟かどうかを決めるのは誰ですか。
あなたですか、師ですか。師があなたを気に入らないとしたらどうしますか。

師があなたのシャツの色が気に入らないとか、あなたが土曜の夜していることが気に入らないとかしたらどうしますか。
師は、あなたが悟りの境地に決して達しないようにすることもできます。

あるいは、この師がたまたま批判的な性格であれば、あなたにはまだその時期が来ていないと言うかもしれません。来世でもう一回やり直せと言うかもしれません。三回転生してから出直してこい、と言うかもしれません。

そうされても、自分は強くてパワフルで、覚醒の可能性を自分の手に握っていると思うことができますか。

私はそうは思いません。今度は、秘密を握っているのは師ではなく、自分(裡なる神)だと感じているとします。
カギを握っているのはあなたなのですが、しかし、困ったことに、カギがどこにあるかわかりません。

どうやって探したらいいでしょうか。
今度は、今までと同じことを自分に対してすることになります。

もっと蔵しい戒律の生活をしたら、断食をもっとしたら、瞑想をもっとしたら、本をもっと読んだら、そうしたら、自分自身に秘密のカギを与えようというのです。

ここでもまた成功不可能な状況を生みだしています。
つまり、自分自身に対して隠していることを、自分に教えるように自分に頼んでいるというわけです。こんなことが意味をなしますか。
私にはそうは思えません。

このような態度は、問題を取りちがえている結果から起こっています。
問題は、あなたが何かを知らないということではありません。

問題は、何か見つけなくてはならない、あるいはこの瞬間以外に何か必要なものがある、とあなたが考えていることなのです。
あなたは、自分に何かが足りない、何かが欠けているといつも思っています。

このような直線的思考をつづけるならば、何度も転生して秘密のカギを探しつづけるはめになるでしょう。

あなたのエゴは、土曜の夜の乱痴気パーティーを全部おぼえているので、そんなに罪深い人間は秘密のカギを子に入れるのにあと三年は待たなくてはならないと思わせます。

エゴはいつも、「心配するな。悟りはすぐそこだ。もう少しがんばれ。
すばらしい人が現れ、その人の話を聞いたら、悟りの境地に達せられるから」とささやきつづけます。

誰かから与えてもらわなくてはならないと思っている限り、悟りの境地に達することはできません。それでは求める人になってしまいます。
前にも言ったようにあなたは求める人か見つける人のどちらかなのです。

求める人は求めつづけます。
見つける人は「悟りを理解することはできないし理解する必要もないしそれそのものを生きるしかない」ということを悟ります。

私が話したいと思っている、たったひとつの神秘とはこのことです。
何度もくり返しますが、これがまさにそれなのです。
一瞬一瞬を生きるという生き方がそうなのです。

人生はもっとよくなってはいきません。
自分自身に対する最良の贈り物は、人生はこれ以上よくはならないという事実を受け入れることです。どうかわかってください。

「この瞬間」こそが、「神なるもの」の姿です。
未来のあるときを待ちつづけていると、「明日」や「いつか」を次々に生みだしていくだけです。

今日こそが毎日です。
今日こそがすべての日です。
今日こそがその日なのです。

求めるのをやめ、「これ以上頭を使うことはできない。体をこれ以上きたえることもできない。できることはすべてやった。できる限りの努力はした」

と納得し、今やただ自分の無力を感じる――そう言った瞬間、心からそう思った瞬間、エゴは抵抗を捨てます。

求道ゲームを演じるようにしたのはエゴですから、勝てないとわかったときに「死ぬ」のはエゴです。
この真理があなたの意識に入った瞬間、エゴのパワーはなくなり、あなたをかり立てるのをやめ、あなたの人生を試すことをやめます。

エゴは素直に抵抗を捨て、降参します。
本当のところ、エゴは決して死ぬことはなく、ただ降参するだけです。

エゴが最も好きなゲームは、霊性を高めるゲームです。
このゲームは、自分のまわりの人間に比べて、自分の方がすぐれた人間だと思わせてくれるので、非常にパワフルです。
何しろあなたは神を求めているのですから。

神を求めるのは、人間にとって最も崇高な行為だというのは、誰でも知っています。
こうして神を求めている人は、自分がパワフルでますます強く、賢く、崇高になっていくと感じます。

ついにはまわりの人たちから、けむたがられます。
あんまり崇高で、その人がいるだけで、まわりの人たちは罪悪感を感じるようになってしまいます。

まわりが罪悪感を感じるのは、その人のエゴが、いつも他人をあれこれ価値判断しては裁いているからです。

どんな人に対してであれ、決まった生き方の法則などないのだ、ということを忘れないでください。悟りは起こるべきときに、自然に起こるのです。

一定のやり方というものがあるとしたら、この部屋にいる人たちの多くは、すでに悟りを開いているはずです。もしも一定のやり方があるとすればの話です。しかし、そんなものはありません。

既成の方法や戒律というものは、ひとりの人間の悟りの経験にもとづいて作られています。

このひとりの人間の、悟りという広大無辺の不可思議な出来事にもとづいて、それがどうやって起こったのか、どうすれば同じような境地にたどりつけるのかが、数々の教典には記されています。

このような経験をした人は真実を言葉で語るのは不可能だと知ってはいるのですが、それでも何とか言葉にしようと努力します。

こうして言葉にされた瞬間から、それは書きとめられ、何千年ものあいだ人々はそれを読み、その教えにしたがいます。

何度も転生をくり返しながら、この悟りを求めつづけている人がいます。
気の毒なことに、今その人がどんなことを試みていようと、※神は自分の外にある存在だという考えを持ちつづける限り、これからもまた何度も転生をくり返しながら、同じ道を求めつづけることになるのです。

※「神は汝の内にあり」「神と人は常に一体」が神理であり、悟りそのものですから、そこに気付くことが解脱にとって最重要♪

高潔な人間になろうと努力している人を見てごらんなさい。
非常にむずかしいことに取り組んでいるばかりでなく、何よりもそういう人は人生を楽しんでいません。

長いあいだ人間は、神を求めるには、人生を楽しんではいけないと思いこんできました。神は人生の楽しみ方など何も知らないと思ってきました。

しかし、「この世に喜びがあることこそ、神の存在の証である」とも昔から言われてきています。
この言葉は、一般に考えられているよりずっと重要な意味を持っています。

次のことをどうかおぼえていてください。
自分は歩むべき道にそってすすんでいて、何事も問題なくすべてはスムーズにいっている、と心の奥のほうで声がすると、人はそれによって自分は正しい、自分は守れていると感じはじめることがあります。

そういうときこそ、何かおかしい、何かまちがっていると気づくべきなのです。
自分の人生が道理にかなっているのは、頭(マインド・自我)を使って生きているからです。人生には道理などありません。まだそれがわかりませんか?

命とは、スイッチを入れたら動きはじめ、以後、人間が作り上げたルールにしたがって何百年も何千年も休むことなく作動しつづける、そんな都合のいい機械のようなものではありません。そういうふうにはなっていないのです。

神とは、天真爛漫で、創造性に富んだダイナミックなエネルギーの動きであるということは、何度もくり返し言ってきました。

もしも神、すなわち、命(宇宙生命・大生命・大愛)が人間のルールにしたがって休みなく動きつづける機械だとしたら、いったいどこに天真爛漫な性質があるといえるのでしょうか。

大いなる命」の基本要素は喜びであり、その喜びが何であれ、その瞬間に起こっていることの自然な動きのなかから生まれるのです。
「大いなる自由」は、そうした動きのなかから生まれます。

「大いなる自由」を得ると、自分を裁くのをやめられます。
自分がなろうとしているものになろうとする努力をやめ、その代わり、今の自分が自分なのだ、今この瞬間がその瞬間なのだ、と感じるようになれば、あらゆる葛藤は終わります。

ところが、自分の葛藤がなくなるのを怖れている人がいます。
葛藤がなくなれば、どうやって悟りに達するのだろうかと疑問に思うからです。

これがパラドックスだということがわかりますか。
悟りを求めて葛藤しなければならないのに、悟りに達することができるのは、葛藤をやめた時だというわけです。

ここでの問題は、問題の提起のし方がまちがっているということです。
ラマナ・マハリシは、「あなたはすでに悟りを開いている(今即天・今即実在・宇宙即我)」と言っています。

それを聞いて「わかった。わかった」と言いながら、あなたはちっともそれを信じていません。そのことはちょっとわきにおき、いつかそれについて考えようと自分に言い聞かせます。

でも、やはり信じていないのです。
マハリシはつづけます。
悟りへの唯一の障害は、自分は悟りを開いていないという考えである
それを聞いて、あなたは、また、??の、わかってますよ」と思いながら、や
はり信じません。

マハリシはたわごとをしゃべっている愚か者であるか、または、真理を述べているかのどちらかです。あなたが判断してください。

マハリシが真理を述べていると判断したなら、悟りへの最大唯一の障害は、自分はまだ悟りを開いていないという考えだ、というマハリシの言葉をどうか信じてください

マハリシを信じても、信じなくてもかまいません。
ただし、中途半端に信じるのはやめてください。
中途半端になるのは、頭とエゴと肉体のしわざです。

自分を求道者だとみなす癖を捨てられない人はどのくらいいるでしょうか。
よく注意してみると、このような自己のイメージは、自分が他人より一歩先んじていると思わせるためにエゴが使う最良の武器だということがわかります。

誰もが認めるように、求道者というのは崇高な地位を占めています。
自分のことをよく思いたいがために、多くの人がこの役を演じます。

人生のほかの面で失敗した人が、「地球界ではさんざんな結果だったが、あちらの世界ではもう少しましなことができる」と考え、精神世界を追求しようとすることがよくあります。

残念ながら、地球界とあちらの世界とはひとつ(色心不二・空即是色)なのです。地球界を飛び越して、雲の上の天国でちがう意識のなかに存在することはできないのです。

無辺に広がる悟りの境地への一番の近道は、この地球界を完全にありのままに受け入れ(愛して)、自分を完全にありのままに受け入れ(愛し)、
他人を完全にありのままに受け入れ(許し愛して)、自分自身を愛するように他人を愛することです。

自分のほうがすぐれていると思っていると、他人を愛することができません。それはわざとらしいへり下りの行為ではあっても、愛ではありません。

では、どうやって愛すればいいのでしょうか。
自分の目の前にあるものや人をできる限りとにかく愛するのです。
今、自分らしくふるまい自分らしく話し自分そのものを感じるのです。

この一瞬において(全てが)自分自身(全ては自分)であることです。
一生懸命努力することをやめると自分にそんなにきびしくなくなるしそうすると、他人にも厳しくなくなります。

この世はひどいところだと感じ、人々は否定的で批判的で、悪徳に満ちていい加減だと思っている人は自分自身が人間として欠けていると感じているので、自分がまともだと感じられるように自分よりも劣った世界を外に投射するのです。

これを果てしなくつづけるのですが、結局そこから答えは得られません。
この世界が神以外のものから創られたと考えている人に対しては、私は何も言うことはありません

しかし、あなた方が、「神なるパワー(大愛)と呼ぶものによってこの世界が創られ、今だに創られつづけ、維持されていると信じるのであれば、次のステップに移る必要があります。

この世に神と悪魔というふたつの存在が本当にあるのでしょうか。
人間が神から切り離されてしまったというのは本当でしょうか。
こうした古くからの考え方がどこから生まれたか、知っていますか。
それはとても単純なことから起きたのです。

あるとき、人間が何人か集まって話し合いました。
「自分の気のおもむくままに生きるというのも悪くはないが、予測がつかない。
人生、もう少し予測可能であるべきだ。いくつか規則を作ろう。
規則があれば、物事がどうなるか知ることができるだろう」

予測可能な世界だと面倒が起きないので、人間はそれを好んだわけです。
予測のつかない行動をとる人たちはコロコロ気が変わり、当てにできないので、都合が悪い存在です。

そういう人は、信頼できないし、頼りにできないし、無責任だ、と言われます。彼らは気が変わるので、不都合なのです。

彼らが変わると、自分も変わらなければならず、自分はそうしたくないかもしれないと不安になります。
そこで人は変化に抵抗し、自分たちが作り上げた「宇宙の法則」とやらをもちだし、ほかの人々をコントロールしようとするわけです。

そうして、規則はさらに、責任感のある人間であれ、信頼できる人間であれ、思いやりのある人間であれ、とつづきます。

人間の生活が、いかに規則にがんじがらめになっているかわかっていますか。
何を食べるべきか、何を食べてはいけないか、いつ呼吸すべきか、どのように呼吸すべきか、何を考えるべきか、何を考えるべきでないか、いちいち決めなくてはなりません。
どうやって、これをこなしていくつもりなのでしょうか。
何を考え、何を考えるべきでないか、どうやって考えるのですか。

何という膨大な任務を自分に課したことでしょう。
しかも、どれもこれもくだらないことばかりです。
「あらゆるものは神である」という、本質的真理をみんな忘れてしまっています。
すべてが神だとしたら、あなたが選ぶこともすべて神です。
けれども、あなたはすべてが神であるということを信じていません。

教会という宗教制度は人々に「悪」というものが存在し、それに対して日夜戦いつづけなくてはならないと教えます。

私には悪は見えません。私は悪の存在を信じません(真実・実在に於いて、心の影・自我・闇は存在しません・神一元・愛のみが実在・光一元)。

私は怖れの存在を信じ、人々が他人に対して冷たい態度をとるのは、怖れ(無知・分離感)が原因だと考えます。
心の中に「大いなる愛(神我キリスト)」をもって生まれなかった人は、ただのひとりもいません。

けれども、怖れ(自我・偽我)は「大いなる愛(大愛)」を覆いかくし、「愛するな。愛すると、自分の弱みをさらけだすことになるぞ。弱みがあると、誰かに傷つけられるぞ」とおどとかします。

傷つくということは、単に傷つくことにすぎない、それだけのことだ、ということを受け入れ、痛みから逃れることに一生をついやすことをやめると、自分の世界が完全に変わってしまうのに気づきます。

心が痛むにまかせていてごらんなさい。誰かそれで死にましたか。
すべての人々は傷つけられた経験があります。何度も何度も傷つけられた経験があります。それでも、人々はちゃんと生きています。

そのひどい経験の結果、あなたはどうなりましたか。
あなたは苦しみを怖れ、避けようとしていますが、その怖れはまぼろしてす。悲しみなくして喜びは、経験できません。
そのふたつは同じ世界の両面なのです。

ですから、人があなたの悪口を言ったり、あなたに対してひどいことを言ったりするのなら、そうさせておけばいいのです(全てを愛し全てを許し愛の光で抱擁してあげる)。どうでもいいことです。

傷つけられるようなことを言われたとき、あなたにはそれにどう対処するか、選択の道があります。何の反応もしないこともできますし、あるいはその瞬間のすべてを楽しみながら、大胆にその、ドラマを演じきることもできます。

どちらでもいいのです。そのことで憂鬱になり、気落ちし、罪悪感を感じたいのなら、それもけっこう、どうぞやってください。

堂々と、情熱をもって、生き生きと、エネルギッシュにやってください。
真剣にやってください。
こういうときに、何も選択の余地がないと思うと、そこで悩みが起きます。
自分は選ぶことができないと思うことが、あなたを傷つきやすくするのです。

あらゆる瞬間において、自分は選択の可能性に満ちていることがわかると、その人の世界は変わります。あなたを傷つけるのはまわりの出来事ではなく、それに対するあなたの反応なのです。

このことは、もううん、ざりするほど聞かされたはずです。
けれども、自分の全存在をかけて、一度でも真剣にそのことに耳を傾けると、自分を傷つけるのは出来事ではなく、それに対する自分の反応だということが理解できます。

覚醒、あるいは悟りとは、あなたにとって何を意味するのでしょうか。

自分のまわりにあるものすべてとの一体感でしょうか。
全ては自分・全ては神・大霊との一体感

喜びや慈しみの心や命(神)を感じることでしょうか。
※慈悲と愛が宇宙神理・全てに神(命)を観る

それらのものがまだ自分のものでないとしたら、何がそれを妨げているのかよく見てください。

注意深く観察すると、過去に根ざす怖れや、将来起こるかもしれない孤独や病気、罪悪感などに対する怖れを抱き、いつもそういうことを考えてクヨクヨしつづけている、そういう自分の想念がその原因だということがわかります。

あなたは過去と未来のふたつの極のあいだで行ったり来たりしています。
それから抜けでる道は心を静めることだ、とみんなが言います。
そこで、人はきびしい修行生活をして心を静めようとします。
でも、きびしい修行をする必要はありません。
あなたは心を静めることが必要なだけです。
あなたがしなければならないのは、それだけです。

心を静める最良の方法は、「いつも瞬間にいる」ことです。
いつも瞬間にいれば、あなたの心がザワザワすることはありません。

瞬間を生き生きと感じ、この瞬間が含むすべてのものを意識し、何ものも怖れず全意識がこの瞬間にあったら、そのとき、あなたは未来のことを考えてもいないし、過去のことを思いめぐらしてもいません。

あなたはこの瞬間、本当に生き生きとしたエネルギッシュな意識そのものとなり、それはもう、幸せな気分になるでしょう。

そして、その結果、困ったことになるかもしれません。
みじめな気分でいることに対して、あなた方の文化がどんな倫理観を持っているか、気がついているでしょうか。

子供が自分のことをすばらしく感じはじめると、母親はうねぼれてはいけないと叱ります。自分は何かが上手だと言うと、子供は怒られます。

小さいときにすでに、自分は上手に何かできると言うのはいけないのだと学びます。
顔がきれいな子供は、自分はきれいだと言うかもしれません。
そうすると、人は、その子はうねぼれていると思うのです。

その女の子は自分の美しさを観察することはできても、その強みを自分に言ってもいけないし、他人に言うのはもっといけないということをおぼえます。

では、どうやって人は自分の強さを感じることを、学ぶことができるのでしょうか。あなたはそれを感じることを許されていないし、まわりがあなたにそれを与えることもありません。

まわりの人間は、あなたに、自分たちよりすぐれていると感じてほしくないのです。
自分とは何かという感覚を、まわりもあなたに与えてくれず、自分自身でも与えることができないとしたら、どこからそれを得られるのでしょうか。

自分自身を受け入れ、自分の人生、自分の世界、そしてそのなかのすべての人、すべてのものを受け入れると、突然、今まで自分を受け入れてもらおうとして使ってきたエネルギーが解き放たれます。

地球界のみなさん、あなた方は人生という壁にずいぶん長いあいだ自分を打ちつけ、苦しんできました。完全であろうとする努力をやめると、そのときようやく物事がうまくいくようになります。

今まで求めつづけてきた心の平安が得られ、物事の意味がはっきりしてきます。私たちはあなた方に「今のままでいいのですよ」と言いつづけているのですが、ほとんどの人は私たちの言葉を信じていないようです。

すべてのものを創りだすのが神だとしたら、あなたの人生を創りだし、維持しているのも神です。だから、すべては今のままで、※そのまま(愛おしい)でいいのです。

※誤解しやすい部分ですが、所謂、努力しなくていい[偽スピ系]というわけではありません。

永遠に全ては神であり、神そのものである、全ては神・全ては私、であり、難行苦行悟りに非ず・全て善し・全てが愛おしい・全てに感謝・と解釈すると自然な気が致します

何百万何千万という人間たちが、何度も転生をくり返しながら、信じられないほど無限に美しく躍動する「大いなる光」のタペストリーを織りつづけています。

あなた方の限られた意識のレベルからは、このタペストリーを見ることはできませんが、あなた方もいつか将来真理を理解し、ものへのこだわりを捨て、自分たちが創りだしたものを見ることができる日が来るでしょう。

そのときに、自分たちの創ったものがいかによいものだったか、ということがわかります。必ずわかります。
この広大無辺のタペストリーこそ、あなたの人生の意味なのです。

あなた方の多くが、自分のまわりや人とのあいだで動くエネルギーの織り糸を見るという経験をしています。
「大いなる光(大生命・大愛)」の波動が送られてきており、それが自分たちを生かし、育んでくれていることをあなた方は知っています。

それは美しく生き生きとしていて、ダイナミックで底深く、満ち足りたすばらしいものです。

人間は自分の織り糸にあまりに近すぎるし、それを織るのに忙しくて、全体のすばらしさや、奔放さを見ることができません。

しかし、もしもそれを見ることができたら、ほんのひと筋の糸も、ただのひとつの出来事も、ただの一瞬も変えたいとは思わないでしょう。

あるがままですべて完壁(全て善し・全てに感謝)だということがわかり、その(神の)一部であることに喜びとすばらしさを感じることでしょう。

あなた方はみんなその無限の広がり(無限宇宙・宇宙生命・大生命)の一部であり、それは実に美しいのです。
どうか、そうした見方(神のみが実在・全てに神が宿り給う)をするよう心がけてみてください。


質問:
これまでの長い人生で、自分をもっと賢く有能にするとか、精神性を高めるなどというようなことを何も学ばなかったという事実を、私は自分のエゴのせいで認めることができません。

自分の内部の奥深くを見てみると、誰でも同じような立場にいることがわかると思います。

あなた方はこれまで長いあいだ、他人の助けを借りないで、自分ひとりでがんばらなければならないとか、自分の道は自分で切り拓けとか、他人に甘えるなとか、自分のことは自分で、とかいった古い考えのなかで生きてきました。

これらの考えはすべて、くり返しの転生のなかで、何世にもわたって頭に植えつけられてきたものです。

全く過去や未来に気をとられないで、瞬間に生きるならば、自分とまわりの世界との関係が理解できます。
痛みがやってきて、それをあなたは経験し、そして痛みは去っていきます。
感情や考えがやってきて、あなたはそれに反応し、そしてそれは去っていきます。

それらのすべてを観察することにより、あなたのまわりには、これまでとはちがったパワーが築かれはじめます。
古いパターンの考えが現れなくなります。

それは、はじめはほんの瞬間的であったのが次には数時間にわたって、やがては数日間にわたるようになります。
そんなに一生懸命にがんばらなくてもいい、他人に感心されなくてもいい、賢くなくてもいい、ということがわかってきます。

こういう古い価値観のすべてが、あなたには意味のないものになってきます。以前よりもっと幸せな気分になり、もっと喜びに満ち、ひも解かれる人生のただなかにいる、その瞬間にいると感じるようになります。

そのための唯一の方法はとにかくやることです。
自分の考えを考えないようにすることはできません。

ただ自分にできることは、全身のパワーでもって、この瞬間に意識をすえることで、新しい力が自分のなかにきざみつけられるようにすることです。
古い考えが頭にきざみつけられてきたのと同じように。

しかし、これらを築き直すのに、もっと転生をくり返す必要はありません。
この瞬間に意識をすえて生きはじめると、何の努力もなしに、今までとはちがった見方、人生観がそこから生まれてきます。

これを実行しつづけると、しだいに過去にしばられることがなくなります。
新しいものが優勢になってはじめて、古いものがなくなっていきます。

ただ一瞬一瞬に意識をすえ、本来の自分のパワーを感じると、今までの自己像はあやまっていたことに気づきます。

これまで人は、自分というものを肉体と精神を持って、時間と空間のなかを動きまわっている小さな存在だと思っていました。
これまでの古い価値観のすべては、この肉体と精神に対してのみ有効なものです。
けれども、それは本当のあなたの姿ではありません。
肉体と精神は、本来のあなたという全体性のなかのほんの小さなかけらの部分にすぎないのです。
瞬間に生きるパワーのなかから、この真のヴィジョンに対する気づきが生まれます。

真のあなたの姿のパワーに比べると、これまでの社会的規範や自分のニーズや欲求などのすべては実に色あせて見えます。

ここで私が話していることが、少しでもあなたにとって意味があるものならば、単なる概念やアイデアに終わらせず、実行に移さなければなりません。
そして、それを実行する唯一の方法はこの瞬間に生きることです。
まさにそれだけです。それはすばらしい生き方です。

瞬間に生きはじめると、あなたはあらゆる音や景色や経験に対して、これまでより何倍も敏感になります。

全意識がその場にあると、すべては奔放で、生き生きとします。
人生が退屈なのは、自分は何でも知っていると思うからです。
けれども、あなたは何も知ってはいないのです。

なぜなら、すべての瞬間は新しいからです。
常に新しいものを、どうして知ることができるのでしょうか。

すべての瞬間が、新しいものを経験する機会になると、人生は楽しくなります。この新鮮さこそ、人生の喜びが生まれてくるところです。
人生は決して古くなったり、終わったりはしません。
あなたが生まれたときと同じように、常に新鮮で可能性に満ちています。





園頭広周先生        園頭先生の記事♪
神人合一 慈悲と愛
「色心不二」「色即是空」

 慈悲とは、一言でいえば、情け、慈しむ、思いやり、人の苦しみを見て、何とか助けてやりたい、苦しみを除いてやりたい、楽にしてやりたいという心である。これは自己を滅却し、自己が拡大された姿(キリスト意識)である。

 インドにおける釈尊はこの慈悲の心を人々に説かれたのである。人間は誰しもがこの慈悲の心を持っており、この心があるからこそ、人間は人間としての資格と機能(悟り)が与えられているのである。

 神の慈悲の心が象徴されたのが太陽である。だからキリストは、
「太陽が善人の上にも悪人の上にも等しく照らすが如く」と言われたのである。慈悲を神の宇宙の心とすれば、愛は調和を目的とした地上の光である。

 愛の根本は慈悲である。その働きは、他を活かし、助け合い、そうして赦しである。人々の罪を赦し、人々をして、生きる喜び、お互いに手を取り合って助け合い、調和へと高め上げて行く地上の光が愛である。

 慈悲は神仏の縦の光であり、愛は人々を横につなぐ調和の光である。この縦の光と横の光が結びあった、その十字交差の上に、人は神を発見し、己の仏性を悟ることが出来るのである。

 仏教の「色心不二」は色とは物質、心とは精神でこの2つは別々のものではなく、一つだということ(父(神)と子(人)は一体)である。
 物質は核と除外電子という生命体から成り立ち、生命体は、無限のエネルギーを持つ宇宙の意識、心、精神からそのエネルギーの補給を受けている。その無限のエネルギーの供給の姿、それが慈悲であり、愛なのである。

『般若心経』に、「色即是空、空即是色」という重要な言葉がある。「空」とはあの世の実在界。「色」とはこの世の現象界のこと。

 この世はあの世があって初めて存在するのであって、この世だけ独立して存在しているのではないということである。この世の現象界は、あの世の実在界から映し出された世界であって、本来別ではないのである。

「色心不二」も、「色即是空、空即是色」も、共に、意識、心、精神と肉体の関係、慈悲と愛の心の大事について言っている言葉なのである。


観の転回、慈悲、愛そのものが自分である

「心は慈悲と愛の塊にして」という心は、神の心そのままの心、それが人間の本心である。その心は慈悲であり愛であり、それ以外の何物でもないということである。

 人間だからいいこともすれば悪いこともする、とよく言われるが、しかしそうはいっても、悪いことはいけないことだという事だという事は皆知っている。人間の本性は善(神我・全ての本質は神)であるという事も皆知っている。

 悪いことをした人は反省して「これから心を入れ替えて真人間になります」と言う。悪い心を持っていても、その悪い心を捨てて善なる心を持てば、それが真の人間(神一元・愛一元・光一元)であるという事を知っているから、そういう言葉の使い方をするわけである。

 悪い心を起こす自分を偽我(自我)といい、偽我はあくまでも偽我であって真の人間ではないのであるから、「人間が罪の子である」という事は絶対にない。

 偽我、ニセモノの自分、あってはならない自分、その悪い自分の心をなくするにはどうすればよいかというと、その悪い自分の心の心を有りと見て、実在と見て、「この心をなくそう、なくそう」と思ったのでは絶対になくならないのである。

 よく反省した上で、その悪い自分の心は本来、人間が持つべき正しい心ではなかったということに気がついたら、その悪い心は本来「無い」と切り捨てて、慈悲と愛の心(神我・仏我)が本来の自分の心であったと認める事をしなければいけないのである。

 自分の心は慈悲であり、愛であったという言い方は、自分の心と慈悲と愛との間に隔たりがあるように感ぜられるから、「自分は慈悲そのもの、愛そのものである」と観ずるのである。

「見(けん)」というのは肉体に眼で見ることをいう。大小、長短、軽重、美醜などを見るのは「見」である。
観(かん)」というのは心の眼でみることである。大小、長短、軽重、美醜などの表面を見ないで、心でものの本質をズバリと”みる”ことである。

 肉体の眼で”み”たことを基準にすると、小さいよりは大きい方が良い、短いよりは長い方が良い、顔が醜いよりは綺麗な方がよい、小さな家に住むよりは、大きな家に澄んでいる人が偉いとかというように、無情である現象の表面的な見方をするのが「見(けん)」である。

 宗教的な、というよりは日常生活全てにおいて、人間はものの見方を「見」ではなくて「心でみる」即ち「観」でみるという事をしなければいけない。

 宗教は「観」の見方を教えるものなのであるが、その「観」を教えならければならない教祖たちが、競って大神殿をこしらえて、その大きさで教勢を誇示するとか、キラキラした高価な衣服を身に着けて、信者の前に現れるとかという事は、すでに教祖自身が宗教を知らないということを証明していることになる。

「観(くわん)」、心でみる、身体が大きからろうが、姿がどうであろうが、外形なしに「心」を見る。例えば「悪を憎んで人を憎まず」という言葉がある。

 この言葉は、悪いことをしているその姿(自我・幻)にとらわれないで、その悪いことをしたのはホンの出来心であって、本当はその人も立派(神我)な人であるとみることであって、人間を「観」即ち心でみているわけである。

 そのように、あなたがまだ色々な欠点があり、人間的には未完成であっても、あなたが「神の子」であるということに変わりはないのである。

 神の子であるからこそ慈悲と愛の尊さをあなたも知っているのであり、あなたの本性は「神」なのであるから、だから道を歩く時でも、
今、神の子が歩いている(全てに神を観る)」と思い、仕事をしている時でも、「今、神の子が仕事をしている」と思うことである。

 そのような思い方をすることが、
「当体意識は不二なることを悟るべし」ということなのである。「不二」即ち「二つではない」ということは「(神と人は)一つだ」ということである。

 紙に裏表があり、金貨にも裏表があるが、裏と表は一体としてあるのであって、裏と表と別にあって、それを張り合わせて一枚にしてあるのではないのと

同じように、私達も心と肉体とが一体としてあるので、心と肉体とが別々にあって、心が肉体に入って今、自分があるのではないのであって、肉体も神が創

られたのであり、心と肉体とが一体としてあるので、心と肉体とが一体としてあることを「当体(とうたい)」といってあるので、心と肉体とが別々にあるのではなく、「不二」即ち「一つである」ということである。

 本来、不二一体であるものを、肉体は肉体だと思うことが迷いなのである。
執着煩悩をなくせよ、と言われても中々無くすることは出来ないという人は、

心と肉体とは別々の存在であると思っているために、心の思いと肉体の思いとが衝突して思うようにならないと思っているわけで、そういう思い方は「迷い(自我・無知)である」という事なのである。

 これまでの宗教が、人を救うことが出来なかったのは、心と肉体は別々だという考えで教えを説いてきたからである。それが端的に現れたのが親鸞上人の

悲しきかな愚禿(ぐとん)親鸞、愛欲の広海に、沈没し」という嘆き、あるいはパウロの「我はわが中、すなわち我が肉のうちに善の宿らぬを知る」という嘆きになっているのである。

 そうではないので、あなた自身がそのまま神の慈悲と愛の当体なのである。あなたは自分をつまらないものと思ってはいけない。神の当体ということは「神そのもの」ということ、※あなたが「神」なのである

(※父と子は一体でありまして、父なる神が表現者で、この表現体である貴方もまた神そのものであり、神の愛を表現するための愛の表現体・個別化された神であります。〈神は一にして多神〉

神我の善なる心は、神の御心そのものであり、善なる神我の想いが貴方の善なる想い【善・愛なる想いは神様が想っているんだ】という意識状態が正解であります。間違った思いは自我・偽我が出たんだと反省するとよいでしょう)

 あなたが存在していること、そのことが神が存在していることであり、神が存在していることは、同時にあなたが存在していることであり、神があって自分があるのではないので、それは「当体」として同時にあるのである。

当体意識は不二なることを悟るべし父と子は一体)」という言葉がどんなに重大であるかが分かられたと思うが、その「当体意識」とは何であるかというと、「心は慈悲と愛の塊りにして」ということである。

 慈悲と愛の塊り神我キリスト・仏性・大愛・宇宙神理)、それがあなたの心真の自己・神は全ての働き手・全てに神が宿り給う)なのである。

 その本当の思いを阻害する思いを「迷い(自我・不調和・無知)」というのである。どんな美しい素晴らしい言葉を持ってしても表現しきれないほどの素晴らしい意識、慈悲と愛の塊そのもの(神我・善我)、それがあなたなのである。だからあなたは自分で自分を腐してはならないのである。

私は慈悲と愛そのものであった吾は神そのものであった・我神なり・吾生命なり・神は絶対善)」、それを「神の子の意識」というので、このことが本当に分かると人間は独りでそのことを知った喜びに泣けてくるのである。

 その喜びの涙は、人から物を貰って嬉しいとか、久しく逢わなかった人に逢ったとか、離れ離れになっていた肉親にやっとめぐり逢えたとか、そういう時の喜びの涙とはまた違った、心の奥底の深い所から起こってくる

 魂の心の感激の涙である。このことが分かった時、初めて人間は、人間として生きていて良かったという喜びに浸る事が出来るのである。

 今までたくさんの宗教があったが、それらの宗教は「心は慈悲と愛の塊りにして」ということを観ないで、肉体を人間と見て、煩悩をなくそうという事ばかりに執着していたから、人を救い得なかったのである。


人間の意識は神の意識そのもの

 このことは本当の信仰をするについて最も根本的な大事なことである。心のことを精神という。では精神というのかということを考えた人は、恐らく極めて少なかったのではなかろうか。心のことを「精神」というのだとただそう思い込んで、「心」といえば「精神」、「精神」といえば「心」と、無意識の内に使ってきたようである。

 神仏の精、神仏そのもの、それは慈悲と愛のエネルギーそのもの、その精がそのまま人間の心であるので、高橋先生は、「心は慈悲と愛の塊りにして」という言葉を使われたわけで、精即ち意識、心はそのまま神の意識である、

 それが人間の心であるというので、
「精神」即ち「人間の心は神の意識そのものである」というわけである。

「精(意識)は即ち神」であり、神の精(心)が人間という姿を現したもので、人間は本来、神そのものなのである。

 通常「人間は神の子である」といっているが、
実際は神の当体(表現体・愛の媒体)、即ち神そのものなのである。

 地球上に最初に現れた人間はみな「神の当体」「神そのもの」であったから、あの世とこの世を自由に交通し、相手のことを心に思えば即座に相手に通ずるので言葉の必要も無かったのである。(全一体感の意識でテレパシー)

 子孫が増えるに従って子孫の繁栄を願う心が起こり、それが執着となり業となって、その業がだんだん大きくなり重なってきたために、今では、業を修正することが大事になってきたのである。

 その修正が反省であって、反省は、人間(の真実)が神の当体(神我・仏性)であることを再確認するために与えられている神の慈悲なのである。

だから、ただ「悪かった、悪かった」といって、反省するたびに心を暗くする様な感情的な反省は本当の反省ではないので、反省するたびに、自分は神の当体、慈悲と愛(神我キリスト)そのものであったことを再確認して、心は喜びと感激に震えるということにならないといけないのである。

 今から1500年前、奈良町時代に大陸から伝わってきた仏教では、すでに「神の当体(人は神の愛の媒体)」であるという事が分からなくなっていた。

 そのために日本の仏教を主体とした新興宗教も、全て、自分を罪の子だと見て、良い事をしようと思っても悪い事しかできない、どうしようもない自分であると、自分に絶望した所から、他力によって 救って頂く外はないという他力信仰が中心になってきたのである。

 だから、我々は奈良朝時代以来の歪められた仏教徒、そこから派生してきたすべての宗教を正しくするという重大な使命を持っているわけである。

 自分の光の側に置いて、神と一体であり、慈悲と愛そのものであるということを自覚し、この肉体を使って、この地上にユートピアを実現するのであるという信仰をするのが正しい信仰なので、自分を罪悪深重の凡夫として、救いようのない暗い自分だとして、向こうの方から救って頂くという他力信仰は本当の信仰ではないのである。

 自分の運命を明るくしようと思う人は、歩いている時でも、仕事をしている時でも、とにかく四六時中、「私は神の当体である(我神なり)」「私は慈悲そのもの、愛そのものである(我愛なり)」という言葉を自分に呼びかけて、

「そうだ、私は神の当体である」「慈悲と愛そのものである」と、常に思う様にして、小さなことでも良いから、心が喜べる事をする、また人に優しい言葉をかけるということをすることである。

 運命学、手相、人相、易、姓名判断、印相、墓相などそんなものに頼る必要はない。正法は運命学を超越した人間の正しい生き方を教えるもので、運命学の奴隷になっている人は正法を知る事によって「自由の境地」に出ることが出来るのである。運命学に翻弄されて苦しみ悩んでいる人が救われる道は、この正法しかないのである。


神仏一体とは

この大意識こそ 大宇宙大神霊・仏なるべし 
神仏なるがゆえに 当体は大神体なり

 大宇宙を秩序整然と運行せしめているものは何であるか。じっと眼とつむって、太陽が、地球が、全ての惑星・遊星が、音もなく静かに一糸乱れず回転している状態を思ってみることである。

 するとそこに、この大宇宙を動かしている不思議な力、エネルギー生命力、意識が働いていることを、頭でなくて胸の辺りで、心で感ずることが出来られるであろう。 この「心で感ずる」ということが大事なことである。「心で思う」「心で感ずる」、それが智慧の働きである。

 昔の人は、「胸でとっくり思案する」とか、「腹で考える」と言ったが、頭で知識で考えたことは時として失敗することがあるが、胸や腹で考えたことは絶対に失敗しない。肉体の胸と腹のあたりに相当する所に、智慧の心の座コスモ細胞・原子細胞・宇宙細胞・神我キリスト)があるのである。

 この大宇宙の全てのもの、太陽も、地球も、人間も、全てのものが輪廻しながら生命活動を続けている。人間は空気を吸ったり吐いたりすることによって生命が維持されている。

 休むことのない生命の活動、全てのものが生きて動いている。そのことに私達は驚きを発し、感嘆しなければならない。大は大宇宙から、小は分子、原子、素粒子に至るまで、全ては一貫した秩序ある(宇宙)法則によって生かされ回転している。

 この大生命(宇宙生命・大愛)の充満したこの大宇宙、この大宇宙を生かしている意識が神であり仏であり、目に見える大宇宙がそのまま神の大神体である。

 私達の外に神があるのではなくて、私達は、神の心(宇宙創造神)の中に、神の胸の中に、神の身体の中に、※生かされて生きているのだということを忘れては成らないのである。※大宇宙(宇宙生命・大霊・無限質量)の中に小宇宙(肉体・エーテル質量)の中に大宇宙(神我・仏智)が御座います



上江洲先生の質疑応答や、まりこさんの体験談等、
良質な覚醒へ役立つお話がご観覧頂けます♪



人間の本質は神の意志を受け継いだ「慈悲と愛そのもの」
真理の視点から観た宇宙の仕組み


 前回の記事で「滅私」して覚醒に更に近づいたと申し上げました。
滅私…自分がない…では、自分とは何なのでしょうか。


 滅私して私が到達したのは、自分がない…を追求してゆきますと、神の表れとしての自分があるのみ…神の化身としての自覚という意識状態でした。

 自分とは神の現れであり…「神の化身・愛の化身」なのだと…それ以外の何者でもないのだと…そういう感覚でした。

 神の化身…を分かりやすくご説明申し上げますと…肉をまとった神ご自身とでもいいましょうか、表現体として存在している神とも言えます。

 神は全てを活かす愛、その愛によって表現として現れている神ご自身。神(創造主)はご自身では表には現れずに、表現体を通して、この物質宇宙で、愛を表現なさいます。
 
 どうも、この宇宙はそういうシステムみたいです。草花も、動物さんも、人間も、全ての存在が、神の表現体であり、その表現体にも意識を与えておられます。

 その意識が神の子であり、神ご自身であり、神の中に創造された個別化された神であり、その個別化された神(表現体)の中に、神ご自身が命として全ての中に臨在し給う……

 つまりその臨在し給う神が、「内在の神(宇宙生命・神我キリスト)」という訳で御座います。

 もうちょっと噛み砕いてご説明申し上げますと、

神の御心(無限の愛)の中に、愛を表現するために、この表現体として活躍するための物質宇宙(無限宇宙・無限の白光・神は光なり)をお創りになられて、

その物質宇宙の全ての表現(空気等…ミクロ表現も含めて全て)の中に、神ご自身(命)が宿られていらっしゃる…という風な捉え方をして頂ければ、真理の理解的には、ほぼ正解でありましょう。

 物質宇宙は、基本的に、光が波動を落として物質化して創られていると言われております。つまり、全てが光からの現れという事です。

…という事は、その光をお創りになられた神の御心こそが、すべての存在の根源ではないでしょうか。全てが神だ…という真理が何となくお分かり頂けたでしょうか。

 全てが波動だと、波動が満ち溢れていると、最近のスピリチュアルでは言われております。
 波動を言い換えれば、波動とは光であり、波動が充満しているという事は、光が充満しているとも表現出来るのですね。

 光が充満している…という事は、「光=神」ですから、この世界は神が充満している、神が満ち満ちている、遍満しているとも表現出来るわけです。

「光=愛」であり「愛=神」ですから、宇宙に遍満する大霊、無限の愛の光であられる神しか存在しない…神のみが実在という真理になるのです。

 この世界は「神が神を愛する」ためだけに、「神が愛を表現する」ためだけに、この表現宇宙をお創りになられました。

 神(無限宇宙・神の体)の中に、自分(表現体)が存在しており、その中に、神という命(宇宙生命・神我キリスト)が内在している……その事を真に理解できましたら、

自分が神の愛を受け継いだ神ご自身であり、神の愛の表現体なのだと、愛以外は実在しないのだと、自覚できると思うのです。

 ちなみに私は自覚しております(笑)。自覚しているが故に、愛一元という境地に到達できたわけですし、神の自覚・愛の自覚・自分は愛(慈悲と愛)以外の何者でもないのだと理解しております。

 自分が、「慈悲と愛」であられる創造主(根源)から、「慈悲と愛」を受け継いた「愛の化身・神の化身」そのものなのだと、そういう深い深淵なる叡智(宇宙真理)を理解した時に……、

 「全ての存在の根源は神」であり、全ての表現体は、同じ親(神様・宇宙生命)から生まれた、尊い兄弟姉妹であり、宇宙は神という一つの生命体であり、その兄弟姉妹を愛するために我々が存在しているのだと、そのように自覚できました時に、悟り覚醒は一気に近づいていく事でありましょう。

 ですが、その表現体として意識を与えられた私達もまた、神ご自身なのです。
 全てが神ご自身…神の体の中に存在する、永遠の愛の創造する躍動する命の現れで生まれている、一つの意識なのだと、

この無限宇宙(宇宙全体)との一体感、神との一体感、全てが私、自分が神ご自身なのだという意識状態が、いわゆる分離意識を超越して、全一体・自他一体・宇宙即我、悟りの境地だと、そう解釈しております。

私の真理の理解で、精一杯表現してみました…中々奥深いですね(笑)

 神様ご自身で演ずるのではなくて、色々な表現をするために、全ての内に内在の神として…全てを活かす愛として、表現体としての神(貴方)を、内から無限の愛で見守って下さっていると……そういう訳で御座いますね。


神(天)……全てを活かす愛・慈悲と愛・すべての形態を形作る力・意識を与えて下さった魂の根源・真の親・すべてを活かし育む力、縁の下の力持ちで全てを愛し慈しむ無償の愛・無限の愛・すべてに意識を与えて下さった天の父であり天の母である中性エネルギー・真の親・愛を表現する為に…無限の創造をなさっている慈悲と愛そのもの

神の表現体(地)……神が神を愛する為に生まれた存在・神の化身・愛の化身・神の表現体・神の中に創造された神・個別化した神としての自覚に覚醒めた我・滅私して神の道具意識を自覚している我・自分が神ご自身だと悟った我・愛を表現する為に生まれた事を自覚している我、全てを100%の愛で愛する我、自分と全てが神以外の何者でもない事を自覚している我

 
 神様はすべてを超越する力であり無限者であられます。なぜすべてを超越する力なのかと申し上げますと、それは神の御心が「慈悲と愛」だからなのです。愛はフォースです。愛こそが全てのエネルギーなのです。

 神の御心は「全てを活かす愛」ですから、この無限宇宙は、この神の無償の愛によって活かされ成り立っております…という事は、
 この物質宇宙は、神の愛によって生かされているのであり、存在しているとも言えましょう。

 宇宙神理を究極レベルにまで理解して、自我意識というスモッグを取り払っていくと、現れるのは、内なる神、愛の光そのもの、つまり神の現れとしての自分があるのみなのだと…‥

 神様は、表現体にも意識を与えて下さっているのだ…と考えると分かりやすいかもしれません。この世の全ての現れは心(意識)を宿しております。その意識は、神ご自身(神の中に創造された神)なのです。

 神の中に創造された神が、貴方なのですから、未来永劫神であり、神以外の何者でもないという訳であります。神の御心の中に全てが存在しているのですから……こんな嬉しい事実が真理だったなんて…感動しちゃいますね♪
 
 ですから、どんな存在をも無碍に扱ったりしてはならないのですね。
全てを無差別の愛で愛さなくてはならないのです。全ては私であり、全ては神ご自身・貴方自身だからで御座います。

 神様は、全てを愛する為だけに、愛を表現するために…愛する相手を得るために…それが目的で、神の御心から、愛の光を創造なされ、物質世界をお創り、神自身を個別化(愛の表現体)なされました。

 誤解のないように付け加えますと、表現体といっても肉体では御座いません。愛の表現体…「神の愛を表すために個別化された神」だという風に認識して頂ければ、正しい解釈になりましょう。

 すべての鉱物、微生物、植物、草花、魚介類、動物、等あらゆる存在が、愛の表現体、神の愛を表現するために個別化された神ご自身なのです。

 という事は…全ての存在が、神ご自身である貴方と同じ、神ご自身だと思って、愛と慈しみの持って、接してあげなくてはならないのです。
 「全てが私であり、全てが神ご自身」なのですから。

 上江洲先生の「この世界は愛を演ずる舞台」という御言葉が御座います。

 愛を演ずる為に、貴方という「神の中に創造された神」を創造されたのです……ただただ愛を表現したい…愛を与えたい、愛したい…愛のみ…
 それだけの為に……何と美しいことでしょうか、この嬉しい事実に歓喜せずにおられませんね♪

 愛を表現する為にうまれた貴方…という事は、貴方の本質は「愛を表現する目的の存在」、
つまり貴方の本質は、神の意志を受け継いた「慈悲と愛そのもの」なのです。それが貴方の真の自己という訳で御座います。

http://872913.jugem.jp/?eid=256  からの引用ですが……♪

学習者からの質問:なぜ神は自身を個別化したのですか?
.
サンジェルマン:愛する相手を得るためです。
.
学習者からの質問:光線が分かたれた理由とは?
.
サンジェルマン:愛を表現するためです。愛は神の行動原理ですから。あなた方が誰かや何かを愛する時、愛するものを神のマントで覆います。

 光輝く存在とその活動で包みます。たとえあなた方の周りに間違った性行為に及んでいる者がいたとしても、決して咎めたりしないように。むしろ高い理想に関心を向けさせ、その者の意識を高めてやりなさい。


 知花先生のご講話(B66父と子は一体)で、
神が神を愛する為に、この世界を創造なされた」というお話が御座いました。

 この知花先生のお話を聴いた時の感動は…今でも忘れません。
この嬉しい事実を知った時の……神様の偉大な愛の動機に、打ち震えるほどの感激で、滴り落ちる涙をポロポロと流したのを今でも思い出します。

 神が神を愛を表現するために生まれ貴方…という事は、貴方は、神の御心の中に、愛という無限力という本質を受け継いた…神の愛を表現するために生まれた存在、とも言えましょう。

 だとすれば、もうそれは愛の化身ではないでしょうか。貴方は未来永劫、神が神を愛する存在目的「慈悲と愛」、愛の化身ではないしょうか。

 貴方は肉体をまとった神ご自身…つまり肉体をまとった「慈悲と愛」という訳です。

 滅私して自我…自分という分離意識、迷いの影を取り払って覚醒した時に、内から出てくるのは、神が神を愛する愛を表現するために生まれた、無限の愛というフォース(力)を備えた完全なる愛そのもの……

 滅私、私という分離意識を克服していくと、現れるのは、神意識という、全てを愛する「慈悲と愛」という神の御心のみが現れるという訳であります。

 真の意味で自分がない事を悟った時、神と自分を遮っていた曇りが晴れて、個別化された神である貴方の本性が発揮され、本質・根源という内在の神の目も眩まんばかりの愛の光が燦然と輝きだすのです。

 なぜなら貴方の本質は、愛の光そのものだからです。「慈悲と愛そのもの」であられる神様は、ただ愛を表現するためだけに、「慈悲と愛そのもの」である貴方を創造なされたのですから。

 という事は、貴方という個別化された神は「慈悲と愛そのもの」であり、愛以外の何者でもないという事です。だから「愛の化身」ともいえる訳であります。

 その「覚醒めた個別化された神(覚者)」というのは、限りない創造がある神意識の中に、現れた一つの個性(神そのもの)と言いましょうか……

 無限宇宙という神の御心の中に、色々な「全てが私」と悟った「神ご自身」がいる、未来永劫…神ご自身しか存在しないのだと気づいた我、

その私である神が、無限宇宙という神の体の中で、縦横無尽に、無限力そのものである…神の愛を発揮している状態とも言えるかもしれませんね。

 無限宇宙という神の御心の中に、個別化された神として創造されたのが貴方なのです。その個別化された神の中に、神の御心である「慈悲と愛」そのものであられる「内在の神(キリスト・神我・御霊)」が臨在し給う。

 これで、「神わが中にまします」「父なる神(大宇宙)と子(小宇宙)は常に一体」という意味もご理解頂けるのではないでしょうか。

 大宇宙(創造主)の中に、小宇宙(個別化された神・つまり貴方)があり、その中に、大宇宙(創造主)が内在・臨在し給う、という訳であります。

 上江洲義秀先生によれば、その覚醒めた神ご自身…つまり覚者方・聖者方ですね。もっと上のレベルになると、ご自身(覚醒めた真の自己)で新しい宇宙をも創造しているそうです。

 もう壮大すぎるスペクタルな高次元話ですが、宇宙の創造まで行えるようになれる力を一人一人が持っているのですね。なぜなら貴方自身が神ご自身であり、神の意志を受け継いた神の化身だからなのです。

 それだけの力を無限の愛の光であられる創造主から受け継いでおります。
一つの命の限りない創造である神、その神の意志を受け継いだ尊い存在がこの物質宇宙なのです。全てが尊い存在だとも言えます。

 宇宙の無限力を行使する力を神様から与えて頂いている…ああ、何と素敵なことでしょうか。

 現在の私は、ヒーリング能力も大幅にアップしているのも自覚しております。宇宙の無限力が発揮される…という感覚も身近に実感出来ているのです。内から溢れ出る神のパワーという感覚であります。

 この前の「滅私での覚醒」から、今まで学んできた真理の理解を…味わう…実感するという体験が出来るようになりました。全てが私…全てが私の意識…という体験であります。

 とある責められている方を、許して愛して、神様、この者に光を、心にやすらぎを、平安をお与え下さい」と祈ってあげた時に……、

磁石で吸い付くように、スーッと、その方の意識が私自身の意識なのだと、まさに体験するといいましょうか…‥ああっ、全てが私(の意識そのもの)とは、こういう事だったんだと…実感する事が初めて出来ました。

 他人を責める事が、自分を責める事であり、自分を苦しめる事なのを実感の体験を通して、さらに深く理解する事が出来ました。
 全てが私と…心から実感しましたら、許ししか出て来ないのですね。自分は愛おしいものですから。

 自分は……やっぱり愛おしいです。特に…私は自分大好き人間ですし(笑)、それは正しい解釈であります。
別に自己愛とかいう、変なネガティブなものでは御座いません。

 真理は「全ては私」であり、神様は「全ては私(の実子)」と思って全ての全てを愛して下さっているのですから、それは素晴らしい愛であり、自分を愛する事は、神の愛そのものの愛であり、美しい愛なのです。

 真実・実相においては、「自分しか存在しない」のであり、ある意味「全てという自分を愛する愛」しか存在しないからであります。

 愛以外の想いがでたら、「サタン(自我・偽我)よ退け~」と一括して下さい。この方法は、イエス様やお釈迦様も実践されていた由緒正しき素晴らしい方法ですから、最高に効果があります。

 知花先生と上江洲先生…お二人公認の方法ですからね♪私もこの方法で、「自我・偽我というサタン」を追い出す事が出来ました。たまに心に不調和というサタンが出そうになったら、すぐに、このマントラを心の中で唱えます。

 あっ…間違えても、声に出して叫ばないで下さいね(笑)。大変なことになっちゃいますから、くれぐれもお気をつけて下さいませ^^;

 分かりやすく申し上げますと、不調和な心は全部、偽我(サタン)と思って、その様な想いが湧いてきたら、すぐにこのマントラで一括するという訳です。その上、我神なり、我愛なり、我光なり、と思いながら、

 その様な不調和な想いが湧いてきた時は、神に対しての愛と感謝が薄れていたんだなぁ…と思い、即座反省して、神様愛しています、有難うございます、と想うようにすれば愛に立ち戻れる事でありましょう。

 私は、関英男先生の「洗心」も、この方法で習得致しました。
基本的に「身口意を正す」と「洗心」は、魂の磨き方という点では、ほぼ同じ教えでもありますし。

 サタンとは分離意識という偽我が生み出した、実在しない不調和な心だという認識でほぼ間違いございません。イライラ、責める心、不満・嫉妬心、他人のせいにする、許さない心、等々ですね。

 実在するのは、未来永劫存在する親神様(宇宙生命)の「神の愛である慈悲と愛」のみであり、その神から創造された命を、受け継いだ貴方も「慈悲と愛そのもの」だという訳なのです。

 今回も長くなってしまいましたが、ご拝読して頂き本当に有難うございます♪心から感謝申し上げます。読んで下さる皆様がいるからこそブログも頑張れます。

 この記事が皆様の意識を覚醒に導き内在の神からの祝福と至福の喜びに満たされ、心の平安と安らぎを促す事をご祈念申し上げると共に、
一人でも多くの方の魂の救いに繋がりますことを望みながら、今回の締めとさせて頂きます。


知花敏彦先生の総まとめ記事 第一回目♪


第四話 八名の指導霊は語り給う


もう皆さんの目は開かれつつあります
本物が觀えつつあります
今まで偽物に取り憑かれていた、支配されていた皆さんの心が、
その本源を觀ることによって、全てを理解し、全てを知る者となるその機会を、
今ここに、皆さんに与えられています。

これを「久遠の富」と申し上げます
あなた方のこの世の富は、消え失せる富です。
永遠なるものを手にしなさい。
神のものを、全て受け継ぎなさい。

大きな愛を観じなさい
自分自身が、愛そのものであることを観じなさい
その愛には、区切りもない、障壁もない、離別もない。
ただ、全て、すべての大愛そのものの象徴であり、具現であることを観じなさい。

私を観じなさい。
私とは「愛」のことです。
私とは「大調和」のことです。
もう不調和を起こしてはなりません。
もう本質から離れてはなりません。

誰も憎んではなりません。
怒ってはなりません。
悪口を言ってはなりません。
嫉妬をしてはなりません。
それが、すべて、あなたの苦悩の原因となっております。

愛の中には苦しみはありません。
苦悩はありません。
平安と安らぎがあるのみです。
我が身元に還りなさい。
愛する者共よ、還りなさい。

いまこそ愛に還りなさい。
我が元に還りなさい。
道は開かれています。
歩みなさい。
掴みなさい。

このテープが、多くの人に行き渡りますように。
あなた方は、このテープを持って、多くの兄弟姉妹に広げなさい。
真実を伝導しなさい。

大丈夫です。
皆さんは還れます。
必ず還れます。
それを知ることができます。

軽く目を閉じてください。
自分が大愛そのものであることを観じなさい。
実感しなさい。

「自分は大愛の中におり、大愛は我が身にまします」
「神は全ての中にまします」
「万象万物は神の中におり、神は万象万物に留まり給う」

そのことを実感しなさい。
それは、全て愛であることを実感しなさい。

おお、主よ。
この者どもに貴神の愛が満たされますように。
心の扉が開かれますように。
全身に貴神が満たされますように。
ここにおる者どもは、貴神の愛を観じます。受け入れます。
今こそ、貴神をハート(胸)に着座させ給え。

大愛と一体になってください。
大愛そのものになることです。
それは無限です。普遍です。
その愛を観じなさい。
その愛、そのものがあなた自身です。

愛には区別がありません。
別離がありません。
分離がありません。そのものです。
空間がありません。
年月がありません。
時間がありません。

久遠常在です。久遠常在の愛を観じなさい。
それなくして、あなた方はここに存在する事は出来ません。
愛するものよ。それを受け取りなさい。

観じなさい。
今こそ、私を受け入れなさい。
愛を受け入れなさい。
愛を受け入れる者は、私を受け入れる者です。
その愛を、はっきりとハート(胸)に開きなさい。

私と一体になりなさい。
私そのものになりなさい。
そうした時、私はあなたを通じて語り、あなたを通じて働くでしょう。
今こそ、心の扉を私に開きなさい。

今まで考えてきた先入観、自己、全てを放棄しなさい。
あなた方の今まで考えてきたものに、何ひとつだって真実はありません。
古い自分を捨てなさい。
そうすることによって、
あなた方は、今、ここで生まれ変わります。

父よ。
この者に光を与えてください。
あなたの光で満たしてください。

細胞一粒一粒が、神の愛で満たされています。
愛そのものです。
調和そのものですl.
神そのものです。

ここにご協力してくださいました、大いなる方々に感謝申し上げます。お力添え頂きまして感謝致します。
貴方のご加護で、なお一層あなた方の心と結ばれんことをお祈り致します。

この第四話は、八人の指導霊が私に語って頂いたものです。 


惑星連合ハトンから

 友であるみなさん「
他者への奉仕」が、
同時に「自分自身への奉仕」であることを忘れてはなりません。

 ここで私たちは、奉仕が、自分自身への奉仕の「ようで(類似・フェイクで)」あるとは言っていないことに注意してください。

 他者と自分自身の関係は、類似ではなく(完全に)同一(全一体・全ては一・ワンネス)なのです。

 そしてそこにあるのは、完全性と統合性(本質・大愛全一体・全ては私・大生命・内なるキリスト意識)にほかなりません。

 つまり、あなたが群れの中の一頭の羊に対して何か否定的な感じ(許さない・軽蔑・嫉妬・等)を抱いたとすると、あなたはそれを自分自身に対しても、「創造主」に対しても感じているということです。

(全ての全てが神ご自身【本質・大愛】であられるからです)

創造主様からのメッセージ♪から一部引用ですが……♬


 一番大事なのは、愛の実践です。愛し合う事です。全てを許し合う事です
許して下さい。許し合えたらあなたは、許されるのです。あなたが許さなければ、あなたも許されません。

 まず、自分の罪を許して貰いたかったら、人々の罪を許しなさい。そしたら、自ずから、あなたの罪は許されます。あなたは、人の罪を裁きながら、あなたの罪だけを免れたいと思うのを止めなさい。

 あなたが人を裁かず、怒らず、謗らず、嫉妬をしなかったら、あなたは誰からも、怒りも、裁きも受けません。

全ての人の罪を、許してあげなさいそうすれば、

あなたは全てから、許されます。私、神から許されます

 罪を犯す者を、愛しなさい。そうすれば、私もあなたを愛します。
 人を愛さない者は、私も愛しません。

 私の元に来るためには、この世で一人だって好き嫌いがあってはなりません。なぜなら一人でも、私であるからです。私が創った者であり、その中に私が居るからです。

 神は全ての創り主、全てを創って、全てのものに、ご自身を宿しております。あなたが隣人を嫌うなら、私を嫌っているのです。私を嫌う者は、私から嫌われます。
 私を愛する者は、私から愛されます。全ては私なのですから

 神から愛されたいのなら、どうか、世の隣人、全ての者を、愛さなければなりません。その愛の実践が、真の信仰、神に至る道であるという事を知りなさい。


 そしてそれ(分離意識)は、あなたが他者への奉仕を通して自分自身や「創造主(本質・大愛・内在の神)」に奉仕しようとするとき、

 あなたの奉仕に現れ、あなたが為し得るはずであった完璧な奉仕に、汚点や傷を残すことになるのです。
 どうか次の点を忘れないでください。人は誰でも一人ひとりが完全に自由な存在です。

 そしてその自主性(自由意志)はいかなる理由があっても揺らいだり、脅かされたりしてはならないもので、その「本質(大生命・大愛)」はあなた自身が持つ「本質(無限の生命・真我)」の一つであり続けるということです。


自我・偽我 =表現者、原因である父なる神を忘れている状態(放蕩息子の状態)神理を知らない状態・自分の力で生きていると思って迷っている状態、肉体の己を自分と思っている我、分離感・分離意識で個別化された表現を別個の存在と認識している我・分離意識・エゴ・肉の感化、五感の感化を真実と錯覚している我・迷いの影、幻、幻想(マイヤー)・自己保存、自我我欲の心


真の自己(真我)=父なる神と常に一体の境地・ワンネス意識・全一の意識・神我キリスト、全ては自分、全ては我、全ては神、全てを愛する我に目覚めた状態・宇宙生命によって生かされている事を自覚して実感している我・私が生きているのではない、なるほど一つの生命である神が生きていらっしゃる、全ての知恵と力は神から与えられている、神の中身は神、全ての全ては本質的には神、神のみが生きてらっしゃるんだなと悟った我・神一元・愛一元・光一元・我神なり、全ては神なり、全てに神を観る境地・神は生命(霊)なり、我も生命(霊)なりの自覚・宇宙即我、キリスト意識・高我・実在・全てを愛し全てを許す境地・慈悲と愛・あなた即私・私即あなた・宇宙エネルギー即自分・無限即我・不変不動の絶対なる実在・普遍なる宇宙・無限者・宇宙神

免疫学の権威♪安保徹先生総まとめ記事♪笑いは最高の体温上昇法♪「深くぐっすりよく眠れる」入浴法♪薬ではなく「養生」して病気を治す大事さ♪ガンも治る♪子供の時に病弱だった人ほど長生きする傾向♪身体を冷やす消炎鎮痛剤の蔓延が現代人の免疫機能を駄目にする♪血流のいい人は疲れない♪肥らない♪肉を食べ過ぎるとガンになりやすい 現代人に大腸がんが増えている理由♪ガンとは「分裂抑制遺伝子」の機能が停止した状態♪非ステロイド薬の副作用の恐ろしさ♪為になる健康秘話をご紹介♪



肉を食べ過ぎるとガンになりやすい
現代人に大腸がんが増えている理由       安保徹先生のご著書から引用ですが♪

 バランスの悪い食生活を続けていると、どうなるのでしょうか。ここ40年間ほどの食生活の欧米化(肉と油脂の摂取が増えた事)が、生活習慣病が増えた原因だとよく言われます。日本人は、古くから米、魚、野菜を中心に食べてきました。

 それが、短期間に、まったく異なる食生活に切り替えたわけですから、体に負担がかかるのも当然と言えるでしょう。

 近年、癌の中でも大腸がんが増えているのは、圧倒的に肉食の影響が大きいと考えられます。肉類は町内で異常発酵を起こす上、便通を悪くし、便秘気味になります。肉食中心の人は、便の臭気が強いはずです。

 野菜には食物繊維が豊富で、水分を含んで膨張し、腐敗物をともなって排泄する作用があるので、肉と野菜を一緒に食べれば異常発酵を起こさずにすみます。

 ところが肉を好きな人に限って野菜嫌いが多く、一緒に取らない傾向が強いようです。さらに仕事などで頑張りすぎる生活が加わると、交感神経優位になり消化器系の働きが悪くなりますから、いっそう便秘しやすくなります。

 大腸内に異常発酵した腐敗物が長く留まることが、大腸がんを増やしている原因なのです。交感神経優位になりがちな人は、意識して玄米やキノコ、海藻類など食物繊維が豊富な食物を取ると、腸の働きがよくなります。


日本の薬と西洋の薬は性格も効き目も違います

欧米人のように、動物性蛋白質を豊富にとって、体格の大きい人達に効く薬を、何千年間も植物性タンパク質中心の生活をしてきた小柄な日本人に投与すれば、副作用によるダメージが大きいのは当たり前です。

 日本人の食生活が変わり、体格も昔より大きくなってきたといっても、たかだか100年位のことです。ですから、西洋医学の原理で医療行為をした場合のリスクを考慮すべきだと思います。

 そもそも日本人は、薬は身体に優しいものだというイメージを持っていますが、穏やかな効能の薬を継続的に飲むという習慣があります。一方、西洋人は、日本人のように長期間にわたって薬を飲む習慣はありません。

 病気の時に使ったきり、後は使いません。
 ですから、西洋医学では使っている強い薬を日本流に飲み続けたら副作用が大きくなるのは当たり前です

 やみくもに西洋的なものを取り入れたために、伝統的な日本の医療のいいところがなくなり、医療がおかしくなってきたのは、ここ十五年くらいのことだと思います。

 もちろん、西洋的な医療はもっと前からありました。しかし、戦前や戦後間もない昭和二十年代、三十年代は日本がまだまだ貧しかったために、西洋医学を取り入れる余裕がなかったのです。

 しかし、高度経済成長を経て日本中がすっかり豊かになると、日本の伝統的医療の良さは完全になくなってしまいました。

 「養生」して治すという言葉がなくなったのも、その頃です。それ以前は、「しっかり休んで養生しなさい」などと、ごく普通に言っていたものです。

 所が、今では若い人は養生という言葉を聞いたことが無いでしょう」「養生しなさい」とか、「温かくして寝ていなさい」とか、今ではすっかり言わなくなりました。

 そろそろ、薬ではなく「養生」して病気を治す伝統を取り戻す時期に来ているのではないでしょうか

ガンを克服した人達から、大切な事を教えてもらいました

 私も最初から、生体反応による治癒力に注目していたわけではありません。意識が変わったのは、ガンから復帰した人に会い始めてからですから、ここ五年くらいのことです。

 実際にガンを克服した人達に会って話を聞くと、みんなとても明るくて、悟った人とはこういう人達なんだと思いました。以前、仙台で一度に十二人の元患者と会ったことがありますが、話していて自分のほうが未熟な事に気づき、「もう少し成長してから出直してきます」という心境になりました。

 明るくて、謙虚で、無駄がなく、目指すべき人間像の見本のようでした。十二人が十二人、全員がそうだったので非常にびっくりしました。

 末期ガンで病院や医師から見放されたにも関わらず、ガンから生還した100人の方たちの話を聞くと、抗ガン剤や放射線による治療をやめたことで、健康を取り戻した人ばかりです

 現在医学の常識でガチガチの医師でも、素晴らしい人格の元ガン患者に会って話を聞けば、今の医療のあり方がおかしいことに気付くのではないでしょうか。

 病気を克服するのは医者ではなく患者本人なのです

 よく新聞や雑誌に、ガンの闘病記が掲載されることがあります。そういった闘病記を読むと、外科手術や抗ガン剤や放射線治療など、西洋医学の一般的な方法でがんが治ってしまうような印象をもってしまいます。

 しかし、現実には、そういった方法ではめったにガンは治りません。がんの進行が遅いとか、抗ガン剤に対する身体の抵抗力が強くて、たまたま何十年間も生き続ける人もいますが、そういう人をマスメディアで取り上げると、読む人は誤解してしまいます。

 そういう特殊な人の闘病記を読むより、ガンを克服した人達の体験談を聞くほうがよっぽど勉強になります
 
 そういったお話を聞いていて、がん患者が自らガンに感謝した時、本当のいたわり方が生まれ、ついにはがんの進行が止まり、がんの克服に繋がるということに気づきました。

 患者自らの気付きのきっかけはちょっとしたことです。
 自分自身で閃く人もいますし、本を読んだり、テレビ番組からガンへの感謝の気持ちに目覚める人もいるそうです。

身体にいい薬はありません
薬の副作用の恐ろしさを知ってください

 私は、非ステロイド性抗炎症剤のような副作用の強い薬を飲み続けて健康になった人を見たことがありません。ごくまれに薬の副作用に負けない人もいるかもしれませんが、基本的に真面目に医師の言いつけを守る人ほど健康から遠ざかります。

 非ステロイド性抗炎症剤の副作用は、医師なら誰でも知っています。医師が手許に置いている薬の本には必ず書いてありますから、私が初めて発見したわけではありません。

 消炎鎮痛剤には、胃腸炎、血小板機能の阻害(出血を止まりにくくする)、肝臓の血圧調整機能を損なうなど、無視できない副作用があります。そのため、以前は重篤な症状の時のみ、処方されてきました。

 ところが、いつの間にか、どんどん適用が拡大されてきました。

 スポーツや事故による外傷の鎮痛、腰痛や手術後の鎮痛、65歳以上の八割に見られる変形性関節症など、幅広い疾患に消炎鎮痛剤が処方されるようになり、やがて薬局で医師の処方箋なしに誰でも買うことが出来るようになってしまったのです。

 日本ではまだそれほど大きな問題になっていませんが、アメリカでは、非ステロイド性抗炎症剤を処方された患者の10~20%に消化器症状が表れ、年間10万人以上が入院し、16500人以上が死亡しているという報告があります。

 また、薬剤が原因の救急患者の43%が非ステロイド性抗炎症剤を服用していたという報告もあります。
 
 さらに、統計データには表れてきてませんが、長期間にわたって非ステロイド性抗炎症剤を服用して身体を冷やすと、病気にかかりやすい、免疫力の弱い身体になってしまいます。
 
 高齢になるほど体温は低くなる傾向にありますが、腰痛や変形性関節症の痛み止めとして、長期間非ステロイド性抗炎症剤を処方されている人は、ますます病気に弱くなってしまいます。

 いくら寿命が延びても、病気がちでは人生を楽しむことは出来ません。
 ところが、日本人は生真面目ですから、医師の言いつけは守らなければいけないと思っている人が多いのです。

 本当に健康でいたいと思ったら、自分の身体に合わないものは放り出して、身体を温め、免疫力を高めることが一番です。免疫力を高めれば、自分の身体が病気を寄せ付けなくなり、元気になれます。

 身体を暖めるのに、一番簡単な方法はお風呂です。低体温で熱いお風呂が苦手な人は、最初はぬるま湯でも構いません。熱いお湯でも平気な人は暑いお風呂に入ればいいのです。

 人によって最適な温度は違いますので、自分が心地よく感じる範囲で調整すればいいと思います。
 体温より、4~5度暑いお風呂にゆっくりつかれば、自然に体内の免疫力を活性化することが出来るので、薬に頼るよりずっと健康になれます。


元気な身体を作る第一歩は身体を冷やさないこと

身体を冷やす消炎鎮痛剤の蔓延が現代人の免疫機能を駄目にする

これから日本は、人類史上経験したことのない長寿の時代を迎えることになりますが、ワクワクする反面、心配なことも多々あります。

 これから何年かずっと続いている傾向ですが、テレビCMや電車の中吊りで、消炎鎮痛剤の広告が目立つようになっています。

 現在、消炎鎮痛剤として使われているものの殆どは、非ステロイド性抗炎症剤と呼ばれるものです。
 アスピリン、インドメタシン、イププロフェンといった名前を聞いたことがある方も多いと思いますが、これらが非ステロイド性抗炎症剤です。

 市販されている商品名で言うと、頭痛や歯痛、生理痛を抑える薬として知られる「バファリン」の主成分がアスピリンです。

 また、筋肉痛、肩こり、腰痛、関節痛、腱鞘炎、打撲、捻挫などの痛みを抑えるために、皮膚の上から貼ったり塗ったりする「バンテロン」の主成分がインドメタシンです。

 そして、総合感冒薬、いわゆる風邪薬の「パブロン」「ベンザブロック」の主成分がイププロフェンです。

 こういった薬は、炎症や発熱を引き起こすプロスタグランジンの合成を阻害するため、抗炎症作用、鎮痛作用、解毒作用があるとされています。

 これらの作用が身体に与える影響を一言で言うと、「体を冷やす」ということです。痛みや炎症を抑える、熱を下げるといって、身体を冷やす薬を市販しているのです。

 しかし、身体を冷やすことによって得られる薬は、一時的なものでしかありません。
 そればかりか、免疫の働きという点から言うと、身体を冷やすことにはマイナスな方が大きくなります。

 低体温が続くと、体温や免疫といった生命活動を調節する自律神経系が壊れて、制御不能になってしまいます。すると、自律神経失調症を始め、肩こり、めまい、頭痛などが起きます。

 さらに、免疫活動の活動が落ちて癌細胞に負けやすくなってしまいます。
 私はこれまで、体を温めると病気が治るということを本で詳しく説明してきました。

 顔色が悪く、病気がちの人の平均体温の殆どは36度以下です。そして、平均気温が35度くらいになると、免疫細胞が癌細胞に負けてしまいます。34度、33度となると瀕死と言っていい状態です。

 体温が低いと免疫細胞を始め、人間の活動に必要なタンパク質の合成がうまくいかなくなりますから、免疫力を高めるには体温を高めに維持するのが一番です。

 ところが、消炎鎮痛剤を使うと、身体を冷やしてしまいます。病気や怪我などで身体の弱っている人の身体を冷やして、ますます弱らせることになってしまうのです。


人間の身体にはまだまだ未知の可能性が秘められている
子供の時に病弱だった人ほど長生きする傾向があります

 琉球大学医学部との共同研究で、沖縄県在住の百歳高齢者の抹消血リンパ球を調べたことがあります。
 沖縄の百歳老人の人達と会って話して、子供の頃、病弱だった人が多いことに気が付きました。扁桃腺を腫らして、すぐに熱を出していたような人がたくさんいました。

 小さな頃にすぐ熱を出していたような人は、リンパ球が過剰な人です。リンパ球が多いと、風邪などのVirusが体内に入ってきた時、過剰に反応して扁桃腺が腫れたり、高熱が出たりするのです。

 そのため、よく風を引いて寝込んだり、学校を休む事になります。
 このように、子供の頃、リンパ球が過剰でアレルギー症状があるくらいの人の方が長生きできるようです。もともとリンパ球が豊富なため、年をとってからも体内にリンパ球が残っているためだと思われます。

 逆に、若い頃、健康優良児で風邪一つひかなかったというような人は、年をとってから大病をして早く亡くなる事が多いようです。

 100歳を超えるような長寿には、持って生まれた資質が大きいといえそうですが、後天的にはクヨクヨしないことでリンパ球体質を維持できるようです。


「深くぐっすりよく眠れる」入浴法

◯眠れない体は「湯船」から♪

良い眠りを得るためには、入浴方法も重要です。

 よく、健康のためには、シャワーだけでなく、ゆっくり湯船に浸かった方がいいと言われますが、これは、はっきりとした理由が出ています。

 医学博士の浦川さんは、次のような研究結果を発表しています。

ある会社の社員18人を湯船派とシャワー派に分け、リンパ球と顆粒球の数を測定した所、

湯船派  のリンパ球数の平均が2248個、
シャワー派のリンパ球数の平均が1901個、と出たそうです。

 リンパ球の理想的な値は、2200~2800個ですから、湯船派のほうが良かったわけです。
 反対に顆粒球は、湯船派よりもシャワー派の方が多くなりました。

 ここから、湯船派の方がシャワー派よりも、自立神経のメリハリが利いた習慣を得ていることが分かります。
 反対に、シャワー派は、湯船派よりも交感神経の緊張が強くなっていると考えられます。
 
 やはり、入浴は湯船に浸かり、しっかりと体温を上げ、汗を書いたほうがいいと言えそうです。
 体温が上がると自律神経のバランスも取れ、代謝も活発になり免疫力も高まるからです。

 シャワー派の人は、入浴方法を変えたほうがいいでしょう。
 低体温の人は、忙しすぎる場合と、楽をしすぎている場合があり、どちらにしても極端な生活をしているはずです。

 極端過ぎる生活が、入浴方法に端的に現れ、白血球の割合の数字にも現れているとするなら、ただ「入浴方法を変える」よりも「入浴方法のクセに表れているかもしれない生活の癖を直す」と捉えたほうがいいのかもしれません。


◯仰向けに寝る人は「五十肩にならない」

 ここで五十肩の話をしたいと思います。五十肩は、寝る時の姿勢と関わりあいが深く、夜間に痛む事も多いため
、睡眠の質に影響するからです。

 いわゆる五十肩とは、肩関節周囲炎と言って、中年期に多く発生するものです。私は、仲間の医師と共にこの五十肩の原因を発見しました。それは、睡眠時に、横向きの姿勢で寝ることです。

 横向きだと肩が圧迫されて血流障害が起き、組織破壊が起きてしまうのです。
 横向きの人は、仰向け寝が出来ない人が多いでしょう。

 仰向けが出来ない人は、大抵太り気味です。太り気味だと、お腹の脂肪が横隔膜を圧迫して、呼吸が苦しくなるからです。中年期に太り気味になる人は、それまで頑張って仕事をしてきた人と言えるでしょう。

 頑張りすぎてストレスがたまり、交感神経が緊張し続けるために、それを解消しようとしてよく食べます。食べるから太り気味になります。

 また、交感神経が緊張していると血流障害が起きるので、肩に疲れが溜まりやすくなっています。
 
 つまり、バリバリ頑張りすぎて、血流障害が起き、太り気味になり、それが原因で横向き寝の習慣がつき、やがて五十肩になるわけです。
 
 ですから、五十肩を治すためには、寝る姿勢を仰向けにする必要があります。そのためには、痩せる必要があり、ストレスによるドカ食いをしなくてもよい状態になるまで生き方をかえないといけないのです。


笑いは、免疫力を高める特効薬

◯よく笑う人は病気にならないは本当か?

「そういえば、ここ一年くらい、笑ったことがない」
 ガンを患った方と話すと、そういう人が少なくありません。
おろらく、一年も笑いが出ないほど、仕事や精神的なストレスが続き、交感神経の優位が続いて、病気が発生してしまったのでしょう。

 あなたは、どうですか?
 この一週間で、大笑いしたことはありますか?

 休日には、そうして普段の生活も振り返ってみましょう。
 「一週間、殆ど顔がこわばったままだった」という人には、私は、タマの休日くらい、ゲラゲラ大笑いする機会を持ってもらいたいと思います。笑うことには大きな効用があるのです。

 笑いは、副交感神経を優位にします。大笑いした時には、涙や鼻水などが出てくるでしょう。これは、副交感神経が優位になった事によって、排泄・分泌が促進されるからです。

 笑うことで、脳内麻薬と言われるBエンドルフィンが分泌され、気分もよくなります。
 また、笑うと、免疫細胞が活性化されます。例えば、落語を聞いた後には、ばん細胞を殺すNK細胞が活性化する事が分かっています。

◯笑いに勝る「体温上昇法」はない?

 大笑いの効用は、体温が上がり、エネルギー代謝が滞り無く行えるようになることでしょう。
大笑いすると、顔がクシャクシャになり、実をよじるような動作になります。腹筋が筋肉痛になるのではないかと感じることさえあります。

 笑いによる全身の筋肉の運動で、熱が発生し、熱が血流によって体を巡り、体温が上がります。
 体温が上がると、身体の中で起こる様々な化学反応、代謝を媒介する酵素の働きが良い状態になります。すると、食べ物からエネルギーを摂取したり、古い細胞を新しい細胞に入れ替えたりする反応もスムーズになります。

 ですから、疲れも取れやすくなり、結果的に病気を防ぐ事が出来るのです。涙がでるほど笑った後には、自分に重くのしかかっていたストレスが、何だかそんなに深刻ではないように感じられ、気分がスカッと軽くなっていることでしょう。

 顔には赤みが差し、表情も明るくなり、全身はリラックスしてきます。
 手間も、お金もかけず体温を上げる方法といえば、大笑いに勝るものはないと言ってもいいでしょう。

◯血流のいい人は疲れない 肥らない

 身体の各組織をに糖や酸素を運んだり、乳酸を押し流したりするのは、共に、血液の働きです。
 ですから、血流のいい人は疲れにくく、疲れが出ても、比較的早い時間で疲れが回復する事になります。

 逆に、血流が悪い人は、疲れやすい人、疲れが取れにくい人といえるでしょう。
 血流は、エネルギー代謝を支え、疲れをためないために、非常に重要な役割を果たしているといえるのです。

 血流はまた、体温を保つ上でも非常に重要です。
 血流は、体の様々な場所で発生した熱エネルギーを、体の隅々にまで届けるからです。

 なぜここで体温を持ちだしたかというと、体温もまた、エネルギー代謝を維持するのに不可欠だからです。
 先ほど、ほとんどすべての代謝は、酸素という触媒が関わって行われていると述べましたが、この酵素の働きの度合いを決めるのが、体温です。

 私達人間の体の中で、酸素の働きが最大になるのは、体内の温度が.37.2度の時です。
 「それは微熱がある状態じゃないか」と思われるかもしれませんが、内臓などがある体の内部の温度(深部体温)です。

 深部体温が37.2度の時、舌下や直腸の体温は、だいたい0.5度くらい低い、36.5~36.7度くらいになります。
 私達が普通に体温を測るときには、脇の下(腋窩)で測りますが、ここはさらに0.5度ほど寒くなり、36.5~36.5度になります。体温は、体表に近づくにつれて、外気などの影響で低くなるわけです。

 このように血流が代謝を支え、体温を保ちます。
 その体温もまた、代謝を支えます。体温と血流によって、代謝が滞り無く行われていれば、私達は疲れにくくなり、疲れをためない体質になる事が出来るというわけです。

 血流が滞っている人は体温が下がりがちです。体温が下がると、身体のエネルギー効率が下がります。エネルギーを、活動のためにではなく、まず冷えている体を温めるために使わなくてはいけなくなるからです。

 近年では、冷蔵をきかせすぎ、冷たい飲み物や食べ物を安易に取るなど、冷えに無防備な人が増えていますが、こういう人は、自ら疲れやすい体質に陥っているといえるでしょう。

 さて、ここまでお話すれば、自律神経と得ねえルギー代謝のシステムの密接な関係、さらにそれらが疲れとどう関わっているのかが見えてきたのではないでしょうか。

 つまり、自律神経のバランスが取れていると、血流が良くなり、体温も上がり、疲れにくくなります。
 そもそも自律神経は、代謝が最も効率よく行われる深部体温37.2度を恒常的に保てるように、体温をコントロールしようとしています。 

 ですから、自律神経のシーソーがきちんと機能している場合は、血流も体温も良い状態で保たれます。
 例えば、交感神経が優位な状態が続き、血流が滞って体温が下がったとします。

 そんな時でも、休息を取って、副交感神経を優位にすれば、血管が拡張することで、血流が回復し、体温も上がってポカポカしてくるはずです。食後に、体がポカポカしてくるのが、いい例です。

 また、楽過ぎる生活で副交感神経が続いても、活動を初めて交感神経を働かせれば、筋肉から熱エネルギーが発生し、血管の角の拡張が改善されることによって血液が促され、体温も上がってきます。

 結局、自律神経のシーソーをきちんと機能させるような、メリハリの利いた生活が、血流と体温を保ち、代謝を促進して、疲れない、疲れても回復しやすい体をつくるのです。


ガンは細胞の「先祖返り」現象
 何がガンの引き金になるのか

 交感神経緊張状態の生活が続くと、低体温や血行障害が起こってきます。

 副交感神経優位の生活だと血流やホク体温も高めなのですが、これも程度のもので、リンパ球が50パーセントを越すほど過剰になると、血管が開き筋肉からの放熱もなくて血流が悪くなり、冷えが見られるようになります。

 こうした状況はミトコンドリアにとっては酸素不足を意味し、非常に生きづらくなります。もっと状況悪化してミトコンドリアのエネルギー生成がストップすると、本体である私達も生きていけなくなります。

 ミトコンドリアが生きづらくなると、本体細胞との折り合いも悪くなり、共生のための約束である「分裂抑制遺伝子」が機能を停止し、20億年前の祖先細胞と同じように、猛烈に分裂し始めます。それが発がんだったのです。

 がんは、体に出できた異常細胞だと考えられていますが、こうしてみると細胞が「先祖返り」を起こした状態だといえます。

 もともと、ミトコンドリアが生きづらい環境に陥った事で、苦し紛れの「先祖返り」が起きるのですから、がんを防ぐには「ミトコンドリアが生きやすい環境」を整えればいいわけです。

 それには快適な体温(体内が37度」と適度な酸素が必要。つまり、常に血流を良くする事です。

ガンという存在の要約
 ミトコンドリアは低酸素下ではいきづらい⇛ミトコンとリアが苦しいと、本体細胞が猛烈に分裂し始める




対策♪
運動をすると血流も良くなり体温も上がる
入浴も効果的
深呼吸をすると、副交感神経優位になる
低体温・低酸素という環境を変えれば分裂抑制機能も回復する
入浴も効果的


「ガン発生のメカニズムも、また人間に与えられた優れた機能」だということをほんの少しだけ書かせていただきます

一部引用ですが・・・♪
最高に素晴らしい内容ですので、リンク先で全文見てね~♪


発がんは不利な内部状態を克服する解糖系への適応応答である

とあり、つまり、安保さんは、ガンは体を守る反応だと言っているのでした。

もう少し正確に書きますと、「ガンは遺伝子の失敗ではなく、人間が過酷な内部環境に適応するための現象」とおっしゃっています。

ちなみに、この安保名誉教授は、サイトのプロフィールにあります通り、過去において、「ヒトNK細胞抗原CD57に関するモノクローナル抗体」というものを作製したり、「胸腺外分化T細胞を発見」したりといった、よくはわからないですが、超エリート医師で、英文論文も 200以上発表している方です。

そして、研究の中で、次第に、

白血球の自律神経支配のメカニズム

というものを解明していき、少しずつ「病気と免疫の関係」を明らかにしていく中で、どうやら、「ある日、悟っちゃった」みたいなんですね。

講演会の中で、

「夜中、15分くらいの間に、ガンのできる仕組みが全部わかっちゃたのです」

というようなことを言われています。


FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪

正真正銘の本物のイエス様が語る 性エネルギー・結婚の正しい解釈秘話をご紹介♪イエス様ご本人が語る結婚・性エネルギーの真の意味合い♪歪められていない真実の教え♪全キリスト教徒必見♪自分が神であると自覚する人が真の伝道者♪

新山上の垂訓 助安由吉 から引用させて頂きました♪



正真正銘の本物のイエス様が語る
性エネルギー・結婚の正しい解釈秘話をご紹介

 今回は、あの世界一有名な「イエス・キリスト」、すなわちイエス様ご本人が直々にご講釈をして下さっている、素敵なお話をご紹介させて頂きます。

 怪しいチャネラーが交信したのではなく、天上界から派遣された12人のキリストのお一人であられる「助安由吉さん」という方が、明想中に、光一元の意識状態の中で、イエス様から受けたメッセージという形になります。

 天上界から派遣された12人の中には、知花敏彦先生や、上江洲義秀先生もおられます。
 な~るほどぉ♪そういった一番信頼できる系統の方なのね♡♪…という認識をして頂ければ幸いであります。

 私自身、こちらの内容から本物ならではの高貴な波動を観じまして、100%信頼できる情報と言って差し支えないでしょう…と判断させて頂きました。

 それでどうしても、この最高に素晴らしい内容を、人類の皆様にお披露目したいと…そう思った次第なのです。

 前に記事にした「性エネルギーという贈り物」の記事と完全にリンクしており、その内容の正しさを裏付ける内容となっております。

 私の性エネルギーに対する新解釈が、全くもって正しいと分かり、大変感激・大歓喜しております。
「イエス様の真実の性解釈」は私の結論と全く同じものでしたので。

 今回のお話は、知花先生や上江洲先生をご存知の霊性の高い方々でしたら、何の違和感もなくすんなりとハートにストンと落ちて、深い真理の理解にして頂けると確信しております。

 これからも、こちらのご著書をチマチマと書き出してゆくつもりでおりますので、乞うご期待下さいませ。
 この本の内容があまりにも良すぎて、ブログのネタにはしばらく困らなそうです(笑)

 最後に、私を神の道具としてお使い下さる、偉大なる心から愛する「創造主・父なる神」に心から感謝申し上げます。

 神の御使いとしてお使い頂ける最高の栄誉に対しても、感謝の気持を忘れず、日々、神様を愛し…神様に感謝する気持ちを永続的に持ち続けられる…そんな自分でいられるよう、日々精進し続けます。

 いつもブログをご観覧して下さる、偉大なる「光の求道者」の皆様にも心から感謝申し上げます。皆様が見て下さるからこそ、気持ちも高揚して続ける事が出来るからです。本当に有り難いことです♪感謝♪感謝です♪



愛は天と地の架け橋Ⅰ⇐リンク先でイエス様のご講話が見れます♪

初めにイエス様の内容を軽くまとめてみました♪

世間から離れての修行は、逃避の修行で間違い

●「思っただけでも淫乱なり」と言ったのは誤り。真実は全く逆
性を持った人で異性に興味を示さないことなど、全く不可能

●教会の「異性を感じるものはすべて罪」は誤り

性を閉ざしての修行は、かえって悪い方向に進んでしまう

●性を無理に抑える事は、魂の修行としては失敗に終わります

●性は抑える事は、出来るものではありません

●愛情表現(性行為等)を制限する方が大きな問題であり
●それを薦める人々はもっての外・とんでもない事・間違い

●生の交わり(性行為)も罪な事ではありません
●もちろん一人での性行為も罪な事ではありません

●男女の両性の調和、これこそが地球人類の調和
●性を抑えれば抑える程、頭をもたげてくる

●ひとり一人の内にこそ神がおられます
自分が神であると自覚する人が本物の伝道者



結婚について (イエス・インマヌエルより)

 この地球という天体においては、魂の修行が生きる目的であります。俗世間から離れての修行は逃避の修行になり、大きな成果を上げることが出来ません。

 私の時代は大変な時代でしたので、私と12人の仲間は妻帯をせずに真理の電動に力を入れてきました。

 しかし、あれから二千年も経とうとしています。状況は全く変わってしまいます。伝道者は必要ですが、教会堂中心の聖職者は全く必要がありません。

 いない方が地上人類の平和に寄与する事が出来ます。それと神父と言われる人、修道女と言われる人の結婚をすすめます。

 現在のように性を閉ざしてのものは、本当の修行にもならず、かえって悪い方向に進んでしまうからです。人間の本能の中でも、食欲についで大きなものです。

 これを抑える事は、出来るものではありません。もしこれを抑えたとすると、魂の修行から言いますと、アンバランスのものになります。

 本来円満な修行でなければならないのに、いびつな円になり魂の修行としては失敗に終わります。

 世の中には男性と女性しかいません。この2つの性のバランスを欠いているものは、全て失敗の人生となります。

 性を抑えれば抑える程、頭をもたげてくるのものです。また教会では異性を感じるものはすべて罪であるとしています。

 また私が思っただけでも淫乱なり」と言ったとされていますが、真実は全く逆です。

性を持った人で異性に興味を示さないことなど、全く不可能です。

 男女の両性の調和、これこそが地球人類の調和になります。神父さんが妻帯し、修道女が結婚して良き伴侶と共に仲良く生きてこそ、素晴らしき魂の修行が出来るのです。

 一日も早くこのような日が来ることを、私は願っています。結婚は悪いことではなく、生の交わりも罪な事ではありません。

 地上に肉体を持ったなら、(愛情表現は)当然の成り行きなのです。
(愛情表現を)制限する方が大きな問題であり、それを薦める人々はもっての外という事になります。

 神に仕える神父というのも、全く不思議なものです。神に仕えると言っても外には神はいません。

 ひとり一人の内にこそ神がおられます。そうしますと、ひとり一人が神父であって特別な人は必要ではなくなります。

 だから神父も修道女も必要がないのであります。必要なのは、自分が神の子であり、自分が神であると自覚する人であります。

 この様な方は、教会や指導者と言われる人から、言われなくても自分の内側からの導きで自然に動きます。

 これが本物の伝道者であり、神の子としての生き方なのであります。

(1991・12・15・11時20分、アルベル山にて)


私の「性エネルギー」に対する結論のお話ですが…♪


人類のお悩み「性欲・情欲」の正しい理解
性エネルギーという贈り物の正しい解釈のお話

 真理の追求者の方々の、特に男性の方の一つのお悩みとして、情欲、いわゆる性エネルギーの問題があげられます。私自身も、どう扱えばいいのか、試行錯誤したり、悩んだ時期もございます。

 ですが私も、このバーソロミューさんの「性エネルギーという贈り物」を50回ぐらい拝聴して、完全にそのお悩みも解消する事が出来ました。

 私の結論は「性エネルギーは、尊い素晴らしいポジティブエネルギー」というものであります。

 単に、その使い方が問題なだけであって、その「性エネルギー」自体には何の罪もありませんし、ネガティブな要素など微塵もないという事は、自分の実体験の色々な気付きからも確信しております。

 魂の法則でも、「性関係を自制すれば神に近づいたりより純血になれる」とイエスが公言した事は一度もない。と論破されておりますし、また、「進歩した魂にとっては、親密な愛の表現方法だ」とも仰っておられます。

 という意味でも、「性エネルギー」自体は何の問題もなく、高次元な宇宙人さん達でも、普通に清らかに「性関係」を行使されているという事でしょう。

 要するに、その「使い方・想念の在り方」が大事なのであって、「性欲・情欲」自体には、なんのネガティブな要素はない…というのが私の結論であります。

 覚者・知花敏彦先生も、情欲は、プラスがマイナスを求める働きであって、神我一体の境地になれば、「+と-」が完全に中庸のバランスになって、自然と情欲がなくなるんだから、

「+と-」のバランスが出来ないうちに、無理して禁欲をして、精液を(ためて)ぶちまける事はしなくていい…みたいなお話があったように記憶しております。
(詳細な部分が違ったらごめんなさい)

 覚者・上江洲義秀先生も、「あの人は美しい、綺麗」は、別にいいけど、「あの女性と寝たい」とかは良くないと仰っておられました。まさにその通りでありまして、大事なのは、その「想念の在り方」であり、「性エネルギーの使用方法」だと思うのです。

 私も、その想念の在り方で、色々体験・経験したのですが、その中で学ばせて頂いたのが、その美しいと想う相手の女性に対して、何かをしたいとか、不倫でもしようかとか、

実際に影響を与えて、迷惑をかけるアクションを起こそうとする想いは、いわゆる「カルマの上塗り」的な感覚になるという事です。

 これは、守護の神霊の方々の叱咤(汗)や、そういう想いになった時に、自分の周りの波動が曇った感覚に陥ってしまった体験から、ほぼ間違いないと認識した次第です。

 お恥ずかしい話ですが、人間は多少の間違いをおかしながら、成長していくものですから、それはそれで、申し訳ないと反省しつつも、それは魂の成長の一つの過程として、前向きに捉えて、いい経験をさせてもらえたなぁ…と、そんな感じで捉えております。

 誰だって、「情欲・性欲・性エネルギー」は持っておりますが、それを一人で行使する時も、美しい愛に満ち溢れた境地で使えば、それは何の問題もないどころか、

その行為が、心が清らかになる「美しい愛情行為」になって、疲労もあまり感じず、心も清々しい生きてる喜びに満ち溢れた爽快感だけが残る…そういう高い愛の表現方法に変わってまいります。
 これは実体験から観じた事柄であります。疲労感が殆どない感じになります。

 心を磨けば磨くほど、「性エネルギー」の行使が、喜びと爽快感だけが残る、幸せの局地のような、神様が望まれている、美しい清らかな「愛の表現方法」として完成していく様であります。

 私は、「性エネルギー」を使用することを、「罪」「カルマ」「ネガティブな行為」と受け取る事は間違いであり、その考え方自体が、神様に対する間違った考え方だと認識しております。

 もし「性エネルギー・性欲」というものが、「罪」なのだったら、この宇宙全体のあらゆる生物が罪の行為から生まれたものであり、愛の行為自体が罪であり、

虫さんから動物さんまで、全ての存在が、「罪」というものを背負っている、という、もう創造主に対して、失礼極まりない考え方になると思うからです。

 どうして創造主である神が、「愛情表現」「性エネルギー」自体を、「罪」とみなしましょうか。そんなおかしな話はありません。あくまでも使い方が問題なのですね。

 性エネルギーを「本能」といって、まるで「愛情表現」自体を良くない行いのように、語る方もおられます。

 大変申し訳ないのですが、「宇宙の法則である神」がお創りになられた、偉大な繁殖システムの何がいけないのでしょうか。

 その「本能」で生きてる動植物たちの何が問題なのでしょうか。「本能」が「間違った行い」や「罪」とでも言いたいのでしょうか。非常に疑問です。

 私はその動植物たちの「愛の行為」を「愛おしい」としか思いませんし、「本能」で生きている動植物たちを、「神の愛の具現」で「尊い存在」と認識しております。
「本能」だから間違いとか罪とか、などホコリ程も思いません。

 神様が創造された偉大なシステムを否定して何が真理なのでしょうか(笑)、と私は言いたいのです。

 「性エネルギー」自体は、「完全なる神の愛」であり、「神の愛の贈り物」、「ポジティブエネルギー」そのものではないでしょうか。

 もし霊性進化と「性欲を悪者にする思考」をセットにする教えが、仮に真理ならば、人類が真理に目覚めた瞬間に、人類が愛情行為をしなくなり、人類が滅亡してしまいます。

「魂の法則」で語られている通り、こんなおかしな話はありません。ですから、これは真理ではありません。

 全智全能の創造主であられる神が、ネガティブなエネルギーなどをお創りになるなど、もちろんありませんから、情欲・性欲自体は、「ポジティブエネルギーで聖なるもの」です。

 例えば、包丁を使っている職人さんがいるとします。「包丁・刃物」自体には何の罪もありませんよね。
 ですが、使い方次第で、最高の芸術作品にもなり、最高の芸術性のあるお料理にもなります。それはポジティブエネルギーとして使われたという解釈になります。

 その一方で、使い方を誤れば、人を殺めたり、傷つけたりしてしまう事もあります。それはネガティブなエネルギーとして使われたという解釈になります。
 
 その様に「性エネルギー」自体は何の罪もありませんし、その元の本来の状態は、「神からの祝福のプレゼント」であり、ポジティブエネルギーそのものだとも言えましょう。
 バーソロミューさんはその様に仰っておられました。

 ですから「性エネルギー」を使うこと自体が悪いという事は決してないのですね。
私はもう、その「性エネルギー」について、全てのお悩みが解決しておりまして、

バランスの取れた中庸の思考で、神様から与えられた素晴らしい「性エネルギーという贈り物」を、神様に感謝の気持ちを持って、ありがたく使用させて頂いております。

 もう「性エネルギー」に対する罪悪感など微塵もありません(笑)。性欲を抑制する事と、悟りとは、何の関係もないことを熟知して深く理解しているからです。

 ここ辺りは、賛否両論があるとは思いますが、それは無意識のうちに、キリスト教的な禁欲的な価値観である、間違った古い考え方に支配されている方が多いからだと推測されます。

 日本人は本来、性に開放的な民族でしたし、正しい最先端の解釈で捉えれば、私の結論が正しいとご理解して頂けると確信しております。

 あの有名な、「小林健さん」も、高い精神性と素晴らしい超能力をお持ちの方ですが、普通に奥様と愛の行為を堪能されていると、ご著書で伺ったことありますし、韓国随一の霊能者でもあられる、安東民先生も、普通に奥様と「愛の行為」をされているとの記載がありました。

 もし「性エネルギーの行使」と「超能力」が反比例するものでしたら、そのお二人の超能力は、消えてなくなってしまうのではないでしょうか。ですが、実際には何の影響もない事は明らかです。

 そういう意味でも、「性エネルギーを行使する」事と、「魂の成長の影響」は、何の影響もないと結論付ける事が出来ると思うのです。

 身口意を正したり、洗心したり、真理を深く理解したり、愛を高めて高い霊性に磨き上げる事が大事なのであって、「性エネルギー」を抑制する事は特に意味はないという事ですね。

 また、アミ小さな宇宙人でも、性行為はもっと自然で自由なものだと書いていた記憶があります。高度に進化した宇宙人でも、性行為は、「親密な愛情行為」だという訳です。

 私自身、性エネルギーについて悩んで、性欲を抑制しすぎて、自分を縛る事で、うつ状態になりかけた事も御座います。
 そういった経験を経て、抑制すればいいもんじゃないんだなぁ‥って学びましたし、色々試行錯誤の繰り返しで、この究極の結論にまで到達する事が出来ました。

 ただ、誤解しないように付け加えますと、「性エネルギーを行使する」とは言っても、今日はあの人と、明日は別の女性と…みたいな、そういうモラルハザードな事は絶対にしてはいけません。
 二人でするというのは、カルマ的にはあまりお気軽にするのは止めておくべきでありましょう。

 あくまでも、「一人で」中庸のバランスの取れる範囲で、程々に「性エネルギー」を、心の中の妄想中でも、好きな人の幸せを願い、心から愛してる、という感じで、美しい愛の…愛おしさを感じながらする…のが問題がない、という事で御座います。

 その「一人で」「性エネルギーを行使する」時に、清らかな愛おしさを感じる愛で、愛おしい愛で行使する時は、その「性エネルギー」というものは、

それはそれは、何とも言えない「最高のエクスタシー」と感じまして、それがある意味「神の祝福」なのかしら…と、いう風に感じた事も御座います。

 その「性エネルギーに対しての罪悪感」というものを払拭して、真の意味で「性エネルギー」というものを理解できた時に、貴方も、その神の祝福としての「性エネルギー」を縦横無尽に発揮出来るようになり、

 優雅に綺羅びやかに、スマートに、清らかに爽やかに、一瞬一瞬を喜びに満ち溢れた、生きている喜びの実感の最高のエクスタシーとして、疲労感もなく、愛で満たされた至福の境地として、「性エネルギー」は「神の祝福」なんだなぁ…って、観じて頂けるでありましょう。

最後に、分かりやすく簡易比較で表してみますと、


性エネルギー自体は神の贈り物 愛のエネルギー 正解 ○
性エネルギー・情欲・性欲自体がネガティブなもの 間違い ☓

高次元な宇宙人も普通に愛情表現をしています 正解 ○
性欲を自制しないと高次元な宇宙人になれない 間違い ☓

進歩した魂にとっては、性関係は親愛な表現方法 正解 ○
性関係を否定しないと進歩した魂になれない 間違い ☓

愛情表現をしながらでも普通に高い次元に行けます 正解 ○
愛情表現自体を否定するという人類が滅亡する教え 間違い ☓

性欲自体は神からの贈り物で神の愛 正解 ○
性欲自体が罪であり存在してはいけない 間違い ☓

動植物が神の本質である愛を自由自在に表現している 正解○
動植物を本能で生きている下等生物だと見下す 間違い ☓

愛情表現は美しい愛で正しく使えば、それは神の祝福 正解○
性欲自体全部が本能で罪だから、全て克服するべき 間違い ☓

 
「魂の法則」から、性が罪深く、性関係を慎む者がその他よりも純血で高潔だと信じるのは誤りだ、からの引用ですが……


※性が罪深く、性関係を慎む者がその他よりも清潔で高潔だと信じるのは誤りだ、とも言われましたよね。

 その通りだ。司祭であろうと僧侶や修道士であろうと、宗教家に貞潔を誓わせたその様な概念を、どこから引き出して来たのか知りたいものだ。

※イエスが示してた手本によるものだと思いますが。

 君たちはイエスに性関係がなかったと断言できるほど、イエスの私生活を知らないではないか!
 性関係を自制すれば神に近づいたりより純潔になれるなどと、イエスが公言した事は一度もない

 例え本当であっても、全人類が生涯にわたって性関係を控える決意をしたら、120年以内に地球から人間の命は途絶えてしまうであろう!

「生めよ増やせよ」という事と矛盾してしまう、と思わんかね?もし君たちが、性関係以外の増殖法を知っているとしたら、お教え願いたいものだ。過去の時代には、試験管で受精させるなど不可能だったのだよ!

※あなたのお話から、性関係はいつも増殖のためでなければならないと理解するべきでしょうか。

 もちろん違う。もうそれについては十分話しただろうに。進歩した魂にとっては、性関係は親愛な表現方法だ

 それと全く異なるのは、性欲を満たすために、あらゆる手段を用いて自由意志が侵害される場合だ。

 特に女性や子供と言った最も弱い者が性商売(売春や小児童性犯罪の事だ)に従事させられたり、君たちの世界ではよくあることだが、
実際には愛してもいないのに愛していると言ったりして、セックスのために、あらゆる方法で人を操り嘘を付く場合だ。

 イエスはこのような事を全て、告発したのだ。その時代には女性は、性も含めた全ての面において、奴隷に毛が生えた程度に見なされ、実質的には何の権利も持っていなかったのだよ。

 男どもは、誰にも文句を言われずに好き放題で、女性は、男性の権力の乱用を、宗教の加護にすがって耐えねばならなかった。
 たとえば、離婚され、他に生き延びる手段がないために、売春を強いられた。

 イエスは女性の権利を守るために、大いに闘った。女性を性奴隷と見なすことを止めさせ、彼女たちを咎める者を叱咤し、その惨めな状況は男性のせいなのだと分からせようとした。
 しかし、教会がそれら全てを、性を卑しむ詭弁にすり替えてしまったのだ。

 
 後は、この記事の下の方にある「性エネルギーという贈り物」をご拝読して頂ければ、もう完璧に理解して頂けるでありましょう。
 もうこれから貴方も「性エネルギーという贈り物」を正しく喜びを持って、ご活用していけるはずです。

 真理の追求者の皆様の「性エネルギー」に対するお悩みの解消に役立てて頂ければ、私にとって至上の喜びであります。


セックスについて

この世の中に
男と女がいる限り
セックスという行為がある
これは善でも悪でもなく
自然現象としてある

人間の五官は
人間が作ったり
人間が削ったり
人間が勝手にすることはできない

セックス行為も
大きなウエイトを占める五官の中の
触覚である
この触覚に対して
偏見を持つ人が多い

また過去からの習慣で
あるいは言い伝えで
罪意識を持つ人が多い

これは大きな間違いである
セックスは大いなる神が
子孫の繁栄と
相互の愛の増進のために
与えられた大切なものである

視覚が悪でないように
聴覚が悪でないように
臭覚が悪でないように
味覚が悪でないように
触覚もまた悪ではない

ところが触覚の代表的なセックスのみが
悪としてとらへ
陰でコソコソというのは
大きな間違いである

人間はどんな人でも
セックスを超越して生きることはできない

このエネルギーが
活動エネルギーの根本だからである
抑えることができるが
それは抑圧されて
ストレスがたまるばかりである

人間が人間らしく生きるには
この抑圧があってはならない
性は明るくとらえ
自由にとらえ
自然現象としてとらえなければならない

異性を見てセックスを感じたならば
罪だということはない
このように言うと世の中に
罪人ばかりになってしまう

思うことはエネルギーとなり
その人の環境を作るのであるから
この思い方は人生にとってマイナスとなる

セックスに対して規制してはならない
規制すればするほど
マイナス現象がはたらき
折角与えられた人生が
取り返しがつかなくなる

規制を取り除き
明るく自由な振る舞いができる時
人間の本性が自然に現われて
不調和な状態に陥らない
マイナスの想念を持つから
悪い現象として起きるだけである

セックスは罪な行為ではなく
大いなる神が与え給うた
喜びごとなのである

男性の陽と
女性の陰が共に合体した時
喜びが倍加する

これがセックスの本質なのである
ただし愛される調和が
その背景にあることが条件としてある
性とは聖であり
神聖なる神の行為のことである


セックスは大切

人間生活において
セックスはとても大切なものである
これ抜きの生活は
魂の修行とはいえず
修行の落第生となる

この地上に肉体を持った以上
特別な人はいない
イエスもブッタもモーセも
特別な人ではなく
魂の修行の成果を上げた人なのだ

修行を専門にやっている
聖者と言われている人は
セックスを堕落と考え
世俗的な楽しみと考え
セックス抜きの修行法を考えたりする

これは全くナンセンスだ
全ての人類もその人達と同じように
魂の修行者だ
大いなる神はこの地上に
特別な人など作りはしない
これからも作ることはない

すべての人類は
魂の修行者としてこの地上に生まれている
その人達がセックスを堕落と考え
セックス抜きに生活したならば
どうなるだろうか
子孫はその時点でストップしてしまう

そして何より
セックスとは大いなる神が
人間に与えて下さった大切なものだ
セックスとは性エネルギーを活性化させ
あらゆるものを作り出していく力の源泉なのだ

陽である男性と
陰である女性の愛の表現でもあり
さらにそれを拡大していくためのものでもある

理想としては「ゼロのセックス」があり
これを目標にしていくことが大切だ
セックスに罪悪感は禁物
セックスは喜びごとなのだ
それを情欲とか堕落とか
誘惑とか世俗的な楽しみであるとか
否定的にとらえるものではない

かといって他に迷惑を及ぼすようなセックスは
当然不調和をきたすため
真のセックスとはなり得ない
男女の本当の愛が結び合うものであれば
セックスほどすばらしいものもまたない
神が人間に与えて下さった
愛の極地がセックスである

魂の修行者であるわれわれは
修行を専門にやっているセックス堕落論に
決して耳を傾けてはならない

もし耳を傾けて
そのような考え方を持ってしまうと
これからの魂の修行に大きな重しとなり
成果の上がらない修行となってしまう

その人達の修業はその人達の修業にすぎない
セックスを堕落だと考えたり
セックスを否定したり
セックスを罪悪視するならば
大いなる神に対して否定しているわけで
神などいないと言っているのと同じなのだ
それで神を求めて修行しているのだから
とても変な感じがする

しかしその人達を非難すべきものでもない
その人達はセックスを抜いての修行中なのだ
修行は自由でなければならない
それなりの学びがある
修行は今生限りではなく
これから永遠に転生を繰り返して
学び続けていくものである

われわれ魂の修行者としては
真実を見極めながら
自分の修行に必要なものだけを取り入れて
不必要なものは取り入れない
此のようにしていくことが大切だ
何より選択する力が必要なのだ


 
この宇宙は慈愛に満ちた世界だということを忘れないでください。
宇宙はあなたの味方です。

自分の不調和に満ちた世界にとどまらず、宇宙の調和とともに生きることを決心した人には大宇宙のあらゆるエネルギーがその人を助けるために集まってきます。
宇宙は、あなたが孤独な殻に閉じこもっていることを望んではいません。
宇宙は、あなたが創造のパートナーとなることを望んでいます。
                                                    バーソロミュー



性の問題をきちんととらえるためには、過去に戻って考える必要があります。
ご存じのように、性にまつわる問題というのは何も現代に限ったことではなく、昔からいろいろあったことで、それは不可思議なものであり、人々をとまどわせるものです。

これをもっと広い見地から見るために、人間の性の持つ役割というものを考えてみたいと思います。

性行動に関する「ルール」を私がここで述べようなどというのではありません。性行動のルールを作るのはあなたの責任です。

それは、どういう社会的法律のもとで暮らすかを決めるのが、あなたの責任であるのと同じです。

では、過去にさかのぼってみましょう。魂がこの地球にやってきて、肉体を身につけ、これから何をすべきかを決定した時代に戻ります。

そのとき、人間たちは「パワー」を与えられました。
このときに与えられたパワーは七つのテャクラと関係したエネルギーでした。

現代の人は、エネルギーというものを、規則正しい法則にしたがって動くものだと思っていますが、ここでいうエネルギーは、人々の「存在」のなかをたえまなく動いているパワーであり、それは特定の目的を持つものでした。
目的のひとつは考えることであり、もうひとつは感じることでした。

私がいう性エネルギーも、こうしたエネルギーの一種でした。
性エネルギーやパワーは、人間ひとりひとりが自分の意思で決めて使うようにと、与えられたのです。

はじめの頃は、性エネルギーはほかのエネルギーと分離してはいませんでした。
人を狩猟にかり立てる衝動と性衝動とのあいだに、たいしてちがいはありませんでした。その頃は、それぞれのエネルギーのあいだには、はっきりした区別がなかったのです。

はるかな過去世において、すべての人間の体のなかでエネルギーがスムーズに流れていた頃、それぞれの人間は、自分がどんな人間なのか、どんな人間になりたいのかということにもとづいて、人生におけるさまざまの選択をしていました。

あなたが地球界に転生してきたのは、今回がはじめてではないということをここで理解しておいてください。

あなた方は、この地球界にずっと長いあいだ、何回も転生してきています。
ですから、過去世からの性癖のようなものが各人のなかにあらかじめあって、それが、その人のありよう、意識などににじみでてきます。

このような過去からの性癖がひとりひとりの性に対する態度に影響し、その人となりの一部となります。

あなた方が何度も転生して、時間と空間のなかを移動するにつれ、性エネルギーは自己表現のひとつの方法となり、人は自分の意思にもとづいてそれを使いました。

ほかのエネルギーと同じように、性エネルギーも、ひとりひとりが自分に対してだけ責任を持つものとしであったのです。

性エネルギーは、「その人らしさ」の一部であり、ひとりひとりがしっかり意識すべきものとしてあったのです。
自分らしい感じ方、自分らしい行動をするためのものでした。

あなたは、自分の考え方しだいで人生が調和に満ちたものになったり、逆に不調和そのものになったりするということ、そしてその自分の考え方というのは、自分の責任であるということを経験から理解するようになりました。

それと同じように、自分の性エネルギーをどう使うかというのもあなたの責任なのです。

けれども、現代では、誰もそうした責任を認めようとはしません。
人はすべての行動に対するルールを作り、個人としての責任をとろうとはしません。

何をすべきかは法律や社会のおきてに決めてもらう、そうすれば自分の責任は関われないと思っています。

こういうやり方はうまくいっているでしょうか。
「暗黒の時代」の昔に決められた性道徳は人々に喜びを与えているでしょうか。(あなた方はまだそういう古い性道徳のなかで生きでいるのでしょう?)

もう、そろそろ自分自身の性に目覚めるときです。
他人のモノサシに左右されず、自分にとって、男であること、女であることはどういうことかを表現することです。

いつも生き生きして、元気いっぱいで、優しい気持ちに満ちて、クリエイティブでダイナミック、そして明るくエキサイティング・・・自分をそんな人間だと感じさせるようなことをしてください。
そうすることがあなたの責任なのです。

社会のおきてにしたがって行動しようとすると、自分の欲望との板ばさみになります。
神が、人間の性行動のすべてを、関心を持ってじっと見ていると信じている人も多いようですが、実のところ神はそんなことには全く関心がありません

セックスは人間ひとりひとりの問題です。
神はそんなことにちっともかまってはいないし、他人もそんなことに関心をはらうべきではないのです。

神が関心を持っていることはただひとつ――人間がどれほど真理に目覚めているか、その人の生きる力や愛情、他人への思いやりがどんなものか、ということです。

社会のおきてにしたがって生きてきて、その結果、怒ったり、恨んだり、人を批判したり、ネガティブになっているとしたら、神と調和しているとはとても言えません。

性や性行動の話になるといつも決まって同じ質問が出ます。
みんなが自分の好き勝手な性行動をとったら、世の中はメチャクチャになるのではないか、というものです。

規則をすべて取り除いたら、いったい、どうなるのだろうか、という質問も出てきます。

これに対する答えが、私と地球の人々との考え方のちがうところです。
人間から社会的な規則を取り去ったら、人々は自分自身の心のおきてを見いだし、もっと人間的で自然で、優しく親切になる、と私はかたく信じています。

私は人間を信じていますが、人間は自分たちを信じていません。
人間は、まるで自分たちは檻に入れられた動物だ、とでも思っているようです。

社会のおきてという檻がなくなれば、自分たちは性欲に狂った野獣のようになると信じているのでしょうね。そんなことにはなりません。
安心してください。

人間は「大いなる創造物」の一部であり、
その気になれば、何が一番よいかを知る能力をそなえています

しかし、自分自身の内に指針を求めるのではなく、社会のおきてに判断を求めると、問題の本質が不明確になります。

自分自身のなかにあるおきては完全に予測できるものです。
私は、人間を支配する「大宇宙の法則(真理)」を知っているので、そう断言できるのです。

人間が人間を創りだしたのではないということは、もうわかっていますね。
人間は(神に)創造されたものです。

あなたは、この「あなた」というすばらしきものを与えられたのです。
あなたのなかには「大宇宙の法則」が働いており、これはあなたが自分で創りだしたものではありません。

この「(宇宙)法則」は例外も全くなく、完全に信頼できるものです。
人間が作ったどんな法律よりも信頼できます。

自分の(裡なる)「存在(神我)」そのものを心から信頼しようと決心すると、他人への深い思いやり、人の心を理解する能力、調和、勇気、知恵など、これまで自分が求めていたものが、すぺて自分のなかにすでにあることがわかるようになります。

人間の本来の性質、人間存在の本質は「大いなる源」の一部であり、それから創られました。
そうでなければ、人間が創られたときの「原材料」はいったいどこから来たと思いますか。

創造のその瞬間、人間は(神から)素晴らしい贈り物を与えられました。
なかでも重要な贈り物が、男性女性という性別、セクシュアリティだったのです。

外の世界と関わろうとするときに、人はどうも混乱してしまうようです。
人は自分のなかのある種の感覚や感情を何とか他人の感情と調和させようと努力します。

また、人はそれぞれ性に関して異なる意見を持っています。
みんなちがうのですから当然です。

自分の性を理解しようとするときに、頭でわかろうとはしないでください。
人が性のパワーから何かを学ぶことができるのは、それが体のなかで動いているときです。

性エネルギーそのものは、ほかのどんなエネルギーとも同じように純粋です。たとえば、倒錯的行為について考えるとします。

すると、パワーが増加します。ここで、ただちに頭が働きだして「善」か「悪」かの判断を下してしまいます。

性というものを自分はどんな目的に使っているか考えてみてください。
他人を自分の思いのままにするために、性的パワーを使う人もいます。
セックスがとても「上手」になって、人をコントロールする目的にそれを使ったりします。

他人を罰するために性的パワーを使う人もいます。
とても「下手」になってそれで人をコントロールしたりします。
性的パワーを全く使わない人もいます。

何らかのパワーを手にすると人は自問します。
「このパワーをどう使おうか。誰と一緒に使おうか。
自分の人生にどう役立てようか」と考えます。

自分の性というものは見ることはできませんが、自分のなかにあるパワーとして感じることができます。

そこで、、同じような質問を自分にする必要があります。
「私は自分の性を何のために使いたいのか」
これは個人的な問題ですからひとりひとりが自分の心の奥深く、
自分の「あり方」そのものに問いかける質問です。

誰も性欲に狂った動物になったりはしませんから、こういう質問をすることを怖れないでください。

性について真剣に深く考えていくと、性エネルギーは肉体というものの偉大な味方だということがわかります。
もちろん「味方」はいわゆる霊界にもいて助けてくれますが、ここで話しているのは物質界にいる味方のことです。

性が人間の味方だというのは、自分らしく自然に生きることを通して、自分というものをよりいっそう知る機会を与えてくれるからです。
自分のなかの性を素直に見つめ、それについて考えるのは、非常に勇気がいることです。

年齢に関わらず、どんな人であろうと、性に対してゆがんだとらえ方をしていたり、自分の性欲を不快に思ったり、そのことで悩んだりしている人は、性こそが自分にとって解決すべき「未処理」の分野なのだ、ということに気づいてください。

現在、自分の人生に性を表現する相手がいない人は、自分でそうしたくないと決めたからです。
自分の人間観、人生観にしたがって性欲が表現されていれば、かならずその人に合う相手が見つかります。

醜いからとか、太っているからとか、年をとっているからとか、何らかの理由をつけて自分の性エネルギーを使っていない人は、自分のそういう考え方を外界に投射しているためにそうした現実を経験するのです。

性を全く無視して生きれば、面倒が起こらないと思いこんでいる人もいますが、そういう人は性の問題に何度も直面するはめになります。

性に心を悩まさなくてもいいようにと、手術までする人がいますが、性エネルギーは手術後も残っていて、自分の体のなかを動きまわっているのを発見することになります。

性エネルギーは肉体の一部なのですから、捨て去ることはできません。
性欲は肉体が持つ欲望のなかでも最強のもののひとつだからこそ、常に人間の味方になることができるのです。

現世でこの問題を解決するか、来世でするか、いつかはこの問題に直面しなければなりません。

性エネルギーという神からのすばらしい贈り物をどう使うのか、自分のなかではっきりさせることです。
そうすると、人生に変化が起きてきます。

今までとちがう経験をたくさんするようになります。
今までなかったものがその人の人生のなかに現れたり、今まであったものがなくなったりします。

大切なことは、自分に問いかけ、それに答えることです。
「この驚くべきパワーを自分は何のために使いたいのだろうか?」と。

いずれにせよちょっと乱暴ですが、神は性エネルギーを通して何を人間に望んでいたのか、ということを私が推理してみたいと思います。

たとえ話をしましょう。
ここにティーンエイジャーがいて、車を買うことになりました。
あこがれのポルシェです。

さて、いざ車のキーを渡すときになって、
親は「これはたいへんだ」とこわくなります。

強大なパワーは非常に危険なことに使われる可能性があるし、ティーンエイジャーの息子、または娘がまだ未熟な子供だということが、頭にひらめきます。

これと同じように、神が性エネルギーを人間に与えたときも、
「これはたいへんだ」という思いがありました。

神が望んだのはこのパワーが、深い意識をもって有益な目的に使われることでした。
そのひとつは、人間の喜びのためでした。
性の喜びとすばらしさ、そのもののためです。

もうひとつは、パワーというものがあるということ、それが存在し、動き、創造し、何かの形となり、ダイナミックで変化していくものである、ということを人間に教えるためでした。

人間の思考力のほかに、これほどの力を持ったパワーがほかにあるでしょうか。

そして最後に、この贈り物にはもっと高い目的もありました。
それは感謝の心です。肉体の喜びに対する感謝であり、命を実感できることに対する感謝、肉体以上のものになれることに対する感謝の心です。

性エネルギーが外からおとずれ、体を満たし、感動を与えると、人は喜びを感じ、生きていることを実感し、感覚のすばらしさを味わいます。

そういう経験をしたあとでは、今度はそのパワーが反対方向に流れることも可能なことを、理解できるのではないでしょうか。

ちょっと説明しましょう。
性エネルギーは外から自分のほうへやってくるもの、または、自分の内部からわきでてくるものだ、と人は感じています。

神が望んだのは、性エネルギーの流れは反対方向に行くこともできるのだということを知って、人間がそのエネルギーとともに、発生源である「大いなる源」へとさかのぼってくることでした。

エネルギーは両方向に流れます。
人間がエネルギーとともにさかのぼることができれば、エネルギーの根源である、「大いなる源」と合流できるわけです。

「大いなる源」と合流するには多くの方法があり、とくに、これと決まった正しいやり方というものはありません。

あなた方が、正しいやり方をしなければならないと思いこんでいるから、むずかしくなるのです。

あなた方はこれまで「読むべき」本をすべて読み、師につき、「正しい」道を歩んできました。

ところが、「大いなる源」へ戻っていく道を少しでもかいま見た人は、ここで壁にぶつかります。その理由はその人の思いこみにあります。

自分には「大いなる源」へ戻っていくだけの資格がないとか、そうするには何らかの犠牲をはらわなければならないなどと、信じているからです。

したがって、セックスの一瞬一瞬を通して、性エネルギーが教えようとしているレッスンにちっとも注意をはらいません。

セックスのただなかにありながら、それを感じようとしないので、意識が体験から離れてしまいます。

このように気が散るのには、いろいろな原因があります。
まず第一に罪悪感があります。
こんなことをしていてはいけないとか、神が見ているのではないかとか、師が見ているのではないか、と思ったりします。

こんなことを考えているので、セックスをなかば無意識的に行い、性の不思議な魅力も、性エネルギーの動きも感じることができません。

性エネルギーは人間の味方なのです。
けれども、どんなに力強い味方も、心ここにあらずの状態にいる人や、耳を傾けようとしない人を助けることはできません。

意識を集中させ、セックスの初めから終わりまですべてに注意をはらい、自分の反応や感情を見つめ、エネルギーがどんな動きをしているか、性エネルギーが自分をどのように解き放ってくれているか、

どこのところでエネルギーがとどこおっているか、その滞(とどこお)りをどうするか――このようなことに注意をはらう必要があります。

意識がそこになければ、人はそこにはいないわけで、何も学ぶことはできません。性生活が満足なものでない場合、パートナーの数を増やせばいい、と思っている人がたくさんいます。

それでもまだ体力があまっていると、自分がまだ満足していないだけでなく、パートナーの数が増えたぶん、自分に文句を言う相手も増えたわけで、悩みの種を増やしてしまったことに気づきます。

なかには、自分の問題は現在のパートナーが悪いのであって、もっと官能的な相手を見つければ、満足が得られると思っている人もいます。
そうして、ちがうパートナーを見つけてみても、まだ不満です。

性エネルギーから満足を得られるのは、それがすべてのレベルで賢明に使われたときだけです。そうでない限り、満足は得られません。
性エネルギーは、この喜びのレベルまで来たらストップする、などというようには創られていないからです。

では、もっと深い経験をするにはどうしたらいいのでしょうか。
瞑想をしている人は、自分の体のなかを流れ動くエネルギーをはっきりと感じ、そういうエネルギーは自分の肉体を超えたところから来ていることを知ります。

性エネルギーにも同じような働きがあって、あなたをより広大な意識へと誘う「引き金」となります。

自分がすべてのレベルで学び成長していく手段としてセックスを利用したければ、自分の内部やまわりで何が起こっているかに耳を傾け、注意をはらわなければなりません。静かにして意識をとぎすますのです。

性エネルギーの動きに気づき、それを感じ、動くさまを知るようにならなければなりません。生殖器部分は宇宙のパワーであるクンダリニーの発火点に非常に近いことも、観察していくとわかります。

意識を完全にとぎすましていると、パワーを急増させ、背骨の基部にあるチャクラから天項のチャクラまでエネルギーをかけのぼらせて、途中のチャクラにすべて点火する能力が自分のなかにあることがわかります。

性エネルギーのすばらしさを感じない人は、そう感じないように、頭のなかで何かがスイッチを切っているからです。
このエネルギーは一方向に流れるだけではない、ということを思いだしてください。

エネルギーの筒の一方の端と、もう一方の端を分離するわけにはいきません。それらはつながっているのです。

性は神から人間への贈り物です。
神からの贈り物はすべて、ひとつの目的を持って与えられました。
将来、神のもとへ、「大いなる源」へ戻っていくために使われるようにです。

ティーンエイジャーは、車や金をもちだして、好き勝手なことをするかもしれませんが、いつかはその車を使って家に帰ってくることを親は望んでいます。

神も同じ気持ちです。神は、人間が神のもとを離れ、ティーンエイジャーのように好きなことをして、遊びまわるままにさせています。
しかし、人間もいつかは寂しくなって「家」に帰りたくなるだろう、と神は期待しています。

どの転生の人生でどんなふうに性エネルギーを使うかは、あなたの自由です。けれども、性エネルギーは、それを使って「家(神の御国)」に帰るようにと、神から与えられたものであることを忘れないでください。


何か質問がありますか。

質問:「クンダリニー」のパワーは非常に危険で、それを得るには師につくべきだと思っていました。ちがうのでしょうか。

長時間の瞑想や禁欲生活、プラーナヤーマ(ヨガの呼吸法)などの精神的修行をしてこのクンダリニーのパワーを「獲得」し、自分の意思通りにそのパワーを使おうというのでしたら、確かに師につくべきでしょう。

私が人間として転生したときの経験から言いますと、私には師もいませんでしたし、私がしようとしていることを理解できる人も全くいませんでした。
私にあったものといえば、エネルギーの動き、それだけでした。

私が確信をもって言えるのは、エネルギーの動きというのは完全に信頼できるものだということです。

エネルギーはそれ独自のやり方で動き、独自のペースですすむのであって、私の能力以上のスピードですすんだり、能力以上のところへ私を連れていくこともありませんでした。

すべてがうまく行きました。エネルギーが動くままにまかせて、エネルギーにしたがうようにすると、エネルギーはそれ独自の道を開いてくれます。

まるで奥山にわきでた小さなせせらぎが軽やかに山を流れ下りるかのようです。けれども、ダムの門を開けて、いっせいに水を放流すると、水の勢いが激しくて危険です。ですから、自然にマイペースでやってください。

何をするにも師が必要だなどと思いこまないでください。
あなた自身が教師なのです。パワーはあなたの内部にあって、人はそれぞれがパワー制御装置のようなものを持っています。

エネルギーが動くにしたがって、道も開けてきます。
私の言うことをうのみにはしないでください。
もちろん、ほかの人の言うこともうのみにしないでください。
自分自身の内なる声に耳を傾けてください。

少しやってみると、自分も性エネルギーについて知っていることがある、ということがわかります。性や性エネルギーから、自分が切り離されていると感じる必要はありません。

セックスによる結びつきの目的は、すべてのレベルで人をはぐくみ、育てることにあります。

セックスへの理解を深めたいと思っているパートナーがいる人は、自分をはぐくみ、育てるものはどこから来るのかを知るために、次のようなことを実行してみてください。

欲しいと思う人はタントラ・ヨガの本を手に入れてもいいでしょう。
けれども、べつになくてもかまいません。

自分にとってセックスとは何かということについて、自分自身の本を書くつもりになってください。そのために自分が実験場となり、実験体となるのです。

では、あなたがパーティに出席しているとします。
誰かがあなたに近づいてきて、その結果、あなたは自分のなかで性欲がわき起こってくるのを感じます。

修行をしている人は、「性エネルギーを経験することは有益だろうか」と、ただちに自問します。

一番下のレベルにいる人にとっては、答えははっきりしています。快楽です。そこでそのための行動をとるか、またはとらないことを選びます。

もう少し高いレベルにいる人は(私は、この「レベル」という言い方をまるで信じません。でも、皆さんは大好きでしょう?)、

「ちょっと考えなくては。今このエネルギーを行動に移すと、私の人生に混乱が起きるだろう。それだけの価値があるかどうか」と考えます。

それだけの価値があると思えば行動に移し、ないと思えば行動しないでください。そして、いずれを選ぶにしても、自分の行動の責任をとる覚悟をしてください。

最も高いレベルにいる人は
「このような状況でこの人と性の表現をすることは、私にとって、神を理解するのに最もふさわしいかどうか」と自問します

これらの行動の結果、人は知りたくなかったことを知ることになります。
どんな場合も似たもの同士が互いを引き寄せますから、低いレベルにしかいない人が、自分より高いレベルの人に魅力を感じるということは、まず起こりません。

低いレベルの人にとって、自分より高いレベルの人は自然さに欠けるように見えるからです。その次のレベルは「かたく結ぼれているカップル」のレベルです。

彼らは必ずしも高い意識をめざすことを第一義にしているわけではなく、相手という人間とかたく結ぼれているのです。

一番高いレベルの人たちは、自分の人生のあらゆる出来事や経験を「神のもとへ帰る」覚醒のために使おうとします。


質問:性エネルギーはどのように動かせばいいのですか。

自分の体のなかのどの部分で性エネルギーを感じているか、まず見つけてください。
そして、その感覚とともにいることによって、その感覚をとぎすまします。
自分の想念が現実を創造するということを、あなたは理解しているのですから、意識的に自分の体のなかでエネルギーを上昇させようと決心するのです。
すると、エネルギーが上にあがりはじめます。
ほとんどの人は、人間の体には七つのチャクラがあると信じていますが、実際にはもっとあります。
体のいたるところにチャクラがあります。

エネルギーを動かしはじめると、これらのチャクラがまわりのチャクラのスイッチを入れていきます。
これは神経間のシナプス(ある神経の軸索とほかの神経の樹枝状突起との接触部分)の動きであり、非常に速いスピードで起こります。

いったん、始まったら、もうコントロールすることはできません。
あなたがするべきことは、エネルギーを感じ、エネルギーそのものと、それを上昇させたいという自分の願望に意識を集中することです。
そしてエネルギーが動くにまかせます。

エネルギーは、自分の意識が向いている体の部分に移動します。
まず、一番下のチャクラから始めて、順番に上のチャクラへと意識を集中させていきます。こうすると、エネルギーが天頂のクラウン・チャクラを通りぬけます。やってみてください。

性エネルギーは神から与えられた贈り物のなかでも、最高のもののひとつだということを忘れないでください。この贈り物には何のルールもついてきませんでした。ルールを作ったのは人間です。

自分が話す内容の質や自分の行動の質や人生に起きるあらゆることの質が、ひとりひとりの責任であるのと同じく、性行動の質もひとりひとりの責任です。あなたが決めることです。

「まちがった」こととか、「正しい」ことというのはありません。
あなたがどれを選ぶか、ただそれだけのことです。


質問:性に関する社会的ルールは、人間が「神のもとに帰る」のを怖れているから作られたのでしょうか。

性に関する社会的ルールを作ったのは、自分が性の表現を自由にできないと感じた人たちです。現代の人々のことを言っているのではなく、古代の聖職者たちのことをさしています。

彼らは、自分たちは一般の人とはちがうと思い、自分たちはセックスをすべきではないと決めました。
このおきてを作ると、ただちにそれをほかの人々にも強要しました。
それ以後、性は多くの社会的制限を課せられるものとなりました。

セックスを通じて多くの人々が完全なる悟りを開いたにも関わらず、このおきては守りつづけられてきました。聖職者たちは、自分たちのやり方で達成された悟り以外は本物でないと信じたのです。

ちょうど、医者が、西洋医学の治療法以外で治った病気に対し、当初の診断がまちがっていたにちがいないと信じるのと同じです。

古くからつづいている宗教のやり方にしたがっていれば、そこで起きた「悟り」の経験も信じてもらえます。あなたが守っている規則を作ったのは、神だなどと誤解しないでください。神は人間に何も強制しません

ここではっきり申し上げますが、あなた方の人生で起こっていることの大半は、いわば実験です。人生は、創造しつづけるダイナミックなアクションです。

神が、やるべきことをすべて示して、人間はただそれを実行するだけだったら、人生にどんな意味があるというのでしょうか。

人生は、不可思議に満ち満ちた、すばらしい創造の過程であり、
あなたもその創造の一部です。

あなたが考えたり、言ったり、したりすることはすべて、この創造的行為を構成する要素です。したがって、「あやまち」などというものは存在しませんし、「悪い」ことも存在しません。すべては「生きること」なのです。

はい、では説教はこれくらいで終わりにしましょう。
みなさん、今日はどうもありがとう。

FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪

現代の聖書♪悟りの程度で神の力が発現♪根源は一つで全てが神♪イエス様の講釈♪神が生きて神が呼吸♪知花敏彦師♪お釈迦様の呼吸法の悟り話♪白隠禅師の夜船閑話の呼吸法♪健康は酸素たっぷりの正しい呼吸から♪村木弘昌医学博士♪鼻呼吸で有害な病原菌が除去♪ムーコンセントはエントロピーの法則を超越♪MU物質で健康に♪波動アップ電気♪やる気が湧き出す♪効果的な丹田呼吸法をご紹介♪平池ラヤさんプラーナ(生命エネルギー)は生命の源♪スワミジの呼吸とプラーナの深い関係講義をご紹介♪ヒマラヤ聖者☆保存版♪呼吸法をやってもらった結果全員の病状の改善が見られた話♪野坂礼子さん♪健康対策に♪日本の偉人♪白隠禅師の健康法=寝禅による内観法☆丹田呼吸☆軟酥(なんそ)の法をご紹介♪「長息」が「長生き」の秘訣♪深い呼吸をで心身とともにリラックス♪快東みちこさん呼吸法からも変性意識状態に入れる♪変性意識状態に入るコツをご紹介♪佐々木茂美さん健康スピリチュアリスト♪江原啓之さん♪体調を整えるための呼吸法をご紹介♪宇宙規模の本物スピリチュアリスト♫江原啓之さんの呼吸法をご紹介♪




呼吸の極意が盛りだくさん
呼吸をテーマにしたまとめ記事をご紹介♪

 今回は、珍しいテーマ「呼吸」関連のまとめ記事をご紹介させて頂きます。
 私自身、かなり昔の記事は結構忘れていたりして、読破後に「う~ん…これは良い情報(笑)」って感銘を受けたりしました。

 この前に酸素濃度の記事を書きましたが、人間は酸素のお陰で生きている訳ですから、その酸素に感謝の気持を持って呼吸をするともっと良いかも知れませんね。

 知花先生や上江洲先生の様な境地に到達しますと、普通の呼吸からでも、プラーナが吸収出来るようにもなるそうであります。

 宇宙真理を理解して「宇宙即我」「全我・普遍我」「全てが私」という宇宙意識に到達しますと、普通の呼吸からでも、宇宙エネルギーが吸収されるというお話を知花先生から聴いた事も御座います。

 そういう意味でも、このブログの記事や、一番下部の「おすすめスピリチュアルサイトをご紹介」等をご観覧頂く等の、

宇宙真理を理解する努力をする事も、ある意味「呼吸を極める」に通じるとも言えましょう。
 皆様の心の平安と安らぎ、健康のお役に立てれば至上の喜びで御座います。

…………………………………………………………………………
酸素濃度のお話はこちら♪
https://sinntyounobiruyo.blog.fc2.com/blog-entry-3927.html
…………………………………………………………………………


悟りの程度で神の力が発現
根源は一つで全てが神・神が生きて神が呼吸・知花敏彦師

まえがき 井戸敦

 この初めの文章は、イエス様から神憑り(オーバーシャドウ)による想念伝達として、文中にある「この同胞」と称されている著書を用いられ、イエス様が直接語られた講話の一部を引用したものです

…………一つの心から他の心、一つの意識から他の意識への直接交感通信というものがあります。離れた所から甲が乙に話しているのと聞くために、あなた達の世界で用いている仕掛けと、ちょうど同じ様な直接の通信方法があります。

 此処でも同じ事です。上(霊界)にある通りに、下(現界)でもその通りになります。一つの心から他の心への直接交感通信があるのです。そういう仕事にたずさわる為に訓練された心は、私の与える想念を表現するのです。

 この同胞(きょうだい)の意識がはかなき感官を超え、肉体の感官を超えて、内界の意識にまで高揚されているのに注目されるがよろしいでしょう。

 彼の意識は私の意識に繋がれ、それから脳や肉体を音響版の様に使って、彼の肉体に移し戻されるのです。この過程が進行している間中、

 彼は事の推移一切を意識していますが、私の神憑り(オーバーシャドウ)による想念伝達が終わると、それまでの出来事一切についての意識を失い、彼の背後に仕掛けられたテープ・レコーダーで改めて聞き直して、初めて分かるようになるのです。

 もし、この同胞が瞑想し、静かに坐って彼自身の意識の内界に再び入るならば、一切がそこに刻印されているのを発見するでしょう。
 そして、私が伝えたものを全部再現出来るのです。この連続講話の後、彼は再び今以上に真理示顕の大いなる器となるのですが、それはこのためなのです。

 彼はこの目的のために、ヒマラヤ山中において訓練を受けて来ました。時としては七日間、またそれ以上に飲食さえせず、より高き波動が受けられるようにまで、完全なる瞑想に入ったりしたのです。そのお陰で、我々は彼を今日まで世界中で用いて来たし、今後も世界各地で用いるでありましょう。

 あなた達はそういう事を知るべきなのです。その故に、私はこの話をしているのです。
 何時か我々は彼をあなた達の視界から、我々の御霊(みたま)の中に世界に連れ去るでありましょう。

 そして彼は其処(そこ)から目には見えない姿のままで、あなた達の中で働くことでしょう。
 我々は今日まで彼を若々しくして、強く、逞しく生かしてきたし、今後も彼が地上に居る限りそうし続けるでしょう。

M・マクドナルドペイン著『心身の神癒』-主、再び語り給う-より



全ての中に神を観る時が来るであろう』と、イエス様の二千年前の予言が、今というこのときに、本書著者[知花敏彦師]を通じて成されようとしています。

 そのために「知花敏彦師]は、天の使命を果たされるるべく、父なる神の御使い(大天使)として、キリストの再臨として、神の道を示しに、そして愛の火を灯しに、この世に出てこられたのです。

 イエス様は現在[知花敏彦師]を用いられ、神憑り(オーバーシャドウ)による想念伝達にて多くお講話をされておられます。


愛は天と地の架け橋Ⅰ⇐リンク先でイエス様のご講話が見れます♪

 
 その中でも昭和63年8月に行われた沖縄の講話『愛は天と地の懸け橋』が、平成七年に出版化され、広く世の人々に愛読されています事は、すでにご承知の皆さん方も多いと思います。

 そして清里で毎年行われる12月25日を中心とした[クリスマス・セミナー]の時などにも、イエス様は[知花敏彦師]を通じ何度も講話をされておられるのです。

 その時(私達の目では直接見る事が出来ませんが)、イエス様は光を超えたお姿で、一緒にお見えになられた大勢の天使方と共に、セミナー参加者の間を回られ、愛と癒しのエネルギーをお与え下さっているのです。

 この様にイエス様と共に知花師は、世の中に神の道(宇宙神理)を、愛の道をお示しになっておられるのです。

 今ここで、イエス様が[知花敏彦師]の事を語られるならば
「私の思想をあなた達に伝える手段として、今私が用いているこの同胞(知花師)をあなた達がどんなに愛しておられることか、

 それが私にはよく分かるのです。私もあなた達と同じ様に彼を心から愛しているからです」と、その様に申されるはずです。

 本書は、その著者[知花師]が御霊(みたま)より語られた御言葉を文字化したものです。その神理が誰にでも分かり、誰にでも理解できるようにと解き明かされているのです。

 しかし、今までのそれらの類とする書は、専門用語が多く用いられており、それを極めなければ理解しにくいものでした。
 理解の出来ない専門用語とは、一般的に馴染みのない文章が多く用いられておればよいというものでもありません。

 どんなに神理が説き明かされているものでも、それが読めなければ、理解できなければ何にもならないのです。宝の持ち腐れにしかなりません。

神理の言葉や文字は、大いなる価値の真珠を内に秘めている貝の殻にすぎない」というイエス様の御言葉があります。

 書物や文字などはそれ自体としては何の価値もないという事を申されているのですが、しかし、自分が神理を悟ろうとする手段として、その目的を持ってこの書を用いた時、初めてそれに価値が生ずるのです。
 その文字の背後にある神の力が、悟りの程度によって私達の中で働くようになるのです。

 従って本書を読まれる時、本書にある言葉を用いて、知恵と力を高める事が出来るのです。そしてその知恵と力は自分自身を救うものになり、ひいてはそれが世を救う事につながって行くのです。

 それだけに、これらの書は誰読んでも分り易く、理解し易いように説き明かされていなければならないのです。

 ですから、著書[知花敏彦師]は、親鳥が雛(ひな)を羽の下に抱きかかえるように、親鳥が消化し易くしてから雛に餌を与えるように、その愛の想いで、優しく、分かり易く、丁寧に、ある時は強烈に、

しかしそれは蜜より甘く、全ての人が全ての中に神を観ることが出来るようにと話されているのです。その講話はもうすでに、八千話以上を超えた膨大なものになっています。

 いつか著者は「皆さん方に神理を説明する事は、盲目の人に色を説明しようとする事に似ています」と話された事がありました。

 この世で何人たりとも神を見る事は出来ません。その目では見る事の出来ない神を、著者は繰り返し説明する事によって、神理をこの世の人々に与えて下さっているのです。

 そしてこの神理をこれまでに幾度となく、今では八千話以上に及んで、繰り返し繰り返し解き明かして来られたため、世の人々はようやくそれを理解出来るようになって来たのです。

 その事を、イエス様は「理は繰り返しによってのみ、心の中に根付き、成長し、成熟するものです」と申されています。

世の人々に神理を理解して頂くには多くの繰り返しが必要なのです」と、著者はそれらの言葉を注意深く、全ての人が学習できるようにと、
 それらの言葉によってその神髄(しんずい)が分かってもられるようにと語られておられるのです。

「神理を語るには、神理を知っていない限り、本物の自分を知っていない限り、本物の神理を語ることは出来ないのです」と、著者は自らをそう語っておられます。

外なるものは裡(うち)なるものと成り、裡(うち)なるものは外なるものと成る』と、それを成し得ておられる本物の指導と、それを成し得る事の出来ない偽者の指導者との違いはそこにあると思います。

 ですから、静かな時間にこれを読んで吸収し〈自分はなぜ神なのか〉〈自分はなぜ愛なのか〉と瞑想し、その答えを内に求め、出てきた答えを自分のものとした時に、神理を自分のものとする事が出来るのです。

 そして、それらを肉体の五官を超えて高める事により、今までに持ったことのない力と悟りが得られる様になるのです。

 その知花師より語られる神の御言葉を、完全なる神理を文字に化し給うことを『文化』というのではないかと。
 その文字化した、完全無欠なる神理こそが光明を放ち給う事を『文明』というのではないかと。

 その完全なる神理の値を秘めた光明なる書こそが、人類を救済し給う事を『経済』というのではないかと。
 文化、文明、経済と、それらのすべてを兼ね備えた書こそが、本物の『聖なる書』というのではないかと。
 それが故に、この書ことが「現代の聖書」だと言えるのではないかと考えています。

 冒頭に、イエス様の講話の一部を引用させて頂きました。
その中でイエス様は「あなた達はそういう事を知るべきである。その故に私はこの話をしているのである」と申されておりますように、本書著者[知花敏彦師]はどのような方であるか。

 どのような目的を持たれてこの世に存在されている方であるか。
その事をより多くの人々に知って頂きたいが為にイエス様の講話を用いさせて戴いたのです。

 これを知ると知らないとでは、この書を読もうとする心構えが違ってくると思います。つまり、自分の心の扉を開けて読む事が出来るか出来ないか。

 神理を汲み取る心の器を前に出す事が出来るか出来ないか。というように、ただ単に興味本位に読まれるものではなくて、そこに著者の御本性を知って頂きたいという願いがあるのです。

 そして今というこの時こそ[知花敏彦師]の御本性(ごほんせい)をお伝えする事の最も重要な時期であると考え、どうしてもこの事実を世の人々にお伝えしたいという、その強い想いの中で、本書の編集に携(たずさ)わせて戴きました。

あなた達が神に一歩近付けば、神はあなた達に百歩近付いて下さるであろう」という御言葉の如く、私達が神に近付くならば、著者はいたくお喜びになり私達に百歩近付いて下さるのです。

 それが本書著者[知花敏彦師]の御本性であられるのです。どうかそれらの意味を御理解の上、本書の内容をご自分のものにすべくお読み下いますならば、編者としましてもこの上もない喜びに存じます。


人間はなぜ神か
創造者と被造物

 創造者とは神のことです。その神が天と地を創造されました。そして、この地上界に色々の形体、形あるものをお造りになられました。

 神の事を創造主ともいいます。神は唯一無二の造り主です。そして私達の造り主は神です。造り主が神であるという事は、私達の親が神であるという事になります。

 色々な目に見える形体、創造物で、人間が造ったものは何一つありません。しかし人間は、その形体である創造物に目が眩んでしまって、本質的な神を見失っているのです。

 今、ほとんどの人は、物質の奴隷化といって、その形体だけは認識していますが、それをお造りになった方はどなたであるか、という事を知らないのです。そのために、私達は神から遠ざかっているのです。

 この私、知花という肉体創造物があります。その創造物の中に、必ず神ご自身の命、神ご自身が宿っておられるのです。
 そうなると、肉体という形体が私達なのか、中身が私達なのかということです。ですから、今、我を忘れているのです。

 私達、真の我というのは、外なるものではなくて内なるものですが、みんな外なるものを見て、評価して、判断して、日常生活をしているのです。

 真の我の世界の事を内界、神の世界といい、この世の世界の事を外界といいます。今、人間というものは、殆ど外を生きていて、内には生きていないのです。

 皆さん方は「あなたは何ですか」と問われた時、「自分は人間である」と答えます。全ての生きとし生けるものの中に、神ご自身が生きている事を忘れているのです。
 
 人間は、内の事はあまり分かっておらず、外(自我・分離意識)だけに生きて、外側の形体に目が眩んでしまっているのです。

 それが人間の対立です。憎しみです。怒りです。それは分離と差別です。形体はみんな形が違います。中身を観なくて、形で評価してしまっているのです。

 知花という入れ物があり、皆さん方という入れ物があります。形態が違うだけで、中身は、根源は一つで神(大愛・大生命)であるのです

 その創造者の命を、分霊、分魂(ぶんこん)、あるいは、分け御霊(みたま)というのを、皆さん方はみんな持っているのです。神そのもの、力と知恵が内蔵されているのです。
しかし、皆さん方は外に生きるがために、無知と迷いに生きているのです。

 この世のことを、この外界のことを「生死の世界」といいます。
ここに《人間は死ぬものだ》という迷いがあるのです。私達は肉体だ人間だといって、真の自分を知らない間は、死の世界に生きているのです。

 この三次元というのは生死の世界です。内界という神界、神の世界は久遠(くおん)の生命のことです。久遠の生命と得るという事は、自分の常在である常にあるもの、自分の本質なるもの、創造者と被造物との関係を知り、それを自覚している人は、久遠の生命を得て、内界に生きています。

 しかし、世の人々は外に生きて、内なる本質的には死んでいるのです。世の中には、死人がゴロゴロしています。その意味がお分かりでしょうか。

 死人なのです。みんな死を信じています。死ぬと思っているのです。これは、私達の無知、迷いからくるもので、被造物であるものに、形体でものを判断している無知から生じています。

 この血や肉というのは、神によって造られたものですが、色褪せるものであり、朽ち果てるものです。

 しかし、私達の内なるものは久遠なるものなのに、自分が久遠なるものなのに、なぜ自分が久遠の存在で本質的なものであることを認めないで、
外なる影を我だと思っているのでしょうか。この被造物の形体を、我といっている事を自我というのです。

 我は創造者なり。我は生命なり。我は神なり。と、皆さん方の中に真実なる我、神我そのものが実在しています。

神我』これを[キリスト]と仮名付けします。あるいは[]とも仮名付けします。これが皆さん方の本質であり、真実のあなた方なのです。

 神我は内なるものに存在して、外なるものはその現れにしか過ぎません。外なるものは着物のようなもの、衣装のようなものですが、その衣装に目が眩んでいるのです。

 その衣装が破けて、その中から創造主が離れて行く事を「死」というのです。被造物というのは、この三次元に現れるための衣装に過ぎないのです。ですから、この世の形体だけを見て判断している人は、死があると思っているのです。

 死は存在いたしません。この内界というのは、久遠の生命で死のない存在です。ですから、今、皆さん方がこの世の死の世界から、命の世界、生命の世界に生まれ変わらなければならないのですが、

 数世紀に渡って、何回も何回も、幽界と死の世界という三次元に行き来して、生死をさまよっているのです。輪廻転生事です。

 これを迷える霊というのです。皆さん方は、今、現実に迷える霊です。死の世界に生きています。この三次元は死の世界です。

 内界という生命の世界は、生の世界です。久遠なる世界へ、私達もいつかは還らければならないのです。これは、今世で皆さん方が悟った時に還れます。

 この世に見えるもの全ては、神のお造りになったものであって、人間が造ったものは何一つ存在しない事を知るべきです。

 目に見えないもの、見えるもの、その造られたものの中に神が存在するのです。だから、神は我が宮をご自身で造って、その中にご自身が住んでおられるのです。

 人間の手作りのお宮や、仏閣や、神棚の中に、神はおられるのではありません。それらの中に神がおるという、それを偶像礼拝者というのです。これは神を知らないものの無知が、神を弄(もてあそ)んでいる姿です。

 では、神は何処におられるのでしょうか。神は到る所におられるのです。神は自分で自分のお宮という被造物をお造りになり、その創造物の中に、ご自身を宿しておられるのです。
 
 ですから「人間は生ける神の宮なり」と、私達は生きた神を宿しているのです。小鳥という形体を神がお造りになり、その中に生命という神を宿しているのです。

 小鳥の中に神を観ることが出来ず、知ることが出来ず、自分自身の中に神を知る事が出来なければ、私達は真の我を知っていない、無知の存在であるという事です。

 今、世の中は、神に対しての想いを、観念や概念によって間違えています。皆さん方よく考えて下さい。神様は何処におられるのでしょうか。神は到るところにおられるのです。

 そうした時、自分自身の形体という肉体は、神がお造りになってその中に神が宿っておられると思った時、それが自覚できた時、自分の心はどのように変わるのでしょうか。

 そして皆さん方は、周囲の人をどのように見ることが出来るでしょうか。それは形体を見なすのではなく、その内なるものが自覚出来るようになると思います。

 そうした時、皆さん方は人が憎めるでしょうか。人を憎む事は、神を憎む事になるのです。人を謗(そし)る事は、神を謗る事になるのです。あるいは、被造物を汚す事は、神の宮を汚す事になるのです。

 私達は、今、真の神というものを理解していないのです。それは世の迷いの指導者が、間違って神を説くようになったからです。

 お仏壇の中に神がいると言ってみたり、神棚の中に神がいると言ってみたり、様々な形体を人間の無知が造り出し、そこに商売的な神を造り上げているのです。

 どうでしょうか。皆さん方だったら、私の言っている本物の神と、今、宗教的に言っている神と、どちらの神が事実だと思いますか。

 この地球は、誰によって造られていると思いますか。この地上界は、誰によって造られ、誰によって存続されていると思いますか。

 いろいろな形体が、この世には造り出されています。ですから「神は一神であると同時に多身系である。一柱の神であると同時に多身である」と。

 この事を「神は一(いつ)にして多身」というのです。それは一なる神が多なるものをお造りになり、そのお造りになった多なるものの中に、一なる神ご自身が宿っておられるという事です。

 一つの神、一つの創造主しか存在しませんが、世の無知は「我々の神が」とか「あなた方の神だ」とか、真実の神を低い次元にまで引きずり下ろして、自分たちに都合の良い色々な神を造り、本物の神を分離させているのです。

 神は一神です。無限なる大宇宙には、一つの神しか存在しません。一つの神。一つの生命。一つの意識。一つの存在しかないのです

 この大宇宙というものが、神の大神殿であり大霊界です。その中に地球が存在し、惑星が存在し、ありとあらゆる形体被造物が存在するのです。そのありとあらゆる創造物の中に、必ず、神ご自身が宿っておられるのです。

 花一輪の中にも、神ご自身が宿っているのです。この一輪の花。神がその花という創造物をお造りになって、その花の命として、その中に神は宿っておられるのです。これを精霊と呼んでいます。

 この花の中に生命が宿っています。花は生きています。これが生き神様です。神は死に神様ではありません。

 色々な宗教家が考えている様な神ではありません。神は現実的に生きて、活動して、実際的です。そして、現実的であるのです

 この花に、こんな綺麗な色鮮やかなものを発揮しているのは、この花の中で働いているのは、誰でしょうか。それが神様なのです。

 あなたの中で働いているのは誰でしょうか。それは神様です。あなた自身の中に生きているのは神であって、あなたが生きているのではありません。

 しかし、あなた方は自分が生きていると思っています。神があなたの中で生きているのです。神があなたの中に生きていなかったら、あなたはこの世に存在する事は出来ないのです。

私の中に神のみが生きておられ、神のみが働き給うておられるのである。常に私と神とは一体である」とは、その事を言うのです。

 皆さん方は、今、真の神を知る事が出来ると思います。創造者であり創造主である神。そうすると、周囲を見てそこには何がありますか。神のみしか存在しないという事になります。

 神以外に何かがありますか。神の創造物であるその形体の全て、被造物であるその肉体全て、ありてあらゆるものを神はお造りになっているのです。
 そうしますと、その他に何がありますか。その事を「神のみの実在」というのです。

 神の他には何も存在しないのです。何かがあるというのは、私達が造り出した迷いの存在で、幻想に過ぎないのです。皆さん方は神の中にいると同時に、皆さん方にも神がいるという事を、悟らなくてはなりません。

 周囲はみんな神です。木の中にも木の精という神が生きています。岩の中にも岩の精という神が生きています。

その中で神が生きて神が息しているのです。そして皆さん方の中で息しているのは神であって、あなたではないのです。あなたが息していると思ったら大間違いです。そのあなたが〈私 私〉と思っている事を偽我というのです。

 誰れ彼が生きているのではないのです。生きているのは、神のみが生きているのです。人間が生きているのではないのです。どうですか。人間が生きていますか。今までは自分が生きていると思っていたのです。

 皆さん方の命というものは、一分一秒だって、この世で自らが伸ばすことは出来ないのです。どんなにあなたがもがこうが、どんなに医学が進もうが、あなたの命、運命というものは伸ばす事は出来ないのです。
 あなたが神の宮から離れる日は、神のみが知っておられるのです。

 人間の無知というものは、如何に伸ばそうと思っても、伸ばせるものではありません。しかし、人間は伸ばせるものだと思っていますので、それについて非常にもがきます。あれを食い、あれを飲み、何を食い、何を飲まんともがくのです。

 皆さん方〈私は神(大愛・神我)である。私(自我・偽我)がいるのではない〉と想った時、あなたは死の恐怖から開放されます

〈自分が生きているのではなくて、神が生きているのだ〉と想った時、皆さん方は「死にたくない」とか、「もっと生きたい」とか、そういう事を言うと思いますか。

 死にたくても死ねない。生きたくても生きられない。これは創造主のみが、神のみが知っておられるからです。

 私達の肉体を管理されているのも、創造主なる神なのです。
神がお造りになった肉体ですので、私達が自我で自分の肉体を働かさないで、この神の創造物である肉体を神に全託(ぜんたく)した時、皆さん方は健康になれるのです。

 あなたが肉体を造ったのではありませんから、あなたの知恵では、到底、この肉体を管理する事は出来ないのです。

 出来ないものを出来るともがいている姿。これが却(かえ)って、肉体をアンバランスにしています。

 恐怖と怒りと自我のために、私達の闕腋の循環をアンバランスにし、心臓に色々な動悸を与え、色々な食べ物を食べて、かえってこの肉体という神のお宮を、自らが破壊しているのです。

 そのことを、イエス様は「何を悔い何を飲まんか思い煩(わずら)う事なかれ。それよりも命の方が大切であるからである」と言われたのです。

 すべては神のご意志によって、神がお造りになったのです。皆さん方の肉体は、誰の創造物だと思いますか。あなたのお母さんでしょうか。

 お母さんのお腹から出て来たものは、「血に属するもの」といって死に属するものです。そういう方々は死の世界に存在いたします。

 命は神から来たものです。ですから、神に還るべきです。その事を、イエス様は「我は上から来たものである」と言われています。
 多くの人々は、お母さんのお腹から出てきたものだと思っています。

 命が何処から来たものであるか分からないのです。命が何であるかが分からないのです。命そのものが神なのです。

 命そのものが神であるという理解と悟りを得たならば、皆さん方は死の恐怖、病気の恐怖、全ての恐怖から解放されるのです。ですから、創造者と被造物の関係を強く理解する必要があります。

 そうした時、皆さん方の夫婦の関係も、非常に良くなります。この意味が分からないために、創造者と被造物の関係が分からないために、争ったり、憎んだり、そこに罪を犯しているのです。

 その関係が分かれば、皆さん方は罪を犯さなくなります。罪を犯さなくなりますと、その罪に報いるものがないのです。その罪に報いるものがないという事は、皆さん方は苦しまなくてもよいという事です。

 あなたの肉体は、神が造って、神が管理しています。どうでしょうか。あなたの肉体は、あなた自身が管理しているのですか。誰が管理していますか。それは神です。神が管理しておられるのです。

 神ご自身が肉体形体をお造りになって、その中に命という神が宿って、この私達の肉体を管理して下さっているのは神なのです。

 その肉体の中で目には見えませんが、私達には色々な神秘が内在しています。食べ物を食べると、血に変え、肉に変え、カルシウムを摂って骨に変え、栄養分を摂ったカスは排便として出し、また小便として流します。

 との知恵と力が皆さんの中に内在されています。その神の力が内在しているのです。それが皆さんの『我が神』です。自分自身の神です。
 それが自分自身の神(大生命・コスモ細胞・大愛)というのが『キリスト』です。『神我』というものです。

本来の自分は神であった」という自覚、悟り、信仰というものを、皆さん方が持っていたならば、皆さん方は何を怖がりましょうか。誰を憎みましょうか。

 この世の中に、憎める者が一人もいない(全ては自分・全ては神である)事を悟ったならば、あなたは人を憎めますか。

 その事が分からないから憎んでいるのです。神との関係を、自分とその隣人との関係を知らないから、憎み合ったり、謗り合ったり、罪を犯すのです。

 相手も神の現れです。神の現れですが、あなたがこの神と自分との関係、想像者と自分との関係を知らないために、悪を施しているのです。悪口を言ったり、憎んだりしている状態は、迷いの姿であって、悟りの姿ではないのです。

 その迷いによって、本性、本質を知らないその言葉遣いや行動、これを見て、また自分もこれに捉われているのです。

 皆さん方が悟ってしまえば、どんな悪口をいう人であろうが愛おしく思うはずです。〈この人は、創造者と被造物の関係を知らないで、その被造物なる肉体に目が眩んでしまって、外なる死人で可哀相な人なんだな〉と、愛を持って思ってあげればいいのです。

 肉体形体に目が眩んでいる者は、その被造物に目が眩んでいる者は死人です。生きているようで死人です。命を知らないからです。世の中の人は命知らずです。

 命が何であるかを知っている人がいないのです。そのことを「世の中の人は命知らずだ」というのです。

 命とはなんでしょうか。命とは神のことです。命が神であるならば、皆さん方は命を持っているのです。神を持っているのです。
 これを内在神、内在の神といい、皆さん方ご自身であるのです。それが皆さんの実相です。本来の姿です。

 しかし、今、世の中は外なるもののその肉体形体に、私が一番申し上げたいのは、この肉体形体に目がくらまされているのです。

 そして、肉体に目がくらまされているために、肉体の奴隷にされているのです。肉体に使われているのです。本質的に色褪せているのです。

 肉は我ではないのです。その肉をお造りになった。その肉の背後に偉大な方がおられる。それが神です。その神が、一人びとりの創造物の中に留まっていらっしゃるのです。そうした時、皆さん方は外に神を求めなくなります。

 それが分かった時、皆さん方は何処で祈りますか。何処に話しかけますか。自分自身に話しかけるはずです。
 その事を、イエス様は「神の国は汝の内にあり。外に神を求むるなかれ」と、言われているのです。

 神はあなた自身の中におられて、外におられるのではありません。勿論、外にもおられますが、神棚やそういう所におられるのではありません。

 神は「人間の手作りの中に私は住むのではない」と言っておられます。
神はご自分の住処(すみか)はご自身で創造し、その中にご自身を現しています。これが生きた神です。
 それなのに、今、世の中の人は死んだ神を拝んでいます。

 私達にとって、神に対する認識は物凄く大切な事なのです。それが分からなければ、まだまだ生死の世界をさまよわなければなりません。
 そして、この地上界からの解脱というものはあり得ません。

「神とは何か」「人間とは何か」「この世に現れている形体とは何か」と、そのことを皆さん方にはよく理解して頂きたいと思います。これが理解できて、日常生活で罪を犯さない本質的な生き方をする事が大切です。

 ですから、皆さん方の全てのものの中に神を観る事が出来た時、知る事が出来た時、この世に憎しみというものがなくなります

 憎めますか。親を憎めますか。夫婦互いに憎めますか。子供を憎めますか。子供を憎んではなりません。それらを憎むという事は、神を憎むという事です。

 なぜなら、この世に現れているものは、ありてあらゆるものが神のすべての全てであるからです。

 モーゼが神に「あなたは何処にいるのですか。何という方ですか」と尋ねた時、「私はありてあらゆるもの、全ての全てである」と答えられたのです。

 ですから、空気も神であり、雲も神であり、この世で目に見えるもの見えないもの全ては、神の現れであり、神の体、すなわち、御神体であるのです。

 それを私達が粗末にしたり、罵ったり、貶(けな)したりする事は、私達が神を貶したり傷付けているのです。もうその人は信心者ではありません。

 子供を貶してはなりません。あなたが神理を悟って、子供にこういう素晴らしい教育をすべきなのです。

「人を憎んではいけませんよ。※謗(そし)って(※悪口を言う事)はいけませんよ。怒ってはいけませんよ。嫉妬をしてはいけませんよ。

 なぜならば、人間とは本質的にはこういうものですよ」と、子供達に教えるべきなのです。これは知恵あるお父さんでありお母さんであるのです。

 しかし、今のお父さんお母さんは無知ですから、本質的なものは観ませんから、この肉体形体を物差しとして、想い考えて、言葉を話し、行動するのです。
 それはもうすでに、被造物の奴隷化に置かれた、その影に迷わされた無知の存在であるのです。

 今、皆さん形に強く自覚して頂きたいのは、形として見えるものと、見えないものの関係を知らなくてはならないという事です。

 皆さん方の肉体は見えますが、皆さん方の命は、どんなに医学がどんなに科学が進もうが見る事は出来ません。

 しかし、現実的に、実際的に生きています。この目に見えないものは、実相世界すなわち内界で、見えるものは影の世界です。

 霊があるから、命があるから、皆さん方の肉体があるのです。命のない人間が肉体を保持して生きられるものでしょうか。

 本質的なものは、外なるものですか。内なるものですか。内なるものがあなたから離れれば、あなたの形体である肉体は、瞬きも何もする事が出来ません。それを死人というのです。

 それは死に殻、抜け殻・だから何も意味がないから火葬場で焼かれるのです。本質的なものはあなたの内なるものです。あなた自身は内界にいるのです。そこにいるのです。この世は三次元という写しの世界です。

 だから、あなたはこの世に住んでいると思って、錯覚しています。この世に住んでいるのはあなたではありません。その写しであるのです。

 ですから、「私はあの世のものである」と私はいうのです。
私はこの世に形体を通して、このように神理を説きに参った者です。

 あなた方で〈自分はこの世の者だ〉と思っている人は、〈自分が生きている〉と思っている人は、もう死人なのです。

 皆さん方は霊的存在(神我)であって、物的存在(自我)ではないのです。この事は非常に大切な事です。うっかりすると逃してしまいます。

 そこに愛と調和が生まれるはずです。しかし、あなた方がこの形体で、この世にある写しの、自分自身の肉体を物差し(自我を自分)として生きている間は、この世に調和も何も生まれません。

 この世(自我の世界・分離意識)は対立であり、憎しみであり、嫉妬であるのです。それは形でものを判断するからです。

 私達はみんな姿・形が違います。それは器が違うだけであって、中身は同一なるものです。私のものも、あなたのものも、みんな同一のものであり、同一の分け御霊であり、一つの神の根源から派生しているものです。 
 周囲の人はみな我であり、神であるのです。
                      知花先生の記事♪


白隠禅師『夜船閑話』に学ぶ丹田呼吸法   
から引用させていただきました  


『夜船閑話(やせんかんな)』の呼吸法とはどんなものか?

 白隠禅師自身は”丹田呼吸”という用語は使わなかったが、その中心になる内観法は使わなかったが、その中心になる内観法、軟酥(なんそ)の法はともに長息(長呼吸、長く息をゆっくり吐く)の丹田呼吸法である。

 どういう呼吸法なのか、とりあえず全貌を次の対談から想像してもらいたい。これはNHKラジオ第二放送の「宗教の時間」に、NHK学園講師の金光寿郎氏の質問に答える形で語った速記録である。

 放送当時のタイトルも「白隠の呼吸」であった。注釈を一言だけ言えば、対談中に出てくる「調和道を初めた藤田霊斎」だが、霊斎先生は白隠の『夜船閑話』を徹底読破して、新しい丹田呼吸法の型を作った方である。

 その丹田呼吸法を調和道と名付け、同じ名前の団体を作った。
昭和三十二年、九十歳で没したが、丹田呼吸を現代に蘇らせた人物として記憶してもらいたい。


金光 白隠禅師の『夜船閑話』の中に内観の四則というのがありますが、あの四則というのは4つの規則という意味ですね。

村木 そうです。最初に本来の面目(めんもく)、
続いて本文の家郷(かきょう)、唯心の浄土、己心(こしん)の弥陀(みだ)と4つをあげているわけです。

金光 「我がこの気海丹田(きかいたのでん)腰脚(ようきゃく)
足心(そくしん)、すべてに是(こ)れ我が本来の面目、
面目何の鼻孔(びこう)かある」、これは有名な言葉でございますね。

村木 そうですね。

金光 それに続き「我がこの気海丹田、すべてに是我が本文の家郷、家郷何か消息がある」、それから三番目が「我がこの気海丹田、すべてに是唯心の浄土、浄土何の荘厳(しょうごん)かある」、

 四番目が「我がこの気海丹田、すべてに是己身の弥陀、弥陀何の法をか説く」……対になっていて調子の良い言葉でございますね。これをどういう風に扱うんでございますか。

村木 本来の面目、つまり本当の自分とは、気海丹田腰脚足心、すなわち下半身に重点があると考えられるんだという事ですね。

金光 気海丹田とはどこの事でしょうか。

村木 気海は臍下(せいか)訳一寸五分、丹田は三寸という文章がありますように気海・丹田で、下腹部と考えていいと思います。それに白隠さんは

腰脚足心を付け加えていますから、お腹だけでなく、下半身の全体にすぐれたものが内在しているんだという事を現していると思いますね。

金光 それで、下半身に心を込めて力を入れる、この言葉を繰り返し唱えるわけですね。で、力を入れるというと気張(きば)るという感じを受けやすいのですが、それとは違うんでございますか。

村木 それは誤解しやすい言葉でして、実は力を無理に入れるんではないのです。1番良い方法は、上半身を下半身に向けて前傾姿勢をとる

 すると、お腹に力を入れようとしなくても入っていきます。自然に入るという事が大事なんですね。それが坐禅の時に下腹に力を入れなさいなんていうと、間違う場合が多いのです。

 ですから、私は、坐禅でも上半身を曲げるような前傾姿勢を最初と最後に取り入れて、五分ほどやったらいいと思うんです。

金光 はい、鳩尾(みぞおち)を落とすという事は、医学的に非常に重要な意味があります。鳩尾の真後ろの腹膣内に太陽神経叢(たいようしんけいそう)があって、それが腹部大動脈に沿って拡がっているわけですね。

 その一部は大動脈にまとわりついています。そしてこれが前傾姿勢をすると、非常によく働く事が分かってきたのです。

金光 それで、力が自然に入ってくる場合は、短い呼吸でなくて、長い呼吸の方がだんだんと入るような気がするんですが、それにしても

「我がこの気海丹田腰脚足心、すべてに是(これ)我が本来の面目……」と、けっこう長い、これを4つ続けるとかなり長く息を吐く事になりますね。

村木 はい。要するに、分節超呼気(ぶんせつちょうこき)という事になります。これは非常に大事な呼吸法です。

金光 声を出してやると、自然に丹田呼吸になるんですか。

村木 そうすると気持ちがとても落ち着いてくる。要するに、出る息を長くする事によって、精神集中が可能となり、さらにもっと拡がっていくと、大自然を見る目が深く広くなっていくという事に繋がるんですね。


「充分に吸い込む」ためには息を入れるスペースがいる

金光 丹田呼吸で、自然に丹田に力が入って長く生きを出していますと、医学的裏付けとしまして、どういう事になっているんでございましょうか。

村木 人間は他の哺乳類と違って立位(たちい)の生活をしていますから、胸と腹が上下関係になっています。すると、心臓から送り出される動脈血が約70%ぐらい下半身にいきます。

 それを必ず心臓に還さないと、心臓は送り出す血液がなくなってしまいます。そのために人間はどうすれば良いかというと、上半身の前傾動作をすると横隔膜がこれに連係して収縮活動をする。それでお腹に力が入る。

 その腹圧により、下半身の静脈血を心臓に還しているんです。同時に長呼吸ですから、肺胞という三億ある小部屋の中に溜まっている炭酸ガスをいくらでも吐き出す事ができる。
その次の瞬間に大量の酸素が入るという面白い働きがあるんです。

金光 吐き出した後は、空っぽになっているから、吸い込む努力をしなくても酸素が自然に入ってくるんですね。

村木 そうなんです。そこに大きな東洋的な呼吸の特徴があると思うんですね。これが西洋では、酸素が必要だから胸を拡げて一杯に息を吸いなさいという考えですが、これは案外だめなんです。

というのは、浅い呼吸ばかりしていると肺胞の中にはいつでも炭酸ガスが詰まっておりますから、それに先に追い出さないことには、酸素を入れようと思っても十分には入らないのです。


「身体がどんどん良くなる」とイメージする効用

金光 今までの内観の四則と、もう1本の柱である軟酥の法というのはどういうものですか。

村木 酥(そ)というのは牛乳などを煮詰めて濃くした極めて栄養の多い乳製品です。これを頭上に乗せたと想念し、これが頭の骨を通して大脳に染み込み、さらに下に降りて心臓、肺と浸透して、次にはお腹に下がって肝臓、

胃、腸、腎臓、膵臓など沢山の内臓に潜注(せんちゅう)していくと、内蔵に色々な故障を持っていても、みんな綺麗に治ってしまうんだという想念を凝らしていきます。
 不思議な事にそれが長呼吸になるんですね。出る息が非常に長くなって、気持ちも落ち着くんです。

金光 上からずずーっと下がってきて、身体の隅々(すみずみ)までいき渡っていると思っていると、呼吸の方も忙しくなくて、ゆっくりと吐き出していけるというわけですね。

村木 その長呼吸が、気持ちを非常に落ち着かせる事になりますね。

金光 はい。その時大変面白い事には、徹底的に吐いて、吐きぬくと、今度は吸うことは考えなくても、待ってましたとばかり大量に呼気が肺に入ってくる。その中に必ず21%程の酸素が入っていますから、この酸素がよく吸収されるんですね。

 これを西洋的発想でいくと、さっき言ったように、酸素は必要だから一杯吸いなさいとなります。これでは肺胞の中には炭酸ガスが入ったままで吸いますから、案外入らないのです。その事はオルザット方式のガス分析で調べてみるとハッキリ分かります。

金光 ずーっと吐き出していると炭酸ガスが大量に外へ出るし、出た後だから酸素はスーッと効率よく入ってくるというわけですね。そういう事は昔は考えなかったけれど、東洋では昔から合理的な呼吸をしていたのですね。

村木 はい。行住坐臥、全部できます。

金光 ことに病気で横になっていらっしゃる方なんかには、非常にやりやすいわけですね。

村木 そうですね。その時は両手を胸から下へ撫で下ろしながらやると良いのです。

金光 じゃあ、軟酥の法なら軟酥の法を、横になったままで出来るんですね。

村木 そうです。しまいにはそういう事を考えないで、長呼吸だけをやればよいという事が分かってきます。

金光 軟酥の法の場合でも、力を入れようとしなくてもいいのですね。

村木 ええ、むしろ肩の力を抜いて、坐位の時ならば上半身を前を倒していくと、自然にお腹に入り、胸の方は軽くなります。これを私ども調和道の道祖は上虚下実(じょうきょかじつ)という言葉を使っています。
 上半身を軽くして、下半身には自然に力が入るという事ですね。


「力強い息」をする秘訣

金光 真人(しんじん)の息は踵(くびす)を以て(もって)する、という言葉が『夜船閑話』にありますが、これもやはり丹田呼吸といいますか、腹式の長呼気でないと中々出来ないわけですか。

村木 はい。踵の息、これはあくまで想念の呼吸で、踵から息を入れたり出したり出来ない事は当然ですけれど、そういう気持ちでやりなさいというんです。
 その時はどういう呼吸をしているかというと、足の裏の後部から息を入れたり出したりというわけですから、かなり力強く息をしないとそうならないわけです。

 そういう想念を使って息をさせる所が東洋の面白い特徴ですね。西洋ではそいういう事は殆ど言わないと思いますね。出来ない事はやらないですから。

金光 長呼気をすると、心身共に非常に良いからやりなさいというのを、真人の息は踵を以ってす、という表現にしたのですね。

村木 そうですね。お釈迦さんも、足心(そくしん)、つまり足の裏に心を込めて息を出したり入れたりしなさい、と言っているのと同じ事ですね。

金光 ああ、そうですか。『大安般守意経』にもそういう言葉があるわけでございますか。

村木 『夜船閑話』の中に、呼吸をする時お釈迦さんは足心に心を込められた事が書いてあります。

金光 こういうのは、かなり腹圧のかかる様な長い呼吸でないといけないのでございますか。

村木 そういう事です。だから、出る息を長くするにはかなり努力がいります。けれども、繰り返しやっていると苦痛でなくなる。しまいには長呼吸が楽しくなるという事ですね。

金光 『夜船閑話』のどこかに確かあったと思うんですが、あまり頭で色々考えていますと、特に現代の様に情報が過剰な時代ですと、頭が熱くなってしまう事があるんでございますか。そういう状況を心火逆上(しんかぎゃくじょう)という言葉で表現されているわけでございますか。

村木 そうだと思いますね。特に息を止めている場合は心火逆上という事になりますね。私どもが怒ったときにはしばしば息を止めます。すると頭が重くなります。息を止める事によって、大脳の静脈血が心臓に還れない。

 すると大脳は静脈血の鬱血(うっけつ)が起こる。そのために脳圧が上がって非常に危険になってくるわけですね。頭は重くなるし、考え方も常軌を逸してくる。普段考えられない事もしでかす様になります。

 そういう意味で胸に力を入れて息を止めるという事は危険な事です。私そもの調和道の藤田先生は、ドセキ厳禁という事をしょっちゅう私どもに教えておりました。

金光 ドセキとは怒るという字に責任の責ですか。
村木 本来は努力の努ですが、怒(おこ)るの怒の方が面白いですね。怒ると息を止めますから。

金光 努責というのは、そうしますと呼吸を泊めてしまって……

村木 胸に力が入る。これは非常に危険です。ですから今後、医学の中で体腔圧変動学というのが必ず出てくるはずです。それには努責任が1番危険だという事が強調されると思うんですね。

金光 この事に昔から気付いていた方がおいでだったのでございましょうか。

村木 これはものを考える人は、すぐ分かりますね。息を止めますと、頭がカーッとしてしまって、正常な考えができなくなってしまいます。

金光 そうしますと、お釈迦さんなんかも、長い間いろいろな苦労をなさった方でございますから、当然こういうご経験もおありだったとみて宜しいでしょうか。

村木 大ありです。特に苦行六年の最後にはかなり激しく息を止めておられる。それは必然的に胸に力を入れて、この努責をやった。その時脳天を鋭い刃物で突き刺される様な激痛を覚えたという事が仏典の苦行偏に記載されています。

金光 もう顔は死相になっているという事でございますか。

村木 ええ、危険ですよね。ともかく心臓に血液が還らないのですから、送り出す血液がなくなっちゃいます。そこで息を止めるのはいけない事だと気付くわけです。

金光 このままいったら自分は駄目だと……

村木 そうなんです。それでスパッと息を止める事をやめてしまいますね。その後で長呼吸をやられる。この、出る息を長くする事によって、お釈迦様らしい素晴らしい発想がいくらでも出てくるんですね。
 
 今申したような軟酥の法あるいは内観の法も長呼吸ですから、これをやると出る息を長くしますから、非常に血液が綺麗になります
 そして出して出し抜いた後には、待ってましたとばかり酸素が大量に入ってくるという、素晴らしい働きがあるわけです。


どんな姿勢でも充分深い呼吸が出来る

金光 これも慣れない間は意識的努力、練習が必要なんでございましょうね。

村木 そういう事です。長呼気だけやろうと思っても難しいですから、やはり色々工夫が必要です。幸い、私どもは藤田霊斎先生あるいはお釈迦さんから、短息、つまり力強い息の重要さを教えてもらってますから……。

金光 あ、長呼気だけでなく、短い息もなんですか。
村木 はい、単なる短い息ではなく、出る息をパッと瞬間的に出すんです。

金光 日常の中でもそれはあるんですか。
村木 ずいぶんあります。

金光 どんな場合ですか。

村木 スポーツは全部短息です。走る、棒高跳びなど全部短息ですね。武道もそうです。例えば柔道の背負い投げなんて、力を入れてパッと瞬間的に息を出す。
 剣道でも、相手に向かって木刀を振り下ろす時は、瞬間的に大量の息を出します。こういう力強い呼気も非常に大事だと、お釈迦さんもそれにも気付いていました。

金光 お釈迦さんの場合は、どういう形でその短息をなされていますか。

村木 最初は、息を止める事を止めた後、お釈迦さんは、もっぱら出る息を長くしました。
 最初の内は出る息ばかりでなく入る息にも全力投球していましたが、その無駄にに気付いてその後はもっぱら出る息だけに心を傾けるわけです。

金光 こうした深く吐き出す呼吸を日常意識的に練習する方法があるんでしょうか。

村木 これはスポーツの中に全部ありますね。今言った様な前傾動作をとる時、ハーッと力強く吐く事が出来ます。面白いことには、力強く吐き出した瞬間、それ以上の呼気が入ってくるという事です。

金光 そうしますと、例えばジョギング中や歩きながらでもこの練習は出来るのですか。

村木 出来ます。それから寝ていても力強いそれは先程も言いましたが、胸の上で手を組んで、上から下へ撫で下ろす様にすると出来るんです。

 組んだ手を下ろす時、横隔膜が一緒に動くわけですね。こうして横隔膜が縮小すると、下半身の静脈血はいくらでも心臓に還るという事が分かってきたのです。

 病人には一番良い方法だと思います。病人は寝ているとどうしても呼吸が浅くなります。すると炭酸ガスも出ないし、酸素もうまく入らない。これでは健康に良いわけがないのです。


「思案なげ首」では呼吸も浅くなる

金光 日頃、先生は歩きながらする呼吸法をなにか教えていらっしゃいませんか。

村木 それは短息を3回に分けてハッハッハーと出す、その後自然に一回息を吸うという三呼一吸法(さんこいつきゅうほう)を多くの人にお勧めていします。

 台所に転がっているポリエチレンの袋にこの三呼一吸で出る息の量を調べてみますと、わずか2~3秒で2Lから3Lくらいになります。
 気持ちが落ち込んでいる様な浅い呼吸ですと、1分かかっても1Lにもなりません。これはもう大変な差があります。

金光 思案しながらため息なんかついている時なんか……

村木 非常に呼吸が浅くなってしまいます。そうすると炭酸ガスは出ないし、酸素は入りませんから、60兆という細胞のバイタリティーが低下してしまいます。

金光 そうしますと、先程おっしゃった、3回ハッハッハーと吐く三呼一吸は、どこでも応用出来るんですね。

村木 そうです。ただ三呼一吸と言いますと、言葉の上では3回吐いて一回吸うという事になりますが、そうではないのですね。
最初のハッと出し瞬間すぐ入ってきます

二回目を吐くとその量はかなり多くなっているので、入る息も多くなる。三回目にはもっと多くなる。このように三呼一吸というのは重要な呼吸法で、しかもいくらやっても疲れません。

金光 そうしますと、最初のお話にありました白隠さんの『夜船閑話』の中には、長呼気を中心に書いて下さってる。これは坐禅をして病気になった時にどうやったら治るかという事を中心に書いていらっしゃるようですが、

我々現代人にとっては、行動の中で長呼気でなく短い呼吸でも深くハッと吐き出すと同じ様な効果が肉体や精神の上に現れてくる様な方法もあるという事ですね。

村木 そうですね。今の三呼一吸でも、最初と二回目はハッハッと力強く出すとその直後にそれより多い呼気がバネ式に入ってきます。三回目は練習によってハーッと長くなります。
ですから、現代人にはこの三呼一吸法が長呼気の練習にもなるわけですね。


「たかが息一つ」で発想まで変えられる

金光 呼吸というのは、日頃無意識にしているわけでございますが、やはり何か考えている時に気が付いて、そうだ、ひとつ深い呼吸をしてやろうという事でやっていますと、発想の転換とか、気分を変えるという事が出来るんでございましょうか。

村木 はい、そういった意味でも素晴らしい呼吸だという事が分かりますね。最初から長呼気をすうるというのは難しいのですが、一番やりやすい

三呼一吸で、三回目をずーっと長く出すという練習をすると、楽しくやっているうちに長呼気が身に付きます。何事もトレーニングの集積でして、良いことは絶えず行なう事が大事だと思います。

金光 確かに禅の言葉で、考えている時にある一つの言葉を聞くと、それが引き金になってパッと心境が変わる「一転語」というのがありますが、そうすると言葉でなくても行きでもそういう事があるわけでございますね。

村木 そのとおりですね。だから私は、”一転語”に対して”一転息”という言葉を作ってみたのです。今まで浅い呼吸ばかりしていた人達が、気が付いたら長い息をする、あるいは瞬間的に力強く出す。

すると発想がすっかり変わってしまいます。考え方も明るくなる、健全になる。血液の流れも良くなり、酸素は多くなるので健康にも大いにプラスになるんです。

金光 悪い老廃物は出て、新しい酸素が入ると、自然に頭の働きも体の調子も良くなってくるのですね。

村木 そういう事ですね。そういう意味で一転息という言葉、面白いと思うんです。
金光 ありがとうございました。


様から引用させて頂きました


  • 臨済宗の僧・白隠禅師は1685年徳川五代将軍綱吉の世に沼津市・原で生まれました。
  • 猛烈な禅修行を始めましたが、いわゆる「禅病」にかかりました。
  • 頭はのぼせ上り、両腕両脚が氷雪のように冷えて、心は疲れ切って、夜も眠ることができず、幻覚を生ずるようになりました。
  • 山中に棲む白幽という仙人から、養生と病気の予防についての秘法を教えられ、やっと克服することができました。
  • その体験を73歳のときに執筆したのが『夜船閑話(やせんかんわ』です。
  • 白隠禅師の唱えた健康法は仰臥禅(寝禅)で、多くの人の関心をとらえるようになりました。
  • ここに述べる
    内観法、軟酥の法による養生の健康法は、
    禅の基本的な考え=頭寒足熱(下腹部から下肢および足の裏まで温かくし、気持良くする観想法)が一貫して流れています。
  • 内観法は呼吸器病、神経症、不眠に特によい方法です。頭痛でいえば「慢性緊張型頭痛」の治療にむいています。
  • この健康法は、日常生活で実現可能であり、すぐれた健康法と考え、ここに紹介いたします。
  • 出典:杉田暉道著「やさしい仏教医学」出帆新社刊より
  •      
  • ▲top
  • 高僧、ちょっといい話に白隠さんの逸話が出ておりました。これが本当なら「白隠さんはすごい!とても真似できない」と尊敬してしまいます。
  • 白隠(1685-1768)悪口を浴びて村中を「もらい乳」
  • 白隠さんは駿河の原宿(現在の静岡県沼津市原)の松蔭寺に住しておりました。
  • あるとき、村の娘が父なし子を産みました。
  • 娘の父親は、だれの子かと問い詰めましたが、娘は頑として相手の男の名は口にいたしません。
  • しかし、とうとう耐えきれずに、白隠さんの子だとウソをついてしまいました。
  • 父親が日ごろから敬愛している白隠さんの子であれば、許してもらえるだろうという娘の浅知恵でした。もちろん白隠さんは、身に覚えのないことです。
  • 娘の父親は松蔭寺に駆けこむや、「この生グサ坊主!よくも娘をキズものにしたな。あなたの子だ、受けとれ」と怒鳴りながら、赤ん訪を突き出しました。
  • 白隠さんは何の言い訳もせず、「ああ、そうか」と赤子を受けとりました。
  • この日は飴湯や米の粉をといて与え、翌日からは村中を「もらい乳」して歩き回りました。
  • それまで、高僧・傑僧として尊敬されている白隠さん、一転してとんでもない破戒僧とさげすまれ、弟子たちはもちろん信者も離れていきました。
  • それにもかかわらず悠然ともらい乳して歩き、赤子を親身になって育てる白隠さんの姿に、
    当の娘のほうがこらえきれなくなり、ついに父親に本当のことを白状しました。
  • 驚いた父親は、さっそく白隠さんに非礼をわび、赤子を返してほしいと恐るおそる申し出ました。
  • このときも白隠さんは「ああ、そうか」と、泰然として赤子を返したといいます。
  • 白隠さんの心は、他人の子でも育てようとする慈悲にみちた仏性そのものであったといえましょう。
  • 「仏教の生活」平成2年号彼岸号より
  • ▲top
  • ウェッジ選書、芳澤 勝弘、白隠禅師の不思議な世界、2008
  • 江戸中期の禅僧、白隠。現代のZENはこの人から始まった。「おふじさん霞の小袖ぬがしやんせ」、「この絵は達磨の絵にあらず」 ほか)
  • ▲top
  • 白隠は膨大な書画を残しました。その作品は書き殴ったような画風です。
    二松学舎大学の寺山教授が電子顕微鏡で3万倍に拡大して白隠の書画を解析したところ、
    墨の粒子が一粒一粒、整然と配列されていたということです。
    偽作にはこの粒子の列が存在しません。
    白隠は、気迫により、墨の粒子を整えるパワーを体得していたのです。
  • ▲top


1.内観法

放下着と丹田呼吸の姿勢。上:丹田呼吸、下:放下着

  • 仰臥禅を行う場所
    布団の中、べットの中、畳の上、庭の芝生の上などどこでもよい。
  • 仰臥禅には「夜の就寝前」と「朝の起床前」に寝床の中で行うという原則がある。
  • 寝床はフワフワしたべットは避ける。
  • 背骨がピンと伸ぴるような平らな状態のものがよい。
  • 煎餅(せんべい)布団が最もよい
  • 仰向けの姿勢(仰臥の姿勢)は最も楽な姿勢である。
  • この姿勢は、地球の重力を身体に委ねた姿勢で、宇宙に一切を委ねた姿である。
  • 仰臥禅の時間
    30分が標準といわれているが、時間があったら3分でも5分でもよい。

(1)放下着(ほうげちやく)

  • 心中のモヤモヤしている雑念をすべて吐き出し、心をからっぼにすること。
    たとえば、気に入らない上司や部下や友人のことなどを忘れ、
    また仕事がうまくいかないことや失敗などを一切放り出し、
    心の中をからっぽにする。

(2)数息観(すそくかん)
数息観とは、呼吸数を数えながら丹田呼吸〔下腹部に重点をおく腹式呼吸〕を行うことをいう。
  • まず床に入り、上を向いて静かに横たわる。
  • 枕の高さは握りこぶし一つ分とする。
  • 気持ちよく目を閉じる。
  • 両上肢は脇の下に卵一個入れたような感じで自然に開く。
  • 両下肢は腰幅程度に開いてリラックスする。
  • 全身の力を抜く。
  • ついで、両下肢を強く伸ばして踏み揃え、丹田呼吸を行う。
丹田呼吸の仕方
  • まず「フーッ」と身体中の息をすべてすっかり吐き出す。
  • 次に大気を鼻の孔からゆっくりと吸う。
  • このときに「ひとつ」、「ふたつ」、「みっつ」、「……」と心の中で数える。
  • 「ひとつ」を唱えるには「ひとーつ」と語尾を伸ばして唱え、

  • 静かにゆっくりと、鼻の孔から深々と大気を吸い込み、
    それを下腹部に満たす気持で「吸気」を行う。
  • すると大気は肺に満ちて、横隔膜は下がり、下腹部は大きく広がる。
  • かくして臍下丹田〔臍から下の下腹部〕の充実感が大いに感じられる。
  • 「吸気」の所要時間は、初心者では5秒位である。
  • 十分に大気を吸入したら、1~2秒、息を止めて次の「呼気」の動作の準備期間とする。
  • 「呼気」も「吸気」と同じように数え、「ひとーつ」と伸ばす。
  • このとき、横隔膜は上がり、下腹部は凹む。
  • 「……つ」と心の中で唱えながら、静かに、ゆっくりと鼻の孔から大気を吐き出す。
  • そして「吸気」と同様に5秒位かけて吐き出す。
  • 「呼気」は「吸気」よりも所要時間が短くなりがちなので、

  • 「吸気」のときよりも時間をかけ、ゆっくりと行う必要がある。
  • 初心者は1呼吸に10秒以上かけることは難しいが、修練により15秒程度をめざす。

(3)内観

  • 放下着のうえ、丹田呼吸を行っていると、身体の充実感が感じられ、
    気分が落ち着き、安らかとなり、軽い催眠状態となる。
  • そこで次のような内観の言葉とともに観想〔心で見、深く思う〕を行う。

  • すると次第に身体全体の気が下腹部、腰、下肢、足の裏(「下半身」と呼称する)まで満ち渡り、
    手足から身体全体へと温かくなってくる。そして何ともいえぬいい気持になり、そのまま熟睡に入れる。

  • 今日のようなストレスの多い社会では極めて有効である。
  • (1)自分の臍のまわりから、下半身はそのまま自分の心であり、
    それは浄土(禅では心そのものをさしている)である。それはどんなに荘厳であろうか。

  • (2) 自分の臍のまわりから、下半身は自分の身体の中にある阿弥陀仏である。
    この阿弥陀仏はどのような法を説くのであろうか。
  • ▲top



2.軟酥(なんそ)の法


  • 軟酥の法とは、内観法と同じく、自己暗示によって潜在意識を変えさせる精神療法である。
  • 卵ぐらいの大きさの軟酥の丸薬を頭上に乗せたとイメージする(酥とはバターのこと)。
  • 丸薬が頭上から足の裏まで流れ込んでくると想像する。
  • 方法
  • 軟酥丸は、清い色をして、よい香りがする実に素晴らしい丸薬である。

  • これが頭全体を潤し、ヒタヒタと水が浸透するように下りてきて、
    両肩、両上肢、乳房、胸、肺臓、肝臓、腸、胃、背骨、尾骨まで潤すと観想する。
  • 軟酥がここまで下りてくると、すべての内臓の疾患や腹部の疼痛が消失する有様が、
    水が流れるようにはっきり分かる。
  • さらに軟酥は両下肢を温かく潤し、足の裏まで到達するとその流れは止まると観想する。
  • ちょうど、名医が香りがよく、病気にもよく効くいろいろの種類の薬剤を
    お湯で煎じて桶に一杯入れ、自分の両下肢をその中に漬けていると観想する。
  • 禅師いわく「この方法を何回も根気よく行えば、どんな病気でも治せないものはない。
    そして立派な徳を積むことができる。さらにどんな修行でも成功しないものはない。

  • また、どんな事業をやっても必ず成功する。
    その効果が早く現われるか、遅く現われるかは、これを行う人の熱心さいかんによるから、
    一生懸命に精進せよ」
  • ▲top



3.頭寒足熱による養生

  • 日常生活における頭寒足熱法について
  • 就寝するときは、下肢から足を暖房などで温かくしておくと、速かに眠ることができ、翌朝の目覚めも極めて快調である。
  • 日中でも長いソックスを二枚履くなどして温かくすると、上半身は薄着でも快適に過ごすことができる。
  • 禅の基本的な考えは頭寒足熱である。
  • 内観法と軟酵の法は、観想により頭寒足熱を実現する。
  • 丹田〔下腹部〕から下肢の末端にかけて、温かし、気持をよくする。
  • 心気が頭に来た状態は心火逆上(いわゆる「のぽせ」)という。
  • 心火逆上時は、精神状態も不安で、落ち着きがなく、身体もフラフラして力がない。
  • 額に手を当ててみると、熱っぽく、足を触わってみると氷のように冷えている。
  • 頭寒足熱状態では、心気がさがっている。
  • 下腹部~足の爪先までが充実し、気力は充実し、額に手を当ててみると涼しく、足に触わってみると、温かい。
  • もしカッカした心気を下腹部、下肢さらに足の裏まで持っていくことができるなら、
    胸の中は自然に清涼となり、ちょっとした感情の揺れも起こらない。
  • 心が本当に澄み渡った気持になる。
  • これを真観清浄観(しんかんしょじょうかん)という。
  • このようになれば頭痛も解消するであろう。


エントロピーの法則をも超越する神秘的なパワーグッズのお話

 知花敏彦師によりますと、この宇宙世界は中心太陽を中心にして、91個の島宇宙(銀河系)がグルグル回っているそうなのですが、チャネリング本等でも読んだことが無い、超高次元でインテリジェンスなお話に大変感動した次第なのでありました。 

高次元な宇宙人さんたちも、
~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~
プレアデス星人「えっ!、そうなのチャネリングでも言ったことないのに」
アークトゥルス人「えっ!、初耳だわトム・ケニオンにも教えてあげようっと

エササニ星人「これには未来人もビックリ知花敏彦さんは本物だねッ♪」
ダ○ル・ア○カ氏「今度の公開チャネリングのネタに・・・♬(※ジョークです)」
                   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

と思って知花敏彦 ✵ まなびの会 様にお忍びで、講話CD・DVDを全巻買ったとか買わなかったとか・・そんな気がする今日この頃です(笑)


 さて、冗談はさておき、私が大変心底素晴らしいと思って前にもご紹介した「ムーコンセント」をもう少し掘り下げてご紹介させて頂きます♪

 知花師の講話にもよく出てくるキーワードで、「エントロピーの法則」というものが御座います。簡単にご説明申し上げますと、「物質というものは時間が経つにつれて、エネルギーが減少していく事象」ということであります。

 知花さんも、永久モーターを研究していたけれど、エントロピーの法則があるから、永久モーターは不可能だと分かった、とおっしゃられておりました。

 そのことを知っておりましたので、「MUの泉」様のエントロピーの法則を超越した物質である「Mu」のお話を読みました時にピンときまして、これは、とんでもないグッズであると直感したのでありました。知花俊彦さんも、


知花師「えっ!そんな物質あったの?天上界もビックリしちゃった


と思われてそう♪ 地球最高の覚者も驚愕の物質って素敵すぎです(笑)
さすがノーベル賞級の科学者3人が協力して完成させただけあります

 冷蔵庫の中に食物を入れておきますと、普通でしたら時間が経つにつれ、+18が...+15...+12...+8、というように、徐々に生命力が減っていくものなのですが、「ムーコンセント」から取った電気での冷蔵庫でしたら.....

(  ^ω^)・・・何何と!長く入れれば入れるほど、+18等の生命エネルギーがドンドン増加していくそうなのです。これは衝撃的ですね♪現在の地球科学を完全に超越している神秘現象ではないでしょうか

 電子レンジでも同等に、チンすればするほど免疫力がドンドン上がっていくという、世にも摩訶不思議な現象が起きるのだそうですよ♪

 誤解のない範囲で表現しますならば「若返り現象が起きた」と言えますね♪美容・健康・医薬品・等々に応用が効きそうで将来が楽しみですね

 お陰様で、ムーコンセントを使いだしまして暫く経つのですが、明らかに食事が美味しくなっている事が充分に分かるのですね。母親も食事が美味しくなったのは良く分かった~♪と申しておりました。

 携帯電話もα波が出ているようで、電話をしている時の方が、脳がスースーするのがよく分かりました♪言われてみればといった感じではありますが

 携帯電話が「クラシック以上のα波が出るスーパー高次元グッズ」に大変身しちゃうという、何がなんだか、明らかに22世紀級の超絶ウルトラアイテムっぷりに、私自身、大変良い買い物ができたなぁ....と感慨深げに感激に浸ったのでありました♪

 車のガソリンに「MU」の物質を混ぜて燃費を測りましたら、100Lが20Lで済んだみたいな感じで、燃費が8割も減ったという結果もあるみたいです。もしかするとまだ地球で認識されていない未知の元素かもしれませんね。

 私には珍しく、会社の上司の女性の方にもお勧めしたくらいですから、心から大推薦させて頂きたい超本物の良質パワーグッズで御座います
もし良かったらご参考にしてみてね~♬ではごきげんよろしゅう


前回の「ムーコンセント」のお話から一部引用ですが・・・♬

MUの泉」様のグッズで脳波がα波になってリラックス人生へ

MUの泉」様のムーコンセントは、今まで購入したパワーグッズ関連のコンセントの中でも、効果の絶大さがピカイチで本当に素晴らしいですよ~♪

 クラシックを聞くよりも、ムーコンセントに電源を変えたほうが、遥かに脳波がアルファー波になっちゃうという(笑)、異次元のパワーグッズです♪

 私も今いるパソコンの部屋が、最高のα波に脳波が変換されちゃう、夢心地で幸せなリラックスルームへと浄化されましたからね♪

 実家の台所もムーコンセントに変えたのですが、母親にもその事について感想を伺いましたら、何だか脳が森林浴をしているかのごとく、心地よくてリラックスしていられる状態に変わって不思議だと言っておりました。

 現在、携帯の電磁波が脳に与える影響が問題になっておりますが、その問題に付きましても、「ムーコンセント」から取った電気で充電をして、その携帯で電話をしますと、無害化どころか、逆に脳がα波で満たされてクラシック音楽以上の至福な状態になるそうなのです。

 もうこれで「スマホ」や「ガラケー」等の電磁波問題は、何もかも全て解決できちゃいますね♪世界人類への福音的グッズではないでしょうか。

 何が何だかドラえもん的な未来的なスーパーグッズで、私自身も初めは半信半疑でしたが、実際に使用してみまして、驚くほどの効果を実感しましたので、こうして猛プッシュでお勧めしちゃっているわけですね(笑)

 今でも脳がエンドルフィンをドバドバ出して、光悦感でプルプル震えている様な感じですから♪瞑想しなくても光悦感を体験できちゃうみたいな♪
(  ^ω^)....α波....α波彡超気持ちいい~α波感じちゃう...みたいな♪

 有害な電磁波が、最高の高次元α波に変身しちゃうなんて夢みたいで本当に素敵ですね・・♬ ところがどっこい夢じゃないという(笑)


 後、電気敷き毛布にも「ムーコンセント」を使ったのですが、温かさが「お天道様の自然な温もり」に変わったのにも衝撃を受けました。

 温めた毛布に入った瞬間に、波動の違いに気づきまして、なんて気持ち良い温かさなんだろうと感激致しました。お陰様で、毎日の寝るときのパワー回復感が、今までの当社比1.5倍といった感じになりまして本当に幸せです♪


 免疫波動が+170以上だとか、測定数値的にも飛び抜けておりますので、他のパワーグッズとは一線を画する高次元パワーを祕めており、高次元パワーグッズに慣れている方々でも、きっと驚かれるでしょうね。

 普通でしたら、+20で最高で素晴らしいでしょ!というイメージですし、仮に+21でもあろうグッズでしたら、1個3000円でも安っ!という感じになろうかと思われます。
 それが+170以上ですから、もう異次元レベルに凄すぎて、スーパーパワーで高次元スパーキング(笑)といった感じじゃないでしょうか。

 高次元コンセント関連では、間違いなくナンバーワンだと「波動ソムリエ」である私が、大断言させて頂き、大推薦させて頂いちゃいます♬

 新ジャンル「波動ソムリエ」という単語が出て参りましたが、それは前にもお話した通り、波動に関して超敏感肌になりまして、かなり事細かく、波動について鋭敏に感じれますから「波動ソムリエ」と名乗っちゃっても大丈夫かなぁと、そんな感じで御座います。特に深い意味はございません(笑)


この実践法が寿命を延ばす
●口呼吸は病気の引き金となるので要注意

 腹式呼吸をする上で一つだけ気を付けていただきたいのは、必ず「鼻」で呼吸するということです。実は最近、口で呼吸する人がとても増えているのです。

 ある調査によると、成人の半数、子供ではなんと八割が恒常的に口で呼吸しているという結果も出ているほどです。皆さんは大丈夫でしょうか。

 試しに口を手で塞いでしばらく呼吸を続けてみて下さい。もしも息苦しさを感じるようなら、無意識のうちに口で呼吸をしている危険があります。

 実は「口呼吸」は、自然の摂理に反するとても体に悪い行為なのです。西原克成所長は、口呼吸が免疫機能を破壊し、多くの病気の引き金になっていると警鐘を鳴らしています。

 事実、鼻呼吸には口呼吸では得られないメリットがいくつもあります。まず吸い込んだ空気を綺麗にする「除塵作用」が挙げられます。

 私達が吸っている空気の中には小さなホコリや微生物、そして微生物の死骸など色々なものが含まれています。しかし鼻で呼吸をすると、鼻粘膜によって有害な病原菌の約50~80%が除去されることが分かっています。

 また鼻呼吸では、鼻腔内を通る間に空気は適度な加湿と温度調節がなされます。これによって気管の乾燥を防ぎ、ウイルスなどの繁殖を予防する事が出来ます。

 さらに、肺は乾燥しすぎていたり、温度が低すぎる空気だとうまく粘膜になじまず酸素の吸収率が悪くなるのですが、鼻呼吸であれば、加湿と同時に温度調節もなされるので、外気が冷たい季節でも、酸素の吸収率が低下することはありません。

 こうした鼻呼吸のメリットは、口呼吸ではすべて逆転します。つまり、口呼吸を続けていると、体にとって有害なものがそのまま気管や肺まで入り込む上、ウイルスの繁殖が起きやすく、必要な酸素を十分に吸収できないということです。

 お酒を飲みすぎるといびきを書く人が多いのですが、あれはアルコールの大量摂取により鼻の粘膜が剥がれ、鼻での呼吸がしづらくなるので、無意識に口で呼吸をするからです。

 しかし口呼吸では充分な酸素を吸収できず、血中三度濃度はどうしても低下してしまいます。アルコールを飲んだ翌朝や、アレルギー性鼻炎の人に心筋梗塞が起きやすいのは、口呼吸によって、血中酸素濃度が低下することが大きな要因の一つなのです。

 口呼吸の習慣がついてしまっている人は、鼻を使った腹式呼吸を行うとともに、普段から口を閉じるように心がけましょう。

 小さな子供であれば、「おしゃぶり」を使わせたり、大人であればマウスピースのようなものを軽く噛むようにすると口を閉じやすいので、結果的に鼻呼吸を習慣づけることが出来ます。

 機能から考えても、口はものを食べるための器官であって、呼吸をするためのものではありません。鼻という呼吸のための器官が人間には備わっているのですから、普段から鼻で呼吸をするようにしましょう。

 腹式深呼吸にかぎらず、体を締め付ける着衣は、呼吸を阻害するので、普段からなるべく身につけないようにしましょう。特に女性の場合、ブラジャーがきついと胸が圧迫してしまうため、20~30%も呼吸が減るそうです

 呼吸が浅く、体内への酸素供給量が不足すると、身体には様々なトラブルが起きます。特に慢性的な疲労感がある人は、酸素が不足している可能性があります。

 腹式深呼吸は、副交感神経を刺激するので、その支配下にある免疫システムが活性化し、病気に対する抵抗力、免疫力を飛躍的に向上させます

 

過去記事からの引用ですが・・・♬


最高のセルフイメージを常に考える

 物心ともに成功している人と話していると、やはり、言葉の端々に、自分を大切にしていることがうかがえる。
 謙遜して、「私でよろしければ」という言葉は使っても、「私なんか」と自分を卑下するようなニュアンスの言葉はまず使わない。

 そういう言葉の一つひとつが、自分の人生に大きな影響を与えることをよく知っているから、思考と言葉に細心の注意を払っているのだ。

 あなたも、成功者たちと話をすると、言葉の使い方一つひとつによく気を配っていることに気づくはずだ。彼等はまず、乱暴な言葉や、誰かを小にするような言葉は使わない。そういう言葉を使うと、その言葉が自分に跳ね返ってくることを知っているからだ。

 心理学者カール・ユングによれば、私達の無意識は、個人的無意識と、他人に繋がる集合的無意識とに分かれ、後者は、個人を超えて地域的な無意識や民族的な無意識、そして、人類的な無意識に断層的につながっているという。
 つまり、私達の無意識には、自分と他人とを区別できない意識が含まれていというのだ。

 そのことからすると、誰か他人に言った言葉であっても、潜在意識は、自分のこととして受けとめてしまう可能性があるわけだ。

 だから、「あいつはダメなヤツだな」などと言ってしまうと、潜在意識は「ダメなヤツ」という言葉だけを認識するので、自分のセルフイメージに、「ダメなヤツ」というプログラムがインプットされてしまうのだ。

 自分も他人も大切に扱う。丁寧な言葉で人と接し、良い言葉を使う。そして、自分の最高の姿をいつも思い浮かべ、その時の充実感、達成感、ワクワク感、誇りなど、自分が味わい感情を味わう。

 すでにそういう自分になったかのように、その気分に浸りきる。これも訓練なので、継続して行うことで、あなたのセルフイメージは少しずつ、しかし、確実に書き換えられていく
 そうなると、そういう自分にならないほうが難しくなるのだ。




アメリカ人は「ポジティブで前向きな言葉」を使うお話


 アメリカの国力低下が指摘されているが、私はアメリカは依然として強い国だと思っている。アメリカ人ほど楽観的で、前向きな国民はいない。

経済状況は決してよくないのに、会えば必ず「ファイン!」「エクセレント!」「グレート!」と、威勢のいい言葉が最初から飛び出してくる。長年多くのアメリカ人と接しているが、彼らからネガティブな言葉を聞いたことがない。

 日本人が話す言葉はどうだろう。「寒い」「しんどい」「苦しい」「疲れる」「うーん、最近調子が悪くてなあ…」。こうした後ろ向きで暗い言葉が会話の中心になっている。
 よくて「まあまあですね」。これで国の将来がよくなるはずがない。日本も1960~70年代は、明るく前向きな言葉があふれていたように思う。

 作者は1973年、日本電産を創業後、アメリカに渡っていました。あるとき食べた生牡蠣に当たり、病院のお世話になりました。

 救急車で病院に担ぎこまれ、苦しみながらベッドに横たわっていると、病院の医者と看護師が「ハウ・アー・ユー?」と聞いてきた。大丈夫な訳がない。私はとっさに「アイム・ノット・ファイン」と蚊がなくような小さな声で答えた。医者は注射を打って治療してくれた。

 翌朝、無事に回復して退院しようとすると、その医者が質問してきた。私が日本で起業したことを話すと、「じんましんぐらいで、弱気な事を言っていては成功しない。
 ノット・ファインというような言葉は二度と使ってはいけない」と、激励を込めてアドバイスしてくれた。その医者の弟もボストンでベンチャー企業を経営していたのだ。

 私はその言葉を聞いてから心を改め、変身した。「ネアカ、イキイキ、ヘコタレズ」をモットーとし、常に前向きな姿勢で仕事に取り組み、日本電産が成長するきっかけになった。
 それ以来、「今日は暑いなあ」と思わず言ってしまっても、すぐに「でも帰ってから飲むビールの味は最高だろうなあ」と前向きな言葉に転換するようになった。

 グローバル市場で戦うため、日本人に足りないのはこうした前向きな心構えだ。否定的で後ろ向きなことばかり言っていると、戦う前に負けてしまう。

有益な情報はこちら♪

おまけ記事ですが・・♬


アメリカが肥満大国になった根本的な要因「コーンシロップ」

皆様はそこに「コーンシロップ」という文字が頻回に登場することにお気づきだろうか?

 コーンシロップは、その名の如くトウモロコシ由来の甘味料であるが、いわゆる「お菓子」などの「甘いもの」意外に、パン、ハムなどの加工食品、調味料などありとあらゆる食品に汎用されている。

 甘味料って砂糖(ショ糖)じゃないの?とお考えの皆様も多いだろうが、コーンシロップは、今やショ糖以上に私達の生活に密かに侵入しているのである。

 本書のストーリーは、そのコーンシロップから話が始まる。
1970年代のニン政権下のアメリカ。
アメリカ農務省は、深刻なレベルの「余剰生産物」となった「トウモロコシ」の不良在庫に頭をかかえていた。

 何とか、この大量のトウモロコシを有効活用したい…。その救世主が1971年に日本の食品科学者がショ糖より六倍の甘さを持ち、簡単で安価に大量生産できるトウモロコシ由来の甘味料HFCS (高果糖コーンシロップ)を開発したのである。アメリカ農務省は、これに飛びついた。

 何しろ、トウモロコシを大量に売りさばける、絶好のチャンスである。
しかも、このHFCS は、安価で食品の製造を大幅にコストダウンできる上に、構造上加熱に強く、しかも変性しづらく長期保存が可能であるという、食品にとってはまたとない特徴を備えていたのである。

 ところが、この誰にとっても一挙両得のような、「夢の甘味料」が「デブの王国」アメリカへの第一歩だったのである。


エソテリック・プラクティス     ダスカロスさんの記事♪ 


パターンド・ブリージング
 
 生きあるものはこぞって主を賛美せよ
                新約聖書・詩篇150章6節


エクササイズ1

 からだを完全にリラックスしましょう。
 昨日、今日、明日に関するあらゆる考えを手放し、心の重荷を下ろしてください。そして、すべての活動から精神と肉体を開放します。

 最初に大きく一回で息を吸い込み、一回で大きく息を吐きだしましょう。そして、穏やかで規則正しいパターンド・ブリージングを初めます。


 ます、あなたの心臓の鼓動に合わせて、3つ数えながら鼻から息を吸い込みます。最初の「ひとつ」で、腹式呼吸のように下腹に息を入れます。

「2つ」でお腹のお腹の中央部分に、最後の「3つ」で胸いっぱいに吸い込みます。続けて3つ数えながら、今度は口から息を吐きだします。

 この時も最初は下腹から、次にお腹の中央部から、最後に胸部から・・・という順番で、域を完全に吐き出します。3つ吸って、3つ吐く、この3・・3呼吸法が自然に出来る様になるまで、毎日数分続けてください。

 3・・3のカウントの呼吸法になれたら、次は4・・4カウントの呼吸法を試してみましょう。今度は胴体の4つの部分に分けて、息を吸う時も吐く時も、常に下腹から初めて、胸部を最後にします。

 この呼吸法を続けると、だんだん慣れて自然にできるようになってきます。そうしたら6・・6カウントの呼吸法を、もっとなれてきたら7・・7や8・・8カウントの呼吸法も試してみてください。

 やがて、誰もがそれぞれ自分に合ったカウントがあることに気付くでしょう。ただし5・・5カウントの呼吸法は精神的にマイナスの影響を与えるので避けるようにします。

 パターンド・ブリージングと呼ばれるこの呼吸法はエクササイズというより、殆どのエクササイズの基礎となるものです。

 呼吸を意識的に、より効果的にコントロール出来る様になると、あなたの健康を維持・管理している大天使たちがとても喜んでくれるでしょう。



スターピープル16号から引用させていただきました


呼吸の力を感じて下さい、
呼吸は内なる神とともにあるサイン。
内なる神を知るということです、
そこに答えがあります。

光(プラーナ)だけで数年間も生きている女性
ジャスムヒーンさん

---どうしたらジャスムヒーンさんのような美しさを保てますか?

ジャスムヒーン 美は神の恩恵です。神の放射や光線を受け入れた時、必ず美として顕現されます。聖なるエッセンスを真の意味で放射している人は全体的な雰囲気も素晴らしいでしょう。
 目は心の鏡なので輝き、髪や肌も美しく他の人にも分かります。

---内側から輝かせ美しくする方法はありますか?

ジャスムヒーン まず手の5本の指を通じて紫の光が出て来るのをイメージします。その指から出てきた紫の光で顔全体を覆います。その紫色の光が肌を若返らせます。体全体をその光で覆うことによって顔だけではなくて全ての老化を防げることが出来るのです。


---ワークショップでおっしゃっていたコズミックフィッシングでコンタクトするにはどうすればいいですか?

ジャスムヒーン まず誰と繋がりたいかを意図し、次に自分の内なる神と相手の内なる神が繋がります。第三の目に紫の光を送ります。光を送ることによりテレパシーを送り、その情報が相手の内なる神に必要なければ寝るか無視します。

 大切なことは紫の光を送る時、相手の自由意志をコントロールしないことです。コンピュータのケーブルのようにまず繋がり、ソフトウェアに素早くプログラムするように送ると自分に必要な情報が勝手に入って来ます。

 それは高い次元の意識の中に入り、その情報が必要になった時、通常の意識の中に入ってくるのです。

 実際に宇宙にある様々なインフォメーションは、同時に皆さんのところへ入って来ています。どの情報が自分に正しいのかを意図することが大切です。テレパシーとは宇宙の違う空間を通じ、相手に特定の周波数を送ることです。光より早い存在は思考です。思考は距離を無視し欲求や思いにより瞬時に現れます。


---宇宙の中で地球はどのような星なのでしょうか?

ジャスムヒーン 他の宇宙文明と比べた時、地球の文明は必ずしも発達したものではありません。宇宙には何億もの世界があります。その中には地球と同じような生命体を保持できる星もあります。

 瞑想することにより宇宙の旅が簡単にできます。他の星の生命体にもアクセスする事が出来ます。他の宇宙や他の次元では本当に信じられないようなことが実際に起きています。

 アルクトゥルスのシステムでは子供達が親をオーラの色のよって、選り分けて生まれてきています。親になるということが一番最初の仕事です。子供達は未来なのでその子供を育てる親は、良い存在である事が必要です。

 紫のオーラを持っている存在だけが親になることが出来ます。この地球ではどうしたら親になれるかという事自体、教えていません。

 他の宇宙でも、もしその星に貧困や戦争、飢餓、ネガティブなものが存在している場合、未開で文明のない星だとみなします。私達はテクノロジーやお金があるから文明社会だと思っていますが、それは本当の文明ではありません。ただ便利なだけです。


---日本の読者にメッセージをお願いします。

ジャスムヒーン 自分の中にある幸せや健康、知恵、愛、英知、祝福があることに気づいて下さい。それ以外のことは求めないで下さい。

 呼吸の力を感じて下さい。内なる神を知るということです。呼吸とは常に内なる神と共にあるサインです。そこに全ての答えがあります。あなたが必要としている全てのことは既に自分で知っています。

 調和とともに幸せに生き、愛し、それを許し、完全に目覚めれば生きることは簡単なことです。全ての惑星には自分の限界を超えるという学びがあります。宇宙には何億という生命体を保持できる星があります。宇宙の旅はとても簡単なのです。


☆★☆ 大天使ガブリエルからのメッセージ ★内面の霊★ ☆、。・:*:・゚`★

May 1, 2016

親愛なる皆さん、Dear One, 既に皆さんは、皆さんの世界は加速し続けていることに気づいています。
皆さんは、達成感のない半狂乱の活動という感覚さえ持つかも知れません。


皆さんは今まで、それが充分なようには感じない時に、皆さんが行っている全ての物事の中に意味を探し求めて来ました。
実際には、地球の振動領域のエネルギーの増大が起っています。


このせいで、人々は意識の中で、自分達が行う全ての物事が持つ意味の探求を促す、一つの移行を経験しています。
そして、宇宙の意識が、今、それを探し求める人々に以前よりも更に簡単に利用できます。


このエネルギーの増大もまた、皆さんの周りの世界の中で、大きく急激な変化を創り出しています。


情報が更に利用できるものになり、地震、火災、颶風のような途方もない地球の変化が更に頻繁に起っているように見え、社会、政治、そして、家族生活の基礎構造そのものが既に未知の領域に移行してしまったように見えます。


こうした事象の全ては、外観の世界の中、皆さん自身の外部の世界の中にあるものです。


それが指摘する事実は、皆さんに安定感をもたらす為に、もはや、皆さんは皆さんの外部の世界を当てにすることはできないということです。


皆さんは、皆さん自身に戻り、穏やかで調和したその静止点と、内部の叡智を見つけ出すことが必要になります。


皆さんの内部には、皆さんがそこで完全に寛(くつろぎ)ぎ、その感覚が皆さんという存在に浸透することを許すことができる、そういった安らいだ一つの場所があります。


皆さんの内部で、皆さんは、皆さん自身の外部の世界から探求して無駄に終わって来た、その真実と歓びと意味を見つけ出します。


さあ、ここで皆さん自身がこの内部の場所を経験することを許して下さい。
そこで皆さんは、ただ存在して自由になることができます。


それは皆さんの呼吸と同じほど、身近なものです。
そして、皆さんが、皆さんの更に高い自己や、皆さんの神との結びつきを経験し始めることができるのは、皆さんの呼吸、そし、皆さんの考えと創意の力のおかげです。


【実践:Practice:】


2、3回集中して深呼吸をして下さい。
皆さんの注意を、皆さんの丹田に向けて、既に皆さんが一つのとても安らいだ庭の中にいる、皆さん自身に気づいている状態を思い描いて下さい。


皆さんは、この庭を今まで皆さんが確認した最も美しい場所にすることができます。
流れる小川、穏やかな池、花々や日陰を作る樹々を創り出して下さい。
そこを、今後、皆さんが何度も繰り返し戻ることを願う一つの場所にして下さい。


思い切って寛(くつろ)いで、この庭の安らぎと美しさを吸収して下さい。
皆さんの守護天使や、皆さんの更に高い自己と出会い、皆さんに必要な全ての叡智、指針、そして愛を受け取る為に、時間を取って下さい。


皆さん自身の内部のこの安らぐ場所を見つけ出すことは、少し練習が必要になるかも知れませんが、しかし、ほんの少しの安定した呼吸の後で、皆さんが苦もなくそこに行くことができるようになるまでそれほど時間はかからないでしょう。


皆さんが自分にこの静かな時間を与える時、皆さんの外部の世界はこの安らぎのある静かな場所から、皆さんを引き離す力を持たないことを、皆さんは気づくようになるでしょう。


これが、真の安定です。
この内部の静かな場所から、皆さんはこの変化の時期を生きることができ、一人または見捨てられていると感じることはないでしょう。


今後、皆さんは、皆さんが必要とするその支援と深く結びつくことができるようになるでしょう。


その輻が非常に急速に回転し、しかし、その中心はその周りの全ての繋ぎ目と結びついて静かな動きを持つようにみえる一つの車輪のように、皆さんの内部のこの静かな回転は、皆さんの外部の世界を、調和、愛、そして、安らぎのある世界に変えることになるでしょう。


この静けさを求めることを、忘れないで下さい。
もしも、皆さんがそれに魅力を感じるなら、その穏やかな一つの庭の経験を求めて下さい。


何よりも先ず、全ての生命の根源との皆さんの個人的な結びつきを求めて下さい。


それは全て皆さんから、皆さんの考えから、そして、皆さんの結合の繋ぎ目である安定した呼吸から始まります。


もしも、皆さんが自分にその時間を与えるなら、その全てが皆さんの為にそこにあります今日の天使達からの皆さんのメッセージを忘れないで下さい:皆さんの人生の中で外部に向かって働き掛ける内面の霊は、こうした変化の時期の中で安定を見つけ出す唯一の場所です。


シャンタ・ガブリエル 大天使ガブリエルに捧ぐ


から引用させていただきました

まずは[丹田呼吸」で血のめぐり々をよくする


 何事にも、まず基礎というものがあります。
朝の重要性がわかったあなたは、
まず成功への心構えという心の基礎ができたはずです。
では、実践としでの「気功法」の基礎を解説しましょう。

武術など、あらゆるスポーツで重要視されるのは、間合いです。
それを計るものはというと「呼吸法』です。

バッターボックスに立った野球選手がハアハアと荒い呼吸をしていては、
打てるものも打てなくなります。
それは人の呼吸のリズムが、人間の動きに大きく影響するからです。

 気功法とて同じことです。気功法を行うのに最も適した呼吸法があります。
それは「丹田呼吸法」という呼吸法です。

 われわれがふだん無意識に行なっでいる呼吸法は「胸式呼吸法」です。
息を吸うと胸が膨らみ、吐くと収縮するというものです。
これに対して、「腹式呼吸」というのがあります。

これは、息を吸うと腹(下腹部)が膨れ、吐くと収縮するという呼吸法です。
健康法としてヨガなどに応用されでいるものです。

健康呼吸としての腹式呼吸は、
下腹に溜まった汚れた血を心臓に戻す力があるため、
貧血や生理痛、冷え性などに効果を発揮します。

血液を送る心臓は血を送り出すことはできますが、
静脈やリンパを通って心臓に戻る血液は、実は血管周りの筋肉を
動かさないと血が滞ってしまいます。

腸や肝臓などの臓器に溜まっている大量の血液は、
腹筋を動かさないと心臓に戻る事ができません。
血が滞ると老廃物が溜まって、免疫機能も落ちてしまいます。

腹式呼吸は、そういう意味からも非常に重要なのです。

腹式呼吸を試した方はいませんか。
特に女性は、男性よりも呼吸が浅いので、
それによる便秘や貧血が多いのですが、
この腹式呼吸をしっかりやっでいれば元気溌剌としてくるのです。
もちろん、男性も大いに実行して「気」を養ってください。

 そして、腹式呼吸とともに、健康呼吸とされるのが「丹田呼吸法」なのです。

これは別名を「反式呼吸」と呼び、腹式呼吸とは逆に、
息を吸うときに下腹をへこませ、
吐くときに膨らませる呼吸法なのです。

 この丹田呼吸法の歴史はかなりの過去にさかのぽります。
中国の道教では5000年も前から導引術として伝えられています。

丹田呼吸で用いられる様式は、大きく吸い込み大きく吐く深呼吸であり、
一呼吸が非常に長いという特徴があります。

 この方式は、釈尊(釈迦)の瞑想法の中にも登場します。
仏教のアーガマという教典の中には、人を飛躍させる方法があると説き、
仏陀自ら、しきりに呼吸法の実践を勧めています。

釈尊自身から呼吸法を体得し、気の達人となり、
超人(仏陀)となり得たことを宣言しているという記述もあります。

中国で開発されたというこの呼吸法は、
仏教の教えに基づいて創始されたものが多いのです。
少なくとも、かなりの点で仏教的の影響があることは間違いありません。

仏教や道教では、この呼吸法が心身健全、
不老長寿を生み出す方法であることを説くと同時に、
直感力を養う方法であることも述べています。

その後多くの流派に分かれて、様式的に異なるものもありますが、
その基本部分は同じです。

 禅においては臍下(セイカ)三寸に「気」(心)を置き、
ここに集中することで不動の心を得ると言われています。
合気道でも、このことを大切にしています。

 西武ライオンズを初の日本一に導いた広岡達朗氏も、
自身、ある合気道の達人の所へ出向き、たびたび修行をしていました。

そして、新人選手やプロでやっていけそうな若者を達人の元へ連れて行き、
気を養う修行と丹田呼吸法の指導をお願いしていたといいます。

これにより、多くの若手選手が「気」を高め、
それを試合の成果として見せたのです。
最強の西武時代をつくり上げたのも丹田呼吸法に
その秘密があったといえるでしょう。

 丹田呼吸法に対して、ちょっと難しそうだと感じる人もいるかもしれませんが、
練習をすれば、そう時間もかからずにできるようになるはずです。

最初は、両手を下腹部に当て意識して呼吸をするようにするとよいでしょう。
そのうち、手を当てないでもできるようになります。

 この呼吸法は、腹式呼吸よりもさらに血液を心臓に返す力が強く、
体全体に循環させる力を持っているのです。

腹式呼吸のパワーアップしたものと考えてもよいのです。
また、丹田呼吸法は、精神集中にももってこいなのです。

 訓練は必要でありますが、気功法を行なう場合、
細く長い息遣いをすることが基本であり、重要なポイントなのです。

腹式呼吸でもかまいませんが、気功法で使う最も適した呼吸法は、
やはり丹田呼吸法なので、ぜひマスターしてください。
朝の清々しい大気を体いっぱいに入れるだけでも、
1日の充実度が違ってくるのです。



から引用させていただきました

呼吸法とエネルギーについて  

呼吸法とエネルギーについて       アーリオーン



 多くの人間は呼吸についてことさら考えてはいないだろう。生まれてからはほとんど気にせずに呼吸し続けているだろう。それは当然なことだ。

 呼吸は人間にとってもっとも大切な酸素摂取と二酸化炭素及び老廃物の排出の行為であるが、もうひとつ大切な要素がある。それは宇宙に偏在するエネルギーの摂取だ。このエネルギーは「気」と呼ばれたり「プラーナ 注1」と呼ばれたりするが、我々は単に「宇宙エネルギー」と呼んでいる。

 現代人の呼吸は大体において浅い呼吸のようだ。呼吸は深い方が良いわけだが、意識して深い呼吸をするとしても、一日中そうしているわけにもいかない。第一、不自然な呼吸になってしまう。ここでは自然に呼吸を深くする事を話したい。


 まず、呼吸が浅いという事を考えてみたい。呼吸が浅いと普通考えられるのが酸素の供給絶対量が少ないということだろう。


 酸素の量が少ないと思考力が低下する。これは常識だ。そして酸素の量が少ないと、新陳代謝も低下する。細胞の十分な発達も期待できないだろう。そして充分な宇宙エネルギーの摂取も期待できない。

 100の力を行使できるはずの個体が60の力しか行使できないということもよくある。

 現代人の呼吸が浅い理由の代表的なものに、体格の劣化をあげることができる。表面的には、以前より平均身長や平均体重が増えたりしていても、内臓機能や筋肉の機能は劣化している。


 文明社会になって日常生活そのものが、身体的な物理動作の絶対量を減らしてしまったことが、体格劣化の大きな原因だろう。現代人の筋肉の内で劣化が如実なのは腹筋と背筋だろう。

 この二つの筋肉は呼吸に大きく関与している。だからと言って突然、腹筋と背筋を鍛えようとするのも不自然だ。日常生活の中で改善できる部分を改善しようとする態度こそ大切だと我々は思う。

 例えば高いところにある物を取る時に、自然に背筋は伸びるが、その時に自分の背筋はしなやかで弾力があり強靭なのだと背筋に話しかけてから物を取ると、そうしないで物を取る場合よりは背筋はしなやかに伸びる


 これも、いつもいつも「話しかけなくてはならない」と思い込むと不自然になる。

 気がついた時に実行するので良いだろう。

 「しなくてはならない」という考え方が発展して強迫観念になってしまうこともあるが、これは物事のマイナス部分を増長させる波動を持っていることを忘れないように。

 この波動は人間を抑圧して疲れさせる。

 日常生活中に誰でも簡単にできることがある。それは笑うことだ

 笑いは断続的な横隔膜のけいれんをともなう腹筋運動だ。普段では吐ききらない息を吐く運動だ。そして吐いた直後に非常に早く深く息を吸い込む運動だ。

 笑いにおける呼吸運動によって新しい酸素が身体中に取り入れられて細胞が活性化する。その結果、新鮮な気分を味わうことができる。


 

 講演のうまい人は笑いをうまく使う。それは疲れた聴講者に新しい酸素を送り込み、講演の内容を効果的に聴講者に伝えることができることを知っているからだ。

 宇宙エネルギーはこの地球上にも存在していて、あなた方の呼吸と共に身体の中に取り入れられる。このエネルギーは主に神経系統の活動を助け、宇宙波動との同調を促す。


 神経叢のような弱電流を発している場所に引き寄せられ、その中枢の生体エネルギーを促進する役目の核の部分だけが吸収される。核の部分から吸収されたエネルギーは大体、透明な薄いピンク色や薄い黄色の球体をしていることが多く、光り輝いているが、核が吸収された後は光を失う。

 宇宙エネルギーにはいろいろの種類がある。一般的に知られているだろうと思われるのは、我々が単に宇宙エネルギーと呼んでいるこのピンクや黄色のエネルギーである。

 この他にも我々が区分上「スーパー・コズミック・エネルギー」「ハイパー・コズミック・エネルギー」と呼んでいるものがあるが、これらは一般の人々には必要のないエネルギーなので説明はしないでおこう。

 現代人は酸素不足のみならず宇宙エネルギー不足でもあるわけだが、ほんの少しの努力で不足をおぎなえるのだ。


 少し自分の意識を宇宙の限りない生命に向けるとか、自分の細胞に語りかけるとかが、自分以外の人間を表面的に見ないで生命体として見るとかの意識の上での小さな変化が、あなた方の細胞を活性化させるきっかけを作るのだ。

 
注1:プラーナ:太陽から放射される活力、サンスクリット語のpra(前へ)とan(息をする、生きる)に由来する。「生命の息」「生命エネルギー」を意味する。

  ARION,O∴O 

「光の黙示録」アーリオーン*北川恵子 大陸書房 1988より転載


薔薇十字の修行法で、呼吸法で体内に賢者の石を練成するとはこのことであろう。
シュタイナーは、賢者の石とは炭素のことを述べているが、
プラーナをより多く取り込むことが不老不死につながるのであろう。


のレビューから引用させて頂きました

女性のブラジャーがきついと

肺を圧迫し20%〜30%呼吸が減るそうです



著者は自然に従った生活が病気にならない生き方としています。次のような記述は特に有益だと思いました。

1 人間の体は本来病気にならない。病気の最大の原因は「不自然な食事」と「不自然な生活習慣」である。

2 動物食を常食していると体は酸性に傾く。それで体内のカルシウム、マグネシウムというミネラルを使ってPHのバランスを取り戻そうとする。それで骨粗鬆症になりやすくなる。


3 動物食は食物繊維が少ない。それで便の量が減る。便の量が少ないから、それを排出するのに過度に蠕動することになる。


それで輪状筋、縦走筋が肥厚する。腸壁が肥厚すると、腸が収縮すると腸内圧が高くなる。それで憩室ができやすくなる。

憩室や厚くなったヒダに便がたまり停滞すると、腸内に大量の毒素が出る。これがためポリープ、癌ができやすくなる。

4 リンパの流れを担うのは筋肉の伸縮である。長時間同じ姿勢でいると浮腫ができるのは、動かないため、筋肉の収縮がなく、リンパが流れないからである。

5 米はビタミンン、ミネラルの95%が表皮と胚にある。ビタミンン、ミネラルは補酵素であり、酵素が働くために必要不可欠である。白米は表皮と胚がないため、白米を常食していたのでは、酵素が十分に働かないことになる。

6 市販されている果汁100%ジュースは加熱殺菌されている。そのためenzyme(酵素)がなくなっている。

7 アメリカでは医師は同時に4種類以上の薬を処方しないようにしている。予期しない相互作用による副作用を心配するからである。

8 現在市販されているオイルの多くはトランス脂肪酸である。欧米ではトランス脂肪酸の毒性が問題になっているが、日本では言われていない。

9 白砂糖は体のカルシウム、ビタミンB1を奪うことで種々の悪影響が出る。

10 エンザイム(酵素)が活性化する温度は37度から40度である。病気になると体温が上がるのはエンザイムを活性化して免疫力を高めようとしている。

11 女性のブラジャーがきついと肺を圧迫し20%〜30%呼吸が減ると言われている。


続・如是我聞 五井先生の言葉
から引用させていただきましたすべての記事 五井昌久さんの記事♪


253
出来る限りのことを一生懸命やって、失敗したとしても、それは神のみ心と受けとり、成功したとしても、それは神のみ心と感謝できる人は幸せな人である。

254
呼吸しているのと同じように「神さまありがとうございます」と思い続けること

255
祈りのない人生は無に等しい。

256
自分の悪い面はすべて消えて去ってゆくものと想い、
みずからの神性、光明心のみ見つめよ。



から引用させていただきましたすべての記事
               野坂礼子さんの記事はこちら♪

吐く息が長いと必ず幸せになれる

 さらに、吐く息が長い時、人間は脳内モルヒネ系のホルモンが出て、とても良い気分になったり、免疫力もアップしたりします。だから呼吸法で、ありとあらゆる病気が治療するようです。

 大阪の病院の院長先生が、30種類の病気の人に病院での治療や薬を中止させて呼吸法をやってもらった結果、全員の病状の改善が見られたそうです。

 このように吐く息を長くすることで、幸せになるというのは、大昔の人も現代人も同じ、世界中どこの人々にも当てはまります。
 短い息では、集中力も能力も感性も発揮できないし、第一笑えない。
 吐く息が長いと、うまくいき幸せになれるというのは絶対ルール、つまり真理です。

えくぼちゃんコーナー

「ありがとう」を言っていると、いろんなことがうまくいくよ

だから、大事な出来事、スポーツの試合の前、大事な人との出会いの前など緊張するときや、試験の前など、集中力や効率を上げて頑張りたい時など「ありがとう」を唱えながらやるとすごいよ

 吐く息が自然に長~くなり、とても調子が良くなってきて、自分の最高の出来栄えになるんだ。


から引用させていただきましたすべての記事

プラーナは人の心を働かせる精妙なエネルギー

「呼吸について学ぶこと-----ヴァーユ(文字通り「空」、流れるもの)の研究は、ヨガを学ぶ際の重要な幕開けにすぎません。
その後でプラーナ・ヴァディヤ(プラーナにまつわる叡智)を学ぶ必要があります。

 プラーナ(生命エネルギー)は生命の源です。呼吸によって取り込む酸素が人の命を維持しているのではありません。もしそうであるなら、死体に空気を送り込めば生き返らせる事ができるはずです。

 プラーナが命を与えています。プラーナが空気中の科学的要素を体内で使えるようにしています。経典は、空気を乗り手のいる馬にたとえています。この謎めいた乗り手がプラーナの事です。

 プラーナは食物や太陽の光から取り入れることも出来ますが、空気が主要な供給源です。他のどんなプラーナの供給源より、呼吸活動が肉体と心を充電します。呼吸が代謝の最も基本的な要素です。ストレスにさらされると呼吸が制限され、細胞は飢餓状態になります。

 正しい呼吸法は様々な病気はもとより、心臓の疾患も癒します。呼吸のコントロールを通じて左右の鼻孔の操り方-----プラーナ-ヤマ------を身につけることで、感情面に素晴らしいコントロールを及ぼします

 こんなことがありました。かつてある内科医グループに混じり、偏頭痛持ちの女性のこれまでの症状を聞く席に招かれたことがありました。

 私は提案をしました。女性の右の鼻孔が長いこと詰まったままであることを指摘しました。もしも手術を48時間延ばすことができるなら、鼻孔の洗浄を二回と、鼻孔を交換する呼吸法を三度試して見ることができると提案しました。

 私の指示に従った結果、女性の偏頭痛は消え、二度と起きることはありませんでした。

 太古の人々は、電気に陰極と陽極、親和力と反発力があるのと全く同様、人体にも二極のエネルギーがあることを知りました。

 命という都市の2人の番人-----二つの鼻孔-----が、生命力が流入、流出する通り道を見張っています。人間という生きるものは、一日中気分から気分へと通りすぎています。

 平均的で健康な人の場合、より多くの空気を流す鼻孔はおよそ二時間ごとに切り替わります。あらゆる動物、母なる大自然の生き物には、季節ごとの変化があります。

 人間も肉体の二極の優性を切り替えることで毎日変化しています。これらの変化無くして、個人の人間性をあますところなく表現していく事はできません」

 彼が生命力と人体の間の込み入った機能上の連関について解説するのを聞きながら、私は人間の本質的な美と叡智への賞賛をますます強めていった。

プラーナは人の心を働かせる精妙なエネルギーです」スワミジが続ける。

「プラーナが肉体からなくならない限り、死ぬことはありえません。
 呼吸と思考は双子の兄弟です。不安を感じると呼吸のリズムが速まり、その結果血圧が高くなります。逆に呼吸をゆるめ、静かになめらかに繰り返すことで血圧は下がります。残念ながら、西洋医学においてこの自然の法則は活用されていません。

 喫煙する両親は、体内に過剰な二酸化炭素を留めていることがあり、男性は精液、女性の場合は血液を通じて炭素が運ばれることを彼らは知りません。それにより新生児が毒素を抱え、呼吸器疾患を発症して生まれてくることがあります。

 肺の動きに規則性を持たせることで、第十頭蓋、迷走神経の機能が管理下におかれ、それにより全神経系が意識的にコントロールされていきます。

 理解に基づく呼吸のコントロールを得るのに、難しいことは何もありません。肺の動きを観察していくだけです。意識を内に向けると感じることができます。

 肺の動きに意識を集中させることで、動きを意識的にコントロール出来る様になるのです。このコントロールは意識ににのみ可能なことです。

 医学は無意識下で働く肉体器官はコントロール出来ないとします。そして肉体の大部分は無意識下で機能します。しかしヨギは根気よく観察し続けることで、不随意の機能を意識的に管理する能力を得てきました。病氣を自分で癒したり、死期を決めたり、高次の知覚能力を得たりするのはこれによります。

 こうしたプラーナにまつわる科学を、スワラ・スワローディヤムと言います。呼吸に注目することで、左右の鼻孔の片方が閉じていることに気付きますが、呼吸の動きについてより深く学ぶためには、両方の鼻孔が同時に開くようでなければなりません
 そのあとで、心の状態や直感や予知能力といった領域のことを知ることができるようになります


生命の意義である呼吸の大切さ

~略~
「なぜ呼吸がそれほど大切なのですか?」私が質問した。
スワミ「我々のすること、考える事は、みな呼吸に反映するんだ」

 初めて聞くことだった。この簡潔な表現に思いを巡らすには少々時間がいった。科学にしろ日常のことにしろ、この二つを一緒にして考えることはない。

「感情に同様が起きると呼吸がそれを表す。感情的に高ぶった時の人の呼吸を観察してみなさい。気持ちがかき乱されると呼吸のリズムもバラバラになる。呼吸とはいわば双子の兄弟のようなものだ。

 残念なことに、現在の科学はこの相関性に十分な注意を向けていない。肉体にまつわる多くのことは薬で正す事ができるが、患者の呼吸が規則正しくなかったなら、その健康を保つことは出来ない。しかし、もし患者た正しい呼吸法を訓練するなら、多くの病気が治癒するばかりでなく予防もされる。

 肉体器官の機能は呼吸の仕方に結びつくんだ。息子よ。呼吸と吸気を等しい長さにすると、自律神経系に影響を与える右側の迷走神経が、徐々に意識下でコントロールされるようになる。すると器官全体が浄化されていく」

 彼は間をおかず、実践上の重点に話を進めた。
「瞑想するのに一番の対象は呼吸だ。呼吸になら心は簡単に意識を向けることができる。他には何もいらない。

 呼気、吸気の長さを等しくすることで、心が静まる。そうして肉体・呼吸・心が結びついていく。しかしこの結びつきが起こるまでには、まず呼吸を観察してその流れに注意し無くてはならない」

 普段息をしている限り、呼吸の仕方になにか特別なことがあるようには思えなかった。なぜその結びつきがそれほど大切なのか、私がつ説明を求めた。

「人は生きていく上で重責やストレスから、不規則な呼吸をするように習慣づいている。この習慣を正さないかぎり、静けさの領域に入る前に引き止められてしまうんだ。
 
 呼吸の流れを調べるには、まず呼吸がぐらついたり、浅かったり、音がしたり、流れの途中で止まったりしていないかを注意すること。流れを滑らかにすることで、呼吸がどれほど静かで繊細になるかすぐに気がつくだろう。こころと呼吸が精妙になる。この一瞬一瞬が平安につながる」

 訪問客と私は、師が話をする間御足をマッサージしていた。これは時によってスワミジが近しい生徒たちに許すことのある、師への貢献の1つだ。

 インドでは足のマッサージは肉親にするもので、師に対してするのも愛情と尊敬のこもった捧げものとされる。彼が私達を見下ろし言った。「もし、今日はこのへんにしておこう。行きなさい」

「明日も来ていいですか?」私が尋ねた。
「君を追い返したことがあったかい?ジャスティン」
私は自分のベッドに戻り、新たな認識のもと呼吸法の練習をした。

次の晩、一日が講義と面談で過ぎ、きっとスワミジも疲れているだろうと思ったが、昨晩とは別の生徒と二人で彼の部屋のドアをノックすると大きな声で迎え入れてくれた。

 誰かがお茶菓子を差し入れてくれていた。スパイスの効いたお茶とクッキーは格別においしく、私たちは引き続き呼吸についての話へと乗り出した。

「呼吸は偉大なる仲間だ」我らの師が始める。「絶え間なく命という年を綺麗にしてくれている。エール大学の研究から、ヨギ達はすでに知られていたことが示された。

 左右の鼻孔には異なる電気室が流れるということだ。右の鼻孔は左の鼻孔よりも温度が高い。
 古(いにしえ)の人々は人体の右半身をピンガラ-
(エネルギーの三つの経路《ナデイ》の1つで、月のエネルギーにまつわる。脊柱の右に沿って流れる)、月の側と呼んだ」

 この時私は、胎児の神経の内の一番最初に生成されるのが嗅覚器官である事を思い出していた。嗅覚器官は鼻孔の根元に位置し、脳に直接つながっている。呼吸をする間、酸素が脳に送り込まれるより先に空気の流れが脳を刺激する。

「呼吸はご段階に働きかける」スワミジが続ける。
「肉体、神経システム、感情、理性、そして無意識だ。例えば呼吸法カパルバティ
 (プラーナーヤーマのひとつで、勢い良く息を吐きだし普通に吸う呼吸法) 
を行なうと、力強い腹筋の動きをともなうことにより、血液中の毒素を綺麗にし、神経を調和させる。

 鼻孔を交換する呼吸法ナディ・ショーダムを行えば、徐々に感情をコントロールすることが出来るようになる。穏やかで等しい長さの腹式呼吸は理性の明晰さを保つ。そして瞑想を続ける内に呼吸が精妙になると、無意識とそれを超えた領域への扉が開く」

 ここまでの事を考えてみるのにいったん立ち止まってみる事もできたが、一緒にいた生徒が質問した。 
「無意識を超えた領域とは?」
「生命の意義だ」スワミジはそう答えた。
「一歩一歩進んでいくなら」彼が続ける。「一足飛びにより精妙な真理に近づくより、やさしく、また混乱も少ない」

 またしても心の内を読まれていた。彼の話を聞きながら、どうしたらそのプロセスを早回しできるだろうかと思いあぐねていたのだ。

「現段階では、君の呼吸は無意識の影響を受けすぎている。意識下の領域に連れ出す必要がある。それにより意識的な選択のもと、善いものと悪いものの貯蔵庫に近づいていくことができるだろう」

 次の質問をスワミジは微笑みながら聞いていた。「無意識を意識下に連れ出す一番の方法とは何でしょう?」答えが待ちきれないくらいだった。

「心と感情に対する呼吸とは、空飛ぶ凧に対する糸のようなものだ」
すごい!一気に気持ちが高ぶった。
彼は微笑んで続けた。

「特徴として、心は気分から気分へ移り変わることでエネルギーを散らすものであり、君たちは不安定な状態について自分を責め続けている。ワニのポーズを取りなさい」

私はうつぶせになって体を伸ばし、両足を少し開いて足の裏に上を向け、組んだ両手を額の下においた。
「肺の動きに意識を向けなさい」スワミジが私に言った。「暫くの間、頭のてっぺんから足の先に向かって息を吐き出すつもりになって、吸う時は逆に、頭の天辺からでていく。

 この上げ下げを呼吸のリズムが整うまで続ける。気をそらすような事が浮かんできても放っておきなさい。君のすることは、呼吸と意識を連動させていくこと。一つだけ注意しなければならないのは、呼吸の揺れ、雑音、間、浅さを徐々になくしていき、流れをなめらかにすることだ」

 私はだんだん気持ちが静まると同時に、エネルギーが充電されていくような心地よさを感じた。
「いいだろう、起きなさい」スワミジが言った。「これが新しく出来た生徒に、自分の呼吸に意識的にならせる方法だ。一日五分でいい」

「次の段階として、仰向けに死体のポーズで横になり、腹式で、等しい長さで呼吸する。この安定した呼吸は、三つのレベルで人をリラックスさせる。筋肉繊維、神経システム、心だ。

 腹筋を使っての呼吸に慣れるに従い、それが普通になっていく。歩く時、座っている時、庭で作業する間、会社にる間、どう呼吸したらよいか思い出しなさい。

 必要なら、へそで呼吸していると思うのもいい。そのうちこれが習慣になる。だんだん自身がついてきたら、二対一の呼吸へと進めていく。吸気より呼気(吐く方)を長くするんだ。

 これは全身に深いリラックスを与える。一日三度食事をするように、この練習を一日三回行って、肺に食事を与えなさい。睡眠時間が減るだけでなく、集中力が増すのが分かるだろう。

 呼吸の感覚がつかみにくくなっている年配の人に指導する時には、二キロから五キロのサンドバッグを腹部に乗せる。サンドバッグを上下させることで正しい呼吸法が意識しやすくなる。こうすることで腹筋を再び意識的に使うことが出来る様になるだろう」



愛の絶対法則 から引用させていただきました

やる気がでない時は、呼吸に注意してみましょう 

「どうも最近、疲れてやる気がでない」と思うことがあるかもしれません。
 また、やる気がある時、そうでない時の起伏が激しく、どうやってコントロールすればいいのか分からない、そんな人もいるかもしれません。

 逆に、不可能と思えるようなことも可能にしてしまうような、沸き立つような気持ち、強いエネルギーを自分の中に感じることもあるでしょう。

 実際、やる気を持ってチャレンジしていくことで、一見できないと思うことでも何でも出来てしまうことはあるものです。

 では、やる気を高めていくには、どうすればいいのでしょうか。もちろん、心の状態が大きく関係しています。しかし、それ以外にも大切なことがあります。

 それが呼吸です。やる気とは、密接に関係しているのです
 では、どんな呼吸をすれば、やる気になるのでしょうか。

 基本的には、深くゆったりとした、リズミカルな呼吸です。
 先ず、息を、丹田(へそ下三センチあたりの位置)まで、十分に入れる気持ちで、吸い込みます。

 そして、丹田から胸を通って、静かに、口あるいは、鼻から、息を吐き出します。その時、座るか横になるかして、体の上半身を、真っ直ぐにします。それを十回ほど繰り返します。これで、エネルギー回路の縦の通路が整います。

 縦を整えたなら、次は、身体の横のエネルギー回路を開いていきいます。まず、胸の真中に意識を集中し、徐々に、胸から腕にかけての身体ゾーンに、イメージの力を使って、エネルギーが流れていく様子を描きます。

 そして、胸の真中で、初めに整えた縦のゾーンと横のゾーンを、エネルギーが交差して行く様子を感じ取ってみましょう。

 自分の身体を新鮮な空気で満たす様なイメージ、貴方の細胞をリフレッシュさせ、やる気という、新たな出来事に対する意欲を与えてくれるのです


幸せになる宇宙が味方になるアセンションら引用させていただきました


呼吸法

 「長息」が「長生き」の秘訣。興奮している時。ストレスに苛まれている時、自分の呼吸法を観察してみると、大抵は、短く荒くなっているものです。

 意識してゆっくりと深い呼吸をしてみると、心身とともにリラックスしてくるのが分かります。

 呼吸は、いわば、心身というオーケストラの指揮者の役割をしています。呼吸をゆっくりと丁寧にすることによって、心身もそれに倣うことになり、のちのち後悔を招くような衝動的な行動を抑止することになります。

 呼吸法にも、様々なメソッドがありますから、色々試してみて、自分にしっくりくるものを見つけるのが良いでしょう。

 基本的には、まず呼気が先です。息を十分吐く事に集中させること。きちんと吐けば、吸気のほうは、自動的になされるようになっています。

 身体の隅々から老廃物やストレスを完全に吐ききり、代わりにフレッシュなエネルギー、あるいは光が取り込まれ、それが体内に充満するイメージを併用するのも効果的です。


見えないモノを科学するから引用させていただきました

ちなみに、遠野の角閃石が両手に触れているだけでも
α波が6割増加するそうですよ流石30万波動の万能石ですね~

呼吸法からも変性意識状態に入れる

 変性意識状態に入るためには、好き嫌いということも大きな要素になります。
 
スプーン曲げブームの時、多くの少年たちの現場に立ち会いましたが、その時カメラマンなどマスコミの人間を嫌ったり腹を立てている子供は、能力があってもそれを示すことが中々出来ませんでした。

 嫌っている時の心は拒否の姿勢です。そういう時は宇宙エネルギーは遠ざかってしまいます。

 それからシャイニングエフェクトといって、ライトに照らされて、大勢の人に見つめられていると、出来なくなる子もいました。俳優があがってしまって舞台で台詞を忘れるのと同じで、平常心を失うと自分をコントロールできなくなり、普段できるようなことでも出来なくなってしまうのです。

 私は研究のために強力を仰いだ立場だったので、こちらから一生懸命に協力者の心理状態が良くなるように努めましたが、自分で変性意識状態を作るためには、自信でそれをしなければなりません。

 その時どんなことをしたら良いのか。
 それは自分の意識のコントロールということなのです。

 普通は意識をコントロールするというと、理性や知性を働かせることを意味しますが、この場合はちょっと違って、理性や知性を出来るだけ眠らせ、感性を生き生き働かせながら意識をコントロールしていく。
 
 具体的には「こうであったらいいな」というようなイメージを描くことです。

 有名な自律訓練法がそうした1つで、例えば「足がだんだん暖かくなるといった自己暗示をかけていくやり方です。

 体温は普通は自分の意志で上げ下げの出来るものではありませんが、自律訓練法などの訓練を積むと本当に体温が上がってくる。こういう事が出来る様になると、変性意識状態にすぐ入れるようになります。

 この自己暗示を欠けるやり方は、最近スポーツに取り入れられているイメージ・トレーニング法とよく似ています。イメージ・トレーニング法は、自分の望むこと、自分にとって最良の情景のイメージを何度も繰り返す方法です。

 例えばスポーツ退会で活躍している自分、大きな仕事を成し遂げて上司から褒められている自分、受験だったら画稿に合格して嬉々として通っている自分、恋人獲得であれば、その人と楽しげにデートしている自分・・・・・

 そうなった時に自分が感じることのできる喜びや満足の感情も含めた情景を、可能な限り克明に描くのがコツです。

 理性や知性を働かせたら、「そんなことしい」と思うかもしれませんが、しかし変性意識状態の訓練のためには、こうしたちょっと子供っぽいこともやってみる必要があるのです。

 自分の心の中で、誰に知られるわけでもありませんから、そのつもりになればやれるはずです。

 つまり、普段の理性や知性を働かせている自分ではなく、何の気取りも成約もない裸の自分と向き合うのです。その時大切なのは自分をプラスの感情で捉えることです。そのためには今心から望んでいる「楽しいこと」を考えるのです。

 ところが現実には、その日に不快なことがあったりして「そんな呑気なこと、やってられない」と思うことがあるはずです。そういう時には次のような方法が考えられます。
 1つは呼吸法(丹田呼吸法)をやってみることです。
先ず姿勢を正し吸う息は鼻から、できるだけ多くお腹が膨らむようにゆっくり、ゆっくり吸います。

 吸ったらいったん呼吸を止める。苦しくなるまで止めていて、次に吐く息は口から、お腹をへこませるように、またゆっくり、ゆっくりと吐き出していきます。
 
 これを何回か繰り返すと、ベータ波だった脳波がだんだん下がって、いい気持ちになってきます。これがリラックスした状態です。この状態になったら、次に先程述べたように自分にとって好ましい事柄に意識を集中させてイメージを広げていくのです。

 もう1つの方法は、自分が心地よいと思う環境を作ることです。音楽をかけるのもいいし、寒ければ部屋を温めるのもいい、証明を少し暗くしてソファにひっくり返るのもいいでしょう。

 とにかくどんな方法であれ、自分が楽になれるような状態を作ればいいのです。そうすれば、理性や知性の及ばないところで、楽しいイメージを描くことが出来るようになります。


幸運を引き寄せるスピリチュアルブック から引用させて頂きました(*^^*)♬



江原啓之さん♪体調を整えるための呼吸法をご紹介♪

毎日の基本
疲れない、病気にならない「三つのエクササイズ」

 スピリチュアリズムでは、肉体の上に、幽体(アストラル体)があると考えられます。そして、その二つを合わせて、スピリチュアリズム・ボディといいます。

 肉体とアストラル体とをつなぐものがシルバーコード(玉の緒)です。これはへその緒のようなものだと考えて下さい。

 病気ではないのに体調がすぐれない時というのは、アストラル体と肉体とにズレが生じているのです。何となく「体調が悪いな」と感じる程度のズレなら、たいした事はありませんが、ズレが大きくなると痴呆症や病気などの「病状」が出て来ます。

 いずれにせよ、肉体とアストラル体をうまくコントロール出来ず、両者が上手く重ならない時、体調が悪くなるのです。

 では、どんな時にズレが起こってしまうのでしょうか。
それは、心にショックを受けた時、あるいは肉体が負傷したり、過労になったりした時です。そんな時に、体調を整え、体力を回復させる方法があります。

 呼吸法

 体調を整えるために一番大切なのは呼吸です。
男性はおへその下5センチ位、女性はちょうどおへそのあるあたりに丹田というチャクラがあります。この丹田が、肉体とアストラル体をつなぐ最も大切な接点なのです。

 ここを整えるには、腹式呼吸が有効です。

まず肩幅程度に足を広げて立ちます。次に、丹田に意識を集中し、鼻からゆっくり息を吸います。これ以上ゆっくりは出来ない、という位、ゆっくり吸って下さい。すると、汗が出て来ます。それぐらい大変な作業です。

 その時、吸った空気が頭から手、足、体、全てに行き渡るようにイメージしてください。

 これ以上吸えないところまですったら、今度は口から息を吐くように、ゆっくり息を吸いましょう。ゆっくり吐くのもまた大変なことで、体調が良くない時などは出来ません。すぐにハーッと吐き切ってしまいます。

 その時、体の中の汚いエネルギーが全部、口から糸になって出てくるイメージを描いて下さい。クモが糸を吐くような感じです。

 そしてこれ以上吐けないところまで全部吐いたら、一旦リラックスしましょう。
 これを3回繰り返します。10分位かかるはずです。 

 これだけで、かなり体調が良くなります。低気圧、胃腸虚弱、便秘、様々な体の不調に効果があります。
 この腹式呼吸をするのは、朝一番がベストタイムです。特に「気」が静まっている早朝がいいでしょう。

 出来れば、外気に触れる所、ベランダや庭に出てやって下さい。室内で行う場合は、窓をあけるといいでしょう。


呼吸法で体の新陳代謝を高めましょう

腹式呼吸で大きく息をすることは、憑依体質の改善にも効果があります。
まず、肩幅程度に足を広げ、おへその下あたりにある丹田というツボに意識を集中してください。
 次に、鼻からゆっくり息を吸います。横隔膜をグッと支えるつもりで息を吸い込んだら、今度は口からゆっくりと吐き出します。

 このとき、口から細い糸を吐き出すつもりで、ゆっくり吐いて下さい。一気に吐いてしまうと効果が少なくなります。

 これを3回位繰り返しましょう。ゆっくり呼吸することがポイントですから、全部で10分位かかると思います。汗ばむほどになっていればOKです。

 ポイントは、その時に、痩せたい部分に意識を集中すること。「痩せたい」という思いが念となって、その部分の脂肪が燃焼しやすくなります。
 また、痩せたい部分を大きく鏡に映しながら、この呼吸法を行なうと効果的です。



  • 臨済宗の僧・白隠禅師は1685年徳川五代将軍綱吉の世に沼津市・原で生まれました。
  • 猛烈な禅修行を始めましたが、いわゆる「禅病」にかかりました。
  • 頭はのぼせ上り、両腕両脚が氷雪のように冷えて、心は疲れ切って、夜も眠ることができず、幻覚を生ずるようになりました。
  • 山中に棲む白幽という仙人から、養生と病気の予防についての秘法を教えられ、やっと克服することができました。
  • その体験を73歳のときに執筆したのが『夜船閑話(やせんかんわ』です。
  • 白隠禅師の唱えた健康法は仰臥禅(寝禅)で、多くの人の関心をとらえるようになりました。
  • ここに述べる
    内観法、軟酥の法による養生の健康法は、
    禅の基本的な考え=頭寒足熱(下腹部から下肢および足の裏まで温かくし、気持良くする観想法)が一貫して流れています。
  • 内観法は呼吸器病、神経症、不眠に特によい方法です。頭痛でいえば「慢性緊張型頭痛」の治療にむいています。
  • この健康法は、日常生活で実現可能であり、すぐれた健康法と考え、ここに紹介いたします。
  • 出典:杉田暉道著「やさしい仏教医学」出帆新社刊より
  •      

  • 高僧、ちょっといい話に白隠さんの逸話が出ておりました。これが本当なら「白隠さんはすごい!とても真似できない」と尊敬してしまいます。
  • 白隠(1685-1768)悪口を浴びて村中を「もらい乳」
  • 白隠さんは駿河の原宿(現在の静岡県沼津市原)の松蔭寺に住しておりました。
  • あるとき、村の娘が父なし子を産みました。
  • 娘の父親は、だれの子かと問い詰めましたが、娘は頑として相手の男の名は口にいたしません。
  • しかし、とうとう耐えきれずに、白隠さんの子だとウソをついてしまいました。
  • 父親が日ごろから敬愛している白隠さんの子であれば、許してもらえるだろうという娘の浅知恵でした。もちろん白隠さんは、身に覚えのないことです。
  • 娘の父親は松蔭寺に駆けこむや、「この生グサ坊主!よくも娘をキズものにしたな。あなたの子だ、受けとれ」と怒鳴りながら、赤ん訪を突き出しました。
  • 白隠さんは何の言い訳もせず、「ああ、そうか」と赤子を受けとりました。
  • この日は飴湯や米の粉をといて与え、翌日からは村中を「もらい乳」して歩き回りました。
  • それまで、高僧・傑僧として尊敬されている白隠さん、一転してとんでもない破戒僧とさげすまれ、弟子たちはもちろん信者も離れていきました。
  • それにもかかわらず悠然ともらい乳して歩き、赤子を親身になって育てる白隠さんの姿に、
    当の娘のほうがこらえきれなくなり、ついに父親に本当のことを白状しました。
  • 驚いた父親は、さっそく白隠さんに非礼をわび、赤子を返してほしいと恐るおそる申し出ました。
  • このときも白隠さんは「ああ、そうか」と、泰然として赤子を返したといいます。
  • 白隠さんの心は、他人の子でも育てようとする慈悲にみちた仏性そのものであったといえましょう。
  • 「仏教の生活」平成2年号彼岸号より

  • ウェッジ選書、芳澤 勝弘、白隠禅師の不思議な世界、2008
  • 江戸中期の禅僧、白隠。現代のZENはこの人から始まった。「おふじさん霞の小袖ぬがしやんせ」、「この絵は達磨の絵にあらず」 ほか)

  • 白隠は膨大な書画を残しました。その作品は書き殴ったような画風です。
    二松学舎大学の寺山教授が電子顕微鏡で3万倍に拡大して白隠の書画を解析したところ、
    墨の粒子が一粒一粒、整然と配列されていたということです。
    偽作にはこの粒子の列が存在しません。
    白隠は、気迫により、墨の粒子を整えるパワーを体得していたのです。


1.内観法

放下着と丹田呼吸の姿勢。上:丹田呼吸、下:放下着

  • 仰臥禅を行う場所
    布団の中、べットの中、畳の上、庭の芝生の上などどこでもよい。
  • 仰臥禅には「夜の就寝前」と「朝の起床前」に寝床の中で行うという原則がある。
  • 寝床はフワフワしたべットは避ける。
  • 背骨がピンと伸ぴるような平らな状態のものがよい。
  • 煎餅(せんべい)布団が最もよい
  • 仰向けの姿勢(仰臥の姿勢)は最も楽な姿勢である。
  • この姿勢は、地球の重力を身体に委ねた姿勢で、宇宙に一切を委ねた姿である。
  • 仰臥禅の時間
    30分が標準といわれているが、時間があったら3分でも5分でもよい。

(1)放下着(ほうげちやく)

  • 心中のモヤモヤしている雑念をすべて吐き出し、心をからっぼにすること。
    たとえば、気に入らない上司や部下や友人のことなどを忘れ、
    また仕事がうまくいかないことや失敗などを一切放り出し、
    心の中をからっぽにする。

(2)数息観(すそくかん)
数息観とは、呼吸数を数えながら丹田呼吸〔下腹部に重点をおく腹式呼吸〕を行うことをいう。
  • まず床に入り、上を向いて静かに横たわる。
  • 枕の高さは握りこぶし一つ分とする。
  • 気持ちよく目を閉じる。
  • 両上肢は脇の下に卵一個入れたような感じで自然に開く。
  • 両下肢は腰幅程度に開いてリラックスする。
  • 全身の力を抜く。
  • ついで、両下肢を強く伸ばして踏み揃え、丹田呼吸を行う。
丹田呼吸の仕方
  • まず「フーッ」と身体中の息をすべてすっかり吐き出す。
  • 次に大気を鼻の孔からゆっくりと吸う。
  • このときに「ひとつ」、「ふたつ」、「みっつ」、「……」と心の中で数える。
  • 「ひとつ」を唱えるには「ひとーつ」と語尾を伸ばして唱え、

  • 静かにゆっくりと、鼻の孔から深々と大気を吸い込み、
    それを下腹部に満たす気持で「吸気」を行う。
  • すると大気は肺に満ちて、横隔膜は下がり、下腹部は大きく広がる。
  • かくして臍下丹田〔臍から下の下腹部〕の充実感が大いに感じられる。
  • 「吸気」の所要時間は、初心者では5秒位である。
  • 十分に大気を吸入したら、1~2秒、息を止めて次の「呼気」の動作の準備期間とする。
  • 「呼気」も「吸気」と同じように数え、「ひとーつ」と伸ばす。
  • このとき、横隔膜は上がり、下腹部は凹む。
  • 「……つ」と心の中で唱えながら、静かに、ゆっくりと鼻の孔から大気を吐き出す。
  • そして「吸気」と同様に5秒位かけて吐き出す。
  • 「呼気」は「吸気」よりも所要時間が短くなりがちなので、

  • 「吸気」のときよりも時間をかけ、ゆっくりと行う必要がある。
  • 初心者は1呼吸に10秒以上かけることは難しいが、修練により15秒程度をめざす。

(3)内観
  • 放下着のうえ、丹田呼吸を行っていると、身体の充実感が感じられ、
    気分が落ち着き、安らかとなり、軽い催眠状態となる。
  • そこで次のような内観の言葉とともに観想〔心で見、深く思う〕を行う。

  • すると次第に身体全体の気が下腹部、腰、下肢、足の裏(「下半身」と呼称する)まで満ち渡り、
    手足から身体全体へと温かくなってくる。そして何ともいえぬいい気持になり、そのまま熟睡に入れる。

  • 今日のようなストレスの多い社会では極めて有効である。
  • (1)自分の臍のまわりから、下半身はそのまま自分の心であり、
    それは浄土(禅では心そのものをさしている)である。それはどんなに荘厳であろうか。

  • (2) 自分の臍のまわりから、下半身は自分の身体の中にある阿弥陀仏である。
    この阿弥陀仏はどのような法を説くのであろうか。



2.軟酥(なんそ)の法

  • 軟酥の法とは、内観法と同じく、自己暗示によって潜在意識を変えさせる精神療法である。
  • 卵ぐらいの大きさの軟酥の丸薬を頭上に乗せたとイメージする(酥とはバターのこと)。
  • 丸薬が頭上から足の裏まで流れ込んでくると想像する。
  • 方法
  • 軟酥丸は、清い色をして、よい香りがする実に素晴らしい丸薬である。

  • これが頭全体を潤し、ヒタヒタと水が浸透するように下りてきて、
    両肩、両上肢、乳房、胸、肺臓、肝臓、腸、胃、背骨、尾骨まで潤すと観想する。
  • 軟酥がここまで下りてくると、すべての内臓の疾患や腹部の疼痛が消失する有様が、
    水が流れるようにはっきり分かる。
  • さらに軟酥は両下肢を温かく潤し、足の裏まで到達するとその流れは止まると観想する。
  • ちょうど、名医が香りがよく、病気にもよく効くいろいろの種類の薬剤を
    お湯で煎じて桶に一杯入れ、自分の両下肢をその中に漬けていると観想する。
  • 禅師いわく「この方法を何回も根気よく行えば、どんな病気でも治せないものはない。
    そして立派な徳を積むことができる。さらにどんな修行でも成功しないものはない。

  • また、どんな事業をやっても必ず成功する。
    その効果が早く現われるか、遅く現われるかは、これを行う人の熱心さいかんによるから、
    一生懸命に精進せよ」



3.頭寒足熱による養生

  • 日常生活における頭寒足熱法について
  • 就寝するときは、下肢から足を暖房などで温かくしておくと、速かに眠ることができ、翌朝の目覚めも極めて快調である。
  • 日中でも長いソックスを二枚履くなどして温かくすると、上半身は薄着でも快適に過ごすことができる。
  • 禅の基本的な考えは頭寒足熱である。
  • 内観法と軟酵の法は、観想により頭寒足熱を実現する。
  • 丹田〔下腹部〕から下肢の末端にかけて、温かし、気持をよくする。
  • 心気が頭に来た状態は心火逆上(いわゆる「のぽせ」)という。
  • 心火逆上時は、精神状態も不安で、落ち着きがなく、身体もフラフラして力がない。
  • 額に手を当ててみると、熱っぽく、足を触わってみると氷のように冷えている。
  • 頭寒足熱状態では、心気がさがっている。
  • 下腹部~足の爪先までが充実し、気力は充実し、額に手を当ててみると涼しく、足に触わってみると、温かい。
  • もしカッカした心気を下腹部、下肢さらに足の裏まで持っていくことができるなら、
    胸の中は自然に清涼となり、ちょっとした感情の揺れも起こらない。
  • 心が本当に澄み渡った気持になる。
  • これを真観清浄観(しんかんしょじょうかん)という。
  • このようになれば頭痛も解消するであろう。

世界一の超能力者であり大覚者であられる 「上江洲義秀先生の明想」総まとめ記事♪法玉明想の極意はアジナチャクラに意識を集中♪上江洲義秀先生の神秘人生体験記♪第六チャクラ♪瞑想・愛の法則永久保存版♬知花敏彦さんの神我に目覚める♫瞑想・明想の極意♪白色同胞団♪神我と自我の詳しい説明♪悟りとは何か




世界一の超能力者であり大覚者であられる
上江洲義秀先生の明想をご紹介♪

 今回は究極の瞑想法と言っても差し支えない、上江洲義秀先生が完成なされた「明想」の総まとめ記事をご紹介させて頂きます。

 知花敏彦先生からの学びが、ちょうど完了仕掛けた時期に、上江洲義秀先生に出会える事が出来まして、その知花先生からの真理の学びをより深く、細かい部分まで詳細に詳しくご説明して下さる上江洲義秀先生のお陰で、現在の深い真理の理解に到達することが出来ました。

 今の私があるのは…今の心が平安と安らぎに満ち溢れた「愛一元」の、幸せの境地に到達できたのは、まさに…上江洲義秀先生のお陰と言えましょう。

 この三次元界で、上江洲義秀先生にお会いしたことはありませんが、私の心のお師匠様であり、命の恩人と言ってもいいぐらいの尊い偉大なるお方だと認識しております。

 ちょっと前に、上江洲先生が自宅にテレポーテーションしてくる夢を見たこともありますが(笑)、上江洲先生の想像を絶する超能力でしたら、本当にあった事なのかも…とそんな気がしてならないのです。

 そんな恩義をヒシヒシと感じている上江洲義秀先生のお役に立ちたくて、Kindle版の「文章で読みたい上江洲義秀 光話厳選の1~5」を9冊分、寄付の気持ちも兼ねて、購入させて頂きました。

 なぜ9冊かと申し上げますと、初めに4冊購入したのですが、一回Amazonアカウントの詐欺にあって、緊急事態で手続きして事なきを得て、違うアカウントをもう一回作って、もう一度1話から5話まで購入したからなのです。

 ダブってしまうけど、上江洲義秀先生に寄付したいから思い切って購入しちゃお~って感じて頑張ってみました(笑)。

  Kindle版の中に、上江洲義秀先生が、自分自身のあまりの超能力の凄さに葛藤されていたというお話があったりして、深くて意義深い…他では知ることがなかった仰天エピソードが知れて良かったぁ…と大歓喜した次第です。

 内容は「厳選」と銘打っているだけあって、大当たりの買ってよかったと心から思える素晴らしい内容でしたので、皆様も、もし良かったらご購入下さいませ。

 今回、ご紹介する記事のリンクがかなり消されてましたので、コピペして記事にしておいて良かった~って結構思いました(笑)。

 最高に素晴らしい内容なのに、もう世間の皆様に知られることなく日の目を見る事がない…という悲しい事態にならなくて済みましたので♪

 それでは、人類最高の大覚者、私の魂の恩人・心のお師匠様・人生の恩人であられる、偉大なる「上江洲義秀先生の明想」の根幹をなす深いお話をご観覧下さいませ♪


 Kindle版のご光話は、Amazon様でご購入して頂けます♪

文章で読みたい 上江洲義秀 光話選1から 光話集5まで Kindle版



覚者 上江州義秀先生について   

上江州義秀先生のご紹介です。
1950年11月3日沖縄市北谷の生まれ少年、青年期を南米アルゼンチンで過されました。

小学校、中学校はほとんど通われたことが無く、ご両親のほうが、学校に呼び出されて多く通われたそうです。

1972年の沖縄返還と同時に沖縄に帰国、その後真栄田岬にて毎日、真夜中の零時から明け方の4時まで14年間、雨の日も風の日も1日も欠かさぬ明想を通して宇宙意識(内なるワンネス、アートマン)に到達されたとのことです。

現在は、山梨に在住され、毎日文字通り不眠不休で沖縄から北海道まで、光話、ヒーリング、瞑想指導を通して私達を悟りへと導いておられます。

実際、上江州先生は、この30年以上体を横にして寝たことが無いそうです。また、食事を一切摂らなくても平気だそうですが、時々出されたものは、食べられるようで、幼少時から、テレポテーション、空中浮揚、念力で人を空中に浮揚させてしまう等、多くの超能力を持っていたそうです。

現在も、多くの明想者の方が、その超能力を目の当たりにしています。
例えば、先生のヒーリングを受けながら体が浮いてしまった方、先生がヒーリング中に体が消えてしまった場面を目撃した方など。

先日、先生からお聞きした話によると、光話中に先生は、アルゼンチンにいた時に可愛がっていた馬が、
病気なのが分り、光話中に治してきたそうです。

その時は、先生の体から馬の臭いがしたそうです。(笑)

先生に「アストラル体で行ってきたのですか?」とお聞ききしたところ、「肉体でも、アストラル体でもどちらでも可能です。」とお答えになりました。

また、何ヶ所へも同時に行けるとのことでした。
また、光話会場に何百人いても何千人いても、瞬時に全員の過去が分ってしまうそうです。

光話中先生は真我から光を放ってます。
あの波動の中では起きて普通に聴いていられないです。



覚者 上江州義秀先生の教え   上江洲義秀先生の記事♪

「愛は神」なんです。
「愛が仏」なんです。
「愛が命」なんです。
「愛が真理」なんです。
「愛がすべて」なんです。


『 久遠常在・不滅の実在 』 
みなさんが…  「世界中」どこを 探しても、
「宇宙」どこを 探しても、だれもが見出す答えは…ただひとつ。

不滅とは、「 愛は 一度だって! 破壊されたことは ない。」
実在とは、「 愛は 永遠に… ここに あります。」ということなんです。

すべては… 『 愛に 創造され、愛に 生かされている 』という、
その「 愛そのものに… 」必ず、みなさんは到達します。


不滅とは、「 愛は 一度だって! 破壊されたことは ない。」
実在とは、「 愛は 永遠に… ここに あります。」ということなんです。


『久遠常在 (くおんじょうざい)・不滅の実在』とは、
久遠とは、「 愛は永遠に変わらない!」
常在とは、「 愛は常にある!」


愛は…過去において・今において・未来永劫に!
『完全意識』そのものなんです!だれが 崩せましょうか。
だれが 破壊することが できましょうか。


で、それを 愛に置き換えるならば…
『愛は、不死・不滅・永遠の実在』なんです!
愛を 崩せた者は、世界に ひとりも居ません。


『真理は、時代の新旧において… 変化することもない』
『真理は、時代の新旧において
…人間が 作り変えることも、破壊することも できない』
だから… 真理は、『永遠の真理』なんです!


『 全体の幸せ・全体の幸福・全体の喜びを 願う心 』
これを、『愛心』・『慈悲心』 というんです。


慈悲の「悲」の心とは…
『 すべてのものから、悩みや・苦しみ・悲しみが 取り除かれます ように。』
これが、慈悲の「悲」の心。


慈悲の「慈」の心とは…
『 すべての幸せ・すべての喜び・すべての幸福を 願う心 』
これが、慈悲の「慈」の心。


どんなに、都合良かろうが、都合悪かろうが…
その人を、「愛し生きる心・いたわり思いやる心」を、
『 慈悲心・愛心 』というんです。


みなさんが…「愛の ほかに、」何かがある。
「愛の ほかに、」誰かが居る。その…
「錯覚!が」みなさんを 苦しめていることを理解してもらいたい。


だから…どこに行っても、 誰と会っても、
「愛しか!」湧き出てこないのです。
あるいは、「慈悲しか!」湧いてこないのです。
だから… 苦しむ必要 ないのです!


みなさんは、よく「磁場が良い・磁場が悪い」と言います。
例えば…この会場の雰囲気が悪いことを、「磁場が悪い」。
ひとりびとりが 愛にあふれて、気持ち良いというならば、
「磁場が良い」と言います。




 アジュナチャクラ(第三の目)の中というのは無限大に広がっています。
そこは真実の自分なんですね。本当の自分はこのちっぽけな肉体ではないのです。
完全なる宇宙意識です。無限なる宇宙意識です。それが真実の自分です。
そことつながる瞑想法です。

世界一の大覚者
上江洲義秀先生の明想のご説明

簡単な明想を説明してみたいと思います
 
私はその明想に『法玉』と名づけました
法玉とは 日本では法則の法 玉は宝の玉
 
なぜ法玉と名づけたのか
この大宇宙を創造し 大宇宙を愛という法則で
すべての存在の根源が神であることに
法玉と私は名づけました
 
その法玉明想は子供から大人まで だれもが日々の生活の中で
簡単に使い 明想ができることが一番 私は最高だと思いました
 
その明想の方法は
 
延髄と脊椎をまっすぐに伸ばし リラックスした状態の中に
アジナチャクラ 眉間の方に 白光輝く玉を描きながら
内側で 意識は常に(我光なり 我は愛なり 我は神なり 我は無限なり)
 
 
常に私はオームというバイブレーション 波動であなた方を導きます
そのオームという波動は 一人一人の意識が無限に拡大してゆく
エネルギーの振動状態を オームといいます
 
そのオームというバイブレーションに意識を合わせ そのままにして
限定制約することなく 無限に自由に拡げみてください
 
真実のあなた方は 今即無限の実在であって けして肉という鳥かごに
閉じこもった いと小さき弱き あなた方ではありません
 
イエスが説いた 父なる神と私とは一体なりは 無限に拡がりいった己を示しています 
宇宙即我 仏陀が示したのもその意味です
 
そのためになにも難しく明想を考える必要もなければ
なにも難しい明想でもって もがく必要もありません 
 
 
脚がきついのに 蓮華座の姿勢で組む必要はありません
脚がきついならば ソファやイスを利用し また床に座るならば 
壁にもたれて脚を伸ばそうが ただ延髄と脊髄だけはまっすぐに
 
延髄と脊髄がまっすぐでなければ エネルギーの流れが悪いです
そのエネルギーが いい状態で流れるためには
上半身はまっすぐに みなさん立て直してもらいたい
 
まず よく静かに目を閉じて
この鼻のつけ根 アジナチャクラの方に 眉間の方に
小さくてもいい大きくてももいい 玉を描いてみてください
その玉が描けたならばその玉は 白光輝く無限に拡がりゆくことを
イメージしてみてください 
 
その玉の大きさにはなんの関係もありません
ただあなた方の意識が どの程度無限に拡げいけるかが重要です
 
我無限なり 我は実在として 常に無限の存在である 
そこに焦点を合わせながら オームというバイブレーションの中に
意識を融合させてみてください
 
オームのそのバイブレーション 振動は あなた方の意識を無限へと拡げ
無限へと拡大していくための 大きなチャンスを与えてくれるでしょう
 
無限の中に融合したとき この宇宙が世界が すべて真実なる実相の中から
映し観ることができることを確信されていくでしょう
 
日々の生活の中で 例えば飛行機で移動するにも 電車で移動するにも
食事をするにも 働いている中にも 常にオームというバイブレーションに
波長を合わせて 
 
我すでに光なり 我すでに愛なり 我すでに神なり 我すでに無限なり
 
この境地で明想されていければ 最高な明想に入れるかと私は意識します
共に明想という手段を用いて目的へ到達していきたいと思います
 
 
皆さんが明想という手段を通して、錯覚、幻覚を取り除きた時、
何が真実なる自分か。一度だって苦しみ、悩んだことのない永遠の我が
そこにいるではないかと、必ずそれを皆さんは体験されていくでしょう。
 
叩いて 叩いて 叩き続けよ。
探して 探して 探し続けよ。
求めて 求めて 求め続けよ。
 
求めたものは確実に皆さんに与えられていくでしょう。
探すものは必ず見つかるでしょう。
求めるものは必ず与えられるでしょう。
 
これは神が皆さんとの約束ではないでしょうか。
神は偽りましょうか。神は皆さんをだますことがありましょうか。
そこに皆さん自身がどれほどの意志をもって、本当に私に、
皆さんがその意識を注いでいるか、のみではないでしょうか。
 
                   光話『最高の道』より
 
世の中にはチャクラを開かそう、何十万何百万何千万出せと言います。
あるいは機械や道具や物質をもってしてと言います。何を言いましょう。
神の道は、機械や道具や物をもってして、けして開くことはありません。
唯一開かせる道は、愛で生きることです。
                      光話『真理』より


 
  絶対に実在である 内在なる神 我から
  伝導体をとおして
  愛の波動 愛の光を放ちていきたいと思います
 
 我 神なり
 神 我なり
 神と我とは常に一体なり
 
 汝 すでに命なり
 我 すでに愛なり
 我 すでに光なり
 我 すでに無限なり
 
 母なる大地である地球 大宇宙
 すべて全体が
 
 命そのもの
 愛そのもの
 光そのもの
 神そのもの 
 
 であることに感謝いたします


明想について              

今、明想を非常に勘違いしている方々が世界に多いと思います。
 
明想とは真の自分が何であるか、すべての存在の根源が何であるかを自覚するために、実感するために、明想を理解してもらいたい。
 
その明想はけして外に求めるものではなく、自分の内側へ、内側へと意識を持っていくことが明想であり、明想という手段を通さずして、本当の我に融合できた者はいないことを知ってもらいたい。

明想を通さずして本質を知ることもできなければ、明想を通さずに本当の至福を得ることもできません。世界の皆さんに本当の明想というものを理解してもらたい。
 
明想はただ目を閉じて座っていることのみが明想ではなく、日々の生活の中で常に内を意識していることそのものが明想であること。外を見れば結果です、外を感じれば結果です、結果はいつかは朽ち果てていきます。

しかし皆さんが内側を理解することができるならば、そこに真の自分を神として、すべての存在の根源が神として、皆さんはとらえることができるでしょう。明想は不可欠なものです。
 
けして明想は難しいことではありません。食事をしている中にも、友達と語り合うにも、仕事をしている中にも、常に内側に意識を向けていることそのものが明想であることを理解してもらいたい。

我、常に神を意識していること、我、常に愛を意識していること、それそのものが明想であり、何も形をつくって何時間も、何十時間も座っていることが明想ではありません。
 
明想は一瞬、一瞬の中にあること。常に内側に意識が向いているとき、常に内を自覚しているとき、それこそ明想と理解してもらいたい。

何十年、山や洞窟にこもっても、内側なる神の自覚がないならば、それは明想とはいえません。明想という手段を通せば、全体の中に我を感じ観ることができるでしょう。
我は全体であり、全体は我なり。我はすべてであり、すべては我なり。
神我一体の境地、まさにオーバーシャドーといえましょう。
 
けして分離した個人なんて、どこにも存在しないこと。その個人という個我なる者を通して、大いなる力を、大いなる智慧を、大いなる愛を顕現するために、個我という一人一人が与えられていることほかにありません。

しかしその個我は全体とひとつであり、全体と一体であることを理解してもらいたい。明想という正しい手段を用いることができるならば、誰しもがそこに到達していくことが可能でしょう。
 
明想は特別な人間が用いるものではありません。イエス、仏陀、すべての偉大なる方々が明想、内観を通して、真実の自分が神であると到達したことほかにありません。

到達した方々はけして自分が肉体という錯覚ではなく、我神なり、我真理なり、我は愛なりと断言して言い切っていることでしょう
 
我々も共に明想という正しい手段を用いて、本当の自分に到達していきたいと思います。明想を正しく理解して、正しく明想という手段を用いれば、誰もが目的である神への到達の道が開かれていくことでしょう。共にがんばりばしょう。
 

世界の平和

 
全国、世界、誰を訪ねても望むことは世界平和。
しかし人間にはなぜ、平和がないのか。個人的な平和を望んでも、個人的に平和が満たされていることはありません。
 
我々は全体として一つ、一つとして全体であるが故に、全世界、全宇宙の調和、平和でないかぎり、己の平和がないことを知ってもらいたい。皆さん一人一人が全世界の平和を願えるあなた方になってもらいたい。
 
イエス、仏陀、誰もが願ったことは全世界の平和であって、個人的な平和を願った者はおりません。
 
私もそのとおり、物心ついてから願ったことは、ただ個人的に幸せ、個人的に健康、個人的に金持ちを願ったことは一度もありません。私の願うことは全世界が平和でありますように、全宇宙が調和でありますように、そこに己の平和があることを知ってもらいたい。
 
なぜならば、我々一人一人は本質においてはひとつ。
それを私は常にこのように説明させていただいております。
 
神は一にして多身。姿、形、形態は異なっていても、表現の方法は異なっていても、生まれ出てきた場所、環境は違っても、皮膚の色が黒かろうが、白かろうが、本質である神にはなんの分離、差別も存在しません。
 
一人一人が早く大いなる神を一体の神として理解できるならば、宗教で争い、人種で戦争、国々の対立はけして起きることはないでしょう。そうあるためにも一人一人が早く自分自身の本質に目覚めてもらいたい。
 
自分自身が神であることに一人一人の目覚めがないかぎり、世界の平和とは繋がりません。私だけ、個人的な平和なんてありません。個人的に私だけの幸せはありません。
 
全世界の平和であって、我が平和であること。我は全体であり、全体は我なり。我はすべてであり、すべては我なりという境地に一人一人が至ったとき、そこに真実の平和を見出すことができるでしょう。

みなさん一人一人の心に愛が満たされた時、全世界へと愛が満たされていくでしょう。
 
けして幸せは金や、物や、物質をつかんでいることが幸せではありません。どんなにこの世の物をつかんだところで、それは一時の幻、一時の影にしか過ぎません。ゆえに仏教では、この世は無常世界と説きます。

常には無い世界。私は影、幻、幻影にしか過ぎぬと説きます。影から目覚めよ、幻から目覚めよと、夢から覚めよと。そこに至ってからこそ本当の幸せが、本当の世界平和が、皆さんの心に灯されていくでしょう、全人類の心に灯されていくでしょう。
 
共に助けあい、共に手を取りあい、足りないものは補いあい、良いものはわかちあい、世界はひとつ、人類はひとつ、宇宙はひとつ、宗教はひとつ。

一人一人が、早くその一体感に目覚めてもらいたい。そこに至ってこそ世界の平和、全人類の平和、宇宙の調和と繋がっていくことではないでしょうか。
 
一人一人が全体意識、無限の中に融合してもらいたい。無限の境地に至るために、日々の明想の手段もけして怠ってはなりません

明想という手段がいかに皆さんを目的に近づけてくれるか、それも理解してもらいたい。 共に頑張っていきたいと思います。


イメージ 1

イメージ 2
イメージ 3
イメージ 4
イメージ 5


上江洲義秀先生のご光話

 
よく光話で、この世は本物が偽物のように見え、偽物が本物のように見える。ゆえに私は質問を受けました。なぜ、本物が偽物のように見えるのか、でまた偽物が本物のように見えるのかと。
 
偽物は皆さんの目に映し見ることもできる。しかし本物は見ることはできない。それは常に、実相と仮想という方法で表現しています。仮想世界は見ることもできる、実相世界は見ることができない。

ゆえに人間は、見えるから信じられる。見えないものは信じられない、見えるから在るんだ、見えないものは無い。そのように錯覚をしているがゆえに、私はこういう表現をします。
 
本物は偽物のように見え、偽物が本物のように見えるゆえに、この現象の世界で悟りいこうとすることの難しさ。

だからこそ明想をとおして、見えないものを見よと、見えないものが真実だよと、常にそう説きます。見えているものなんて、常に常に在るものではありません。
 
この世は無常なり。この世は無常世界。あるいは影・幻、幻影の世界。その無いものに在るという錯覚で皆さんは、踊り踊らされていること。

しかしけしてまた、この見える世界を粗末にしなさいではありません。また、ゴミ箱に塵ごみを捨てるように捨てなさい、という意味でもありません。そこは、皆さんがちゃんと理解してもらいたい。
 
ゆえに、この見える物質肉体をもって、我々はこの地球という大舞台で、宇宙という大舞台で、愛を、神の絶対実在として演ずるために与えられた世界。

だから粗末にしてはならない、無視してもならない。しかし、本物と偽物は識別し行かねばなりません。
 
肉体がどんなに在ると言ったって無いもの。皆さんがまず少しでも、深い明想状態を体験した者ならばわかるでしょう。
我、肉体にあらず、我、心にあらず、我、感情や五感や理性にあらず。
 
なんと言いましょうか。見ることもできない、不可視の無限の、それは言い方は神でもいいし、命でもいいし、宇宙真理でもいいし、意識でもいい。
我無限の意識そのものであったと、そのように皆さん言いきるときが来るであろうと。
 
もちろん皆さんが今の今にでも深い明想状態を体験したならば、肉体なんて真実ではなかった。肉体は、ただ表現するために一転生人生の乗り船であって、真実本物ではなかった。

誰もそう言うことでしょう。だからこそ人間意識、肉体意識、個人意識なんて、どこにも存在しない。

あるならば唯一ひとつ、神性意識。ゆえに神一元、神は無限なり、神は完全なりと言いきります。一元なるゆえに。
 
千葉で潜在意識、顕在意識、表面意識、いろんな意識がある。どの意識で生きればいいのか、どの意識なのかと言われました。

なぜ私が一元を説いているのか、と。そこに顕在意識だ、あるいは表面意識だ、意識、意識があるならば、私は一元なんて説くことはできません。

なぜ一元なのか。一つしかないから一元です。一つしかないから無限です。一つしかないから完全なんです。
 
皆さんが二つを見るから、健康も見る、病気も見る。悟りも見れば迷いも見る。善も見れば悪も見る。

しかし皆さんが、一元と言うならば、なにが見えましょうか。神の完全意識のみが実在、つまり神性意識。表面意識、そういう意識なるものはどこにも存在しません。
 
ただ説くために、このマーヤの持つ二元のこの世界で、一元に導いていくために説くことは、例えば見えるこの物質という形なるものを、三次元と説くのもいましょう。で、溶けて水となった状態を二次元と説くのもいるでしょう。

氷から水、水からまた気体という根源に帰ったことを、一元と説くのもいましょう。
しかしそれは、すべて一元の中の現れであって、分離して、一元二次元三次元があるでもないし、分離して個体・液体・気体があるでもない。
すべて、無限という根源の中のこと。
 
だから皆さんは初めから、二面性三面性四面性に振り回されることなく、即一元というものを理解してもらいたい。
今から皆さんは、難行苦行・滝行・断食して神になろう、神になりたいではなく、我すでに、、
 
なにを明想しましょうか。今から神になりたい。神よ、神よ、神に、と皆さん明想するのか。我すでに神なり。
我すでに愛なり。我すでに無限なり。なろうでは分離であり、また溝を深くするということを知ってもらいたい。
 
一体であるならば、我すでに神なり。我すでに真理なり。我すでに無限なり。

皆さんが、この二面性を持つマーヤの世界から解脱したとき、皆さんは神一元ということを知るだろうと。例えばこの肉体にどんな病を背負っていても、我完全なりと言いきるときが来るだろうと。 
 
常に完全です。過去において、今において、未来永劫に完全そのもの。ただ皆さんが、ここはどうしても神が形を持って現れるには、バランス。プラスとマイナスの。

だからこの現象の世界は、女性がいれば男性がいる。雄がいれば雌がある。で、雌しべがあれば雄しべがある。陰石があれば陽石がある。
 
しかし実相という、、実相、根源の世界は一元。プラスマイナスが分離してあるでもない。即一元。だからプラスでもなければマイナスでもない。

そこを皆さん自身が今日の今日、これが理解できるのであれば、今日の明想で、すばらしい明想をとらえることができるであろうと。
 
二元は存在しません。ただこの現象の世界に現れるには、どうしてもプラスマイナスという調和、バランス、それで一体を教えるためにそうしていることであって、本来は一つです。

じゃぁ、プラス電気だけで明かりを灯すことはできない。マイナス電気のみでも明かりを灯すことはできない。

プラスとマイナスは分離して存在でもなく、一体としてあるがゆえに、電気、光を灯すこともできる。
 
このように我々が、全一体、その一元一体その中に入ったときには、女性もいなければ男性もいない。女性も感じなければ、男性も感じない。私がそれを何歳で説いたのか。幼稚園で私それを説きました。
 
しかし沖縄に帰って来ても、どうしてもその、今、耳に聞かされていることが納得できない。女性もいれば男性もいる、人間は死んでいく。もうそれが納得いかない。

そこからまた、追求、追求したときに、どこに。私が小学校のときから、23歳で全く意識そのもので感じていたとおり、見ていたとおりの世界ではないのかと、戻っただけ。
 
だからあなた方も、肉体というその観念づけた自分を、我は命であり、神であり、無限の意識であると、戻すだけ。それがなかなか難しいこと。

だからこそ明想してほしい、明想しろと言います。なぜならば、どうしてもこの肉の目で見ているかぎりは、見ているものを皆さん在ると錯覚をしがち。また耳になにかを聞けば皆さんは、在ると錯覚をする。
 
例えばここで皆さん。皆さんはこの形は見ていません。ここに居て、中で、外側で犬が吠えている。

かならず皆さんはそれを、様々な思考を様々な観念で描こうとします。今の声の質からして、この犬は大きいものか、あるいは子犬なのか、だいたい中間にいるのか。    

で、そのように皆さんは観念づけてそう考えようとします、今吠えている犬を。で、どういうタイプなのか、どういう種類なのか考えようとします。もうこの現象という結果に振り振り回されている姿。
 
私には、ここでどんなに犬が吠えているその声を聞いても、私がそこそのものに完全に意識を持っていかぬかぎりは、聞いて聞かず、もうそこに耳には聞こえていても、それそのものを追いかけることもない、振り回されることもない。

ゆえに私の思考は、この現象という結果なる偽我の思考が止まるがゆえに、常に内なる神の直感、神の思考が入り来ること。
 
あの法玉明想の大切さを皆さん、知ってもらいたい。
あれは、ただただ、ここに法玉明想で、、最初は、どうしてもインドで明想を学んだ友達や知り合いが、どうしても睡魔に負ける、
どうしても雑念に妨げられて、なかなか明想に入れない。

あの明想の達人のいるインドで学んで来たにしても、偉大な聖人から学んで来たにしても、向こうではその波動を受けて、いい明想ができたかもしれない。で、明想に入れたかもしれない。
 
しかし、沖縄、日本に帰って来ては、どうしてもその明想ができない。睡魔には妨げられ負け、雑念には妨げられて明想に入れない。いい明想をする方法はないのかと、もう沖縄の当時から私は言われておりました。

しかし、自分自身も完璧に明想はこなしてないし、努力に努力を積み重ねている当時ですから、いつか必ず、絶対にたやすく明想ができるように、
私は必ず見出してあげるからで約束していたのです。その友達みんな離れていること、今。もったえない。
 
そのように自分自身はこのチャクラでも、7つのチャクラの、、明想もインドで学んで来た方々も様々。サハスラーラチャクラに意識を向けた方がいい、アジナがいい、甲状腺の方がいい、ハートチャクラがいい、あるいはまた性腺、その丹田がいい、様々でした、聞けば。

で、私もそれを第1のチャクラに集中して、何年も。で、それが終わって、また第2のチャクラに集中して、何年。

そういうふうに一つ一つのチャクラを探ってきて、
最高な明想に入れたのが、このアジナチャクラを見出したとき
 
あの北海道で、セミナー終えてホテルにチェックインして明想し出したときに、そこそのものをはっきり見せつけられたこと。

そこに、まず我々は、なぜそこに玉を描かし、それが白光輝いているイメージを持たすのか。
 
どうしても我々は、、もちろん友達や知り合いはインドでは、ただマントラだけで明想することを教わってきました。

我は神なり、我、光なり、我は愛なり。それでマントラで明想するけど、どうしても睡魔に負けて明想にならない。どうすれば睡魔に打ち勝つことができるか、あるいはまた雑念に妨げられずにできるか。
 
そのときに、皆さんが法玉。法玉とはいつも説明しているとおり、さっきも無形無双の原因なき原因に、便利いいように神と名前をつけた。仏と名前をつけた。

あるいは宇宙真理、無限の意識といいように適当に、皆さんにいいアドバイスができるように導けるように、適当に名前をつけた。で、私はそれになんとつけたのか。法玉と名づけました。
 
この大宇宙、地球、動物、鉱物、植物、微生物まで、すべてを創造し、完全なる愛の法則によって生かされています

狂いがあるならば、神は完全とは言えません。一点狂いなき、神の完全なる愛の法則によって、この宇宙の秩序すべてが保たれています。
 
もうそれも、小学校のときから、幼稚園のときから、なぜ空を見ればそこに数えられないほどの群れるその星で、なぜ星と星がぶつかり合うこともなく、

地球になにかの惑星や星がぶつかって来ることもなく、なぜこの秩序正しく、この運行されているその智慧、力、愛、光は、どこにあるのだろう、それを私は追求しました。もう23才のときからは。
 
なにがそうしているんだろう。まぁ、そのときに答えを見出したのではない。明想ができるようになって、完全なる一点の狂いのない愛の法則によって、ここが保たれていることを知りました。宇宙が。
 
ならば、この世的なものだけど、ここに5名の子供が学校へ通学するか、あるいは行き帰る。で、そこに通り魔事件とかなんとか言われて、

(まぁどこから来たか、ここから来たのか、ここから来たのかわからないけど、ここから来ているならば一番近いのはここ。で、ここから来たならば一番近いのはここ。にもかかわらず、)この者が刺されて死んで、殺された。
 
で、その子を持っている親ならば、偶然だとか、あの人が悪い、この者が悪いという生き方をします。そのようにしか見えないから。

じゃ、この者の過去幾転生という人生のすべてが見えるのかと。そこにはそうあるべき、一点の狂いなき法則が働いたこと。
 
まぁ、もちろん理解できる皆さんの前ではその講話もできるけれど、理解のできない親の前で話すならば、とんでもないことが起こることは私は知っています。

とんでもないこと。だから見えていても、知っていても、でわかるすべては明かせない、語れない部分があるというのはその意味です。ここまでは理解できる皆さんだから明かせる。
 
しかし、じゃ本当にこういうことがあっていいのか。私はそれを望んでいることではありません。神の完全なる法則の中にすべてが完全として、この法則を生きることができるならば、そのようなことが在り得るはずはない、

本来は。ただ偽我として、偽我とは偽りの自分。偽りの自分が自分として、一人一人が生きるゆえに、こういう現象が起こるだけ。
 
で、じゃぁ私は今生なぜ肉体を持ったのか。そういう間違ったことをすべて正させるために、二度と再び殺したから殺される、殺されたから殺し返す、

そういうことではなく、絶対愛で、すべてが赦し合って、すべての過去のすべてのこのネガティブ、破壊的な面、いたらない所、思い癖、悪習、すべてを超越さえるために、今、私はここに肉体を持っています。
 
で、その状態で一点の狂いのない神の愛の法則に司って、すべてが顕現されているこの世界を、私は神の愛の法則に司って、すべてを生かしていることを、宝の玉つけて法玉明想。で私が法玉というのは、なにを意味するのか。神なり、なんです。
 
この無形無双の原因なき原因に、他の宗教は神だ仏だ、様々な名前をつけて呼び合ったかも知れない。私は法玉と名前をつけました。

だから私が法玉明想というならば、我が神であることを明想するという意味なんです。今から神になろうでもない、今からなにになろうでもない。我すでに神なり、というそれそのものの明想を、法玉と私は名前をつけました。
 
で、その法玉の明想。あえて皆さん自身に描かす必要もない、本当に皆さんがそのアジナチャクラにしっかりと意識を集中して明想ができるならば、睡魔に負けずに、また雑念に妨げられずに明想ができるならば、そこまでそうする必要もない。このアジナにしっかりと集中できれば。
 
しかし、なかなか難しい。そこに皆さんに法玉、で、その玉を描いて白光輝いているイメージを持たすならば、それを描こうとする力が働くから、皆さんは睡魔にも負けない、なかなか。

で、雑念にも妨げられずに明想ができる。そのために法玉を描きながら、我すでに神なり、我すでに愛なり、我すでに命なり、と明想してほしいと私は常にアドバイスしています。
 
で、そこにもう一つまたそこに、この白光輝く法玉、その玉を描いているというには意味があります。私がそれは中国の上海で見せられました。
 
人間の脳の中には、まぁそれは象徴に見せられましたけれど、二つのパイプがあります。人間の中に、噴水で湧き上がってくるように。

で、その二つのパイプで、今、人間の脳からは、どういうそのパイプから、なにが出てくるのか。
 
幾転生という人生の過程の中で、体験・経験したこと、また間違った常識を常識として観念づけてきたもの。

間違ったまた神を描いてきた自分。それを観念・概念がすべて皆さんが明想しようとしたときに、湧き出てくることを雑念と言っています。
 
あぁでもない、こうでもない、あれが正しい、これが悪い、様々なものが浮き上がってくること。あるいは怒り、嫉妬、赦せない、様々なそのものが観念として、これ一つのパイプから噴水のように湧き上がってきます。

だから観念・概念が雑念として湧き出てくるときは、神の思考が現れるパイプなんて沈んでいます、そこで。だから、一度に二人の主人を持つことはできぬと言われて、、
 
あなた方が肉体を我として生きているかぎりは、これを偽我と言いますから、偽我が働いているかぎりは肉意識。

この偽我が働いているかぎりは、どうしても神は沈黙を守っています、皆さんの内で。で、逆にまた神が現れたら、偽我は消える。偽我は沈黙を守ります。
 
そのように、で、この偽我の思考が雑念として湧き出てくるかぎり、神の思考・インスピレーション・メッセージは皆さんが受け取ることもできない、働かし得ない。
だからもう偽我ドン底で悩んだり苦しんだり、もがきあがくこと他にない。
 
しかしそこに皆さんが、しっかりと宝の玉を描いて白光輝いているというならば、なんなのか。光なんです。

光は闇知らず、すべてを包み、すべてを浄化させ、すべてを打ち消します。だからそこに法玉いう完璧にそれを置いているなら、ここから雑念が湧き出ても沈めてくれるの、あなた方が無理せずに、力与えずに。
 
皆さんが消そう消そうは、いっそう力を与えます。あの私が沖縄の今帰仁の、そこで蜘蛛から教わったように、力与えて皆さんは対立します、常に。

戦争もそのとおり。武器を向けて戦い合わなければ、戦争は沈みます。戦わぬ相手と、どうして戦いようがありましょうか。戦えるはずはない。
 
そのときにこれが、すべて調和されたときには、神の思考が働きます。もう神の創造、神の思考、神のすべてが。

そこにして皆さんは、我は神なり、我神なるがゆえに、無限の智慧、無限の力、無限の愛、光の泉、宝庫、我が内に在りを体験するであろうと。
 
純子さんが一度どこで明想していたときか。深くそこに潜ったときに、もう我が内を見たときには、もうそこにいつでも使える無限の智慧の泉は準備されている、いつでも使い出せる、

というその体験をしたと言います。これはまさに私が説いていること、そのもの。それを皆さん自身が、、
 
じゃ、どこに集中するのか。私が何年も何年もそのように、一つ一つのチャクラを努力し、一つ一つを体験したかぎり、アジナチャクラの方だったの。北海道で教えられたのも見せられたのも、アジナチャクラ。
 
それは私が、ただ自分の勝手でそうしたのではなく、また私の大好きなクリヤヨーガを説いている、その聖人の方々に、私の明想の中に意識で現れ来たときに

「あなた方が今の今、ここに至るまでに、7つのチャクラ、あっちがいい、こっちがいいと教え説く者がいるけど、どこを集中したのか」

で、フランスで2回、あのイエスキリストが現れたときもそのとおり。どこ。完璧にアジナチャクラ、一致していました。
 
私が何十年かけて探ってきた、そのアジナチャクラ。で、またそのクリヤヨーガを教え説いているババジはじめ、今まではヨガナンダか、まぁ、もっと上ならクリシュナ、

で、イエスキリスト含めて、すべて今まで集中して努力してきたのはアジナチャクラ。間違いないって、私はそれを完璧にとらえたときに、法玉明想をこの世に出しました。
 
今回のノルウェーでも、あの若い男性が、明想、もう二十何年、三十何年、努力に努力を積み重ねてきたけれど、なんの手応えもない、いまだかつて明想のメの字もわからないと言われました。

初日です。ただ初日で法玉明想をアドバイスしたならば、完璧に明想に手応えを感じましたと、もうこの明想ならば私はやれる、もう自信を持って言えると言われます。
 
皆さん自身がそれは、やるかやらないかは、あなた方次第。私は必ずしもその明想をやれという権利は与えられていません、

皆さんを縛る権利も、強制する権利も。本当に皆さん自身が、この無形無双である原因なき原因という、その実相をそれを我としてつかむためには、どうしても明想が必要です。

明想を通さずにして、いまだかつて神に至った人間はいないというほど、明想は大事なこと。
 
だからインドの聖人の方々は、明想・内観・臆念・坐禅・禅とかで、それでもってすべてを解決してきたではないでしょうか。見える自分から見えない自分へと。じゃぁ、その方々は特別な存在なのか、特別に特別な能力を与えられた方々なのか。

神は人の上に人を造らず。神は人の下に人を造らず。それはあなた方が、意志と勇気と忍耐と努力をもって、正しいその方向に進むことができるならば、誰しも完成に至るということを知らねばなりません。

もし特別な人間にしか、その実相に入ることができぬと言うならば、私は全世界を、このように時間かけて、その飛行機代を費やして説く意味なんてありません。

しかし、真実、普遍、不滅、無限の宝物は、あなた方の中に内在していることを私は見ることができるゆえに、感ずることができるゆえに、努力すればあなた方そのものだよと、そう説くことができるではないでしょうか。

どこかの宗教に行って買うことしかできぬならば、私は皆さんの前に立って説く必要はありません。どこの宗教に行って買って来い、いくらするから買って来い、私はそう言うだろうと。

しかし、あなた方の少しの努力で、それは一人一人その努力という少しも大きいも違いはありましょうけど、私の努力というならば、もう皆さんが想像はできません。命を懸けます。命を懸けるがゆえに、私はそれを手にすることができます。

まさか、今日から明想大事だよと言われていながら、ちょっと今日は働き疲れたから、動いて少し疲れたから、明日にしよう。私はなんと言うのか。明日はない。

じゃぁ皆さん、今日肉体を脱いでみてください。もちろん命にしては、永遠不滅。昨日でもない、今日でもない、明日でもない、永遠なるものです。

しかし肉体を持ったあなた方には、完全に悟りに至るまでは、皆さんは昨日、今日、明日ではなく、もうこの一瞬というこの実在を理解してもらいたい。

だから明日からしよう、私はないと言います。今日肉体を脱いだら、明日はあるのかって。もうなにをもって明想するのかと、肉体外せば。

だからこそ我々は、肉体修理のために、ここに生きているのでもない。おいしいものを食べて満足するために生きているものでもない。この世の酒に酔って満足するためでもない。肉の快楽に溺れ生きるためでもない。

しっかりとこの瞬間が神であることを実感、実際に感じ生きるために、今があるということを理解してもらいたい。

だから今日のこの瞬間というこの瞬間に、皆さんは、すべてがあるということを知ってもらいたい。智慧も力も、愛も光も、無限の宝は昨日にでもなく明日にでもなく、この一瞬というこの瞬間にすべてがあるということを理解し、この瞬間をけして無駄な浪費するあなた方であってはならない。

今日もちろん皆さんは、仕事を捨てて明想をしなさいという意味でもない。なぜなら明想は、生活そのものが明想とも私は言います。

あえて何時間、何十時間もただ目を閉じて座っているだけが明想ではなく、目を閉じているときは我、神なり、我すでに神なり。

目を開いて仕事をしているとき、食事をしているとき、友達とまた語り合っているときが人間意識ならば個人意識ならば、なんの価値もない。24時間四六時中、神意識でありなさい、明想状態。

そこに至れば、座る必要もない。座ればなぜ。我々はどうしても目で、目を開いて見ているものに支配されて、在る居ると錯覚におちいっていきます。

見えるものがすべてだ、見えないものなんて、見えないがゆえにいない、ない、感じない。しかし見えないものこそが本物。

その見えないものを観るためには感ずるためには、どうしても我々は沈黙を守って、その深い意識状態の中に潜らなければならない、深いその境地に。そのために座るということを皆さんは今、努力していること。

どうしても目を開いて映し見ているものが在る、居る、錯覚します。また耳に聞こえればどうしても皆さんはそこを、あの犬は大きいのか子犬なのか、あるいはちょうど中間にいるものか、あるいはどういう種類なのか、皆さんそこにいきます。

しかし皆さんは本当の明想状態の中にあれば、見ていて支配されない、もう聞こえていて支配されることもない。これを私は「悪の中にいて悪に汚れない自分、闇に染まらない自分」という表現をしています。

ただ皆さん自身が、観念概念で描いている、あの人間の悪いことをしている悪だとかそういうものではありません。

あなた方を妨げて、深く深く真のこの自分の中に融合しようとするあなた方を妨げているそのものを、私は悪と闇と例えで説いてていることも理解してもらいたい。

例えば皆さんが今、しっかりと深く深く明想をしようとしているにもかかわらず、皆さんが犬の鳴き声に妨げられて明想ができぬと言うならば、妨げられたあなた方ではないでしょうか。

また見ているものが、もうここでせっかくいい明想をしようとしているにも、美しい女性が、世界一のあの美人の女性がそこを通れば、あぁすばらしい美しい、この女性と友達にでもなれれば、恋人にでもなれれば、妨げられているではないでしょうか。

だからある聖人に、あのヨガナンダが教わってこう言われたといいます。「女性は地獄への門」。なぜあの聖人は「女性は地獄への門」と説いたんだろうと、あのヨガナンダがあの教え説いているこの偉大な先生に聞きました、この師に聞きました。あの聖人はなぜ「女性は地獄への門」と説いたんだろうと。

「あの聖人は常にいいところいいところまで、意識を高めてきているにもかかわらず、最後の最後で常に女性に妨げられて常に落ちたんだろう」と。「それで女性は地獄への門と説いたのだろう」と。

それは自分の弱さ、自分のこの至らなさ。だから私ならばこう言うといいます。

その聖人は教えるために、そう言ったかも知れないけれど、なにものにも妨げられずに根源を悟りなさいと訴えでそう言われたかも知れないけれど、例えばこの悟りには無限ですから、、

常に私は100という数字を例えます。この無限の神を悟るのに、100の数字、その100%そのものの中に融合しないかぎり悟りはないとして、私が99%は完璧にそこに自分を高めた。99、もうここまで命を懸けて、99もう完成に、あと1%で完成に至るまでの99を私は仕上げた。

その残りの1%、完璧に入りきってないがゆえに、残りの1%で金の誘惑で私がドン底に落ちたか、女性の誘惑に負けてドン底に落ちたか、あるいは地位・名誉の権力、そういう私そのものの誘惑に私が落ちたとするならば、

今まで落ちた人間を私は見てきたかぎり、そこまで99は至らないにしても、50であっても40であっても、すべて私が見てきたかぎりは、すべて女性で落ちたものは女性が悪かった、

あの女性の誘惑を受けて。金に落ちた者は金の、地位・名誉・権力に落ちた者はそう言います。

しかし私ならばどう言うのか。私は誰のせいでもない。自分が100%入りきれていなかった私の至らなさを責めるであろうと。

誰のせいなのか。私が100%完璧であったならば、女性の誘惑で落ちることがあるでしょうか。あるいは金や富やその地位・名誉・権力の誘惑で落ちることがあるでしょうか。

それを理解しない者は常に不平不満。相手のせい、この者のせい、そのように常にネガティブな方向に、常に自分自身を落としていきます。

100%皆さん自身が、この命がけで、もちろん仕事を捨ててそうしなさいという意味ではありません。生活の中で常にアジナの方に神を意識し、「我と神とは一体なり」。

今までお母さんが「だんなさん、子供たちのために食事を作ったんだ」「洗濯をしてあげたんだ」「掃除したんだ」という思いを切り替えて、この手足を使って神というだんなさんのために、

神という息子・娘のために子供たちのために、顕現したのは内在の神なりと。内在の神こそがすべてのこと為し得たんだと、そういう思いに切り替えれば、これも明想ではないでしょうか。

明想は、山や洞窟にこもって肉体が朽ち果てるまで目を閉じていることが明想ではないんだと。明想は、この一瞬一瞬の中に在るということを知ってもらいたい。

 なぜ私があまり座ろうとしないのか。なぜならば、ここに立って目を見開いていても、あなた方を女性として男性として肉的なあなた方を見て、あなた方と言ってましょうか。
すべては美しき天使たち。無限に飛び立つ美しき天使たち。

本質根源である、女性男性を超えた、女性でもなければ男性でもない、ただこのまとった衣装の背後に実在する我、神なり、あなた方も神なり、すべて神なり。

一命一体、自他一体、全一体という根源なるそのものからあなた方を見て、あなた、あなた方と説いていることを知らねばなりません。

目を閉じることは、その根源そのものが寝ても覚めても、まぁ今日の一日が24時間ならば、それは無限ですから24時間、それは限定することはできません。ただ今日の一日、皆さん一日一日を生きているというから24時間。

24時間四六時中、皆さんが「我、神なり。すべては神なり。我、愛なり。すべては愛なり」その境地ならば、あえてもうここに座り込んでする必要もない。そのままにしてすべてに神が見えるならば。

しかし我々は、我が神であり、すべてが神であることを見るために、我が神であり、すべてが神であることを感じ実感するために、我々はこの雑念をすべて克服しないといけない。眠魔に打ち勝たないといけない。

よく雑念が出れば明想を止めた方がいいのかという方がいます。雑念が出てくるたびに明想を止めたんじゃ、死ぬまで雑念が湧き出てくる。

 じゃ、いついい明想に入るのかと。それは克服しなければならないこと。だからこそ、ここに法玉というそれを描いて、皆さんが明想することに雑念が湧き出てきたときには、すべてそれが浄化してくれるだろうと。

それは私がこれをもっと大きく例えるならば、こういうふうに。中国かどこかの体験。沖縄でもいろんな所で、体験は何回もありましょうけど、例えば、ニューヨークでもそうでした。

 ちょうどもう、どうしてもどうしてもあの9月の11日。あの事件、あの事故、あの状態が近づけば、やっぱり家族を失った者、友達を失った者は、どうしてもそれを思い出します。根元にそれが潜んでいるかぎりは。

いつもなんでもなかったにもかかわらず、そこに9月の11日に近づくにつれて、もう憎しみ、怒り、恐怖、湧き出て参ります。

 そのときちょうど、あの11日の朝だったのか、我々が皆さんが早く会場に集まって明想をしだしたときに、ちょうど真っ黒い雲がニューヨークの上空を覆っているように、もうあのマンガで描かれているように、そういう現象が起こっておりました。

しかしもう心ある方が、もちろん日本でも明想しています。で、その会場に集まって明想しだしたときに、先ほども岩波さんが言われたように

ここで放たれた愛の波動が、愛のエネルギー、愛のバイブレーションが、神の御心によって必要なところに使われますように」と、

あるいは使われたというそういう状態が、一人一人の肉体を伝導体として放った愛の波動が、全部浄化していく姿。私も完璧にとらえて、あと5、6名の向こうから参加している方々もとらえておりました。まったく同じこと。

 このように、このネガティブや消極、破壊的なその波動の満ち満ちている今の状態を、なにでもって浄化することができるのか。

 掃除機で皆さんが部屋のゴミを吸いこんで掃除できるように、そのようにできればもうたやすいこと、簡単。私、そういう機械を作ろうかなと思っている、
今。そうすれば私は世界一の金持ちになるだろうと。

 あなた方のネガティブ、消極、破壊的なものが潜んでいる、そこに観念概念、あるいはまた皆さんの怒り、ねたみ、また嫉妬、機械を突っ込んで、すぐ私が全部吸い込ます。

 もう即、悟り、皆さん。これはもう私が世界一の金持ちになる方法でもあり、また皆さんを即、悟りに導ける方法でもあるから、今日の夜から明想してそれを考えてみよう。

 そのように皆さんが部屋のゴミを掃除機で吸い込ますように、この世の機械や道具や物をもってして、この地球が平和になるならば、たやすいこと。

これはあなた方の一点の曇りなき、汚れなき、その美しい心から放つ愛の波動で以外には、けしてこの地球を覆っているネガティブな波動、あるいは日本というこの国を覆っているその波動、あるいはアメリカやヨーロッパ、中国そこを覆っている波動の浄化はありえないということを知ってもらいたい。

だからこそ私は常に、肉体は愛の伝導体と説くではないでしょうか。しかし今の人間はどうなのか。

 愛の伝導体どころか、あなた方は美しい世界を創ろうとするのに、また理解できない者は、真理を学ばない者は、言いたい放題、思いたい放題、やりたい放題で、またそこに破壊的な波動で、また積み重ねていくこと。

だからあなた方と、、警察と悪い人間と追いかけっこしているように、もう最高の鍵を作れば壊す者がいる。また最高の鍵を作ろうとすれば、またそれを壊す者がいる。もう常に常に追いかけっこ。

だから一人でも多くの者が、、例えば10名のうちで、ネガティブなものを放つ者が10名、愛を放つ者も10名いるとして、愛の波動を放つ者が1人、

で、ネガティブなものを放つ者が9名よりは、1人増えて2人増えて、5あたり来れば、半分半分位に来れば、最高に調和されていくだろうと。まぁ私は、3分の1とも言います。

本来は1人で簡単なこと。しかしなぜ一人でしないのか。全体そろって、全体が完全でなければ神は完全ではないゆえに、全体を望んでいます。地水火風空を動かすことなんて、普遍意識、無限意識、宇宙意識、意識そのものは、たやすく動かします。

 昨日は、私はこれはめったにしたことのない。昨日、ちょうど宝塚に走るときです。もう小林さんのハンドル握るその車は、もうワイパーでも間に合わないほどの大雨。

 で、私はすぐにそこに沈黙を守って、そこに入りました。もうこれじゃ、我々せっかく朝5時に出たにもかかわらず、雨で事故ったり、雨で妨げられて時間遅れるならば、早く出て来たその意味もなければ価値もない。

「今の雨よ、止め」と私が一瞬思った瞬間、カンと太陽が出ました。

はたして昨日、居って行った何名が自覚したのか。即、私が沈黙を守ってその意識の中に入ったならば、あれほど降って降って降りまくっている、あのワイパーでも間に合わせない雨が、すぐ太陽でカンと照りつけました。

地水火風空は、このように皆さん自身が実相という根源に、そのものならば簡単なこと。

 しかし、じゃ私が世界を、私が日本を、すべてそうあっていいのか。皆さんはなんのために。皆さん自身が自らを高めて、皆さん自身が神である境地に至らないかぎり、なんの価値もない。

 だから一人一人が共に手を取り合って、共に助け合いいたわり思いやりを持って、とそういう私は表現するのはその意味であること。

誰一人欠けることなく、誰一人落ちることなく、共に今生、手を取り合って実相という根源の中に、そこに至ってもらいたい。それが私の最高な欲望といいます。これが最高な希望といいます。

そうでなければ、あえて肉体を持つ必要もない状態にあるならば、そこにこの衣装という肉体をまとって、非難受けながら、非難され様々な悪しき表現で障害で、様々な状態を体験経験しながら、ここに肉体を置く必要があるでしょうか。

それをも超えた絶対なる無限の愛を見ているがゆえに、障害も障害として感ずることもない、妨げも妨げとして感ずることもない、

非難も批判もそれそのものに、なんのあれもなく、愛そのものとしてここに立ち、すべてをそこに顕現できるということを知らねばなりません。

だからこそ私は、あの、もうこれからやがて青々としたその稲穂は、やがて実を付けていくだろう。

あの秋になったら黄金の色を付け、実の入った稲穂ほど頭を垂れて。沖縄でもそういう教え。「実の入った稲穂ほど頭を垂れる」。それを私は、大いなる者は仕えるものとなりなさい。大いなる者は、すべてのしもべとなって仕える者となりなさいと。

あなた方も、もう我と神とは一体なりという境地、我は全体であり、全体は我なり、一命一体、自他一体、全一体という境地に入ったならば、居ても立ってもおれなく皆さんは、少しでも少しでも、もうその境地から霊的な面で見るならば、皆さんは我が子と見るでしょう。

で、肉体を我に置いて子を見るならば、我のすべて兄弟姉妹と見ることでしょう。
すべての我が子たちのために、少しでも愛という愛で成長させていきたい、という思いがこんこんと湧き出て来るであろうと。

もうそこに自分のために、自分とは偽我の自分です。真我なる自分ならばいいけれど、偽我の自分のために生きようではない。

 少しの時間でも我が子たちのために、使い生きよう、この肉体伝導体です。この肉体伝導体を使い生きよう。

 だから個人主義と利己主義とは、あるいは非利己主義とは即、わかること。利己主義は常に個人事で生きています。自分さえ良ければいい、なんでも自分、自分、自分事。しかし非利己主義はどうなのか。

自分の肉体を破壊してでも、自分の肉体を朽ち果てても、兄弟姉妹のために、我が子たちのために働きたい。

 そういう境地に入っていきます。だから誰かに言われなくても、自分自身は一番はっきりわかること。常に利己主義で生きているのか、非利己主義で生きているかは、はっきりわかります。

だからこそ聖人の方々は、病気をする必要もないにもかかわらず、もうある程度成熟した、ある程度成長したあの弟子たちのカルマを背負って、それも相手が努力してそこまで至った結果です。

もちろん、100%汚れを付けている者は自分で努力しなければならない。99%完璧に磨き上げて、あと1点でという状態を、よくそういう状態で聖人は、すべて我が身に相手の汚れ、曇り、あるいはカルマを受けて自分自身が肉体を破壊する者もいましょう。

これは私は沖縄で、体験した体験もあります。相手のこの脳腫瘍、何名かの脳腫瘍を受けて、もし私自身がそれを浄化する愛の力がなかったならば、私こそが死んでいただろうと。それを私が誰から教わることもなく、教えられることもなく聞いたこともなく、それをやっていたことを私はびっくりしました。

後にそういうテープを聞かされたときに、聖人とて生涯で1回や2回をやるかということが訴えられておりました。もしその浄化する、この神の能力、神の愛という力を持ってないならば、その者がもう死んでいく他にないんだと。

 それを沖縄で、誰から教えられることもなく、本や書物を読むことなく、自然にそれを私が体験していたことを私はびっくりします、2、3名。あるいはまた相手の憑依を受けて自分自身が浄化して吐き出した体験もあります。一様にそういうことは、すべて体験経験をこなさせてられること。

 これは、私がその特別な能力を持ったからでもない。私はあなた方より、一原子もなにも高い者でもない。

 神において我々は、ただ一つです。一体です。神は人の上に人を造らず、神は人の下に人を造らず、根源においては全く同一。

ともに我々は、あの岩波さんが先ほども言われたように、私はできぬできぬでは永遠にできません。私はできる。私は今、即、完全である。

 自信を持って皆さんがそれを語れるあなた方でなければ、どうしてそこに至れましょうか。私、病人です、私は無知です、私は無力です、私、迷い人です。

 どうしていつ到達しましょうか。あなた方はそのように、我、完全なりと自信を持ってその答えを出せば、それは完全でなければいけないから、すべてが正されていきます。

 あやふやでは正されません。そこに断言して言いきることです。我と神とは一体なり、神が完全であるがごとく、我、完全なり。あやふやでどうしてそれが確立しましょうか。あやふやは、皆さん、一度に二人の主人は持つことできぬというのもその意味。

金儲けもしたい、真理も完璧にとらえたい、私はそれは仕事を捨てなさいという意味ではありません。集中するときには、どこに集中しないとならないのか。

 で、そこにおいて金も儲けたい。真理も学びたい。そこには力が分散して、どうしてまとまりましょうか。そこに、その引き寄せる力の違いが生じてきます。できるかぎり、だから「心を尽くし、精神を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、我が内なる神を愛せよ」というのはその意味です。

共に我々は、今生こそ皆さんは幾転生という人生を、なにか知りたい、なにかつかみたい、なにかを悟りたい、なにか得たい、と皆さん、追いかけて来たあなた方であれば、今生、もう何万という転生、何千という転生、何百という転生を、やり乗り越えて来たあなた方ならば、今生の一転生、命を懸け、そのようにやる事が、やれるという事を知ってもらいたい。
あきらめるならば終わりです。で、真理からずれた言葉で皆さん自身が生きるならば、もうこれは不可能です。だからこそ、我が言葉を聞き、我がその説く真理を受け入れて、その御心を行うのが我が母であり、我が兄弟姉妹であると、そう説いたではないでしょうか。

私の母とは誰なのか。私の兄弟姉妹とは誰なのか。「私を生きる」あなた方です。そこを理解してもらいたい。今日も皆さんと学べたことに感謝します。どうもありがとうございました。 

高次元ブログ悟空の郷 瞑想は大切だけど、でも…
様から引用させて頂きました。


上江洲先生の質疑応答や、まりこさんの体験談等、
良質な覚醒へ役立つお話がご観覧頂けます♪




明想の最高のコツを簡潔に記載している
  魂を一気に覚醒へ導く深いお話をご紹介

 明想の極意を書いている素晴らしい記事を見つけちゃいましたので、ご紹介させて頂きます。前もご紹介した「悟空の郷」様の記事なのですが、こちらの管理人さんは、もう遙かなる境地まで到達しているそうです。

 最近私も、覚醒へかなりの飛躍と遂げたのですが、そんな私よりも、きっと遥かなる高みにまで到達されている方だろうなぁって観じるぐらい…素晴らしい深い内容だと思った次第です。

 私自身、こちらのブログから、高貴で光輝な波動(ダジャレ笑)を感じましたし、本物ならではの、気品がある文章を記載されていて、読んでいて心が清々しくなっちゃいました。素敵なお人柄が感じられます。こんな素敵な人間になりたいものです。

 それにしても、今回思ったのが、絶対の絶対に……知花先生知ってるわぁ…って(笑)、心の底から叫びたいぐらいに思いました♪

 言葉のチョイスっぷりからしましても、もう間違いないよね…っていう、確信しました。ええ、あえて言いましょう。100%知花先生の教えを知っているでしょうと。ええ、断言して言っちゃいます…100%です♪

 知花先生を知らずに、ここまで書けたなら、もう覚者級のとんでもない人材でしょうね。まさに、無名の覚者みたいな♪

 今回のお話に付け加えますと「父なる神と私は常に一体である」と意識するのもいいかもしれません。それともう一つ、こちらの瞑想(明想)を深めるのにより役立つのは、真理の深い理解でございます。

 ぜひ真理の深い理解の為にも、下のリンク先の記事をご観覧下さいませ。
 貴方の明想がもっと進化し、深い深淵なる叡智であられる真我キリスト(宇宙生命・根源・空・神)と貴方が繋がるのを、サポートしてくれる事でありましょう。


知花敏彦先生の総まとめ記事 第1回目

知花敏彦先生の総まとめ記事 第2回目




明想は大切だけど、でも……(悟空の郷様の記事♪)

瞑想について、お話ししてみたいと思います。

最近では、経営者やアスリートなども積極的に瞑想を取り入れている人も増えています。これはとても良い傾向だと思います。

精神世界とかスピ系の人たちは普通にやっておりますが、昔から瞑想をしても悟りを開けない人が多いのですね。

それはなぜか?

その辺も含めて、説明してみたいと思います^^

まず、瞑想という言葉の意味ですが、辞書には「目を閉じて深く静かに思いをめぐらすこと。」と書かれています。

瞑想中に、何かを見ようとしたり、啓示を受けようとする人もいますが、やめた方が良いです(^_^;) 少し違う所と繋がって、悟りから遠のいてしまいますので。厄介なのが、天上界のような雰囲気を醸し出すので、あたかも悟りを開いた感覚にされてしまうんですσ^_^;) これは勘違いですので。

軽く目を閉じて、深く静かに呼吸を繰り返し、思いをめぐらす。呼吸については、鼻から吸って口から吐く。姿勢はリラックスできれば、普通に椅子に座って瞑想しても大丈夫です。ゆったりとした呼吸でまずはリラックスしましょう。

瞑想の時間は、最初は3分程度で構いません。長くすれば良いというものでもありませんので。1度に長くするより、3分を1日のうちで何回もする方が、効果的です。その理由も後述します。

瞑想は悟りを開くためには欠かせません。特に現代人は、忙しい日々を過ごし、見えるものにしがみつき、しがみつかれてますので、そこから離れる時間を作ることが重要になってきます。

ただ、瞑想を長年やってる人でも、一向に悟りの境地に至ることはないのです。それは、「思いをめぐらす」という部分で間違ってるからです。

人間がいくら瞑想しても、人間以上にはなりません(・∀・)b

過去の記事を読まれている方は、この時点でお分かり頂けたと思います。自分のことを肉体や人間だと思ってる人は、その枠内から出れないのです。それを迷い人とも言います。

本当の自分を、まずは知る。自分が生命であり、空であり、神であると思ってる人が瞑想をするから、瞑想中にそうなるだけであって、人間は人間です。

瞑想(明想)とは、自分が生命・神であることを想う時間なのです。

ですので、瞑想の初めに、リラックスしたあと、想いをめぐらすのです。

私は今、神の中に存在し、神は私の中に存在している。私は宇宙に無限に遍満する生命で、その生命である私が宇宙一切の万象万物を生かしている。我、生命なり。我、空なり。我、神なり」と。

フレーズはこの通りでなくても大丈夫ですからね^^ あくまでも、自分は人間だと思って瞑想をしても、何の意味もないということが言いたいだけです。無限の生命との一体感を得ることが瞑想の目的です。

世の中には色々な瞑想法が提唱されていますが、その形式にこだわるのは迷い人です。表面にとらわれ過ぎているからです。

何秒吸ってとか、蓮華座で座ってとか、手の位置はここでとか…。
どうでもいいことです。悟り人は歩いてても瞑想してますので(笑) 

神であるあなたが瞑想するから神が顕現するだけということを忘れないでくださいね。

スピ系の指導者も、自分のことを人間だと思ってます。そういう人からセッションを受けたりすると、そういうエネルギーがへばり付いて、あとで取るのが大変になります。これも、他力本願な自分が引き寄せてますので、自分の責任ではありますが。

天は自ら助くるものを助く。汝の救いは汝自身なり。
すべては自力本願ということです。

自分の意識を変えなさい!とよく言われます。意識とは想いです。
自分を人間だと思うその想いを変えなさいというのが、意識を変えるという意味です。

瞑想の初めに、ゆっくりと心の中で想いをめぐらせ、今、想ってるこの意識が本当の自分で、これが生命で、空で、神なんだと。肉体はただの表現媒体なんだと。そうすると、ふわっとした感覚になります。その感覚に浸ってたら良いのですね^^

感じてる最中は、日本語が走らないようにします。
これ、雑念と言いますが、別名「やかましいシンバル」とも言います。

雑念が出てきたら、「やかましいシンバル」と優しく想ってみてください。
静かになります。

そして、眉間に意識を集中させます。眉間に集中すると、精妙なバイブレーションが起こり、それが間脳・脳幹に伝わります。脳幹にスピリチュアル性が集まってますので、眉間に集中すると良いわけです。

シンバルがジャンジャン鳴らなくなった人は、時間を延ばしていけば良いですが、最初のうちは細切れ時間を活用して、何度もやった方が良いです。

理由は、自分を人間だと思う癖があるからです。朝に一度だけ瞑想をしても、日中は人間だと嘘を付きながらずっと過ごします。これだと意味がないのです。

瞑想は、自分を生命・空・神だと想う時間ですので、神の自覚ができるまでは、何度も何度も訂正する必要があるということです。

汝、嘘付くなかれ。

自分を人間だ、肉体だと思ってる人は、皆、嘘つきです。それをやめなさいと、遥か昔から、釈迦やイエスも言われたわけです^^

神としての自覚が出来るまでは、瞑想は欠かせない習慣の1つになります。自覚ができれば、歩いてても瞑想状態でいれますので、それまでは、何度も繰り返してみると良いですよ(o^-')b

最後までお読み頂いて、感謝しております。


追伸:
神の自覚は良いのですが、周りの人に言う必要はありませんからね^^ 精神科に連れていかれますので(笑)


悟空の郷様の素敵な記事へのリンクです♪
     





 明想は、私達が根源の世界に到達するための手段であり、目的地に辿り着くための地図、「黄金の梯子(はしご)」です。現象という結果の世界から根源という本質(愛の王国・内なる神の国)へつながる天国への梯子なのです。

 また明想は真理という海底にある永久不滅の美しい宝物を探るための手段であり、本来、それ自体は決して目的ではありません。海底の宝物を探すためには息を整え、海面から垂直に潜っていく事をはじめ様々な技術が必要です。

 そうした技術は指導者の元、訓練によって徐々に学習していかなければ身に付くものではありません。真理に至るためには難行苦行は必要ないとはいえ、明想によって「我、神なり」という境地、無限という根源に至るには経験や試行錯誤が必要な事も事実です。

 人はともすれば肉体の感覚に振り回されがちですが、そうした偽我の殻を打ち破り、曇った膜を剥がしていくことが必要で、明想は静かな環境の中で自然体で額に光を意識して次第に深く入っていく方法がふさわしいのです。

 弛緩(しかん)の中で集中という方法が明想の要諦(ようてい)といえます。明想を始める時に額に意識を集中させるのは一つには睡魔に勝つためです。

 明想を続けると副交感神経が優位になり、脳波が安定してきますが、日常生活においても「静心」の状態を保つ事で不安がなくなり、物事が円滑に回ってゆくのです。

 私は今でこそ短い時間で深い明想に入っていく事が出来、明想がある段階に達すると様々な能力を発揮出来るようになりますが、明想を始めたばかりの方、そして熟練途上にいる方は一定の境地になるまでには多少の時間がかかるものです。

 明想の果実として得られる境地は文字や言葉では表現出来ないものですが、神が命として全てのものの中に生きている事を心から悟るようになり、意識の拡張が進んでゆくのです。
 一人でも多くの方がその果実を得られる事を心から願っています。

 明想がより深い段階になりますと、目の前の現象の因果、すなわち原因と結果の関係性が瞬時に理解できるようになり、中には肉体意識が希薄になり、

「宇宙即我」「父なる神と一体」という悟りの境地に近づく方も出てくるようになります。
 そして、原因と結果の関係性を理解できるようになる事で、日常の身口意、つまり原因なるものをより正しい方向に整えていきやすくなるのです。

 明想の極地とは、明想の形をとることなく瞬時にして「我神なり」の境地に達し、その状態が持続する事であり、その時、神の技が滞(とどこお)りなく発揮できるようになるのです。

 明想は単に精神を集中することではなく、真理へと導く黄金の梯子(はしご)となり、さらには現実をも変えていく有力な手段となります。

 このような段階になりますと、明想そのものが真理へ到達する手段というレベルを超えて、自らや周囲への癒やしに繋がり、明想することで最高のカルマ(功徳・陰徳)を積み上げていくことになるのです。

 明想の目的は根源の世界との合一、融合ですが、本来は日常生活そのものも、そして明想と日々の生活の調和を図ろうとする事も広義の明想と言えるのです。

 この世は様々なレベルの方々が同じ次元で生きている場であり、日々生起する出来事にいかに冷静に対処出来るかが問われています。

 社会生活という荒い波動の中にあって。しっかりと根源に舵を下ろして生活する事が出来るかを日々試されていると言っても宜しいかと思います。

 何度か前の人生において既に覚醒に至っていた私ですが、今生に於いても長きに渡って人知れず努力を重ねた結果、現在に至っております。
 生来備わっている能力、境地にさらに磨きをかけ続けてゆく事は大切な事ではないでしょうか。

 私は自ら望んで努力もしてきましたが、一般的には災いと思われることも経験してきました。災いと思われる現象にも意味があり、全ては宇宙の仕組みの中で精妙にはたらいている事を知って頂きたいと思います。

 無限との合一はある意味厳しいものですが、心を尽くし、内なる神(宇宙生命・神我キリスト)との合一を目指して頂きたいと思います。

 たとえ今生で本質への到達、無限との合一に至れなかったとしても、宇宙の真理に近づく努力と成果は次の段階につながる代えがたい宝となる事は、覚醒に至った私の目からはっきりと見えるのです。


神癒の真言(マントラ)

 人はこの世に生を受け、時には悩み苦しみ、病を背負い立ち止まります。その時、ここに記された真言(マントラ)に触れることで悩み苦しみから脱し、癒やされるようにとの思いで綴(つづ)りました。
 多忙な方、急を要する方はこの節を繰り返しお読みくださり、癒やされてゆく事を願うものです。

 我 神なり。我 命なり。我 愛なり。我 光なり。


我 神なり。

 真理という名の絶対法則である神は全てのものの中に生き続けます。神我一体の境地の中で霊魂体の一致がなされれば、天の実相の光が降り注ぎ、その身は黄金に輝き、内なる神性が花開いて本質を顕現させるのです。

 その時、知恵の泉が開かれて、全てを天使の囁(ささや)きと聞けば、神が命として無限の力を携(たずさ)えて生きているのを悟るのです。

我 命なり

 命は久遠常在永遠不滅。宇宙で失われるものは何一つとしてなく、ただ変化しているのみ。可視と不可視は表裏一体(色即是空)。
見えないもの(宇宙に遍満する大霊・大生命)こそが命をまとった本質。

 一命一体、自他一体、全一体こそが不変の真理。無限の知恵、愛、光は内在する命そのものであり、全てを活かし、一瞬たりとも休まず、途切れる事はありません。命を養い、命を変えうるのは命自身、久遠の光に照らされて我神と共に歩む時、神こそ命と知るのです。

我 愛なり

 愛は命、そして力。愛は生かし、結び、支え、守り癒やすもの。愛する事は愛されるよりも尊く、真実の愛は見返りを求めません。
カルマは神の愛。人は縁により出会い、※その全てを赦し、愛すことによって焼き尽くされて灰になるのです。

創造主様からのメッセージ♪から一部引用ですが……♬


 一番大事なのは、愛の実践です。愛し合う事です。全てを許し合う事です
許して下さい。許し合えたらあなたは、許されるのです。あなたが許さなければ、あなたも許されません。

 まず、自分の罪を許して貰いたかったら、人々の罪を許しなさい。そしたら、自ずから、あなたの罪は許されます。あなたは、人の罪を裁きながら、あなたの罪だけを免れたいと思うのを止めなさい。

 あなたが人を裁かず、怒らず、謗らず、嫉妬をしなかったら、あなたは誰からも、怒りも、裁きも受けません。全ての人の罪を、許してあげなさい

そうすれば、あなたは全てから、許されます。私、神から許されます

 罪を犯す者を、愛しなさい。そうすれば、私もあなたを愛します。
 人を愛さない者は、私も愛しません。

神から愛されたいのなら、どうか、世の隣人、全ての者を、愛さなければなりません。その愛の実践が、真の信仰、神に至る道であるという事を知りなさい。

 
  自らを愛する事なくして全てを愛せず。久遠の愛の中にあって我愛なりと生きる時、そこには恐れも災いもなく、無限の至福の中、喜びが尽きる事はありません。

我 光なり。

 光に満ちた全一体の調和の中にいて人は病むことはありません。苦は幻と知れば苦は消え去るもの。
 現象は真我権限のためにあり、その中にこそ己を磨く宝があり、全ての責任は己自身にありと心に定め、身口意を正し、我神なりと命を輝かし、全てを愛し尽くした時、人は己の中に神を見、この世を照らす光となるのです。

 人は、無形無相では知りえない真理と調和を学ぶため、肉体をまとってこの世に生まれてきました。今を生きる事は永遠の中に生きる事、一瞬の閃光の中に悟りへの真理があります。
 
 病は苦から、苦は欲、無知、恐れから生じるもの。肉体船を操るのは心。行いも思いから生じ、心を正す事なくして何も変わらず。久遠常在永遠不滅の真理への気づきにより時空の扉が開かれて過去未来が変わり、病さえも消え去るのです。

 無限の根源に不可能はなく、思いは権限の母。正しき思いは無限に飛び立つ美しき天使となって自らを癒しに癒し、無限向上を目指してゆくのです。




 エドガー・ケイシーは常に惑星上に受肉(転生)した魂としての人間の存在が一つの目的を持つこと、その目的とは個々の魂と神との関係(全ては神ご自身・全ては一つ)を悟ることに集約される事を訴えています。

 ケイシーは、神の栄光は全創造物の中に現されている(全ての全ては神の現れ・神の他には何も存在しない)のだと繰り返し語っています。

 人間性の全体、体と心とが神の現れであるという明快な言い方を採るエドガー・ケイシーのリーディングを引用して、魂の論に結論を出してみましょう。

汝の体、汝の心、汝の魂が地上での神の現れであり、他のどの魂もそうであること、汝の体は現実に生ける神の宮なることを知れ。

 あなたの知る善の全て神の全ては、他人の考えること、他人の行うことではなく、あなた自身を通して、あなた自身の中に現されているのである」

イエス様の名言♪
「我は汝らに告げる。汝の隣人を愛せよ。の仇(かたき)を愛し、汝らを責める者の為に祈れ。これ天(内・潜在意識の最奥)にいます汝らの父(キリスト)の子とならんため(※神我キリストへの覚醒めの為)なり。

 人は異質の統一を見、不和の調和を見ます。自分とは違う人々との接触に神の光(大愛・宇宙生命・神)を観ます、その時にのみ「汝の隣人を愛せ」という戒めの真意を理解できるでしょう。



問「キリスト意識とは、心の上にかたどられ意志力による目覚めを持つ、魂と神との一体の自覚(無限・宇宙との一体感)と述べて宜しいでしょうか。」

答「その通りである。それが正しい考え方である。」

 
キリスト意識に覚醒めた)人は凡人には見えない、奥にある一体と本質と調和(宇宙生命・神我キリスト)を観ます。人はただ愛するのみになります

 キリスト意識に覚醒めると、(全ては神であり自分そのものですから)憎む事はできなくなり、羨(うらや)む事もなく、悩まされもせず、拒まれもせず、挫折も、恐怖も持つ事はありません。

 (悟り)人は自分自身の魂と万物を一つと観ているため、あらゆるものの中にキリスト(神我)を観ます。これが覚醒めであります。
 これがキリスト意識、クリシュナ意識、神意識であり、これが天国に招かれる真の改心なのです。

 愛という言葉ほど大きく誤解された言葉はないでしょう。この真意は、自分の中にも他人の中にもある愛の光(キリスト)を見つめる事にあります。

 聖なる愛(大愛・宇宙エネルギー)が神から来るように、愛は個人の魂から放たれます。人が明想を通して神にその魂を同調させる時に聖なる愛はあらゆる憎しみや嫉妬に打ち勝つ力と共に、流れ出てきます

 「汝の敵を愛せ」という言葉には何ら論理的な矛盾も心理的なパラドックスもありません。愛なる語(全ては一つの悟り)が強められれば、敵は自動的に敵は無くなるからです。

ケイシー・リーディングから……♬
己の生命とは、すなわち神である。何となれば、汝の兄弟に為したるその事は汝の内にまします神に為したればなり。
貴方の兄弟のためにする事はあなたの内に内在する神にする事です

隣人との接しを通じての神の愛は終日の作業です。我々は神がどのような形で自らを示されるかを知る由(よし)もありません。(全ては神の具現)

 それはタクシーの運転手かもしれず、店員かも、学生かも、今日しかも、患者、医者かもしれません。
 だからこそ、我々は荒い言葉、怒った顔を慎み、非難を愛に変えて常に、あらゆる人との接触で(全ての全てであられる)神を崇めるのです。

 求道者がこの段階に至ってなければ、聖なる愛を自ら実践することによって明想(全てに神を観る・我神なりの自覚)を続けなければなりません。

 神への、我らが家(久遠のホーム)への、本源への、我らがの目標(神我顕現・神との合一)への探求は、こうして全的な働きとなります。

 エドガーケイシーは、宗教生活についてそのもっとも美しい表現の中で、この事を次のように語っています。

あなたがたは心を尽くし、思いを尽くし、体を尽くして汝のなる(大生命・内在の神)を愛し、隣人を汝の如く愛するのである。このキリストの与えた言葉が法則の全てである。それに優るものは存在しない

 主が約束されたように、あなた方は来る日も来る日も明想し、祈りゆくうちに到来するあの目覚めによって、主(宇宙生命)が自分の意識の中に留まられる事を知る事が出来る神我が中にまします・父と子は常に一体)。

 あなた方はこの目的のために、主が臨在し、その御霊(キリスト)があなた方の中に留まるあの意識をあの自覚を讃えるために生まれてきたのである。」


上江洲義秀先生・至高の名言    上江洲義秀先生の記事♪   
 
 全ての全てのあってあるものの中に、神が我として実在している事を(理解して実感して、全てに神を観る状態を)「悟り」といいます。

 目に映し見ている、すべてのすべてのあってあるもののに「愛を見」「愛を感じ」「愛そのもの」で対処できる己であって、そこに悟りがあること。


瞑想とは何か           
瞑想の意味は神秘に達すること    知花敏彦師の記事♪

 瞑想に興味を持っている人や実際瞑想をしている人は多いのですが、果たして瞑想って何なのでしょうか。また、何のために瞑想するのでしょうか。

 瞑想の意味を知らなければ、瞑想にはなりません。ただ目をつむっていればよいというものでもありません。

 瞑想しないで神の国、すなわち神我到達は出来ないと言われています。
 イエス様もパプテスマのヨハネも十年間、インドに渡って瞑想をしました。瞑想の達人になって神我到達の域に入ったのです。

 みなさんに「どういう瞑想をしますか?」と尋ねましたら、「自己を見つめる瞑想をしています」と答える人が多いようですが、確かに自己を見つめるのも一つの方法ですが、神我を見つめるのが本当の瞑想です。

 自分を自分と思い込んで瞑想するのならば、それは自我の瞑想であって、本来の瞑想ではありません。神我という、大霊との一体感を本当の瞑想というのです。
 自己の本性を見つめることは無限で普遍的な大宇宙と一体化することです。


深い瞑想状態に入った時、色即是空、空即是色が理解できる

 私達は今まで外側の姿、形の外観、つまり表面を見つめてきました。その肉の目と耳を閉ざして大霊(神・神我・大生命)へと心を集中する、これを瞑想状態といいます。

 今まで自分たちが考えている肉体という外念は存在しません。肉体という物質は存在しないのです。肉体は霊体であるといえます。

 「色即是空・空即是色」
 これは般若心経の言葉です。見えるものは見えないものであり、見えないものは見えるものであると、その見えないものと見えるものは同一であるという意味です。

 話を聞いたり、考えるだけでは何の意味もありません。話そのものや考えることは神理ではないからです。文字そのものは神理ではありません。

 ですから、いくら話を聞いてもいくら本を読んでも、瞑想を実践しなければ真の自己を実感することは出来ません。

 瞑想中は、大霊(神我・大生命)以外の事を見てもいけないし、思ってもいけません。大霊そのものへの一心集中を行います

ところが、一般にまかり通っている瞑想は、光が見えた、霊の次元から姿が見えた。景色が見えたといった状態を瞑想といっています。

 真実(根源・無限・内在する真我・裡なる神)との一体感、実在との一体感の我に帰ることが大切で、これを図ることが本当の瞑想です。


瞑想は教えてもらうものではなく、自分で実感するもの
 
 皆さんの中には、瞑想を教えて下さいという人がいます。ですが、瞑想はそう簡単に教えられるものではありません。自分自身で実感するしかないのです。

 聖者の方たちには「完全沈黙」をしています。完全沈黙というのは五感の沈黙、自我のない状態をいい、この世のものを全然感じなくなります。この完全に自我意識から開放された状態を完全沈黙といいます。

 私達の肉体は存在していないのですが、私達自身は肉体を感じています。肉体は霊体です。霊が肉という姿・形をしているだけであって、姿・形の実体は全て大霊といえます。


神の臨在感とは

 「無我の境地」というのは、何のないという意味ではありません。
 自我がないことです。
「神(遍満する大霊・大生命)あるのみ」という境地です。
 
 今まで私達は自己中心的な、自我の自分を感じていましたが、そのような自我がない状態を「無我の境地」というのです。そこには普遍的な自己、宇宙的な自分があります。
 自分が全宇宙そのものであり宇宙霊そのものである。宇宙意識そのものであるという状態に意識を統一することです

「汝の見るもの全てを受け継がん」
 つまり、大きいものを見れば大きい物を受け継ぎ、小さいものを見れば小さいものを受け継ぐことになります。

「想念は実現の母」 と言われています。自分を人間と思っているのか、大霊と思っているかで。自分自身が決まります。

 寝ても覚めても四六時中、神を思い、自分が神であり、大霊であり、大生命である、との思いが大切です。
 これを思い続けることを「連続的祈り」といいます。祈りは神との一体感です。即ち「神の臨在感」です。


瞑想こそが宇宙神のバイブレーションに合わす唯一の方法

 皆さん方が神と一体化した時、神の心臓と自分の心臓が一体となって鼓動するのです。

 神への到達というのは神そのものに成りきることです。世の中では「神になる」といえば特別な意味に捉えられますが、特別なものではありません。

 自己実現というのは、大霊、神我が自分自身だと自覚できる状態を把握することです。生命の把握を「自覚」ともいいます。あるいはまた「実感」ともいいます。
 
汝の意識するとき、汝はそこに居るのである」 という名言があります。
 外側を意識すれば、外側に留め置かれます。内側を意識すれば内側に留め置かれるのです。

 世の中で瞑想している人は沢山います。ところが瞑想が何であるかをはっきり理解できている人は案外少ないのです。瞑想が何であるかわからないのに瞑想することは出来ません。


瞑想は神への一心集中である

 瞑想とは皆さんが「こういうものか」と自分で見出すものであり、人から習って出来るものではないのです。

 皆さんの中には、瞑想中に色々考え事をする人がいます。考え事は全て雑念です。完全な深い瞑想状態というのは、この世的なものが1点の意識もない、大霊そのものに溶けこむようにして、大霊そのものになる。融合するという一体感です。
 
 それができるようになるまで、皆さん方は瞑想していかなければなりません。ただ何回か繰り返しているうちに、無意識のうちに軽く目をつむった瞬間、大霊を自覚できるようになります。

 「神理が神理を啓示する」という言葉があります。私達が神理へ一心集中をすればするほど、「天啓」というインスピレーションを受けることが出来ます。

 私達が、普段なぜ「天啓」というインスピレーションが受け取れないかといいますと、自分の意識が非常に低い状態だからです。低い意識状態というのは、外側を意識した状態のことをいいます。内側を見つめている時には高い意識状態といえます。


密教では、「欲望」「感情」「意思」を経て「覚者」に達する段階がある

 密教学では、イニシエーションという言葉を使います。第一イニシエーション、第二イニシエーション、第三イニシエーション、第四からは覚者といいます。

 イエスキリストがこの世で十字架にかけられた時は、第三イニシエーションだったのです。十字架にかかって、肉を十字架にかけられることによって、第四イニシエーションという覚者になり、第四が終わるとすぐに第五という位を授けられたのです。今は第七です。

 第一イニシエーションというのは、まず肉の欲望です。食欲、物欲です。美味しい物を食べたい、良い洋服を着たい、豪華な家に住みたい、豪華な車を乗り回したい、そういう欲望を克服した状態を、第一といいます。
 
 そして、それを欲しがっている間は、肉が強力に働いています。ご飯を出されても、美味しい物が出ないと「これが食えるか」という意識です。意識の高い者が「これが食えるか」とは言いません。
 食べ物への文句、それは一番、低い状態です。
 
 肉の自我がうんと働いている状態です。食べ物を文句無しに食べる、ありがたく感謝して食べる。美味しいとかまずいということは、無関係です。それが克服できますと、第一段階のイニシエーションです。

 第二イニシエーションというのは何かといいますと、感情のコントロールです。感情が出ない、何か人から言われて、かっかとして鬼みたいになる人や、すぐにかっと思う人など・・・・・。

 これは感情のコントロールが出来ていないのです。すぐ怒ったり憎む。そのような嫉妬深いというような感情はコントロールできなければなりません。

 それらは瞑想を通して全部が克服出来ます。食べ物の欲望が無くなります。人を許せるようになります

第三イニシエーションとは何かといいますと、意思のコントロールです。意思とは何でしょうか。これは想念のことをいいます。想念のコントロールのことです。意思の力をいうのは想念の力です。
 
 今まで悪想念だったのが、常に良い思いを持つような意思になります。皆さん方は自由意思を持っていますから、悪いことも出来、悪想念も持つことが出来ますし、また正しい想念を持つことも出来ます。

 欲望、感情、意思の3つが克服されるために、私達はぜひとも努力しなければなりません。すぐに妬みっぽい、怒りっぽいというようでは、まだまだ感情のコントロールが出来ていません。
 

気が高いとは、バイブレーションが高いことで、意識の高揚を意味している

 瞑想しないで、皆さん方のバイブレーションを上げることが出来ません。意識の高揚こそがバイブレーションです。意識は自我意識にいながら、バイブレーションの高い人がいるでしょうか。瞑想を通してのみ、バイブレーションを上げることが出来ます。

 意識の上がった状態を、バイブレーションの高い状態といい、意識の低い状態を、バイブレーションが低い状態と言います。

 バイブレーションの高低があるから、低周波数と高周波数があるわけです。バイブレーションの高い人というのは、どういうことなのでしょうか。
常に自分が大霊(神我キリスト・大愛)との一体感を感じていきますと、いつも皆さん方は、高我の自分、神我の自分、高い次元に自分を留め置いていることになります。

 我々が大霊との一体感を感じている時に、初めて私達は神のバイブレーションまで高めることが出来ます。神を意識している時は、神のバイブレーションです。肉体を意識しているときは、低我の、低次元のバイブレーション状態です。

 バイブレーションが上がった方のことを、どのようにいうかといいますと、気高い人といいます。

 バイブレーションの低い状態を気落ちをいいます。バイブレーションが高い状態というのは、エネルギーが高い状態であり、自我意識はエネルギーが低い状態です。


エネルギーが低い人が病気になる

 低次元意識で生きる限りはエネルギーが低いのですから、私達は病気になります。
 しかし、覚者の方々は病気にはなりません。なぜかといいますと、エネルギーを高めておりますので、病気にはならないのです。意識の低い人が病気になるのです。

 神我は、罪を知らず、病を知らず、死を知らずといい、我々は神我に到達しないかぎり、罪と病と死は無くなりません。肉体の破壊があるだけです。


白色同胞団 ホワイトイーグルの意味と、七という聖数の意味

 イエス・キリストの肉体は、十字架以後は完全な変成を遂げられていたわけです。その時に、オリーブの山の上に立っておられましたが、目の眩まんばかりの白光に輝いたのでした。

 真っ白姿で、雪のように輝いて見えます。白色同胞団といいまして、ホワイトイーグルともいいます。その神我は白光の世界です。皆さん方は、白い色といいますと、何を思うでしょうか。

 白色とは七つの色をミックスすると、白光になります。七色の虹の七つのチャクラの生命線が一つになった時には、白光として輝きます。

それをエルランティといいますが、全部含めてエルランティ(※高橋信次師と、普通は名づけているところもあります。

 あるいは七つの天門とか、七つの霊的中枢とか、あるいは七つの教会とも言われています。それが一つになった時、白色となります。

 自分は大霊であることが、はっきりと実感できるまで瞑想をして頂きたいと思います。たくさんの話を聞いたり本を呼んだりすることよりも、少しでも時間が有りましたならば、大霊との一体感の方が大切であります。

 皆さん方の瞑想状態を見せて頂きますと、到達されている方とされていない方とは、相当の格差があります。 
 到達している方からは、相当の光が出ています。

 今から何ヶ月前までは、大勢の大衆の中からようやく一人か二人、白色に輝く者がおりました。この頃は大半の人が、瞑想している時に輝いております。

 瞑想している時にあれやこれやと物事を考えながら目をつむっている人がいます。明日はどういう仕事をしようか。どうしようかと考えながら目をつむっている人、これは自我瞑想ですから、そのような人からは光が放つことはありません。

 それは目をつむって三次元的な事を考えているわけですから、神への到達ではありません。ですから瞑想でもありません。
 瞑想とは、神そのものに成りきる。大霊そのものに成り切るということです。


瞑想が如何に大切であるか、またどうすれば瞑想できるのだろうか

 瞑想しないで、神が探せるでしょうか。瞑想しないで、神の扉が開かれるでしょうか。もし瞑想なんか不要、という方がおりましたならば、その方は地獄が好きな方なようです。

 今はアクエリアスの時代、水瓶座の時代と言われています。この時代は、非常に大切な、霊的にも求めやすい時です。霊的な道案内人の現れるときでもあります。またこの時代は最後の振るい分けともいいます。最後の審判ともいいます。

 そして熟した魂と未熟な魂の収穫時にあたります。熟した者は天の蔵に納められ、未熟なものは再生されます。即ち、輪廻を繰り返すことになります。

 「時が来たら、あなた方は天の蔵に納められるであろう」という言葉があります。その時が今のこの時代です。

 皆さん方は今生で成し遂げられなかったとすると、また何万年この世をさまようか、再生されるまで、次のお迎えが来るまで、収穫時が来るまで皆さん方は何回もこの地上界をさまようことになります。

 それは聖者も予言されています。
 最初から瞑想が出来た人はいません。みんな瞑想の素人であったわけです。瞑想していると、いろんな雑音が浮かびます。

 今日は何をしようか、あれをしようか。夕飯は何を食べようか、今日の夕飯はまずかったとか、お酒でも飲もうかとか、何をしようか、遊びに行こうか、そんなことを考えます。

 そういう雑念は放っておいていいのです。いつの間にか瞑想しているうちに、雑念は減っていくものです。
 神の道は細く長いのです。「選ばれた者は多いけれども、招かれた者は少ない」という言葉があります。

 この意味は、本当に招かれるもの、神の国へ入れるものは数少ないという意味です。皆さん方は瞑想を通じて、色んな答えを出して頂きたいと思います。


瞑想とは四六時中、神を思うことである

「神にて語らせよ」という言葉があります。神にて語らせよ、という意味は、生命より語る、霊より語るということです。

 生命より語るためには、霊的な自覚、生命の自覚はなさねばならないということです。あなたは霊的自覚、生命の自覚がなくても、あなたを通して神が語っていることになります。
 
 ところで神は神棚をとおして語るのか、霊媒を通して語るのか、あなたを通して語るのか、どちらでしょうか。あなたを通して語るのです。

 四六時中神を思うというのは、どういう意味だと思いますか、あなたは四六時中大霊そのものであり、大生命そのものであるという思いが、四六時中神を思うということです。

 四六時中皆さん方は自分が、人間だ、肉体だと思っているのか、自分は四六時中その遍満する大霊そのものであり、大生命だとおもうのが瞑想です。

 瞑想とは何かと言われたならば、神を意識することです。神を思うことです。自分は人間だと思っている時は、瞑想状態ではありません。

 生命はいまだかつて、一度も争ったことはありません。生命はいまだかつて罪を犯したことがありません。汚れたこともありません。

 イエス様は偉大な言葉を残しています。
一番大事なものを人に与えなさい」という言葉です。

 その一番大事なものは何かといいますと、
命」です。その命とは、真理のことです。


(※必読♪瞑想の重要な注意点)
☆瞑想は絶対に現象を求めてはならない☆

瞑想が非常に危険であるという事は、
ややもすると、
幽界にチャンネルを合わすから危険だという事です。

ですから、
瞑想中に憑依霊を受けたり、
異常が起こったりするわけです。
その時、気が狂ってしまったりするわけです。
身体の調子が非常におかしくなったりするわけです。

瞑想が危険だという事は、
まず、現象(幻)を求めてしまうのです。
この物質界も現象界であり、
幽界も現象界ですから、
「実在」を求めなければならないのに、
瞑想中に、全て、現象だけを求めている人がいるのです。

なにか見えないかな・・・・・。
何か奇跡が起こらないかな・・・・・。
というものは、
どこに意識を向けていると思いますか。

それは、幽界に意識を向けていますから、
そのような間違った瞑想を多くやって、
気違いになった人は一杯いるという事です。


悟りを加速させる感動の記事はいかがでしょ
このお話が、知花敏彦さんの教えで一番大好きです


 「神理とは何か」といえば、愛そのもののことであり、調和そのものの事です。愛そのものに生きている者、調和そのものに生きている者は、神に生きている者です。肉を持ちながらにして、天の住者です。
 
 あなた方が不調和であるかぎり、神理を知っていませんし、神を知っていません。神を知っている者に、不調和があり得ると思いますか。神を知らないから、不調和なのです。

 (神は愛である)と、どこのキリスト教でも看板は掲げていますが、その愛がどこに存在して、どのようにして働いているかということを知らないのです。

 ただ、空想的な、妄想的な夢物語で、「神は愛だ」と、言っているだけではありませんか。あなた方が愛をよく理解して、それこそ、神を、父を知った者、己を知った者となって頂きたいのです。

 その愛の、有り難みを知っている者のみが、自分のものとするでしょう。
 愛を知らぬ者は、神を知りません。

 愛そのものを知っている者が、神を知っているのです
 だから皆さん方は、今後は愛そのものとなり、調和そのものとなって、日々の生活をして頂きたいのです。

「何を見ても愛なんだ」と。「愛の他には何もないのだ」と。
「愛なくして物は存在しないのだ」と。「神なくして何も存在しないのだ」と。

 「なるほど!神こそが全ての父なんだ。全ての本源なんだ」
 「神を宿さぬ物は何もない。鉱物、植物、動物、全ては愛なんだ」

 「その霊と水との、父と母との愛がなければ物は存在しないのだ」と、そういうあなたになって頂きたいのです。
 父なる神様、母なる神様、ありがとう」と感謝できるあなた方になって頂きたいのです。
 
 神は一切の生みの親です。神なくして物は存在しない、生まれてこない、神は一切の生みの親なのです。

 「神こそが我々の父」と、はっきり断言、言明できるのではありませんか。全ての父です。すべての親です。そのものなのです。

 「神棚の中に神がおるのだ」「はるか天の彼方に神がおるのだ」というように、今まで聞かされていた神と、今、ここで言う神と、どちらが本物の神だと感じられるでしょうか。

 あなた方は、神そのものではありませんか。愛そのものではありませんか。あなたの全身に愛が満ち満ちていなければ、あなたはここに、今、生存しているでしょうか。

 今こそ、あなた方は全身に愛を感じてください。
 その愛に、区切りも、分離も、別離も、何もありません。
 全宇宙に遍満する、大愛あるのみです
 その大愛こそが、全ての父ではありませんか。

 「皆さんは大愛の中に留まり、大愛は皆さんの中に留まっております
 そのことを、よくよく自分に、心して、言い聞かせてください。

 それこそが、皆さんが知らねばならない「真の神」なのです
 その神を知らないでは。何も始まらないのです。

 私達は愛に生かされて、愛に生きていながら、いかに愛というものが、自分とかけ離れた存在であったかと気付かされます。この知花が、いかにあなた方を愛しているか。

 また、あなた方が、いかにこの知花を愛しているか、よく分かります。
 お互いが、愛そのものであるということなのです。

 私達の本性、鉱物、植物、人間、全ての万象万物の本性は愛です。
 全ての実態は愛です。調和です。


 鉱物も愛なくしては存在しない。

 植物も愛なくしては存在しない。

 動物も愛なくしては存在しない。

 人間も愛なくしては存在しない。


 愛の具現です。愛の象徴です。
 今こそ、皆さん方が、全てが愛だと、全てが神だという理解が出来ると思います。

 神の愛は、至る所にまします。空間というものはありません。
 永遠であると、無限であると、永遠なる愛の中に、無限なる愛の中に私たちは存在し、愛そのものの中で存在しているのではありませんか。

 それが、永遠なる自己、久遠なる自己、そのものをはっきり理解できるまで、自分の心に言い聞かせてください。
 それが、あなたのハートに定着するまで、着座するまで、これを自分に言い聞かせて頂きたいのです。

 これを知らないでは、何も始まらないのです。本源に返ることはないのです。だから「霊と水に生まれ変わらなければ、神を観たるにあらず」と、聖書にも示されているのです。

 この私の元を離れていく人のことを、私は如何に愛しているか。
 離れていけば何もわからなくなる「もったいない」と、皆さん方ならおわかりだと思います。

 なぜならば、彼らも私自身であるからです。あなた方自身でもあるからです。全てです。平等です。無差別です。無差別の愛というものが、今ならお分かり頂けると思います。

 今まで、あなた方の愛だと考えていたものが、いかに不純な愛であったか。愛というものをいかに理解していなかったか、ということがお分かりだと思います。

 「これは愛なんだ」とか、「これは愛ではないのだ」とか、そんなものがあるのでしょうか。「愛一元」です。愛そのものです。

 そこに、憎しみが入り込む余地がありますか。愛の中には、いかなる憎しみも、いかなる怒りも、入り込む余地がありません。

 どうですか。
 「どこを観ても、何を見ても愛なんだ。神なんだ。調和なんだ
 「それなくして、何も存在しない」
 動物を見ても「ああ、愛の現れなんだな、神の現れなんだな
 お花を見ても「霊と水との愛と調和の現れなんだな」

 子供を見ると「神の現れなんだな、愛そのものなんだな、愛がその子に無ければその子は存在しないんだな」ということが見られませんか。
 もう見られるはずだと思います。

 あなたが空気を吸っても、空気そのものは、愛そのものなのです。

 見えるもの、見えないもの、全てが愛です。

 水蒸気も、そして、形を取って地の水となっていても、全て愛なのです。

 今なら、「愛一元の世界」「調和一元の世界」「神一元の世界」ということが、お分かりいただけるでしょう。
 
 「これが神だ」「あれが神だ」という、戯言(たわごと)の時代はもう過ぎました。これでもう、皆さん方は「これが神だ、あれが神だ」ということは、一言も言わないと思います。

 この世の中に、神理でないものが一つだってあるでしょうか。
 全ては神理、全ては愛です

 神理の中に、神理でないものがあるはずがありません。
 大宇宙そのものが、大神理そのものであるからです
 
 大宇宙そのものが、大愛であるからです。
 大宇宙は、霊と水によって、愛され調和されて存在します。

 皆さん方は、今、即、大愛の中におり、大愛はあなたの中にまします。
 「我は神の中におり、神は我が中にまします
 その大愛を観じてください。

 この愛をあなたに訴えたくて、数々の言葉の中で、どう言ったら分かってくれるか、こういったら分かってくれるかと考えていました。
 
 皆さん方が、いかにその愛に目覚めてほしいかという一心なのです。
 しかし、皆さん方は、それを中々理解してくれないのです。

 この無知は、二千年前と今も変わりなく続いています。
 私は、二千年の間に確実に人間が進歩しているという確信を持ってこの世に参った者です。(※知花敏彦師はイエス様の予言を成就するため、宇宙神理を伝えるために天上界から派遣された地球最高の大覚者の方です
 
 一日も早く真の自己に目覚めて、神我の自分は愛そのもの、調和そのもの、普遍そのもの、無限そのもの、久遠そのもの、大宇宙そのもの、大愛そのものであるという、その本質のゴールに達して頂きたいのです。


「神の一人子神我キリスト」とは何か

 悟りの最重要キーワードとして、「神の一人子・神我キリスト」という言葉がございます。精神世界の追求者のお方でしたら、「神我」とか「神我キリスト」という言葉についてご存知だと思いますが、実際の意味合いを深く理解されているかと言いますならば、そこまでの方は多くないと思われます。

 地球最高の覚者であられる、知花敏彦先生から学びました宇宙神理を一人でも理解できますよう、細かく噛み砕いて易しくご説明させて頂きたいと存じます。

 すべての表現には、神の細胞である「コスモ細胞・宇宙細胞・原子キリスト・原始細胞」が内蔵されております。この神の細胞が、ヒマラヤ聖者の生活でも有名な「神我」と言われている存在でありまして、この神の細胞は宇宙創造主のお創りになられた全ての全てに宿っているのですね。
 
 ちなみに、「自我」は本来存在しないものですので、「偽我」といわれております。神の一人子は「神我」でありまして「自我」ではないそうです。

 続いて、「神の一人子」で何故「一人」というのかについて申し上げますと、宇宙創造神はお一方であられますので、原因は一つ、親はお一人ということですから、親である神は「お一方」であられるということになります。

 ということは子供である、この世界の見えるもの、見えないもの、ありとあらゆるもの、草花、岩、動物、人間様々、色々な島宇宙、等々も含めて全てが、神の表現であり、全ての原因者であられる、大神様(大霊・宇宙霊・御霊神霊)の大愛の現れですから、全ては「神の実の子」と言えるわけであります。実の子は「お一人」ですから、神の一人子となるわけですね。

 親は一人、子は一人、父と子は一体、原因と結果は一体、全一体が真理、大いなる一しか存在しない、ということは、神我と自我は一体、原因も結果も全てが神、つまり目に見えるもの見えないもの全てが「神・大霊」であり、自分が神そのものであるという「大霊との一体感」が、いわゆる悟りを開くのに大切な宇宙神理なので御座います。

 この全てが神に見える目が「1つ目」に目覚めた状態、いわゆる第三の目に目覚めた状態ともいうそうで御座います。この「全てに神を観る状態」が内観・億念をしている状態ともいわれております。

 この「神我キリスト」は世間一般でいう所の、「深層意識」や「神意識」「全一の意識」と呼ばれているものでも表現されております。

 全ての知恵や英知・力は、大生命であられる宇宙創造神から来ているものでありまして、外側から見れば分離や別々のものと感じるのですが、内側(神我キリスト)から見れば、全ては神でありまして、普遍、無限、遍満する大霊あるのみということなるわけで御座います。
  
 「全ての原因=神・大霊=父・親・表現者」
 「全ての結果=子・表現体・肉体」となります。

 表現は多々様々ではありますが、原因も結果も含めて、色心不二・色即是空、つまり全てが神の現れでありまして、全ては神一様・神のみが独存するのが宇宙神理であり、神の表現を内(神我)から見れば「全ては一つ」でありますので、神我キリストは「神の一人子」といえるのでありますね。

 宇宙には一つの心・神の御心しか存在しませんので、表現も結果も「神我キリスト・宇宙神」の御心の中の表現ですから、宇宙世界は神の御神体・一つの生命体ということになりまして、全ては同一の根源から生まれた・表現された存在でありますから、全ては一つということになり、その表現の根源の全てが「神の一人子・神我キリスト」と称されているので御座います。
 
 全ては宇宙創造神の中に存在しており、見えるもの見えないもの表現の全ての中に、宇宙創造神であられる「神我キリスト」が内在して宿っていらっしゃるわけで御座いますね。


自我・偽我 =表現者、原因である父なる神を忘れている状態(放蕩息子の状態)神理を知らない状態・自分の力で生きていると思って迷っている状態、肉体の己を自分と思っている我、分離感・分離意識で個別化された表現を別個の存在と認識している我・肉の感化、五感の感化を真実と錯覚している我・迷いの影、幻、幻想(マイヤー)・自己保存、自我我欲の心


真の自己(真我)=父なる神と常に一体の境地・全一の意識・神我キリスト、全ては自分、全ては我、全ては神、全てを愛する我に目覚めた状態・神我キリストによって生かされている事を自覚して実感している我・私が生きているのではない、なるほど一つの生命である神が生きていらっしゃる、中身は全て神、全ての知恵と力は神から与えられている、神の中身は神、全ての全ては本質的には神、神のみが生きてらっしゃるんだなと悟った我・神一元・愛一元・光一・我神なり、神は生命(霊)なり、我も生命(霊)なりの自覚・宇宙即我、我即大霊の境地、キリスト意識・高我・実在・全てを愛し全てを許す境地・慈悲と愛・あなた即私・私即あなた・宇宙エネルギー即自分・無限即我・我即実在・不変不動の絶対なる実在・普遍なる宇宙・無限者・宇宙神


神我とは、自分が神の御心の結果・愛の具現であることを悟った我、神の愛を顕現するためだけに自分が存在していると悟った我、だともいえますね♪

 とりあえずこんなご説明でしたが、神我キリストのご説明につきまして、お判りになって頂けましたでしょうか。皆様のハートの奥底に神理の理解がストンと落ちて、魂の覚醒が進みます事を心からご祈念申し上げます。


愛は天と地の架け橋  この愛の理解と体得が神様と繋がる鍵♪

神(天)……全てを活かす愛・慈悲と愛・すべての形態を形作る力・意識を与えて下さった魂の根源・真の親・すべてを活かし育む力、縁の下の力持ちで全てを愛し慈しむ無償の愛・無限の愛・すべてに意識を与えて下さった天の父であり天の母である中性エネルギー・真の親・愛を表現する為に…無限の創造をなさっている慈悲と愛そのもの

神の表現体(地)……神が神を愛する為に生まれた存在・神の化身・愛の化身・神の表現体・神の中に創造された神・個別化した神としての自覚に覚醒めた我・滅私して神の道具意識を自覚している我・自分が神ご自身だと悟った我・愛を表現する為に生まれた事を自覚している我、全てを100%の愛で愛する我、自分と全てが神以外の何者でもない事を自覚している我

FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪

アトランティス末期の人類救出秘話♪アトランティス文明の精神文明のリーダーは、日本へUFOにより連れてこられた♪アトランティス文字が多く遺ったのは日本♪知花敏彦先生の「想念波動」からの重要部分抜粋♪島宇宙(銀河系)が91個あるお話♪新約聖書の放蕩息子のたとえ話の真理の解釈♪惑星リュラに住んでいる宇宙人リュラとの出会い秘話♪古代アトランティスの叡智 愛する人を癒せるハミングボールをご紹介♪アトランティス末期と ニコラ・テスラとの関係秘話♪アトランティス文明に関する諸説年表♪宇宙の法則「いかなる偶然も存在しない」♪アトランティス文明☆総まとめ記事♪



アトランティス末期の人類救出秘話

 今回は、皆様が興味津々丸なアトランティス文明のUFO救出劇の裏舞台秘話をご紹介させて頂きます。

 アミ小さな宇宙人では、波動が高い人(愛の度数700以上)だけ選別して救出したという記述だったかと記憶しておりますが、実際は少し実情が違ったみたいですね。

 その辺りはリアルに描写しちゃうと、妙に生々しくなって、子供向けのお話としては使えないエピソードになってしまう関係で、選別したという描写に変更したのかなぁ…という気が致しました。まぁ嘘も方便ともいいますし♪

 何れにせよ、天上界のリーダー知花敏彦師が、アトランティス末期のUFO救出劇の真実を教えて下さって、人類の謎が又一つ解けましたね。

 人類の謎は解けた!知花先生の名にかけて!キリッといった感じでしょうか(笑) みんな大好き知花俊彦師の偉大さに乾杯♪

 今回ご著書を引用させて頂いた、知花敏彦先生の宇宙科学を元にした宇宙パワーグッズを開発・販売されている重川風天先生の「パワーコードあいせん」をご紹介させて頂きます。

 パワーコードあいせんはコンセントに付けた瞬間、電気の質が爽やかな風の様に高次元な電気に変わったのがよく分かりました。お値段もお手頃ですし、電磁波対策にはもってこいのベストチョイスな本物商品だと感じました。

 お蔭様で、波動に対して超鋭敏で繊細な感覚を持つ・ベジタリアン・波動ソムリエの私もこっそり・ひっそりとお勧めさせて頂きます(笑)

重川風天|風大和研究所

商品紹介|パワーコードあいせん で検索して下さい♪


この世の錯覚とカルマの解消法  からの引用ですが……♪

アトランティス末期のUFO救出劇
太陽系惑星からUFOの連合隊がやってきた


 地球以外の太陽系の惑星は、それぞれ地球よりもはるかに高度な物質文明や精神文明を体験していて、どの星もUFOのような乗り物を持っているのだそうです。周波数が違うので、私達の肉眼では、まず見えません。

 大昔、その惑星連合が、大量の数のUFO連隊を地球に送って来て、天変地異の起こる直前、地球にある種のバイブレーションを放射して、みんなを宙に浮かせて救い上げ、UFOの中に引き上げたそうです。

 しかし、あまりにも人類の意識が低かったので、UFOの中のバイブレーションと合わないため、殆どの人がUFOの中で死んでしまったそうです。

 余談になりますが、今から五十年ほど前、UFOにさらわれたと云う体験者が多くいたそうです。

 それは、各惑星から火星人や金星人、土星人などがUFOでやって来て、人間をUFOの中に連れ込んで、地球人のバイブレーションを調べる為だったそうなのです。

 それは今から17年前の、ノストラダムスが予言した、1999年第7番目の月に天変地異が起こる可能性があったので、救い上げる準備のためだったそうです。

 火星人だけが、気が荒いために、人間のバイブレーションの調査をしている時に、死なせてしまう事があったそうです。
 知花先生は、他の星人はいいけど、火星人には気を付けなさいと、笑いながら言った事がありました。

 2万6千年前の話に戻しますが、UFOの中に引き上げられた、殆どの人が死んでしまいました。しかし、ごく一部の意識の高い人が生き残り、
 UFOの母船に集められ、地球が落ち着いて人が住めるようになってから、地球に降ろしたのだそうです。

 降ろされた場所は三ヶ所で、自然を神として生きている個性の人は北海道へ、その人達がアイヌ人としての人々です。

 アイヌ人とは人と云う意味で、地球人ということのようです。母船の中で他の星の人達がアイヌ(人間)と分けていた名残(なごり)かもしれませんね。

 又、霊能力に優(すぐ)れ、霊能力を神として生きる個性の人達は、琉球へ。慈悲心、知恵を大切にする個性の人達は今の北朝鮮の白頭山(ペクトサン)の頂上辺りに降ろされたようです。

 その人達から、今の文明が始まりました。その3つの個性が一つになり大和民族が出来、世界に広がって行ったようです。(竹内文献等々)

 この度の世紀末は、ノストラダムスの予言通りにはならなかったのですが、天上界から知花先生らが地球の指導者として現れた事もあり、地球は分解せず、物質文明も崩壊せずに水瓶座の時代に入る事が出来たのです。

 それは今の科学が、ある程度発達しつつ、統合、調和の時代に入ったことにより、多くの人々の意識が上がってきているのだと思います。


ノアの箱舟とはUFOだった 
ノアの洪水と方舟伝説は本当にあったこと  

 地球には一黄道帯のサイクルがあり、歳差運動とも呼ばれている2万6千年毎のサイクルがあります。地軸が傾いており、2万6千年間で一回転して地軸が同じ所を指すように円運動を行っているのです。

 このサイクルで、地軸が銀河系の12の星座を順番に指し、人類は各々(おのおの)の星座のエネルギーの影響を受けてしまうのです。

 うお座のエネルギーは対立、闘争ですから、人々は競い合って物質文明を発達させます。自分中心主義ですから、物欲、金銭欲のために地球の自然環境を破壊してしまいます。

 魚座(うおざ)のマーク ”♓” は、頭が逆です。対立、争い、競争と戦争です。次の水瓶座(みずがめざ)は平和統合のエネルギーですから、ユートピア社会となります。

 魚座の時代に平和統合の穴を開けたり、洪水や北極と南極の逆転現象が生じて大陸が沈没するのです。

 ムー大陸、レムリア大陸、アトランティス大陸の沈没は伝説ではなく、本当にあった現象なのです。
 3分の2の住民と大陸は、未だに大西洋の深い深海に沈んでいます。3分の1が生き残ったのです。

 アトランティス文明は、最初は精神文明が勝っていたのですが、物質文明が勝ってしまい沈没したのです。

 ノアの箱舟とはUFOのことです。UFOの母船は長さが12~13kmに及ぶ大型です。UFOを持っていないのは、太陽系惑星では地球だけです。それだけ地球の文明が遅れているのです。

 UFOは本来気体の存在です。人間の目に見えるようにするためにバイブレーションを落として、物質化しているのです。

 UFOの機内で肉体を維持するためには、その人のエネルギー(心の次元・愛の度数・神理の理解度・等々)が高くないと肉体が維持出来ません。

 当時肉体のエネルギーの高い人のみが、UFOの機内に生き残ることが出来たのです。その人達が3分の1の生き残った人なのです。
 3分の2の人たちはUFOの機内で肉体を維持することが出来ないから、UFOに乗れなかったのです。

 アトランティス文明の精神文明のリーダーは、日本へUFOにより連れてこられたのです。
 当時、台湾-先島諸島-沖縄-奄美-九州-内地-北海道-朝鮮半島南部は、陸続きだったのです。

 その後沈没し今の形となり、今再び隆起しています。与那国島、慶良間、奄美の海底神殿が隆起しているのです。足○半島、出雲でも伊豆半島でも海底神殿が隆起しています。

 アトランティス人はアイヌと沖縄の人々です。平和主義者です。アトランティス人は地球の各地の原生林へ降ろされました。アトランティス文明は現代文明よりも進んでいると言われています。その通りだったのです。

 高度文明生活から一挙に原始生活へ戻ってしまったのです。人々は巨石文明を世界に残しました。そこにアトランティス文字を刻みました

 米国ボストン市の郊外のストーンヘンジ公園には、巨石文明の石積みと石刻文字が残され、OGHAM文字と名付けられています。アイルランドの巨石文明にもOGHAM文字が刻まれています。OGHAMは日本語の「拝む」です。

 日本でも石刻文字は各地に遺(のこ)され、古代神代文字が遺されています。アトランティス文字が多く遺ったのは日本です。

 国際ペトログラフ学会では、世界の石刻文字を古代神代文字で解読出来る事を認めています。
 当時100日間の大雨が続きました。洪水と極の逆転が起こり大陸は沈没し、海が隆起して新しい大陸が生まれました

 当時の人々は、酒食、色に溺れて自然の摂理を無視してしました。グルメとカラオケに溺れる現代人と似た状況にありました。
 ちょうど2万6千年毎のサイクルで、審判がこれまでにも発生しているのです。

 天上界はこのタイミングで最後の審判を起こすと、生き残る人間が少ない事から、今までこの審判をずらして人々の意識が高くなって、進歩する事を心待ちにしているのです。出来るだけ多くの人達に生き残って欲しいからです。


うお座からアクエリアスの時代へ

 この話は、私(重川風天先生)が得た知識と、知花先生の話を聞いて、私の心の中での想像力で組み立てたものです。

 地球が太陽系の12惑星を約2万6000年かけて一周します。太陽系の惑星は、地球を含めて13個あったのだそうです。

 2つの惑星が分解してなくなって、今は11個しかないが、エネルギー的には存在しているので、地球が12の惑星を周るという表現になっています。

 また、太陽系が銀河系の12星座を周るのに、2万6000年かかる。そのスタートが同じ日になっている。それは1999年7月21日、宇宙は相似形になっている理由かもしれません。

「周る」と言っても、物理的に周るのではなく、エネルギー的に体験するようなものと思ったほうが分かりやすいと思います。

 12星座のスタートが「みずがめ座」で、1999年から2350年間続くという事です。

 今から2万6000年前に起きた事実として、知花先生に聞いた事を私の心でまとめると、こんな話になります。

 5万2000年前、みずがめ座からスタートして、2万5999年前の地球の状態は、一昼夜にして、高い山と深い海が入れ替わってしまいました。その日は、大西洋にあったアトランティス大陸とアトランティス文明が崩壊した日です。

 そのアトランティス文明とは、今の地球の文明よりも高度な文明で、クリスタルを多く用いた高層ビルが立ち並ぶ、物質文明だったそうです。

 その頃は、みずがめ座の前である、うお座(ふたご座)の波動を受け、競争と分裂の繰り返しの時代でした。

 戦争や競争に勝つために、様々な研究や開発が行われ、そのため科学が発達し、ミサイルやロケット、原子爆弾や水素爆弾が製造され、人類の心は荒廃し、ますます物質中心主義になって行きました。

 地球には、自然界の意識があり、「これじゃあ地球が持たない」と判断すると、天変地異を起こして、地球を作り直そうとするエネルギーが働くのです。

 海の底はミネラルの宝庫で、大量のミネラルが、エネルギーがいっぱいあるのです。その海と、酸化して枯れかかった陸地を、スポーンと入れ替えてしまったのでした。

 天変地異を起こしたきっかけは、水素爆弾などの地下核実験で、地球の内部に衝撃を与え続けた結果だと(知花敏彦先生が)言っていました。



知花敏彦先生の「想念波動」からの重要部分抜粋♪

 神こそ絶対実在、神一元、全てエネルギーであり、全て質料です。エネルギーと質料がなければ、鉱物も植物も動物も人間も、存在しないのです。

 エネルギー(父なる神)と質料(母なる神)は、万物の親、万物の造り主です。このエネルギーと質料が、万象万物を創って、エネルギーと質料(大愛・大生命)が、万象万物に宿っています。

 人と神は一体です。人は神なり、神は人なり。人間の形をとった神にしかならない。人間の形をとったエネルギーであり、質料です。

 鉱物も植物も動物も人間も、みんなエネルギーであり質料です。このエネルギーと質料が、様々な形を反映し、投写、映し出しているだけなのです。

 見える世界は、実在するのですか?非実在の世界(放蕩息子の世界)ですよ。だから、この世は影であり、幻です。

 見えるもの(物質主義・分離感での見方)を追いまくっているって事は、影、幻を追いまくっているという事です。

 神の国は汝の内に在り。御仏の国は汝の内に在り。神性・仏性、汝の内に在り。我は神理なり。我は実在なり。今、即実在。今、即神理、です。

 神理を学ぶという事は、自分を学ぶという事です。神理を知らない人間に、自分を知った人間は、いないのです。自分が何であるかを知らぬ事(放蕩息子の状態)を、迷いというのです。

 自分が何であるか(自分が神であった・全ての全てが神・全てに神を観る・父と子は常に一体・神は汝の内にあり)を知る事を、悟りというのです。

 神は宇宙に遍満するエネルギーであり、質料ですから、無限大のエネルギーと、無限大の質料しか存在していないのです。

 その無限大のエネルギーと、無限大の質料で、様々な形が出来ているわけです。形があるのではないのです。無限大のエネルギーと質料が無かったら、形というものは存在しないわけです。

 イエス・キリストは、我は、姿、形に属する者に非ず、我は神なり、我は霊なり、生命なりと言ったのです。

 神は、宇宙に遍満するエネルギーであり、宇宙に遍満する質料です。神一元なのです。神のみが、実在しているのです。

 神になるためには、我人間なりという想念を捨てて、我神なりという想念に変えなければならないのです。我神(生命・宇宙エネルギー)なりという想念です

 あなたの意識が、想念が、「我神(無限)なり」、「私は神(生命)である」と云う想念を発してみて下さい。何が跳ね返って来ますか?

 あなたが「我神なり」という意味が分かっていなかったとしても、その影響を誰が受けますか?「我神なり」という想いを起こした時、誰が受け取ります?

 あなたから発せられたもの、言葉でもいいし、想いでもいいし、「我神なり」という想いを起こした時、どんな小さな事でも跳ね返ってくるならば、

あなたが「我神なり」という想いを起こしている時に、あなたは神というものを望んだわけです。それが、神があなたに跳ね返ってくるのです。

「我、完全なり」とあなたが言った故に、その完全という言葉を発し、或いは完全という想いを起こしたが故に、その完全という想い、

完全という言葉の力は、あなたに影響を及ぼします。これは、悪い影響でしょうか。良い影響でしょうか。

四六時中、神を想いなさい」という事は、あなた方が、四六時中、「我神なり(我生命なり・我無限なり・我大愛なり)」という想いを起こしますと、四六時中、あなたに、神の知恵と力と光が跳ね返ってくるという意味です。

 最終的には、無意識のうちにも、「我神(無限・普遍・大愛)なり」と、「我は力なり」という想念を起こしますと、神の力が返ってきます。


知花俊彦先生♪ ダスカロスさん♪ 過去記事からの引用ですが・・・♪


島宇宙(銀河系)が91個あるお話 

 大覚者であられる知花敏彦師のお話を毎日を聴いているお陰で、どんどん魂が覚醒しつつある今日この頃なのですが、宇宙の神秘をサラッと明かしているお話がありまして今回また大変な感銘を受けました。
 その感銘を受けた部分をご紹介させて頂きます。



A103 宇宙法則 1993 02 15 から一部抜粋開始……♪

 全宇宙の中に91個の島宇宙(銀河系)が御座いまして、そこに中心太陽というのがあって、それを(島宇宙が中心太陽の周りを)グルグル回っているのが宇宙の原理であり法則なんですね。

 どんどん惑星は、未熟な惑星は太陽に吸収され、また太陽から放出されて、固体になったり、液体になったり、気体になったりして、何回もの爆発を繰り返し繰り返して、その宇宙惑星群が誕生して来るんです。
                    ……引用ここまで♬

 
 一つの銀河系に2000億個の星がある仮定すると、約182兆個の星が神様の御神体である無限宇宙に存在するということになりますね。

 ただ「時間的位相」いわゆる「平行世界・パラレルワールド」も無数に存在するでしょうから、本当に無限大な数の星々が存在するかもしれません。

 無限宇宙全体が、91の島宇宙(銀河系)×「無限大の時間的位相の世界」と考えますと、本当に”無限大の宇宙”としか形容しようがありませんね。
 本当に想像を絶する壮大な世界が無限宇宙に存在しているのでしょうね。

 本当に神様(無限宇宙は神の御神体・御霊神霊・宇宙エネルギー・大愛)は普遍的で絶対なる存在で、絶対者・無限なる偉大なるお方なのだなぁ……と改めて心底感嘆した次第であります。

 ちょっと話が脱線しますが、ちなみに無限というのは、限界がないという意味でございます。無限大の中には有限は存在しないのですね。
 分離感が神と人を離しているのでありまして、真実なる実在(無限)の中には限界も区切りもなく、無限なる神の意識(宇宙意識)あるのみであります。

 有限がないという事は、つまり真の自己(実在・神我)は無限なる存在という事で御座います。自分を人間と見ているという事は、非実在の有限を自分と思っている状態で御座いますね。

 ですから、全てに神を観るという事は、全てに無限(実在)を観るという事でもあります。無限を意識していると、「意識したものに自分がなる」という宇宙法則(宇宙神理)によって、あなた自身も無限に変容してまいります。

 知花先生がいつも仰っておられる、「四六時中神を想いなさい」とはこの様な意味合いではないでしょうか。

実在の無限なる自分…神我  宇宙意識は解脱・高級我・キリスト意識
・非実在の有限なる分離意識…自我  個人意識は束縛・低級我・迷い

……話を戻しますね……

 このお話のお陰で、まさに神様の身体である宇宙の大海原(大愛・無限大の愛の光・大生命)の中に私たちは存在しているということがより心に染み込んでまいりました。

 どこかのサイトで、全宇宙で毎日2000個の星が、核戦争で人が住めない星になっていると書いていましたが、不良星から優良星になる境目の時に、
 その星の住人が愛の次元(意識状態・人類愛等)を科学技術とバランスよく進化させないとその核のテクノロジーで星を破壊してしまうようですね。

 他のご講話では、偉大なる許しの方であられる大霊(宇宙神霊・御霊神霊・大生命・創造主)の力を受け継ぐには、それを受け容れる器にならねばならないと仰っておられました。その器とは、

心の寛容さ(全てを愛し全てを許す心)=神を受け容れる器の大きさ」という事であります。

 偉大なる許しの方であられる大神様(創造主・大生命・大愛・宇宙生命)と同じ波長になるためには、自分自身も、全ての全てを愛しを許す大愛の意識状態になることが大事だという事でございました。

 私の神理の理解なのですが、今の人間は映画に映っている、演じている俳優を自分だと思っているのですが、本来の自分は、その映写機の光そのものであって、その光がいわゆる神我(無限宇宙の大生命・神我キリスト)という風に理解しております。


映写機の光=父なる神・大生命・酸素・能動原理・霊・原子
スクリーン=母なる神・水様(エーテル)質量・受動原理・水・電子

父なる神と母なる神の大調和=宇宙エネルギー・大愛・神我キリスト・大愛・宇宙創造神の大海原・無限大の質料・愛光・愛(空)の海・宇宙生命


「色即是空」の真実について  

空(無限大の質料・大愛・大霊・宇宙エネルギー・表現者)が
色(全ての形体・見えない空気・気体・液体・固体・現象界)を表現♪

見えるもの(色)見えないもの(空)の全てが神 ”宇宙生命・御霊神霊・宇宙霊・無限大の愛創造主・父と母の大調和・全ての全てが神

の現れという神理、つまり「神あるのみという奥深い神理現している言葉なのだと、最近さらにハートで深く理解出来る様になりました♪
 一応前から分かっていましたけれどねっ(笑)…まだ浅かったみたいです♪


 その父なる神と母なる神の大調和(大愛・空・無限大の質料・宇宙エネルギー)によって映画(すべての形体・色の世界)が実在しているのですね。

 映画で例えれば、つまり見えるもの(※俳優・女優)、見えないもの(※映画の中の大気)と解釈しますと、空と色、全ての全てが神、自分が神そのものであるという宇宙神理の理解が、かなり分かりやすく実感できますね♪

 いわゆる、個人意識・自我意識(分離感)というものは、スクリーンに写った1俳優を自分と思っていて、他の女優さんや脇役、その映画の背景等々を、他人と思っている状態、自分と他人を分離意識で見ているという状態で御座います。
 
 この自我意識(操り人形)の状態では、物質界と幽界を輪廻転生を何万回も繰り返すことになると。つまり映画の中の自分を自分と思っている限り、スクリーンの中(物質界・幽界)に自分が留まるということになりますね。

 神我意識(全一の意識・キリスト意識・深層意識・宇宙意識・神我一体の境地)とは、そのスクリーンを映している映写機の光(大愛・光・表現者)そのものが、自分であると悟る事であります。

 その光(神は全ての全てありとあらゆるもの)とは、神そのものですから、自分の本質は神我キリスト、我は神なり、を自覚している状態、全ては一つと臆念・実感して魂の奥底で理解している状態といえる状態です。

 地球人類が70億人いたとしても、一人びとりは映画の俳優のようなものでありまして、自他の分離は幻想で、自他一体(自分即あなた・あなた即自分)が真実であって、宇宙の根源の光(神)が唯一実在しているだけだという真実

……つまり全ての全ては神(大愛・宇宙エネルギー)だということですね。

 その映写機の光は根源の光(無限大の質料・宇宙生命の大海原・空の世界)ですから、その映った映画に何万人いようと、例え、背景や自然がその映画にいくらあろうとも、何億の星が映画に映っていようとも、

その光の映像(色の世界・仮相界)に過ぎないと理解しますと、全ては神(宇宙意識あるのみ)であって、色も空も全てが神の表現・現れという宇宙神理がたやすく理解できるのではないでしょうか。

 自分が映画の俳優と思っている状態、いわゆる夢を見ている、盲信と狂信にあけくれている状態(自我意識・分離意識・神が外にあると思っている状態)では、気が遠くなるほどの輪廻転生を繰り返すことになるのですね。

 これが、イエス様が聖書で語っておられる放蕩息子の状態であります。

 全一体感・自他一体感の神我意識(全てが神・全てを愛する我・我神なり・神は汝の内にありに目覚めて初めて、輪廻転生を抜けて解脱する、

つまり放蕩息子の状態からやっと父の元に還る事が出来まして、永遠の生命との一体化・天上界へ還ることができると……

 つまり映画の中(仮相界)の自分を真実と思ってスクリーンの中にいる状態(輪廻転生)から抜け出て神界(実在界・天上界)に還る事が出来ると……

……つまり人生のゴール(解脱・悟り・覚醒アセンション)へ到達することが出来るという事を意味しているので御座いますね。

 最新の宇宙神理の理解を旧記事に付属させて記載してみました。皆様の魂の覚醒に何かしらお役に立てましたら幸いで御座います♪





彼はいなくなっていたのに見つかった  ダスカロスさん♪ の記事♪

 我らは神の中に生き、動き、存在する(宇宙には神の意識のみが実在)
                   新約聖書・使徒行伝録17章28節


「放蕩息子(自我で迷っている状態)」のたとえ話

 ある人に息子が二人いた。弟のほうが父親に、
『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。そこで、父親は財産を2人に分けてやった。

 何日も立たないうちに、下の息子は全財産を金に変えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。

 何もかも使い果たした時、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せた所、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。

 彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人は誰もいなかった。そこで、彼は我に返って言った。

『父の所では、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどのパンがあるのに、私はここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父の所に行って言おう。

「お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にして下さい」と』

 そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親(父なる神)は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。

 息子は言った。 『お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません』

 しかし、(父は)しもべ達に言った。『急いでいちばん良い服を持ってきて、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。

それから、肥えた子牛を連れてきて屠(ほふ)りなさい。食べて祝おう。この息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ』
           新約聖書・ルカによる福音書15章11~32節

 
 ジョジュア(イエス様)のたとえ話の中でも、この『放蕩息子』の物語ほど、簡潔に人間の状況(輪廻転生)を説明しているものはありません。

 この話は人間についての物語であると同時に、私達一人ひとりの霊-魂-エゴ(神我キリストへの覚醒め)にとっての自叙伝なのです。

 この話では、放蕩息子が ”自由意志” で ”遠い国へ旅立った(輪廻転生)”とあります。
 これは、ある階級の大天使が二元性の世界に住むために、自由意志によって人間になったことを示しています。

 また、「そこで、放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。
 ・・・豚の世話をさせた・・・彼は我に返って言った」   
  
といった話は私達の周辺でもよく耳にしますが、これは人間が欲望のままに人生の苦楽を味わい、その経験によって自己実現へ導かれる(悟り・神のみ胸に還る)という道筋を示すものです。

 つまり、時の経過と共に私たちは長い一連の輪廻転生(放蕩息子の状態)に疲れ、やがて気づきを得て、
 ”我が家(神の御国・神界・愛の王国)” に帰っていくのです。

 そして、そのきっかけは「私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。雇い人の一人にしてください」とあるように後悔と再会への願望にあります。

 このように放蕩息子は父親に感謝しました。しかし、息子の帰りを待っていた父親(裡なる神・神我)は自ら駆け寄って彼を抱きしめたのです。

 この話は別れと再会-----分離と再びの一体化(解脱・覚醒・神と人は常に一体・神は汝の内にあり・全ては一つ・全てに神を観るの境地)

-----だけでなく、それ以上に、父から子ども-----絶対無限の存在(父なる神)から人間(神の子)-----への溢れんばかりの愛を伝える物語なのです。



●シャクティとの遭遇

 シャクティとは惑星リュラに住んでいる宇宙人である。
 シャクティは1989年1月6日(この日は昭和天皇の亡くなった日)の夜2時頃(と言うことは正確には7日)、六本木に住むサカさんという男性に初めてコンタクトをとった。

最初はテレパシーによるコンタクトのみ

「良く聞きなさい、これは夢ではありません。私はあなたにテレパシーを送信しているのです。あなたは聴覚器官を使うことなく、私の言葉は直接あなたの脳に届きます」

 この言葉と同時に優しい感情が彼の全身に流れ込んできた。声の主は女性だった。テレパシーはさらに続いた。

「テレパシー通信にはアンテナが必要です。そのアンテナの役目をするのが髪の毛なのです。あなたは長い間、髪を伸ばしてきましたが、なぜあなたはそうしてきたのかは自分では明確な答は出ないはずです。

それは私がこの日のためにあなたをコントロールし、髪を伸ばさせてきたのです。そしていよいよあなたとあなたたちの全てを明かす時がきました。

あなたに伝えなければならないことはたくさんあります。後日またお会いしましょう」

 一度目のコンタクトはこれで終わった。三日後に二回目のコンタクトがあり、そこではサカさんの前世が、シャクティと同じ惑星の住人だったという事実が伝えられた。

サカさんはその時点で彼女に「シャクティ」という名前を付けたが、後で「シャクティ・リラエル」という名前であることがわかった
(しかしこの名前も地球人コンタクト用の名前である)。

さて、このあと約二年間に渡ってテレパシーによる通信が続いた。その内容を列挙する。

●第二の太陽出現

シャクティ:
「まもなく地球の全ての人々は、地球を含めたあなたたちの太陽系全体に大変動を引き起こす第二の太陽を見ることになるでしょう。

 この巨大な天体は地球から見て蟹座の方向からやってくるもので、地球の天文学者はそれを発見し、すでに名前まで付けられて常に観測されていますが、それが地球のほうに接近しつつあることを現時点で発表したとしても、多くの人々に混乱を招く原因にはならないでしょう。

 しかしその巨大な天体が太陽系の磁場に入ると発光を始め最初は赤く、後には青色に見え、あたかも空にもう一つの太陽が出現したかのように接近すると、
一部の人たちはパニック状態におちいるでしょう。そして悲劇的な大変動は短時間のうちに起きるのです。

 私たちの計算によれば、第二の太陽が安定した軌道を開始する前に、地球はその影響を受けるでしょう。

 第二の太陽の圧力によって軌道を大きくはずれた地球は火星と木星の中間にある現在の小惑星の軌道に落ちつくことになります。

地球の月は押し出され、替わってフォボスつまり”恐怖”という名の現在の火星の衛星の一つが地球に向かってはじき飛ばされていきます」

サカ:
「ノストラダムスの人類滅亡の予言だと言われている”恐怖の大王が降ってくる”という部分はもしかしてこのことなのですか? 
もしそうなのなら、そのフォボスと地球が衝突することで人類は滅んでしまうのでしょうか?」

シャクティ:
「いいえ、フォボスはそのままの状態で地球と衝突することはありません。フォボスは地球の400822Km上空で粉々に砕け散ることになります。

 BC9233年、今から11213年前にも火星の外にある小惑星の一つが地球の172Km上空で爆発したことがありました。

砕け散った小惑星の断片の3分の1はアトランティス大陸を廃虚と化し、残りの3分の2はアトランティス大陸周辺の大西洋に落下しました。

それは地殻を貫き、大量のマグマと35000mにも達する水蒸気が噴き出し、2300mもの大津波によってアトランティス大陸は海中深くにその姿を消してしまいました。

 しかし、今回のフォボスは前回の小惑星に比べると4.6倍もの大きさで、はるか上空にて粉々に打ち砕かれるために、かなりの広範囲にわたって、

ひとつの重量が20Kg以上もの断片が、まるで雨アラレのごとく降りそそぎ、沢山の地域が荒廃することになります」

サカ:
「だいたいどの地域が危ないですか?」

シャクティ:
「現在の私たちの計算によれば、北米南部から南米北部にかけた地域とアフリカ大陸北部、ヨーロッパ、そして日本を中心とした朝鮮半島、中国などです」

サカ:
「どのくらいの人々が滅ぶのですか?」

シャクティ:
「多くの人々が地球から姿を消すでしょう。そして彼らは地球がまだ原始時代だった頃のような惑星に再び生まれ変わり、最初からやり直さなければなりません」

サカ:
「救済計画はあるのですか?」

シャクティ:
「あります。目下宇宙連合では救済計画の全てが整いました。私たちと共に地球人救済活動にあたるでしょう」


●シャクティの科学メッセージ

・太陽系の惑星は全部で12個存在する。
(現在は9個しか発見されていないが)

・ビックバンは誤った仮説だ。
・太陽系の中心は太陽ではなく、太陽も、ある中心を365日かけて公転している。

・ニュートンの重力方程式(重力は質量に比例し、距離の二乗に反比例するという法則)は間違っている。

・電子は原子内の定常波として存在し、電子は粒子であるというのは間違っている。
・光の速度は毎秒30万キロメートルではなく、もっと速い。

・世界で最も高い山はエベレストではなく、アンデス山脈にあるチンボラゾ山である。(海抜ではなく、地球の中心から計るとそうなるらしい)

・太陽にも生物が住んでいる。 
・太陽系の各惑星の半径は違っている
 

 惑星   シャクティ    理科年表
  水星   2421Km   2440Km
  金星   6161     6052
  火星   3329     3397
  木星  69913    71492
  土星  57542    60268
  天王星 23706    25559
  海王星 21646    24764
  冥王星  5753     1137


●日本人の起源

89年1月10日のメッセージ
シャクティ:
「今から1万1190年前、あなた(サカさん)は親族や仲間たちとともに、今の地球へやってきました。あなたはもともと惑星リュラの住人だったのです。

 そして、あなたたちがはじめてこの地球上に降りた場所は当時の大西洋上に浮かぶ島国アトランティス大陸でした。当時のアトランティスは現在の地球をはるかにしのぐ文明を有しており、あなたたちが生活をするのにまったくの不自由はありませんでした。

 あなたは、その地にて一人の地球人女性と結ばれて6人の子をもうけましたが、あなたたちがアトランティスに移り住んだ9年後、

当時の支配階層にあった科学者たちの陰謀によってアトランティス大陸とムーの両方の住民が戦争行為へ導かれ、その混乱によってあなたは息子のひとりを失いました。

 アトランティス大陸の全ては廃虚と化し、一夜にしてその島国は大西洋に沈みました。これを前もって予知していた一部の住人はその一日前にアトランティスからメキシコの地に逃れましたが、

あなたと5人の子ども、親族や仲間達の116名と、あなたの妻とその両親と4人の弟の7名、総勢123名は今のエジプトの地に逃れ、そこで暮らすことになったのです」

この話に少し矛盾点を感じた私はサカさんに聞いた。

森田:アトランティスは11213年前に小惑星が原因で沈んだと前に出てきた。アトランティスは二度も沈んだのか?

サカ:11111年前にムー大陸とアトランティスが戦争を始めた。ムー大陸側は小惑星にロケット推進装置をぶち込み、その軌道を変えてアトランティスに降ってくるようにした。

結局アトランティスが最後をむかえるまで、なんだかんだ言って100年くらいはあったらしい。
その間、ムー大陸の人間が奴隷になったりして家畜のような扱いを受けていた期間もあったらしい

森田:しかし上記の年を計算するとアトランティスが沈んだ23年後にサカさんたちはアトランティスに来たことになる。年代が合わない。

サカ:ちょっとおかしいですねえ・・・。

森田:サカさんが日本人の起源だと言っているが、アトランティスからエジプトに逃れて、その後、どうやって日本に来たのか?

サカ:シルクロードを通ってきたのだと思う。日本には昔、ヘライ村というヘブライからとったと思われる名前の村があり、家紋もダビデの星になっていた。また、今の日本人は5つの人種から構成されていると言われている。

モンゴル、ポリネシア、etc・・。そのうちの一つだったかも知れない。しかし日本人はアトランティスというよりレムリアの方がつながりが深いと見られている。

89年1月13日のメッセージ
シャクティ:
「前世でアトランティスやエジプトで共に過ごしたあなたの親族、仲間達は今世に転生しています。彼らは全て西暦1956~1976年の間に転生し、東京及び近県に集結しています」

89年1月28日のメッセージ
シャクティ:
「今から1万1189年前に私たちの惑星と地球との間にはじめて生まれた混血であるあなたの子ども5人は、現在の日本人のルーツとなったのです。

 私たちの惑星の住人は全て左利きです。地球でも左利きは存在しますが、左利きの脳構造は右利きよりも複雑になっていることはよく知られています。

そしてあなた(サカさん)は前世と同じく複雑な脳構造を持つ左利きとして転生しているはずです。

 私たちの惑星人と地球人との間に生まれたあなたがた日本人はこの地球上で最も優れた人種であることやその特殊性が近いうちにきっと証明されるでしょう」

森田:左利きと右利きは、後天的なものではないか?

サカ:先天的なものがほとんどではないか。

森田:先天的なものだとすれば、DNAがその情報を持っているはず。シャクティは魂の転世を言っているので、DNAは関係ないはず。

サカ:どうなんでしょうか。魂が左利きの情報を持っていないとすれば、私の生まれるべき肉体もアトランティスからずっと左利きの人生を送っていた、つまり魂も肉体も両方がリュラ出身ということも考えられる。

 これより以降、私(森田)がサカさんに直接インタビューした情報を載せる。


●テレパシーでやりとりしていた頃のシャクティの服装
 テレパシーの際には映像も送られた。
 惑星リュラにおけるシャクティの服装は、一枚の布の真ん中に穴をあけ、頭を通し、帯でしめた着物のようなもの。かなり長めだった。リュラでは化粧をしていなかったと思う。


●テレパシーの頻度
 平均的には一週間に一度くらい。
 しかし全然なかったり、2,3日続けたりとか、まちまちだった。
 シャクティ側に指導権があった。サカさん側からはコンタクトできない。


●惑星リュラに関して
昼、夜がある。
 いろいろな人種がいるようだ。
 地球に送り込む際には、地球のその土地にあった人間を送り込むようだ。
人口は多い。

彼らは2000才以上生きる。
 赤ん坊の時が短く、若いときが長いのではないか。
 全員が仕事を持っているのではないか。
リュラと地球とは「時間的位相」がずれているので、たとえ地球から超光速スペースシャトルで飛んで行っても、三次元的な遭遇をすることはできない。


●シャクティの仕事
 公務員
 須弥山(シュミセン)を探すために来ている。シュミセンとは「気」の一種。
 なぜ地球に女性しか来ないかというと、どうも地球の男性の嫉妬心が攻撃的だというのが理由らしい。シャクティは未婚である。


シャクティが初めて実体として現れる

●サカさんの証言

1991年4月26日だった。
 当時住んでいた六本木の部屋に足から実体化して現れた。
 身長は160~165センチ
 灰色のぴったりとしたスーツを身につけ、腰にはテレポーテーション用の小さな箱を付けていた。
 上空に停止しているUFOから来たと言い、その時UFOには誰もいないと言った。
しばらく話したあと「また来ます」と言い、足から消えた。その間、1,2秒。

1991年の6月末までにかけて、合計6回、実体化して現れた。
 テレパシーで予告することがほとんどだが、すでに地上にいて、電話で連絡してきたこともある。

 デートのうちの4回はディスコに行った。新宿のセゾン、六本木のビエッティ、エリアなどである。青山デニーズにも行った。

ディスコではチョコレートプリンを食べた。また飲んだアルコールは「カシス」というカクテル。そのあと、頻繁にトイレに行ったと言う。

 彼女が歩くと、後をネコが何匹もついてくる。
 地球外出用の服装は持参してきていた。

 その服は二種類持っていた。彼女はどちらかというと厚着で、暑い日に会ったときもジャケットを着ていた。

 スカートはいつもミニ。
5センチほどのハイヒールを履いていた。
 時計は持っていない。
 口紅は持っていた。
シルバーのピアスをいつも付けていた。

サカさんに無重力装置を貸してくれたことがある。タバコの箱よりやや薄めでダイヤルがついていた。それを物体に向けてダイヤルを回すと物体が浮いた。外に持ち出すことも他人に見せることも禁じられていた。

しかし、外に持って行って自動車を持ち上げたりすることへの誘惑に負け、きょうこそは実行しようと決心して家に帰ったら、その箱は消えていた。
それを使えばピラミッドなど簡単に作れるとサカさんはコメントしていた。


シャクティの言ったテレポーテーションの理論

シャクティ:
「ふたつの水槽ABがあり、Aの水槽に超小型のUFOが入っていた。それがBの水槽にテレポーテーションしたら、ABの水槽の水の高さはどうなりますか?」

 これは青山デニーズでシャクティがサカさんに出した問題だ。彼女は水槽を説明するときに、デニーズのランマットを立てて説明した。

 彼女の答は「ABの水槽ともに水の高さは変わらない」のだ。なぜなら、AからBにUFOが瞬間移動するときには、UFOが移動すべき部分の水がBからAに瞬間移動すると言うのだ。

つまりテレポーテーションは物質瞬間交換なのだ。だからUFOが真空中の宇宙空間から地球の大気中に直接現れると、その都度、地球の大気は減っている。

私、森田にとって、このテレポーテーションの原理は斬新だった。同じ原理は「宇宙人ユミットからの手紙」にもでているが、シャクティのほうが先だった。

●シャクティからの情報

未来予知は外れることも多い。その時のエネルギー状態を読んで言っているだけ。エネルギーが違うとその未来も違ってくる。

 シャクティに私(みず穂)もチャネリングしたいと言ったら、彼女の答は「火をつけるのは一カ所で十分。その波紋はしだいに広がっていくから」ということだった。

 「真実とは何?」という質問に対して、「ある山奥で木が一本倒れました。それを見ていた人は誰もいませんでした。でも木は倒れたのです。これが真実です」と答えた。

 普通の人間は55~77回ほど地球で転生している。
 シャクティは一日二時間しか眠らない。
 ほくろがあったが、それはその都度移動していたらしい。
 都内だけでも宇宙人は3000人はいるとのことだ。



2万5千年前の地上の核戦争

   残されたレムリア(主にテロス)の人々が大陸破壊の余波に対処する間にも、地震は続きました。その地震は、現在のあなた方が使っているリヒター・スケール(10段階の目盛りからなる計測)では測れないほど大きく、

特に大陸が沈む際には惑星全体が反応し、地震はマグニチュード15相当にまで達しました。その地震の破壊力はすさまじく、膨大な犠牲者が出たのですが、特筆すべきはその死因です。

  それは建物が倒壊するといった地震の揺れに起因するものではなく、極めて激しい揺れが大気を通して生み出す鋭い音によって多くの人が亡くなったのです。

 地震は局地的なものではなく、地球のいたるところで液状化現象が起こって泥の海のようになり、レムリア大陸だけでなく、多くの都市を飲み込みました。

  大陸自体が沈むと、巨大な津波が発生し、場所によっては数百マイルも内陸にまで及びました。
それはカリフォルニアの海岸から始まった津波がオクラホマシティ全体を飲み込んでしまうくらいの規模で、地震同様に凶暴でした。
 また小さな揺れが休みなしに続く群発地震も局地的に発生し、まったく揺れが止まらないところもありました。

  この惑星の相談役であるハイアラーキー(聖師団)は、これが起こることを理解していました。それで、このような状況下ではアトランティス人も多くは建設できないと考え、彼らもレムリアが破壊される前に都市を建設しようとしました。

 また同時に、トスとして有名なレムリアの高僧の監督下で、エジプトの大ピラミッドが建設されました。そしてアトランティスの記録室は、アトランティスの記録だけでなく、レムリア、パーン、オグ、ヒュペルボレイオスなどといった、高いレベルまで到達した他の文明のすべての記録を保管するために利用されました。

 アトランティス人は、レムリアが沈むのとほぼ同じ頃、聖職者や偉大な科学者、哲学者等を優先して、来るべき大変動から逃れようと自分たちの都市へと移りました。 
 レムリアが沈みだすと同時に始まった揺れは間断なく続き、アトランティス大陸は200年かけて完全に沈没していきました。

  「もしアトランティスやレムリアが存在していたのなら、なぜもっと地球の表面に証拠が残っていないのか・・・」、私はこれまで何度となくこのような質問を受けてきました。

 答えはもうおわかりでしょう。ほとんどの都市は絶え間ない揺れで瓦礫と化し、運よく難を逃れたものも、その後の地震や津波で粉砕・一掃されました。地震や津波から生き延びたとしても、彼らには飢えや病気が待ち構えていたのです。

  200年で二つの巨大な大陸を失った惑星は、約2000年間も揺れ続け、アトランティスとレムリアの戦争で使用された核兵器の影響はなおも続いていました。

 さらに大気中に大量の粉塵が投げ出されたことで、アトランティス崩壊後300年近くも、明るい太陽の光が大地に降り注ぐことはありませんでした。
 太陽光が長期にわたって遮断されたために、絶滅してしまった動植物は少なくありません。

  現在のエジプト、ペルー、ローマ、インドなどといったエリアでは、文明のいくらかは生き残ったものの、それぞれの文明における最高度の要素を失い始めました。
 太陽光の遮断により、たくさんの機械が停止してしまったのです。

  多くの人々が都市から出て行きました。建物がいつ倒壊してもおかしくない都市で暮らすことは、手をこまねいて死を待つようなものだったからです。

 実際、非常に強固に思えた建物でも、300回から400回も繰り返される地震を体験して、使い物にならない状態でした。それに耐え得るように神聖な幾何学を用いて造られた大ピラミッドのような建造物は地震に持ちこたえましたが、大多数の都市は完全に瓦礫と化しました。

  多くの地域で、人々は都市を再建しましたが、もはや以前のような技術力はなく、どの都市も以前より少し原始的になったのです。

  アトランティス人たちは、現在のブラジルにあるマットグロッソ台地(当時アトランティスの領地であった)の下に建てられた都市へと移り住みました。
 おそらく地上で起こっていたことを理解すれば、、どうしてレムリア人やアトランティス人が地下で暮らすことを選択したのか、理解できるでしょう。




古代アトランティスの叡智
愛する人を癒せるハミングボールをご紹介

エクササイズ・ハミングボール

 高度のエネルギーと愛を他人に送るための、最もシンプルで効果のある方法。
男女関係を癒やしたり、誰かを愛や豊かさで満たしたりするのに使える。愛とともに送られたハミングボールが受け取られた場合、身体的な癒やしまで起きることがあるほど、その効果は絶大だ。

 有る若い男性がワークショップで、ヒーリングのハミングボールをうつ病の母親に送った所、この母親は、意識の上では何が起きたのか分からなかったが、金色の光を伴ったボールが部屋に入って来るのを見た。
 うつ病は治り、再発することはなかった

 メディテーション(瞑想)や祈りと同様、
  このエクササイズはあなたをオープンな状態にする、締めくくりとして説明の通りクローズダウンすることが必要である。

ひとりで、または他人と一緒に静かに座る。どこにエネルギーを送りたいか、どんな特質を送りたいかを決める。

額の前にボールを持っているかのように手を置く。

天使たちに強力を頼む。

持っているボールの中身を埋めるにあたって、送りたい特質に集中する。柔らかくハミングし、ボールが色によって膨らんでいく様子をイメージする。

ハミングボールが、あなたが贈りたい特質と愛で振動してる間、それを送り出そうとしている相手を思い浮かべ、その人が受け取っている様子を想像する。(ハミングボールは、今まで行ったことのない場所、経験したことのない状況、会ったことのない人にも送れる)

チャクラに触れて、十字架などあなたにとって意味のあるお守りのシンボルをその上において、クローズダウンする。



アトランティス末期と
ニコラ・テスラとの関係秘話


最新のコブラさんのインタビューで、アトランティス大陸の崩壊の真実についてのコメントがあったのですが、その一部にエネルギーグリッドの実験という言葉が出てきます。

その詳細を詳しく説明してくれている情報が、zeraniumのブログ様に記載されていましたのでご紹介させていただきたいと思います(*´ェ`*)♪

大変興味深い、興味津々丸♬で知性をくすぐる大スペクタクルストーリですよ~(*^^*)♬♪
それにしても今回のコブラさんのお話は、今までで一番面白いかもしれない・・・♬(ノω`*)んふふ♪



アントワインのコブラインタビュー - nowcreation ページ!


一から途抜粋ですが♪


アントワイン:アトランティスとレムリアは、正確にはどういういきさつで沈んだのですか


 コブラ:実際多くの地殻変動がありました。原因を同じくするものもあれば、違うものもありました。

 主な原因は、26,000年サイクルの、銀河のセントラルサンのパルスです。通常通りのものでしたが、あるときはグリッドがうまく働き、あるときはそうではありませした。

 当時、特にアトランティス後期には黒魔術がたくさん存在し、闇の勢力が非常に強かったのです。彼らはエネルギーグリッドを操作するテクノロジーで実験をしていました。これが、アトランティスの最後の地殻変動のいくつかを引き起こしました。


アントワイン:オーケー。それで海水位は大陸を覆うほど上がったのですか


 コブラ:実際に大西洋の真ん中に大陸があり、海に沈みました。2つの構造プレートにまたがっている大西洋の真ん中に溝ができ、その大陸を沈めるほどの大変動でした。

 これは、前回の氷河期の終わりに氷が溶けて水位が上がったこととは、別の出来事です。2つの別々のプロセスがあり、繋がっていました。


 アントワイン:氷河期の氷解は別の時代に起きたのですか


 ブラ:最後まで残っていたアトランティスの島々が沈のは、前回の氷河期の終わり頃でした。ですから、この2つのプロセスが同時に起きていたのです。

闇の勢力によるエネルギーグリッドの実験と、銀河の中心からくる強いエネルギーという2つの原因が組み合わさって、アトランティスは沈みました。


2011年8月から引用させて頂きました♬

ニコラ・テスラが残したもの

   タイム・トラベラーであったアカエネセット(ニコラ・テスラ)は、自分が持っている、地球時間のはるか先を行く知識を3次元世界にもたらすことによって、地球の「直線的な時間の概念」に穴を開けたのです。

 彼はある意味で、人類を時間という直線から引っ張りだし、彼らに4次元の世界を垣間見させたのです。

しかし皮肉なことに、彼は闇の司祭たちにアトランティス人たちのマインドを乗っ取る手段を与えながら、同時に彼は人類に、3次元という限界の先にあるもののビジョンを与えたのでした。

これが、彼があなた方とともに生きたことの二面性です。それは彼が人類に対して行なった最大の貢献でした。

   もしもあなた方が現在、アトランティスの地下の実験室や発電所で、1万3000年前に既に存在していた技術の獲得に向かいつつあるのだとしたら、あなた方は前と後ろに同時に進んでいることになります。

 これは今のあなた方にとっては耳新しい概念かもしれませんが、近い将来、もっとずっと明確になるでしょう。

あなた方は今、たくさんの障壁をつき崩しつつあります。時間が歪み、あなた方が次元上昇のプロセスを進むにつれて、3次元の現実には恒常的に裂け目ができるようになりつつあるのです。

   アカエネセット(ニコラ・テスラ)が再び19世紀の物質界に現れたのは、かつて闇の計画に満ちたアトランティスでの、自分の一生の償いをしたいという魂の決断でした。

 なぜなら彼は膨大なカルマの負債を負っていたからです。それはアトランティスのアルケミスト(錬金術師)の長として、その世界を崩壊させた実験に彼が直接携わっていただけではありません。

   彼は、アトランティスが犯した過ちの首謀者であり、原因であり、そのことを彼は忘れなかったのです。彼が地球の物理学的エネルギーに干渉し、人類の感情体を混乱させたことが、ガイア地球の神経系のヒューズを吹き飛ばしてしまいました。

 アトランティス大陸の水没も、それに続く地球の荒廃も、それが原因だったのです。地球はショートしてしまい、中心にある神経系は活動を停止して休息に入りました。ガイア地球はエネルギーを取り戻すために大陸を沈めたのです。

   アトランティスでの人生が引き起こした破壊の後、アカエネセットの魂は、傾いた天秤を元に戻し、犯した過ちというカルマの重荷を取り除く機会が与えられるときまで、肉体という形には戻らないことを選択しました。

そして、その「とき」は、1856年の産業化時代の幕開けにやってきました。それは人類にとって大きな転機となったのです。

 ニコラ・テスラは母親の胎内から産道を通り、宇宙の仕組みに関する知識と、(1万3000年前という)そんなに昔のことではない、アトランティスで犯した過ちの記憶を持って今生に誕生しました。

   青年時代の彼はその精力のほとんどを、電気と磁気の交流、そしてマインドの力によってこれらのエネルギーをいかに管理し、利用できるかの研究に注ぎました。それは不思議なことではなく、彼はこの二つの驚異的なパワーを人々に紹介することに身を捧げるために、あなた方の古代の知恵を伝えるために肉体に戻ったのでした。

 つまりどうすればガイア地球のエネルギーを、闇を増幅させるためではなく光に仕えるために使えるか、ということをあなた方に示すためでした。これがカルマの視点から見た彼の目的でした。

   あなた方も良く知っているように、カルマを解消するためには、過去世で経験したのと同じ誘惑や試練に直面しなければならないことが往々にしてあります。しかもそれらは過去のものよりもはるかに大きく、乗り越えることがさらに困難であることが多いのです。

 そしてアカエネセットの場合、カルマを癒そうとする魂の善良な意図ではあったものの、最終的には、地上における生のプレッシャーと、超人的な天才であることの耐え難い重荷に負けてしまったのです。

   ニコラ・テスラとしての人生の初期は、人類が次元上昇する道に向かう、その岐路の一つににいる人類の役に立てるように、地球全体にフリーエネルギーをもたらすという目的に捧げられていたことは確かです。

 彼は物理学を学ぶ者として、天候に影響を与えることで、干ばつや耐えられない暑さ、寒さなど、暮らしにくい気候に苦しむ人々の役にたつことを夢見ていました。

若き発明家であった彼は、世界中の人々を繋ぐ地球規模のコミュニケーション網の設立を計画し、3次元という舞台における人類の経験を拡大するために、未来や過去へと時間を超えて移動することさえ思い描きました。

 一番注目すべき点は、彼が地球の物理学的エネルギーを掌握することを夢見ていたことです。そしてその理由は、彼の無意識下の、冷たく暗い水の中に横たわっていました。

   アインシュタインと同じくテスラは、自然エネルギーを取り込んで人類に役立てる技術を提供することに献身していました。それによって、飢餓や世界中の苦しみに終止符を打とうとしたのです。

 地球上のすべての社会の益となるように使われるはず、と彼が信じていた技術で人類を力づけようというのが彼の当初の意図で、地球の自然のエネルギーを利用して、地球の住民にフリーエネルギーを与えようという崇高な考えを持っていたのです。

   しかしアヌンナキの子孫である闇のエリートたちの基本的な計画はそれとは違っていました。地球に関する彼らの利用計画は常に、自分たちに都合のいい利己的な考え方が土台になっていました。

 金儲けのために地球から資源を奪い、人類はその盗み出された資源を求めて消費するしかないという状況を作り出すのが、アヌンナキによる人類の支配が始まった当初から人類に向けられた計画でした。それはあなた方の歴史が記録され始める何千年も前のことです。

 ニコラ・テスラが始めのころ持っていた意図は崇高な目的のためでした。
 しかし残念ながら人間としての彼は、未解決の我執(自我、エゴ)を抱えていたので、闇の権力者がそれを見逃すはずはなく、彼らはそれを利用することでテスラを自分たちの利益のために取り込もうと考えたのです。

 未解決の我執(欲、執着、エゴ)こそが、彼らの餌であったからです。テスラは、地球の物理的エネルギーを利用することができれば、地球上の世界は永遠に変化するということを知っていました。

 しかし不幸なことに、人類にフリーエネルギーをもたらすという彼の異次元的なビジョンは、既に地球の資源を所有していた企業によって却下されました。彼らは既に、盗み出したエネルギーをあなた方に売っていたからです。

   彼らはテスラに対する激しい反対運動を展開したために、彼のアイディアに対する冷笑と不信感はどうにもできないほど大きなものになり、全人類がフリーエネルギーを使えるようにするという彼の主張は、科学界のジョークにされたのです。

 その後、落胆したテスラのもとに、闇のエリートに属する見張り役である軍隊のリーダーがやって来ました。彼らは多額の経済的支援や、彼らにしか提供できない機械の使用を許すことで、テスラの研究の成果を独占しようと考えたのです。

   それと同時に、テスラに大きな注目が集まっていたので、彼を公的な場から遠ざけることで、闇の(米国)政府の計画の妨げとなるのを防ぐという謀略の一部でした。

彼には管理された実験環境が与えられ、そこでは自由に、アメリカの軍隊とそれに「協力的な」私企業のために、革新的な動力装置などを設計し、開発することができたのです。

 このようにして、彼の精力は注がれる方向が変わり、彼が本来持っていた意図は妨害されたのです。つまりは闇の権力者に、人類に自由をもたらすこのような技術を与えるつもりなどないからです。

 そしてニコラ・テスラは自分の名誉と欲に屈し、その知識を(米国)軍隊の闇の力に差し出したのでした。

彼が若い頃に持っていた、全人類にフリーエネルギーを与えて、直線状の時間から人類を解放するというビジョンは、やがて、かつてアトランティスが持っていた「人間を支配するための装置」の設計をすることに、再び取って代えられたのです。

それは彼が再び向き合うために、カルマの選択として過去世から持ってきた記憶でした。

 彼はこの時期、何千機という飛行機を墜落させたり、敵の大部隊をその場でまとめて殺したりできる、非常に強力な「殺人光線」を完成させたと報告しています。

彼が言っているのはつまり、アトランティス大陸を海底に沈め、地球の中核まで震撼させ、オーラを大気圏の外側の層まで揺るがした、まさにその技術のことだったのです。

 テスラは20世紀の始めに、「殺人光線」装置を作動させました。そしてそれを使ったシベリア奥地で起きた爆発はその規模があまりに大きく、あまりに破壊的で、原子爆弾の爆発ですらその衝撃の大きさにはかないませんでした。

この歴史的事件は、隕石の墜落であるとか、彗星が地球に衝突したなどと説明されていますが、ツングースカの原野に残された破壊の跡は、実はテスラによる狂気の発明の結果だったのです。

 ニコラ・テスラとしてこの世に転生した魂は、再び、愛よりも権力を選びました。すべての者が心を一つにした状態よりも、自分の自我を選んだのです。そしてこの選択が、地球の運命を永遠に変えてしまいました。

 アトランティスでそうであったように、この強大なパワーの知識は、この惑星に生きるあらゆる存在のあり方を決定することになりました。それどころか、惑星そのもののあり方まで決定づけることになったのです。

   HAARPとその真の目的に関する私たちの分析の裏づけとして、テスラが晩年、「いつの日か、エネルギーは別の惑星に送られる」、と予言したと言われていることを思い出してください。

彼のこの発言は、彼が作った「共振波動起爆装置」を使ってニビル星を地球のそばに引き寄せるという、アヌンナキの計画について直接言及してはいませんが、彼の無意識下の記憶が言わせた言葉に他なりません。

それはまさにかつてアトランティスに生きた、「殺人光線」の設計者であるテスラに代わり、HAARPの新たな技術者たちがアラスカの原野から今も試みていることなのです。

 もしかすると、彼は三度(みたび)そこに、ハルマゲドンを待つ汚れた雪の上に、生きているのかもしれません。


  「地球大変動の危機を救うアセンションの光」 
シリウスの超叡智②
            
パトリシア・コーリ著  徳間書店 抜粋したもの



スピリチュアル・精神世界から引用させて頂きました(*^^*)♬

アトランティス文明に関する諸説

 ●紀元前200,000年頃よりはじまる。
....大救世主メルキゼデクが出現してガラリア湖畔に聖徒たちを養成す。
当時のガラリア湖は今の北米ニューメキシコ、アリゾナ地域に拡がる内海で、北米はアトランティスの一県だった。

 ●紀元前 52,000年頃... 
   .怪物がはびこる。怪物と人間との間の子(進化の過程にある半獣人)が奴隷としていた。巨大な人食い獣たちが山野にはびこっていた。人間はみんな霊的な力を持っていた。第三の目は高度に発達していた。物質の世界に深入りしていったため、しだいに霊能力は失われていった。
 
 ●紀元前 50,722年..... 
   .人間に脅威をもたらす巨大怪獣の問題について、世界の五つの種族の会議が行われた。コーカサス地方からの白人種、後のゴビ砂漠地方からの黄色人種、スーダンや北部アフリカからの黒人種、レムリアからの褐色人種などの代表者。
           
 ●紀元前 50,700年頃.... 
   最初の悲劇--火山の爆発、地震。地球の地軸を変え、南北極を現在の位置に変えた。獣たちを追い払うために化学物質を用いたり、大きな爆発を起こしたりしたことが原因。

 これが最後の氷河期を作り出した。大陸の他の部分はいくつもの島に割れ裂けて河や入江や湾ができ、気候も激変し、住みにくい世界となった。

  最初のアトランティス人の移民-->ピレネー山脈、中央・南アメリカ。
  レムリア人の移民-->南アメリカに移住....インカと謎のインディアンの部族の始まり。
太陽に輝く石造りの美しい市街があった。中心地ポセイディア。

市街の中心に寺院があり、紫水晶その他の宝石を配した大きな半円型の石柱に支えられた寺院。その内部の祭壇には、いつも聖なる火が燃え続けていた。その火は間の子についている動物的部分を取り去る効能を持っていた。

宇宙の創造的エネルギー、自然のエッセンスなどの研究。植物の生命、宝石、金属などの研究。特に宝石が人間の心霊的、直感的能力に与える刺激効果についての研究。農業、天文学、占星術の発達。反重力の知識。

これ以後もアトランティスの物質文明は、さらに高度なものへと発展を続けた。反面、精神面ではますます不安定な世界になった。人身御供の生贄、太陽崇拝、性の放縦や倒錯、貧富の差、内的な腐敗の進み。

 ●紀元前 28,000年頃....
   第二回目の異変--大きな島がたくさん水没した。--->「ノアの大洪水」
レムリアは太平洋に没した。中央アメリカ、モロッコに移住。

洪水の後、再興が始まる。機械工学、化学、物理学、心理学などの分野で大きな進歩。
電気技術、原子力エネルギーの利用。レーザー光線、殺人光線の発見。液体ガス、圧縮空気、ゴム、合金、未知の金属をつくる。潜水艦、電話、エレベーター、ラジオ、テレビ、写真。

太陽エネルギーを動力にする。ツアオイ・ストーン、ファイヤー・ストーン、グレート・クリスタルの利用。
ファイヤー・ストーンの効果を上げすぎたことが第二の悲劇の原因となった。

 ●紀元前 10,700年頃....
   道徳的にも精神的にも最悪の状態に達していた。
人間の生贄、太陽崇拝、不義密通、不正腐敗、暴力、反乱。

 ●紀元前 9,500年頃...
  .最後の破局--巨大な地震、大きな島々が海中に水没した。アトランティスは地球上から姿を消した。エジプト、ユカタン、メキシコに移住。(宗教の教義や記録の保存のため)

 ●紀元前 9,564年.....
ポセイドニス(Poseidonis)-アトランティス最後の島-水没
  ----「6カン Kan の年ザック Zac 月の11ムルク Muluk に恐ろしい地震が起き、ひっきりなしに13チュエン Chuen まで続いた。泥の丘(複数)の国、ムーの土地はその犠牲となった。

2回隆起すると突然夜の闇に消えてしまい、盆地は絶えず火山の力によって揺すぶられた。そのために大陸の幾つかの土地が数回も沈没と陥起とを繰り返した。

ついに地表が崩れ、七つの国々が引き裂かれて散った。激動の力に堪えることができなくて、国々は6,400万人の住民とともに、本書の執筆より遡ること8,060年に沈しまった。」

  ---- 約3,500年前、ユカタンのマヤ人の間で書かれたらしいトロアノ(Troano)手稿 (神智学大要"太陽系"P254) 





という素晴らしいチャネリング本を出されたフランクアルパーさんの宇宙の法則をご紹介させていただきます♪


宇宙の法則

 法則は全宇宙的視点に立つものであり、地球の人類のみに関係したモーセの十戒や立法と同じ意味をもつものではありません。

 生命を育む宇宙のどの星も-------あなたが知っている生命もあれば、未知の生命もいますが-------その星特有の文明に属する独自の「法則」を持っています。それら諸々の「法則」が、全宇宙に適用するように作り出されたのではないことは明らかです。

 なぜなら、それぞれの星に定められた現エネルギーパターンに合うように、法則は多様性を持っているからです。

 時が経過し、人間の波動が昇華するにつれ、法則への解釈は、地球の文明の状態に応じて変わり、人間の進化とその住んでいる社会の規範の向上にふさわしい拡がりをもちます。
 このことによって、法則は、転生した魂が生きる社会の規範に矛盾することなく適合したものになります。

 宇宙の法則は普遍です。それはその範囲内においては、非常に柔軟性に富んで入るものの、常に変わりません。

 宇宙の法則は、魂の向上と波動に関与します。そして、宇宙の法則は、「法則」の安定をもたらし、すべての魂がそろって向上していけるように、統一のとれた魂の成長パターンを確実なものにするのです。

 宇宙の法則の中で最も重要な事は、-----この「全て」を強調したいのですが-----いかなる場合であれ、「神の秩序」の内にあるという点です。

 このことはあなたに何を意味するのでしょうか。
 それは、真の霊的存在であるあなたに関して、いかなる「偶然」も存在しないことを意味しています。

 即ち、あなたの人生で出会うどんな出来事も起こるべき正確な時を得て、かつ、それが起こるべき意味を受容できる範囲で、あなたにもたらされるのです。

 もし、そうでなければ、どんな惑星、太陽系、または銀河系が備えている個々の環境に存在する波動のバランスが崩壊してしまいます。そして、そのような自体は決して起こり得ないのです。

 惑星の進化に関する神の計画の中で、ある星で、多くの人間がより高い霊的レベルに進むべきある進化の段階に達したとすると、その星の波動は、神の秩序の調和を狂わせてしまう可能性があり、これはその星において意図された、魂の向上と進化の計画にアンバランスを招くことになります。

 時々、このような異常な状態が起こります。例えば、あなた方の惑星や他の惑星に生を受けた多くの魂が、その魂の向上を意識レベルで大きく飛躍させたとします。
   
 このような事態が生じると、人が転生のなかで担っている奉仕の運命の質が、その生涯にわたってさらに進んだ奉仕を引き受けるように変更されるのです。

「宇宙のキリストの光」が啓示されることにより、一般の人よりはるかに大量のエネルギーが注ぎ込まれる人々が多く存在します。

 彼らは、この世の使命を果たすにあたって、この広大な光をその身に携えてゆくことが出来、この光に支援されます。

 このような変更は、「添加(加えられたもの)」と呼ばれる種類のもので、神の計画に影響を及ぼすことはありません。

 彼らは波動の流れを変えることなく、彼らが同じ方向に流れを維持する時、星の波動をかなり高める事が出来ます。このように神の計画は、一貫性を持って保たれています。

 法則は法則です。どんな宇宙の法則のたったひとつの波動も、まさしく同じ瞬間に創られたものです。宇宙の法則の創出の瞬間以来、その基礎的な構造は、一つの波動においてすら変わっていません。

 このことによって、法則の連続性とエネルギーの流れは常に保たれています。法則はその水準と範囲を発展させてきましたが、根本的な原理は常に変わらないのです。

 ここに、宇宙レベルに源を発するいくつかの法則を伝えたいと思います。

在る魂が受肉(転生)して、その転生を終えた時、魂がに成長が見られず、新たな水準に到達していなかった時や、あるいは生涯を通して、その波動を高めることが無かった時は、次の転生がほとんどすぐに行われるのである。」

 説明しましょう。このような状況には進歩の法則が直接関係しています。

すべてのものは、動き進んでいるのが常であって、もし、魂そのものが新しいエネルギーに触れながらも、その波動をずっと高めていくことが出来なければ、その魂のエネルギーは消散し始めます。

 魂は静止したままでいることはなく、万物は休止することはありません。全ては前進するか、もしくは消散する波動のスパイラル(回転)の中で動いています。

 このような理由で、ある受肉した転生において、自分の波動を向上させる事が出来なかった魂は、前段階の進化をそのまま引き継ぐために、ほとんどすぐに新たな転生をしなければなりません。もし、そうでなければ、その魂の波動の周波数は徐々に退行していくからです。

 私は、転生をしなければあんらないと断定的にいいましたが、それは、神とか魂のアドバイザーがこの行為を命じる事を意味しているのではありません。

 魂自体、魂の自覚がこの行為を取らせるのです。。それは、魂自身の自由意志であり、自分の過ちの結果に気付き、それを修正しようとする事に他なりません。

 別の宇宙の法則は

どんな魂であれ、宇宙の領域にある波動のレベルを超えて、勝手に横切ってはならない。どの魂であれ、自身の波動と一致する波動のレベル内に留まらなければならない。」

 これは、制限的な法則に思われるかもしれません。あたかも魂の階層制やカースト制度が存在するような感を与えますが、そのような事が法則の目的ではありません。

 もし、低い波動のレベルにある魂が、自分が共存できない波動の範囲に入ったとすれば、宇宙の流れを侵すことになり、人間が「(電気が)ショートする」と呼ぶような結果を招き、破壊されてしまいます。故に、法則は厳正に保たなければならないのです。

 従って、結果的に波動の明確なレベルが定められています。あなたには、多分こんな経験があるでしょう。あなたが、あなたのスピリチュアル・アドバイザー(霊的ガイド)に情報を求めていて、その答えが返ってくるのが遅かったことがあるでしょう。

 そのような時、あなたのスピリチュアル・アドバイザーは、その進んだチャンネルを通じて、より波動の周波数の高い存在よりの答えを探していたかもしれないのです。

 あなたのところにある人がやって来て、既に亡くなった人を、まだ愛していて、その人にコンタクトを取って欲しいと頼まれた時、もしあなた自身が、「天界を捜査して」その魂の居所を突き止めることは、宇宙の秩序から外れています。

 あなたはこのような場合、必ず高次元から霊的な助言を求めなければなりません。そして、あなたは、その魂の位置を確かめる時に、適正な波動レベルが自分を高めてくれるように願い、

探している魂とあなたがコミュニケーション出来るように、高い波動の存在の力を借りて、探している魂を、あなたのレベルまで連れて来てもらわなければなりません。

 もう1つ、あなたがよく知っている厳正で確固たる法則があります。これはまた、モーセにも関する、あまねく全宇宙に適用する法則で、次のとおりです。

あなたは心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして主なるあなたの神を愛しなさい。そして、私の他に神はいないのである

 この法則に違反することは、それだけで、魂がカルマを形作る最も大きな要因となります。理解して欲しい点は、この法則は、神がただ座して、その子から忠誠と崇敬を受け取るために在るのではない点です。

 神の子である人間が、自分の中に存在する神のエネルギーを理解するようになるためにこの法則は定められています。

この法則は、全ての人間は父なる神と一体であることを、それぞれのレベルで受容できるように導くものです。

 つまり、人間とは、神の表現体(イメージ)であり、それ以外の何物でもありません。

全ての人間に必要な事は、人のエネルギー(宇宙生命)の中に、一つに融合する(全てが私・宇宙即我)ことを理解し認める(悟り・解脱する)ことなのです。
 この事を否定する限り、人間はカルマの形成を繰り返すのです


宇宙の法則
盗みのカルマの詳しい意味のお話

 モーセの時代には、この法則は、「汝は、明らかに物理的にも汝のものでない物を、奪ってはならない。」という意味に解釈されていました。

 この見方は今もなお有効です。しかし、この法則の適用範囲は百倍にも大きく拡がってきました。

 私達は、誰かが、私達の波動を奪ったり、愛のエネルギーを否定的な方向へ変えようとしたり、精神力を塑像としたり、誘惑しようとしたり、また正道から外れるように仕掛けてくるのに気がつくことがあります。

 波動を高めようと努力している人の波動は神聖です。波動を「盗もう」とする人は、自分自身へ強烈なカルマ的体験を招くことになりかねません。

 この法則を現代風に言い換えれば、
「汝は物質と豊かさの法則に従わねばならない。」という事になります。
 
 もし誰もが、物質と豊かさの法則を実践すれば、「盗む」という意味に当てはまる言葉を、どの国の言語にも見いだせなくなるでしょう。

 物質とは常に流れている状態であり、全ての人は、その必要とするものを、必要性が生まれてそれが求められれば、宇宙の物質から引き出すことが可能だということを理解して下さい。

 盗む必要性とは、人が物質を保有し、それに執着し、流れを止め、その上、それが自分のものであるとして、貯め込もうとするときに生じるのです。このことが、欲張りを生み、貯えようとする欲望に人を走らせ、盗むという衝動に導くのです。

 もしも、人が自分は、宇宙の物質の単なる一つのチャンネルにすぎなく、その流れを受けとめ、しかも、それを通過させるだけだということを受け入れれば、心は平安を得ることでしょうなぜならば、その人が必要とするものは実現するのですから

 盗むという行為は、宇宙の物質のエネルギーの流れを妨げる事です。これにより、人は確実にカルマを作り出します。

 ぜひ知ってほしいのは、カルマとは、盗む行為によって生じるのではなく、宇宙の物質の流れを妨げる行為によってもたらされる点です。



から引用させていただきましたすべての記事


エネルギーのドーム

 銀河宇宙評議会は、アトランティスの内外で起きている物事すべてを把握していた。アトランティスという特別な実験を、ユニークなものにしたいと考え、諸条件をコントロールした。

 そこで、純粋な高い周波数のエネルギーの巨大な傘を大陸の上に置いて生物圏を作り、元素や大気を統御出来るようにした。

 基本的な機能のひとつは、アトランティスの5つの島の天気を調節することだった。お陰で圏内では地震はなく、嵐が来ることもなかった。

 銀河宇宙評議会は、システムの如何なる部分の周波数でも自由に変えて、場所ごとに一定の量の雨を降らせることが出来た。こうして、それぞれの地域に完璧な気象が作られた。

 エネルギーのドームは保護膜のような機能を持っていた。アトランティスは世界の他の部分とは切り離されていて、外側とは連絡がなかったからだ。

 外の世界からは、見えないバリアを通って島々に船で入ってくることができず、またアトランティス人が境界に近づいた場合は直感的に引き返すように仕組まれていた。

 このため、アトランティスで用いられていたスピリチュアルな技術を、地球上の他の文明が入手できなかったのは言うまでもない。アトランティスが卓越していたのはそのためだ。



関連リンクは↑↑の二つのリンクを見てね♪

人類アカシャ全史 から引用させていただきました まとめの記事



ピラミッドの秘密と奇跡の杖

ゲリー アメリカで石で庭を作った人がいました。それはフロリダのコーラル・ガーデンと呼ばれるところなんですが、彼が切り出した石はとても巨大なのです。

 彼はその石を運ぶためにトラックを借りてきましたが、とても人間の力で積み込むことなど出来ません。彼はトラックの運転手さんに、少しの間どこかに行ってもらい、数分後に戻ってくるように指示をしました。

 やがて、運転手さんが戻ってくると、その巨大な石がちゃんとトラックに積まれていたのです。そして、目的の場所に移動した後、また運転手さんにどこかに行ってくれるように言いました。

 そして、またしばらくして運転手さんが戻ってくると、石はちゃんと指定の場所に置かれていたのです。クレーンもないし、道具も何も使われていないのにです。

古川 もし、彼がアトランティス人のようにやったのなら、トラックもいらないのではありませんか?

ゲリー 何マイルも運ぶ時には、やっぱりトラックが必要でしょう。一つ九トンもある石をどうやって移動したのか、彼は運転手さんに聞かれてこう言いました。
私はピラミッドがどうやって建てられたのかを知っているから」と。そして、誰にもその方法を教えませんでした。

古川 ゲリーさんは知っているのですか?

ゲリー どうやって建てたかは知っています。僕には出来ません。ただ、理論はわかっています。

古川 彼にはどうしてそれができたのですか?

ゲリー 彼は、純粋無垢だったから出来たのでしょう。人は波動を出してますよね。例えば声も一種の波動ですが、魂が発する波動を石に当てて、石の波動を返ることによって分子構造を変えることが出来るのです


レムリア

   
別名「ムー」とも呼ばれたレムリアは太平洋上にあり、現在のアメリカ合衆国から南アメリカ大陸に届くほどの広大な大陸であった。レムリア意識という進化段階にあった存在たちは物質的適応を課題とする学びに関わっていた。総体としての人類は段階的な進化の仕方をしており、人類史のこの時代においては、物質性への適応が進化にとって重要な要であった。

   テクノロジーに力を注ぎ、技術的な進歩を遂げたアトランティス人に比べ、レムリア人は哲学を重んじる霊的な人々であった。


アトランティス

 
アトランティスは太平洋の北部にあり、ヨーロッパとロシアを合わせたくらいの総面積があった。当時はそのほとんどが海面下にあった現在のアメリカ合衆国の東部海岸線は、

アトランティスの海岸付近の低地を形成していたが、その低地はメキシコから遠く地中海にまで及んでいた。

  歴史上ではこの時代には、巨大な恐竜が地上を徘徊しており、そのほとんどが肉食竜であった。アトランティス人はそうした生物から身を守るために、都市の周囲に巨壁をめぐらして暮らしていた。
 すでに言及したグロテスクな動物人間は、アトランティスの時代になってもまだ存在していた。

 動物人間たちは、社会の一定の階層から「もの」呼ばわりされ、奴隷や運搬用の家畜同然に扱われていた。アトランティスには当時二つの集団が存在していた。

「一なる者の法」の下に生きる集団と、「ベリアルの息子」たちと呼ばれた集団である。(ベリアルとは無法者、反逆者を指し、価値なき者、悪霊を意味する)

 後者、つまり「ベリアルの息子」たちはベルゼブブ(悪魔の首領ベルゼブルのこと)に従う者たちで、物質主義の巨頭であり、利己的で実利的エゴイストの集まりであった。

人の体に「ひずめ」や「かぎ爪」や羽毛、翼を持つ動物人間たちを「もの」におとしめ、奴隷扱いしていたのは、この集団に属していた者たちである。

 一方、「一なる者の法」を守る人々は、動物人間を「癒しの大寺院」に連れて行くなどして、彼らの精神と肉体の両面から救済を試みた。そこでクリスタルや光、音を用いた先端技術の手術により、彼らの体の付属物の大半は除去することができた。

そうして神が完璧なる人体として創造したアダム・カドモン(人間の原型、いかなる形態もとり得るライトボディ)に、そのような付属物が現れることはなくなっていった。

 大陸をも揺るがす、三度にわたる一連の大地殻変動による災禍が最初に起きたのは、紀元前5万700年頃であったが、この初めての災厄は、恐竜撲滅を計画して用いた化学物質や起爆性物質が原因であった。

恐竜の洞窟内では、無数の巨大な空隙に溜まったガスが爆発し、それが突如として、火山の爆発や地震を引き起こすきっかけとなった。この地殻変動は絶大な規模で起き、地球の地軸と極を現在の位置まで動かして、最後の氷河期をもたらしたのである。

 レムリア大陸は完全に崩壊したが、不思議なことにアトランティスは陸塊の状態だけを言うのであればさほど影響を受けなかった。ポール・シフト(極移動)が生じた結果、

レムリア大陸は全土が海中に沈み、アトランティスが地上における首位的文明となった。先にも触れたように、アトランティスは非常に発達したテクノロジーを有してはいたが、精神的、あるいは霊的には粗野で、成熟した文明ではなかった。

現代のアメリカ合衆国と同様である。実際に、当時アトランティスに生きていた魂の多くが、現在のアメリカ合衆国に転生している。

 この劇的大変動による大陸の変形と気候の変化が原因で、恐竜はほぼ全滅した。いまや地上の主なる文明となったアトランティスは、いよいよ繁栄を極めようとしていた。

地球外生命体がアトランティスを訪れ、クリスタルによる高度のテクノロジーを伝えたのもその頃である。

 アトランティス人は、社会の各方面を動かすのにクリスタル・エネルギーを用いた。アトランティスには大陸全体に威力を及ぼせる巨大クリスタルがあり、それは主要エネルギー源となっていた。

車や船、潜水艇や飛行機などはもとより、その社会に必要なエネルギーのすべてをクリスタルが供給していたのである。科学の地位は新しい「神」さながらに祭り上げられ、人々はいわゆる「神」の存在に徐々に興味を失っていった。

 「ベリアルの息子」たちとネガティブな地球外生命体からの影響力が強くなるにつれ、彼らのアトランティス文明全体に対する支配力も次第に大きくなっていった。

それとともに彼らは、クリスタル・エネルギーを戦争目的や人々を支配する手段として使うようになった。

 運命の日、アトランティスの科学者たちは悪意ある目的を掲げ、ある種のエネルギー光線を地殻に貫通させるために巨大クリスタルを使おうとした。

 このことが原因で、突然地球において前代未聞の大爆発が引き起こされたのである。
紀元前2万8000年界隈に起きたこの出来事によってアトランティスには浸水が始まり、結局三つの島が残るのみとなった。
 この出来事はノアの箱舟と大洪水の物語としてその一部が聖書の中で語られている。

 この大災禍のあとで、アトランティスの再建が始まったが、洪水前の繁栄を取り戻すことはなく、時が経つにつれアトランティスでは退廃が進んでいった。

 電気学、原子力、そして太陽エネルギーの動力化といった面では大きな進歩を遂げたにもかかわらず、紀元前1万700年には、アトランティス人の精神は低劣さを極め、モラルも底をついた。

 人身御供(ひとみごくう)が大量に捧げられ、太陽信仰が蔓延した。姦通や汚職はあとを絶たなかった。

 太陽のクリスタルが強制や拷問、刑罰の手段として未精製のまま用いられた。庶民はそうした膨大な数の太陽のクリスタルを「恐怖のクリスタル」と呼んだ。

 紀元前9500年頃、大規模な地殻変動が地球を揺るがし、アトランティスは地表からその姿を消した。その時の爆発の規模は、広島に投下された原爆の百万倍であった。

 神と予言者の声に常に耳を傾けていた「一なる者の法」に忠実なアトランティス人たちは、この災禍が起きる前にすでに避難していた。

 彼らはエジプトをはじめ、ユカタン半島や北アメリカに逃げ、後に後者はそれぞれマヤ族、イロコイ族(北米先住民)として知られるようになる。
 それらの文明におけるピラミッド建設には、アトランティス文明の影響が反映されることになった。

 アトランティスにまつわる秘密のすべては、エジプトの大ピラミッドの間にある「記録の間」に安置されており、神秘的な方法によって守られている。

 現在の地球に転生している「ピニアルのジョン」と呼ばれる者がエジプトを訪れ、その者がそうした記録を全面的に開放する偉大な人物であると、ポール・ソロモンとエドガー・ケイシーはチャネリングによる情報で述べている。

 エジプトの歴史は、現代の学者がいう4000年~5000年どころのものではなく、10万年は続いているもので、エジプト文明は地球外生命体との関わりが深く、ピラミッドの構想も地球以外の星からもたらされたものである。
 その他にもいくつかの別の星から来た意識が融合することで、エジプト文明は成り立っていた。

   プラトンは自分の書いた本の中で、アトランティスの水没に触れている。現代の歴史書がその視野においていかに狭く、浅いものであるかは、実に驚嘆に値する。

バハマ諸島はアトランティスのポセイディアの山頂の名残である。ポセイディアは、アトランティスを襲った二番目の地震の後に残った島の一つである。

 1968年には水深約18メートルの海底で、ダイバーたちによって寺院などの廃墟が発見されている。

   三つの異なる情報源を調べた結果、バーミューダ・トライアングル(三角海域・バーミューダ、フロリダ、プエルトリコを結ぶ三角形の海域で、海難、航空事故の多発地帯として有名)は実際に、前に述べた巨大クリスタルが海底に沈んでいる場所であることがわかっている。

 その巨大クリスタルは、太陽光線が月との関連で生じる特定の角度で、海底を照らしたときに活性化される。その時そこで生じるエネルギーの「渦」を横切るものは何であれ、反物質化され、分解されてしまうのである。

 バーミューダ・トライアングルの影響が常時一定でなく、特定の場合に限られるのは、そうした理由からなのである。

 現在のわれわれは、5万年前のアトランティスと非常に似通ったテスト期間を通過中である。ここでの問題は、われわれが科学や技術の進歩が原因で、自分が今ここにいる「真の理由」を見失ってしまうかどうかである。

 われわれが存在している「真の理由」とは、自分が自覚している以上にずっと霊的なものなのである。

 「アセンション・マニュアル」 ジョシュ・D・ストーン博士著
             ナチュラルスピリット



アトランティス大陸沈没時
UFOに救われた人は3分の1だったお話


アトランティス大陸沈没時、UFOに救われた人は3分の1です。3分の2の人はエネルギーが低いため、UFO機内で肉体が維持できないので、UFOに乗せてもらえませんでした。

 エネルギーの高い人は意識の高い人とイコールです
 意識が高くないとUFOにより救済されないのです。  河合勝さん



様から引用させていただきましたすべての記事 五井昌久さんの記事♪


グッドリー・カンパニー


放浪者(ワンダラー)の使命を持った人々のことを、別の呼称でグッドリー・カンパニー(善良なる仲間、美しい仲間)といいます。1961年に発刊された「宇宙語・宇宙人」(ジョージ・ハント・ウイリアムスン・増野一郎訳・宇宙友好協会)の本の中で、その放浪者のことが詳しく紹介されていました。

その同じ著者による「ライオンの隠れ家」異星人だった歴史上の偉人たち(坂本貢一訳・求龍堂)の中に、このグッドリー・カンパニーのメンバーたちが、この地球の進化の歴史にどのように関わってきたかの、驚くべき真実が語られています。

著者は、アンデスの奥地に太古から存在する、伝説の修道所に秘匿されていた、地球の真の歴史を記録したものを閲覧することが許された、外国人としてはただ一人の人です。


「その昔、ある魂の集団が、人類の獣性から神性への旅を後押しするために、宇宙の彼方からやって来た。彼らは゛グッドリー・カンパニー(善良なる仲間、美しい仲間)″と呼ばれる集団を形成して、今なお活動を続けている……。

彼らは、この悲しみの惑星に、今から1800万年ほど前に魂のみでやって来て、人の肉体を手にし、以来現在に至るまで、堕落した地球人類の教師として、まさに身を粉にして働き続けてきた。

彼らは、オシリス、アポロ、メルクリウス(マーキュリー)、トートといった伝説の神々として名を残すとともに、その後もさまざまな統治者や民族指導者に生れ変わっている。」


「グッドリー・カンパニーのメンバーたちは、自ら志願して地球に転生して(生まれ変わって)きた異星人たちであり、彼らには゛ワンダラー(放浪者)″という名も付けられている。

彼らはこれまで、地球上で何度も何度も生れ変わり、まさにあらゆる時代を通じて地球人類を援助し続けてきた。この地球でこれまでに発生したあらゆる文明が、彼らの影響を極めて強く受けている。」と、彼は言っています。


ではグッドリー・カンパニーのメンバーである偉人たちは、どのように転生を繰り返しながら、この地球の各時代に働いてきたのかを、幾つか例をあげて引用紹介させていただきます。



ムー大陸崩壊


ムー大陸は邪悪な聖職者や科学者たちの悪行がもとで、大陸のほぼ全域が破壊され、その大陸の大部分が海中に沈んでしまった、約1万2000年ほど前頃のことです。


その頃、ムー大陸の東端の地テロス(現在のアリゾナ)に、金星から交易船団が降りてきました。宇宙からの訪問の目的は、金星の長老たちの命令で、ムーの人々との間で科学、芸術、文学、および宇宙的真理などに関するアイデアーの交換のためです。その宇宙船団の長、メルクを迎えたのが、「太陽の淑女」といわれた、ムーでの傑出した歴史家および宗教家でした。


この二人の交流により、膨大な量の情報が引き出され、偉大な真実が明らかになりました。それらを整理し、後にトレニウムと呼ばれる不滅の金属板に記録され、テロスの中の様々な場所に隠されたということです。

それは新時代の人々によって発見されることを願ってのことです。激しい嵐や地殻変動が起りはじめたとき、ムーの君主は金星の教師たちと相談し、彼の忠実なしもべであった人々を、大都市群から導き出し、大きな宇宙船によって金星に向わせました。


ムー大陸の崩壊のプロセスは数千年にもわたることで、ほぼ全土を水没させた地殻変動が発生したのは、今から1万2,000年前です。そこで、大陸が水没する運命にあることを、かなり前から予知していた彼らはその文化を移植するべく、西と東の双方に向けて旅立ったのです。

西に向った一団はアジア大陸を発見し、カンボジアとビルマを、そしてさらにインド、チベット、中国に足を延ばし、後の中国文明の基礎を築き、アフリカの東海岸を通って、ナイルの水源の地域へと進入しました。

一方、東に向った移民団は、南米、中米、アトランティスを経てヨーロッパにまで進み、最終的には地中海沿岸やエジプトに達しました。エジプトにはすでに紀元前2万4000年頃から、高度な文明が存在していたそうです。


アトランティス大陸の全土が水没したのは紀元前9600年頃で、ムーの数百年後です。

ムーとその植民地に住んでいた偉大な魂たちは、最後に間近いアトランティスに転生してきたのです。そして、やがて訪れる゛夜明け"のための準備を進めてきました。


こうしてグッドリー・カンパニーのメンバーは、ムー、アトランティス、そしてエジプトヘと転生を繰り返してきているのですが、そればかりではなく、世界の様々な国に、そして現代のこの世界のどこかに、今も、当り前の地球人として、知られることなく働いているかもしれません。何故なら、今日のこの大きな変革期のときこそ、待ちに待った大きなシフトの時だからです。


さて、ムー大陸最後の偉大な君主と、金星よりの光の船団の長メルク、そして、それを迎え入れた太陽の淑女が、グッドリー・カンパニーとして、どのように各時代に転生してきたかを、引用してみましょう。



転生の神秘


ムー大陸の聡明な君主は、紀元前2000年頃に、ハムラビ王として、バビロニアに生れ変わりました。「ハムラビ法典」をつくった人です。

次に、ヤコブの子ヨセフ(前1761~)。彼はエジプトに奴隷として売られ、後にエジプトの実質的統治者となります。そして彼の妻となったアセナテは、かつての太陽の淑女といわれた女性の生れ変りでした。


ヨセフの次に、彼は、イスラエルの偉大な王ダビデ(前1580~1540)となりますが、彼の妻となったバテシバは、再び太陽の淑女だったのです。次にレクミレ - マヤ、となり、イスラエルの民をエジプトから導き出したモーゼ(前1313~1193)となるのです。

次にアーモス2世(前569~525)、エジプト第26王朝の王となり、

ダニエル(預言者) - ネヘミヤ - ヨセフ(前44頃、イエスの父)となります。

そしてさらに彼は、バルナバと呼ばれたヨセフ
- マーリン(アーサ王に仕えた魔術師)、
-メサ・バードの宗教指導者(後1200頃、インディアン) 
- モンテマス(後1500頃、アステカの王) 
- ジャン・カルビン(宗教改革指導者) 
- ジョセフ・スミス(後1805~1844、モルモン教の創始者)となるのです。


金星からレムリアにやって来た、メルクは、後にエドムのハタデ王(前1565~)となって生れ変わるのですが、この人は浮浪児からファラオになった人で、浮浪児の時の彼を神殿に招き、教育を受けさせたのが、ヨセフの妻となったアセナテ(太陽の淑女)だったのです。


次に彼は、メンケペレ・セネブ(エジプトの大祭司)となり、ツタンカーメン王(前1370~1350)となります。そして次に、モーゼの兄アロンとなります。このアロンの第二夫人となったエリシバは太陽の淑女です。


次に彼は、エゼキエル(大預言者) 
- シミアス 
- ザカリヤ(洗礼のヨハネの父)となり、
- 次にマルコ(後18~、福音書の著者) 

- 聖ゲオルギウス 
- ギスティニアーノ・パルテンパツィオ(ベネチアの首長)となり、
- 次にリカルド牧師

- アタワルパ(後1532~、インカ皇帝。ピサロに暗殺される。)
- ロバート・ブラウン博士(後1550~1633、会衆派の父)となるのです。


太陽の淑女といわれた女性は、ヨセフの妻となり、後にダビデの妻となり、タペネス王妃(アーモス1世の妃)となり、エリシバ(アロンの第二夫人)となり、エリザベト(洗礼のヨハネの母)となり、男性のインディアンに生れ変わってくるのです。

こうして幾生も生れ変わりを繰り返しながら、あるときは夫婦となり、またあるときは兄弟となったりしながら、お互いに助け合い、この世界に働きかけていく。まことに縁の深い絆に結ばれた魂たち。その神の仕組みの神秘さに感動を覚えます。
 



転生の神秘 2


グッドリー・カンパニーのメンバーであるムー大陸最後の君主と、金星からの交易船団の長としてレムリアに降りて来たメルク。それに太陽の淑女といわれた偉大な宗教家、および歴史家としての女性の3人の転生を例に、

放浪者(ワンダラー)としての使命を持った人たちが、どのように転生を繰り返しながら、この地球人類の進化に関わってきたか、その神秘なる転生の仕組みを見てきました。


その他にも幾つか例をあげてみますと、私たちが名前をよく知っている儒教の祖である孔子は、古代エジプトで13度もファラオとしての生涯を送っていたそうで、第4王朝のクフ王であったり、またツタンカーメンの黄金のデスマスクを造った芸術家であったりしています。そして孔子として中国に生れ、後にカンボジアの教師ラオ・ミンとなっています。


また、偉大な数学者としてその名を教わっているピタゴラスは神秘数学と音楽、それに天文学に優れたギリシヤの哲学者で、前生は第18王朝のトウトモス3世であったし、現在はクート・フーミ・ラル・シンとしてチベットに住んでいるといわれています。


クート・フーミ大師はモリヤ大師と共に、水星と火星に深い関係があり、宗教と教育を通して、人類の霊的運命を見護っている偉大なお方ですが、長身でスリムで褐色の不滅の肉体を持って、今もチベットの何処かに住んでいらっしゃるといわれています。


このお二方は次の救世主を引き継がれる方たちといわれております。そしてこのクート・フーミ大師は、フランス人の霊能者が、五井先生を訪ねて来られて、昱修庵でお会いになったとき、その霊能者を通して、五井先生とコンタクトなさったことがあります。


次に、イエス・キリストの弟子である12使徒の幾人かをあげてみます。


ペテロ(シモン)は、エジプト第18王朝の王アクナトンから、ギリシヤの哲学者ソクラテス。そしてペテロとなって後に、エピクテトス(ローマのストア学派哲学者) - サン王 - ウイリアム・ロイド・ギャリソン(米国の奴隷制度廃止運動の指導者)となります。

ヨハネはイザヤ(旧約聖書の大予言者)からアリストテレス(ギリシヤの哲学者)、そしてヨハネと生れ、後にレオナルド・ダビンチ(イタリァの芸術家)となるのです。


グッドリー・カンパニーの一員ではないのですが、イスカリオテのユダ(イエスを裏切った)はツタンカーメンに、またアクナトン(アメンホテプ4世、ペテロの前々生)にも毒を盛ったアモンの祭司という前生をもつています。

悪役はどこまでも悪役を演じつづけていくのでしようか。


ピリポの前生はギリシヤの哲学者プラトンです。ずつと前生にアメンホテプ3世、そして後にアーサー王。そしてスエーデンボルグ(スエーデンの科学者、哲学者、神秘主義者で霊能者)でした。

イエス様の弟子たちはペテロをはじめ、漁師とか取税人とかの下層の人たちが多いようですが、やはり霊的には、素晴らしい前生を内に持った魂たちが、使命によって集められてきているのです。


では主であるイエス・キリストは、どのような前生を経てきているのでしょう。


イエス様は前生ではインドでクリシュナであり、そして驚くべきことに仏陀であった、というのです。あまりにも意外で、信じ難い思いもするでしょうが、救世主というお方は、人類救済の使命を引き継ぐものです。


では、仏陀はどのような転生を経てきているかといいますと、ヴィヤーサ(ヒンドゥー教の創始者)。エジプトではトス(ヘルメス、光の宗教)、ペルシャではゾロアスター(拝火教の創始者)、ギリシヤではオルフェス(音楽で人々を導いた)、そして、仏陀(ゴーダマ・シッダールタ)として受肉し、後にイエス・キリストとなるのです。



二人のイエス


この仏陀とイエスについて、ルドルフ・シュタイナー(人智学協会の設立者)の語るところを要約しますと、「ベツレヘムにて、ヨセフとマリアの夫婦のもとにイエスが生れました。ほぼ同じ頃、パレスチナでも、やはりヨセフとマリアという名の夫婦に、イエスという名の子が生れたのです。

つまり、ヨセフ、マリア、イエスが二組いたということです。ベツレヘムのイエスの中には偉大なゾロアスターが受肉したのです。そして、ナザレのイエスには仏陀の応身(肉体を持たない形を応身という)が入ったのです。

12才のとき、ベツレヘムのイエスは死に、ゾロアスターの自我は、もう一人のナザレのイエスの中に移ります。つまり、ナザレのイエスの中に、応身の仏陀とゾロアスターの自我が共に働いて、叡智に満ちた偉大なるイエスとなったのです。」


新約聖書のルカ伝の中に、次のような物語があります。


イエスの両親は、過越(すぎこし)の祭りは毎年かかさずエルサレムに行きました。12才になったイエスは、祭りの習慣通り、両親についてエルサレムに行きました。

祭りが終わった後、イエスはエルサレムに残りましたが、両親はそれに気づかず帰途につき、その日一日旅をつづけました。ところが夕方になってもイエスの姿が見えないので、あわてて、親族や友人たちの間を捜し始めましたが見つからず、とうとうエルサレムまで引き返しました。


3日後になって、ようやくイエスの居場所がわかりました。イエスは神殿で律法の教師たちを相手にして、難しい議論をしていたのでした。賢学のラビたちや見物人たちは、みなイエスの知恵と洞察力の深さに驚いていました。


両親はびっくりして、「どうして、こんなことをしてくれたのですか。お父さんも私も、どれほど心配をし捜し回ったかしれないのに。」と、マリアが叱りました。ところがイエスは、「なぜぼくを捜したの。

ぼくは、ぼくのお父さんの家(神殿)にいるって、わからなかったのかなあ。」と、答えました。こう言われても両親は、そのことの意味はわかりませんでした。

両親にとって、なぜ自分の子が突然叡智に満ちた話をするようになったのかわからなかったのです。


ナザレのイエスの両親には他に子供はいなかったのですが、もう一方の両親には、イエスの他に4人の男の子と2人の女の子があったのです。後にこの二つの家族はナザレで近くに住むようになり、やがてベツレヘムのイエスの父とナザレのイエスの母の死去に伴って、この二つの家族が共に住むようになるのです。


マタイ福音書とルカ福音書とでは、イエスの少年時代の記述が異なるのは、マタイはベツレヘムのイエスについて語り、ルカはナザレのイエスについて語っているからです。


以上が、シュタイナーが第五福音書の中で語っていることです。


二人のイエスでもわかりますように、生れ変わるといっても、死んで何百年か経ってから生れ変わってくる、といったありかたと、即、生れ変わってくるのと、肉体をそのままに魂が別の魂に変わってしまう場合もあるのです。

また、ベツレヘムのイエスのゾロアスターの自我が、ナザレのイエスの中に移行してから、ベツレヘムのイエスが死ぬ、といった場合もあり、釈尊と釈尊の前生であるゾロアスターの二つの個性が、二人のイエスの中に別々に入るような形もあるように、生れ変わりにはいろいろなありかたがあるようです。


例えば、一つの魂が二つに別れて生れてくるとか、二つの魂が一つ肉体を持って生れてくることなどもあるそうです。

死んでから次に生れてくるまでの期間の長短は、その人の意識のレベルの段階によっても違うようです。霊界での学びの期間が早く終るか、遅くまでかかるか、ということにもあるでしょう。


この三次元世界(肉体界)での学びと使命がすべて果たせたら、この世界へは生れ変わってこないでしょう。ただし使命があれば何度でも生れ変わってくるでしょう。


グッドリー・カンパニー、または放浪者(ワンダラー)といわれる人たちは、みな使命をもった人たちですから、この地球での使命が終れば、次にどのような星での転生を繰り返していくようになるかわかりません。


から引用させていただきましたすべての記事 五井昌久さんの記事♪




 第一の時代はポーラー時代と呼ばれます。4億5千万年前からの時代です。その時代、最初の人類であるポーラー人種は現在の北極の位置にあたりますが、当時は赤道上にあった島(トゥーレ島)に住んでいました。


 後に地軸が変動して現在の北極の位置に移動したのです。この時代の住人はほとんど透明でエテリック(霊気的)な存在でした。


 そして現在のように男女の区別はなく、アンドロギノス、オメ(男女)の存在であり、ちょうどいくつかの植物のように自分自身で子孫を増やしてゆくということができました。

 この時代は地軸の変動による大異変を伴って終わりました。



 第二の時代はイーペルボーリア時代と呼ばれます。
場所は現在のグリーンランド、北極付近の半円状地域にあたります。

 この時代は第一の時代よりもバイブレーションが少し凝縮してきて、
住人達はゼラチン状の存在となりました。

まだ完全に物質的な存在ではありませんでしたから、
地球上に第一の時代、第二の時代については
人類の物理的な痕跡というものは存在しません。

この時代の住人もアンドロギノスでした。
この時代もまた地軸の変動による大異変を伴って終わりました。


第三の時代 


第三の時代:レムリア時代

 さて、この地球の温度がさらに冷えてくることによって、
物質的な状態も段々と凝縮してきました。

こうして第三の時代、レムリア時代が
始まりました。場所は現在のオーストラリア、オセアニア、
イースター島を含めた南太平洋地域にあたります。

かつてはここに大きな大陸が存在しました。
この時代に創造物の物理的な表現がとられました。
この第三の時代は恐竜の時代で、
また動物や植物も大変巨大な時代でした。

それは地球がまだ第三の時代にある天体と
して若い時代であったからです。

すなわち地球は大きな植物、動物、さらには大きな
人類、巨人族を栄養としていたからです。

モアイ像/イースター島 
この時代の人類は平均して約8mの身長を持っており、寿命は1500年ほどでした。
またハーマフロダイト、両性具有の存在でした。

そしてレムリア時代の中期に男女の性の分化が起こりました。
この時代の住人達は現在のオーストラリアやイースター島を中心とする南太平洋の島々、
そして南アフリカの一部に住み、偉大な文明を築きあげました。

ですから現在に至っても
南太平洋のミクロネシアの島々には大きな構造物の痕跡が残されています。

この時代は一万年にわたる絶え間ない火山噴火と大地震によって、
現在残されているわずかな痕跡のみを残して海の底に沈み、破壊されました。



第四の時代:アトランティス時代

アトランティス時代の陸地 
このようにして第四の時代、すなわち水の象徴で
表されるところのアトランティス大陸が現れました。

アトランティス大陸、それは現在でもその名残りが
アトランティック・オーシャンAtlantic Ocean(大西洋)という名前に残っています。

大西洋に存在し、スペインの位置からブラジルのアゾレス諸島の方
にまで広がる大きな大陸でした。
写真のピンク色で示した部分がこの時代の陸地を表しています。

アトランティスの時代には大変パワフルな文明を開発しました。
この時代の人類の身長は3m~4m、平均寿命は700年ほどありました。

現代を遙かに超える文明とテクノロジーを開発した一方で、
頽廃した人々の間では黒魔術がはびこり、
これが一因となって天変地異を引き起こし、
アトランティス大陸は現在の大西洋の位置に沈みました。

 アトランティス大陸は何度かの天変地異で沈んでゆきましたが、
最後に残された島、それがポセイドニス島です。

この最後のポセイドニス島が沈んだのが約1万2千年前(BC9564年)です。
しかし、その前に約8万年前に大陸の大部分は沈んでいました。

ですから、最後のポセイドニス島が沈む前にすでに
地球上のいろいろな地域に移民が始まりました。

 現在のメキシコの位置にはトルテカ族、マヤ族、アステカ族
などが移民しました。そして北アメリカにはレッドスキンと
呼ばれる北米インディアン(ネイティブ・アメリカン)が移住しました。

そしてさらには南米にも向けてペルーのマチュピチュなどにも
いろいろな部族が移民してゆきました。
そしてヨーロッパの方に向けてはストーンヘンジなどで
知られるケルト族の移民がありました。

そして現在のアフリカ大陸に向けて黒色人種の移民がありました。
そして現在のエジプトにも移民がありました。

このようにして七種の人種に大きく分けられますけれども、
このうちの黄色人種、それは現在のゴビ砂漠の位置に渡り、
そこからさらに七つの部族ごとに分岐してゆきました。

それが多くのアジアの国々をつくってゆきましたけれども、
この黄色人種の中でも最も若い部族、それがこの日本の民族です。

 このように、現在の人類のルーツとなったのはアトランティスです。
これがすべての地球上の古代文明、また民話や神話の中にも
アトランティスの話、洪水伝説、また巨人伝説などが残されている所以です。



第五の時代 


第五の時代:現代

 こうして第五の時代が始まりました。第五の時代は、
アトランティスから移民した主要な七つの人種がさらに七つに分岐しながら、

それぞれが文明の興亡を繰り返し、そして私たちが生きている現在に至っています。

 この時代の住人の身長は1.5~2mです。
現在の私たちの寿命は70~80才です。古代エジプトでは寿命は
140才くらいだったといわれています。

このように寿命が短くなってきているのは、
それだけ人類の肉体的、心理的頽廃と虚弱化を表しています。

七つの主要な人種

主要な人種を表す図 
 それでは、この時代の七つの主要な人種についてまとめてみましょう。
まず黄色人種があります。そしてその一部が日本人です。

そしてインドを中心とする灰色人種があります。
そして北米のレッドスキンと呼ばれる赤色人種があります。

そして現在マレーシアなどに見られるオリーブグリーン色人種。
また中央アメリカに移ったマヤ族、アステカ族などは銅色人種と呼ばれます。

またこの中でも特に古い人種に黒色人種があります。
そしてこの多くの人種の中でも一番新しいのが白色人種です。

すなわちアトランティスの時代には、白色人種は存在していませんでした。
この白色人種はアトランティスの後期の肌の
褐色の女王と蒙古系の王子との間から生まれたものです。

 このようにいろいろの異なった人種がありながら、
ひとつ大変興味深いことがあります。それは肌の色は異なっていても、
手のひらと足の裏の色はどの人種も全く同じであるということです。

それが示しているのは、どの色の人種に生まれたとしても
同じ手をもって進化のために働くことができる、
同じ足をもって進化の道を歩くことができるという可能性を示しているのです。

ですから、どの人種がどの人種より劣っているとか
また優れているということはありません。
ただそれぞれの人種が時代によって最盛期があったというだけです。


この星の歴史 

BC 16,500,000 -- 金星の主方の到来(サナト・クマーラ)、シャンバラに住む
   200,000 -- アトランティスにメルキゼデクが出現
    70,000 -- マヌ、王となってシャンバラに住む。
    50,700 -- アトランティス最初の悲劇。レムリア人の移民(南アメリカ-インカ)
    40,000 -- トス(ヘルメス)、エジプトに出現
    29,700 -- 初代ツァラトゥストラ、ペルシャに出現 -- 排火教(ゾロアスター教)
    28,000 -- アトランティス二度目の異変 --(ノアの洪水伝説)
    10,490 -- エジプト:大ピラミッド建設 - 建設に100年を要した。
    10,300 -- エジプト:アレクサンドリア図書館創設 
( アトランティスの全ての聖典・奥儀を保存)
    9,500 -- アトランティス最後の破局。エジプト・ユカタン・メキシコに移住。
    5,000 -- オルフェウス、ギリシャに出現(オルフェウス秘儀)
    4,000 -- ラーマ・・・この頃シルバーバーチ地上に生きる。
    1,500 -- クリシュナ (インド)
    1,300 -- モーゼ --- ユダヤ教
     800 -- 旧約聖書の編集始まる
     570 -- ピタゴラス・仏陀
     470 -- ソクラテス (ギリシャ)
     444 -- マハヴィーラ (ジャイナ教)
     427 -- プラトン (ギリシャ)
     200 -- AD200 叙事詩「マハーバーラタ」(バガヴァッド・ギータ)
AD     0 -- イエス・キリスト



から引用させて頂きましたすべての記事


人類の進化への創造主の介入  キラエルさんの記事♪

 やがて、レムリア人達は完璧なまでに進化し、あまりに完璧すぎるがゆえに、この地球にはとどまれなくなってしまいました。地球上で魂が進化の旅を続けるには、人間性を一から進化させられるような新たな枠組みが必要になったのです。

 そこで、創造主は新しい進化の計画を立てました。それは幼い魂達が、一つの経験を完全に学ぶことによって、様々な知識を得られるようにするための計画でした。そして、その計画の中では、誰のどの経験もすべて、進化に役立つようになっていました。

 ちょうどその頃、レムリア大陸は再調整に利用することにしました。これはよく覚えていただきたいことなのですが、その当時、太陽系以外の多くの惑星系でも進化の過程が進んでいました。

 そして、それらの惑星系を活用することによって初めて、地球は軌道修正し、再び「進化の学校」になることが出来たのです。大多数の人は、この一件を一種の「退化」とみなすでしょう。しかし、あの時はそうするのが一番良かったのです。

 こうして、地球では全く新たな計画のもとに、進化の過程が再び初められる事になりました。その時、レムリアの人たちには2つの選択肢が与えられました。それは、さらに進化して非物質的な存在になるか、あるいは大幅に退行して地球で新たな進化の過程をやり直すか、というものでした。

 ここで、皆さんは「次元上昇し非物質的存在になれるほどの人々が、わざわざ魂を退化させてまで肉体の中に留まりたいと思うはずがない」と思われるかもしれません。

 ところが驚いたことに、現実には極めて多くのレムリア人達が、人間として生き続けるために退化するという道を選びました。なぜなら、それが創造主の希望だったからです。

 創造主は、人間たちにそれまでと同じ肉体を使わせたい、一からやり直すことはしたくない、と考えておられました。そして、ご存知のように、レムリア人には純粋な愛しかありませんでしたから、彼らはそれが神の計画であるならば、その通り完璧にやり遂げよう、と思ったのです。

 その後、創造主はプレアデス人やシリウス人たちに退行する方法を教え、彼らを退行させることによってアトランティス人を創りました。地球外生命体たちが今回のシフトに強い関心を抱いている主な理由もそこにあります。

 レムリア人は神が直接創った存在であるのに対し、それに続くアトランティス人はその大部分が銀河系から来た存在だったのです。しかし、彼らは常に神の意志に従って行動していました。

 それ故、彼ら銀河系人もまた、あなた方、つまり現在の地球人やレムリア人同様に神の子である。という事が出来ます。彼らもあなた方も皆、神の子なのです。


アトランティス文明に関する諸説  

プラトン
  R・シュタイナー  神智学  エドガー・ケイシー  M・ドーリル  和尚  

から引用させていただきましたすべての記事 五井昌久さんの記事♪




M・ドーリル

 あなたは、アトランティス時代にさかのぼって、なぜアトランティスが消滅したかを不思議に思うだろう。
その原因は、偉大なる方々の指導と教えのも
とにアトランティスの人々は、それまで宇宙で知られていたいかなる文明よりも高い最高の文明を築いていた。

 彼らはそれほどの強力な能力までに達し、その知識を使えば、現代の原水爆が線香花火程度のものに映るほどの、もっと巨大なものを作ることができた。

 彼らはこの太陽系内を旅行出来ただけでなく、他の太陽系へも旅行出来たのである。 彼らは宇宙空間の大磁気流を使った。

 彼らは自分たちの力を決して破壊的には使わなかった。 時が来て、極めて少数の人々を除いた総ての人々は、この地球を去ってよりレベルの高い惑星世界へと行くだけの霊的知識と理解に達していた。 

しかし、彼らの子孫たちは、その内面にいまだに束縛された魂をもっていて、まだ高次の魂の輝きに達していないまま、先代-古代アトランティス人たちの物質的力と智恵とのすべてを引き受け、それを誤用した。

そのためその物質的力と智恵とを彼らから取り上げなければならなくなった。 このため、アトランティスは海中に沈下していった。 

その後は単に二、三の植民地が残っただけで、彼らの子孫が未開人として再び生まれ変わってきた時は、もう先代たちの物質的力と智恵とに近づくことは出来なかったのである。
                                                  ----- 「カバラの真義」 ----


 政体は貴族政治。政治は特定の階級の利益ではなく万人の利益になるように計画された。

統治者は主として上流階級から選抜されたが、その資格は階級よりも能力であった。

音楽は粗末で、楽器は原始的だった。アトランティス人はみんな色彩が好きで家の内外を問わず明るい装飾が施された。絵画の技術はまだ確立されていなかった。しかし、彫刻は広くおこなわれ、非常にすぐれていた。金、銀、金銅は装飾や家具用として非常によく用いられた。

 学校はすべて国が建て、小学校教育は義務制であったが農林、畜水産、手仕事の職人達には読み書きは必要とされなかった。

 植物の特性とその治療成分の研究は重要な学問を形成した。各人が磁力療法と医療に関する若干の知識を持っていた。

 化学、数学、天文学も教えられたが、その目的は学生達の心霊能力を開発し、自然の隠れた力を教えることにあった。退廃期に入るとともに支配階級は教育施設を独占し、生まれつきの才能は無視された。

アトランティス人は抽象力がなかったので一般化することはできなかった。掛け算九々表がなかったので、算術は彼らにとって魔術のシステムであった。

彼らの計算はたいていは一種のそろばん(珠盤)によって行われた。アトランティス人は事実の蓄積に巧みで非凡な記憶力を持っていた。

 彼らにとって霊眼を用いるのは習慣になっていたため、今ではみえなくなっている自然の過程を観察することができた。そのために科学が随分と進み、芸術や手業にもたくさん応用された。

 また今日では失われた力に関する知識を持っていた。これらの力の一種は航空母船や水中母船の推進に用いられ、別の一種は重力という引力を拆力に変えるのに用いられたので、巨大な石を高い所まで揚げるのは簡単であった。

 農業には多大の注意を払い、動物や植物の交配の実験が行われた。蟻から白蟻を造り出した。

富裕階級は航空船を用い、客席2名ないし6または8名であった。戦争や紛争の後期になると、巨大な戦闘員50名時には100名さえも収容する航空船を建造した。

この航空船からは毒ガス弾が落とされた。ヒンドゥー教の大叙事詩などにそれに触れた箇所がたくさん出てくる。

 宗教は太陽崇拝。至る所に太陽と火とを崇拝するための神殿が数多く建てられた。

太陽形円盤だけが唯一の適当な象徴とされ、普通、黄金の円盤が春分または夏至に日の出の初光りを受けるように置かれた。この宗教儀式は日本の神道に生き残っている。
  
                                                 ---- 「神智学大要"太陽系" 」第38章 ---- 



 ●紀元前200,000年頃よりはじまる。
....大救世主メルキゼデクが出現してガラリア湖畔に聖徒たちを養成す。
当時のガラリア湖は今の北米ニューメキシコ、アリゾナ地域に拡がる内海で、北米はアトランティスの一県だった。

 ●紀元前 52,000年頃... 
   .怪物がはびこる。怪物と人間との間の子(進化の過程にある半獣人)が奴隷としていた。巨大な人食い獣たちが山野にはびこっていた。

人間はみんな霊的な力を持っていた。第三の目は高度に発達していた。だが物質の世界に深入りしていったため、しだいに霊能力は失われていった。
 
 ●紀元前 50,722年..... 
   .人間に脅威をもたらす巨大怪獣の問題について、世界の五つの種族の会議が行われた。コーカサス地方からの白人種、後のゴビ砂漠地方からの黄色人種、スーダンや北部アフリカからの黒人種、レムリアからの褐色人種などの代表者。
           
 ●紀元前 50,700年頃.... 
   最初の悲劇--火山の爆発、地震。地球の地軸を変え、南北極を現在の位置に変えた。獣たちを追い払うために化学物質を用いたり、大きな爆発を起こしたりしたことが原因。

これが最後の氷河期を作り出した。大陸の他の部分はいくつもの島に割れ裂けて河や入江や湾ができ、気候も激変し、住みにくい世界となった。

 最初のアトランティス人の移民-->ピレネー山脈、中央・南アメリカ。
 レムリア人の移民-->南アメリカに移住....インカと謎のインディアンの部族の始まり。

太陽に輝く石造りの美しい市街があった。中心地ポセイディア。市街の中心に寺院があり、紫水晶その他の宝石を配した大きな半円型の石柱に支えられた寺院。

その内部の祭壇には、いつも聖なる火が燃え続けていた。その火は間の子についている動物的部分を取り去る効能を持っていた。

宇宙の創造的エネルギー、自然のエッセンスなどの研究。植物の生命、宝石、金属などの研究。特に宝石が人間の心霊的、直感的能力に与える刺激効果についての研究。農業、天文学、占星術の発達。反重力の知識。

これ以後もアトランティスの物質文明は、さらに高度なものへと発展を続けた。反面、精神面ではますます不安定な世界になった。人身御供の生贄、太陽崇拝、性の放縦や倒錯、貧富の差、内的な腐敗の進み。

 ●紀元前 28,000年頃....
   第二回目の異変--大きな島がたくさん水没した。--->「ノアの大洪水」
レムリアは太平洋に没した。中央アメリカ、モロッコに移住。

洪水の後、再興が始まる。機械工学、化学、物理学、心理学などの分野で大きな進歩。

電気技術、原子力エネルギーの利用。レーザー光線、殺人光線の発見。液体ガス、圧縮空気、ゴム、合金、未知の金属をつくる。潜水艦、電話、エレベーター、ラジオ、テレビ、写真。

太陽エネルギーを動力にする。ツアオイ・ストーン、ファイヤー・ストーン、グレート・クリスタルの利用。

ファイヤー・ストーンの効果を上げすぎたことが第二の悲劇の原因となった。

 ●紀元前 10,700年頃....
   道徳的にも精神的にも最悪の状態に達していた。
人間の生贄、太陽崇拝、不義密通、不正腐敗、暴力、反乱。

 ●紀元前 9,500年頃...
  .最後の破局--巨大な地震、大きな島々が海中に水没した。アトランティスは地球上から姿を消した。エジプト、ユカタン、メキシコに移住。(宗教の教義や記録の保存のため)

 ●紀元前 9,564年.....
ポセイドニス(Poseidonis)-アトランティス最後の島-水没
  ----「6カン Kan の年ザック Zac 月の11ムルク Muluk に恐ろしい地震が起き、ひっきりなしに13チュエン Chuen まで続いた。泥の丘(複数)の国、

ムーの土地はその犠牲となった。2回隆起すると突然夜の闇に消えてしまい、盆地は絶えず火山の力によって揺すぶられた。

そのために大陸の幾つかの土地が数回も沈没と陥起とを繰り返した。ついに地表が崩れ、七つの国々が引き裂かれて散った。

激動の力に堪えることができなくて、国々は6,400万人の住民とともに、本書の執筆より遡ること8,060年に沈んでしまった。」

  ---- 約3,500年前、ユカタンのマヤ人の間で書かれたらしいトロアノ(Troano)手稿 (神智学大要"太陽系"P254) 


中西征子さんの天界通信9 ピラミッドの正確な建設時代と名称 / スフィンクスの建設年代 / レムリアとアトランティスの正確な時代区分

から引用させていただきましたまとめの記事♪ 五井昌久さんの記事♪


一部引用ですが・・・♫

①クフ王、カフラー王、メンカウラー王の各ピラミッドの建設年代 
 クフ王のピラミッド    …15,050年前
 カフラー王のピラミッド  …16,035年前
 メンカウラー王のピラミッド…17,043年前

②クフ王、カフラー王、メンカウラー王の各ピラミッドの正確な名称 

①の各ピラミッドの建設年代は通常の古代エジプトのピラミッドの順序とは全く合致していないのです。
しかも3人の王の在位した期間は、B.C.2500年代に集中していて、①の年代とは異なる時代設定となっており、これらの事から、名称そのものも、本来のものとは異なるのではないかと思いました。
その点についても、各ピラミッドの本来の建設者の名前について教えてもらったのが、以下の名前です。

クフ王     → アメンカウラー
カフラー王   → トトメス一世
メンカウラー王 → カウメンカフラー

右側の名前が、各ピラミッドの正確な建設者という事になるかと思います。
(当時は“王”ではなく、“族長”だったそうです)
さらに驚いたのは、3人共ほぼ1,000才生きたというのです!
各ピラミッドが約1,000年毎に建設されている理由が、それで理解出来ました。
さらに彼らは、アトランティスの滅亡に備え、知識を後世に残すため、神から地上に転生に入り、3つのピラミッドを残そうとしたのだという事を話してくれました。

③スフィンクスの建設された年代 
 
クフ王(アメンカウラー)と同じ年代15,050年前という事です。

④レムリア時代 

 1,854万500年前〜1,582万年前

アトランティス時代 

 1回目 1,582万年前   〜 1,332万年前
 2回目 1,332万年前   〜 1,006万500年前
 3回目 1,006万500年前 〜 60,305年前
 4回目 60,305年前   〜 15,050年前(滅亡)


今回は、通信文を入れると膨大になるため、聴いた内容をまとめながら確認を取る方法で記しています。


これ迄の考古学的学説とは全く相入れない結果を前にして、複雑な気持です。
一体どちらが真実なのか、考古学にしても、私の聴いた情報にしても、どちらも、証明する事は、今の段階では不可能なのです。


しかし、人間の科学以上の霊的科学が存在して、やがていつの日か人間の霊性の向上と共に真実への理解が進む事を信じ、この記録も真実への一つの足がかりになれば…と思っています。
以上、よろしくお願い致します。

中西征子


過去の良質記事をご紹介♬
オムネク・オネクさんの本を書き出してくださっている歓喜サイトです♬


電子レンジがパワーグッズに大変身するコンセントです♬


宇宙の壮大な歴史が分かっちゃうサイトはこちら♪



宇宙人遭遇への扉 リサ・ロイヤル 
から引用させていただきました



プレアデス星人は太古の地球に住んでいた すべて表示

語り手 サーシャ

 私が属すプレアデスの種族は、太古の時代、地球に住んでいたことがあります。プレアデスや地球が属す銀河系宇宙ファミリーの大本の起源はすべて琴座に求める事が出来ます。

 しかし事座では争いが絶えなかったために、新天地を求めて他の惑星へ旅立った集団が数多くありました。私が属すプレアデス星人の種族の先祖は、琴座から地球に移り住んだ、ある集団に求めることが出来ます。

 彼等は地球の霊長類の遺伝子を自らの体内に組み込むことで、徐々に地球の環境に適応しやすい肉体を持つようになりました。

 そのうちに、琴座星人が「地球人種創造計画」を指導させるために地球にやってくるようになりました。地球へ琴座星人の新たな到来は、「地球系琴座星人」となっていた私達の祖先が、もともと嫌って逃れようとした葛藤を再燃させる結果となりました。

 そこで祖先たちはさらなる新天地を求めて、現在、プレアデス星団として知られる領域に入植することになったのです。

 プレアデス星人の祖先には、心の闇や葛藤を避けようとする傾向が強くありました。このことは、争いが起こるたびに、それに直面せず逃れることを選択してきた私達の祖先の太古の歴史を見れば明らかです。

 電池のプラスとマイナスがあって初めて電流が流れるように、陰(闇)と陽(光)の両極は、エネルギーを生み出すためには不可欠です。つまり、両極の統合ことバランス状態を達成するための鍵があるということです。

 しかし、私達の祖先は、こうした気付きに至るまでに、数多くの葛藤を体験しなければなりませんでした。

 地球で遺伝子プロジェクトを執り行っていた琴座星人は、自分たちの計画に参加することをプレアデス星人に求めました。
 地球の土着の霊長類から得た遺伝子を、自らの体内に持つようになっていたプレアデス星人のことを、琴座聖人は、地球人種のプロトタイプに組み込むべき格好の遺伝子を持つ種族だと思ったのです。

 一度は後にした地球での問題に再度巻き込まれることに躊躇しながらも一部のプレアデス星人は琴座星人からの申し出を受け入れることになりました。

 先にジャーメインが述べたように、未来の宇宙人からの働きによって、その他の地球人種に加えて、アジア人が新たに創造されることになりました。

 地球人のプロトタイプには、すでにプレアデス星人やシリウス星人らの遺伝子が組み込まれていましたが、これにゼータ・レチクル星人の遺伝子が導入されることで、統一感と霊性を持つ新しい種族を創造しようというのが、太鼓の宇宙人たちの狙いだったのです。

 しかし、太古、地球に関与していた宇宙人の目的は一様ではありませんでした。実際、宇宙人の異なる種族の多くが互いに反目しあっていたのです。

 地球人をあくまでも宇宙人に隷属する存在として位置づけていた宇宙人のグループは、アジア人のプロトタイプ創造計画や彼等に特別な教育を施すことを快く思っていませんでした。このために、革新的な目的を持つ遺伝子計画は、隔離された場所で秘密裏に行われる必要がありました。


◆宮島の周辺には大規模な宇宙人の複合都市があった

 プレアデス星人は地球の大半の古代文明と関わりを持ちましたが、中でも日本とは非常に深いつながりがありました。古代のプレアデス星人にとって、特に縁が深い場所の一つに広島県の宮島があります。

 日本三景の一つで厳島神社がある安芸の宮島です。実はあの周辺には第この時代に大規模な宇宙人の複合都市がありました。ある地域は通信基地として、またある地域はプロトタイプの遺伝子実験や教育の場として使われていました。宇宙人の居住地域として使われていたところもあります。

 宮島は一大文化交流センターでもありました。日本はレムリア文明圏に属していましたが、アトランティスとの交流もあり、宮島郊外にある都市にはアトランティスから施設が派遣されて文化交流が盛んに行われていました。

 宇宙人との交流が盛んだった古代の日本は、当時、南米にあった文明とも交流がありました。別の視点からすると、同じ宇宙人たちが、当時の南米と日本と交流していたということです。

 この他日本には、奈良県の天川、丹後半島の「天橋立」、宮城県の松島を始めとする東北地方など、超古代に宇宙人によって行われたプロトタイプの創造・教育計画と密接なつながりのある地が数多くあります。

 そして私達の視点からすると、中でも宮島周辺は、プレアデスと地球をつなぐ世界有数の「ゲート」の一つだといえます。

 宮島周辺でプレアデス星人によるプロトタイプへの教育が行われていたのは、およそ10万年前から15万年前のことです。アトランティス文明が崩壊して、世界の多くの地域が大洪水などの天変地異に見舞われたころまで、こうした都市には人間が住んで栄えていました。

 私個人が属すプレアデス星人の種族の外観は、ちょうど地球人の東洋人と白人の混血によく似ています。私達の目は東洋人特有のアーモンド型をしています。

 プレアデス星人の場合、白人系の種族であっても、やはり目の形はアーモンド型です。しかし地球人と違う点は、プレアデス星人の方が目が大きいことです。もしみなさんが私達を街角で見かけたら、おそらく地球人と思うでしょう。

 最もじっくり眺めると、「少し変だ」と思うかもしれません。私個人は特に日本人に親近感を覚えます。おろらくそれはプレアデス星人の祖先が、日本でプロトタイプの教育に関わっていたことに由来するのでしょう。

不思議だけど人生の役に立つ 神霊界と異星人のスピリチュアルな真相 

から引用させていただきましたすべての記事


日本が学ぶべきアトランティスの教訓

布施 ムーよりはアトランティス的な人が多いという日本は、どのような教訓を学ぶべきなんでしょうか?

秋山 やはり日本は、アジアの中では最も改革派ですよね。日本に生まれ変わってきている人達というのは、僕がいたパルアルアを含めて、アトランティスの中でも非常に自由な議論がされた町で過ごした人が多いです。

 アトランティスもまた原理主義的になりがちではあったのです。それは科学原理主義でした。それに対して「でも科学原理主義はおかしいだろう。

 もっともその偏りを変えて、広く自然界との共鳴とか精神的なものを考えないと、一方的にムーが悪かったとか、レムリアが悪かったとか言って、精神的なものを否定してしまったら、恐ろしいことになる」

と、主張したのも、彼らです。後、経済の暴走を止めよう、なんてこともいっぱい合議されていました。
 その中でアトランティスが滅んだ理由というのは、とにかく分子レベルまで壊れるような特殊なエネルギーを乱用したことと、電子マネーなんです。

布施 電子マネーも、ですか?

秋山 お金という制度を中央管理していたら、中央が滅んでしまったのです。

布施 なるほど、今だって、ネットバンキングなどのコンピュータ金融システムが磁気嵐とか電磁波で壊れてしまえば、一発でシステムがマヒしますものね。



から引用させて頂きました♪

レムリアとアトランティス大陸崩壊と
バミューダトライアングルとの関係のお話

スージー:バミューダトライアングルで消えたたくさんの飛行機や船舶のいくつかについて論理的に説明しているある記事は、”失われたアトランティス大陸”がその区域のエネルギー渦となんらかの関係があることを示して、バミューダトライアングルは”スターゲート(惑星の入口)”なのだろうか?と疑問を投げかけているわ。

マシュー:そうだね、そう考えてもいい。でも、”スターゲート”がETたちの宇宙船が入って来られる地球大気圏の特殊な場所というのは正しくない。宇宙船は地球大気圏のどこでも自由に入って来られるんだ

・・大気圏突入の難易さに関しての電磁場状況が適正か不適正かは、地球外のはるかかなたの地点でのことだ。また、そこで消息を絶った船舶と飛行機に乗っていた搭乗員の生命がすべて失われたというのも間違いだ

・・乗っていたその魂たちの多くは近くにいた宇宙船の乗組員たちに救助され、それぞれ個人の地球転生でのエネルギー記録に相応するほかの密度の世界で肉体を持っていま暮らしている。

トライアングルのアトランティスとの関係については、アトランティス文明の中心的存在であった巨大な地球の水晶(クリスタル)から発せられている創造を超えるエネルギーが、あなたたちの現代科学では説明のつかない時空間の”歪み”をもたらしている。そこのさらに広い領域でのほかの異常現象もその太古の文明の証拠だ。


マシュー君はここではっきりとこれがアトランティス文明の建造物だと言っています。しかも、これが創造を超えるエネルギーを放出しているとも。

アトランティスとは何か?そのことについてもマシュー君はさらに本の中で詳しく説明しているのです。以下は、『マシューブック2:新しい時代への啓示』の中の”レムリアとアトランティス”と”バミューダトライアングル”からの引用です。これを単なる絵空事と片付けるのは簡単です。

でも、いま世界と私たち自身とに起きている出来事に、それをつい重ねてしまうのは私だけではないでしょう。不条理に見える世界と人生の裏に隠れているこのような驚くべきストーリーに、こころをワクワクしていただけるだけでもうれしいです。

*******

”失われた大陸”、アトランティスとレムリアは空想の物語ではない。それらは地球文明社会の始まりの一部だ。そして今日地球に転生している魂たちのほとんどは、それらの最も動乱の時代の二つの文明の一部だった。
 
アトランティスは現在のアメリカ合衆国東沿岸から大西洋の一部を横切って広がり、アフリカと呼ばれる大陸まで到達していた。この巨大な大陸の形跡が大西洋の下に横たわっている。

あなたたちの太平洋の海の底にレムリア、或はムーの形跡がある。レムリアは今のアメリカ合衆国西海岸と現在の太平洋の約半分の地域に及んでいた。ある場所では、前者の大陸がつながっていた大きな陸地がその後大きくはるか西に移動し、それが今日のアジアになっている。
 
今日、大西洋、太平洋、インド洋として知られる海は当時の惑星構成段階ではもっと小さかった。今日認識できるところ以外では、元々地球には海よりも陸地表面の方が広く、今大陸になっている所は水に覆われていた。今日の2大海洋にある多くの群島は、その二つの”失われた大陸”の破壊によって生じた大規模な変化から形成されたものだ。
 
アトランティスとレムリアの全盛時の人口を合わせると、今日のあなたたちの世界人口にほぼ匹敵する。約5万年前、聖書に書かれている遊牧民たちよりもっと前に、高度に発達した文化と技術と長寿の肉体生命を持った偉大な文明社会人たちがこの二つの大陸に暮らしていた。

知性とスピリチュアリティ(霊性)のどちらにおいても、彼らは神や神人たち、高度に進化した人間たちと、そしてお互いに調和した関係にあった。これは、神の分身が存在するすべてとお互いが分け隔てできないという一体性(ワンネス)の気づきと知的能力を、彼らの先祖たちによる種付け計画によって与えられていたからだ。
 
これらの文明社会の全盛時には、ある種の兵器とコンピュータを除けば、今地球上で知られるものをはるかに超えるテクノロジーがあった。特に、アトランティスの指導者たちはテクノロジーに取り付かれていたため、それが知能の発達をさらに推進させることになった。

この知的能力への執着があまりにも利己的になったために、そのうちに彼らの生まれつき持っていたスピリチュアルな性質や神との直の結びつきの記憶がすべて失われてしまった。
 
彼らの起源についての知識もすべて失われた。それを失ったことが、知的能力を高めることへの専念と相伴って、基底エネルギー をそれらの人々の心に入り込ませ、定着させることを許してしまった。

それは彼らの自分勝手から起きた神からの離脱であり、それによってアトランティスとレムリアにかつてあれほど壮大に栄えた文明の終わりを迎えることになった。  

私たちの宇宙の進化の中で起きる大きな出来事にはすべて意味があり、この地球の重大な出来事も例外ではない。

人の魂が持つ他のあらゆる魂たちとの結びつき、そして神との結びつきの記憶が失われると、そこにつくられる弱みが、天使界が光の存在たちに分身して以来存在する基底エネルギーにつけ込まれてしまう。それらの存在たちのいくつかがあなたたちが”堕ちた天使”と呼ぶものになった。

その堕ちた天使たちは神と共同して生命を創造するパワーを失った。神なしに彼らが生命を創造するパワーを持つことは決してなかった。従って、彼らは現存する身体を使って肉体を経験しなければならない。

それで基底エネルギーは、存在するあらゆるものとのワンネス(一体性)の自覚を失った存在を常に捜しているのだ。その自覚の無い存在はそれ故に低い密度の中にある。そうなるとますます簡単に闇のエネルギーが入り込み支配する餌食にされるのだ。アトランティスとレムリアの指導者たちには、そのようになった者が大勢いた。
 
社会全体への貢献に帰依しただろうテクノロジーの代わりに、兵器で人々を支配することにある者たちの興味が移っていった。その時代には、そのような目的を含め、水晶(クリスタル)の使い方はよく知られていた。

アトランティスの科学者たちはその究極の兵器を開発したが、当初の使い方を間違え、たくさんの核爆発を同時に起こしたと同じ破壊力で大陸全体を崩壊させてしまった。 
 
その破壊は巨大だった。地震と火山爆発がそれまで未だ分裂も海の底に沈んでもいなかった大陸に起こった。大陸が完全に無くなる前に、やや小さい破壊が二度起こった。それは今でも大西洋の底に巨大な断片となって横たわっている。

大変動によるアトランティスの終焉は、繰り返される人類の歴史の1章だ。1万年前、水晶のパワーを破壊的な目的に用いて、レムリアが同様な仕方で破滅させられた。 
 
この惑星で起きたその二つの超大激変からの生存者は一人もいなかった。信仰の喪失と宇宙の”始まり”の記憶の喪失、ワンネスとのスピリチュアルな結びつきの喪失のために、すべての人々は彼らの大陸と供に消えて行った。

地球人類の完全性の中にある、そのような隙間をついて、太古の昔からのネガティビティの構成要素である、欲、権力そして神から外れた道を執拗に追い求めるという古くからある惑星の汚(けが)れがもたらされていたのだ。

そのネガティビティは残すことはできなかったし、そうでなければ地球自身が生き残れなかっただろう。それで、すべての人類の命が消滅しなければならなかったのだ。

人間の生命に良くも悪くもないという理由で、中立としか呼びようがない力が今働いている。数年のうちにそれが地球の形態に大きな変化を起こすことになるだろう。それに関わる主な地域はあなたたちのバミューダトライアングルだ。それについては飛行機や船や人間たちの謎の紛失ストーリーが多くある。その謎の消失は、一説にあるような気候的なことが原因ではない。いくつかの説にあるように海面下のUFO基地があるわけでもない。

その場所にあるのは、アトランティスが再覚醒しているエネルギーの渦だ。そのエネルギーはある巨大なクリスタル(水晶)から来ている。それはかつて兵器用に使われ、最後にその大陸を消滅させてしまったものだ。このクリスタルはあなたの惑星で最もパワーあるフォースフィールド(力の場)だ。

飛行機や船と人命が消えてしまう背後に何も邪悪な意図があるわけではない。単純に、それらがこの強力なフォースフィールドに入って、地球の三次元を超えた空間に入ってしまっただけのことだ。

その影響を受けた人たちの非物質化現象が起きたのだ。一度その波動から抜け出せば、彼らはまた同じからだに再具現化された。近くに宇宙人たちがいなかったので救助できなかった時に、何人かの肉体を持つ生命が失われたが、消えた人たちの多くはそのような救助員たちに遭遇し、別の次元の存在として同じ意識を持っていま生きている。







アトランティスや
先史文明の事が詳しく分かる良質サイトをご紹介♪

https://blog.goo.ne.jp/blue77341/c/fde627fc2e77a8e2f94aff0951939dd7


大変素晴らしい鋭い考察眼を持つ方がされている良質サイトをご紹介させて頂きます♪
一つ一つの記事がしっかり濃厚な記事なので読み応えは抜群ですよ♪








地球維新 解体新書 から引用させて頂きました(*^^*)♬  すべての記事


問 瞑想の方法と効用を教えて下さい


答 目をあけている状態では78%の情報が入りますが、潜在意識は22%しか活用出来ていません
 目を閉じている状態では、潜在意識の78%が開きます。その活用が大事です。

本当の瞑想は、脳ではなくハートチャクラで行って下さい。
瞑想は、宗教的な厚意ではなくて重力を変換、物質を光子化します。

アトランティスの瞑想方法は、海水の中でピラミッド瞑想です。風呂に海水を入れ、胸に太陽、両手に地球、頭の後ろに月をイメージして半身浴です。毎日5分、21日間やってみてください。

アドランティス大陸が実在した実際に証拠がついに発見されたそうです♬
私はアトランティス大陸やムー大陸の話が大好きで、色々研究していたのですが、実際にアトランティス大陸の遺跡が見つかったという話はこの記事だけしか知りません。

アトランティス大陸は伝承だけと思っている方も多いと思いますが、実際に存在した大陸という決定的な証拠が見つかったので、これで信じる人が増えてくれたらとても嬉しいですね(*´ェ`*)♬♫


【自己アセンション】 アガルタ 五次元への帰還 ⇐クリックでリンクへ


アトランティス大陸の話でも特に興味深いお話なので、ご紹介させて頂きます♬
2012年12月12日から、やっと五次元の時代に戻れるようになったそうですが・・・♬
ただ、個人、個人の目覚めの割合によって、五次元へアセンション出来る人と、第三密度のまま移行する人で。分かれていくそうですね(*´ェ`*)♪



FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪

都会で発生中の「眠り病」の原因が 「酸素濃度の低下」かもしれないお話♪身体の不調のほとんどがATP(生体エネルギー・酸素と電子)不足が原因♪人類が生存可能な安全限界の酸素濃度は18%♪都会の酸素濃度が限界領域に近づいているかもしれないお話♪


 


都会で発生中の「眠り病」の原因が
「酸素濃度の低下」かもしれないお話

 私も大ファンの本山よろずや本舗様の、期間限定記事でも言及されていましたが、ここ昨今「眠り病」なる症状が日本中で見受けられる様になったそうです。

 その原因について本山様は、「添加物等の消化のためにエネルギーを使っている」のが原因ではないか…と推測されておられました。

 もちろん、その推測も当たらずとも遠からずといった感じで、的を得ている的確な推論だと私も同感致しました。

 それに加えて、私が思ったもう一つの原因として、酸素不足があるのではないかなぁ…という気がするのです。

 今回の下の方の記事で、それについて詳しく記載している文章がありますが、先に抜粋してご紹介しますと、




……また森林や海上と比較しても、都市の酸素濃度は下がっているのです。
江戸時代は酸素濃度が29%くらいあったと考えられています。

また、昭和30年代でも26%はあったと考えられています。
また私が理科で習った酸素濃度も22%でした。

いまは都内では20.6%位(2012年)です。
江戸時代と比べると、いまの都会は低酸素状態と言えるほどです。

酸素濃度 20% 手足の痺れがでる人もあらわれる
酸素濃度 19% 動悸、息切れ、めまい
酸素濃度 18% 安全な限界 思考能力の低下、計算能力の低下 高山病の症状

□身近な場所での酸欠空間 
3LDKの一般家庭で調査 窓を開けて換気が行き届いた状態 21.0% 
窓を閉め、冷暖房をつけた状態で10分後 20.3% 
その部屋で3人の人が1時間過ごしたところ 18% 


……だそうです。そういった意味でも、酸素不足が眠気を誘発していると
考えるこの推測も、あながち的外れというわけでもなさそうです。

 現在も東京に人口が流入して、人口過多になっているみたいですし、酸素濃度が2012年からさらに減少していると考えると、都内では常時19.0%前後ぐらいの酸素濃度と推測されます。

 本山様の体験談の中で、おばちゃんがミスを連発する部分があるのですが、
酸素濃度 18% 思考能力の低下、計算能力の低下」という部分がお話とリンクしており、酸素不足説は意外と合っていそうな気がしました。

 もう人類が生存できる安全領域の、18%の限界に近づいているようです。眠り病の症状が出ている方々は、都内から酸素と自然の多い田舎に、引っ越すのも手かもしれませんね。

 本山様の記事は、濃くて大変素晴らしい記事だったのですが、4日程で記事を消されてしまったので、知らない方もいらっしゃるかと思われます。

 それで大変恐縮なのですが、コピペで保存しておいたその当時の記事をご紹介させて頂きます。

 私も大変感銘を受けてより博識になり、よりお利口さんになっちゃいました(笑)。ではでは…その素晴らしい内容をご観覧下さいませ♪



人々に起きている異変    本山様の記事♪


 当サイトでは、通常では1週間に1回程度の更新をしているのですが、今回はふと思ったことがあったので、短い記事を載してようと思います。
 この記事はログすることはなく、数日中に削除します。

 ここ数日、私が体験したことを書きたいと存じます。
 先週末、私が働いているアルバイト先の工場の食堂でのことです。

 その食堂の麺類コーナーでは、通常のラーメン(300円)の他に日替わりラーメン(400円)を提供しています。

 その日、私は日替わりラーメンを頼んだのですが、食べてみると味が全然しなくて食べられたものではありませのでした。ただ茹でた麺を食べている感じです。いくら味に無頓着な私でも、こりゃあ食えないと思いました。

 汁(つゆ)がなかったのですが、最近は汁なしタンタンメンなどもメニューにあったので、そんなものだと思っていました。

 するとその時、私のテーブルの前に座った人が同じ日替わりラーメンを食べているのに気づきました。そしてその人の日替わりラーメンには、汁がたっぷり入っていたのです。

 これで、謎が解けました。
 私の日替わりラーメンは、汁を注ぎ忘れていたのです。
 麺類コーナーに勤務するおばちゃんのミスです。

 とはいえ、ラーメンを提供する時に汁を忘れるなんて、ちょっと有り得ない気がします(そういえばラーメンの鬼と言われた佐野実氏は、汁はラーメンの命と言っていました)。

 汁を注いでもらおうかと思ったのですが、大勢の人が並のでいるので、いまさら並ぶ気にもなれず、泣き寝入りすることにしました。

 その次は、日替わりラーメンを頼まず、普通のラーメンを頼んだのですが、おばちゃんはまたしても具にのせるはずの焼き海苔を忘れました。
 またミスですよ~。
 今度はしっかり見張っていたので、「海苔を下さい」と言って入れてもらいました。
 こんなに注意散漫では、仕事に支障をきたすのではと思ってしまいます。

 その数日後のことです。
 月末が私のアルバイトの振込み日となっています。
 その振込みがないのです。

 アルバイトで細々と糊口をしのいでいる状態なので、振込みがないと、とたんに生活に窮してしまいます。

 月が変わったタイミングで、振込みがないですとメールすると、「忘れていました」という返事でした。

 お金のことはきちんとしないと、信用に関わります。
 以前にも一度、振り込まれないことがあったので、今回で2度目です。

 どうも最近は、物忘れや注意散漫な人が増えている気がします。
 これは私たった一人の体験なので、他もそうだと断定はできません。しかし、注意散漫という意味では、最近ブレーキとアクセルを踏み間違えた事故が多発しているので、きっと広がっているに違いないという気がしています。

 またバスの運転手が突然意識を失い、事故を起こしたということもありました。
 電車の運転手が居眠りしていたなんて話まであるらしいです。

 ここでちょっと、訪問者の方から教えていただいた不気味な情報をお知らせします。
 ここ数年、「眠り病」というのが流行っているらしいのです。
 以下のサイトを見て下さい。
 この現象を、「寝ルトダウン」、「つけ面」とか言うらしいです。



http://.asyura2.com/19/genpatu51/msg/196.html


 
 また道路や駅のホームなどの公共の場で、突然眠り込む人が増えているらしいのです。

 以前は酔っ払ったサラリーマンが千鳥足で道路を歩くことはあっても、昼間に道路で堂々と寝るなんてことは無かったと思います。
 異常というか異様な光景です。

 アフリカに吸血性のツェツェバエを媒介とした寄生虫感染症の眠り病があるといいますが、大都会の東京では考えにくいでしょう。

 私の考えですが、眠くなるのは体内に入った毒素を分解して無毒化する為の、身体からの要求ではないかと思うのです。

 毒素を無毒化する為に身体内のエネルギーの大半を使うので、他に余裕が無くなり、寝てもらうしかなくなります。

 昼間に眠くなるのは、その緊急性が異常に高いということです。
 一刻も早く無毒化(排出も含む)処理をしないと、生命活動に支障をきたす事態だということでしょう。

 もちろんその毒素が何かわかっていませんので、ここで特定することはしません。
 しかし何か異様なものが人々の体内に入ってきているというのは、事実だという気がします。
 
…本山よろずや本舗様の引用ここまで♪






身体の不調のほとんどがATP(生体エネルギー)不足。
これを解消するにはミトコンドリアが働けるようにすること。

それには酸素と電子が必須
地球とつながれば大地から負電荷を受け取り身体中の細胞の炎症が緩和される。

深く呼吸をし、多くの酸素を取り入れる。 呼吸の記事♪
身体に(特に背骨)をよく動かし電子と酸素を全身に運ぶ。』
両手腕振り運動が良いかもしれません♪)

地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の増加と原生林の減少など環境破壊や環境汚染によって大気中の酸素濃度が低下しているのです。

3億年前に35%あった酸素は、100年前には24%に、そして現在は21%程度となり、都市部では19%代とされ、これは高地レベルの酸素濃度と言えます。

これは人類が生存可能な安全限界の酸素濃度が18%ですので、かなり危険な状態にある人も少なくないのです。

解毒や免疫の要の臓器とも言える肝臓で多くの酸素が使われています。
食品添加物や糖分の多い加工食品、アルコール、薬剤などを肝臓で分解するときに大量の酸素を必要とします。

体脂肪を燃やすときにも酸素が必要ですので、全然食べてないのに痩せないと言う人は、「酸欠」なのかもしれません。

また森林や海上と比較しても、都市の酸素濃度は下がっているのです。
江戸時代は酸素濃度が29%くらいあったと考えられています。

また、昭和30年代でも26%はあったと考えられています。
また私が理科で習った酸素濃度も22%でした。

いまは都内では20.6%位です。
江戸時代と比べると、いまの都会は低酸素状態と言えるほどです。

酸素濃度 20% 手足の痺れがでる人もあらわれる
酸素濃度 19% 動悸、息切れ、めまい
酸素濃度 18% 安全な限界 思考能力の低下、計算能力の低下 高山病の症状

□身近な場所での酸欠空間 3LDKの一般家庭で調査
窓を開けて換気が行き届いた状態  21.0%
窓を閉め、冷暖房をつけた状態で10分後  20.3%
その部屋で3人の人が1時間過ごしたところ  18.0%
キッチンで換気扇を止め、3つのガスコンロを使用  18.0%』

酸素濃度は江戸時代に29%で昭和30年代に26%になり、2012年の都内では20.6%。

5年後の2017年ではもっと低下しているでしょう。
この事実にはショックを受けています。
さらに10年後、20年後はどこまで下がっているでしょうか?

手足の痺れや、動悸、息切れ、めまいが日常化するレベルまで下がるかもしれません。
植物が酸素を作り、動物が酸素を消費して地球上の酸素濃度はバランスを取ってきました。

産業革命以降、森林の伐採が進み、工場で化石燃料をバカみたいに燃やし、自動車が何億台も走っているのだから、それは酸素濃度は下がるでしょうね。
酸素を吸っている人間も爆発的に増えていますし。

江戸時代に29%というのはよくわかりませんが、もし本当だとすれば8%以上も下がった事になります。
これから酸素濃度が上がる要素はまったくありませんから、下がる一方です。

ミトコンドリアは酸素を利用してATP(生体エネルギー)を作りますから、酸欠が最も恐ろしい病因です。

都会の高層マンションに住んでいる人の流産の確率は、普通の暮らしの人たちの10倍以上という研究結果もあるようです。

20階以上の高層マンションなどは、かなり酸素が薄くなるでしょう。
閉め切った高気密住宅で5人が暮らしている環境、などでは軽い酸欠状態かもしれません。

やはり換気は大切です。そして深呼吸の回数を増やし、正しい呼吸法も身につけた方が良さそうです。 呼吸の記事♪

人間が生き続けるためには、ミトコンドリアがATP(生体エネルギー)を作り続けなければなりません。
それには酸素と水素(電子)が必要不可欠です。
補酵素として、ビタミンやミネラルやビタミン様物質やクエン酸なども必要です。

しかし何が1番必要かと言えば、やはり酸素です。
酸欠にならない方法を見つけなければなりません。
森林に住むのも良いかもしれません。

酸欠を解消する最も簡単な方法は、酸素カプセルや酸素ルームや進盟ルームに入る事です。
結合型酸素の何億分の1の大きさという溶解型酸素は、身体の隅々まで酸素を供給してくれそうです。

高性能な酸素ルームに入って酸素濃度30%にすると、それでようやく江戸時代の酸素濃度になります。

現在では、ミトコンドリアを治すものが“病気を制する!”とされています。
この事実は、医学界では何十年もタブーとされてきました。

オットー・ウォーバーグが“ワールブルグ効果”を発表した時には、この事実がわかったのですが、製薬会社や医者の利益を守る為に封印されてきました。

このようにして、以下のように指摘されようとも、「強者の論理」で、厚労省、医師、製薬メーカーの利権を守るために、徹底的に排除されています。

ミトコンドリアを治すものが“病気を制する!”。
これは医学界のタブーです。
医学界の毒薬は、ミトコンドリアがATP(生体エネルギー)を作る能力を奪うものばかりです。
ミトコンドリアが満足にATPを作れなくなるから病気になるのに、水銀やスタチンや抗がん剤などの病人の病気を更に悪化させる猛毒ばかりを投与しています。

そして酸素や電子やビタミンやミネラルといったミトコンドリア賦活剤の効果効能を否定的に吹聴し、病気を治すヒントを潰しています。

現代医学・現代医療という治せない詐欺医学を「強者の論理」として、ミトコンドリア医学を「弱者の論理」としてしまっているのです。



FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪

便秘解消に役立つの記事総まとめ♪健康な生活への処方箋♪肉体面の健康には精神的な影響が多い♪バーナード・ジェンセン博士♪便秘解消に活用♪長時間便秘薬を飲んできた方の便秘の治療法♪これで便秘解消♪食物繊維と水分補給で健康・美肌・ダイエット♪サツマイモの嬉しい効能話♪玄米・全粒粉で健康に♪海藻に含まれる食物繊維が便秘の妙薬♪昆布のアルギン酸・フダイコンで健康に♪1日1.5Lの水分補給で便秘解消♪ダイエットにも有益♪水分補給がデトックス(毒出し)の基本♪美肌・健康に活用♪下痢にはヨモギの青汁・ゲンノショウコ茶♪便秘には、ゴボウ・サツマイモ・セロリを摂取♪


バーナード・ジェンセン博士
体内のアンバランスの治し方

心構えの大切さ

肉体面の健康には精神的な影響が多いのです。緊張は腸壁に収縮を起こしますから、大腸炎は頭の中から始まるといえるかもしれません。腸の炎症は神経過敏やストレスによっても生じます。

 精神的苦痛が消えたり、金の心配がなくなったりした途端に、胃痛がなくなり便通が良くなるという人は多い。よい交際、休養、音楽も快便の助けとなります。

 薬物療法や食餌療法より、もっと総合的な方法でケアしたほうが良いのです。どの療法もある程度の改善はもたらすでしょうが、きちんとした生活習慣を身に付けぬ限り、腸は正しく機能しません。

「正しい暮らし方」というものはただたんに食事に気をつけていればいいというだけではなく、あなたの家族をはじめ周囲の人達と仲良くやってゆくことも重要です。

 健康問題はあなたの体の「どこかが」悪いとは限りません。あなたは体以外の精神的な面---仕事、学業、進路、対人関係、金銭問題など---で具合が悪いのかもしれないのです。

 便秘が病気の殆どの根本原因であることを、多くの人は気づいていません。一般の人は健康が思わしくないのを、さほど深刻には考えていないようです。健康問題は後回しにして他の問題---金銭問題、家族問題等々---を優先させるのです。

 だが、自分の健康は常に「果たすべき事柄リスト」のトップに置くべきです。健康でなければ、心から楽しめるものなど皆無でしょう。

 健康への第一歩は「体を浄化・解毒する」、「精神面でのバランス・平和・調和を取り戻す」事であり、それに専念することです。

 そうすれば体の浄化の道は理性・感情と密接な関わりがあることに気づき、自分勝手を止め、周囲と仲良く調和して生活していかねばならないことがわかると思います。


健康な生活への処方箋

◯どんな決定が下されても、受け入れることを学びましょう。
◯他人の過ちを見て学びましょう。
◯許すこと、忘れることを学びましょう。

◯いつも明るい心を持ち、プラスイメージ、プラス思考を心掛けましょう。
◯感謝の気持ちを忘れず、他人に優しくしましょう。
◯人と和合して暮らしましょう---本当はそれが自分にプラスになると言う下心があっても。

◯自分の病気のことを話すのはやめましょう。
◯他人の噂話をするのはやめましょう。次はあなたの番になるかもしれません。口コミで伝わってくる話は、大抵の場合「人の不幸な噂話」なのです。

◯毎日10分間、一人になり、どうしたら今より自分自身が良い人間になれるか考えましょう。否定的な考えを、プラス思考に置き換えましょう。

◯毎日規則正しい生活とバランスのよい食事、そして新鮮な水を充分飲みましょう。
◯柑橘類の果物を食べましょう。ただし、ジュースにせず房のまま。
◯パンは限られた量だけ食べる(腸のトラブルがひどければ、パンは食べないこと)

◯毎日、適度な運動をしましょう。背骨を柔軟に保つように心掛け腹筋を強くしましょう。息は鼻から吸い込むようにする。

◯草や砂の上を裸足で歩いて足の裏を喜ばせましょう。
◯喫煙、深酒、つばを吐く事、悪態をつくことは止める。

◯ひどく疲れた時、明るく元気に仕事ができなかった時は、日が沈んだらすぐに床につきなさい。遅くとも午後10時には寝る。
 気分が悪いなら、もっとたっぷり休むことです。都外で、あるいは循環する自然の大気の中で睡りましょう。問題を解決するのは朝にして、よる寝る前に考え事をベッドの中へ持ち込んではいけません。

◎食べ過ぎの人へ!食事の量を少なくしましょう。あなたの食事は3割は自身の体の分で、残りの7割は医師の生活人製薬業界発展のための分となっています。


腸の機能不全は万病の元


 バトル・クリーク療養所でジョン・ハーベイ・ケロッグ博士は
「腸を浄化し活性化させたおかげで、手術を免れた症例は数多くあり、文明国の病気の90%は胃と腸の機能不全に起因する」と話された。

 また、ロンドンのアーバスノット・レイン博士も、腸の内容物の停滞と病気との関係をはっきり指摘し、腸の中毒状態の影響を明確に示しています。

「腸の末端はその大きさから見て、理想的には8時間ごとに空になるべきなのだが、我々は習慣で内容物を24時間以上も貯留していることが多々ある。その結果が体の変調を起こし、潰瘍になったり最悪の場合は癌になったりする」

 こうした腸の基本的な家生を提唱するのは高名な医者だけでなく、その他の権威者も、人間の健康には清潔な腸が必要だという考え方を認めている。

 虫垂炎、扁桃腺炎、肝臓の疾患、心臓・血管の機能障害、蓄膿症、関節炎、リューマチなどの症状は、間違いなく腸の機能の衰えに原因があると考えられています。

 また最近では、屈曲部、直腸、肛門など、大腸の各所を病気に侵される人達が増えている。特に、痔、瘻孔(ろうこう)、前立腺障害、そして悪性腫瘍(ガン)に悩む人々は急増しているのです。
 医療技術や医薬品はどんどん進歩しているのになぜ病気がこんなに増加していくのでしょうか。

 私がシカゴの州立医科大学にかよっていた時期に、300体もの病理解剖が行われました。その人達の生前の病歴を見ると、285人が「便通は正常で便秘はしていない」と称しており、「便秘している」と認めていたのは15人だけでした。

 ところが解剖の結果、事実はその逆だと判明したのです。便秘でなかったのはわずか17人、便秘だったのは283人。

 その183人の病歴には「日に排便が5.6回もある」と書かれているのもありましたが、それでも解剖では6人の腸が20センチ以上にも膨らみ、非常に長い間の宿便が腸壁にびっしりこびりついていたのです。
(一人の場合は何とピーナッツが混ざっていた)

 つまり、医師の所へやってくる大多数の患者は自分が便秘しているかどうかも分かっていないということになるのです。

 私の患者の中には、日に排便が三回であれば下痢で、週二回の排便が正常だと思っていた人たちがいます。
後者の例は、女性患者で「便通は正常です」と断言していました。彼女は規則正しいと言っても毎週、火曜と金曜の朝に排便があるだけだったのです。

 殆どの人が子供時代に腸についてきちんと教育されなかったせいで「毎日の規則正しい排便」の大切さを理解しておらず、自然の欲欲に気をつけて直腸を空にすることを怠っています。
 
 腸を空にしようという自然の欲求に対する無頓着も便秘の原因になるといってよいでしょう。

 ジョン・ハーベイケロッグ博士は、非常に多くの臨床経験を遺産として、91歳で世を去った。腸の衛生に関する研究では第一人者であり、その節は傾聴に値します。

人間は食事を取ったら必ず24時間以内にそのカスを排便すべきだ
 なるほど、赤ん坊、未開人、鳥を始めとするすべての動物は毎食後、短時間の内に排泄していますね。


組織浄化法 
朝一番のドリンク

 1日のスタートにふさわしい方法は、毎朝、朝食前に大さじ2杯のリンゴ酢をグラス一杯のお湯に入れて飲むこと。脂肪を減らす働きもあるので、体重を落としたい人にはぜひお勧めできます。
 
 また、カリウムを豊富に含んでいるので、心臓の働きを活発にし、膀胱の病菌を一掃し、腸の細菌叢を善玉菌優位に変えるのに役立ちます。


大腸トラブル  
毒まみれの大腸から脱出しよう


 健康のプロなら誰でも「病身とは毒に侵された体」だと承知しているはずなのに、いざ治療となると、体から毒素を取り出すこと-----「解毒」という問題を無視したり、見過ごしたり、バカにしたりする人が多い。

 体細胞の通常の働きである異化作用(分解作用)からは有毒な酸化物が生じるし、人間は吸っている空気、口にする食物など、自分の身の回りから、様々な有毒物質を体内に取り込んでいます。
 
 それらがすぐに体から出ていってくれるなら、何の問題もありませんが、毒素が除去されるよりも早く、体内に取り込まれるか作り出されるかしている場合、あるいは排せつ系統の器官のどれか一つでも弱っている場合、
 いずれ問題が持ち上がることになります。病気になるのは体内に毒素がたまったせいなのだということを理解して下さい。

 腸の働きが衰えていると、排せつに支障をきたし、有毒な老廃物が腸に停滞するため、毒素は血流の中に吸収されやすくなり、その毒素が組織の中に定着します。もしも排せつ系統のどこかしらにトラブルが陥れば、さらに多量の老廃物が体内に留まります。

 毒素が組織に定着するに連れ、細胞が破壊される度合いは増してゆくのです。すると消化機能も衰えだして、食物が完全に消化されなくなり、問題は更に大きくなっていきます。

 体は未消化の食物からは十分な栄養を得られず、そうなると良い組織を作れなくなります。そうしたことの積み重ねで、体のすべての組織の機能が鈍くなり、毒素はたまる一方になり、そして毒素は他の器官に移動してゆくのです。

 病気が慢性化してきたら、それは毒素の定着が体中に広まった証拠です。こうなったらいよいよ「解毒」-----体組織の浄化-----を考えねばなりません。

 人間の体は疲労、ストレス、血行不良、乱れた食生活等の結果、毒素が蓄積して、不調になってしまうこともあります。体内を解毒しようとする場合は、そうして痰にも注意が必要です。有毒な老廃物を抱え込み、活力を失った体は、それらの毒素を外へ捨てる力も弱まっているのです。

 身体に毒が溜まってゆくほど、組織の作用がきちんと行われなくなり、エネルギーが不足し、疲れた体はさらに弱体化を続けることになります。

 体は常に疲労し、内臓は弱ってきて体内の毒素を捨てられない状態になり、病状は次第に悪化してしまいます。病人とはいつも疲れている人なのです。
 

入ったものが必ず出てくるとは限らない

 腸は意外なほど長時間、便を貯留するものです。この古くて腐った物質を全て排泄して腸を空にすれば、ガス、痛み、自家中毒の症状は非常に軽くなります。多くの場合S状結腸の中で腐敗しているこの物質は、悪性の病原菌や細菌類が増殖し、病気が生ずるには都合の良いものです。

 澱粉食品は膵液によってしっかり消化されないと、身体にすぐ吸収されず、善い組織を作る材料にはなれません。要するに未消化の澱粉食品は大腸に居残るので、腸壁の筋肉は適度な緊張状態を保つことができなくなります。

 また、薬の成分は体組織に定着することがあり、その最も定着しやすい場所が大腸で、粘膜に悪影響を及ぼすことになります。

 大腸が排泄器官として使われるのは粘膜があるからで、その粘膜が正常に機能しなければ、定着した薬は腸の中に蓄積し続けて「時限爆弾」となり、炎症や潰瘍を生じさせることがあるのです。

 繰り返しますが、食物繊維が豊富でバランスのとれた食事と十分な水はとても重要です。たっぷりの新鮮な水と食事は人間にとって必要な養分を補充し、生きるための活力を与え、健康な人体の組織を作るものになるからです。

 私が考案した食事プログラムは読者にお教え出来ることの中で、一番大事だといえます。療養所では30年以上もこれを実践し、多くの人々の健康回復に役立ってきました。

 食事法は食物繊維を豊富に摂り、腸の粘膜をケアし正常な腸の働きを促進させ、しっかりした栄養の提供と血液の浄化を行うプログラムです。これを併せて毎日、適度な歩行や運動を行えば、腸のトラブルには絶大な効果を発揮するでしょう。


下剤について  
便秘の治療と予防

 下剤及び便秘薬は大腸を空にするのが目的であり、基本的には人体にとって毒物。刺激物です。正常で自然な排便能力を回復させるためには全く役立ちません。

 下剤という毒物を投与された大腸は、その不快な物質を出来るだけ早く体外へ排せつしようとし、そのついでにぎっしり詰まっていた便が押し出されるのです。

 下剤薬つまり不快な毒物は、しばしばリンパ管と血管に吸い上げられて、体のあらゆる部分へ入っていくことになります。そうなると、その人はいわゆる中毒症状になり、その下剤薬を乱用し始める事になるのです。

 そして、下剤薬への依存は朝の自然な排せつ能力を失わせてしまいます。
下剤は腸の筋肉を無理に働かせ続け、疲労させます。筋肉は休む間も与えられない労働のため、動けなくなり、いくつかの症状を起こすことになるのです。

 長時間便秘薬を飲み続けてきた人が、便秘薬を飲まずに排便するようになるには、時間をかけて、少しずつ量を減らしていくことです。

 1日に7錠服用している人は最初の1~2週間は1錠減らして6錠にし、食事を繊維質の多いものに変えコーヒー、酒、肉類、砂糖などの量を出来るだけ減らして綺麗な水をたっぷり補給しましょう。散歩等のあまり過激でない適度な運動を続け、生活を規則的にするように努力して下さい

 それで上手くいくようでしたら、次の週からもう1錠減らして、食物繊維が多いバランスのよい食事を摂るようにし健康的で規則正しい生活を心掛けましょう。それを続けていき、最低でも七週間程かけて、じっくり改善することです。焦ってはいけません。

 身体に与えて良い刺激は軽い「運動」だけです。薬で腸を無理に刺激すると逆効果となります。腸の自然な緊張感が失われ、筋肉組織が弱くなってしまうのです。


排便の大切さ   
便秘の治療と予防

 まず最初に私達が理解すべきなのは、体内のあらゆる器官の内で最も神経が貧弱なのが腸であるということです。そのため、腸は少しくらいの異状が起きてもそれを知らせることはありません。
 
 例えば、指に針を刺せば、あなたはすぐに「痛い!」と感じて指を引っ込めるでしょう。ところが、腸には痛みに対する警報装置がないのです。神経の反応が鈍く、神経分布はまばらなのです。

 腸に何らかの異状があって、本人がそれを感じる場合、その時にはもう本当に病状がかなり進行し、困った事態になっているのです。大抵の人は最後の最後まで腸のケアをしようとしません。

 それがために腸の病気が発見された時、重症になっているケースが非常に多くなっています。便秘から慢性の便秘へ、腸狭窄(きょうさく)、腸管癒着、大腸憩室、大腸ポリーブ、大腸ガンや痔などの病気にかかる人が急増しています。

 子どもに規則正しい排便の大切さを教えない親が多いようです。私も全く放任されて育ちました。遊びに夢中の時は、排便する間も惜しかったのですから。今日でなければ明日出せば良いくらいの気持ちでした。

 ブラジルからやって来た女性患者で、排便は10日から18日ごとに一度という人がいました。この女性は長年、生理不順と慢性頭痛に悩まされ、肩の痛みも訴えていました。

 私はすぐに「それらの症状については何も処置する必要がない」と悟ったのです。その代わり、腸の手入れ(排便を促す等)をしてあげました。

 1ヶ月ほどして排便が1日一回あるようになると、肩の痛みはもちろん、頭痛もいつしか消えて、さらに3ヶ月後には生理不順も治ってしまったのです。

 私はかつてサンフランシスコで、クレン・サイペス博士から食餌療法と精神身体医学を学んでいました。ある時、博士のもとに電話がかかってきて、カリフォルニア州ウォルナット・クリークにいる人が苦しんでいるので診てやってほしいとの依頼でした。

 そこはオークランドのちょうど反対側にあたります。緊急だというので博士は往診することを承知し、私も同行したのです。現地へ行ってみると、25,6歳の青年がゆでダコのように真っ赤になって激痛のあまり脂汗をにじませていました。

 全身に猛烈な痛みを訴え、熱もひどく高い。サイペス博士は病状を観察し、体の数カ所を触診し、最後に青年の腹を指で叩き、最後に排便したのはいつかと尋ねました。

 青年はずっと前のことで正確には思い出せないと答えたので、博士は母親の方をむいて浣腸を用意するように頼みました。
「息子さんには今すぐ浣腸が必要なんです」

 ところが、母親はキョトンとした顔で聞き返しました。
「カンチョウって何ですか?」なんと、浣腸を知らない母親がいたのです!

 もちろんその家には浣腸の道具はなかったのですが、サイペス博士は手早く解決法を見つける人でした。外へ出て小川へ降り、アシの茎を一本、70センチくらいの長さに切ってくると、母親にはお湯をヤカンいっぱいに用意させました。

 そして、博士は梱包用のワイヤーを使ってアシの茎の芯をすっかり抜いてストロー状にすると、湯を適量その中に入れて、青年の直腸に吹き込み、排便を促しました。

 この処置が1時間以上繰り返され青年は何度もトイレに駆け込んだのです。
一時間半ほどすると、青年の熱はすっかり下がり、肌の赤みも体の痛みもすっかり消えていたのです。浣腸とはすごいものだ!私は心底、感動しました。


大腸トラブル 
便秘の治療と予防

 便秘の研究者たちは便秘をしばしば「現代病」と呼んでいますが、たしかにそれは健康への最大の脅威となっています。
 便秘の直接の結果が腸の毒血症であり自家中毒なのです。

 便秘になると体の抵抗力が弱まり、様々な病気にかかりやすくなりますし、急性疾患を慢性疾患に移行させてゆく場合も多いのです。人間がかかる病気の殆どは大腸が正常で規則正しく機能していないせいで起こっているのです。

 では、腸の正常な機能を乱すものは何でしょう? 
 それは生きてゆくのに必要な第一の要素であるバランスの取れた食事と栄養そして水分-----その不足から起こっているのです。

 食物繊維が豊富でバランスの良い栄養と綺麗な水を十分に摂ることが、健やかな体作りには最も大切なのです。そうした意識を持って自分の生活を見直し、正しい食習慣を守っていかなければ、やがては肉体・精神両面の破局が確実に訪れるのです。

 便秘は「細胞の便秘」をも引き起こします。それがまた、その他の排泄器官-----肝臓、皮膚、肝臓、肺、リンパ-----の労働量を増やすことになるのです。

 それらの機関の機能が過重労働で消耗すると、細胞の代謝が不活発になり、修復と成長が遅れ、老廃物を排泄する力が落ちてきます。そして、元気に活動していた細胞が、活動を止め、死んでしまうのです。

 便秘の根本原因を列挙すると-----バランスの悪い食事による食物繊維の不足や栄養不足、排せつを我慢すること、運動不足、精神的苦痛(ストレス等)、外部からの毒物や薬物の進入、水分不足-----ということになるでしょう。

 すでに述べた通り、栄養不足は便秘の第一の根本原因です。加工処理された食品は繊維質が足りず、体にとって必要な栄養も奪われた食物と、身体に不必要なものが過度にある食物は、健康を促進する役には立ちません。

 排便・排尿の要求を我慢すると、細胞の萎縮、自家中毒、排泄器官のトラブルが起きるのです。

 運動不足だと筋肉は弱くなり緊張を失ってきます。そこへもってきて食生活がめちゃくちゃで繊維質と水分不足、しかも排せつの義務感にとらわれてトイレで無理に力んだりすると、弱くなった腸の筋肉はもう耐えられない状態になるのです。

 精神的なストレスは消化器官と排泄器官を緊張させて、科学的なアンバランス及び異常分泌を引き起こし、体全体の調子も狂わせてしまいます。

 外部からの毒物とはタバコ、コーヒー、アルコール、チョコレート、白砂糖、脂肪の多い肉類などであり、これらの食品は胃の分泌作用と神経反応を狂わせ、消化・排せつのプロセスに悪影響を及ぼします。

 薬もそれらの機能をひどく乱し、腸の中に様々なトラブルを生じさせることになります。ペニシリンやサルファ剤などの抗生物質は、腸の善玉菌を完全に駆除し、

悪玉菌を繁殖させて病原菌ウィルスに侵入の機会を与え、下剤は腸を強く刺激して腸の運動機能を弱めるので常用は危険です。

 便秘状態の人は水を十分に飲んでおらず、慢性的な脱水状態であるケースが多いのです。

 そのため、全身の組織および体液が濃くなり、粘り気を増すために大腸内壁の粘膜も硬化して滑らかさを失い、便通が困難になります。綺麗な水をたっぷり補給して、血液や体液がサラサラと流れるよう十分に気を付けましょう

 生活習慣がいい加減だと、腸の機能もいい加減になるものです。優れたプログラムに従わなければ、体を規則正しく機能させることは出来ません。

 不規則な生活をしていると心身両面で次に何かが起こるか全く予測がつかず、普段の仕事にも身が入らず、常に守りの姿勢を取る生活しかありません。そうした状況は神経を消耗させ、体の能力を徐々に蝕んでゆくのです。

 現在、アメリカ国内のみで製造・市販されている下剤および便秘薬は45000種類以上もあります。こうした薬は緊急時に控えめに服用する場合でも、細心の注意を払うべきです。

 最もごく僅かに限る必要があります。排せつのメカニズムは非常にデリケートで狂いやすいものです。一旦おかしくなると、元に戻るまで数週間は当たり前、悪くすると何ヶ月もかかることがあります。


大腸トラブル
便秘の治療と予防


 病気が原因でない軽度の便秘は、次のような方法で治すことが出来ます。

◎食生活を変える

 便秘を解消する基本は規則的な食生活をすることです。朝起きたら、すぐコップ1杯~2杯の暖かい水分(お茶等)を飲み、洗顔や軽い体操の後、穀類中心の食物繊維が豊富な食事を摂るようにして下さい。

 野菜や果物は、毎日新鮮なものを出来るだけ生のままで食べるようにして、水分もたっぷり摂りましょう。コーヒーとトーストだけで簡単に済ますことは絶対に止めましょう。


◎生活を規則正しくする

 朝の起床を一定にして下さい。朝食を抜いたり、不規則な時間に食事をしたりすることは、やめて下さい。

 朝食の後は必ず、便意がなくても3分位はトイレに行くようにしましょう。また、用意の途中でも便意を感じたらガマンせずトイレに行くように習慣づけて下さい。

 精神面を安定させることも大切ですから、仕事などの ストレスを上手に発散させるようにし軽い体操やウォーキング等で適度な運動を毎日続けることも必要です。腸の具合が悪いという人の殆どは運動をしない人です。


◎食物繊維の多い食品

[穀類]玄米・・麦類・胚芽米・オートミール・トウモロコシ・日本そば

[イモ類]さつまいも・じゃがいも・山いも・里いも・こんにゃく

[豆類]大豆・グリーンピース・小豆・枝豆・オカラ・納豆

[海藻類]ひじき・わかめ・こんぶ・海苔・寒天

[きのこ類]しいたけ・えのきだけ・なめこ・しめじ・わらび

[野菜類]ごぼう・レンコン・かぼちゃ・にんじん・大根・たけのこ・パセリ・いんげん・ほうれん草・オクラ・芽キャベツ・明日葉・ブロッコリー・モロヘイヤ・かんぴょう・山いも・なす・にがうり

[果実類]バナナ・りんご・みかん・いちご・すいか・キュウイ・あんず・いちじく

[種実類]アーモンド・ごま・カシューナッツ・ピスタチオ・落花生


◎下剤効果のある食品
プルーン・パイナップル・パパイヤ・さつまいも(皮付き)・ココア

◎腸の働きを活発にする意外な方法

 体に負担のかからない軽い運動を毎日続けること。特に30分以上の散歩は腸の働きを良くし、血液の流れを促進する一石二鳥の健康法ですからぜひ実行してみて下さい。


体によい食事 ダメな食事   新谷弘実先生の記事♪ 

新谷弘美先生
快食快便のコツ---「食物繊維の正しいとり方」教えます

 ここ数年、「ダイエタリーファイバー」あるいは「食物繊維」という言葉をよく耳にします。「食物繊維」は、第六の栄養素群として注目されています。なぜ、注目されるのか、一言でいえば、食物繊維の摂取量と様々な病気の関係が明らかになってきたからです。

 食物繊維の働きの中で、最も注目されているのは、「抱水能(水を吸収してゾル状になる性質の強さ)」です。

 便は、小腸から大腸へ入る液状の内容物が、結腸で水分が適度に取り除かれ、密度の高い状態になったものです。何らかの理由で水分の吸収がうまくいかない場合が下痢です。

 逆に、腸の内容物の中に食物繊維が不足すると、内容物の中の水分が取り除かれすぎて、便は小さく硬いものになります。

 分かりやすく言えば、食物繊維はスポンジのようなものだと考えればよいでしょう。便の中に小さなスポンジが散りばめれていれば、水分は保持されることになります。

 食物繊維のこの抱水能という性質によって、初めて腸内容物の容積を保ち、便の柔らかさを保つことが出来るわけです。便の柔らかさというのは、水を飲んでも殆ど役に立ちません。食物繊維が十分にない限り、飲んだ水は腸から吸収されて、尿中に排泄されるだけです。

 そして、便に適度の重量があることによって、直腸の壁が引っ張られ、それが引き金になって筋肉は収縮し始め(腸の蠕動運動)、トイレに行きたい、”便意” をもよおすことになります。
 食物繊維が不足していると、便は小さくなり直腸の筋肉が充分な収縮を起こさないため、便意が起きず、便秘になってしまうわけです。

 実際に、宇宙飛行士は特別な目的のために、食物繊維のほとんど含まれない食生活をすることがあるといいますが、5.6日は便通がなくなるといいます。

 最近は食物繊維だけが特別に重要であるかの如く、食物繊維飲料などというものが売られていますが、あまり賛成することはできません。

 大切なことは、食物繊維を意識して摂ることではなく、食物繊維が捨てられている食物をなるべく食べないようにすることなのです。その中でも、※未精製の殻類を摂ることが何より大切です。
※白米より玄米、小麦粉よりも全粒粉♪大豆の記事♪ 玄米の記事♪ 


「糖尿病」を起こす小麦、起こさない小麦

 本書の冒頭で、現在の食生活は、石炭にストーブに空気(ビタミン、ミネラル類など)がないために、不完全燃焼になっているようなものだと述べました。

 ただ、中には、ストーブの煙突に不純物が詰まっているため、不完全燃焼になっている人も多いのではないでしょうか。

 それが、便秘です。現在は「一億層便秘時代」と言われるくらいで、便秘を治すための薬や健康食品が多く売られています。若い女性で便秘でない人を見つけるのに苦労するくらいではないでしょうか。

 これだけ便秘の人が増えると、眼鏡や虫歯と同じで何とも思わなくなっていそうですが、便秘は立派な病気であり、万病の元だといっても言い過ぎではありません。

 とくに、便秘の人は排便の際に腹筋に力を入れて「いきむ」わけですが、その差異、腹に対する圧力はかなりのものです。激しい運動であるウェイトリフティングよりも強い圧力がお腹にかかることが分かっています。

 それが習慣化すると、強い腹圧によって胃が上に押し上げられ、横隔膜の上に胃が飛び出す裂孔ヘルニアにつながる危険性が高くなります。裂孔ヘルニアは胸やけという特有の症状がありますが、食生活が洋風化されておらず、精製食品が少ない、第三世界では殆ど見られない症状なのです。

 また、最近増えている、静脈が変形して膨らんでしまう静脈瘤も、腹圧の極度の上昇によって、足の静脈血逆流するために、静脈の弁が耐えきれずに変形してしまった結果だと言われています。その他腹圧の上昇によって起きる弊害としてはっきりと判っているものに痔などもあります。

 食物繊維の不足は、便秘だけではありません。例えば、マケレン大学のトロウェール博士は食物繊維の不足が糖尿病につながると述べています。

 トロウェール博士は、イギリスの糖尿病患者は死亡者は1941年から1953年の期間に54%まで低下したことを指摘しています。つまり、この期間は食物繊維の含有量の高い「国民小麦粉」が強制的に使用されていた期間と一致するといいます。

 この小麦粉は小麦粉全体の86%を含む(歩留まり86%)ものでした。ちなみに、精製された小麦粉は約72%にすぎないのです。

 糖尿病は、ブドウ糖の吸収を早くする食物を常食することで、インスリンが足りなくなる病気です。食物繊維をきちんと含んだ食物を摂っていれば、ブドウ糖の吸収がゆるやかになります。

 ブドウ糖を処理するインスリンの生産が少なくてすむわけです。外国では、糖尿病の患者に小麦フスマ(食物繊維が多い)を食べさせることによって、好結果を出している医療機関が少なくありません。


サツマイモをたくさん食べると、オナラの成分が良質に変化♪

 皆さんが自宅や会社、学校などでトイレに入った時、「あ!○○さんが入った後だな」と分かることがないでしょうか。

 その匂いの元は、硫化水素やインドール、スカトール、アンモニア、アミン、フェノールなど呼ばれる物質ですが、それらは腸の内容物が腐敗することによって生じています。
 腐敗するということは、腸の内容物を腐敗させるべき細菌が多いということなのです。私たちの体内には、約百種類、百兆もの細菌が住みついているといいます。

 それらの細菌の働きの面で分類すると、大きく乳酸菌と腐敗菌、病原菌と非病原菌、ビタミン生成菌と消費菌に分けることができます。

 良い働きをする菌の代名詞であるビフィズス菌は、乳酸菌の仲間になります。したがって、乳酸菌というのは、一つの菌の名前ではなく、乳酸という酸を作り出す細菌の総称なのです。

 一方、悪臭の原因となる物質を作り出すのが腐敗菌です。そして、それらの菌によって作られた腐敗物質は単に臭いだけではなく、様々な病気や老化の原因になっていると言われています。

 実際に、生まれたばかりの母乳栄養児のお腹には、乳酸菌の一つのビフィズス菌が殆どで、腐敗などは殆ど見られませんでした。そのため、便も鮮やかな黄色をしています。

 しかし、年齢とともにビフィズス菌は減り、逆に病原性の細菌であるウエルシュ菌などが増え、老人では急激に増えていきます。色も褐色になってきます。ただし、粉乳児(粉ミルクで育った赤ちゃん)の便は大人と同じように褐色がかった黄色をしています。やはり、人間の赤ちゃんは人間の母乳で育てるのが当然なのです。

 以上にように腸内細菌によって、便の状態は大きく違ってくるわけですが、その細菌に大きく関わってくるのが食物繊維なのです。従来、食物繊維は、別名難消化性多糖類、つまり消化されない成分と考えられてきましたが、

 細菌では大腸内において腸内細菌によって分解されることが分かってきました。分解された結果、メタンガス、炭酸ガス、水素ガスなどが発生します。

 これらのガスは、便の成分になったり、おならとなって排泄されています。ただし、悪臭はありません。また、酪酸、乳酸などの有機酸も排出されます。しかも、これらの有機酸は体内に吸収されて熱量源(エネルギー源)になります。また、腸管を刺激して大腸の蠕動運動が活発になり、排便を促すことにもなっています。

 有機酸の働きはそれだけではありません。大腸内の酸性度が高まるにつれて、さんに弱い腐敗菌は抑えられ、ビフィズス菌などが増殖することになっています。

 これは単なる想像の話ではありません。かつて、NHKのテレビ番組では、実際によってそれを確かめています。その実験では、被験者にサツマイモだけの食生活を3日間続けさせます。

 そして、おならが出そうになると、風呂に入り、お湯の中に浮いてくる泡を、ビニール袋に収めています。このように集められたオナラをガスクロマトグラフィーという成分分析器で分析してみると、図のような結果となりました。

サツマイモでお腹がキレイになる♪ オナラの成分分析

1日目 水素6%: 二酸化炭素2%: 酸素15%: 窒素77%

2日目 水素35%: 二酸化炭素14%: 酸素4%: 窒素47%

3日目 水素48%: 二酸化炭素9%: 酸素5%: 窒素38%


 この結果を見ると、日をおくに従い、水素が増えているのがわかります。また、グラフには出ていませんが、悪臭の原因である硫化水素やインドール、スカトールなどは増えていません。

 つまり、食物繊維を多く含む、サツマイモを食べると、オナラは増えるが悪臭はなく、腸内の腐敗が減ってきていることがわかります。

 健康になるためには、お腹が綺麗でなければならないのは当然の事です。その為には、お腹に良い仲間(腸内細菌)を増やし、腐敗菌を減らすことが大切になります。そのようにすれば、便も綺麗な色になり、悪臭もなくなってきます。オナラも悪臭が減ってきます。


過去記事からの引用ですが・・・♬


体内に潤いを与え、毒素を撤去
健康・美肌・ダイエットに効果を発揮

●水分が不足すると→体内に毒素がたまる
 血液粘度が高まり、血中に老廃物が溜まると、血液がドロドロになって体の活性が低下してしまいます。

●水分不足で起こる症状
 便秘やむくみ、痩せにくい体質になる


水分補給が毒出しの基本になる

 水を飲むことはデトックスの基本です。水は体にたまった老廃物をすばやく排出してくれる効果があります。水分補給で体内の水分サイクルを正常に保ち、体内浄化作用を促し、健康を保つことが出来ます。また胃の働きが活発になると、不要な水分は尿や汗、便となって排出されます。さらに、大きく分けると、水には2つの効果があります。

 1つめは「吸収の抑制」。吸収を抑制することで、体内で毒素となる過剰な成分の吸収を穏やかにしてくれます。

 2つめは「排出を促進」。排出を促すことで、体の毒素排出機能を正常にします。水を飲むことで体の毒素を上手に排出すれば、肌荒れや肥満など体のバランスが崩れて起こる症状が改善されます。


吸収の抑制

1.胃酸が薄まる
満腹中枢が刺激され、食べ過ぎ防止に効果的

2.インスリンの分泌を抑制する
膵臓(すいぞう)の負担が軽減され、血糖値の低下につながる

3.ミネラルを補う
ミネラル不足による食欲を抑えることができる


排出の促進

1.代謝力を高める
栄養を吸収し、不要な物質を排出できる

2.血液をサラサラに
血液中の余分な糖や脂肪を体外へ押し出すことができる


水分補給のメリット

◆排泄がスムーズに
 ミネラルを豊富に含むミネラルウォーターを摂取することで排出の効果を高めます。

◆食欲抑制
 水飲みで胃酸を薄めて食欲を抑えることができ、「食べ過ぎ」を防ぐ事が出来ます。

◆発汗を促進
 新陳代謝が高まることで、発汗作用が働き、老廃物を汗と一緒に排出することができます。

◆新陳代謝のアップ
 水分を補給することで、体内活動を活発化させ、体内のエネルギー消費量を高める効果があります。

◆美肌効果
 新陳代謝を促すことで、老化角質を撃退し、ハリのある肌を取り戻すことができます。

 水を飲むことで体内の不要なものを排出することができます。デトックスの基本となる「水飲み」で健康、美容、ダイエットと様々な効果を得ることができます。水を上手に活用することで健康な生活を送ることができます。


1日1500mlの水分補給が必要

 体の中で必要な水は吸収され、不要な水は排出されます。水を上手に飲むことで必須ミネラルを補給でき、胃が刺激を受けて活発に働きます。代謝も高まり、不要な成分は尿や汗として排出されます。

 体から出る水には呼吸や汗により失われる「不感蒸泄(じょうせつ)」があります。不感蒸泄で700ml、尿で1500mlの合計2200mlの水が1日に失われます。
 これを食事で700ml、水分で1500ml補うことが必要です。
(※知花先生は1日合計2.5Lが必要だと言われております)



自立健康生活のすすめ

便秘

 便秘には、食事・薬物・身体運動・ストレス・不安など、様々な因子が影響を及ぼしています。たいがいの便秘は、ライフスタイルの簡単な調整によって解消できます。

手当
●おなかを按摩(あんま)する
●膝を緩めてゆったりと水平に腰を回す
●ゴボウ、サツマイモ、セロリなど繊維食を摂る


下痢

 消化不良、寝冷え、ストレスによる神経性の下痢もあります。慢性の下痢には沢山の原因がありますが、基本的には、下痢は体に悪いものを出しているので、止めようとせず協力します。

手当
●両手でお腹を押さえ左まわりにマッサージする
●昔から利用されてきたゲンノショウコ茶を飲む
●下痢止めや痛み止めにヨモギの青汁を飲む




家庭でできる健康法  便秘 予防と対策

飲んで 便秘に解消の効果があり、顔やせにも効くと評判!
栄養価抜群の海藻レモン水

 こぶやわかめなどの海藻にはビタミンの他、ナトリウムやカリウム、カルシウムなどのミネラルがたっぷり。毎日続けて摂りたい健康食品ですが、食事だけでは中々摂りきれないもの。

 この階層の栄養分を手軽に摂れるのが、こぶの栄養分にレモンのビタミンCをプラスした「海藻レモン水」です。こぶは水につけると食物繊維が水に溶け出して独特のぬめりが出るため、便秘の解消にも効果抜群。

 また、こぶはホルモンの分泌を盛んにし、汗や尿などの水分代謝機能を活発にするヨードの含有量が高いため、顔や足のむくみを取る嬉しい効果もあります。


①こぶをハサミで4~5cm(幅の狭いものは8~10cm)に切る。

②こぶをざっと洗ってコップに入れ、水を注ぐ。洗いすぎると栄養分が流れてしまうので注意。水はできればミネラルウォーターを。

③コップを冷蔵庫に入れ、コブの栄養分が十分に溶け出すように一晩おく。

④一晩おくと、こぶがふやけて倍くらいの大きさになる。

⑤コップを冷蔵庫からダシて、ふやけたこぶを取り出す。

⑥飲む直前に好みの量のレモンをしぼり入れる。

⑦レモンの輪切りを浮かべても良い。



飲んで 苦味成分が胃腸の働きを正常に。
便秘によく効くアロエジュース

「医者いらず」といわれるアロエは、殺菌作用のある薬のゼリー部分を患者につけるとやけどや切り傷などの外傷に効き、食べたり飲んだりすればかぜや胃腸障害、高血圧、糖尿病などにも効く、古くから知られた万能薬。

 また、アロエの苦味成分、アロインやアロエエモジンが大腸を刺激するため、慢性的な便秘の解消にも非常に効果的です。しかも、庭やベランダで手軽に育てられますから、利用しない手はありません。

 アロエは生の葉を食べるのが一番ですが、独特の苦味があるためそのままでは食べにくいもの。アロエの葉をすりおろしてハチミツを加えたアロエジュースなら、苦味が苦手な人にも飲みやすく、毎日続けられます。


①とげを除いた生の葉をすりおろし、スプーン一杯程度をコップに入れて、同量のはちみつを加える。

②スプーンでかき混ぜながら、水1カップを加える。氷を入れるとより美味しく飲める。

③浮いている葉が飲みにくい場合は、茶こしでこすとよい。




食物繊維が多い【全粒粉パン】は、GI値が低く、
【血糖値】の上昇を抑え、糖尿病の治療に効果的

●糖尿病の治療には、糖質の吸収を緩やかにさせる食品が好適

 例えばブドウ糖液を飲んだ場合のGI値を100とすると、真っ白い食パンや白米は70前後、それに比べて全粒粉パンは40前後という定数値です。つまり、全粒粉で作ったパンは、真っ白なごはんやパンに比べて、血糖値が上昇しにくい食品といえます。
 
 全粒粉パンは、体内での消化・吸収に時間がかかるので、糖質の消化産物であるブドウ糖の血中での上昇をゆるやかにする働きがあるのです。


●全粒粉の食物繊維も、糖尿病に効果が大きい

 糖尿病は、インスリンの分泌が不足したり、働きが悪いために、血中のブドウ糖が上手く処理できず、高血糖状態が続きます。その治療のためには、膵臓から出るインスリンをむやみに分泌させないことが重要です。

 インスリンの分泌が過剰になると、脂肪合成が高まるために肥満につながります。インスリンの分泌能力が低下している場合には、ブドウ糖が上手く利用されず、糖尿病が発症する可能性が高まります。

 ブドウ糖の吸収をゆっくりにし、血糖値の上昇をゆるやかにする全粒粉パンは、インスリンを過剰に分泌させないため、糖尿病や肥満を防ぐのに好適な食品といえるでしょう。

 また、全粒粉に豊富に含まれれる食物繊維も、血糖値の上昇を防ぐのに、大いに威力を発揮します。
(※白米では玄米が該当しますね♪同じ様な効果が期待できると思います)

 小麦は、食物繊維が豊富なのですが、精白すると、殆ど取り除かれます。しかし、外皮(フスマ)や胚芽も一緒にひいた全粒粉で作ったパンを取れば、消化・吸収が緩やかになり、食後の血糖値の上昇を抑えるのに大変効果的です。

 糖尿病の予防のみならず、肥満や便秘の解消にも効果的な全粒粉パンを、毎日の主食に取り入れてみてはいかがでしょう。




“3週目 体重:53.5kg ウェスト:約70cm
目の下の暗いクマや、シワが消えてしまったことに、気がつきました
アイメイクをする時、以前より目の周りに、ハリがあるのが、わかります。
「私たちの脳は73%が水なので、脱水状態は、集中力だけでなく、認知能力をも減らす」とドクターは言います。



知ってますか?
毎日1.5Lの水を飲んだら2.5kgの体重を落とせる17400カロリーを消費できることを・・・


 私たちの体の機能は、水次第!
 特に、老廃物や毒素の排出に、水は、最も重要なのです

朝起きたらまず、良い水をコップ一杯 飲みましょう

疲労 
 水は体内でもっとも重要なエネルギー源である。脱水は、体内での酵素の活動を遅くし、疲労を引き起こす。慢性脱水症状の、最初の兆候の一つは、疲労である。

高血圧
 血液は通常、約92%が水分で体全体を潤している。脱水症状だと血中濃度が上がり、血流が滞り高血圧となる。

皮膚のトラブル
 皮膚は人体で最大の排泄器官である。脱水症状では、皮膚から毒素を排出できなくなり、肌のトラブルや皮膚炎などの、皮膚疾患の他、早くからしみやシワができる。

ぜんそくやアレルギー
 脱水状態から生存するために、気道を制限するメカニズムがある。水分を失うにつれ、ヒスタミンが多く生成される。ぜんそくやアレルギーは、脱水症状が主たる原因。よって、大量に水を飲むのが、喘息のための最も重要な自然療法。

コレステロールの増加
 脱水症状になると、多くのコレステロールが生成される。生存のために、細胞膜にコレステロールをシールさせ、細胞の水分喪失を防止する。

肝臓の疾患
 体が脱水症状だと、毒素が排出されない。毒素や酸廃棄物が蓄積すると、細菌が繁殖しやすくなり、膀胱や肝臓に感染し炎症や痛みを起こしやすい。

便秘
 腸は水不足の時、最初に水を必要とする臓器である。十分な水がなければ、排泄物は大腸内をゆっくり移動するか、全く動かなくなる。便秘は、慢性的な脱水の主な症状である。

関節の痛みやきしみ
 関節には全て、適切な潤滑を提供し、関節内の骨構造を覆う、軟骨がある。軟骨は、主として水でできているので、体が脱水していると、軟骨が弱まり、関節修復が遅くなる。痛みを感じる関節は、水不足になっている。

体重の増加
 脱水時、細胞はエネルギが枯渇し、水からでなく、食物からエネルギーを摂ろうとし、人はより多く食べる。さらに、体が充分水和されない限り、危険な毒素が排出されず、脂肪細胞内に溜め、脂肪を代謝しようとしない。

早期老化
 体が慢性脱水状態だと、若い時から皮膚にしわができる。更に重要なことは、内臓にも同じくシワができ、老化する。
最も効果的、かつ安価な、老化防止の方法は、充分に水を飲むこと。

消化器系疾患
 消化液を生成するには、充分な水の供給を必要とする。カルシウム、マグネシウムなどの、水とアルカリ性のミネラル不足が、潰瘍、胃炎、酸逆流などの消化器疾患につながることもある。



便秘解消の達人の記事はこちら♪


便秘になると必ず顔にぶつぶつが出る

解決レシピ スバリ!便秘を解消する


 便秘をするとなぜ肌が荒れるのでしょうか。
 それには、次の2つの理由が考えられます。

 排便がスムーズに行われず、便が腸の中に残っていると、腸の中で腐敗します。その腐敗過程で、アンモニアなどの毒素が出てきます。

 また、便秘してしている事自体が、体にとってはひとつのストレス状態。このストレスが自律神経系の作用を介して、皮膚線や汗腺に影響をあたえることも、原因の一つではないかと考えられます。

 いずれにしろ、便秘は老廃物を体の中に溜め込んでいるわけですから、肌トラブルの元になりやすいばかりでなく、体調不良など、様々な体のトラブルを招く原因になります。

 私達の体にとって、便秘はまさに百害あって一利なし。便秘で悩んでいる人は一刻も早く解消するよう、努力をしてください。


便秘解消法 その①

 排便の習慣において最も大切なのは、毎朝、必ず出すということです。そのためには、「2~3日出てないけど、ま、いいか」などと思っては絶対に行けません。「毎日、排便があって当たり前」という基礎生活習慣をしっかり見に付けることが何より大切です

 便秘を軽く考えている女性が多いようですが、便秘は美肌の大敵です。
「何が何でも治す」ぐらいの強い気持ちが必要です。毎日便を出すというトレーニングを続ければ、必ず便秘は改善します。


便秘解消法 その②

 便秘解消に役立つものとして、桑の葉茶があります。桑の葉茶には、a2グルコシダーゼ・インヒビターという成分が含まれています。この成分には、大腸の中での炭水化物の吸収を阻害し、その結果、便を柔らかくしてくれるという作用があります。

 食事の時はもちろん、入浴時の水分補給にも利用するなど、頑固な便秘で悩んでいる人は、桑の葉茶を積極的に利用して、便秘解消に役立ててください。


海藻に含まれる食物繊維が便秘の妙薬

 便秘は女性の "共通病” の感さえあります。数字的なデータを取ったわけではありませんが、程度の差こそあれ、便秘に悩む女性はかなりのパーセンテージにのぼるのではないでしょうか。

 この便秘に、昆布、ワカメ、海苔などの海藻類に含まれる食物繊維が非常な効果を発揮します。これらの海藻を日常的に適量食べていた時代の我が国の女性たちには、今ほど神国な便秘の悩みがなかったことがそれを裏付けてもいます。

 食物繊維といえば、野菜に含まれるセルロースやへミセロースが有名ですが、海藻にもこのセルロースを始め、色々な種類の食物繊維が含まれています。

 とくに昆布のようなぬめり物質(※アルギニン酸やフコダインが水溶性タンパク質と絡み合った水溶性食物繊維の一部ですが)は、便秘解消薬として民間療法に利用されるほど効果が高いと言われています。

 便秘は、言うまでもなく、食傾向と深く関わっています。つまり、精製された食品や消化されやすい食品ばかり食べていると、腸の中の流れが悪くなって便秘が起こるのです。

 そんな状態を解消するには、腸に刺激を与えて蠕動運動を活発にすればいいわけですが、海藻の食物繊維はその刺激 ”剤” として極めて有効だとわれています。

 現在の食生活を見て下さい。タンパク質の主役はいうまでもなく肉ですし、主食にしても精製された米やパンが一般的なのではないでしょうか。

 肉には不消化物はありませんし、精製された炭水化物も腸の刺激剤としてはいささか力不足です。つまり、現在の食生活では、便秘が蔓延するのは当然なのです。

 こうした食生活に対する疑問が生まれ、次第にかつての日本の伝統食に目を向ける傾向が出てきているとはいえ、一気に食生活革命が起きるほどの動きではありません。だからこそ、いっそう海藻料理の一品を食卓に並べることの意義は大きいのです。

 昆布を例にとって、海藻の食物繊維について少し詳しく説明しましょう。昆布にはアルギン酸、フダイコンなどの食物繊維が30~40%含まれています。

 便秘によく効くとされるりんごに含まれる食物繊維は約12%ですから、昆布がいかに食物繊維を豊富に含む食品だということが分かるでしょう。

 アルギン酸、フダイコンは専門的には酸性多糖類といいますが、水に溶けやすい性質、すなわち水和性に富んでいます。食物繊維は、私達の身体で作られる消化酵素では分解されませんから、腸内で水分を吸収して便の量を増やし、また柔らかくして排便を促します。

 さらに、食物繊維は食品に含まれるコレステロールの一部を取り込んで、便と一緒に排泄することが知られています。発がん物質を包み込んで同じように排泄することも明らかにされています。

 このように便通を良くするだけではなく、それに伴う様々なメリットを祕めているのが食物繊維なのです。
 
 もちろん、コンブだけではなく、ワカメも海苔も有効な食物繊維をたっぷり含んでいます。干しワカメ100gの約44%は食物繊維ですし、ポルフィランと呼ばれる海苔の水溶性食物繊維は、構造はアルギン酸やフダイコンと違ったものですが、便秘に卓効を表します。便秘知らずの快適な朝は、海藻類で確実に実現されるのです




FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪

エドガー・ケイシーが語る悟りの極意♪恩寵の法則♪輪廻転生を解脱する極意♪明想♪全てに神を観る♪神の御心は普遍的で何一つ区別しない宇宙的愛♪全ての人と和解♪エドガー・ケイシーとウェーダ哲学♪エドガー・ケイシーの生まれ変わり♪ディビッド・ウィルコックさんの面白雑学をご紹介♪アセンション研究所♪花粉症対策のケイシー療法はモロヘイヤ♪眠れる預言者♪エドガー・ケイシーが薦めるユニークなダイエット方法をご紹介♪アカシックレコードに秘められた秘密を詳細にご紹介♪仏陀・キリスト・空海・荘子・孔子♪人の長所は努めて大きく見るようにし短所は出来るだけ小さく見るようにしましょう♪輪廻転生から見た同性愛のスピリチュアル的裏事情をご紹介♪起床後、食前、食後に水を飲む習慣をつけましょう♪胃の消化反応が正常に♪健康の裏ワザ♪ゼラチンと一緒に生野菜をよく食べるとビタミンの吸収力がUP♪多量の肉を摂らない方がいい理由とは♪レタスは血流清浄効果♪トマトは非常に身体に良い♪タンパク質や肉類と一緒にデンプン食品を沢山食べてはいけない♪民族や人種にもある集団のカルマをご紹介♪スペイン内戦の魂の裏事情とは♪霊的な力・直感力・思考力・集中力がUPする栄養はビタミンB♪心と身体は一つ♪周囲の人を嫌わず他の人を許す人は病気にはなりません♪想うことは行動する事と全く同じ♪為になる心の持ち方話♪楽観的に希望に満ちあふれた意識状態が大事♪エドガー・ケイシー直伝♪視力を回復させる首と頭の運動♪頭痛改善・視力改善に活用♪ビタミンとは体を再生させるエネルギー・創造主の力です♪エドガー・ケイシーさん♪全知全能の神♪コスモ細胞に感謝♪ねぎ(玉ねぎ)湿布でのどの痛み解消♪リンゴ酢と粗塩で大腸炎・排泄・外傷・に効果♪エドガー・ケイシー療法が見放題の超良質☆歓喜感動♪治癒サイトをご紹介♪身体に水分が欠乏すると老廃物が毛細血管へ♪腎臓・肝臓・生活習慣病の予防や健康に♪エドガー・ケイシー流☆玄米の食べ方♪水を1日浸けて大豆の要領で炊く♪家族間の性的興味の違いを克服する方法♪天国の様な理想の家庭・最も偉大なる者とは♪エドガー・ケイシー総まとめ記事♪


エドガー・ケイシーが語る
起床後、食前、食後に水を飲む健康法

 最もおざなりにされている週間に、毎日普通の水を飲むことがあります。水は、生命の源であり、私達のダイエットの構成を一つにする糊の役目もします。

 インドの聖典ベーダでは、水は、マトリマター、つまり最も精妙な「物質」とされます。それにも関わらず、私たちは水に感謝の念を持つことは殆どありません。ここで水のことを見直してみましょう。

 ケイシーは、「いつも食前、食後に水をたくさん飲みなさい」とアドバイスしています。
 その理由として、
「食べ物が胃袋に入ると、そこはすぐに倉庫や薬箱のようになり体が適切に消化吸収できるよう、必要なあらゆる成分がそこで作られる。胃袋がまず水で刺激されると消化反応はほとんど正常に近くなる
と言っています。

 そして、次のことを生涯にわたる良い習慣とするように言っています。
それゆえ、朝起きたらまずコップに半分か4分の3のお湯を飲むことだ。気にするほど熱くもなく、生ぬるくもないという温度で、このお湯が、体内の毒素をきれいに出してくれる」(311-4)

 排泄の状態が良くなれば、肌のトラブルが生じるということに対して未だに懐疑的で、なおかつ毎日十分な水を飲むのを忘れている人には、ケイシーは257-11に言ったことに注意すべきです。

「臓器、特に肝臓と腎臓が正常に機能するように、もっと定期的に水を飲むことだ。そうすれば、組織から老廃物が正常に排泄される

というのは組織からの排泄には経路が幾つもあり、各々の経路は(他の経路と)平衡(バランスが取れた状態)を保っていなくてはならないのだ。

 排せつ作用に、一つとして他よりも負担がかかってはいけない。肺、肝臓、呼吸器等に負担をかけてはならない。どれも皆同等に保たれていなくてはいけない。
 
ところが、体内の水分が不足すると、肺、肝臓等からの排せつが過剰となり、これは、通常、消化管と肝臓を通して浄化され、その結果、老廃物は毛細血管の循環に戻されていくことになる」

食べ物と食べ方  水

 食べる健康法の真っ先に登場するのは水である。
リーディングの健康法は「排せつ」を極めて重要視しているのが特徴の一つである。

排せつ作用の種類は、呼吸、発汗、排尿、排便があり、それぞれが正常に働いてくれなければ生きていけない。そしてそのどれもに水が関わっているのである。

「身体の中にもっと水を取り入れなさい。もっと定期的に。そうすればこの身体の肝臓とか腎臓の働きはもっとしっかりするだろう。

 こうして老廃物の排せつの正しい状態が身体にできてくる。身体の中には排せつの通り道が沢山あるのだから。

 身体の中に水が欠乏すると、正常なら消化管や肝臓を通して綺麗にされる老廃物が身体に残ってたまってきて、この老廃物をむりやり毛細血管に押し戻してしまう。

 これが充血や器官の弱さとなり、心のストレスや身体の緊張を生んで、身体のどこかに病気の原因をつくる」(257-7)

「この身体にはもっと水が必要である。計画的にキチっと水分を補給すれば、体内の酸性過剰状態は解決される」(779-5)

誰でも1日に少なくても、コップ5、6杯の水分を摂らなくてはならない。これは果物のジュース、野菜のジュース、ミルク、水、また他の液体でも、水分ならばよい。身体の中に沢山水分を入れておけば、身体の排せつは快調となる」(137-20)

「いつも水をたくさん飲みなさい。食前にも、食後にも、いつも言っていることであるが、何か栄養物が胃の中に入ると、その中はたちまち倉庫か道具箱のようにごった返してしまう-----

---それは消化器系の中で適当な消化をするために必要な要素をつくり出すはずであったのに。もし一番初めに純粋の水を飲み、それから食べれば、反応は極めて正常にうまくいく。

 また毎朝起きた時一番に、コップ半分か4分の3ほどのお湯を飲みなさい。熱すぎもぬる過ぎもしない、気持ちの悪くならないほどのものである。そうすれば有毒なものから身体を綺麗にしてくれる」(311-3)

 俗に朝冷たい水を飲むと良いと言われているが、この方法では渡しの場合胃が急激に収縮しグウっと使える感じになってしまう。お湯なら胃への刺激も柔らかく具合が良い。

 これは私達誰もが実行して、寝ている間に体内から失われた水分の補給と身体の目覚めへの良い刺激としよう。

 またがっかりしたり疲れている時は、食べようとするよりも水を飲みなさい、というリーディングの注意も頭のどこかにおいておいたほうが良い。もちろん適当な温度のお湯があれば最高である。


適切な水分補給が脳の回転に影響する

人間の体の約60%が水分です。
飲料水などから摂取した水分は発汗や排泄によって、体内の毒素と共に体外へ排出されます。つまり水分によって、体内にある毒素を体外に排出しています。

そのため、水分を十分な量摂らなければ、毒素が体にたまってしまいます。
その毒素を体内で除去するために、エネルギーが使われてしまいます。

そのため、脳で使われるエネルギーが消費され脳の回転が遅くなってしまいます。それを防ぐためにも1日2リットルの水を飲みましょう!


エドガー・ケイシーが語る
奇跡のスキンケアグッズ「カソーダ」の効能秘話

エドガー・ケイシー療法でも有名な「ひまし油」ですが、シミを消すのに有益と言われている、重曹2:ひまし油1の割合で作る「カソーダ」に興味を持ちまして試してみようと思いました。

 それで一番お安い所を探しまして、ひまし油を海外の通販サイトで960gのタイプを1300円ほどで購入、重曹25kgを3000円程で購入することが出来ました♪

 顔のシミ消しや、眼への点眼で上手く視力が回復すればいいな~♪って思っております。キリストの御手」と呼ばれているくらい素晴らしい効能があるそうです。


から一部引用させて頂きました・・・♬


カソーダの使い方について♪

シミやニキビ痕を消すには、そのまま顔や患部に塗るだけでもOKですが、より効果を高めるには重曹との組み合わせが最強です。
使い方としては、
ひまし油1に対して、重曹を2の割合で加えネリネリと混ぜ合わせます。
するとクリーム状態になるので1日に2度程度患部に塗り込みます。
肌再生力が高いひまし油効果で、徐々にシミやニキビ痕がキレイになくなっていきますよ!


・肌カスターオイル(ひまし油)は瘢痕(はんこん)形成作用に優れています。
そのため、傷痕を目立たなくしたり、年齢とともに気になるシミのケアをしたりすることに向いています。
また、鎮痛作用や抗炎症作用ももたらされるため、ねんざなどの手当てなどにも効果的とされています。
そのほか、汚れを落とす力や保湿力もあるため、メイクをオフする際にも役立つでしょう。

・爪ネイルケアでカスターオイル(ひまし油)を使用すると、爪が丈夫になる作用がもたらされるといわれています。
繰り返しおこなうネイルで受けたダメージをいたわりたい人にもおすすめです。

・髪や頭皮カスターオイル(ひまし油)の保湿効果により、髪のダメージや乾燥をいたわることができます。
また、頭皮マッサージに使用すると、健やかな髪を育まれるのが促されます。

・目点眼することによって、カスターオイル(ひまし油)はドライアイをケアしてくれるといわれています。
また、目の疲労が気になるときに点眼するのも効果的と考えられています。

・体内カスターオイル(ひまし油)湿布をすることにより、お通じがよくなりデトックスにも効果的とされています。
また、腸内環境がよくなり毒素(老廃物)が解消されることにより、新陳代謝が向上、血やリンパの流れが促進されて免疫力アップにもつながります。

そのほか、月経の痛みや卵巣の腫れ、不妊といった婦人科系のトラブルも、湿布で解決したと実感の声をあげている人も見受けられます。


体に良い食べ物

 メニューに関しては、ケイシーは昼食に生野菜を沢山たべるように勧めています。普通、少なくとも地上に生える野菜を3に対して根野菜を1の割合で摂るように言っています。
「ゼラチンと一緒に生野菜をよく食べることだ」(3051-6)

 このアドバイスは、何度も何度も繰り返されています。ゼラチンの秘密のビタミンとは何でしょうか。
「ゼラチンはビタミンを含んでいるわけではないが、ビタミンを吸収したり消化する腺の活動に働きかける力がある。

 ビタミンは、身体に十分なゼラチンがないと、活動しないのだ。ゼラチンがあればビタミンは体内のどんな化学物質と混ざり合い、それによって組織が吸収したり、組織から必要なものを取り出せるようになる。

そしてこの混合したビタミンが体のコンディションに「敏感」になるのだ。ゼラチンなしでは、そんな鋭敏さはない」(849-75)

「また食事に関して、脂肪の多い食品や多量の脂肪で料理した食べ物は羊だろうが牛だろうが鶏だろうが、食べないようにすべきだ。

 魚や鶏の方が望ましい。生の肉はダメだ。豚肉はほんの少し----それもベーコンだけにする。野菜を料理する時に、ベーコンや脂肪を一緒に使ってはならない」(303-11)

 1710-4は、正しい食事の要点と食べてはいけないものを尋ねました。

「胃にもたれ、よく料理されていない肉は避けること。いろいろな種類の野菜を食べること。肉類を食べるなら、魚、鶏、ラムにする。他の肉類はあまり食べてはならない。朝食用にカリカリに焼いたベーコンなら食べても良いだろう」

 動物の肉を多量に摂ってもらいたくないもう一つの理由は、肉を食べる時、私たちは体内に栄養素を取り入れるだけではなく、その肉の波動パターンも取り入れるからです。

野生の動物は、その種類に応じて振動を形成しており、その肉を食べるということは、その波動を体内に取り込むことになる」(900-465)

 動物の世界から何かを私達の体内に入れる前に、その動物のことを考え、私達の体の中にその波動を本当に入れたいのかどうか考えてみることにしましょう。


肉食を止めたほうがいい理由の補完記事ですが……♪

天啓・インスピレーションを頂く秘訣
「精妙な感覚」の磨き方のお話

 神様は、対処している問題を真剣に真摯に考えていると、その答えを実生活の中で与えて下さるんですね。守護の神霊の皆様も、教えるために、色々な気づきの事象を見せて下さいます。

 私は、自分が間違った想念を持ってしまった時などに、内在の神、守護霊様、守護神様、等の方々から頭をガツン!と叩かれたような感覚を受けた事もあります(笑)

 昔からそういう部分がありましたが、最近では「精妙な感覚」と言ってもいいぐらいに、脳内に情報がダウンロードされるが如く、守護の方々の有り難いアドバイスをダイレクトに感じる事が出来るようになりました。

 その「精妙な感覚」の磨き方についてですが、基本は、肉食を止めたり、徹底的「洗心」したりと、霊的な正しい努力をして、アストラル体をクリア&クリーンにする事です。

 そうすれば自ずと、高次の存在からのアドバイスが、自然と気付きとして、直感として、天啓・インスピレーションとして、感じる事が出来るようになります。

 止めておいた方がいいのは肉食です。肉食をすると、食べた肉の獣性によってアストラル体が汚れてしまう上、獣肉からの影響で、自我が強くなってしまうそうです。そういう意味でも、真理の追求者は「肉食」だけは止めておく必要があるように思います。

 精妙な感覚は、自分のアストラル体を綺麗にして、波動を上げて自分自身を精妙な高い波動状態にしておかないと、出てこないものですから、まずどうしても「肉食絶ち」だけしておいた方がいいかなと。

 とりあえず、徹底的に「洗心」するのと、肉食を止める事は、
確実に効果を感じて頂ける事は実体験から確信しております。

 私の体験ですが、肉食をやめるだけでもかなり精神が穏やかになります。特に感情の制御が楽にできるようになりました。どうも…肉食によって感情が暴れやすくなるようです。

 ですから、肉食を止めるだけでも、感情の制御が苦手で、暴れ馬のように暴れるような人でも、かなりマシになるのではないでしょうか。

 イライラを抑えきれないような方がいらっしゃいましたら、ご参考にして下さいませ。超オススメです♪」   ………補完記事ここまで♪



レタスは血流清浄効果・トマトは非常に身体に良い
タンパク質や肉類と一緒にデンプン食品を食べるのはNG

 416-9は、食べ物で何を避けるべきか尋ね、正しいダイエットのカギとも言える答えを得ました。

「体の害になるのはむしろ、その食べ合わせである。タンパク質や肉類と一緒にデンプン食品をたくさん食べてはいけない。ある食事で甘いものを一緒に食べるほうが、デンプン食品と肉類を一緒に食べるよりましである。

 また、体の中でアルカリ反応を起こす酸性の果物とデンプン食品をいっしょに食べてはいけない」

 340-32に与えたアドバイスに注意を払おうとしたら、お弁当にはもっと創造的なアイデアが必要になります。

「肉類は、地上に生えたデンプン食品と一緒に食べてはいけない。ゆえに、肉類を食べるなら、じゃがいもやじゃがいもの皮と一緒に食べるほうが、肉類とパンを一緒に食べるより好ましい」

ということは、肉の大きな塊を二枚のパンで挟んだ「貴族のサンドイッチ」なんていうものは最悪の組み合わせという事になりますね。

「誰でも、いつもレタスを沢山食べなくてはいけない。レタスは血流中で、発散気を出すからだ。これには、血液の流れを邪魔する力の殆どを破壊するエネルギーがあり、血を清浄する」(404-6)

 レタスは他の食べ物を飾る付け合せや下敷きによくあります。単なる飾り付けに止めておいてはいけません。食べましょう。では、レタスの仲間であるトマトについて、ケイシーはなんと言っているのでしょうか。

「体のトマトの与える影響については、論文でも書けそうなくらい沢山ある。組織の働きに適し、吸収のバランスもよく、野菜全体の中でもトマトはビタミンの殆ど全部を含んでいる。

 しかし、このトマトも正しく扱わければ人体に非常な破壊力を持ってしまう。それは、熟す前に枝から取ってしまったり、何か他の影響を受けて汚染してしまうことだ。普通は、トマトは少なくとも毎週3~4日は食べるようにしないといけない。そうすると非常に身体に良い。

 トマトは殆どの場合、缶詰になっている方が品質が一定していて食べやすい。トマトは酸を作らない食べ物の一つである」(584-5)

「(枝で熟した)トマトは、他のどんな野菜よりも多くのビタミンを含んでいる(900-386)



エドガー・ケイシー療法 ひまし油湿布の方法

■基本
腹部にヒマシ油をウール・フランネルにしみ込ませた上から漏れないようにビニールで覆い、
軽く圧がかかるように腹巻やタオルで巻き、さらに上からアメリカン氷嚢などで温めながら約1~1.5時間パックします。
(長くやり過ぎないこと)

パック後は、薄い重曹水で余分なヒマシ油を拭いとります。パックが終わったらお水を1杯飲みこれを3日間続けます。
3日目の夜にオリーブオイルを大匙スプーン1~3杯飲みます。レモンやグレープフルーツ果汁を混ぜると飲みやすくなります。
この後4日間パックを休み、休んでいる4日間は全身オイルマッサージを行います。これで1クール。 

◇ヒマシ油
ARE(エドガー・ケイシー財団)はコールドプレス、コールドプロセッシングのヒマシ油を公認しています。
良いのは低温圧搾低温工程のヒマシ油です。

◇フランネルの布
基本は脱色していないウール。脱色した綿のフランネルはかぶれの原因になることがあるのでご注意ください。

◇温め具
お湯を利用したアメリカン氷嚢、温熱ヒーター、湯たんぽなど。使いすてカイロには重しをお使いください。

◇オリーブオイル
エドガー・ケイシーは正しいオリーブオイルと言っています。
ほんとうに良いのはコールドプレス、コールドプロセッシングでオールナチュラルです。

■注意点
・パックするところは右側腹脇です(おなか全体でも良い)。腹部の調子が悪い時はお腹全体を温めて下さい。
・頭痛、手足の関節の痛み、胃炎の場合でも右側にやるのが原則です。
 打撲や捻挫の患部にも良いです。ただしその場合も、時間をかえて右側腹部のパックを行ってください。
・1回のパックは1~1.5時間内が良いです。長時間の腹部へのパックは身体が疲れるので調子を崩す恐れがあります。
・女性の生理時も控えなくて良いです。
・3日目の晩、就寝前に「正しいオリーブオイル」を飲んでください。
 実際には、3日目の晩だけに限らずいつ飲んでも良いですが、3日目の晩の就寝前には必ず飲みます。
 オリーブオイルには消化器官の粘膜を活性化させる作用があります。
 (医師に油脂の制限を受ける人はなるべく少なく服用して下さい。)

※個人差があります。すべての方に効果があるということではありません。
※お肌に異常のあるとき、またはお肌に合わないときはご使用をおやめください。

ひまし油の効能について♪

◇筋肉痛、関節痛、腰痛、リウマチなどの痛みを和らげ炎症を鎮めます。
 主成分のリシノール酸に強い鎮痛、抗炎症、炎症沈静作用があります。

◇ヒマシ油は、滑膜や靭帯(じん帯)の炎症の改善、損傷の再生に役立ちます。

◇沈みがちな気持ちをヒマシ油パックが優しく癒して解き放ちます。
 ヒマシ油が皮膚から吸収されるとリンパが刺激されて流れが良くなり、心にも影響する腸の様子が良くなります。

 ヒマシ油パックは、細胞の中で一酸化窒素(NO)とプロスタグランジン、セロトニンが関与する可能性がいわれます。

 神経などの細胞内の一酸化窒素(NO)の産生に働きかけ て腸の血流を良くし動きを刺激し、神経を鎮めます。

◇「スキンケア」「フェイスケア」「ネイルケア」
 肌やツメのお手入れに。深く浸透するので若々しくフレッシュな肌を保つための優れた方法です。
 「保湿」を高め「柔軟さ」を維持し 「痛みや炎症」を和らげ癒して、また、「菌やカビ」の増殖を防いで、肌の健康を守ります。

 ・カサカサ乾燥肌やアトピーの肌を保湿し癒し、角質が固くなった肌も、柔らかく潤いのある肌に整えます。
 ・ニキビなどの炎症を鎮め、炎症痕・傷痕を癒し、整えますます。
 ・シミ(肝斑)を薄くして肌を整える効果があります。
 ・ツメの健康を守ります。

皮膚表面と内部の、両方の瘢痕(はんこん;傷あと)を癒します。
 皮膚に深く浸透して徐々に瘢痕組織に作用します。※深く深刻な傷あとには時間が必要です。
 毎日布にヒマシ油を浸して1~2時間、瘢痕の上に置く又は刷り込んでください。

◇皮膚の切り傷や擦り傷(虫刺されも)の治癒を促します。手術のカット傷も瘢痕を癒します。
 ヒマシ油が体のリンパ球を増加させて白血球が創傷治癒を調節すると考えられます。

◇帯状疱疹を癒します。
 体のリンパ球を増加させ、帯状疱疹の痛みや赤みを鎮め・和らげ、癒します。免疫系の弱い方の役に立ちます。

◇水虫や白癬などの皮膚感染が良くなります。
 主成分のリシノール酸に菌やカビどの増殖を強力に阻止する力があります。

◇妊娠線を防ぎます。
特に体重増加の期間中は毎日、胃の上や太ももに少量をすり込んでください。

◇痣とイボ、魚の目
 毎晩、痣またはイボに刷り込みます。足の魚の目は、すり込んで、綿の靴下を履いて寝てください。


便秘解消に役立つ健康記事はこちら

エドガー・ケイシーが語る
体に良い食べ物 ビタミンについて

 ケイシーによると、ビタミンに関しては一冊本が書けるほどだということです。残念なことにそんな本はありませんが、次のような言葉が残されています。

「ビタミンと呼ばれる、生命に欠くことの出来ないエネルギーを体に供給せよ。というのも、覚えておいてほしいのは、我々は様々な化合物の名前を述べることがあるが、体の中には四種類の要素、すなわち水、塩、ナトリウム、ヨウ素しかないのだ。

 これが基本的な要素で、この四種類が他の成分を作り出すのだ。各々のビタミンは、この四要素が構成して出来たものであり、単なる化合物なのだ。お金を積んでその代償としてあなたにああしろ、こうしろと指示するような人によって、たいそうな名前が付けられているだけだ」

「食べ物や飲み物に含まれている要素で、体を成長させたり強くさせたりするものは何であろう。ビタミンか?ビタミンとは何か。体を再生させるエネルギーにはたらきかけてくれる創造主の力のことなのだ

 体を再生させる力というと、その1つに挙げられるのが、食事の前にお祈りを捧げることでしょう。これは私達もよく知っている創造力といえるでしょう。食事の前にお祈りを捧げることの本当の価値が認められるべきです。

 お祈りを捧げることで人の態度は感謝の気持ちで一杯になり、食べ物に祝福を与えることは、私達が食べ物に良いバイブレーションを送るという、創造的な活動となるのです。

 お祈りを捧げることで、体に対する食べ物の働きを決定する事が出来、食卓に持ち込んだ心の動揺を静めることも出来るのです。

「食べ物や飲み物を口に入れる前に少し休むことだ。体が激怒し、腹を立て、平静を失っていたり、心配事がある時は、体に食べ物や飲み物を入れてはならない。食べ物をたくさん食べたり飲んだりすることで、心配事や怒りが紛れるかもしれないなどという考えはすてよ。体が疲れるだけだ」

 食べることは体のエネルギーを再生し、食べ物は喜びと調和の気持ちで食べなくてはいけない。さもなければ一切口にしてはいけない、ということを肝に銘じておくべきです。

 調和の取れた状態は、人は食べ物から恩恵を受けるだけでなく、その雰囲気からも恩恵を受けるものなのです。


全知全能の智恵「コスモ細胞」

宇宙にはエネルギーが一つだけ、
それが無限大に存在しているのです。
宇宙生命は宇宙に一つしかないのです。
すべての万象万物は唯一の宇宙生命によって生かされているのです。
心は宇宙に一つしかないのです。

人間が勝手に自分は宇宙生命ではないと
分離感を持っているだけなのです。
創造主が唯一神であり、人間の命は創造主の命なのです。
人は初めから神であり、今も神、未来永劫に神なのです。
こんな簡単なことを現代人は理解していないのです。

誰もが全知全能の智恵「コスモ細胞」を持って生まれます。
創造主はその人が父親に選んだ人の精子の一つに、コスモ細胞を植え付けるのです。
コスモ細胞は創造主の全知全能の智恵を完全遺伝子として持つ細胞です。

コスモ細胞は心臓に位置します。
出産のプロセスは、初めに創造主の分身、全知全能のコスモ細胞ありきです。
次に胎児に宿る赤ちゃんの個別魂があります。

そしてコスモ細胞と魂と肉体の複合体が人間となるのです。
創造主の分身コスモ細胞は創造主そのものです。
自分の心臓の後にあるコスモ細胞が無限の宇宙生命そのもの、
これが神というもの、神を我として生きることが悟りなのです。


食べ物と食べ方  玄米

 世の中では未だに玄米食は是か非かと結論が出ていないが、リーディングは、穀物はすべてその種としての全体を食べるように勧めていて、そうすることによって身体と精神のバランスが保たれるという。

 またそれらはビタミンB群の宝庫でもあると言っている。そして精米したものは ”でん粉” と表現して、なるたけ食べないよう注意を促している。

 炊き方のコツであるが、よく洗って丸一日は水につけておくことである。夏の日中は冷蔵庫に入れておくとよい。

 よく洗ったり、水に付けたりで、栄養が水に溶け出してなくなってしまうのではないかという質問を受けるが、それは心配ない。白米は死んでいるからそうであろうが、しかし玄米は生きているのである。

 適当な温度の水につけておけば芽を吹き、生長するエネルギーを持っていることをお忘れなく。そのために必要な栄養素がそっくり一粒一粒の玄米となっているのだ。

 あとは豆を煮る要領で、炊くというより煮るのであるが、豆が上手く煮れるならどれでも上手く出来る。私は陶器の電気鍋を使う場合もあるが、やはりいちばんうまく炊け栄養も逃さないのは圧力鍋であろう。

 水加減は、白米なら米一、水一の割合で炊くが、玄米は米一、水二にするとやや柔らかく炊き上がる。そうすれば、お弁当箱に詰めていっても、おにぎりにしても、ボロボロになることはない。急いで炊く時はさらにみずを多くする。

 玄米はよく噛んで食べること、これが鉄則であある。リーディングが言うように心安らかにして時間をかけて食べることは、地上での食事のマナーである。
 
 また胃腸の弱い人や,潰瘍のある人は、さらにみずを増やしてふたをしないでよく煮ておかゆにすれば消化がよいし、その病が重ければ、それをこして飲ませれば良い。

 玄米食は少量でも充分で、普通は白米の半分以下の量しか食べなくても調子が良い。初めての人達は一時的に下痢に近い病状が出る場合もあるが、心配しなくてもなれるに従ってよくなる。便を調べると糠(ぬか)が混じっているが、それで正常なのである。

霊的な力を強くする食べ物

 食生活の中にも「真善美」を求めたい。エドガー・ケイシーはリーディングで、霊性を強くする食べ物を示唆している。

 例えばビタミンBの含有量の多い野菜。ビタミンBが欠乏してくると、思考力や集中力に欠け、独自の判断力に影響を与えるという。

 ビタミンCの必要性は多方面で言われてきたが、ビタミンBが霊的な力や直感力を強めることは、エドガー・ケイシーによって初めて明らかにされた。

 では、ビタミンBを摂ろうと、カプセル剤を飲む人もいるだろう。
だが、ビタミン類も化学合成された無機のものを直接摂取するよりも、野菜が土から集めた栄養で体内で精製した有機のビタミンのほうが100倍も効果があるのだ。

 ビタミンを摂るなら、野菜や穀物を食べて摂ろう。無農薬の玄米などは、ビタミンB1、ビタミンB2もたっぷり含まれている。

ビタミンB1  炭水化物を分解
大豆、トマト、大根、キャベツ、玉ねぎ、人参、ミカン、ほうれん草など

ビタミンB2  成長促進 食欲増進
ジャガイモ、カブ、落花生、ほうれん草、乳製品など


エドガー・ケイシーが語るスペイン内戦の霊的な因果関係
民族や人種にもある集団のカルマ

 集団的なカルマは全く同じ霊魂のサイクルを経て同じ家族の中に生まれ変わってくる人々に見られるというわけではない。もっと普遍的な性質のものである。

 ケイシーのファイルの中には、十六世紀にメキシコや南米諸国を征服したスペインの征服者コルテスやピサロの侵略に加わった人々が、その代償をカルマ的に払わされている例が沢山入っている。

 彼らはアステカ文明を破壊し、殺戮をほしいままにした程度に応じてカルマの報いを受けたのであり、それをケイシーはリーディングで明らかにした。

 一つの文明全体を破壊したこの凶暴な行動は、今読むだけでも気持ちが暗くなるほどである。

 しかし、ケイシーは彼ら金に飢えた一群の連中は、今世紀スペイン内戦の時期に集団で生まれ変わってきたと言った。

 この時のスペインでは親子兄弟たちも敵味方に分かれて争うという悲劇になり、スペインの文明そのものさえ危うくなったのであった。

人を批判したカルマの跳ね返り事例
 自信喪失(文芸評論家として人の自信を喪失させる)

 陸軍大尉をしていた27歳の青年のケースですが、彼はひどい劣等感に悩まされていました。リーディングによると、彼は前世で文芸評論家をしており、自分の気に入らない作品は容赦なく痛烈に批判し、多くの人々を自信喪失に追い込みました。

 そのカルマとして、今度は自分自身が自身を喪失することになったのです。イエスの言葉に「人は蒔いたものを刈り取る」と言う戒めがありますが、彼の場合はまたにその例でした。

 私達も人に接する時は、その人の才能を讃え、あるいは能力を発揮させるように導いてあげることが、結局は自分の才能や能力を高め、引き出すことに繋がるのです。

 人を讃えれば、人から讃えられるようになり、人に失望を与えれば、今度は自分が失望を味わわされる。さて今日は如何なる種をまくべきか。

同性愛者(同性愛者を風刺する)

 キリストの言葉に「汝、人を裁くなかれ、汝が裁かれんがためなり」という言葉があります。こちらの同性愛のケースは、この言葉がいかに深い教訓を含んでいるかを教えてくれます。

 ピアニストとして非常に有能な青年がいました。彼は、ピアニストとして将来を嘱望されていたのですが、一つだけ弱点がありました。それは同性愛に対する強い衝動があったのです。

 リーディングは、彼がフランスに転生していた時の過去生にその原因がある事を指摘しました。彼は同性愛者を、持ち前の絵画の才能を使って面白おかしく風刺し、スキャンダルとして暴露することを楽しんだのです。

「かつて他人の中に見つけた弱点を、今、あなた自身が自分の内に摘み取っているのだ」とケイシーは告げました。同性愛にかぎらず、人の欠点や弱点を暴き立てることは、そのまま自分の欠点や弱点になるというのです。

 ワイドショーなどでは、しばしば他人のスキャンダルが面白おかしく取り上げられていますが、転生とカルマの法則に照らすなら、愚かな行為と言わざるを得ません。

 また同性愛の別のケースとして、転生のサイクルの中で性を変えたような場合にしばしば同性愛的傾向が生まれる事が指摘されています。

 例えば女性に連続して生まれ変わってきた魂が、いきなり男性に生まれ変わると、その時の人生ではまだ女性的な傾向が強く残っており十分に男性の役割をはたすことが出来ないということです。

 もちろん、すべての人がそうだというわけではないですが、同性愛者を理解する上で、大きな示唆を含んでいます。

 ただし、性を変えたために自分の今の性に適合できないからといって、同性愛が推奨されるわけではありません。その人生ではその性で学ぶべき課題がある事を認識することが重要です。

ちなみに、カルマの法則もあれば、恩寵の法則というのもあります♪
善行を行うとカルマも軽減される、という法則ですが、世のため人のために沢山尽くせばカルマもどんどん消えて幸せに近づけると思いますよ♪

「他人を計る秤にて、自分も計り返される」

 これも聖書の言葉ですが、どのような尺度で相手を判断するにしろ、人を判断するときに使用する私達の物差しは、そのまま私たち自身が計られる際のものさしになるという事を意味しています。

 この種のカルマの実例も、私たちはすでに多数見てまいりました。前世で同性愛を軽蔑し、彼らの弱さを風刺した人物は、生まれ変わって自分自身が同性愛の衝動を持つことになり、世間からの軽蔑の眼差しを向けられるようになりました。

 前世で学歴や社会的地故に他人を見下していた人は、生まれ変わって自分自身が学歴や地位故に他人から見下される苦しみを味わうことになりました。

 他人の肥満を嘲笑した人は、生まれ変わって自分自身が肥満の苦しみを味わわなければなりませんでした。

 人の自信を喪失せしめた人は、生まれ変わって自分自身が劣等感に悩まされました。

 しかしこの法則も懲罰的な側面だけではありません。人を称えるなら人から讃えられ、人の才能を見つけてそれを引き出してやるなら、自分自身も才能も人から見出され、用いられるようになることを保証します。

 ケイシーは「人の長所は努めて大きく見るようにし、短所は出来るだけ小さく見るようにしなさい」とアドバイスをしています。

 もし、自分はこれだけ努力しているのに他人は自分のことを正当に評価してくれない、という不満を持っているなら、それは前世で人の努力を過小に評価したカルマなのかもしれません。

 いずれにしろ、忍耐を持って他人の長所を大きく見、短所を小さく見るよう努力してけば、私達の長所や短所も同じような扱いを受けるようになるはずです。これが法則というものです。

天国のような家庭とは     
エドガーケイシーが語る理想の家庭像

 ケイシーリーディング(3577-1)
「夫婦が目的を一つにしている家庭ほど、創造主に対する人間の関係をよく反映しているものはこの地上にはない。なぜなら、家庭とは、性格や個性の違う人々が、一つの目標、一つの理想のために協力し合う、創造的な営みであるからだ。」

 上に引用したケイシーの言葉は、リーディングが家庭というものをどの様に捉えているかをとても簡潔に表しています。
 目標を一つにする夫婦の作る家庭は、《あらゆる創造の源である神》に対する人間のあるべき姿を最もよく表したものなのです。

 それは、部屋のレイアウトにも現れれば、家の手入れの様子、家庭の雰囲気、しきたり、その家を舞台に繰り広げられる様々な出来事にも現れます。
 家族の一人一人が互いに助け合ってその生命を育んでいる家庭にとって、家庭を営むプロセスそれ自体が創造的であり続けます。

 ケイシーリーディング(5070-1)
「家庭を生涯の仕事(キャリア)にしなさい。この世で家庭を作ることは、どんな人にとっても、いずれ劣らぬ立派な仕事であるからだ。
 仕事と家庭の両方を与えられる人はわずかである。しかし、あらゆる仕事の中で最も大切な仕事は家庭である。

 家庭という仕事を避ける人は、それを埋め合わせるだけの、もっと大きな事を引き受けなければならない。なぜなら、家庭とは、すべての人がいつか達成したいと願う「天の我が家(裡なる神)」に最も近い象徴であるからだ。」

 ケイシーリーディング(5231-1)
「人にくつろぎをもたらす家、平安に満ち、感謝と祝福の言葉を交わし合う場所としての家、一人一人がその日、その時を、相手にとって、たとえわずかでも、もっと聖なるもの、もっと平安なもの、もっと美しいものにする事を求めう合う場所、喜ばれる場所を欲している。家庭を備え給う、いと高い神に感謝を捧げる家庭を作ろうという気持ちがある。

 イエスは次のように言われた
私がいる所にあなた方もいられるよう、あなた方のために場所を備えに行く』と。これが家庭の意味である。それゆえに、この地上に家庭と呼ばれる場所を作ろうとする人々は、まことに人々の中で祝福された人である。」

 家庭とは、二人以上の人間が、自分たちの選んだやり方でともに生き、共にあり、共に共存する場所です。
 家庭は、自分でその様に選択しさえすれば、安らぎの場所、安心とくつろぎの場所、感謝と祝福の言葉を交わす場所、家庭の人生をこれまでよりもほんの少しでも豊かにしようと願い求める場所、そういう場所にしていく事が出来ます。

 私達が手本とすべき「天の我が家」とは、キリストご自身が作られるような環境であり、キリストと共に生き、キリストと親しく交わるための、人の理解を超えた美しさと喜びと善(愛と調和・慈悲と愛)に溢れた場所です。

 ケイシーリーディング(538-33)
「家庭とは、そこの住まう人々が、お互いの精神的な関係や、道徳的関係、霊的関係を高めていく滞在地としての、この世の雛形、安息地のごとき場所である。家庭とは、人が「天の我が家(内なる神の国)」、すなわち霊的世界に願い求めるものを、この物質世界に反映した場所である。

 したがって、霊的に見るならば、家庭とは、人が父なる神(創造主・神我キリスト)と一つであることを、物質的にも精神的にも表す場所でなければならない。調和や平安、栄光など、神と一つ(父なる神と常に一体)である事を示すすべての特性が、その家庭に現れていなければならない。
これが家庭と呼ばれ得るにふさわしい場所の理想である」


最も偉大なる者とは全ての人の僕(しもべ)の逸話
(魅力的な女性に対してのリーディングから)

 次のリーディングは、性的魅力について興味深いコメントを残しています。この人は、その魅力を、イエスの愛を語る機会とするように促されました。

 ケイシーリーディング(5089-2)
「この女性は黙って大勢の男性の中を過ぎるだけで、男性の側にそれを妨げるものがなければ、彼ら全員がこの人の後について行くことだろう。
 これはこの女性にとって悩みであるが、(この魅力が)適切に活用されるなら、多くの人を助けるものとなる。

 さらに自分の肉体に対しても悩みをもたらすものとなる。なぜなら、この女性は人から「口説きやすい人」と思われるからである。
 つまり、どんな人も、この女性に何かを売ろうとしたり、この人から何かを買おうとしたり、とにかく、あれこれと気に入られようとするからである。その理由は、先程述べた理由からわかるだろう。

 この事を有益な経験に変えていくにはどうしたらよいか。地上での過去生から分かることだが、この人は生まれながらの教師である。この人は、異性に対して自然な磁石であると同様に、同性の間にあっても大きな影響力を持つ。これらの魅力を、イエスの愛を教える手段として用いるがよい。

 あなたに出会うすべての人に、まず次のように語りかけるのである。もちろん相手に応じて、あるいはあなたの経験によって言葉を変えてよいわけであるが、すなわち、「今日、神に祈りましたか?」という言葉がそれである。

 あなたの口から出る言葉がこのようなものだと人々が知るようになれば、男性があなたについて来ることもなくなるであろうし、あなたを「口説きやすい女」だと思う男もいなくなる。この言葉を本心から言うことだ。

 そうする事で、ふしだらな想いを抱く多くの男性に、己の居場所をわきまえさせるだろう。彼らの動機がどのようなものであれ、あなたがそのような言葉が心から誠実な気持ちで語り聞かせるなら、だれも、どんな人も、主の、キリストの御前(ごぜん)に立つことは出来ない事がわかるだろう。それによって、あなたは、仕える事のできる人を引きつけるようになる。

 あなたの活動にあっては、常に、キリストの誕生、幼な兒キリスト、キリストの修行、キリストの宣教、そして宣教のクライマックスとして、

汝らの中で最も偉大ならんと欲する者は、全ての人の僕(しもべ)となるべし』と弟子たちに語られたキリストの最後の行為について、飾らぬ言葉で述べる教師たれ。

 ※他人に仕えるには自分は立派すぎると考えるような人々を、あなたが見たなら、その考え方はどこか間違っているのであり、その魂は萎縮している。彼らは小さき者だ。思い出しなさい。

 女の腹から生まれたものの中で最も偉大とされた者について、主はなんと言われたか。すなわちその人ですら、御国にあっては最も小さき者であると。なぜなら、彼は自らを謙(へりくだ)り、※従順であることを忘れたからである。」


※従順であるの意味が分かりにくいので、補足説明を……♪
四句御箴言の ”与えられたことを感謝してうけよ” 与えられたことを拒むこれ欲なり” の事を説かれているのだと思われます。

■四句御箴言(しくごしんげん)

与えられたことを感謝して受けよ   
与えられぬことを感謝して受けよ

与えられたことを拒むこれ欲なり
与えられぬことを欲するこれ欲なり


宇宙創造の神が勧める霊性を高める方法 洗心

いつももつべき正しい心(=常の心)
強く     明るく
正しく    我が祈り
宜しからぬ欲を捨て
みな仲良く、相和して
感謝の生活をなせ

心の中からなくすべき感情(=ご法度の心)

憎しみ  不満
妬み   疑い
猜み   迷い
羨み   心配心
呪い   咎めの心
怒り   いらいらする心
不平   せかせかする心


最後に、生活系まとめサイトでもよくある家庭間の性的問題の解決方法をご紹介させて頂きます……答えはシンプルでした♪

家族間の性的興味の違いを克服するには

問、結婚生活において、夫婦の一方が性的な関係を必要としているにも関わらず、もう一方が性的な関係を望まなくなるという問題が生じたなら、これにどう対処すればよいのでしょう。

ケイシーのお答え(2035-1)
互いが一緒に努力して、互いの必要を満たすように務めること、これ以外にない。


エドガー・ケイシーが語る宇宙法則・悟り・解脱のお話

神は普遍的で全てに浸透している宇宙的存在

 なぜ、エドガー・ケイシーは神を普遍的であらゆるものに浸透している宇宙的存在と表現したのでしょうか。数多くのケイシー・リーディングの中に、個人の苦しみが魂に直結され、魂が神に直結されている表現が見られます。

 後の章で、彼がそのような苦しみを癒すのが神の愛であり、創造的な力の道具になるという意識であると説明している事を詳しく見てみたいと思います。
 
 神の似姿である魂、また神我、あらゆる存在の源泉としての神を理解するための鍵である、人間の人格の奥に個人の魂という形で潜んでいる
「神の王国(真我・宇宙意識)」は(分離意識では)神そのものである源から分離しており(放蕩息子の状態)、絶えず神に戻ろうと欲しています。

 積極的な愛の実践を通して、魂(意識)と神(神我・内在の神)との関係を自覚する事がケイシー・リーディングの要点です。
 ケイシー資料に見られる基本的考えがいかに古代の聖者たちの発見した事に一致しているかを、インドの哲学の原典が明らかにしてくれます。

 BC1200年のチャンドギャ・ウパニシャッドは人間の本質である「個我(真我・神我)」を知る事の必要性を強めて、次のように伝えています。

「邪悪とは無縁の個我(人の中の神の似姿、宇宙生命・神我)は不老不死、悲しみなく、飢えなく、渇きなく、その願う所は『真』(神への希求)なり。その生めるものは真なり。人はそれ(神との合一・真我顕現)に至るべきであり、それ(宇宙神理)を理解するように願うべきである。個我(真我・内在の神)を発見し、理解する者は全世界(全知全能)を得る」

 自分と人の中にある霊的本質(真我)、聖なる要因を発見し、認識することのみが、人間を利己的な欲望から宇宙的な愛へと高めてくれるのです。

 人がその段階に至ると、自然と憎しみや嫉妬、利己主義から離れて積極的な行動をし始めます。あらゆるものが彼に平安と静けさ(安らぎ)、癒す力と調和を与え、あらゆる苦しみを無にする力を与えてくれます。

 人間1人1人の中にインド哲学でいうアートマン、あの大いなるキリスト(神我)の我が潜んでいるために、この存在状態(神我顕現)に至る事が万人の究極目標なのです。

 ウパニシャッドは、超越的実体、物質界のあらゆる時空に制約される客体に優る超実体としての魂(大愛・宇宙生命)をこのように表現しています。

「心から成り、その体は生命(プラーナ)であり、その形は光、その概念は真理、空間を己とし、あらゆる言葉を包み、あらゆる薫りを包み、あらゆる味を包み、あらゆる世界を取り巻き、黙せる、想像を絶する者、

この胸の内奥にある我(神我キリスト)は米の粒よりも、からし種よりも、栗粒よりも、栗粒の核よりもなお小さく、地球よりも大きく、大気よりも大きく、空よりも大きく、これらの諸世界よりもなお大きい。あらゆる言葉を内に包み、あらゆる願望を包み、あらゆる薫りを包み、あらゆる味を包み、

あらゆる世界を取り巻き、黙せる、想像を絶する者、これが胸の内奥にある我(キリスト神我)である。これはブラフマンである。私はここより去って彼の中へと入る。」

 個我は転生の法則、カルマ法則、恩寵の法則に従ってはいますが、その真の性質において、核の核においては不可視の霊(生命)なのです。
(本質本源に於いては、真の自己は宇宙エネルギーそのものです)

 先に挙げたウパニシャッドの聖者は我の最高の発達を遂げ、恩寵の法則(神との一体感・我神なりの悟り)を通して過去のあらゆるカルマを一層したのです。それゆえ彼は神の祝福を受ける準備が出来ました。

 受肉した我(人間)はその神との密なる関係によって潜在的には聖であり、(洗心と)明想とはこれを神に結び直すための霊的な実践法なのです。

 人が自分の真の魂の我(神我)が体でも心でも合理心でも自我でもなく、それ以上のものであり、これら全ての基礎そのものである事を悟り出す時に、内なる光の輝きが彼の姿勢を広げ、彼は相対性によって乱される事がなくなります。

 人は異質の統一を見、不和の調和を見ます。自分とは違う人々との接触に神の光(大愛・宇宙生命・神)を観ます、その時にのみ「汝の隣人を愛せ」という戒めの真意を理解できるでしょう。

 家族、友人、知人との、年少、年配の者との、優っている者、劣っている者との日々の接触の中で、人はどの様な違いがあっても絶えず、愛と敬意と自制の態度を保つようになります

 その時にのみ、人は自己実現(悟り)の段階に至り、神からの放射である魂が常に神と繋がりを持っている事を知る(実感する)ようになります。

 この繋がりは、人は自分をただの体と心と自我と思っている間は眠ったままです。その接触を動かすために、あらゆる真の宗教が無我(無私)の愛と奉仕の姿勢を唱道してきました。エドガー・ケイシーは同じ精神を次のように語っています。

己の生命とは、すなわち神である。何となれば、汝の兄弟に為したるその事は汝の内にまします神に為したればなり。
貴方の兄弟のためにする事はあなたの内に内在する神にする事です

 こうして、あなた方は外から自己のうちにある神の力へと救済するかもしれない創造力との真の関係を、実例によっても戒めによっても促(うなが)しているのである」

 問題が肉体的な事であれ、家のこと、社会のことであれ、個人、非個人の事であれ、エドガー・ケイシーは常に惑星上に受肉(転生)した魂としての人間の存在が一つの目的を持つこと、その目的とは個々の魂と神との関係(全ては神ご自身・全ては一つ)を悟ることに集約される事を訴えています。

 ここで人間性の全体、体と心とが神の現れであるという明快な言い方を採るエドガー・ケイシーのリーディングを引用して、魂の論に結論を出してみましょう。

汝の体、汝の心、汝の魂が地上での神の現れであり、他のどの魂もそうであること、汝の体は現実に生ける神の宮なることを知れ。

 あなたの知る善の全て神の全ては、他人の考えること、他人の行うことではなく、あなた自身を通して、あなた自身の中に現されているのである」


神は全ての創造の力であり愛の法則

 エドガーケイシーはそのリーディングの中で、神の一なること(全ては一つ、全ては神・大愛)、その愛の普遍なることを特に強調しています。

「第一の掟とは何か。おおイスラエルよ、おお我よ、おお光の探求者よ、あらゆる力、善の力がただ一つの源から来ることを知れ、である」

あらゆる知識、あらゆる力の創造の力、あるいは神によるものである。そして、人間が日々の体験の中でそれを尊び、それ(愛と調和)に生き、それ(神の御心)を体現(神我顕現)させさえすれば、愛がその法則である」

 この2つのリーディングの最初の方で、イスラエルが特定の一団や国家、民族を表すのではなく、「探求者」、「我」を表している事は明らかです。
 この我が「真我(神我キリスト)」に目覚め、溶け込むのです。

 この融合が「キリスト意識」、「内なる神の国」なのです。一度その覚醒が起こると、狭い我(自我・偽我)は普遍の我(大霊・普遍我・無限)に溶け入り、人は神の子に吸収され、物理的な相対観念(分離感)は超越されます。

 光の求道者は他への光の源(神我顕現・霊太陽そのもの)となります。なぜなら、彼は直接に一なる本源(無限大の愛・神性意識・神との一体感・全一体感)と結びつくからです。

「我という言葉は知識と愛という2つの領域で大きな意味を持っている。この書の全体を通じて、知識または光明の役割と、愛の果たす役割とを普遍的な意味で語ってきた。二者は必然的に互いに絡み合う。

 瞑想を通しての真の知識(悟り)の到達は愛の実践(慈悲と愛・全てを愛し全てを許す心)なくして、不可能なためである。

 こうして、この美徳の応用が明想を助け、変わって明想が不変の愛---無限の愛と力の源なる神の愛---と、そして人の愛---隣人、同志、神の似姿へのそれ---の実践を助けるのである。

 神の目に見える現れである人(結果)を本当に愛する事が出来なければ、見えざる作り手なる(第一原因者である)神を愛する事も出来ない。

汝の隣人を汝の如く愛せよ」という戒めは、愛と我(内在の神・真の自己・真我)という語を理解せずには無意味となる。
 我(真我)は生けるキリスト、内にいます神、道であり光である。

 (真我は)魂も我も体でもなく、心でも、知性でもなく、こうした人間性の域を超越するものである。完全に(真我に)目覚めた神の子なるイエス・キリストは次のように言った。

「我(キリスト神我・真我)は(天国への)門なり。おおよそ我によりて入る者は救われ、かつ出入りをなし、草を得るべし」(ヨハネ伝第十章9節)

(神我)キリスト(宇宙神理の理解・真我の覚醒・宇宙即我・父と子は一体の境地)が「門」であることは、体でも心でも(この世の)知でもない、魂(常に我は命なりの自覚)が救いへの唯一の入り口である事を意味します。


神の御心は普遍的で何一つ区別しない宇宙的愛

 キリストが語った「愛」もまた、「平和の君」を信ずる人々にも十分に理解されないできたもう一つの概念であります。

 キリストの名による十字軍や拷問は、神と愛とキリストの名の元に行われる偽善でした。これはキリスト教の欠点を意味するものではありません。山上の垂訓でイエスはこのように語っておられるからです。

「我は汝らに告げる。汝の隣人を愛せよ。の仇(かたき)を愛し、汝らを責める者の為に祈れ。これ天(内・潜在意識の最奥)にいます汝らの父(なる神)の子とならんため(※神我キリストへの覚醒めの為)なり。

 天の父は、その太陽の光を悪しき者の上にも、善き者の上にも平等に昇らせ、雨を正しき者にも、正しからぬ者にも降らせ給うなり。(無差別の愛」

 人間の意志は神の御心と区別されるべきです。神の御心は友人と敵との間を何一つ区別しない宇宙的愛だからです。
 非利己的愛の心を表す者のみが天に入る事が出来るのです。これは聖書でも次のように支持されている解釈です。

「我に向かいて主よ主よという者ことごとくは天に入らず。ただ天にいます父の御心(宇宙的愛の実践・非利己的愛)を行う者のみ、これに入るべし

 イエスが普遍的な父(なる神)の愛を実践する事を強調しているのは明白です。神と人に対する普遍的な愛を持たなければ、人は天国に入る事を望めない事が分かります。

 では復活の基盤(解脱・悟り)としてのカルマ論はどのように語られているのでしょうか。イエス・キリストは、愛を持って憎しみに応える事が盲信に優る事をどの様に語っているのでしょう。

 マタイ伝第五章の最後に一節がこれをさらに明かしています。キリスト愛(普遍的な愛・無差別・無所得の愛)が人を神の子に値するものに変える事を明らかにした後で、イエスはこう続けています。

「汝ら、己を愛する者を愛すとも何の報いかを得べき。取税人も然するにあらずや。」
自分を害する者も、愛する人達と同じ様に無条件の愛で愛しましょう

 神に基礎づけられた純非利己的愛のみが人間を自由にし、彼(意識・魂)を完全さ(真我)へと向かわせるのであります。
 イエスが、負い目を持つ兄弟との和解がなぜ、神の実現(神我顕現)に向かう第一歩なのかを説明してくれています。次のように語っています。

「このゆえに汝もし供え物を神前に捧げる時、そこにて兄弟に怨まれる事あるを思い出せば、供えものをそこに残し置き、まず行きて兄弟と和睦し、然る後来りて供え物を捧げよ。

 汝を訴える者と共に道に在るうちに早く和睦せよ。恐らくは、訴える者汝を審判に渡し、彼は下役に渡し、遂に汝は獄に入れられん。誠に汝に告ぐ。一厘も残りなく償わずば、そこにいづること能わじ。」

 イエスは、我々がカルマの法則に従って「最後の一厘」を完済してしまう時までは、生死の牢獄(輪廻転生)に区切りをつけて永生(永遠の生命)を得る事(解脱する事)は出来ない、と戒めているのです。

 イエスは、神の御心--聖愛(神と人に対する普遍的な愛・慈悲と愛・全てを赦し全てを愛する心・明想)--- が実践されない限り、天国に入れない事を訴えているのです。

 愛という言葉ほど大きく誤解された言葉はないでしょう。この真意は、自分の中にも他人の中にもある愛の光(キリスト)を見つめる事にあります。

 聖なる愛(大愛・宇宙エネルギー)が神から来るように、愛は個人の魂から放たれます。人が明想を通して神にその魂を同調させる時に、聖なる愛はあらゆる憎しみや嫉妬に打ち勝つ力と共に、流れ出てきます。

 「汝の敵を愛せ」という言葉には何ら論理的な矛盾も心理的なパラドックスもありません。愛なる語(全ては一つの悟り)が強められれば、敵は自動的に敵は無くなるからです。

 イエス・キリストという人間と生活の中に比類なく現されたこの愛の法則は、明想を通し、実生活での愛の法則(慈悲と愛は宇宙神理)を実践する事を通して得られる、キリスト意識(宇宙意識)の原因であり結果でした。
 もう一つのケイシー・リーディングはこう語っています。
 
則とは何か。愛である。愛とは何か。神である。
神とは何か。(宇宙)法則と愛である。これが真理そのものの周期である。あなた方がどこにいようと、どの国にいようと、それは常に同じである」

 これまで、いかに明想と愛(の実践)とが互いに依頼し合い、両者が神の恵みの最高表現であるキリスト意識を早めるものであるかを見てきました。

 あらゆるカルマを打ち消し、求道者を聖なる愛の最高のレベルにまで引き上げてくれる恩寵の法則(解脱の真理)が、様々な受肉(輪廻転生)を通して完成へと至らなければならない魂の目標とする所であります。

 神が物質界に自然の法則を起き給うのならば、カルマと転生の法則こそが人間界に見られる悪と苦しみを唯一説明するものです。

 体は人ではなく、不滅の魂が霊的成長の手段としてその仮初めの心理構造を使うための道具なのです。
 個々の魂が善行や悪行を貯め続ける間、それはちょうど人が古い衣装を捨てて新しい衣服に代えるように、体を代えるだけなのです。

 一般人が過去世を想起できないという事実は欠陥ではなく、霊的進歩のために価値ある事なのです。我々の最良の友や肉親がかつての最大の敵だった事を思い出すなら、これは克服し難い苦しみとなるかもしれません。

 しかし、過去世の記録はヨーガを通しても想起出来るし、ケイシー・リーディングは何千というその事例で満ちています。
 個人がその過去世を想起する事例は、これまでの証拠から、当時の生で本人が急な、予期せぬ死を迎えた場合が大半です。

 しかし、転生は目的ではなく、完成(神我キリストへの覚醒め・解脱・悟り)に向かう魂が通過すべきプロセスである事を忘れてはなりません。

 転生説を熱心に擁護する者は、転生の事実を余り強調すべきではありません。その様な話はとらわれるべきものではなく超えるべきものだからです。

 転生に関して断片的知識しか持たない事の危険性の一つは、それにこだわりすぎて来世への正しい道筋をとられる事を忘れうる事です。それがインドも含め、あらゆる宗教で転生論が抑えられてきた主たる動機なのです。

 人間の成長におけるカルマ法則の必要性は恩寵の法則(宇宙神理の理解・悟り・解脱)によって止められなければなりません。

 転生の輪は、愛---真の信仰一つ一つの中心課題である神の愛と人の愛---の法則を採る(理解する)事によって停止させなければならないのです。

 明想の技法はこの目標に至る手段であり、強い祈りがサマーディに至る手段です。手段での祈りと組み合った個人の努力が個人の、また社会の霊的進歩を早めます。   明想の記事♪

 個人が霊的の単位であり集団の進歩は個々の魂の進歩に負っているからです。隠れた祈りの大切さはイエスが美しく表現しています。
(※原文が難解でしたので、意訳しました)

「※汝ら祈る時、偽善者の如く、会堂や大路の角に立ちて祈るなかれ。誠に汝らに告げる、彼らは(人に評価されたので)すでにその報いを得たり。

 汝らは祈る時、己が部屋に入り、戸を閉じて隠れたるに在る汝の父に祈れ。さらば隠れたるに見給う汝の父(父なる神)は報い給わん。

(善行をしても、人に言わず隠しておけば神はその報いを与えて下さいますし、人に評価されればそれでその報いは受けた事になるであろう。

 知花敏彦師によりますと、もう一つの意味として、部屋に入るとは
「汝の密室(神我)にて祈れ。全てのものと和解して(調和の神我の心になって)から我を呼べという意味もあるそうです。


古代インドのウェーダとエドガー・ケイシーの共通点

 無限、不可視の純粋霊があらゆる存在の超越的本源であり、それはイシュヴァラ、神、つまり変わりゆく世界の普遍の基としての全能にして不滅の個我(真我・宇宙神霊)の形をとっています。

 今一つエドガー・ケイシー・リーディングは彼の出世に先立つ四千年の昔に遡(さかのぼ)るウェーダの創造論を言い換えたものに近いのです。

 ケイシー、は一方では物質、他方では神に対する魂の関係を質問され
小宇宙の物質的創造は人の場合と同じく第一原因(創造主)に関係していると明言しています。
 
「自己の内と外に表されている、目に見える様々な天体の中で、物質界の中でさえ、あらゆる力、あらゆる働きが一つ(神)から現されたものである。

 それで、(神の)伴侶となれること、(宇宙と)一体となれること、(無限と)一つになれる能力が、一つの天体の中にあるあらゆる力、あらゆる現れの中に、これらの属性が現される為に必要となっている。」

 人が一方では、物質的力、他方では神の霊的顕現の中間に立っていると云う考えが、次のように語るリーディングの中でさらに支持されています。

「一つの原子、一つの物質、一つの形が変えられたからと言って、その源あるいは※霊までが変わったわけではない。その現された形態が変化したのみであり、第一原因(無限・大愛)との関係が変わったのではない。

※神は無限の生命・宇宙に遍満する大霊・神はありてあらゆるもの

 人が物質界において、その持てる知識、知性に関して(宇宙生命・無限が)何を為しているのかに気づく意識※に至る事、第一原因、原理、基礎、本質(根源)に入ることを招くのである。
神おわすが故に私がおわすのであるの意識

 それは、表されているものの中に、魂にとって、実体にとって益するもの、魂を創造的力、創造的影響力に受け入れられる伴侶にしてくれるものが表されているためである。」

 ウェーダの三重創造の哲学を次のようにエドガー・ケイシーは言い続けています。
「その初め、支配法則と共に、現された形の中に見られるものを動かした存在があった。物質を破壊し得ないこと、その様々な形に分かれる際の一つ一つの力、力の源の能力が特定の天体に現されているものを生み出している。

 この事は多くの方法で人間を整える為の様々な現された方法で使われる元素の中に、第一原因あるいは神に対する人間の関係を支配する法則を示す事柄の中に見る事が出来る。」

 人が世界魂としての第一原因、そして物質的現れとしての第一原因によって型どられるというウェーダの三重の創造論の中で、神と人と世界の関係を明らかにしてみましょう。

 述べてきた通り、創造の3つのカテゴリー全てが、この文脈では第一原因の非物質面なる個我(神我・真我)と翻訳出来る神、不動の動者、プルシャの上に休んでいます。自然界と訳せるプラクリティは物質的創造の三面全てを現わしめるダイナミックな形而上学(けいじじょうがく)下の力です。

 (形而上学=感覚ないし経験を超え出でた世界を真実在とし、その世界の普遍的な原理について理性的な思惟によって認識しようとする学問ないし哲学

 プルシャの形而上的力から、創造の大宇宙面の魂であるイシュヴァラ(無限質量)が沸き起こってきます。
 個々の宇宙、そして銀河の中心が崩壊する事があっても、イシュヴァラ(大生命・大愛)は形而上学存在であり、破壊する事は出来ません。

 それと同様、個々の中心を制御している魂の力あるいはデバータスも破壊出来ません。イシュヴァラは、あらゆる形而下現象を超えた不動の基礎であり、神の創造の大宇宙面の絶えざる運動はこれに頼っています。

 人の生命の五重の区画は地球、月、太陽、銀河、宇宙の中心というデバータスの5つの分類に対応します。
 人間の肉体は地を表わし、心は月を、知性は太陽を表します。個我の非個人的無意識は銀河の中心を表わし、純粋我は宇宙の中心を表します。

 宇宙の中心、あるいはスヴァヤンブ・プラジャパティはその物質面において崩壊しうるが、その中に不滅の純粋我(真我・大生命)を有しています

 実際には、その純粋な霊(宇宙生命)があらゆるものを貫いており、それが大宇宙のデバータであれ人であれ、また電子のような小宇宙的実体であれ、個別化されたものことごとく根となっている(内在している)のです。

 滅びるのは一つ一つの実体の物質面のみであります。エドガー・ケイシーは先に引用したリーディングで同じ見解を正確に表現しています。

「一つの原子、一つの物質、一つの形が変えられたからといって、その源あるいは霊までが変わったわけではない。その現された形態が変化したのみであり、第一原因(創造主・無限宇宙)との関係が変わったわけではない。」

 人間と物質と宇宙に関するケイシー・リーディングの全てが、ウェーダ哲学においてパラム・プルシャとスヴァヤンブが使われたのの全く同じ意味で「聖霊」と「第一原因」という用語を絶えず使っているのは印象的です。

 その上、彼の創造論は右の説明なくしては一般人には理解できないままで残される事になりましょう。

 第二の創造部門、すなわち人間の構造は大宇宙と小宇宙の中間に位置しています。それはアドヒ・アートマンと呼ばれ、純粋霊の無限な、また形而上学的な要素と、肉体的エネルギーの形而下的要素の結合なのです。

 生きた人間であるジヴァの形に生まれ、転生するのはこの魂です。エドガー・ケイシーはジヴァの事を「実体」と呼びました。人間は小型の宇宙であり、それが宇宙的人間に似ているという意味での神の似姿であります。

 その魂は不滅であり、無限の側面です。肉体的、精神的、感情的、また合理的、知的側面は滅びる要素です。
 しかしながら、転生の最中に心的、知的傾向、非個人的な無意識面における傾向がカルマの形で人の魂に付随していくのです。

 誕生を繰り返す度毎に、肉体の傾向さえもカルマの形をとって持ち運ばれてゆきます。
 (明想によって)あらゆるカルマが消された時(宇宙意識に到達した時)に、純粋我は神、至高者、一なる者(内なる神の国)へと戻るのです。

 第三の創造面は小宇宙であり、これはアドヒブタム、あるいはダイナミックな世界の物質的創造です。これもまた、大宇宙と人間の創造における5つの面に対応する、可視的実体としての5つの物質的元素を持っています。

 5つの形而下的元素とは、地の元素または固体物質で、これは地球に対応します。次に月に対応する水の元素、太陽に対応する光、銀河の中心に対応する風、ガスの元素、中心宇宙に対応する空、あるいはエーテルの5つです。

 物質の構成においては、空の元素(無限・大愛)、アカシャが、人間における魂がその中心であるように不滅の中心となっています。

 アカシックレコード(物理的宇宙の不滅の面に保管されている記録)は、世界に転生してきた魂一人一人の痕跡のことなのです。
三重の構造を合わせ持つ至高者としての神は次項の表で表す事が出来ます。
   

                                至高者としての神

不可視の宇宙的自我……個人的心霊的自我……非個人的心霊的自我
大宇宙の神聖構造 ……人間の構造(魂)……物質的小宇宙の構造

宇宙の中心     ……     純粋我        ……  エーテル
太陽              …… 非個人的無意識     ……  風(ガス)
月                 ……      知性・心     ……   火(熱
地球              ……      肉体        ……   水・土  

 
 神は、精神としては創造の三重構成の中に偏在していますが、同時にこの3つを超えてもいます。神は4つの存在面を持っています。無限者としての神はあらゆる属性を超え、一なる段階さえも超えています。

 第二の段階では、神とは純粋な本質、純粋なる意識であります。ここでも、神は主体でありながらあらゆる人格化を超えています。第四の階層は神の偏在的性質を表しています。これは意識として、力としての神の現れです。
 
 ですが、この段階においても、神はその霊の所産である時間と空間に支配された世界に左右されず留まっています。その霊は神霊エネルギーとなって世界に入り、創造の三重構造を起こさせているのです。

 聖なる構造の中で父なる神(真我・神我キリスト・無限大の愛)は至高者です。彼(真我)は到達すべき目標なのです。

 人の構造において、子なる人間は神性という無限の側面(全我・普遍我)と、肉体、心、知という有限の面(自我・偽我)とを合わせ持っています。

 その聖なる面は、聖なる源(真我・神性意識・内なる神の国)にたどり着こうとする自己実現(悟り・解脱)を目標とする魂です。

 人は聖なる自己と可視的自己とを現しているが故に最高の具現者なのです。人は自己意識を持ち、この自己意識が自分から物質的制限(五感の感化・偽我)を取り払って神へと戻るように人を促しています。
 エドガー・ケイシーはこれを次のように表現しています。


問「心と物質と霊という意識の中にあって、実体の活動(輪廻転生)の目的とは何でしょうか。」

答「それは、その実体(意識)が自分自身であり、なお全体の一部(神意識の一部・神と私は常に一体・宇宙は一つの生命体)である事を自ら知るようになる為である。

 全体そのものではなく、全体と一つ(神の中の存在)であり、そこから、自分自身の個別性を保ち、自分が自分である事を知って、しかも自分を生まれさせた、

意識を与えてくれた第一原因(神・無限者・大愛)の目的と一つであることをも知るという事である。これが目的である。これが(人間が)存在している事の原因である。」

問「物質的表現に生まれる魂の目的は何でしょうか。」

答「その初め、魂が個人的に現れ出る働きにおいて、それは創造的力または神の伴侶(神との合一・真我顕現・覚者)となる目的を帯びていた。」
 

 このエドガー・ケイシーの言葉は、すでに人間の構造について述べていた事を正しく伝えています。人の創造の目的そのものは、自己実現(宇宙意識への到達・解脱の真理・宇宙神理を理解して悟る事)なのです

 人間そのものの中に、魂、心、体、父と子と聖霊という三位一体が存在しています。自己実現(解脱の真理)、神との合一(真我到達)に至るには3つの道があります。

 その第一は、カルマ・ヨーガ、カルマの道であり、これは神へと向かう魂のゆるやかな進歩です。
 単純に言うと、ある人が神の礼拝(真理の勉強)に心を寄せず、宗教的方法に取り組む事がなくても、彼は何千という転生でのカルマの働きを通して、完成へとゆっくり進んでいく方法です。

 この方法では、(気の遠くなる程の輪廻転生で)苦しみと得るものとを大きく体験しなくてはなりません。
 それでも、慈悲深い行いを自発的に選ぶ事によって人は神に至る速度を早め、自分を転生の周期から外して自由を得る事が出来るのです。

 第二の道は、バクティ・ヨーガと呼ばれる信愛の道です。ここでの目標は聖なるものですが、その方法は世俗的であります。

 人はその世俗的で物質的な行為を全て、神の愛に従わせます。神を父であり、主である至高者として礼拝しどのような人間の営みにおいても愛の道に従うのです。エドガー・ケイシーはこの道をより強く勧めています。

 第三の道は直感的知識の道、つまりジナーナ・ヨーガです。ここでは、目的と手段の両方が聖となります。
 この道に従う人は、明想という内的手段によって聖なる知を得て、ついには生来の経験主義的な人間の段階を聖なる段階へと変えてしまうのです。
 
 なぜ、我々は自己意識の行為者としての人間が父なる神(真我・無限大の愛)に戻ろうと切望すると述べてきたのでしょうか。

 ケイシーは、神の栄光は全創造物の中に現されている(全ての全ては神の現れ・神の他には何も存在しない)のだと繰り返し語っています。
   


 神は全ての創造主なのです。   
 神様は、木をお創りになり、金魚をお創りになり、海をお創りになり、山をお創りになり、そしてその中に、ご自身が宿っていらっしゃるのです。

 そして空気の中にも、水の中にも、私達の中にも、動物の中にも、全てを創造して、その全ての中に、私がおる事を知りなさい。全てが私である神ならば、あなた方は、全てを愛さなければならないのではないでしょうか。

 
 次の一文は、いかん物質性(肉体での経験)というものが、神への道として考えられているかを伝えています。

「一人一人は、ある目的を持って物質性(3次元界)へと生まれ出るのである。地上でのあらゆる経験が一つであるという事が、自己の中に成長と知恵とを増してくれる経験の中で起きてくる願いと憧れによって示されている。

 そのために、一つの全体としての人間は、体と心と魂において、創造、意識的に現されたこの進化、この内在する魂の自覚に関わる諸法則(明想)を日々応用(実践)した結果、自分自身(全ては自分・全ては神)であるということを悟るのである。

 三重の創造を考えると、このことは人間が神から発し、神へとまた戻るという目的を明確に伝えています。次のリーディングでは、ケイシーはインドの聖人達が発見した基本的な真理を言い直しています。

「意識が受肉(転生)する目的とは何か。体と心と魂の側面一つ一つが、それを生み出している創造的力の栄光(神我顕現)に向かうことである。」

 ケイシーが「創造的力の栄光(神我顕現)」という用語を使っている事が注目されます。あらゆる創造の側面がその中に存在する所の創造的力は、宇宙に遍満する神の側面である事は疑いありません。

 聖書と伝統的なキリスト教という背景を持っていたにも関わらず、彼が個人的な意味ではこの文脈の中に「キリスト」と云う言葉も「神」という言葉も使おうとしなかった事は注目すべきです。

 つまり、ライフ・リーディングを与えている時のケイシーは宇宙的、普遍的な真理(宇宙神理)と繋がりを持っていたという事なのです。


キリスト意識とは
自分自身の魂と万物を一つと観る宇宙意識

 イエス自身は人々を導く仕事に就く前に40日間明想に専念しました。
そして、サマーディへの準備に必要不可欠な徳である、忍耐、満足、中庸、神への自己放棄(滅私・神への全託)の実践、解脱に至る為に絶えざる霊的訓練(明想)の実践をすべき事を信者に説いたのです。

 イエスは、積極的な愛と寛容(許し)と、神への自己放棄、そして明想における神との個人的交わり(大霊との一体感)を強く訴えていたのです。

 イエス・キリストの生涯と教えが示した明想と愛との結合(神との一体感)は、光明への最も定かな道である事に間違いありません。

 論理的、霊的な準備(洗心)は、真の神の求道者の基本です。
制御下で核分裂が起こる時に原子力が露わになるように、魂に潜むキリスト性(真の自己・神我)は、(自我が)自制された状態、論理的、霊的訓練(洗心明想)の元で(自我が薄れて)、具現化(活性化)するからです。

 その(心の霊的進化の)成長と体験に伴って、(明想の)訓練も自発性を帯び、憤怒は理解へ、挫折は内なる歓喜へと変質(変容)してきます。

 その段階で人はどこにでも、どの人間にも場所にも、物にも光にもキリスト(宇宙エネルギー・大愛・神は全てに宿り給う)とを観ます。

 (霊的に覚醒めた)人は凡人には見えない、奥にある一体と本質と調和(宇宙生命・神の光)を観ます。人はただ愛するのみになります

 (悟り)人は自分自身の魂と万物を一つと観ているため、あらゆるものの中にキリスト(大生命・神)を観ます。これが覚醒めであります。
 これがキリスト意識、クリシュナ意識、神意識であり、これが天国に招かれる真の改心なのです。

 キリスト意識に覚醒めると、(全ては神であり自分そのものですから)憎む事はできなくなり、羨(うらや)む事もなく、悩まされもせず、拒まれもせず、挫折も、恐怖も持つ事はありません。

 本書に記されたる事は、読者がその真理の体験を持って(知花師上江洲義秀先生明想・宇宙神理の理解等を試さないならば無意味となります。

 真理を体験せんとする、神と直面せんとする、創造の力と一つにならんとする願い(根源との合一を願う心)がなければ、いかなる説教も、いかなる哲学も、いかなる倫理も求道者の助けになり得ないのです。

 人は自由意志の特権を使う時(求めよさらば与えられん)のみ神の恵みの恩寵を授けられるのです。ケイシー・リーディングは次の如く述べています。

問「キリスト意識とは、心の上にかたどられ意志力による目覚めを持つ、魂と神との一体の自覚(父なる神と常に一体の境地)と述べて宜しいでしょうか。」

答「その通りである。それが正しい考え方である。」

キリスト意識の応用について、リーディングはこう語っています。

「父(なる神)は子らを御心にかけている。これら地上に現れたる者たち、汝らは神の現れの一部(全ては神ご自身)であるという道が示されている。

おぼろげな力(自我・偽我)としてではなく、不完全なもの、霧の如きものとしてでなく、(イエス)キリストの中に(真我が)現されたばかりか、

彼(神ご自身・真我)が、あなた方の中に現されているあの神性の一部(内在の神)としてなた方の心の中に御出現(神我顕現)になる時に

あなた方は自分が真に生ける神の子(悟り人・覚者)である事を、隣人と接する中で聖霊の果実(全知全能)を、その物質の身(地上での肉体)にあっても示し表す(人類の魂の覚醒の)目的を持っている事に目覚めるのである。

心(真我・神性意識)がキリスト意識の象徴なること、それが建設者たること、それが道たる事、それが真理たる事、それが光たる事を知りなさい。」

知花敏彦先生のお話から一部引用ですが…♪

 では、人間と神の関係はどうなのでしょう。
本来は「人間と神の関係さえもない」という事です。

 この説明のためにテーマをつけて書いたものであり、
関係さえもなく、「一つの存在」であるのです。

人間と神」は、「即、一体」の存在であり、
我々」も「神の存在」であり「神そのもの」であったという事が分かるのです。

我は神なり」。「我は生命なり」。我は神理なり。と。
我は神(の一部)であり、我はキリスト(宇宙生命)である」という悟りに至らなくてはならないのです。

 
隣人との接しを通じての神の愛は終日の作業です。我々は神がどのような形で自らを示されるかを知る由(よし)もありません。(全ては神の具現)

 それはタクシーの運転手かもしれず、店員かも、学生かも、今日しかも、患者、医者かもしれません。
 だからこそ、我々は荒い言葉、怒った顔を慎み、非難を愛に変えて常に、あらゆる人との接触で(全ての全てであられる)神を崇めるのです。

 求道者がこの段階に至ってなければ、聖なる愛を自ら実践することによって明想(全てに神を観る・我神なりの自覚)を続けなければなりません。

 神への、我らが家(久遠のホーム)への、本源への、我らがの目標(神我顕現・神との合一)への探求は、こうして全的な働きとなります。

 エドガーケイシーは、宗教生活についてそのもっとも美しい表現の中で、この事を次のように語っています。

あなたがたは心を尽くし、思いを尽くし、体を尽くして汝のなる
(大生命・内在の神)を愛し、隣人を汝の如く愛するのである。

このキリストの与えた言葉が法則の全てである。
それに優るものは存在しない

 主が約束されたように、あなた方は
来る日も来る日も明想し、祈りゆくうちに到来するあの目覚めによって、
主(宇宙生命)が自分の意識の中に留まられる事を知る事が出来る
神我が中にまします・父と子は常に一体)。

 あなた方はこの目的のために、
主が臨在し、その御霊(キリスト)があなた方の中に留まるあの意識を、あの自覚を讃えるために生まれてきたのである。」


訳者あとがきから……  洗心の記事♪  明想の記事♪

 著者によれば、ケイシー・リーディングの霊学はインドのそれと十分に呼応しています。霊魂はまず最初に、中心創造主の分霊(似姿)として宇宙各所へ分散してゆきます。その内のごく一部はこの太陽系に辿り着き、物質世界を表現している地球を知ります。

 自分の持っている神に似た力を使って地球の進化に干渉しようとした彼らは、天体を支配する時空、因果律の法則に、いつしか取り込まれ始めます。

 初め魂は自己の身元の何かを知っており、神の分霊としての力を使っていたが、長い時の経過と共にそれを忘れ、ついに地球の意識と同化した物質性を完全に帯びる事になる。ここに半霊半物質の人間なるものが出現します。

 地球は3次元の相対世界であり、ここではあらゆる宇宙法則が三次元的に表されます。人は物質の身を帯びた時に霊体と肉体とを持ち、繋ぎとして精神体(アストラル体)が加わって、ここに人は三位一体の体を持ちます。

 この精神体に、人の作った「働き」(カルマ)の全てが型として残される為に、この「雛型(ひながた)」に従って魂はまた再生する事になります。

 つまり、転生とは地球の重力に吸引される何のものかが、人の精神体の中に刻み込まれている為に起こされるものであり、この要因を除いて地球からの自由を得ることが魂1人1人の課題なのです。

 その自由を得られる「純粋型」を地上に与えるために、
本書で詳述されるアヴァターラ預言者・天上界の使者・イエス様・お釈迦様・覚者・知花敏彦師 上江洲義秀先生が高い世界(天上界)
よりこの天体(地球)に幾度となく遣わされてきました。

 彼らは神の化身であり、人の子として地上に生まれながらも神の子として生き、人が神に帰るための教えを各時代に最も適する形で説き続けてきました。

 転生とカルマは宇宙法則の一部にしか過ぎす、それは脱却すべき一部なのであり、そのための方法(宇宙神理)をアヴァターラ達(天上界の使者・覚者・知花敏彦師 上江洲義秀先生)はいずれも説いたのです。

 アヴァターラは「預言者」と呼んでも良いと著者は述べていますが、旧約聖書に大預言者、小預言者がいるように、ここでも大アヴァターラと小アヴァターラがいるようです。

 小アヴァターラとして例えば、ラーマ・クリシュナ・パラマハンサがいます。この人の伝記は文豪ロマン・ロランが著していますが、半世紀前に生きたこの人物は殆ど神話的存在でした。

 その生涯はアヴァターラの持つべき条件の全てを網羅しています。彼は幼くしてサマディを体験する。あらゆるものに神を観るために、何を見てもサマーディに入ってしまう程でした。

 バラモンに生まれながら階級意識(カースト)を滅するため、カーストにさえ入らない不可触賤民にまで身を落としたのです。

 宗教の差別感を滅するため、ヒンドゥーとして生まれながらもキリスト教徒として、イスラム教徒として生き、キリストと交わり、アラーと語り合ってきました。

 その高弟ヴィべカーナンダは、偉大な学者にして超人という驚くべき力を発揮しています。この近代の小アヴァターラも五人目に数えるべきかもしれません。

 転生とカルマは宇宙法則の一部であると先に述べましたが、その法則とは「愛である」とエドガー・ケイシーは語っています。
 
 宇宙法則が(慈悲と)愛であるという、その意味は何でしょうか。つまり、生まれ変わり、そこに法則性を与えている所のカルマ(業)とは人としての宿命であると同時に、神の愛の賜物であるという事であり、ここに「恩寵の法則(Law of Grace)」というものが実体化してくるのです。

 そこには常に転生輪廻を脱却させる(解脱・悟りの)ための時空、因果律を超える力が恩寵として神から与えられている事を示しています。

 このため、カルマは不可避であると同時に、恩寵によって可避となし得る宿命なのです。人は永遠にこれに束縛される運命を一方では持ちながらも、この途方もない周期に一応の終止符を打ち、周期の輪を上昇螺旋に変質させる事が出来ます。

 これは神の恩寵(悟り・解脱)によって可能であると著者は述べています。この恩寵(恵み)の法則をアヴァターラ(覚者・知花先生 上江洲義秀先生)は変わらず説き続けてきたのです。

 本書の中心テーマは、転生とカルマからの「解脱」にあると言えます。解脱こそが転生とカルマの存在理由だからです。人間誰もが何かしらの目的と開放を求めて生きています。外の自由を求める心は内の自由(解脱)を求める心の反映であり、誰もが解脱を求めている事の証でもあるからです。


お釈迦様の崇高な慈悲と愛について

 最後に、偉大なるお釈迦様の悟りの境地・非利己的な境地とはどういったものなのかについて、非常にわかりやすいエピソードがありましたのでご紹介させて頂きますね♪

 きっと人類の幸せのために自分のすべてを捧げても良いという、お釈迦様の崇高で偉大なる慈悲心が、いかに非利己的な神我の想いなのかご理解して頂けるでありましょう。涙なくしては見れないエピソードで御座います。


エドガー・ケイシー悟りの発見 218、219、220頁からの引用ですが♪

 
 ブッダによると、執着こそが世にある苦の唯一の原因であり、その解決策は利己的動機なくして義(※非利己的奉仕・八正道・洗心)と瞑想(明想)の生活を送る事にあります。

 彼は、積極的には愛と憐れみ(慈悲と愛)とを意味するところの非暴力に大きな意味を置いた。弟子との対話の中で、ブッダはこう語っています……

……「そなたが気高き真理を説いている内は、そなたを罵り、辱めさえする者が出てこよう。」

 弟子はこう答えています。
「師よ、私はなおも彼らを愛しましょう。彼らに憐れみを持ち、感謝しましょう。少なくとも私の体は傷つけはしないのですから」

 師はさらに続けます。
「聴く者の内に暴力を振るってくる者もいよう。もしそなたに石を投げつける者がいれば、そなたはどう応えるのか。」

「私は傷に耐え、なおも彼らを祝しましょう。私を殺してはいませんから。」

「その中に、熱する余りそなたを殺す者がいれば、そなたは彼らをどう思うか。」

私はなおも彼らを愛しましょう。祝しましょう。肉の身は我とニルヴァーナの妨げにすぎませんから。最後の目標に至る助けとなった彼らに、私は感謝しなければなりません。」
 
 このような積極的な固持がブッダの教えの根幹でした。彼は、無知から起きてくる人間の苦に驚き、彼らに光明をもたらすために全てを犠牲にしたのです。ブッダは最後にこう述べておられます。

「おお、神よ。もし世人の苦を私に移す事が出来れば、私はそれ(カルマ)をこの身に負い、あらゆる魂をその重荷から外す準備が出来ています。」

 この言葉は注目すべきです。次のアヴァターラ、イエス・キリストは人類全体の苦を彼に移すことを願ったのみならず、人類が生き残るために必要な避け得ない要因として、神性の象徴として愛と平和が保たれるために、その身と地上の生とを犠牲にする事をも表明したからです。


各種の湿布 ねぎ(玉ねぎ)を含む

 日本でも昔から、のどの痛みにねぎの湿布がよく効くのは知られていた。ある女性の患者さんは、夜寝る時に付けておきなさいと申し上げておいた所、あまりに気持ちが良いので街に出る時もやっているほどであった。

 これは簡単で、長ネギの青い所を切り広げてヌルヌルのある内側をのどに当て、タオルでとめるだけである。

 リーティングが気管支炎に用いた消炎法は、細かく切ったとうもろこしの果肉をスプーン半分から四分の三ほど用意し、玉ねぎを粗く刻んで火を通した中に入れて混ぜ、ガーゼの袋にジュースごと入れて患部に当てる、というものである。私はやったことがないが、喘息、カゼ、充血、肺の異常、肺炎に効くという。


常温の塩とリンゴ酢

 これは海水からとれたあら塩を、常温のまま患部に当てるだけである。関節炎、リウマチ、虫刺されに良い。なお常温の塩は、アメリカではごく普通にマッサージや塩水浴に用いられている。
 
 また純粋のリンゴ酢に食塩を飽和状態まで溶かしたものは、特に捻挫の患部によく効く。私はそれを冷蔵庫内に入れておき、必要な時ペーパータオルに浸して患部につける。

 もちろん捻挫は医師の診察を受けるのが先であるが、ごく軽いものや長引いて痛みが取れきれない場合に効果がある。

 例によって量とか時間、温度が適当である。もし塩が塩ワカメの袋に少し残っているだけ、リンゴ酢がサカズキ1杯しかない、という場合でもそれでも結構だ。患部に塩を置いて酢を振りかけ、それが落ちないようにラップと包帯でしばっておく。

 このリンゴ酢と食塩は、大腸炎や排泄不良にも効く。外傷にも効くことになっているが、怪我したばかりでは、因幡の白兎ではないがしみるであろうから、傷口が塞がった頃に用いるのであろうか。


エドガー・ケイシー療法が見放題の超良質☆歓喜感動♪治癒サイトをご紹介♪一生健康の人生へGO♪究極永久保存版♪

自然を愛し人をこよなく慕い真実を求める

                をご紹介させていただきます



自然療法  エドガー・ケイシー療法 一覧



超人ケイシーの人生を変える健康法
から引用させていただきましたすべての記事 五井昌久さんの記事♪




心と身体は一つ

 リーディングは、私達が行うことや思うことは、一つ残らず私達の全人格に関係し、また食べるものは思想に影響を及ぼし、食物と思想は共に、行動、感じ方、容貌、外観にも影響する、という意味のことを繰り返し述べている。

 そこで当然、食べ物や思想に間違いがあれば、確実に私達の人生の途上に困難や病気が現れる事になる。

「感情というものはひどいものだ。理想でしっかりと制御しなければ、足をすくわれてしまう」(1599-1)

「実のところ、この実態の態度が身体の状態に影響を及ぼしている。周囲の人を嫌わなければ、胃や肝臓を痛めることはない。妬まず、他の人の怒りを許す人は消化器の具合を悪くしないし、心臓の変調を起こさない」
(4022-1)

「恐怖は、それが自分の自信の無さから来ようと、自分が他人にどう思われているか、どう見られているかという不安から来ようと、人間の大多数の病気の根元である」(5459-3)。


あなたのためのリーディング

問、どうやったら、私の病気の息子を助けられますか

答、 忍耐強くしてあげること、適当にやってあげること。これは相反することのようですが、ご自分でもおわかりのように、もしあなたが心配しすぎていれば、息子さんの環境に心配を創り出します。

といっても、愛していながらも無関心を装うのではなく、自分がこのような息子さんを持っていることの価値を正しく知ること。そしてこのような肉親との関係という贈り物に対して、父の栄光を讃えながら感謝して受け入れていくようにすることです。これは創造です。

 いいですか、祝福があるところで、私はあなたを祝福すると主は言われましたそこで、言葉で、行動で、自分に与えられているものを祝福しなさい。それは創造の力、偉大な神の影響力、愛の様々な形の交流が身辺に増加するからです。想うことは行動することと全く同じです。

 愛は河の水が流れるように、法則のまま動いて、不思議な事ですが、愛や祝福のある人々の生活の中へ現れてくるものです。(833-1)


 人を助けようとし、活気にあふれ、希望に満ちていて下さい。楽観的にしていなさい。なにか面白いことを言って、毎日少なくても、三人の人を心の底から笑わせなさい。それがこの人の助けになるばかりか、他の人達をも助けるのです。

問、元気を取り戻すのに、後どのくらいかかりますか。

答、もちろん、言われたことをどのくらいやるか、それによってこの身体がどのように反応するかにかかっています。その上心の持ちからも大切です。私たちは、この治療法で、すぐにでも良い方向へ向かうと見ています。でも、毎日三人の人を笑わせるという処方も忘れていはいけません。
(798-1)

問、完全にきちんと治るのですか。
答、きちんとやるかどうかです。この人の心のあり方と気迫です。

問、今やっている別の治療法は全部やめたほうがいいのですか。
答、それは・・・、この人次第です。その回答は自分のうちにあります。と言いますのは・・・、この人の根本的な心構えが根ざしている理想は何なのかということです。

問、どんな心の持ち方がそうさせるのですか。
答、今まで述べてきたことをよく読みなさい。治療は、真の自分自身として、聖なる源泉として、この人が持っている理想によって為されなくてはなりません。(5129)

 全て根源的に治す力は、生命それ自身、神から来なくてはなりません。そして治療をするということは、霊的な力が、物質的なやり方のうちに現れてくるように、その力を方向づけてあげるだけなのです。(632-5)

 すべての病を治すのは誰なのでしょう。本当の治療が起きるのは、一人ひとりの最奥にある聖なる力が動くときだけです。それは、肉体の解剖学的な構成部分に、全てが一つとして展開している意識がある時だけです。それがなくては治療はないし、それなしで治すことは、建設的であるよりも破壊的な結果を招きます。(5083-2)

 優しくしていなさい。神の働きを期待し続けなさい。希望にあふれていなさい。そして神の愛の力量の中に治療があると知りなさい。(2948-1)

問12,ひまし油の湿布を続けることが、妊娠の妨げ、例えば受精が起こらないということはありますか。

答12、ひまし油の湿布をするほうが良いのです。それによって、妊娠をしている時の様々な危険や心配なことから護られます。

【夫婦間の問題に対して】しばしば、自分で自分を分析してご覧なさい。お互いに、相手の決定的なことは言わないことです。貴方達はお互いの連れ合いではありませんか。助力者が相手を傷つけてはいけません。励ますのです。そう心に留めておいて下さい。(1523-12)

もし、身体の色々な部分がお互いに調和し、協力しているなら、身体の中にはそれ自身を養うすべての力があります。(1158-11)

 この人の想いを変えなさい。そうすれば、のど、眼、耳、身体が持つ力の活性に影響している効果を改善できます。知っていますね。
 法則---身体・心・霊の内にある主の法則は完全です。(3246-2)

ケイシーの家庭療法

喘息(ぜんそく)の対処方法

 私は虎の巻の、ぜんそくの頁を開いた。親友の子供がこの疾病に苦しんでいるのだが、ケイシーには、どんなことが出来るだろうか。

 そこには、十三歳の少女のケースが載っていて、その子の母親は
「この子は、もう二年半もぜんそくで苦しんでいます」と、書いてよこした。

 ケイシーの答えは、特異なものだった。
「ぜんそくに対しては、吸入器に次の溶剤を入れなさい。

●純粋のアルコール(85%ではなく、保証付きの純粋のアルコール)
 約120gに、

●ユーカリ油20滴
●ベンゾール10滴
●テレビン油5滴
●トルーバルサム溶液40滴
●安息香(ベンゾイン樹脂)チンキ5滴 を加える。
 
 これらの溶液を少なくとも2倍の大きさの容器、つまり8オンスビンに入れ、コルク栓をしめる。溶液を振って混ぜ合わせ、肺や気管支の奥深くまで吸い込む。1日2.3回するとよい」

【1オンスイギリスでは28.41ml、アメリカでは29.57mlです。
8オンスは、イギリスでは227.28ml、アメリカでは236.56mlです。


液量オンスは日本ではあまり使われることはありませんが、
カクテルを作る場合、1液量オンスを30mlと換算して使用します。】

ケイシーの家庭療法

よく効く酔い止め・痛み止めのクスリのお話

 私は、ある日曜の午後、ニューヨークから来るまで約一時間のニュージャージーで、友人たちと夕食をともにしていた。食卓についていた数人の内の一人が、ヨーロッパに旅行に出かけることについて話していた。

「ケイシーの船留めの溶液を必ず持っていくことです」と中年の男が言った。彼の妻も、うなずいて熱心に付け加えた。

「私たちは、旅行には必ず持参するんですよ。ケイシーさんが言ったことよりも、もっと効き目があるといってもいいぐらいですよ

 最近も、ねえ、アル---ここで、彼女は夫の方を振り向いた---ニューオリンズに行ったときのこと何餌付け度、アルが食べ過ぎのため気分が悪くなってしまい、飛行機にのるのは止めようかと考えたのです。でも、その溶液を飲んだ所、吐き気はすっかり消えてしまったのです」

 私は彼女の方を向いて、失礼にならないように尋ねた。
「その溶液は、どこで手に入れられたのですか」

「ケイシーさんの製法に従って、自分で作ったのですよ」と、その女性、「船を見ただけで顔が青くなるようなタイプの人は、この溶液さえあれば、船旅に対する恐れに完全な終止符を打つが出来ますわ。飛行機酔いや車酔いについても同じことよ」

 この溶液は、応急の気付け薬といったところだ。しかし、この人達が、必ず旅行に持参する別の物質がある。それは、グリコチモリンという弱い防腐剤である。ケイシーは、これを、あらゆる種類の湿布や灌注(カンチュウ)、うがいに奨めている。

 この女性の夫である宝石商のアル・アントンは、眼の上を両手でこすっていった。
「私は、時々、眼窩から飛び出したような感じがするんですよ。そういう時は、蒸留水3、グリコチモリン1の割合の溶液でもめんの湿布にして、5分から10分目の上に当てておくと、鈍い痛みや、指すような痛み、うずくような痛みなど、どんな痛みでも消えてしまいます。全く驚異的ですよ」

 お客は皆、興味深そうに彼らを見つめた。テーブルの向こうに座っていた人が割り込んできた。

「それから、水虫用にマンサクの溶液を忘れないことですね。あれほどいいものはありませんよ。ケイシーさんの言ったことは、確かに本当でしたよ」

ケイシーの家庭療法

視力を回復させる首と頭の運動

 一人の夫人は言った。
「私の知っている人は、頭と首の運動をして、眼鏡が要らなくなったわ」

 みんな驚いて、興味深げに耳を傾けた。その婦人は次のように続けた。
「その男の人は、眼精疲労に悩んでいたのですが、或る人が、1日に数回、この首まわし体操のことを話したのです。それを実行した所、彼の視力は回復して頭痛がなくなり、一週間もすると、眼鏡も取ってしまったのです

 これは、二年前、すなわち、ケイシーが死んでから20年後の事である。
 
 私は、この時、グラディウス・デーヴィズが語ってくれたことを想い起こしていた。彼女は若い時、リーディングの忠告に従って簡単な首の運動をし、その結果読書用の眼鏡が不要になり、いつも細かい仕事をしていたにも関わらず、50歳になるまで眼鏡をかけなかったという。

 私は、また、(ケイシー医学の)虎の巻に目を通した。

「私の視力は、どうしたらよくなるでしょう」と、54歳の夫人がケイシーに尋ねた。
「頭と首の運動が一番効果的だろう。
毎朝毎晩、規則的に6ヶ月続けてみなさい。著しい改善がみられるだろう」

 彼は、簡単なヨガのような体操を、私と同じぐらいに年を取ったこの
『ヨガ実習生』に伝えた。

まっすぐに座り、首を前へ3回、後ろへ3回、右へ3回、左へ3回曲げる。
次に、左右それぞれ3回ずつ回す。急がず、時間をかけなさい。いずれ、結果がわかるだろう」

 私は、ケイシーが、別の人に対して、キビキビした歩き方をするとともに、この運動のヴァリエーションを勧めているのに気が付いた。

「毎朝、20分から30分散歩し、その時戸外で頭と首の運動をしなさい。
ただし、ある朝そうしようとして、『今朝は雨が降っているから出掛けられない』とか、『別のところへ行かなければならない』などとは言わないようにしなさい」

様から引用させて頂きました。心から感謝申し上げます。

アカシックレコードとは?

宇宙に存在する意識のネットワ-クであり、
人類の集合意識そのものです。


仏教ではこれを「無量寿光」といい、
プラトンのアニマ・ムンディ(宇宙魂)、
または、アニムス・ムンディ(animus mundi)、
ユングの集合的無意識がこれに相当します。


ウパニシャッド哲学では
「私はそれであり、あなたはそれであり、
万物はそれである」と表現され、
イエスは
「わたしと父とは1つである」と述べています。
(ヨハネによる福音書-10章30節)


それは巨大なコンピュ-タに
たとえられます。
その端末が私たち一人一人であり、
今これを読んでいるあなたも、その一人です。
インタ-ネットと同じように誰でも
アクセスは可能です。


過去、2億6000万年前から、
これから2万6000年までの
すべての情報がつまっている、
記録の殿堂です。
そこには、万物の生命の記録があります。


詳細は参考文献を参照してください。

ケイシ-のリ-ディングの中ではこの記録は
「アカシックの記録」「生命の書」「神の記憶帳」
「魂の記憶」と呼ばれています。
そして、ケイシ-はアカシックレコ-ドについて
次ぎのように述べています。


この記録は、各人の生命的実体が忍耐をもって
時間と空間の中に書き記したものである。
やがて自己が永遠なる存在と同調一致
できたときに開かれるのである。


そしてこの記録は、このような意識に同調一致
した人達によっても読みとられるだろう。

彼はさらにつけ加えて、なぜなら、
光りは時間と空間の中を動いているからであり、
時間と空間の制約の中で各人の魂によって
その行動が記録されるのである。


それは生命的実体により、その意識により、
その行為だけでなく思想や観念の
すべてが記録される。

その記録には、
輪廻転生の旅を通し、体験を通し、行為を通し
自己の向上発展のために生命的実体が
築き上げたすべての領域が含まれるのだ。

従って、アカシックレコ-ドにより
未来を知ることは可能である。
なぜなら、すべての時間は一つであり、
過去、現在、未来は一体であるからだと
ケイシ-は述べています。

これらの記録の存在は、神秘の力、
またはエ-テルの力、またはアカシックの力に
よるものであり、これらは時間の乗物や
時間の翼に乗って行くものである。
あるいはどのような次元においても、
私達はこれらの記録の存在を運動量や
運動の事象として表せるだろう。

アカシックの記録は宇宙創造の時より
始まっているとケイシ-は語っています。

創造の時より、
人間の魂は肉体を持っていなくとも、
これらの神の力を意識する機会が
与えられていた。

時間と空間が始まった時に各生命体、魂は、
環境がどのようなものであったにせよ、
創造的力である神との関係を悟ったことの
実証を、自ら行なうよう動機づけられた
のであった。

このようにして、
生命的実体が何をし何をしようとしているかには
関係なく、これまで行なってきた事実の記録が
それ自体の内部に時間と空間の制約の中で
存在しているのである。

いつの日にかこのような記録が受信できる
機械的方法が発見されるだろうと
ケイシ-は語っています。

優秀なアカシックリ-ダ-であった、
アロン・アブラハムセンはアカシックレコ-ドへの
アクセスを次のように述べています。


安楽椅子に座り、瞑想に入るや否や、
自分の魂が肉体から離れ、部屋の天井に上がり、
椅子に座っている自分の身体が見えた。
それから、自宅の屋根の上に魂が上り、
空中を上昇し始めた。


そのうちに狭い道に入り、そこを通り抜けて行くと、
大きな東洋風のお寺の前に出た。
直感でそれが永遠の記録庫、
アカシックレコ-ドである事が彼には分かった。


入り口の階段に足をかけた時、2人の指導霊が、
「あなたを待っていました」と、出迎えた。
彼が依頼された質問を告げると、
大きな図書館に連れていかれた。


両側に大きな本棚がびっしりと並び、
あらゆる色の美しい皮装本がつまっていた。
指導霊はそこから2、3冊の本を取り出し、
部屋中央の大きな机の上で
必要ペ-ジを探し出して彼に指し示した。
彼がそこを見ると、非常に美しい手書き文字で、
文章が書いてあった。


彼はそれを読み、再びもとの道をたどって
空中より自宅の屋根の上に帰って来た。
部屋に入ると、自分の身体がそのままにあったので、
再び入って、今、読んできた内容をその通りに話した。


自分では長いように感じたが、
この世の時間ではほんの2、3分しか
たっていなかった。



足立さんは「波動の法則」で、
宇宙の情報層について次のように述べています。


宇宙の情報源(EHKOのEXA PIECO)=
宇宙の情報層(JEFISIFUM)
 アーンプ帯層(AHANP)EHKO(宇宙意識)そのものの層
 ケーシー帯層(KECI)42億光年
 アストラル帯層(ASTLAL)42億光年
4 コアード帯層(CHOAD)32億光年
 コーザル帯層(COSAL)16億光年
 メンタル帯層(MENTAR)12億光年
 エーテル帯層(EHTEL)8億光年
 シン帯層(HCIN)8億光年
ギノー帯層(GINO)地上100Kmおよび200Kmにある
2つの情報層
スウェーデンボルグ、霊能者、
多くのチャネラー



宇宙意識の情報を、普通、アカシックレコードと呼んでいるが、
それよりレベルの低い各層の情報層もアカシックレコードと呼ぶ場合が多い。


エドガー・ケイシー、日蓮、空海、荘子、孔子が8-シン帯層だけと同調し、キリストは7-エーテル帯層まで、仏陀は5-コーザル帯層までと同調可能だったと述べられています。

スウェーデンボルグのようなボディに身近な情報はギノーという地球から非常に近い地上100Kmおよび200Kmくらいにあるその星用の情報およびエネルギー層と同調していたそうです。

また現在のあらゆる情報を得ている方の95%以上はこのギノーから情報を得ているということです。

つまり情報の精度(正確さ)は、どの層の振動波と同調して得たかによっては、同じ問題でも、答えや解決の仕方、対応の方法が異なってきますし、

同じ層でも、本人が安定して調和のとれた高い周波数で同調し続けて、いかに自我の振動波を発信せず、願望や推理、推測を入れないで受振できるかにかかっているようです。

時空間の構造は、重心の1-(EHKO)のアーンプ(AHANP)帯と一番外側のシン(HCIN)帯とがつながっています。

即ち、シン(HCIN)帯の先の空間層は、アーンプ(AHANP)帯だという情報ですから、宇宙の詳細はクラインのビンを組み合わせたような、大変魅力的な超立体的時空間のようです。



anemone2003年2月号から引用させて頂きました。

 コズミックディスクロージャーで、コーリー・グッド氏の相手役として有名なディビッド・ウィルコックさんですが、実はエドガー・ケイシーの生まれ変わりだったという有名なお話の詳細なエピソードをご紹介させて頂きます♪
 日本語もペラペラだそうですよ♪何だか嬉しいですね♪

ユリ・ゲラーが認めたエドガー・ケイシーの生まれ変わり
コズミックディスクロージャーのディビッド・ウィルコック
イメージ 1

 (ディビッド・ウィルコック )彼は20世紀最大の預言者と言われた、あのエドガー・ケイシーの生まれ変わりだと言われているのだ。

 ウィルコックは幼少の頃から、かなり変わった子供だったようだ。15歳の頃からは覚醒したままで夢を見ることが出来る明晰夢を見るようになり、20歳の頃からすでに大学院レベルの形而上学の勉強を始め、その頃は週に三冊から五冊もの難解な文章を読解していたそうである。

 22歳の頃から宇宙の高次元(6次元の存在であるラ)からメッセージが自動書記という形で伝わるようになった。

 1997年にはバージニアビーチの住居を変えるように啓示があったという。その地は奇しくもかのエドガー・ケイシーの誕生の地であったが、しかし、当時のウィルコックにはエドガー・ケイシーに対する認識はなかったという。

 ウィルコックがエドガー・ケイシーの生まれ変わりだと意識するようになったのは、バージニアビーチに転居した頃から、彼の容貌が若き日のケーシーとあまりにも似ているので、バージニアビーチで知り合った友人たちが騒いでいた。

 そこで彼自身がアカシックリーディングをした所、まさに自分自身がケーシーの生まれ変わりだと分かったのだという。

高次元の宇宙存在「ラ」からメッセージを受ける

 その後、彼は友人たちとともにウィルコックのためのホームページを作成し開設、エドガー・ケイシーの生まれ変わりと宣伝し始めたが、最初は多くの反発があった。

 だが、2000年1月になって世界的に著名なイギリスの超能力者ユリ・ゲラーが、彼自身が主催するウェブサイトで公認したあたりから風向きが変わり、世間一般でも彼をエドガー・ケイシーの再来として認めてくれるようになった。

 今では彼は過去世においてエドガー・ケイシーだった時代と、さらにそれよりずっと以前のアトランティス大陸の沈没後にエジプトでプラミッドの建設に携わった頃に「ラ・タ」と呼ばれていた時代の記憶も鮮明に蘇ったそうである。

 ウィルコックは1999年頃からアメリカで古神道の実践家である和泉元日出夫氏に知古を得て、ひふみ祝詞を始め多くの日本の伝統的エネルギー操作術や治療法を習得している。        

ツキを呼ぶ感謝のことのはブログ

様から引用させて頂きました。心から感謝申し上げます。
良質記事が満載なのでぜひリンク先を見てね~♪


預言者・エドガー・ケイシーの健康自然療法。

 今回のテーマは「ダイエット」!
 60、70年前から「ダイエット」の相談があったんだーと変なところに感心しながら読み進んでみると、方法はもっとユニークで思わず笑ってしまう。

 そのダイエット方法は、
 「食前と就寝前に100%のブドウジュースを飲む」という至って簡単な方法である。
 120ccのコップに4分の3のブドウジュースを入れ、残り4分の1には水を加えて、3度の食事と就寝の30分前に5~10分ゆっくりと時間をかけて飲むだけ。
 ブドウは赤ブドウ酒用のコンコード種がお薦めらしいが、見つからなければ100%ジュースでいいらしい。

 ついでに「やせる体操」をやると効果は倍増!
 直立してゆっくりとかかとをあげ、同時に空気を吸って、両手を頭上にできるだけ高く上げていく。
 つま先立ちのまま、上体を限度いっぱいに前に倒す。

 しばらくは、つま先立ちで、両手の指先を床につけた体勢のままで我慢する。
 呼吸は毎回かかとをあげ、同時に両手をあげるときにする。

 この体操の終わり2回は、頭と首の動きを加える。
 頭を後ろに曲げて、だんだんと前方へ持っていく。そして左右に曲げてまわす。
 毎日、朝晩5分間ぐらいをメドにやること。

 これも万人に効果があるとは確約できないが、ブドウジュースは排泄を改善し、体重調整を図ってくれるそうなので、やる方みんなに効果が発揮されるよう祈りたい。



 オリーブオイルの効果はかなり良いようで、腸の通じが快調になったとの喜びの声をいくつもいただいた。

 年に1、2度ぐらいしか便秘にならない僕の場合は効き過ぎる感じなので2、3晩に1度飲む程度でいいかもしれないと思っている。

 現在、実際に試しているケイシー療法をもうひとつご紹介する。
 「花粉症」対策である。
 僕は秋はブタ草、春はスギの花粉症に7,8年前から悩まされてている。

 昨年から「もう悩まない」と決めたのでずいぶん楽になったが、それでも鼻炎がひどい期間は味覚も鈍くなり、食べる喜びが半減することはさびしいことである。

 ケイシーの「花粉症」対策へのアドバイスは、
 「モロヘイヤを食べること」。
 モロヘイヤの葉を10枚以上、毎日食べることで症状は大きく改善できると述べている。

 季節的にもモロヘイヤが手軽に入手できる時期なので、刻んで粘りの出たモロヘイヤを冷や奴の上にのせて食べているが大変おいしい!
 これで秋の花粉症が少しでも改善できたらうれしい限りである。


「全ては神=我神なり」という真理♪

意識の進化=愛の拡大=分離意識の克服=
我は全体なり・全体我なり=全一体・自他一体=

全ては私=全ては一つ=全ては一つの存在の現われ=
宇宙は一つの生命体=全てに神(宇宙生命)が宿り給う=

宇宙は神一様=全ては神の中の存在する一つの存在=ワンネス
全ては永遠に一つの存在=全ては一つ=全ては私=全ては神

全ては今この瞬間しか存在しない=全ては永遠に一つの存在=
永遠の始まりである神の御心のみが実在=今即天=今即実在=

大愛・宇宙生命・神の一人子である神我キリストのみが実在=
全てはこの瞬間に存在する宇宙生命そのもの=全ては神そのもの=
全ては神ご自身=神一元・愛一元・光一元=宇宙即我=我神なり


調和=愛の法則そのもの=罪なきもの=完成=幸せな人生に
不調和=愛の法則を犯している=業・罪=カルマの精算が起きる

愛と赦し=調和=愛=幸せ・健康=完成=中性=完全=光人間
恨み・憎しみ・争い=不調和=罪=病・災難=不完全=闇人間

愛と赦し=カルマの消滅=神の祝福=幸せなツイてる人生に
許さない・恨み・嫉妬=カルマの刈り取り(不幸災難)な人生に

調和人間=愛が深い人=愛の光そのもの=克服者キリスト=完成
不調和人間=恨み・嫉妬・責任転嫁闇人間=罪人=未完成

調和=光明世界・愛の王国=愛・光・善=平安と安らぎ・至福感
不調和=無明世界・闇世界=未熟な愛=不安と恐怖・飢餓感・不足感

調和の人は熟した魂=自分を愛するが如く他人を愛します=ワンネス
不調和な人は未熟な魂=他人を責めて非難します=分離意識


 イエス様は「愛は天と地の架け橋」とおっしゃられました。その愛とは「許しの到達点」である「慈悲と愛」で御座います。

 真の意味で貴方が、その「許しの到達点」の境地に到達した時に、自ずと「天である神」と「地である貴方」との架け橋が繋がる事でありましょう。私は実体験からそれが実際にありえると確信しております。


愛は天と地の架け橋  この愛の理解と体得が神様と繋がる鍵♪

神・大愛(天)……全てを活かす愛・慈悲と愛・すべての形態を形作る力・意識を与えて下さった魂の根源・真の親・すべてを活かし育む力、縁の下の力持ちで全てを愛し慈しむ無償の愛・無限の愛・すべてに意識を与えて下さった天の父であり天の母である中性エネルギー・真の親・愛を表現する為に…無限の創造をなさっている慈悲と愛そのもの

神の表現体(地)……神が神を愛する為に生まれた存在・神の化身・愛の化身・神の表現体・神の中に創造された神・個別化した神としての自覚に覚醒めた我・滅私して神の道具意識を自覚している我・自分が神ご自身だと悟った我・愛を表現する為に生まれた事を自覚している我、全てを100%の愛で愛する我、自分と全てが神以外の何者でもない事を自覚している我


第六密度以上の高次元存在が語る
「許し」というものが、カルマの輪を止める事になるお話

★ コーリー : 多くの人々が現生のトラウマだけでなく、過去生のトラウマにも対処しているところなのです。

今、地球に生まれて来ている多くのライトワーカーは、援助の為により高次元や、上の密度から降りて来た人々です。

現生が初めての人でも、高次の美しい場所からここへやって来た人にとっては、ここでのトラウマは10倍酷(ひど)く感じられるものです。

そして、長期に亘(わた)って輪廻転生を繰り返して来た人の場合は、更に解消しなければいけない過去生のカルマが加わります。

しかし、ブルーエイヴィアンズから言われたのは、トラウマを特定し、自分にトラウマを与えた人や自分自身を許すこと、

そして、この”「許し」というものが、カルマの輪を止めることになるということです。カルマがなくなるんです。

これは、エネルギー的なものです。
カルマとは」負債を支払うようなものではなくて、
許してエネルギーを解放するもの」なんです。

カルマとは宿題・魂の課題・許しによって消滅♪
……………………………………………………… 
「許し」を心から実践=カルマの輪を止める=カルマがなくなる♪

自分にトラウマを与えた人や、自分自身を許す==
             ==魂の課題を克服=カルマが消滅♪

許す事によってエネルギーを開放=カルマの克服・解消に♪


ケイシーリーディングから…♪

全身全霊で「神を愛する」大切さ
「神を求める祈り」をする大事さのお話

 エドガーケイシーは、宗教生活についてそのもっとも美しい表現の中で、この事を次のように語っています。

あなたがたは心を尽くし、思いを尽くし、体を尽くして汝のなる
(大生命・内在の神)を愛し、隣人を汝の如く愛するのである。

このキリストの与えた言葉が法則の全てである。
それに優るものは存在しない

 主が約束されたように、あなた方は
来る日も来る日も明想し、「祈りゆく」うちに到来するあの目覚めによって、
主(宇宙生命)が自分の意識の中に留まられる事を知る事が出来る
神我が中にまします・父と子は常に一体)。

 あなた方はこの目的のために、
主が臨在し、その御霊(キリスト)があなた方の中に留まるあの意識を、
あの自覚を讃えるために生まれてきたのである。」

花粉症は「ビタミンD」で改善する 驚きのその真相に迫る

知花先生総まとめ記事第一回目 から一部抜粋ですが……♪

自我・偽我 =表現者、原因である父なる神を忘れている状態(放蕩息子の状態)神理を知らない状態・自分の力で生きていると思って迷っている状態、肉体の己を自分と思っている我、分離感・分離意識で個別化された表現を別個の存在と認識している我・分離意識・エゴ・肉の感化、五感の感化を真実と錯覚している我・迷いの影、幻、幻想(マイヤー)・自己保存、自我我欲の心


真の自己(真我)=父なる神と常に一体の境地・ワンネス意識・全一の意識・神我キリスト、全ては自分、全ては我、全ては神、全てを愛する我に目覚めた状態・宇宙生命によって生かされている事を自覚して実感している我・私が生きているのではない、なるほど一つの生命である神が生きていらっしゃる、全ての知恵と力は神から与えられている、神の中身は神、全ての全ては本質的には神、神のみが生きてらっしゃるんだなと悟った我・神一元・愛一元・光一元・我神なり、全ては神なり、全てに神を観る境地・神は生命(霊)なり、我も生命(霊)なりの自覚・宇宙即我、キリスト意識・高我・実在・全てを愛し全てを許す境地・慈悲と愛・あなた即私・私即あなた・宇宙エネルギー即自分・無限即我・不変不動の絶対なる実在・普遍なる宇宙・無限者・宇宙神

FC2ブログの方のアクセスが激増して 順位が過去最高になった嬉しいお話♪人類の魂の覚醒のために「無償の愛」 「無償の奉仕」「無償の叡智」が必要だと思うお話♪



FC2ブログの方のアクセスが激増して
順位が過去最高になった小躍りなお話

 こちらのFC2版ブログのアクセス数が、今までで一番多かったので、少しご紹介しちゃいます。
 2019年8月2日のアクセス数ですが、スピリチュアルのランキングで76位という過去最高位を達成する事が出来ましたぁ☆彡…゚゚(o´ェ`ノノ゙☆パチパチパチパチ

 FC2ブログでは、アクセス数自体はわからない仕様になっているみたいです。それで、アクセス数の判断については、こちらのランキングの順位で判断するしかなさそうでした。

 その順位の判断で毎日アクセス数をチェックしていたのですが、その中で多分、一番アクセス数が多かったのが昨日という…そんなお話で御座いました。
(下の方に画像があります)

 ヤフーブログの方はもう、アクセス人数が100以内の日も多い感じで、昔と比べて過疎化している感はあるのですが、FC2の方は地道にアクセス数が増えている傾向があるようです。

 6月ぐらいから、また多めに更新する様になってから、アクセス数が回復したみたいですね。やはり多めの更新は、アクセス数に直結するっぽいです。

 こちらがランキングの順位の画像になります。上位80分の1ですから、FC2ブログ全体で、1.3%ぐらいには入っているようです。

 昔のうっすらとした記憶ですが、ネット全体のブログ上位5%が500アクセスぐらいとか、詳しく忘れましたが、そんな感じだという記事を見たことがあります。

 そんな感覚で捉えてみると、意外と500アクセス位行っているのかもしれませんね。FC2版は、記事を、1記事、1記事ずつ、見る形が標準ですから、あながち間違いという訳でもなさそうです。




 
FC2版のプロフィール文章ですが♪

 高身長になる方法・広瀬すずちゃんの横顔になる方法・小顔になる方法・悟りを開く方法・健康になる秘訣・宇宙の真理…など世のため人の為に役立つ情報を書いております。
 貴方の素晴らしい人生のお役に立てますように♪

 30歳を過ぎてから努力で22cm身長を伸ばして195cmになっちゃいました♪
 それと…小顔になる努力で、全頭高が大谷翔平さん級の20.5cmなりまして……純日本人ながら、リアル9.5等身を達成することが出来ました♪

 そのノウハウを全て無償で公開しておりますので、もし良かったら皆様も、小顔・高身長の翔平スタイルになって幸せで喜びに満ち溢れた人生を満喫して下さいね♪ 


 スピリチュアルと精神世界・悟り追求者の為になる、宇宙神理(真理)が学び放題な良質な情報を豊富にご用意しております。

 悟りの追求者の方々へ何かしらお役に立てましたならば光栄の極みでございます。修行中の創造主であられる貴方の素晴らしい人生に乾杯♪




人類の魂の覚醒のために「無償の愛」
「無償の奉仕」「無償の叡智」が必要だと思うお話

 あくまでも、私個人の私見ではありますが、人類の魂の覚醒のためにも、ある程度、人類共通の霊的知識としての基板は、「無償の叡智」として誰でも見れるようにしておかないと、

真理の普及はまさに、夢物語の様な、永遠の幻の如くなりかねないのではないかなぁ…という風に思うのです。

 真理の普及に対して、「有償の愛」「有償の叡智」で「お金を払う人だけいい事教えま~す」のみの場合、元々意識の高い人だけが、その手の本を買ったり、そういうセミナー等に行く形になるわけです。

 その上、その内容は、著作権があるから他に漏らさないで下さ~い、なんて言おうものなら、結局、真理の叡智は、秘密スクールみたいな扱いになってしまい、真理の普及はどうなっちゃうの…って事になってしまいます。

 それで結局、全人類の意識の向上の何の役にも立たないという…悲しい自体になりかねない、というのが、私の見解であります。

 そういう意味で、著作権的には申し訳ないと思いつつも、意識がまだそこまで高くない方々でも、お気軽に、真理に出会えるようにと、この様なブログを「無償の愛」「無償の奉仕」で記載してまいりました。

 結構、吹っ切れた感じで、文章書き出しまくってましたが、もし著作権とかで、ブログが消されたら、もうそれはそれで「神の御心」であり、私のお役目もここまでか…と、

きっぱりと、私のやるだけの事はやったと、一切手を引いて、ブログの公開範囲を自分だけにして、自分鑑賞用ブログにしよ~って感じでやっておりました。

 お陰さまで幸い、まだ何とかブログを継続できております。それはきっと「神の御加護」があってこそなのでしょうと、その様に感じております。

 ここ昨今、日本のアニメが世界中で大人気で、日本語を話す外国人の方が激増しているそうです。

 そんな日本語が堪能な外国人の方々が、上手いことこのブログに出会えて、真理の素晴らしさに感動して、自分の母国の言葉に翻訳して紹介したい。
 母国の魂の覚醒の為に、神の使徒として活躍したい…とそんな方々が出てくれる事を期待しております。

 このブログほど、分かりやすくて、見やすくて、太字と黄色いマーカーまで引きまくって(笑)、ここまで、至れり尽くせりなブログが未だかつて…存在しただろうか……と結構、思っちゃったりしてます♪

 このわかり易い内容がそのまま、上手いこと翻訳されて広められたら、人類の意識は革命的に急上昇して、一気に地球全体の波動が浄化されて、一気に地球の天変地異等も、収まったりするのではないかなと…そんな気がするのです。

 もう一気に、テーマが壮大になってまいりましたが(笑)、でもやっぱり、「魂の法則」のお話の通り、「無償の愛」こそが、神様の一番喜ばれる、正しい真理の普及方法じゃないかなぁ…って気がするのです。

 私は、地球最高の教えが「無償の叡智」として、いつでも誰にでも、すぐに学べる形で維持されている事により、予期せぬ程の広大な変化が起きる可能性を信じております。

 宇宙真理の八合目ぐらいまでは、「無償の叡智」として、誰でも安定して学べるようにしてあげれたらなぁって、人類全員が、仮に真理の八割を知識としてだけでも知ることが出来たら、もう地球の次元上昇は、もう間違いないでしょう(笑)

 「有償の愛」「有償の叡智」の場合、例えば、セミナーとか行く方は元々、高い意識の方々ですから、そのような方相手に、お金儲けした所で、意識の高い人と低い人との差が広がるだけじゃないかなと。

 人類全体の意識に爆発的な変化を起こすためには、やっぱり「無償の愛」「無償の奉仕」「神の御心の如き与えきりの愛」が不可欠ではないかと、その様に感じております。

 一応、自分のブログは定期的に保存しておりますので、もし消されたとしても、自分観賞用に移行することは何時でも可能だったりします。

 私の知見では、このブログの最新100記事ぐらいを見て頂ければ、真理の八割程の知識は余裕で手に入れる事が出来るという見解であります。

 スマホとか、Kindleのアプリで、ネットがオフラインでも、見れちゃうアプリがあるそうですし、そういったアプリで、私のブログを見て頂ければ大変嬉しく思います。

Google Chromeで右クリック⇛印刷⇛送信先を「PDFに保存」⇛保存でOK♪

オフラインでサイト閲覧! iPhoneでウェブページをPDF保存する方法

 
  最後にこのブログの、私自身が一番好きな場所を「スクリーンショット」で画像化したものを、プレゼント用として貼っておきますので、ぜひ皆様、保存してオフライン時にご鑑賞して頂ければ幸いで御座います。

  おまけで、私の大好きなマイスイートハニー♡愛おしさ満点の☆絶世の美女アイドルの「齊藤なぎさちゃん♡」のキャプチャー画像もご披露させて頂きます♪良かったら心の癒やしにご活用下さいませ♪

イメージ 3
イメージ 4
イメージ 5



「虫歯、不安よね。EM、動きます」虫歯でお悩みの方必見♪EM菌が予想以上に素晴らしい効能がある奇跡の菌だった大歓喜☆秘話♪虫歯の救世主 EM菌のお陰で抜歯を免れたお話♪ 歯のブラッシングの重要ポイントについて♪虫歯予防 ”フッ素” の真実がよく分かるお話♪



「虫歯、不安よね。EM、動きます」

虫歯の救世主
EM菌のお陰で抜歯を免れたお話

 今回は、虫歯でお悩みの方々の希望になりそうなお話をご紹介させて頂きます。

 実は私、長年、左の下の奥歯の一つ前の歯の虫歯がありまして、その虫歯をしっかり歯を磨く事によって向き合いながら、その虫歯をなんとか制御しておりました。

 ですが、食後すぐに葉をしっかり磨く等のそれなりの努力をしながらも、知らぬ間に、歯の穴に食べかすが残っていた時もあったりして、長年ジワジワと虫歯の穴が拡大してしまったのです。

 その様な、未経験な分野ゆえのミステークが重なって、いつの間にやら歯の大きな穴がぽっかり空いている状態になってしまったのです。

 歯の穴がいつの間にか大きくなったと気づいたのは、歯を磨いても、歯に違和感が残っていた時に、その違和感のある場所を鏡で見た時に、食べかすが穴の端に詰まっていた時でした。

 その時は、歯ブラシを上手く使って、歯に詰まったゴミを掃き出したのですが、その後も違和感が虫歯菌がいるような違和感が残っており、どうしたものかと思案した所……

モンダミンでグジュグジュすればいいのではないか……と気づいて、実際にやってみた所、歯の違和感がなくなり、通常の心地よい状態に戻った事もあります。

 そんな試行錯誤を繰り返しながら、歯のブラッシングもどんどん洗練させながら、歯の管理が上手になっていた今日この頃、ついに歯のXデーがやってきたのです……ドキドキ……プリキュア♡^^;

 そんな歯医者に行きたくない一心で(笑)、食後すぐに、歯の穴に入った食べかすをしっかり掃きだす徹底的な歯磨きを実践していたのですが、
ついにモンダミンを一日4回やっても、虫歯の調子がムワーンとして違和感のある不快な状態が取れなくなりました。

 その上、ついにズキズキ痛み出して、食事中でさえ、歯の不快感でご飯の美味しさを感じづらくなり、日常生活に支障が出るかなりピンチな状態に陥ってしまったのです。

 それで、見た目的にも歯に穴がぽっかり開いてるし、モンダミン全力でやっても、歯の違和感も抜けないし、ご飯も美味しく食べられないし、もうどうしようもないから、抜歯でもするしかないのでは……

……という方向へ考えが固まってゆきました。

 それでネットで「自分で抜歯をする」みたいなキーワードで検索して、情報を収集し始めました。それで分かってきたのは、


●歯医者さんは基本的に止めたほうがいいというスタンス
●おじいさんが自分でやったけど、上手くいったというお話も

●自分でやって雑菌が入って大変な事態になったという人もいるとか
●抜歯は、止血と雑菌処理が大事
●自分で抜歯する時は、イソジン・軟膏・ガーゼがあればいいっぽい

●イギリスにペンチを使って自分で抜歯した人も
●抜歯する専門歯具「抜歯鉗子」という物があるらしい


という事でした。

 歯医者さんの意見は、もちろん正論で正しいとしても、お商売の部分もありますから、多少割り引いて、意見を参考にしました。

 私が、基本的に歯医者に行きたくない理由は、まずお金が結構掛かってしまう事です。
毎回3000円とかを、何回も行けば、普通に月1万~数千円ぐらいになってしまいます。
これは私にとって非常に辛い出費ですから、出来れば避けたい理由です。

 次は、色々と、薬の裏事情とか、フッ素とか水銀とかの弊害のお話をネットで知っていたからです。(一番下に記事のリンクを張っております)

 もう一回気になって、今回のネットサーフィンで再確認したのですが、フッ素は思っていた以上に、危ない成分らしいですね。原爆製造の残り滓だそうです。

 仮に、歯医者さんに行ったとして、「フッ素添付とか、治療にフッ素は使わないでほしい」「銀色の水銀を塗らないでほしい」なんて言おうもののなら、フッ素正義説の教育を受けている歯医者さんから見たら、面倒くさい客にしか思われないでしょうし、

煙たがられて、頭のおかしい人間と思われるのがオチですから、結局、歯医者さんの治療を全部、どうしても受け入れざるを得ないという、悲しい事情もあります。

 それと私自身、お陰様で「直感力・インスピレーション」が抜群な人間なのですが、せっかく発達した「松果体」を、フッ素や水銀で石化させて、直感力を衰えさせるのも忍びないという思いもありました。

 そういった理由で、どうしても歯医者には行きたくかったのでした。
でも、どうすれば、この歯の違和感ありまくりの状態を解消すればいいのか…と藁にもすがる思いで、母親に電話で相談したのです。

 その電話の中で、母親の一番の仲良しのお茶飲み友達の人が、歯医者さんから、「もう歯が末期で抜歯しかない」と言われた時に、抜歯をどうしてもしたくなくて、

「EM菌」でうがいをし初めたら、痛み等もなくなり、それからずっと毎日一回の「EM菌うがい」で末期の歯でも問題なく過ごしているとのお話や、

 その他、ゴミ箱が臭くなるので、EM菌をスプレー状にして、ゴミ箱の中にかけたら、それからゴミ箱が臭くなくなったとか、EM菌の驚異の効能話を教えてもらいました。

 私はこの情報に、もうこれにすがるしかない……このビッグウェーブに乗るしかない(笑)、と思いまして、早速、母親を通じてその方から頂いた「EM菌」でうがいをし始めました。

 正直それなりの効果は確信してましたが、その予想を遥かに上回る、ビッグウェーブ♪な☆大歓喜な☆効能をすぐに実感できました♪

 それまで、毎日続いていた、虫歯菌が蔓延しているような不快な違和感が、うがいと同時に一気になくなりました。

歯ブラシで落ちる汚れはたった6割 間違いだらけの歯磨き

 
 歯ブラシで大事なのは、虫歯菌を口からなくす事だそうですが、うがい後、EM菌によって、虫歯菌が全滅したようなそんな感覚がありました。

 モンダミンでも、何ともならない状態だったのが…EM菌様のスーパーパワーで一気に口のお悩みが解決してしまいました。

 今回のEM菌は、もう抜歯を覚悟して、抜歯鉗子」を買ったり、Amazon様で、イソジン、軟膏、を買ったりして、もう抜歯寸前までいっていた私にとって、涙が出るくらい有り難い救世主でした。

 一応、変な誤解なさらないように、付け加えておきますと、虫歯が末期までなった人は、毎日食後すぐに、食べ滓を残さないように、徹底的な正しい歯磨きが必要になります。

 これを怠っていると、さすがにEM菌でも、歯の悪化は止められませんから。最善の努力を尽くした上での「EM菌」という訳です。

 歯ブラシのブラッシングは、歯の前面から、噛む部分、歯の後ろ側、奥歯、歯の穴の中、等々、隅々までしっかり正しいローテーションの流れ作業で、しっかりと磨いて頂き、磨き残しの無い様に、磨き抜いて下さいね。

 特に虫歯で穴の空いた歯は、食べ滓が入り込むので、その歯の中に、歯ブラシを上手に突っ込んで磨く必要があります。これを上手にできないと悪化する可能性があります。

 歯の穴の中のカスが、ブラッシングでどうしても取れない場合は、爪楊枝でカスを引っ掛けて取る方法で完全除去して頂けます。

 「歯を磨く」だけでは不完全でありまして、虫歯予防には「歯の食べ滓を完全に取り去る」が非常に大事ではないか…と思った次第です。

 その上、歯のブラッシングだけでは取れない虫歯菌を、キングオブ菌の「EM菌」に除去して頂くという……この流れであれば、歯の予防はもう完璧ではないでしょうか。

 ちなみに私は、フッ素を使っていない歯磨き粉「スミガキ」と「デンター塩粒と生薬」の歯磨き粉のどちらかで磨いております。

 恥ずかしながら、虫歯になって初めて、歯磨きの大事さに目覚めた私ではありますが、虫歯後は、歯磨きは念入りにするようになりました。

  私のような、歯にポッカリ穴が空いている人間でも、もう違和感なく、口の中も清々しい心地良い日々を過ごせてますし、効能は確証出来ていると言っても差し支えないかな…と思った次第です。

 そういった意味でも、いつ改心しても、遅すぎるという事はありませんから。
 何時からでも、徹底したブラッシングとEM菌で、もう虫歯とは一生おさらば出来ちゃうという、今回のお話をご参考にして頂ければ幸いであります。

 EM菌を、胡散臭いと思われている方もいらっしゃるかと思いますが、私の実体験からして、どうも…本物で、評判通りの素晴らしい菌であることは確実だと断言致します。
 ご参考にして頂ければ幸いで御座います。

 最後に、「フッ素」がいかに良くないかについて、記載があるサイトをご紹介+引用記事でご紹介させて頂きます。

 フッ素フリーな生活が(松果体が石化していないという点で)、活動的な人間になる一つの秘訣なのかもしれませんね。
 そのお陰か分かりませんが、私は直感力抜群な人間です(笑)


EMフレンズさん「すっごーいEMさんは虫歯退治のフレンズなんだね」
EMロ・レイさん「EM菌、いきまーす」

正解らしい返答「EM菌で解決ですね、わかります」
EM先生「虫歯は、あきらめたらそこで終了ですよ…?」

宇宙のEM様「私の除菌力は53万です」
某赤○先輩「いいからEMドーピングだ」
EM菌のファン「おかしくなっちゃいそう虫歯が治っちゃいそう」

虫歯菌「EM菌強すぎィ~、やめちくり~」
少年探偵「ペロ…これは…EM菌……あれっ?口の中がスッキリする」
登山客「EM菌で虫歯解決じゃないですか!!やっほー」






 おかあさん、おとうさんはこの真実から目を背けないで!
猛毒のフッ素がどうして「歯に良い」ことになったかが、よ~くわかります。

 水道水への添加、ハミガキ剤への添加、洗口液・・・・
 原発を持ってきたのも読売ならば、再び読売新聞を筆頭にしたマスコミが、水道水フッ素添加を日本でも実施せよとのキャンペーンを繰り返しています。 

 フッ化物を混入した飲料水を最初に使用したのは、ドイツにあったナチスの捕虜収容所であった。

 イルミナティの悪名高い巨大製薬会社IGファルベンは、アウシュビッツなどの収容所を運営した企業であり、その一部は現在でも
「バイエル」という製薬会社として存在している。ナチスがフッ素を使用したのは、収容者の歯を気遣ったからだと考える人がいるだろうか。

彼らがフッ素を飲料水や上水道に大量に投入したのは、収容者を不妊にし、大人しく従順にさせることが目的であった・・。

zeraniumのブログさんから転載させていただきました。
すごく、すごく よくわかります!以下

歯磨き剤のフッ素も神経毒

 フッ素といえば、虫歯予防と誰もが思い浮かべるに違いない。
 世界中で市販されている歯磨き粉や、日本の各メーカーが市販している歯磨き剤の多くには「フッ素」が配合されている。

 アメリカを始め、世界の国々には虫歯予防対策として水道水にフッ素を投入している国もあるほどだ。
 日本でも歯科医院でフッ素塗布が推奨され、1歳児半、3歳児、5歳児の健診時にフッ素の無料塗布を実施する市町村もある。

 これほど広く普及しているフッ素であるが、その常識に反して非常に毒性の強い物質であることを知っているだろうか。

 19世紀初期のフッ素研究の開拓者の多くは、フッ素毒で重症を負い、あるいは死亡している。このフッ化ナトリウムは、ネズミやゴキブリを殺す毒や麻酔剤、また睡眠薬や精神治療剤、そして軍の神経ガスに共通する成分である。

 つまりブロザックや、日本の地下鉄テロに使われたサリン神経ガスの基本成分の一つなのだ。フッ素はさまざまな精神障害の原因となり、人々を鈍く、大人しく、従順にする。しかも寿命を縮め、骨格を損傷する。

 化学者チャールズ・パーキンスによると、微量のフッ化物を繰り返し与えられることによって、支配されることに抵抗する個人の力が失われるという。

 それは脳の特定の部位が汚染されて「麻痺」するので、支配しようとする人々の意志に従順になるためである。

 水をフッ素化する本当の理由は、子どもたちの歯のためではないと彼は言う。もしそれが目的であれば、ほかにもっと安くてはるかに安全な方法が沢山あると彼は指摘している。

 水や歯磨き剤にフッ素を入れる本当の目的は、支配や管理、そして大衆の抵抗を減らすことにある。

 パーキンスによれば、ヒトラー率いるナチスがポーランド侵攻を決めた時、ドイツとロシアの参謀本部はさまざまな情報を交換したが、そのとき水にフッ化物を投入することで、
 大衆を管理する方法が「世界を共産化する計画」に理想的であったので、ロシア参謀はその情報に飛びついたという。

 フッ素は、地球上の元素の中で電子を引き付ける力が最も強く、非常に活発な科学的性質を持つ。

 つまりすぐに、ほかのさまざまな物質と反応して結びついてしまうので、体内でさまざまな毒性を発揮する。

 過剰摂取の場合には、骨や歯のフッ素症を引き起こし、たとえ低濃度であっても、長期にわたる摂取で脳機能障害を引き起こす物質なのだ。

 虫歯予防などと言って、なぜそのような毒物が安全なものとして世界中に行きわたっているのだろうか。

 この現状を理解するには、フッ素と国際銀行家(イルミナティ)の関係を知る必要がある。

 フッ素が人類に使われるようになったのは、資本家が台頭して重工業の発展した19世紀のヨーロッパが始まりである。

 1800年代後半には、ドイツ、イギリス、イタリア、スイスなどで製鉄や製鋼、アルミニウム工場から大量に排出されるフッ素が、住民や家畜、農作物に被害を与え始めた。

 そしてヨーロッパでは数々の訴訟が住民から起こされ、ドイツとイギリスの工場は、相次ぐ敗訴と賠償金の支払いで工場の存続が危ういほどになった。フッ素は、公害をもたらす大気汚染の元祖であったのだ。

 さらにフッ素は原子爆弾の製造にも欠かせない物質であった。
 ロスチャイルド一族とつながるデュポン一族所有のニュージャージー州の工場からは、アメリカ政府の原爆開発マンハッタン計画に大量のフッ素が秘密裡に提供されていた。

 彼らの工場から出るフッ素もまた、近隣の農民と作物に深刻な被害を出していたが、原因がフッ素であることが国民に広く知れてしまうと、原爆の製造計画に支障を来たす。

 それゆえにフッ素が大気汚染の原因であることは、アメリカ国内では絶対に知られてはならない極秘情報であったのだ。

 こうした事情からアメリカでは、フッ素による公害訴訟を全力で封じ込めておく必要があった。

 そして彼らがとった手段は、単なる隠蔽工作よりもかなり大胆なもので、信じられないものであった。大気汚染の原因がフッ素であることを否定するのはもちろんのこと、

フッ素は人間にとってよいもので虫歯予防に有効なものとして、アルミ工場の御用学者によって大々的に新聞で報道された。
 それが今から80年前の話である。

 そして現在でも歯科学界で通説となっている、「高濃度のフッ素を含んだ水を飲んでいる地域の人には虫歯が少ない」という逸話を持ち出して、

「低濃度のフッ素は安全で、虫歯予防にフッ素は必要である。誰もがこの恩恵を受けられるように水道水にフッ素を入れよう」という主張にまで発展した。

 当時、フッ素は毒物として殺虫剤や農薬に使われおり、水道水にフッ素を入れるのは、捨て場のない産業廃棄物であるフッ素を利用するとともに、利益を上げるという願ってもないアイデアであった。

 この計画は国際銀行家(イルミナティ)に雇われた一連の人々によって行なわれた。

 その役を担ったのは、アルミ工場の化学者や原爆開発の科学者グループ、フッ素を排出する重化学工業、公衆衛生局や環境保護庁、そしてアメリカ歯科医師連盟、それにイルミナティが支配する大手新聞社やテレビ局であった。

 最初に行なわれた地域はニューヨーク州のニューバーグの町の水道水で、10年間に渡りフッ素を混入させて秘密裡に実験が行なわれた。

 その後全米の7割の水道水に低濃度のフッ素が混入された。また軽度のフッ素症では一見歯が白くなるため、フッ素添加歯磨きのCMでは「健康で白い歯」というイメージが、テレビで繰り返し流された。

 そして歯科医は、科学者に言われた通りに虫歯予防の効果を信じて、人々の歯にフッ素を塗り始めたのである。

 歯科医も医者もジャーナリストも一般大衆も、公式に言われたことならそのまま受け取り、自分で調査する人はほとんどいないので、言われたことを事実として認めてしまう。

 このような精神は人類にすっかり定着しているので、真実が明らかにされてもほとんどの人々が疑いを持たない。

「フッ素は脳に入らないから、脳を汚染しない」とするフッ素派推進派の学者の主張に反して、大気汚染対策委員会代表の医師ウォルボッド博士は、

フッ素は脳に蓄積される。その結果、学習障害や注意欠陥障害、多動性障害を引き起こす」という衝撃的な実験結果を1965年に発表した。

 この見解は、フッ素汚染地区の学童に見られる知能の低下に納得のいく説明を与えるものであった。

 また1980年代には、神経毒学者のマレニクス博士が、それを裏付ける実験結果を学界で発表した。

 それは博士が開発した神経画像解析システムで、安全とされている低濃度のフッ素が神経細胞に、知能障害、記憶障害、他動性障害を引き起こしている様子を目で観測することができた

 しかしフッ素推進派にとって、これらの都合の悪い科学者はいずれも学界で変人扱いされたり、圧力をかけられた後に職を追われる。

 そのようにして「公認」の学説が作られ、医学界や歯科学界の風潮が形成されていく。
 1953年にアメリカ歯科医師会が、全国の歯科医に配布したパンフレットがある。その一部を紹介する。

 「フッ素反対者を、何にでも反対する自称人々の味方とし、彼らを愚かで小さい人物として扱うこと。」
「彼らの主張は時代遅れで、根拠のない不正確な知識に基づいているとすること。」
反対論には反論せず、ただ政府研究機関のデータを引用すること。」

 そしてアメリカ歯科学界の指示通りにフッ素塗布を導入した日本の歯科学界も、このマニュアル通りに動いていることは今の現状を見れば明らかである。

 しかしそうした状況にもかかわらず、日本にもフッ素毒の危険性を訴える歯科医や科学者、それにジャーナリストは少数であるが存在する。

 フッ素毒警告ネットワークを運営する歯科医師の村上徹医学博士はその一人である。

 フッ素に関する歴史をたどると、ナチス・ドイツ、国際銀行家(イルミナティ)、原爆という一つの線で結ばれている。
 その延長線上に、近所の歯医者さんや洗面所に置いてある歯磨き剤があるのだ。

 また歯科医やメーカーが主張するフッ素の有効性に、歯の再石灰化の促進と歯質の強化がある。

 明海大学歯学部の筧(かけい)光夫氏はそれが事実かどうか実験をしている。その結果、処理時間にかかわらずマスコミで宣伝されているような結晶の再生(歯の再石灰化)も、フロール化(歯質の強化)も起きていなかった。

 逆に、歯の結晶の再生が阻害されることが確認されている。その力は、イタイイタイ病を引き起こすカドミウムの約20倍の強さだという。

 これらの実験から、フッ素は濃度にかかわらず骨や歯の形成を阻害するため、不必要なフッ素摂取は避けるべきであるという。

 また、そのような実験のためにラマン顕微鏡が発明されて30年以上が経つが、筧(かけい)氏と同様の実験を試みた科学者が皆無であるのは、不思議なことである。


FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪

プロフィール

斉藤なぎさちゃんが大好き♪

Author:斉藤なぎさちゃんが大好き♪
 
 高身長になる方法・広瀬すずちゃんの横顔になる方法・小顔になる方法・悟りを開く方法・健康になる秘訣・宇宙の真理…など世のため人の為に役立つ情報を書いております。
 貴方の素晴らしい人生のお役に立てますように♪

 30歳を過ぎてから努力で22cm身長を伸ばして195cmになっちゃいました♪
 それと…小顔になる努力で、全頭高が大谷翔平さん級の20.5cmなりまして……純日本人ながら、リアル9.5等身を達成することが出来ました♪

 そのノウハウを全て無償で公開しておりますので、もし良かったら皆様も、小顔・高身長の翔平スタイルになって幸せで喜びに満ち溢れた人生を満喫して下さいね♪ 


 スピリチュアルと精神世界・悟り追求者の為になる、宇宙神理(真理)が学び放題な良質な情報を豊富にご用意しております。

 悟りの追求者の方々へ何かしらお役に立てましたならば光栄の極みでございます。修行中の創造主であられる貴方の素晴らしい人生に乾杯♪

究極の美顔法・小顔法「広瀬すずちゃんの横顔の秘密の記事」はこちらになります♪
https://sinntyounobiruyo.blog.fc2.com/blog-entry-3947.html

「大豆から納豆を作る記事をテンコ盛り盛り…盛沢山な記事」はこちらになります♪
https://sinntyounobiruyo.blog.fc2.com/blog-entry-4144.html

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR