date :2019年06月
- No
- 3917
- Date
- 2019.06.30 Sun
最近体験した摩訶不思議な体験話♪上江洲義秀先生が部屋にテレポーテーションしてきた夢話♪許しの使えるテクニック秘話 覚醒へ飛躍する「愛に生きる覚悟」の神我の祈り♪佐藤初音さんマスターの素敵なお話♪
最近体験した、上江洲義秀先生に関する
摩訶不思議な体験話
ここ数日前に、急に1~2時間ほど、何故か頭の中が、上江洲義秀先生への想いでいっぱいになった事がありました(笑)。
その当時は、実に不思議な感覚で、上江洲先生のことしか考えられない…上江洲先生で頭の中が占拠されている…みたいな♪、そんな状態を体験したのでした。
そして…その日の夜、寝ようとして、横になって五分ほど経った頃、まだ意識がそこそこしっかりしている状態でした。本来なら夢を見る程、ウトウトする状態でもないにも関わらず、夢のような映像が現れました。
その映像とは、自宅でパソコンをしている私の、ちょうど特大ピラミッドの後ろ辺りに、上江洲先生がテレポーテーションで現れた映像でした。私に語りかける事はなく、横を向いてちょっと下向きで、私の方を見ていた感じでした。
その状態の後、しばらくして、またテレポーテーションをして消えられたのでした。その時思ったのは、上江洲先生の夢を見れて大変光栄で嬉しい~という思いでした(笑)。
その日の前日にアクセス数が爆増していたのですが、もしかしたら、上江洲先生の学びの友の方が、上江洲先生に教えて下さって、上江洲先生の目に入って、このブログ主はどんな人物が見てこよう~って…思って、私に見えない状態で、テレポートして下さったんだろうか…と何となく推測してみました♪
もうこれは…はっきりいって…あなたの妄想でしょ…って、言われたら、確かにそうなのですが^^;、
色々な伏線が重なってますし、意外とその推測は…もしかして、ひょっとすると…かなり正確に当たっているのかも…って、結構思って思っております♪
さぁさぁ、事実はどうなんでしょうかねぇ…、まぁ、世界一の大覚者であられる上江洲先生のはっきりした夢を見れただけで、最高に名誉で光栄なことですし、
単なる妄想でも、こんな体験が出来ただけでもまぁいっか…っていうのが正直な気持ちでもあります。
この推理が大当たりだったら、私のブログが、上江洲先生の目に止まったという事ですから、この上ない光栄な出来事なのですが、もうね、正直…事実(実際にあった出来事)であってほしいです(笑)
これが本当の「事実は小説より奇なり」かも…なんちゃって♪
摩訶不思議な体験談でございました…ちゃんちゃん♪
許しの使えるテクニック秘話
覚醒へ飛躍する「愛に生きる覚悟」というテクニックのお話
私が知花先生や上江洲先生の教えを沢山学びまして、その教えを融合していく内に、悟り覚醒に必要な重要な事柄が整理されてまいりました。
もちろん真理というものを、色んな視野で客観的に見ながら、多角的に取り組んでこそ、覚醒への大きな飛躍が望めるのではあるのですが…。
あえて一番、悟り覚醒に導く崇高な愛は何か…と申し上げますと、それはズバリ「許し」で御座います。
その「許しの到達点」を申し上げてみましょう。
…それは、何を見ても愛念しか出ない境地・愛おしいという想いしか出てこない自分・全ては自分であり、神であり、色んな意識状態の自分がいるだけなんだと……いう境地。
全ての出来事はその人の魂の修行のための、愛の試練なのだと、桜の花びら一つ落ちるのでさえ、神の意志なくして存在ないのだと……いう境地。
すべてを愛で見つめる、その相手、組織、社会、全ての全てに対して、幸せを願ってあげる想い、正しい状態になれますように、自分を傷つけてくる相手に対しても、愛で祈ってあげる、相手に感謝して、幸せを願ってあげる……そんな境地が「許しの到達点」という訳であります。
「許し」と追求していきますと、その様な「慈悲と愛」に帰一してくるので御座いますね。
許しとは愛の一部だと五井先生が仰っておられましたが、「許し」と言っても、言い換えれば「許しという愛」なのです。
という事は、「許すとは真理の愛の実践」であり、また言い換えれば、「許すとは勇気ある愛」「許すとは真の寛大な愛」「許しとは真の強い愛」だとも表現出来るのです。私はその様に理解しております。
「神様、この者に光を、心に平安とやすらぎを、お与えください」と、どんな悪のような現れ、間違った行いをした者に対しても、
許してあげて、愛してあげて、相手の幸せを願う祝福の愛を送ってあげれる意識は「崇高な愛」「愛の勇者」「神の愛の具現者」「真の求道者の意識状態」「神の愛の体現者」といっても過言ではありません。
そのような「崇高な愛」の光を、どんな相手に対しても、送ってあげて上げれるような意識状態にまで高める努力こそ、真の心の修行であり、光の求道者の正しい努力といえるのではないでしょうか。
また言い換えれば、「許しの到達点」である、「慈悲と愛」という崇高な意識状態になってこそ、真の覚醒に辿り着ける…ともいえましょう。
私は昔の不快な思い出等で、強く許しを必要とする場面が頭の中で繰り広げられた時など、偉大なる愛を示してくださったあの「イエス・キリスト」と呼ばれている、イエス様が十字架にかかっている状態を意識して、自分は常にイエス様と一体なのだと、
あのイエス様の様に、自分に対して唾をかけてくるような相手に対しても、「父なる神よ、どうかこの者に光を、心に平安とやすらぎを……」と想える様に、
イエス様の愛を体現でしたい…イエス様のような崇高な生き方をしたいと……そういう神の愛で生きるという全身全霊の覚悟を持って生きております。
一つの許しを加速させるテクニックですが、自分がイエス様と同じ十字架の状態だと意識して、自分もイエス様のように、例え自分を死に追いやる様な相手に対しても、
悪を愛で包容してあげる深い愛、相手の幸せを願ってあげれる……そんな意識状態の愛で生きたいと心から真摯に、神様にお祈りをすると、許しを体得できる事でありましょう。
ちなみに私は、そのイエス様になりきるテクニックのお蔭で、許しを容易に行えるようになれました。
例え、夢の中でさえ、腹が立ちそうなシチュエーションになったら、すぐにイエス様になりきって、愛に立ち戻ります(笑)
これがまた実に素晴らしく、かなり使えるんですねぇ……
このテクニックのお陰で、私の心がどれだけが救われたことか分かりません(´;ω;`)♪
イエス様のその偉大なる愛を…「無限の許しと神の愛」を心に常に灯して生きていくんだと……その全身全霊の覚悟が、貴方の魂を急速に覚醒へ導くことでありましょう。
体験から申し上げますと、思いの外‥その「愛に生きる覚悟」というのは、神様に強く通じるみたいです。
「神様に誓いを立てる」、言い換えれば、「神我の祈り」であり、神様に「愛に生きる覚悟を宣言をする」とも言えます。
そうしますと、神様がよくぞ言ってくれた…と思って下さるみたいで、愛の支援して頂けるような後押しの聖なる力を観じます。
自分の力だけで頑張るのではなくて、神様にお祈りをする…いわゆる神様に、「誓いを立てる」というのも、天上界からの愛の支援を頂きやすくするコツなのかもしれませんね。
許しを容易に行う為に「イエス様になりきる」方法と、「神様に、愛に生きる覚悟の誓いをする」、神岡健先生の「神我の祈りをする」…この辺りが、大変有益で効能が高い真理の実践法だと言えましょう。
イエス様は「愛は天と地の架け橋」とおっしゃられました。その愛とは「許しの到達点」である「慈悲と愛」で御座います。
真の意味で貴方が、その「許しの到達点」の境地に到達した時に、自ずと「天である神」と「地である貴方」との架け橋が繋がる事でありましょう。私は実体験からそれが実際にありえると確信しております。
愛は天と地の架け橋 この愛の理解と体得が神様と繋がる鍵♪
神(天)……全てを活かす愛・慈悲と愛・すべての形態を形作る力・意識を与えて下さった魂の根源・真の親・すべてを活かし育む力、縁の下の力持ちで全てを愛し慈しむ無償の愛・無限の愛・すべてに意識を与えて下さった天の父であり天の母である中性エネルギー・真の親・愛を表現する為に…無限の創造をなさっている慈悲と愛そのもの
神の表現体(地)……神が神を愛する為に生まれた存在・神の化身・愛の化身・神の表現体・神の中に創造された神・個別化した神としての自覚に覚醒めた我・滅私して神の道具意識を自覚している我・自分が神ご自身だと悟った我・愛を表現する為に生まれた事を自覚している我、全てを100%の愛で愛する我、自分と全てが神以外の何者でもない事を自覚している我
【おまけ】私も効能を実感している使えるお祈り言葉です♪
「神の御心である愛が、私を通して顕現なさいますように」
「貴神(きしん)の想い、我が想いへとならせ給え」
「貴神(きしん)の言葉、我が言葉へとならせ給え」
「貴神(きしん)の行動、我が行動へとならせ給え」……
イエス様の感動の御言葉
「汝の敵を愛しなさい・汝の敵の為に泣きなさい・汝の敵の為に祈りなさい」
今回の内容は、かなり使えるテクニックですので、ぜひ光の求道者の皆様、ご参考にして頂いて、皆様の魂の成長・覚醒のお供としてご活用下さいませ。
佐藤初音さんマスターの方との霊的修行に関する
魂の覚醒に繋がるお話をご紹介♪
次にご紹介するのは、前にご紹介した
「ジュリアン・シャルムワさんの「ワンネスの扉」会場での摩訶不思議話」の記事で登場したAさんとのやりとりのお話で御座います。
佐藤初音さんに関する事柄に関して日本有数の知識を有する、すでに霊的に高いレベルにまで覚醒されている素敵な女性の方であります。
その方と文章でやりとりをさせて頂いたのですが、皆様の魂の覚醒に何かしらお役に立てそうな内容でしたので、ご紹介させて頂きますね。
「ワンネスの扉」会場での摩訶不思議話♪はこちらへ
私=シンチョウ・グッド=(S様)
佐藤初音さんマスターの方=B様 で抜粋開始……♪
B様
瞑想の事ですが、上江洲先生はたしか0時から4時まで瞑想し、日中は仕事という生活をされていたと言われていましたが、S様も瞑想には時間をかけていらっしゃいますか?私は、○○の時に少しする程度なのですが、参考までに教えて頂けたらと思います。よろしくお願いいたします。
S様(私です)
まさにその通りで、上江洲義秀先生は、夜中の間に、沖縄の岬で瞑想されていたそうですね。
私のことについてですが、私は日々一日中、神を愛し、感謝し、すべてを愛し全てを許す状態でいる様に心がけるのが明想というふうに考えております。
寝る前に横になっている間とか、何かをしている間とか、あまり形にこだわらず、眉間に宝玉を描いて、(上江洲義秀先生の明想をして)我神なり、というふうに気づく時に(明想を)しているという、結構アバウトな仕方で(修行を)しております。
「全てに神がいる」と強く信じる気持ち「信念」を持てるかどうかが、悟りの一番の重要ポイントではないでしょうか。
私も最近、覚醒へ飛躍しまして、さらに「全てに神がいる」と自然に想える様になってまいりました。
毎日忙しくて、まとまった時間が中々取れませんので、そういう形で行くしかないと…ある程度、自分にあった方法を模索した結果、この様な形となりました。
自分のブログの記事をもう何回も、何回も見ては感動して泣いて、もう何回も何回も感動して(笑)、で、それによって意識を高めていき、
神への神我の祈りをして、色々な霊的知識を、深く追求して追求して考えてゆく…、その様な多角的アプローチで、悟りを追求する日々で御座います。
知花先生のお弟子さんでも、何十年学んでも、全然悟りに到達していない方もおられるのですが、あまりにも形にこだわりすぎているような気がするのです。
真理を追求するという事をあまりしていないからではないかな…と。
いわゆる目をつぶる瞑想を沢山やっても、悟りを開けない人の方が圧倒的に多いのが実情ですし。
私も一時期、長い間、目をつぶる瞑想をやっていた時期があったのですが、どうも私は、この方法はあまり合わないと思い、知花先生の「真理の理解が悟り」という覚醒への方法に人生をかけて、全力でその道で追求する方法を選びました。
私は元々、なぜ…を追求するスタンスの「考える人」タイプの人間ですから、その方が合っているというと後で気づきましたが……ただ私の修行法は、ちょっと普通の人と違う珍しい修行なのかもしれませんね。
ですが、意外とそれで、結構どんどん覚醒へと飛躍しております♪
私のブログの「瞑想の最高のコツをご紹介」の記事をご参考にしていただくと良いかもしれません。
こんな感じですがいかがでしょうか。B様のお役に立てますことを心からご祈念申し上げ、今回の締めとさせて頂きます。
今回もB様と交流できたことを大変嬉しく思っております。
有難うございましたm(_ _)m♪
B様(佐藤初音さんマスターの方♪)
お忙しい中、いろいろとありがとうございます。角閃石届いております。
ビニール袋を開けますと、綺麗に輝き「綺麗」と思わず言いました。
優しく生き生きとしてるように感じました(持ち主の波長なのかしら)
早速、お茶で飲んでみました。まろやかになり体にしみていく感じがしました。
角閃石さん(さんづけです)をしばらく使用してみます。
誠にありがとうございましたm(_ _)m
明想のお話、ありがとうございます。
まさしく日常生活そのものが明想の実践は、私の理想でもあります。
佐藤初女さんの代表作の地球交響曲は、もう何十回も観ていまして、春夏秋冬でそれぞれの時期が映されています。
今回は、S様とのやりとりで、全てに神がいるとの認識が強くなったのでしょう、夏のシーンで、初女さんの「全てに神がいる」という強く信じる気持ちが、全ての行動に現れており、こんなに強く信じていたのだと改めて納得しました。
半端ではなく、本当に観ていたのですね。しかも自然体で。
初女さんが、悩める人に食事の支度をしている事そのものが瞑想だと.お世話をされた方が言われていました。そして祈りなんですね。
またまた初女さんのお話しを読んで下さい。
「教会で祈るのが静の祈り。でも、目の前で苦しんで食べられないでいる人に、それでは何も響かない、私は動の祈りです。」と言われています。
食材にも心、命があり、どうしたらそれが生かされるように調理出来るか、その人の中にいる神との出会いを観、汲めども汲めども尽きない心で私はいく。と実践されています。
お世話されていた方の話しで、外国のレストランに入って、離れた所にいる女の人をそばに呼んでと言われ、呼び寄せ通訳を介して会話していく内に、その女性は、大変感激し涙をボロボロ流し、飛行場でもずっと手を振っていたそうです。
よくそういう事があるそうで、なぜ話を聞くことが必要だと分かるのか 不思議だよと言われていました。
また、初女さんが安置された家に次々と人が来られ、数人て円座となって思い出話しなどしていた時に、体じゅうで悲しみをこらえているのかわかる寡黙そうな男性の方がいらして、涙こらえながらぽつりぽつりと話し始めました。
仕事で悩み森のイスキアを訪ね、ブランコに揺られていたら、初女さんもそばに来て黙って一緒にブランコに揺られてくれていたと。何も話さず、一緒にいてくれたんだと話されました。
それがとても嬉しかったようで、またそれで癒されたのを感じました。初女さんが死の床で、食べられなくなってきた時にでも、その男性が持って来てくれた葡萄は、口に出来ていたそうです。
初女さんは、人の感情を波長や粒子レベルで感じ、同調し、癒しまでもたらす事が出来る人なのですね。
知花先生の光話の実践を初女さんに観ています。本当に矛盾がなく、真理なのだと思えています。
実践の中に真理を観ていくのが真の悟りであり、全てに神を見なければ、何も起こらず、神がいると強く信じて疑わない心こそ神を体現出来るのであり、愛を持って実践あるのみと、ブログを拝見して感じ、それしかない境地ですね。私も涙( T_T)
私は、何度も地球交響曲で初女さんを観、神を語られているのを聞いているのに、その準備が出来ていない時には、軽くしか掴めていなかったと感じています。まだまだ軽いと思うので、これからでございます。
長文読んで下さり有難うございます。
イケメン覚者としてのご活躍期待しています。
S様(シンチョウ・グッドさん)
角閃石さん、大変気に入って頂いたご様子で、プレゼントして本当にかっこよくて良かったぁと大変嬉しく思っております。
大変素晴らしい世界一の波動石で、効能は科学的にも証明されていますから、安心してご使用して下さいね。
私も色々なパワーストーンにハマって、沢山手に持ったことがありますが、実際に手に持って、明らかにわかる変化を感じたのはこの角閃石さんだけだったりします。
科学的にも、手にこの石を持つと、脳がα波になる事が証明されているそうです。波動も目に見えるギリギリの約30万波動ですからねぇ…とんでもない石があったものです(笑)
佐藤初音さんのお話、またまた大変面白くて、またまた、大変ためになる素敵なお話でございました。
毎回、佐藤初音さんマスターのB様ならではの驚愕のEpisodeを教えて頂き、大変感激しております。魂の成長に役に立つ素敵なお話ですね。
私のブログは、知花先生と上江洲先生とを凝縮した、まとめの様な内容になっております。
自分の体験からしましても、このブログを見る事は、真理の追求としての時間の使い方としては、大変有益で効率的ではないでしょうか。
基本的に、後で自分で見るために作っている部分もありますし^^;♪
最後にお褒めのお言葉を頂き、大変嬉しく受け取らせて頂きました♪
頑張ってイケメン覚者になって、上江洲先生のように、かっこいい事をネタに出来るように頑張ります(笑)
今回もB様と素敵な交流ができた事大変喜ばしく、光栄なことを思っております。今回も有難うございましたm(_ _)m♪
ケイシーリーディングで一番深い真理の言葉
(私が一番感動して泣いている部分です……笑)
エドガーケイシーは、宗教生活についてそのもっとも美しい表現の中で、この事を次のように語っています。
「あなたがたは心を尽くし、思いを尽くし、体を尽くして汝の神なる主(大生命・内在の神)を愛し、隣人を汝の如く愛するのである。
このキリストの与えた言葉が法則の全てである。
それに優るものは存在しない。
主が約束されたように、あなた方は来る日も来る日も明想し、祈りゆくうちに到来するあの目覚めによって、主(宇宙生命)が自分の意識の中に留まられる事を知る事が出来る
(神我が中にまします・父と子は常に一体)。
あなた方はこの目的のために、主が臨在し、その御霊(キリスト)があなた方の中に留まるあの意識をあの自覚を讃えるために生まれてきたのである。」
全ての全てのあってあるものの中に、神が我として実在している事を(理解して実感して、全てに神を観る状態を)「悟り」といいます。
目に映し見ている、すべてのすべてのあってあるもののに「愛を見」「愛を感じ」「愛そのもの」で対処できる己であって、そこに悟りがあること。
永久保存版♬知花敏彦さんの神我に目覚める♫瞑想の極意♪白色同胞団♪神我と自我の詳しい説明♪悟りとは何か♪ から一部抜粋ですが……♪
●自我・偽我 =表現者、原因である父なる神を忘れている状態(放蕩息子の状態)神理を知らない状態・自分の力で生きていると思って迷っている状態、肉体の己を自分と思っている我、分離感・分離意識で個別化された表現を別個の存在と認識している我・肉の感化、五感の感化を真実と錯覚している我・迷いの影、幻、幻想(マイヤー)・自己保存、自我我欲の心
●真の自己(真我)=父なる神と常に一体の境地・全一の意識・神我キリスト、全ては自分、全ては我、全ては神、全てを愛する我に目覚めた状態・神我キリストによって生かされている事を自覚して実感している我・私が生きているのではない、なるほど一つの生命である神が生きていらっしゃる、中身は全て神、全ての知恵と力は神から与えられている、神の中身は神、全ての全ては本質的には神、神のみが生きてらっしゃるんだなと悟った我・神一元・愛一元・光一元・我神なり、神は生命(霊)なり、我も生命(霊)なりの自覚・宇宙即我、我即大霊の境地、キリスト意識・高我・実在・全てを愛し全てを許す境地・慈悲と愛・あなた即私・私即あなた・宇宙エネルギー即自分・無限即我・我即実在・不変不動の絶対なる実在・普遍なる宇宙・無限者・宇宙神
知花敏彦先生の総まとめ記事 第1回目
知花敏彦先生の総まとめ記事 第2回目
FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪
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- No
- 3916
- Date
- 2019.06.24 Mon
スマホの10倍の電磁波が…心地良いお天道様の☆愛の陽光☆電磁波になったお話♪ムー電磁波シールでスマホの電磁波問題は全て解決♪ゴキブリさんの存在する意味とは♪かとうはかる先生と学びの友様♪
携帯をスマホに変えて
「ムーグッズ」の素晴らしさを再認識したお話
実は私、数日前に、携帯を旧式(ガラケー)からスマホ(Ymobileのシャープ製)に変えまして、まだ初スマホで慣れなくて、てんやわんやな日々を過ごしております。
スマホの事はあまり詳しくないのですが、ちょっと分かったのが、Wi-Fiスポットの場所で電話をする場合、そのWi-Fiの電波でデータを使うので、お金がかからないという事です。
元携帯SHOP店員の、前にもご紹介した「北川景子さん似」のハーフ顔の可愛い妹さんが、設定を何から何までしてくれました。
「北川景子さん似」の妹のお話はこちら♪
6Gの契約だそうですが、母親の実家、妹の家、私の自宅(ヤフーエア2)、全部Wi-Fiでネット契約をしていますので、6Gで全然いけそうとの事でした。
私の個人的な私見では、私の妹は「中条あやみさん」の方がより似ている気がするのです。そっくりさんコンテストに出たら優勝確実みたいな♪
…という事は、さしずめ私は、「東出昌大さん似」という事でしょうか(笑)。
まぁ…似てないことはないですが、吉沢亮さんの方が似ている気がしますけれども(∀`*ゞ)テヘッ♪……(゚Д゚≡゚Д゚)エッナニナニ?、゚(´・ω`・)エッ?……えっ(´゚Д゚`)ンマッ!!自画自賛みたいな♪…
「翔平スタイルの吉沢亮さん」みたいな♪…ですが、あながち大げさでもなく、実際そんな感じかもしれませんよ♪
スピリチュアル界の吉沢亮でお願い致します(笑)。
奥様方から、小中学生の女性の方々から、何だか有り難いぐらい、優しくして頂けますし、本当にかっこよくて良かったぁ…って思うことがしばしばあるぐらいですから♪非の打ち所がない男前と言われた事もありますし。
私実は、小さい頃は、自分がかっこいいなんて思ってなかったのです。
ですが、大人になって、本当にいろいろな人に「かっこいい、男前、イケメン」とか沢山言って頂くようになりました。
「ミスター156の異名を持つHydeさん」級の男前の歌手の方にもそっくりとか何回も言われたり、若い女性三人にキャーキャー言われて見つめられたり(笑)、中学生が私とすれ違う時に「かっこいい」と小声で言ったり、
女性が私の前で立ち止まって、ジーッと顔を見て「かっこいい」と行って立ち去った事もあります(笑)。そんなEpisodeが結構あるのです。
その様に、いっぱい容姿を褒められるものですから、もしかして…そうなのかなぁ…自分ってかっこいいのかなぁ…って思うようになりました。
私が愛嬌抜群で、愛想が良くて、立ち振舞いが物腰やわらかくて愛溢れる感じの良い態度なのもあるかもしれませんけれども…、それも含めて信頼して頂いて、好いて頂いているという事なのでしょうか。
お陰様で、私には女性不信など微塵もありません☆(爆)☆彡♪
いつも愛の態度で接して頂けるので、麗しい女性の皆様に、いつも感謝と愛おしさの思いでいっぱいですよん♪
話が脱線してしまいましたが^^;、
そんなスマホに変えた初日の夜に、母親と電話をしたのでした。
その電話の電磁波が、もうそれは…ビリビリという感じで、ガンガン頭に響いて、不快な感覚に襲われました。母親とも、めっちゃビリビリするよね…って、言い合ったものです。10倍とは聞いてましたが予想以上でした。
スマホの電磁波は強力で頭に響きますね。初日の電話の後、電磁波の影響で、その後2時間ぐらい脳の調子がおかしくなりました。次の日まで脳の調子が戻りませんでした。次の日もちょっと残ったぐらいです。
翌日の電話で、母親も、こんなに脳にビリビリして辛いのなら、電話をするのを控えようと思った…と言っておりました。
それで、三日目の前に、昔購入していた、「ムー電磁波シール」を携帯に付けたらいいよ~と言って、手渡ししたのです。
それで私も、昔買っていた「ムー電磁波シール」を付けて次の日に電話をしたら、それはもうびっくりするぐらい電波が違ったのです。
電磁波が太陽の心地よい陽光のようになりました。電話の後も、脳がリラックスして心地良い状態でした。ネガティブが、全力でポジティブエネルギーに変わったのが実感できました。
基本的に、この「ムーの泉」様のテクノロジーは、電磁波の消すのではなくて、逆転の発送で、電磁波の質自体を、完全に健康に有益な電波に変えてしまうという実に素晴らしいものなのです。
これは科学的検査でも効能が実証されおります。リンク先で、その検証結果が詳細に記載されておりますので、ぜひご観覧して納得して頂いて、その上お買い求め下さいませ。
スマホが、クラシック以上の、地球最強の脳波改善グッズになってしまったのでした。もうこれは、ドラえもん級の☆超絶☆未来テクノロジー…といっても過言ではないかもしれません。
もうスマホの10倍の電磁波が、
心地良いお天道様の☆愛の陽光☆電磁波になってしまったのですから、
毎日の電話が楽しみでしょうがありません(笑)
ここまで違うものなのかと、改めて思った次第です。
スマホの電磁波が気になる方が、いらっしゃいましたら、「ムー電磁波シール」と「ムーコンセント」、もしよかったらご参考にして下さいね。
ゴキブリさんがなぜ現れるのかについて
よく分かる素敵なスピリチュアル話をご紹介♪
私の自宅に最近、今までで一番大きな…大体約6cmぐらいの、特大のゴキブリさんが出た事がありました。もうそれは衝撃でした。
実はその日の朝から、見覚えのない異臭がずっとしていたのです。この違和感のある匂いは一体…と思い、台所等、いつも掃除しない所まで、綺麗にしたりしておりました。で、その日の夜の出来事でした。
トイレとお風呂の間の洗面台の所で手を洗っていた左壁の部分に、カサッカサッという音と共に、とんでもない大きさのゴキブリに出くわしたのです。
私は現在、ジャイナ教徒級の不殺生を心がけております。飛んでいる蚊や、風呂の虫みたいなのは、全然殺したりしないで過ごせるのですが、ここまで、大きなゴキブリを放置しておくと、不衛生で、この匂いも気になるし、
どうしても殺したくないけど、殺すしかないのだろうか…と迷いならも硬い本を丸めて、叩こうとしたのです。
それで一回目は逃してしまったのですが、また二回目に出くわした時に、「あぁ、殺したくない、殺したくない」と、もう念ずるように思いながら、壁にいたゴキブリさんを叩いたら、その叩いた衝撃で、何と!!…ゴキブリさんがコップの中に入ったのでした。
これはチャンスと思い、すぐに叩いた本をコップの上に乗せて、閉じ込める事に成功しまして、そのまま玄関を開けて、玄関先にある、下水溝の入り口に逃がしてあげました。
神様に「殺したくない」という真摯なお願いが通じたみたいです♪神様に心から感謝致しました。
今回ゴキブリが家に入った原因を追求した所、どうも、お風呂の排水口を開けっ放しにしていたのが原因だと分かりました。それから、お風呂を使う時以外は、しっかり蓋を閉じるように気をつけるようにしました。
ゴキブリさんも大きすぎると、ネズミがいるみたいに、下水の変な匂いがするようです。
不殺生といっても、やはり人間とゴキブリが共存するのは、あまり心地よいものではないなぁ…と今回思った次第です。
それで、ゴキブリの意味ってなんだろう…って、時折少し考えたりしていたそんな今日この頃に、まさにピッタリなシンクロニシティな記事に出会えちゃったという訳であります。
それが下記の内容になります。リンク先をお伝えする形が一番良いのですが…理想社会を考える会(かとう塾)様の記事は、旧記事が探しにくい部分がありますので、大変恐縮なのですが、引用させて頂きます。お許し下さいませ。
2019年6月23日から学びの友の方の体験からの引用ですが……♪
※ ある学びの友の気づきをご紹介しましょう。
「人間は、嫌な形をしているからゴキブリを殺します。と言うことは、人間は神を殺しているって言うこと・・・?
虫の知らせとは、神のお告げみたいな意味ですよね。だからゴキブリの虫(真我)さんは、「この汚い所を掃除しなさい!」とお告げをしてくれているのですね・・・。
人間は真我の思いが分からないから、代わりにゴキブリさんが気づかせるしかない! てことですね。形のキレイなものキタナイもの、全て真我の思いの現れだったのですね!・・・なんと凄い仕組みでしょう!!
地球上の表現物が、これほどまでに歪曲して表現されねばならない理由は、地球人類の魂が未熟で過ちに気づけないからなのですね!
見るからに嫌な形のゴキブリを見せることで掃除させる・・・歪曲したやり方だけど、未熟な魂にはそう言う方法でしか気づかせることができないのですね! 納得です!!
知花敏彦先生の総まとめ記事 第6回目⇐はこちら♪
知花敏彦先生の総まとめ記事 第3回目⇐はこちら♪
知花敏彦先生の総まとめ記事 第5回目⇐はこちら♪
五井先生・如是我聞・総まとめ記事♪⇐はこちら♪
知花敏彦先生の総まとめ記事 第1回目⇐はこちら♪
知花敏彦先生の総まとめ記事 第2回目⇐はこちら♪
上江洲義秀先生の総まとめ記事⇐はこちら♪
カルマの克服法・第一回目♪⇐はこちら♪
知花敏彦先生の自覚に導く名言集⇐はこちら♪
- No
- 3915
- Date
- 2019.06.19 Wed
人間の本質は神の意志を受け継いた「慈悲と愛そのもの♪人間とは神の中に創造された神♪真理の視点から観た宇宙の仕組み♪悟り覚醒へ導く宇宙真理の究極情報♪永久保存版♪
人間の本質は神の意志を受け継いだ「慈悲と愛そのもの」
真理の視点から観た宇宙の仕組み
前回の記事で「滅私」して覚醒に更に近づいたと申し上げました。
滅私…自分がない…では、自分とは何なのでしょうか。
滅私して私が到達したのは、自分がない…を追求してゆきますと、神の表れとしての自分があるのみ…神の化身としての自覚という意識状態でした。
自分とは神の現れであり…「神の化身・愛の化身」なのだと…それ以外の何者でもないのだと…そういう感覚でした。
神の化身…を分かりやすくご説明申し上げますと…肉をまとった神ご自身とでもいいましょうか、表現体として存在している神とも言えます。
神は全てを活かす愛、その愛によって表現として現れている神ご自身。神(創造主)はご自身では表には現れずに、表現体を通して、この物質宇宙で、愛を表現なさいます。
どうも、この宇宙はそういうシステムみたいです。草花も、動物さんも、人間も、全ての存在が、神の表現体であり、その表現体にも意識を与えておられます。
その意識が神の子であり、神ご自身であり、神の中に創造された個別化された神であり、その個別化された神(表現体)の中に、神ご自身が命として全ての中に臨在し給う……
つまりその臨在し給う神が、「内在の神(宇宙生命・神我キリスト)」という訳で御座います。
もうちょっと噛み砕いてご説明申し上げますと、
神の御心(無限の愛)の中に、愛を表現するために、この表現体として活躍するための物質宇宙(無限宇宙・無限の白光・神は光なり)をお創りになられて、
その物質宇宙の全ての表現(空気等…ミクロ表現も含めて全て)の中に、神ご自身(命)が宿られていらっしゃる…という風な捉え方をして頂ければ、真理の理解的には、ほぼ正解でありましょう。
物質宇宙は、基本的に、光が波動を落として物質化して創られていると言われております。つまり、全てが光からの現れという事です。
…という事は、その光をお創りになられた神の御心こそが、すべての存在の根源ではないでしょうか。全てが神だ…という真理が何となくお分かり頂けたでしょうか。
全てが波動だと、波動が満ち溢れていると、最近のスピリチュアルでは言われております。
波動を言い換えれば、波動とは光であり、波動が充満しているという事は、光が充満しているとも表現出来るのですね。
光が充満している…という事は、「光=神」ですから、この世界は神が充満している、神が満ち満ちている、遍満しているとも表現出来るわけです。
「光=愛」であり「愛=神」ですから、宇宙に遍満する大霊、無限の愛の光であられる神しか存在しない…神のみが実在という真理になるのです。
この世界は「神が神を愛する」ためだけに、「神が愛を表現する」ためだけに、この表現宇宙をお創りになられました。
神(無限宇宙・神の体)の中に、自分(表現体)が存在しており、その中に、神という命(宇宙生命・神我キリスト)が内在している……その事を真に理解できましたら、
自分が神の愛を受け継いだ神ご自身であり、神の愛の表現体なのだと、愛以外は実在しないのだと、自覚できると思うのです。
ちなみに私は自覚しております(笑)。自覚しているが故に、愛一元という境地に到達できたわけですし、神の自覚・愛の自覚・自分は愛(慈悲と愛)以外の何者でもないのだと理解しております。
自分が、「慈悲と愛」であられる創造主(根源)から、「慈悲と愛」を受け継いた「愛の化身・神の化身」そのものなのだと、そういう深い深淵なる叡智(宇宙真理)を理解した時に……、
「全ての存在の根源は神」であり、全ての表現体は、同じ親(神様・宇宙生命)から生まれた、尊い兄弟姉妹であり、宇宙は神という一つの生命体であり、その兄弟姉妹を愛するために我々が存在しているのだと、そのように自覚できました時に、悟り覚醒は一気に近づいていく事でありましょう。
ですが、その表現体として意識を与えられた私達もまた、神ご自身なのです。
全てが神ご自身…神の体の中に存在する、永遠の愛の創造する躍動する命の現れで生まれている、一つの意識なのだと、
この無限宇宙(宇宙全体)との一体感、神との一体感、全てが私、自分が神ご自身なのだという意識状態が、いわゆる分離意識を超越して、全一体・自他一体・宇宙即我、悟りの境地だと、そう解釈しております。
私の真理の理解で、精一杯表現してみました…中々奥深いですね(笑)
神様ご自身で演ずるのではなくて、色々な表現をするために、全ての内に内在の神として…全てを活かす愛として、表現体としての神(貴方)を、内から無限の愛で見守って下さっていると……そういう訳で御座いますね。
神(天)……全てを活かす愛・慈悲と愛・すべての形態を形作る力・意識を与えて下さった魂の根源・真の親・すべてを活かし育む力、縁の下の力持ちで全てを愛し慈しむ無償の愛・無限の愛・すべてに意識を与えて下さった天の父であり天の母である中性エネルギー・真の親・愛を表現する為に…無限の創造をなさっている慈悲と愛そのもの
神の表現体(地)……神が神を愛する為に生まれた存在・神の化身・愛の化身・神の表現体・神の中に創造された神・個別化した神としての自覚に覚醒めた我・滅私して神の道具意識を自覚している我・自分が神ご自身だと悟った我・愛を表現する為に生まれた事を自覚している我、全てを100%の愛で愛する我、自分と全てが神以外の何者でもない事を自覚している我
神様はすべてを超越する力であり無限者であられます。なぜすべてを超越する力なのかと申し上げますと、それは神の御心が「慈悲と愛」だからなのです。愛はフォースです。愛こそが全てのエネルギーなのです。
神の御心は「全てを活かす愛」ですから、この無限宇宙は、この神の無償の愛によって活かされ成り立っております…という事は、
この物質宇宙は、神の愛によって生かされているのであり、存在しているとも言えましょう。
宇宙神理を究極レベルにまで理解して、自我意識というスモッグを取り払っていくと、現れるのは、内なる神、愛の光そのもの、つまり神の現れとしての自分があるのみなのだと…‥
神様は、表現体にも意識を与えて下さっているのだ…と考えると分かりやすいかもしれません。この世の全ての現れは心(意識)を宿しております。その意識は、神ご自身(神の中に創造された神)なのです。
神の中に創造された神が、貴方なのですから、未来永劫神であり、神以外の何者でもないという訳であります。神の御心の中に全てが存在しているのですから……こんな嬉しい事実が真理だったなんて…感動しちゃいますね♪
ですから、どんな存在をも無碍に扱ったりしてはならないのですね。
全てを無差別の愛で愛さなくてはならないのです。全ては私であり、全ては神ご自身・貴方自身だからで御座います。
神様は、全てを愛する為だけに、愛を表現するために…愛する相手を得るために…それが目的で、神の御心から、愛の光を創造なされ、物質世界をお創り、神自身を個別化(愛の表現体)なされました。
誤解のないように付け加えますと、表現体といっても肉体では御座いません。愛の表現体…「神の愛を表すために個別化された神」だという風に認識して頂ければ、正しい解釈になりましょう。
すべての鉱物、微生物、植物、草花、魚介類、動物、等あらゆる存在が、愛の表現体、神の愛を表現するために個別化された神ご自身なのです。
という事は…全ての存在が、神ご自身である貴方と同じ、神ご自身だと思って、愛と慈しみの持って、接してあげなくてはならないのです。
「全てが私であり、全てが神ご自身」なのですから。
上江洲先生の「この世界は愛を演ずる舞台」という御言葉が御座います。
愛を演ずる為に、貴方という「神の中に創造された神」を創造されたのです……ただただ愛を表現したい…愛を与えたい、愛したい…愛のみ…
それだけの為に……何と美しいことでしょうか、この嬉しい事実に歓喜せずにおられませんね♪
愛を表現する為にうまれた貴方…という事は、貴方の本質は「愛を表現する目的の存在」、
つまり貴方の本質は、神の意志を受け継いた「慈悲と愛そのもの」なのです。それが貴方の真の自己という訳で御座います。
http://872913.jugem.jp/?eid=256 からの引用ですが……♪
学習者からの質問:なぜ神は自身を個別化したのですか?
.
サンジェルマン:愛する相手を得るためです。
.
学習者からの質問:光線が分かたれた理由とは?
.
サンジェルマン:愛を表現するためです。愛は神の行動原理ですから。あなた方が誰かや何かを愛する時、愛するものを神のマントで覆います。
光輝く存在とその活動で包みます。たとえあなた方の周りに間違った性行為に及んでいる者がいたとしても、決して咎めたりしないように。むしろ高い理想に関心を向けさせ、その者の意識を高めてやりなさい。
知花先生のご講話(B66父と子は一体)で、
「神が神を愛する為に、この世界を創造なされた」というお話が御座いました。
この知花先生のお話を聴いた時の感動は…今でも忘れません。
この嬉しい事実を知った時の……神様の偉大な愛の動機に、打ち震えるほどの感激で、滴り落ちる涙をポロポロと流したのを今でも思い出します。
神が神を愛を表現するために生まれ貴方…という事は、貴方は、神の御心の中に、愛という無限力という本質を受け継いた…神の愛を表現するために生まれた存在、とも言えましょう。
だとすれば、もうそれは愛の化身ではないでしょうか。貴方は未来永劫、神が神を愛する存在目的「慈悲と愛」、愛の化身ではないしょうか。
貴方は肉体をまとった神ご自身…つまり肉体をまとった「慈悲と愛」という訳です。
滅私して自我…自分という分離意識、迷いの影を取り払って覚醒した時に、内から出てくるのは、神が神を愛する愛を表現するために生まれた、無限の愛というフォース(力)を備えた完全なる愛そのもの……
滅私、私という分離意識を克服していくと、現れるのは、神意識という、全てを愛する「慈悲と愛」という神の御心のみが現れるという訳であります。
真の意味で自分がない事を悟った時、神と自分を遮っていた曇りが晴れて、個別化された神である貴方の本性が発揮され、本質・根源という内在の神の目も眩まんばかりの愛の光が燦然と輝きだすのです。
なぜなら貴方の本質は、愛の光そのものだからです。「慈悲と愛そのもの」であられる神様は、ただ愛を表現するためだけに、「慈悲と愛そのもの」である貴方を創造なされたのですから。
という事は、貴方という個別化された神は「慈悲と愛そのもの」であり、愛以外の何者でもないという事です。だから「愛の化身」ともいえる訳であります。
その「覚醒めた個別化された神(覚者)」というのは、限りない創造がある神意識の中に、現れた一つの個性(神そのもの)と言いましょうか……
無限宇宙という神の御心の中に、色々な「全てが私」と悟った「神ご自身」がいる、未来永劫…神ご自身しか存在しないのだと気づいた我、
その私である神が、無限宇宙という神の体の中で、縦横無尽に、無限力そのものである…神の愛を発揮している状態とも言えるかもしれませんね。
無限宇宙という神の御心の中に、個別化された神として創造されたのが貴方なのです。その個別化された神の中に、神の御心である「慈悲と愛」そのものであられる「内在の神(キリスト・神我・御霊)」が臨在し給う。
これで、「神わが中にまします」「父なる神(大宇宙)と子(小宇宙)は常に一体」という意味もご理解頂けるのではないでしょうか。
大宇宙(創造主)の中に、小宇宙(個別化された神・つまり貴方)があり、その中に、大宇宙(創造主)が内在・臨在し給う、という訳であります。
上江洲義秀先生によれば、その覚醒めた神ご自身…つまり覚者方・聖者方ですね。もっと上のレベルになると、ご自身(覚醒めた真の自己)で新しい宇宙をも創造しているそうです。
もう壮大すぎるスペクタルな高次元話ですが、宇宙の創造まで行えるようになれる力を一人一人が持っているのですね。なぜなら貴方自身が神ご自身であり、神の意志を受け継いた神の化身だからなのです。
それだけの力を無限の愛の光であられる創造主から受け継いでおります。
一つの命の限りない創造である神、その神の意志を受け継いだ尊い存在がこの物質宇宙なのです。全てが尊い存在だとも言えます。
宇宙の無限力を行使する力を神様から与えて頂いている…ああ、何と素敵なことでしょうか。
現在の私は、ヒーリング能力も大幅にアップしているのも自覚しております。宇宙の無限力が発揮される…という感覚も身近に実感出来ているのです。内から溢れ出る神のパワーという感覚であります。
この前の「滅私での覚醒」から、今まで学んできた真理の理解を…味わう…実感するという体験が出来るようになりました。全てが私…全てが私の意識…という体験であります。
とある責められている方を、許して愛して、神様、この者に光を、心にやすらぎを、平安をお与え下さい」と祈ってあげた時に……、
磁石で吸い付くように、スーッと、その方の意識が私自身の意識なのだと、まさに体験するといいましょうか…‥ああっ、全てが私(の意識そのもの)とは、こういう事だったんだと…実感する事が初めて出来ました。
他人を責める事が、自分を責める事であり、自分を苦しめる事なのを実感の体験を通して、さらに深く理解する事が出来ました。
全てが私と…心から実感しましたら、許ししか出て来ないのですね。自分は愛おしいものですから。
自分は……やっぱり愛おしいです。特に…私は自分大好き人間ですし(笑)、それは正しい解釈であります。
別に自己愛とかいう、変なネガティブなものでは御座いません。
真理は「全ては私」であり、神様は「全ては私(の実子)」と思って全ての全てを愛して下さっているのですから、それは素晴らしい愛であり、自分を愛する事は、神の愛そのものの愛であり、美しい愛なのです。
真実・実相においては、「自分しか存在しない」のであり、ある意味「全てという自分を愛する愛」しか存在しないからであります。
愛以外の想いがでたら、「サタン(自我・偽我)よ退け~」と一括して下さい。この方法は、イエス様やお釈迦様も実践されていた由緒正しき素晴らしい方法ですから、最高に効果があります。
知花先生と上江洲先生…お二人公認の方法ですからね♪私もこの方法で、「自我・偽我というサタン」を追い出す事が出来ました。たまに心に不調和というサタンが出そうになったら、すぐに、このマントラを心の中で唱えます。
あっ…間違えても、声に出して叫ばないで下さいね(笑)。大変なことになっちゃいますから、くれぐれもお気をつけて下さいませ^^;
分かりやすく申し上げますと、不調和な心は全部、偽我(サタン)と思って、その様な想いが湧いてきたら、すぐにこのマントラで一括するという訳です。その上、我神なり、我愛なり、我光なり、と思いながら、
その様な不調和な想いが湧いてきた時は、神に対しての愛と感謝が薄れていたんだなぁ…と思い、即座反省して、神様愛しています、有難うございます、と想うようにすれば愛に立ち戻れる事でありましょう。
私は、関英男先生の「洗心」も、この方法で習得致しました。
基本的に「身口意を正す」と「洗心」は、魂の磨き方という点では、ほぼ同じ教えでもありますし。
サタンとは分離意識という偽我が生み出した、実在しない不調和な心だという認識でほぼ間違いございません。イライラ、責める心、不満・嫉妬心、他人のせいにする、許さない心、等々ですね。
実在するのは、未来永劫存在する親神様(宇宙生命)の「神の愛である慈悲と愛」のみであり、その神から創造された命を、受け継いだ貴方も「慈悲と愛そのもの」だという訳なのです。
今回も長くなってしまいましたが、ご拝読して頂き本当に有難うございます♪心から感謝申し上げます。読んで下さる皆様がいるからこそブログも頑張れます。
この記事が皆様の意識を覚醒に導き、内在の神からの祝福と至福の喜びに満たされ、心の平安と安らぎを促す事をご祈念申し上げると共に、
一人でも多くの方の魂の救いに繋がりますことを望みながら、今回の締めとさせて頂きます。
第四話 八名の指導霊は語り給う
もう皆さんの目は開かれつつあります
本物が觀えつつあります
今まで偽物に取り憑かれていた、支配されていた皆さんの心が、
その本源を觀ることによって、全てを理解し、全てを知る者となるその機会を、
今ここに、皆さんに与えられています。
これを「久遠の富」と申し上げます
あなた方のこの世の富は、消え失せる富です。
永遠なるものを手にしなさい。
神のものを、全て受け継ぎなさい。
☆
大きな愛を観じなさい
自分自身が、愛そのものであることを観じなさい
その愛には、区切りもない、障壁もない、離別もない。
ただ、全て、すべての大愛そのものの象徴であり、具現であることを観じなさい。
私を観じなさい。
私とは「愛」のことです。
私とは「大調和」のことです。
もう不調和を起こしてはなりません。
もう本質から離れてはなりません。
誰も憎んではなりません。
怒ってはなりません。
悪口を言ってはなりません。
嫉妬をしてはなりません。
それが、すべて、あなたの苦悩の原因となっております。
愛の中には苦しみはありません。
苦悩はありません。
平安と安らぎがあるのみです。
我が身元に還りなさい。
愛する者共よ、還りなさい。
いまこそ愛に還りなさい。
我が元に還りなさい。
道は開かれています。
歩みなさい。
掴みなさい。
☆
このテープが、多くの人に行き渡りますように。
あなた方は、このテープを持って、多くの兄弟姉妹に広げなさい。
真実を伝導しなさい。
☆
大丈夫です。
皆さんは還れます。
必ず還れます。
それを知ることができます。
☆
軽く目を閉じてください。
自分が大愛そのものであることを観じなさい。
実感しなさい。
「自分は大愛の中におり、大愛は我が身にまします」
「神は全ての中にまします」
「万象万物は神の中におり、神は万象万物に留まり給う」
そのことを実感しなさい。
それは、全て愛であることを実感しなさい。
おお、主よ。
この者どもに貴神の愛が満たされますように。
心の扉が開かれますように。
全身に貴神が満たされますように。
ここにおる者どもは、貴神の愛を観じます。受け入れます。
今こそ、貴神をハート(胸)に着座させ給え。
☆
大愛と一体になってください。
大愛そのものになることです。
それは無限です。普遍です。
その愛を観じなさい。
その愛、そのものがあなた自身です。
愛には区別がありません。
別離がありません。
分離がありません。そのものです。
空間がありません。
年月がありません。
時間がありません。
久遠常在です。久遠常在の愛を観じなさい。
それなくして、あなた方はここに存在する事は出来ません。
愛するものよ。それを受け取りなさい。
観じなさい。
今こそ、私を受け入れなさい。
愛を受け入れなさい。
愛を受け入れる者は、私を受け入れる者です。
その愛を、はっきりとハート(胸)に開きなさい。
私と一体になりなさい。
私そのものになりなさい。
そうした時、私はあなたを通じて語り、あなたを通じて働くでしょう。
今こそ、心の扉を私に開きなさい。
☆
今まで考えてきた先入観、自己、全てを放棄しなさい。
あなた方の今まで考えてきたものに、何ひとつだって真実はありません。
古い自分を捨てなさい。
そうすることによって、
あなた方は、今、ここで生まれ変わります。
☆
父よ。
この者に光を与えてください。
あなたの光で満たしてください。
細胞一粒一粒が、神の愛で満たされています。
愛そのものです。
調和そのものですl.
神そのものです。
ここにご協力してくださいました、大いなる方々に感謝申し上げます。お力添え頂きまして感謝致します。
貴方のご加護で、なお一層あなた方の心と結ばれんことをお祈り致します。
この第四話は、八人の指導霊が私に語って頂いたものです。
ケイシーリーディングで一番深い真理の言葉
(私が一番感動して泣いている部分です……笑)
エドガーケイシーは、宗教生活についてそのもっとも美しい表現の中で、
この事を次のように語っています。
「あなたがたは心を尽くし、思いを尽くし、体を尽くして
汝の神なる主(大生命・内在の神)を愛し、隣人を汝の如く愛するのである。
このキリストの与えた言葉が法則の全てである。
それに優るものは存在しない。
主が約束されたように、あなた方は
来る日も来る日も明想し、祈りゆくうちに到来するあの目覚めによって、
主(宇宙生命)が自分の意識の中に留まられる事を知る事が出来る
(神我が中にまします・父と子は常に一体)。
あなた方はこの目的のために、
主が臨在し、その御霊(キリスト)があなた方の中に留まる
あの意識をあの自覚を讃えるために生まれてきたのである。」
知花敏彦先生の総まとめ記事第1回目
知花敏彦先生の総まとめ記事第2回目
FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪
- No
- 3914
- Date
- 2019.06.17 Mon
瞑想の最高のコツを簡潔に記載している 魂を一気に覚醒へ導く深いお話をご紹介♪瞑想(明想)とは自分が生命・神であることを想う時間♪悟空の郷様♪知花敏彦先生♪
高次元ブログ悟空の郷 瞑想は大切だけど、でも…
様から引用させて頂きました。
上江洲先生の質疑応答や、まりこさんの体験談等、
良質な覚醒へ役立つお話がご観覧頂けます♪
明想の最高のコツを簡潔に記載している
魂を一気に覚醒へ導く深いお話をご紹介
明想の極意を書いている素晴らしい記事を見つけちゃいましたので、ご紹介させて頂きます。前もご紹介した「悟空の郷」様の記事なのですが、こちらの管理人さんは、もう遙かなる境地まで到達しているそうです。
最近私も、覚醒へかなりの飛躍と遂げたのですが、そんな私よりも、きっと遥かなる高みにまで到達されている方だろうなぁって感じるぐらい…素晴らしい深い内容だと思った次第です。
私自身、こちらのブログから、高貴で光輝な波動(ダジャレ笑)を感じましたし、本物ならではの、気品がある文章を記載されていて、読んでいて心が清々しくなっちゃいました。素敵なお人柄が感じられます。こんな素敵な人間になりたいものです。
それにしても、今回思ったのが、絶対の絶対に……知花先生知ってるわぁ…って(笑)、心の底から叫びたいぐらいに思いました♪
言葉のチョイスっぷりからしましても、もう間違いないよね…っていう、確信しました。ええ、あえて言いましょう。100%知花先生の教えを知っているでしょうと。ええ、断言して言っちゃいます…100%です♪
知花先生を知らずに、ここまで書けたなら、もう覚者級のとんでもない人材でしょうね。まさに、無名の覚者みたいな♪
今回のお話に付け加えますと「父なる神と私は常に一体である」と意識するのもいいかもしれません。それともう一つ、こちらの瞑想(明想)を深めるのにより役立つのは、真理の深い理解でございます。
ぜひ真理の深い理解の為にも、下のリンク先の記事をご観覧下さいませ。
貴方の明想がもっと進化し、深い深淵なる叡智であられる真我キリスト(宇宙生命・根源・空・神)と貴方が繋がるのを、サポートしてくれる事でありましょう。
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知花敏彦先生の総まとめ記事 第1回目
知花敏彦先生の総まとめ記事 第2回目
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明想は大切だけど、でも……(悟空の郷様の記事♪)
瞑想について、お話ししてみたいと思います。
最近では、経営者やアスリートなども積極的に瞑想を取り入れている人も増えています。これはとても良い傾向だと思います。
精神世界とかスピ系の人たちは普通にやっておりますが、昔から瞑想をしても悟りを開けない人が多いのですね。
それはなぜか?
その辺も含めて、説明してみたいと思います^^
まず、瞑想という言葉の意味ですが、辞書には「目を閉じて深く静かに思いをめぐらすこと。」と書かれています。
瞑想中に、何かを見ようとしたり、啓示を受けようとする人もいますが、やめた方が良いです(^_^;) 少し違う所と繋がって、悟りから遠のいてしまいますので。厄介なのが、天上界のような雰囲気を醸し出すので、あたかも悟りを開いた感覚にされてしまうんですσ^_^;) これは勘違いですので。
軽く目を閉じて、深く静かに呼吸を繰り返し、思いをめぐらす。呼吸については、鼻から吸って口から吐く。姿勢はリラックスできれば、普通に椅子に座って瞑想しても大丈夫です。ゆったりとした呼吸でまずはリラックスしましょう。
瞑想の時間は、最初は3分程度で構いません。長くすれば良いというものでもありませんので。1度に長くするより、3分を1日のうちで何回もする方が、効果的です。その理由も後述します。
瞑想は悟りを開くためには欠かせません。特に現代人は、忙しい日々を過ごし、見えるものにしがみつき、しがみつかれてますので、そこから離れる時間を作ることが重要になってきます。
ただ、瞑想を長年やってる人でも、一向に悟りの境地に至ることはないのです。それは、「思いをめぐらす」という部分で間違ってるからです。
人間がいくら瞑想しても、人間以上にはなりません(・∀・)b
過去の記事を読まれている方は、この時点でお分かり頂けたと思います。自分のことを肉体や人間だと思ってる人は、その枠内から出れないのです。それを迷い人とも言います。
本当の自分を、まずは知る。自分が生命であり、空であり、神であると思ってる人が瞑想をするから、瞑想中にそうなるだけであって、人間は人間です。
瞑想(明想)とは、自分が生命・神であることを想う時間なのです。
ですので、瞑想の初めに、リラックスしたあと、想いをめぐらすのです。
「私は今、神の中に存在し、神は私の中に存在している。私は宇宙に無限に遍満する生命で、その生命である私が宇宙一切の万象万物を生かしている。我、生命なり。我、空なり。我、神なり」と。
フレーズはこの通りでなくても大丈夫ですからね^^ あくまでも、自分は人間だと思って瞑想をしても、何の意味もないということが言いたいだけです。無限の生命との一体感を得ることが瞑想の目的です。
世の中には色々な瞑想法が提唱されていますが、その形式にこだわるのは迷い人です。表面にとらわれ過ぎているからです。
何秒吸ってとか、蓮華座で座ってとか、手の位置はここでとか…。
どうでもいいことです。悟り人は歩いてても瞑想してますので(笑)
神であるあなたが瞑想するから神が顕現するだけということを忘れないでくださいね。
スピ系の指導者も、自分のことを人間だと思ってます。そういう人からセッションを受けたりすると、そういうエネルギーがへばり付いて、あとで取るのが大変になります。これも、他力本願な自分が引き寄せてますので、自分の責任ではありますが。
天は自ら助くるものを助く。汝の救いは汝自身なり。
すべては自力本願ということです。
自分の意識を変えなさい!とよく言われます。意識とは想いです。
自分を人間だと思うその想いを変えなさいというのが、意識を変えるという意味です。
瞑想の初めに、ゆっくりと心の中で想いをめぐらせ、今、想ってるこの意識が本当の自分で、これが生命で、空で、神なんだと。肉体はただの表現媒体なんだと。そうすると、ふわっとした感覚になります。その感覚に浸ってたら良いのですね^^
感じてる最中は、日本語が走らないようにします。
これ、雑念と言いますが、別名「やかましいシンバル」とも言います。
雑念が出てきたら、「やかましいシンバル」と優しく想ってみてください。
静かになります。
そして、眉間に意識を集中させます。眉間に集中すると、精妙なバイブレーションが起こり、それが間脳・脳幹に伝わります。脳幹にスピリチュアル性が集まってますので、眉間に集中すると良いわけです。
シンバルがジャンジャン鳴らなくなった人は、時間を延ばしていけば良いですが、最初のうちは細切れ時間を活用して、何度もやった方が良いです。
理由は、自分を人間だと思う癖があるからです。朝に一度だけ瞑想をしても、日中は人間だと嘘を付きながらずっと過ごします。これだと意味がないのです。
瞑想は、自分を生命・空・神だと想う時間ですので、神の自覚ができるまでは、何度も何度も訂正する必要があるということです。
汝、嘘付くなかれ。
自分を人間だ、肉体だと思ってる人は、皆、嘘つきです。それをやめなさいと、遥か昔から、釈迦やイエスも言われたわけです^^
神としての自覚が出来るまでは、瞑想は欠かせない習慣の1つになります。自覚ができれば、歩いてても瞑想状態でいれますので、それまでは、何度も繰り返してみると良いですよ(o^-')b
最後までお読み頂いて、感謝しております。
追伸:
神の自覚は良いのですが、周りの人に言う必要はありませんからね^^
精神科に連れていかれますので(笑)
悟空の郷様の素敵な記事へのリンクです♪
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明想は、私達が根源の世界に到達するための手段であり、目的地に辿り着くための地図、「黄金の梯子(はしご)」です。現象という結果の世界から根源という本質(愛の王国・内なる神の国)へつながる天国への梯子なのです。
また明想は真理という海底にある永久不滅の美しい宝物を探るための手段であり、本来、それ自体は決して目的ではありません。海底の宝物を探すためには息を整え、海面から垂直に潜っていく事をはじめ様々な技術が必要です。
そうした技術は指導者の元、訓練によって徐々に学習していかなければ身に付くものではありません。真理に至るためには難行苦行は必要ないとはいえ、明想によって「我、神なり」という境地、無限という根源に至るには経験や試行錯誤が必要な事も事実です。
人はともすれば肉体の感覚に振り回されがちですが、そうした偽我の殻を打ち破り、曇った膜を剥がしていくことが必要で、明想は静かな環境の中で自然体で額に光を意識して次第に深く入っていく方法がふさわしいのです。
弛緩(しかん)の中で集中という方法が明想の要諦(ようてい)といえます。明想を始める時に額に意識を集中させるのは一つには睡魔に勝つためです。
明想を続けると副交感神経が優位になり、脳波が安定してきますが、日常生活においても「静心」の状態を保つ事で不安がなくなり、物事が円滑に回ってゆくのです。
私は今でこそ短い時間で深い瞑想に入っていく事が出来、明想がある段階に達すると様々な能力を発揮出来るようになりますが、明想を始めたばかりの方、そして熟練途上にいる方は一定の境地になるまでには多少の時間がかかるものです。
明想の果実として得られる境地は文字や言葉では表現出来ないものですが、神が命として全てのものの中に生きている事を心から悟るようになり、意識の拡張が進んでゆくのです。
一人でも多くの方がその果実を得られる事を心から願っています。
明想がより深い段階になりますと、目の前の現象の因果、すなわち原因と結果の関係性が瞬時に理解できるようになり、中には肉体意識が希薄になり、
「宇宙即我」「父なる神と一体」という悟りの境地に近づく方も出てくるようになります。
そして、原因と結果の関係性を理解できるようになる事で、日常の身口意、つまり原因なるものをより正しい方向に整えていきやすくなるのです。
明想の極地とは、明想の形をとることなく瞬時にして「我神なり」の境地に達し、その状態が持続する事であり、その時、神の技が滞(とどこお)りなく発揮できるようになるのです。
明想は単に精神を集中することではなく、真理へと導く黄金の梯子(はしご)となり、さらには現実をも変えていく有力な手段となります。
このような段階になりますと、明想そのものが真理へ到達する手段というレベルを超えて、自らや周囲への癒やしに繋がり、明想することで最高のカルマ(功徳・陰徳)を積み上げていくことになるのです。
明想の目的は根源の世界との合一、融合ですが、本来は日常生活そのものも、そして明想と日々の生活の調和を図ろうとする事も広義の明想と言えるのです。
この世は様々なレベルの方々が同じ次元で生きている場であり、日々生起する出来事にいかに冷静に対処出来るかが問われています。
社会生活という荒い波動の中にあって。しっかりと根源に舵を下ろして生活する事が出来るかを日々試されていると言っても宜しいかと思います。
何度か前の人生において既に覚醒に至っていた私ですが、今生に於いても長きに渡って人知れず努力を重ねた結果、現在に至っております。
生来備わっている能力、境地にさらに磨きをかけ続けてゆく事は大切な事ではないでしょうか。
私は自ら望んで努力もしてきましたが、一般的には災いと思われることも経験してきました。災いと思われる現象にも意味があり、全ては宇宙の仕組みの中で精妙にはたらいている事を知って頂きたいと思います。
無限との合一はある意味厳しいものですが、心を尽くし、内なる神(宇宙生命・神我キリスト)との合一を目指して頂きたいと思います。
たとえ今生で本質への到達、無限との合一に至れなかったとしても、宇宙の真理に近づく努力と成果は次の段階につながる代えがたい宝となる事は、覚醒に至った私の目からはっきりと見えるのです。
神癒の真言(マントラ)
人はこの世に生を受け、時には悩み苦しみ、病を背負い立ち止まります。その時、ここに記された真言(マントラ)に触れることで悩み苦しみから脱し、癒やされるようにとの思いで綴(つづ)りました。
多忙な方、急を要する方はこの節を繰り返しお読みくださり、癒やされてゆく事を願うものです。
我 神なり。我 命なり。我 愛なり。我 光なり。
我 神なり。
真理という名の絶対法則である神は全てのものの中に生き続けます。神我一体の境地の中で霊魂体の一致がなされれば、天の実相の光が降り注ぎ、その身は黄金に輝き、内なる神性が花開いて本質を顕現させるのです。
その時、知恵の泉が開かれて、全てを天使の囁(ささや)きと聞けば、神が命として無限の力を携(たずさ)えて生きているのを悟るのです。
我 命なり
命は久遠常在永遠不滅。宇宙で失われるものは何一つとしてなく、ただ変化しているのみ。可視と不可視は表裏一体(色即是空)。
見えないもの(宇宙に遍満する大霊・大生命)こそが命をまとった本質。
一命一体、自他一体、全一体こそが不変の真理。無限の知恵、愛、光は内在する命そのものであり、全てを活かし、一瞬たりとも休まず、途切れる事はありません。命を養い、命を変えうるのは命自身、久遠の光に照らされて我神と共に歩む時、神こそ命と知るのです。
我 愛なり
愛は命、そして力。愛は生かし、結び、支え、守り癒やすもの。愛する事は愛されるよりも尊く、真実の愛は見返りを求めません。
カルマは神の愛。人は縁により出会い、※その全てを赦し、愛すことによって焼き尽くされて灰になるのです。
創造主様からのメッセージ♪から一部引用ですが……♬
一番大事なのは、愛の実践です。愛し合う事です。全てを許し合う事です。
許して下さい。許し合えたらあなたは、許されるのです。あなたが許さなければ、あなたも許されません。
まず、自分の罪を許して貰いたかったら、人々の罪を許しなさい。そしたら、自ずから、あなたの罪は許されます。あなたは、人の罪を裁きながら、あなたの罪だけを免れたいと思うのを止めなさい。
あなたが人を裁かず、怒らず、謗らず、嫉妬をしなかったら、あなたは誰からも、怒りも、裁きも受けません。全ての人の罪を、許してあげなさい。
そうすれば、あなたは全てから、許されます。私、神から許されます。
罪を犯す者を、愛しなさい。そうすれば、私もあなたを愛します。
人を愛さない者は、私も愛しません。
神から愛されたいのなら、どうか、世の隣人、全ての者を、愛さなければなりません。その愛の実践が、真の信仰、神に至る道であるという事を知りなさい。
自らを愛する事なくして全てを愛せず。久遠の愛の中にあって我愛なりと生きる時、そこには恐れも災いもなく、無限の至福の中、喜びが尽きる事はありません。
我 光なり。
光に満ちた全一体の調和の中にいて人は病むことはありません。苦は幻と知れば苦は消え去るもの。
現象は真我権限のためにあり、その中にこそ己を磨く宝があり、全ての責任は己自身にありと心に定め、身口意を正し、我神なりと命を輝かし、全てを愛し尽くした時、人は己の中に神を見、この世を照らす光となるのです。
人は、無形無相では知りえない真理と調和を学ぶため、肉体をまとってこの世に生まれてきました。今を生きる事は永遠の中に生きる事、一瞬の閃光の中に悟りへの真理があります。
病は苦から、苦は欲、無知、恐れから生じるもの。肉体船を操るのは心。行いも思いから生じ、心を正す事なくして何も変わらず。久遠常在永遠不滅の真理への気づきにより時空の扉が開かれて過去未来が変わり、病さえも消え去るのです。
無限の根源に不可能はなく、思いは権限の母。正しき思いは無限に飛び立つ美しき天使となって自らを癒しに癒し、無限向上を目指してゆくのです。
エドガー・ケイシーは常に惑星上に受肉(転生)した魂としての人間の存在が一つの目的を持つこと、その目的とは個々の魂と神との関係(全ては神ご自身・全ては一つ)を悟ることに集約される事を訴えています。
ケイシーは、神の栄光は全創造物の中に現されている(全ての全ては神の現れ・神の他には何も存在しない)のだと繰り返し語っています。
人間性の全体、体と心とが神の現れであるという明快な言い方を採るエドガー・ケイシーのリーディングを引用して、魂の論に結論を出してみましょう。
「汝の体、汝の心、汝の魂が地上での神の現れであり、他のどの魂もそうであること、汝の体は現実に生ける神の宮なることを知れ。
あなたの知る善の全て、神の全ては、他人の考えること、他人の行うことではなく、あなた自身を通して、あなた自身の中に現されているのである」
イエス様の名言♪
「我は汝らに告げる。汝の隣人を愛せよ。汝の仇(かたき)を愛し、汝らを責める者の為に祈れ。これ天(内・潜在意識の最奥)にいます汝らの父(キリスト)の子とならんため(※神我キリストへの覚醒めの為)なり。
人は異質の統一を見、不和の調和を見ます。自分とは違う人々との接触に神の光(大愛・宇宙生命・神)を観ます、その時にのみ「汝の隣人を愛せ」という戒めの真意を理解できるでしょう。
問「キリスト意識とは、心の上にかたどられ意志力による目覚めを持つ、魂と神との一体の自覚(無限・宇宙との一体感)と述べて宜しいでしょうか。」
答「その通りである。それが正しい考え方である。」
(キリスト意識に覚醒めた)人は凡人には見えない、奥にある一体と本質と調和(宇宙生命・神我キリスト)を観ます。人はただ愛するのみになります。
キリスト意識に覚醒めると、(全ては神であり自分そのものですから)憎む事はできなくなり、羨(うらや)む事もなく、悩まされもせず、拒まれもせず、挫折も、恐怖も持つ事はありません。
(悟り)人は自分自身の魂と万物を一つと観ているため、あらゆるものの中にキリスト(神我)を観ます。これが覚醒めであります。
これがキリスト意識、クリシュナ意識、神意識であり、これが天国に招かれる真の改心なのです。
愛という言葉ほど大きく誤解された言葉はないでしょう。この真意は、自分の中にも他人の中にもある愛の光(キリスト)を見つめる事にあります。
聖なる愛(大愛・宇宙エネルギー)が神から来るように、愛は個人の魂から放たれます。人が明想を通して神にその魂を同調させる時に、聖なる愛はあらゆる憎しみや嫉妬に打ち勝つ力と共に、流れ出てきます。
「汝の敵を愛せ」という言葉には何ら論理的な矛盾も心理的なパラドックスもありません。愛なる語(全ては一つの悟り)が強められれば、敵は自動的に敵は無くなるからです。
ケイシー・リーディングから……♬
「己の生命とは、すなわち神である。何となれば、汝の兄弟に為したるその事は汝の内にまします神に為したればなり。」
(貴方の兄弟のためにする事はあなたの内に内在する神にする事です)
隣人との接しを通じての神の愛は終日の作業です。我々は神がどのような形で自らを示されるかを知る由(よし)もありません。(全ては神の具現)
それはタクシーの運転手かもしれず、店員かも、学生かも、今日しかも、患者、医者かもしれません。
だからこそ、我々は荒い言葉、怒った顔を慎み、非難を愛に変えて、常に、あらゆる人との接触で(全ての全てであられる)神を崇めるのです。
求道者がこの段階に至ってなければ、聖なる愛を自ら実践することによって明想(全てに神を観る・我神なりの自覚)を続けなければなりません。
神への、我らが家(久遠のホーム)への、本源への、我らがの目標(神我顕現・神との合一)への探求は、こうして全的な働きとなります。
エドガーケイシーは、宗教生活についてそのもっとも美しい表現の中で、この事を次のように語っています。
「あなたがたは心を尽くし、思いを尽くし、体を尽くして汝の神なる主
(大生命・内在の神)を愛し、隣人を汝の如く愛するのである。
このキリストの与えた言葉が法則の全てである。
それに優るものは存在しない。
主が約束されたように、あなた方は
来る日も来る日も明想し、祈りゆくうちに到来するあの目覚めによって、
主(宇宙生命)が自分の意識の中に留まられる事を知る事が出来る
(神我が中にまします・父と子は常に一体)。
あなた方はこの目的のために、
主が臨在し、その御霊(キリスト)があなた方の中に留まるあの意識を
あの自覚を讃えるために生まれてきたのである。」
全ての全てのあってあるものの中に、神が我として実在している事を(理解して実感して、全てに神を観る状態を)「悟り」といいます。
目に映し見ている、すべてのすべてのあってあるもののに「愛を見」「愛を感じ」「愛そのもの」で対処できる己であって、そこに悟りがあること。
永久保存版♬知花敏彦さんの神我に目覚める♫瞑想の極意♪白色同胞団♪神我と自我の詳しい説明♪悟りとは何か♪ から一部抜粋ですが……♪
●自我・偽我 =表現者、原因である父なる神を忘れている状態(放蕩息子の状態)神理を知らない状態・自分の力で生きていると思って迷っている状態、肉体の己を自分と思っている我、分離感・分離意識で個別化された表現を別個の存在と認識している我・肉の感化、五感の感化を真実と錯覚している我・迷いの影、幻、幻想(マイヤー)・自己保存、自我我欲の心
●真の自己(真我)=父なる神と常に一体の境地・全一の意識・神我キリスト、全ては自分、全ては我、全ては神、全てを愛する我に目覚めた状態・神我キリストによって生かされている事を自覚して実感している我・私が生きているのではない、なるほど一つの生命である神が生きていらっしゃる、中身は全て神、全ての知恵と力は神から与えられている、神の中身は神、全ての全ては本質的には神、神のみが生きてらっしゃるんだなと悟った我・神一元・愛一元・光一元・我神なり、神は生命(霊)なり、我も生命(霊)なりの自覚・宇宙即我、我即大霊の境地、キリスト意識・高我・実在・全てを愛し全てを許す境地・慈悲と愛・あなた即私・私即あなた・宇宙エネルギー即自分・無限即我・我即実在・不変不動の絶対なる実在・普遍なる宇宙・無限者・宇宙神
上江洲義秀先生がアジナチャクラに
宝玉を描く明想を完成させたお話をご紹介
あまりにも素晴らしい内容でしたので、引用させて頂きました。ちなみに、上江洲義秀先生は、天上界から派遣された12人のキリストのお一人であられます。沖縄時代には知花敏彦先生の元で修行していた時代もあるようであります。(※知花先生のご著書・”神我顕現への道”の体験談に登場)
私自身、久々に感動したお話ですし、明想の極意がつかめちゃう地球最高級のご光話でしたので、長いめですが、もし宜しければ熟読して頂いて、悟りの極意を掴まれてみてはいかがでしょうか。
よく光話で、この世は本物が偽物のように見え、偽物が本物のように見える。ゆえに私は質問を受けました。なぜ、本物が偽物のように見えるのか、でまた偽物が本物のように見えるのかと。
偽物は皆さんの目に映し見ることもできる。しかし本物は見ることはできない。それは常に、実相と仮想という方法で表現しています。仮想世界は見ることもできる、実相世界は見ることができない。
ゆえに人間は、見えるから信じられる。見えないものは信じられない、見えるから在るんだ、見えないものは無い。そのように錯覚をしているがゆえに、私はこういう表現をします。
本物は偽物のように見え、偽物が本物のように見えるゆえに、この現象の世界で悟りいこうとすることの難しさ。だからこそ明想をとおして、見えないものを見よと、見えないものが真実だよと、常にそう説きます。見えているものなんて、常に常に在るものではありません。
この世は無常なり。この世は無常世界。あるいは影・幻、幻影の世界。その無いものに在るという錯覚で皆さんは、踊り踊らされていること。しかしけしてまた、この見える世界を粗末にしなさいではありません。また、ゴミ箱に塵ごみを捨てるように捨てなさい、という意味でもありません。そこは、皆さんがちゃんと理解してもらいたい。
ゆえに、この見える物質肉体をもって、我々はこの地球という大舞台で、宇宙という大舞台で、愛を、神の絶対実在として演ずるために与えられた世界。だから粗末にしてはならない、無視してもならない。しかし、本物と偽物は識別し行かねばなりません。
肉体がどんなに在ると言ったって無いもの。皆さんがまず少しでも、深い明想状態を体験した者ならばわかるでしょう。我、肉体にあらず、我、心にあらず、我、感情や五感や理性にあらず。
なんと言いましょうか。見ることもできない、不可視の無限の、それは言い方は神でもいいし、命でもいいし、宇宙真理でもいいし、意識でもいい。我無限の意識そのものであったと、そのように皆さん言いきるときが来るであろうと。
もちろん皆さんが今の今にでも深い明想状態を体験したならば、肉体なんて真実ではなかった。肉体は、ただ表現するために一転生人生の乗り船であって、真実本物ではなかった。誰もそう言うことでしょう。だからこそ人間意識、肉体意識、個人意識なんて、どこにも存在しない。
あるならば唯一ひとつ、神性意識。ゆえに神一元、神は無限なり、神は完全なりと言いきります。一元なるゆえに。
千葉で潜在意識、顕在意識、表面意識、いろんな意識がある。どの意識で生きればいいのか、どの意識なのかと言われました。なぜ私が一元を説いているのか、と。そこに顕在意識だ、あるいは表面意識だ、意識、意識があるならば、私は一元なんて説くことはできません。なぜ一元なのか。一つしかないから一元です。一つしかないから無限です。一つしかないから完全なんです。
皆さんが二つを見るから、健康も見る、病気も見る。悟りも見れば迷いも見る。善も見れば悪も見る。しかし皆さんが、一元と言うならば、なにが見えましょうか。神の完全意識のみが実在、つまり神性意識。表面意識、そういう意識なるものはどこにも存在しません。
ただ説くために、このマーヤの持つ二元のこの世界で、一元に導いていくために説くことは、例えば見えるこの物質という形なるものを、三次元と説くのもいましょう。で、溶けて水となった状態を二次元と説くのもいるでしょう。
氷から水、水からまた気体という根源に帰ったことを、一元と説くのもいましょう。しかしそれは、すべて一元の中の現れであって、分離して、一元二次元三次元があるでもないし、分離して個体・液体・気体があるでもない。
すべて、無限という根源の中のこと。
だから皆さんは初めから、二面性三面性四面性に振り回されることなく、即一元というものを理解してもらいたい。今から皆さんは、難行苦行・滝行・断食して神になろう、神になりたいではなく、我すでに、、
なにを明想しましょうか。今から神になりたい。神よ、神よ、神に、と皆さん明想するのか。我すでに神なり。我すでに愛なり。我すでに無限なり。なろうでは分離であり、また溝を深くするということを知ってもらいたい。
一体であるならば、我すでに神なり。我すでに真理なり。我すでに無限なり。皆さんが、この二面性を持つマーヤの世界から解脱したとき、皆さんは神一元ということを知るだろうと。例えばこの肉体にどんな病を背負っていても、我完全なりと言いきるときが来るだろうと。
常に完全です。過去において、今において、未来永劫に完全そのもの。ただ皆さんが、ここはどうしても神が形を持って現れるには、バランス。プラスとマイナスの。だからこの現象の世界は、女性がいれば男性がいる。雄がいれば雌がある。で、雌しべがあれば雄しべがある。陰石があれば陽石がある。
しかし実相という、、実相、根源の世界は一元。プラスマイナスが分離してあるでもない。即一元。だからプラスでもなければマイナスでもない。そこを皆さん自身が今日の今日、これが理解できるのであれば、今日の明想で、すばらしい明想をとらえることができるであろうと。
二元は存在しません。ただこの現象の世界に現れるには、どうしてもプラスマイナスという調和、バランス、それで一体を教えるためにそうしていることであって、本来は一つです。じゃぁ、プラス電気だけで明かりを灯すことはできない。マイナス電気のみでも明かりを灯すことはできない。プラスとマイナスは分離して存在でもなく、一体としてあるがゆえに、電気、光を灯すこともできる。
このように我々が、全一体、その一元一体その中に入ったときには、女性もいなければ男性もいない。女性も感じなければ、男性も感じない。私がそれを何歳で説いたのか。幼稚園で私それを説きました。
しかし沖縄に帰って来ても、どうしてもその、今、耳に聞かされていることが納得できない。女性もいれば男性もいる、人間は死んでいく。もうそれが納得いかない。そこからまた、追求、追求したときに、どこに。私が小学校のときから、2、3歳で全く意識そのもので感じていたとおり、見ていたとおりの世界ではないのかと、戻っただけ。
だからあなた方も、肉体というその観念づけた自分を、我は命であり、神であり、無限の意識であると、戻すだけ。それがなかなか難しいこと。だからこそ明想してほしい、明想しろと言います。なぜならば、どうしてもこの肉の目で見ているかぎりは、見ているものを皆さん在ると錯覚をしがち。また耳になにかを聞けば皆さんは、在ると錯覚をする。
例えばここで皆さん。皆さんはこの形は見ていません。ここに居て、中で、外側で犬が吠えている。かならず皆さんはそれを、様々な思考を様々な観念で描こうとします。今の声の質からして、この犬は大きいものか、あるいは子犬なのか、だいたい中間にいるのか。
で、そのように皆さんは観念づけてそう考えようとします、今吠えている犬を。で、どういうタイプなのか、どういう種類なのか考えようとします。もうこの現象という結果に振り振り回されている姿。
私には、ここでどんなに犬が吠えているその声を聞いても、私がそこそのものに完全に意識を持っていかぬかぎりは、聞いて聞かず、もうそこに耳には聞こえていても、それそのものを追いかけることもない、振り回されることもない。ゆえに私の思考は、この現象という結果なる偽我の思考が止まるがゆえに、常に内なる神の直感、神の思考が入り来ること。
あの法玉明想の大切さを皆さん、知ってもらいたい。あれは、ただただ、ここに法玉明想で、、最初は、どうしてもインドで明想を学んだ友達や知り合いが、どうしても睡魔に負ける、どうしても雑念に妨げられて、なかなか明想に入れない。
あの明想の達人のいるインドで学んで来たにしても、偉大な聖人から学んで来たにしても、向こうではその波動を受けて、いい明想ができたかもしれない。で、明想に入れたかもしれない。
しかし、沖縄、日本に帰って来ては、どうしてもその明想ができない。睡魔には妨げられ負け、雑念には妨げられて明想に入れない。いい明想をする方法はないのかと、もう沖縄の当時から私は言われておりました。
しかし、自分自身も完璧に明想はこなしてないし、努力に努力を積み重ねている当時ですから、いつか必ず、絶対にたやすく明想ができるように、私は必ず見出してあげるからで約束していたのです。その友達みんな離れていること、今。もったえない。
そのように自分自身はこのチャクラでも、7つのチャクラの、、明想もインドで学んで来た方々も様々。サハスラーラチャクラに意識を向けた方がいい、アジナがいい、甲状腺の方がいい、ハートチャクラがいい、あるいはまた性腺、その丹田がいい、様々でした、聞けば。
で、私もそれを第1のチャクラに集中して、何年も。で、それが終わって、また第2のチャクラに集中して、何年。そういうふうに一つ一つのチャクラを探ってきて、最高な明想に入れたのが、このアジナチャクラを見出したとき。
あの北海道で、セミナー終えてホテルにチェックインして明想し出したときに、そこそのものをはっきり見せつけられたこと。そこに、まず我々は、なぜそこに玉を描かし、それが白光輝いているイメージを持たすのか。
どうしても我々は、、もちろん友達や知り合いはインドでは、ただマントラだけで明想することを教わってきました。我は神なり、我、光なり、我は愛なり。それでマントラで明想するけど、どうしても睡魔に負けて明想にならない。どうすれば睡魔に打ち勝つことができるか、あるいはまた雑念に妨げられずにできるか。
そのときに、皆さんが法玉。法玉とはいつも説明しているとおり、さっきも無形無双の原因なき原因に、便利いいように神と名前をつけた。仏と名前をつけた。あるいは宇宙真理、無限の意識といいように適当に、皆さんにいいアドバイスができるように導けるように、適当に名前をつけた。で、私はそれになんとつけたのか。法玉と名づけました。
この大宇宙、地球、動物、鉱物、植物、微生物まで、すべてを創造し、完全なる愛の法則によって生かされています。狂いがあるならば、神は完全とは言えません。一点狂いなき、神の完全なる愛の法則によって、この宇宙の秩序すべてが保たれています。
もうそれも、小学校のときから、幼稚園のときから、なぜ空を見ればそこに数えられないほどの群れるその星で、なぜ星と星がぶつかり合うこともなく、地球になにかの惑星や星がぶつかって来ることもなく、なぜこの秩序正しく、この運行されているその智慧、力、愛、光は、どこにあるのだろう、それを私は追求しました。もう2、3才のときからは。
なにがそうしているんだろう。まぁ、そのときに答えを見出したのではない。明想ができるようになって、完全なる一点の狂いのない愛の法則によって、ここが保たれていることを知りました。宇宙が。
ならば、この世的なものだけど、ここに5名の子供が学校へ通学するか、あるいは行き帰る。で、そこに通り魔事件とかなんとか言われて、(まぁどこから来たか、ここから来たのか、ここから来たのかわからないけど、ここから来ているならば一番近いのはここ。で、ここから来たならば一番近いのはここ。にもかかわらず、)この者が刺されて死んで、殺された。
で、その子を持っている親ならば、偶然だとか、あの人が悪い、この者が悪いという生き方をします。そのようにしか見えないから。じゃ、この者の過去幾転生という人生のすべてが見えるのかと。そこにはそうあるべき、一点の狂いなき法則が働いたこと。
まぁ、もちろん理解できる皆さんの前ではその講話もできるけれど、理解のできない親の前で話すならば、とんでもないことが起こることは私は知っています。とんでもないこと。だから見えていても、知っていても、でわかるすべては明かせない、語れない部分があるというのはその意味です。ここまでは理解できる皆さんだから明かせる。
しかし、じゃ本当にこういうことがあっていいのか。私はそれを望んでいることではありません。神の完全なる法則の中にすべてが完全として、この法則を生きることができるならば、そのようなことが在り得るはずはない、本来は。ただ偽我として、偽我とは偽りの自分。偽りの自分が自分として、一人一人が生きるゆえに、こういう現象が起こるだけ。
で、じゃぁ私は今生なぜ肉体を持ったのか。そういう間違ったことをすべて正させるために、二度と再び殺したから殺される、殺されたから殺し返す、そういうことではなく、絶対愛で、すべてが赦し合って、すべての過去のすべてのこのネガティブ、破壊的な面、いたらない所、思い癖、悪習、すべてを超越さえるために、今、私はここに肉体を持っています。
で、その状態で一点の狂いのない神の愛の法則に司って、すべてが顕現されているこの世界を、私は神の愛の法則に司って、すべてを生かしていることを、宝の玉つけて法玉明想。で私が法玉というのは、なにを意味するのか。神なり、なんです。
この無形無双の原因なき原因に、他の宗教は神だ仏だ、様々な名前をつけて呼び合ったかも知れない。私は法玉と名前をつけました。だから私が法玉明想というならば、我が神であることを明想するという意味なんです。今から神になろうでもない、今からなにになろうでもない。我すでに神なり、というそれそのものの明想を、法玉と私は名前をつけました。
で、その法玉の明想。あえて皆さん自身に描かす必要もない、本当に皆さんがそのアジナチャクラにしっかりと意識を集中して明想ができるならば、睡魔に負けずに、また雑念に妨げられずに明想ができるならば、そこまでそうする必要もない。このアジナにしっかりと集中できれば。
しかし、なかなか難しい。そこに皆さんに法玉、で、その玉を描いて白光輝いているイメージを持たすならば、それを描こうとする力が働くから、皆さんは睡魔にも負けない、なかなか。で、雑念にも妨げられずに明想ができる。そのために法玉を描きながら、我すでに神なり、我すでに愛なり、我すでに命なり、と明想してほしいと私は常にアドバイスしています。
で、そこにもう一つまたそこに、この白光輝く法玉、その玉を描いているというには意味があります。私がそれは中国の上海で見せられました。
人間の脳の中には、まぁそれは象徴に見せられましたけれど、二つのパイプがあります。人間の中に、噴水で湧き上がってくるように。で、その二つのパイプで、今、人間の脳からは、どういうそのパイプから、なにが出てくるのか。
幾転生という人生の過程の中で、体験・経験したこと、また間違った常識を常識として観念づけてきたもの。間違ったまた神を描いてきた自分。それを観念・概念がすべて皆さんが明想しようとしたときに、湧き出てくることを雑念と言っています。
あぁでもない、こうでもない、あれが正しい、これが悪い、様々なものが浮き上がってくること。あるいは怒り、嫉妬、赦せない、様々なそのものが観念として、これ一つのパイプから噴水のように湧き上がってきます。
だから観念・概念が雑念として湧き出てくるときは、神の思考が現れるパイプなんて沈んでいます、そこで。だから、一度に二人の主人を持つことはできぬと言われて、、
あなた方が肉体を我として生きているかぎりは、これを偽我と言いますから、偽我が働いているかぎりは肉意識。この偽我が働いているかぎりは、どうしても神は沈黙を守っています、皆さんの内で。で、逆にまた神が現れたら、偽我は消える。偽我は沈黙を守ります。
そのように、で、この偽我の思考が雑念として湧き出てくるかぎり、神の思考・インスピレーション・メッセージは皆さんが受け取ることもできない、働かし得ない。だからもう偽我ドン底で悩んだり苦しんだり、もがきあがくこと他にない。
しかしそこに皆さんが、しっかりと宝の玉を描いて白光輝いているというならば、なんなのか。光なんです。光は闇知らず、すべてを包み、すべてを浄化させ、すべてを打ち消します。だからそこに法玉いう完璧にそれを置いているなら、ここから雑念が湧き出ても沈めてくれるの、あなた方が無理せずに、力与えずに。
皆さんが消そう消そうは、いっそう力を与えます。あの私が沖縄の今帰仁の、そこで蜘蛛から教わったように、力与えて皆さんは対立します、常に。戦争もそのとおり。武器を向けて戦い合わなければ、戦争は沈みます。戦わぬ相手と、どうして戦いようがありましょうか。戦えるはずはない。
そのときにこれが、すべて調和されたときには、神の思考が働きます。もう神の創造、神の思考、神のすべてが。そこにして皆さんは、我は神なり、我神なるがゆえに、無限の智慧、無限の力、無限の愛、光の泉、宝庫、我が内に在りを体験するであろうと。
純子さんが一度どこで明想していたときか。深くそこに潜ったときに、もう我が内を見たときには、もうそこにいつでも使える無限の智慧の泉は準備されている、いつでも使い出せる、というその体験をしたと言います。これはまさに私が説いていること、そのもの。それを皆さん自身が、、
じゃ、どこに集中するのか。私が何年も何年もそのように、一つ一つのチャクラを努力し、一つ一つを体験したかぎり、アジナチャクラの方だったの。北海道で教えられたのも見せられたのも、アジナチャクラ。
それは私が、ただ自分の勝手でそうしたのではなく、また私の大好きなクリヤヨーガを説いている、その聖人の方々に、私の明想の中に意識で現れ来たときに「あなた方が今の今、ここに至るまでに、7つのチャクラ、あっちがいい、こっちがいいと教え説く者がいるけど、どこを集中したのか」で、フランスで2回、あのイエスキリストが現れたときもそのとおり。どこ。完璧にアジナチャクラ、一致していました。
私が何十年かけて探ってきた、そのアジナチャクラ。で、またそのクリヤヨーガを教え説いているババジはじめ、今まではヨガナンダか、まぁ、もっと上ならクリシュナ、で、イエスキリスト含めて、すべて今まで集中して努力してきたのはアジナチャクラ。間違いないって、私はそれを完璧にとらえたときに、法玉明想をこの世に出しました。
今回のノルウェーでも、あの若い男性が、明想、もう二十何年、三十何年、努力に努力を積み重ねてきたけれど、なんの手応えもない、いまだかつて明想のメの字もわからないと言われました。初日です。ただ初日で法玉明想をアドバイスしたならば、完璧に明想に手応えを感じましたと、もうこの明想ならば私はやれる、もう自信を持って言えると言われます。
皆さん自身がそれは、やるかやらないかは、あなた方次第。私は必ずしもその明想をやれという権利は与えられていません、皆さんを縛る権利も、強制する権利も。本当に皆さん自身が、この無形無双である原因なき原因という、その実相をそれを我としてつかむためには、どうしても明想が必要です。明想を通さずにして、いまだかつて神に至った人間はいないというほど、明想は大事なこと。
だからインドの聖人の方々は、明想・内観・臆念・坐禅・禅とかで、それでもってすべてを解決してきたではないでしょうか。見える自分から見えない自分へと。じゃぁ、その方々は特別な存在なのか、特別に特別な能力を与えられた方々なのか。
神は人の上に人を造らず。神は人の下に人を造らず。それはあなた方が、意志と勇気と忍耐と努力をもって、正しいその方向に進むことができるならば、誰しも完成に至るということを知らねばなりません。もし特別な人間にしか、その実相に入ることができぬと言うならば、私は全世界を、このように時間かけて、その飛行機代を費やして説く意味なんてありません。
しかし、真実、普遍、不滅、無限の宝物は、あなた方の中に内在していることを私は見ることができるゆえに、感ずることができるゆえに、努力すればあなた方そのものだよと、そう説くことができるではないでしょうか。
どこかの宗教に行って買うことしかできぬならば、私は皆さんの前に立って説く必要はありません。どこの宗教に行って買って来い、いくらするから買って来い、私はそう言うだろうと。
しかし、あなた方の少しの努力で、それは一人一人その努力という少しも大きいも違いはありましょうけど、私の努力というならば、もう皆さんが想像はできません。命を懸けます。命を懸けるがゆえに、私はそれを手にすることができます。
まさか、今日から明想大事だよと言われていながら、ちょっと今日は働き疲れたから、動いて少し疲れたから、明日にしよう。私はなんと言うのか。明日はない。
じゃぁ皆さん、今日肉体を脱いでみてください。もちろん命にしては、永遠不滅。昨日でもない、今日でもない、明日でもない、永遠なるものです。しかし肉体を持ったあなた方には、完全に悟りに至るまでは、皆さんは昨日、今日、明日ではなく、もうこの一瞬というこの実在を理解してもらいたい。
だから明日からしよう、私はないと言います。今日肉体を脱いだら、明日はあるのかって。もうなにをもって明想するのかと、肉体外せば。だからこそ我々は、肉体修理のために、ここに生きているのでもない。おいしいものを食べて満足するために生きているものでもない。この世の酒に酔って満足するためでもない。肉の快楽に溺れ生きるためでもない。しっかりとこの瞬間が神であることを実感、実際に感じ生きるために、今があるということを理解してもらいたい。
だから今日のこの瞬間というこの瞬間に、皆さんは、すべてがあるということを知ってもらいたい。智慧も力も、愛も光も、無限の宝は昨日にでもなく明日にでもなく、この一瞬というこの瞬間にすべてがあるということを理解し、この瞬間をけして無駄な浪費するあなた方であってはならない。
今日もちろん皆さんは、仕事を捨てて明想をしなさいという意味でもない。なぜなら明想は、生活そのものが明想とも私は言います。あえて何時間、何十時間もただ目を閉じて座っているだけが明想ではなく、目を閉じているときは我、神なり、我すでに神なり。目を開いて仕事をしているとき、食事をしているとき、友達とまた語り合っているときが人間意識ならば個人意識ならば、なんの価値もない。24時間四六時中、神意識でありなさい、明想状態。
そこに至れば、座る必要もない。座ればなぜ。我々はどうしても目で、目を開いて見ているものに支配されて、在る居ると錯覚におちいっていきます。見えるものがすべてだ、見えないものなんて、見えないがゆえにいない、ない、感じない。しかし見えないものこそが本物。
その見えないものを観るためには感ずるためには、どうしても我々は沈黙を守って、その深い意識状態の中に潜らなければならない、深いその境地に。そのために座るということを皆さんは今、努力していること。
どうしても目を開いて映し見ているものが在る、居る、錯覚します。また耳に聞こえればどうしても皆さんはそこを、あの犬は大きいのか子犬なのか、あるいはちょうど中間にいるものか、あるいはどういう種類なのか、皆さんそこにいきます。
しかし皆さんは本当の明想状態の中にあれば、見ていて支配されない、もう聞こえていて支配されることもない。これを私は「悪の中にいて悪に汚れない自分、闇に染まらない自分」という表現をしています。
ただ皆さん自身が、観念概念で描いている、あの人間の悪いことをしている悪だとかそういうものではありません。あなた方を妨げて、深く深く真のこの自分の中に融合しようとするあなた方を妨げているそのものを、私は悪と闇と例えで説いてていることも理解してもらいたい。
例えば皆さんが今、しっかりと深く深く明想をしようとしているにもかかわらず、皆さんが犬の鳴き声に妨げられて明想ができぬと言うならば、妨げられたあなた方ではないでしょうか。また見ているものが、もうここでせっかくいい明想をしようとしているにも、美しい女性が、世界一のあの美人の女性がそこを通れば、あぁすばらしい美しい、この女性と友達にでもなれれば、恋人にでもなれれば、妨げられているではないでしょうか。
だからある聖人に、あのヨガナンダが教わってこう言われたといいます。「女性は地獄への門」。なぜあの聖人は「女性は地獄への門」と説いたんだろうと、あのヨガナンダがあの教え説いているこの偉大な先生に聞きました、この師に聞きました。あの聖人はなぜ「女性は地獄への門」と説いたんだろうと。
「あの聖人は常にいいところいいところまで、意識を高めてきているにもかかわらず、最後の最後で常に女性に妨げられて常に落ちたんだろう」と。「それで女性は地獄への門と説いたのだろう」と。
それは自分の弱さ、自分のこの至らなさ。だから私ならばこう言うといいます。その聖人は教えるために、そう言ったかも知れないけれど、なにものにも妨げられずに根源を悟りなさいと訴えでそう言われたかも知れないけれど、例えばこの悟りには無限ですから、、
常に私は100という数字を例えます。この無限の神を悟るのに、100の数字、その100%そのものの中に融合しないかぎり悟りはないとして、私が99%は完璧にそこに自分を高めた。99、もうここまで命を懸けて、99もう完成に、あと1%で完成に至るまでの99を私は仕上げた。
その残りの1%、完璧に入りきってないがゆえに、残りの1%で金の誘惑で私がドン底に落ちたか、女性の誘惑に負けてドン底に落ちたか、あるいは地位・名誉の権力、そういう私そのものの誘惑に私が落ちたとするならば、今まで落ちた人間を私は見てきたかぎり、そこまで99は至らないにしても、50であっても40であっても、すべて私が見てきたかぎりは、すべて女性で落ちたものは女性が悪かった、あの女性の誘惑を受けて。金に落ちた者は金の、地位・名誉・権力に落ちた者はそう言います。
しかし私ならばどう言うのか。私は誰のせいでもない。自分が100%入りきれていなかった私の至らなさを責めるであろうと。誰のせいなのか。私が100%完璧であったならば、女性の誘惑で落ちることがあるでしょうか。あるいは金や富やその地位・名誉・権力の誘惑で落ちることがあるでしょうか。
それを理解しない者は常に不平不満。相手のせい、この者のせい、そのように常にネガティブな方向に、常に自分自身を落としていきます。100%皆さん自身が、この命がけで、もちろん仕事を捨ててそうしなさいという意味ではありません。生活の中で常にアジナの方に神を意識し、「我と神とは一体なり」。
今までお母さんが「だんなさん、子供たちのために食事を作ったんだ」「洗濯をしてあげたんだ」「掃除したんだ」という思いを切り替えて、この手足を使って神というだんなさんのために、神という息子・娘のために子供たちのために、顕現したのは内在の神なりと。内在の神こそがすべてのこと為し得たんだと、そういう思いに切り替えれば、これも明想ではないでしょうか。
明想は、山や洞窟にこもって肉体が朽ち果てるまで目を閉じていることが明想ではないんだと。明想は、この一瞬一瞬の中に在るということを知ってもらいたい。なぜ私があまり座ろうとしないのか。なぜならば、ここに立って目を見開いていても、あなた方を女性として男性として肉的なあなた方を見て、あなた方と言ってましょうか。すべては美しき天使たち。無限に飛び立つ美しき天使たち。
本質根源である、女性男性を超えた、女性でもなければ男性でもない、ただこのまとった衣装の背後に実在する我、神なり、あなた方も神なり、すべて神なり。一命一体、自他一体、全一体という根源なるそのものからあなた方を見て、あなた、あなた方と説いていることを知らねばなりません。
目を閉じることは、その根源そのものが寝ても覚めても、まぁ今日の一日が24時間ならば、それは無限ですから24時間、それは限定することはできません。ただ今日の一日、皆さん一日一日を生きているというから24時間。
24時間四六時中、皆さんが「我、神なり。すべては神なり。我、愛なり。すべては愛なり」その境地ならば、あえてもうここに座り込んでする必要もない。そのままにしてすべてに神が見えるならば。
しかし我々は、我が神であり、すべてが神であることを見るために、我が神であり、すべてが神であることを感じ実感するために、我々はこの雑念をすべて克服しないといけない。眠魔に打ち勝たないといけない。
よく雑念が出れば明想を止めた方がいいのかという方がいます。雑念が出てくるたびに明想を止めたんじゃ、死ぬまで雑念が湧き出てくる。じゃ、いついい明想に入るのかと。それは克服しなければならないこと。だからこそ、ここに法玉というそれを描いて、皆さんが明想することに雑念が湧き出てきたときには、すべてそれが浄化してくれるだろうと。
それは私がこれをもっと大きく例えるならば、こういうふうに。中国かどこかの体験。沖縄でもいろんな所で、体験は何回もありましょうけど、例えば、ニューヨークでもそうでした。ちょうどもう、どうしてもどうしてもあの9月の11日。あの事件、あの事故、あの状態が近づけば、やっぱり家族を失った者、友達を失った者は、どうしてもそれを思い出します。根元にそれが潜んでいるかぎりは。
いつもなんでもなかったにもかかわらず、そこに9月の11日に近づくにつれて、もう憎しみ、怒り、恐怖、湧き出て参ります。そのときちょうど、あの11日の朝だったのか、我々が皆さんが早く会場に集まって明想をしだしたときに、ちょうど真っ黒い雲がニューヨークの上空を覆っているように、もうあのマンガで描かれているように、そういう現象が起こっておりました。
しかしもう心ある方が、もちろん日本でも明想しています。で、その会場に集まって明想しだしたときに、先ほども岩波さんが言われたように
「ここで放たれた愛の波動が、愛のエネルギー、愛のバイブレーションが、神の御心によって必要なところに使われますように」と、
あるいは使われたというそういう状態が、一人一人の肉体を伝導体として放った愛の波動が、全部浄化していく姿。私も完璧にとらえて、あと5、6名の向こうから参加している方々もとらえておりました。まったく同じこと。
このように、このネガティブや消極、破壊的なその波動の満ち満ちている今の状態を、なにでもって浄化することができるのか。掃除機で皆さんが部屋のゴミを吸いこんで掃除できるように、そのようにできればもうたやすいこと、簡単。私、そういう機械を作ろうかなと思っている、今。そうすれば私は世界一の金持ちになるだろうと。
あなた方のネガティブ、消極、破壊的なものが潜んでいる、そこに観念概念、あるいはまた皆さんの怒り、ねたみ、また嫉妬、機械を突っ込んで、すぐ私が全部吸い込ます。もう即、悟り、皆さん。これはもう私が世界一の金持ちになる方法でもあり、また皆さんを即、悟りに導ける方法でもあるから、今日の夜から明想してそれを考えてみよう。そのように皆さんが部屋のゴミを掃除機で吸い込ますように、この世の機械や道具や物をもってして、この地球が平和になるならば、たやすいこと。
これはあなた方の一点の曇りなき、汚れなき、その美しい心から放つ愛の波動で以外には、けしてこの地球を覆っているネガティブな波動、あるいは日本というこの国を覆っているその波動、あるいはアメリカやヨーロッパ、中国そこを覆っている波動の浄化はありえないということを知ってもらいたい。
だからこそ私は常に、肉体は愛の伝導体と説くではないでしょうか。しかし今の人間はどうなのか。愛の伝導体どころか、あなた方は美しい世界を創ろうとするのに、また理解できない者は、真理を学ばない者は、言いたい放題、思いたい放題、やりたい放題で、またそこに破壊的な波動で、また積み重ねていくこと。
だからあなた方と、、警察と悪い人間と追いかけっこしているように、もう最高の鍵を作れば壊す者がいる。また最高の鍵を作ろうとすれば、またそれを壊す者がいる。もう常に常に追いかけっこ。
だから一人でも多くの者が、、例えば10名のうちで、ネガティブなものを放つ者が10名、愛を放つ者も10名いるとして、愛の波動を放つ者が1人、で、ネガティブなものを放つ者が9名よりは、1人増えて2人増えて、5あたり来れば、半分半分位に来れば、最高に調和されていくだろうと。まぁ私は、3分の1とも言います。
本来は1人で簡単なこと。しかしなぜ一人でしないのか。全体そろって、全体が完全でなければ神は完全ではないゆえに、全体を望んでいます。地水火風空を動かすことなんて、普遍意識、無限意識、宇宙意識、意識そのものは、たやすく動かします。
昨日は、私はこれはめったにしたことのない。昨日、ちょうど宝塚に走るときです。もう小林さんのハンドル握るその車は、もうワイパーでも間に合わないほどの大雨。で、私はすぐにそこに沈黙を守って、そこに入りました。もうこれじゃ、我々せっかく朝5時に出たにもかかわらず、雨で事故ったり、雨で妨げられて時間遅れるならば、早く出て来たその意味もなければ価値もない。「今の雨よ、止め」と私が一瞬思った瞬間、カンと太陽が出ました。
はたして昨日、居って行った何名が自覚したのか。即、私が沈黙を守ってその意識の中に入ったならば、あれほど降って降って降りまくっている、あのワイパーでも間に合わせない雨が、すぐ太陽でカンと照りつけました。地水火風空は、このように皆さん自身が実相という根源に、そのものならば簡単なこと。
しかし、じゃ私が世界を、私が日本を、すべてそうあっていいのか。皆さんはなんのために。皆さん自身が自らを高めて、皆さん自身が神である境地に至らないかぎり、なんの価値もない。だから一人一人が共に手を取り合って、共に助け合いいたわり思いやりを持って、とそういう私は表現するのはその意味であること。
誰一人欠けることなく、誰一人落ちることなく、共に今生、手を取り合って実相という根源の中に、そこに至ってもらいたい。それが私の最高な欲望といいます。これが最高な希望といいます。
そうでなければ、あえて肉体を持つ必要もない状態にあるならば、そこにこの衣装という肉体をまとって、非難受けながら、非難され様々な悪しき表現で障害で、様々な状態を体験経験しながら、ここに肉体を置く必要があるでしょうか。
それをも超えた絶対なる無限の愛を見ているがゆえに、障害も障害として感ずることもない、妨げも妨げとして感ずることもない、非難も批判もそれそのものに、なんのあれもなく、愛そのものとしてここに立ち、すべてをそこに顕現できるということを知らねばなりません。
だからこそ私は、あの、もうこれからやがて青々としたその稲穂は、やがて実を付けていくだろう。あの秋になったら黄金の色を付け、実の入った稲穂ほど頭を垂れて。沖縄でもそういう教え。「実の入った稲穂ほど頭を垂れる」。それを私は、大いなる者は仕えるものとなりなさい。大いなる者は、すべてのしもべとなって仕える者となりなさいと。
あなた方も、もう我と神とは一体なりという境地、我は全体であり、全体は我なり、一命一体、自他一体、全一体という境地に入ったならば、居ても立ってもおれなく皆さんは、少しでも少しでも、もうその境地から霊的な面で見るならば、皆さんは我が子と見るでしょう。で、肉体を我に置いて子を見るならば、我のすべて兄弟姉妹と見ることでしょう。
すべての我が子たちのために、少しでも愛という愛で成長させていきたい、という思いがこんこんと湧き出て来るであろうと。
もうそこに自分のために、自分とは偽我の自分です。真我なる自分ならばいいけれど、偽我の自分のために生きようではない。少しの時間でも我が子たちのために、使い生きよう、この肉体伝導体です。この肉体伝導体を使い生きよう。
だから個人主義と利己主義とは、あるいは非利己主義とは即、わかること。利己主義は常に個人事で生きています。自分さえ良ければいい、なんでも自分、自分、自分事。しかし非利己主義はどうなのか。
自分の肉体を破壊してでも、自分の肉体を朽ち果てても、兄弟姉妹のために、我が子たちのために働きたい。そういう境地に入っていきます。だから誰かに言われなくても、自分自身は一番はっきりわかること。常に利己主義で生きているのか、非利己主義で生きているかは、はっきりわかります。
だからこそ聖人の方々は、病気をする必要もないにもかかわらず、もうある程度成熟した、ある程度成長したあの弟子たちのカルマを背負って、それも相手が努力してそこまで至った結果です。
もちろん、100%汚れを付けている者は自分で努力しなければならない。99%完璧に磨き上げて、あと1点でという状態を、よくそういう状態で聖人は、すべて我が身に相手の汚れ、曇り、あるいはカルマを受けて自分自身が肉体を破壊する者もいましょう。
これは私は沖縄で、体験した体験もあります。相手のこの脳腫瘍、何名かの脳腫瘍を受けて、もし私自身がそれを浄化する愛の力がなかったならば、私こそが死んでいただろうと。それを私が誰から教わることもなく、教えられることもなく聞いたこともなく、それをやっていたことを私はびっくりしました。
後にそういうテープを聞かされたときに、聖人とて生涯で1回や2回をやるかということが訴えられておりました。もしその浄化する、この神の能力、神の愛という力を持ってないならば、その者がもう死んでいく他にないんだと。それを沖縄で、誰から教えられることもなく、本や書物を読むことなく、自然にそれを私が体験していたことを私はびっくりします、2、3名。あるいはまた相手の憑依を受けて自分自身が浄化して吐き出した体験もあります。一様にそういうことは、すべて体験経験をこなさせてられること。
これは、私がその特別な能力を持ったからでもない。私はあなた方より、一原子もなにも高い者でもない。神において我々は、ただ一つです。一体です。神は人の上に人を造らず、神は人の下に人を造らず、根源においては全く同一。
ともに我々は、あの岩波さんが先ほども言われたように、私はできぬできぬでは永遠にできません。私はできる。私は今、即、完全である。自信を持って皆さんがそれを語れるあなた方でなければ、どうしてそこに至れましょうか。私、病人です、私は無知です、私は無力です、私、迷い人です。どうしていつ到達しましょうか。あなた方はそのように、我、完全なりと自信を持ってその答えを出せば、それは完全でなければいけないから、すべてが正されていきます。
あやふやでは正されません。そこに断言して言いきることです。我と神とは一体なり、神が完全であるがごとく、我、完全なり。あやふやでどうしてそれが確立しましょうか。あやふやは、皆さん、一度に二人の主人は持つことできぬというのもその意味。
金儲けもしたい、真理も完璧にとらえたい、私はそれは仕事を捨てなさいという意味ではありません。集中するときには、どこに集中しないとならないのか。で、そこにおいて金も儲けたい。真理も学びたい。そこには力が分散して、どうしてまとまりましょうか。そこに、その引き寄せる力の違いが生じてきます。できるかぎり、だから「心を尽くし、精神を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、我が内なる神を愛せよ」というのはその意味です。
共に我々は、今生こそ皆さんは幾転生という人生を、なにか知りたい、なにかつかみたい、なにかを悟りたい、なにか得たい、と皆さん、追いかけて来たあなた方であれば、今生、もう何万という転生、何千という転生、何百という転生を、やり乗り越えて来たあなた方ならば、今生の一転生、命を懸け、そのようにやる事が、やれるという事を知ってもらいたい。
あきらめるならば終わりです。で、真理からずれた言葉で皆さん自身が生きるならば、もうこれは不可能です。だからこそ、我が言葉を聞き、我がその説く真理を受け入れて、その御心を行うのが我が母であり、我が兄弟姉妹であると、そう説いたではないでしょうか。
私の母とは誰なのか。私の兄弟姉妹とは誰なのか。「私を生きる」あなた方です。そこを理解してもらいたい。今日も皆さんと学べたことに感謝します。どうもありがとうございました。
FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪
- No
- 3913
- Date
- 2019.06.14 Fri
滅私・自分の全てを捨て、神の化身としての自覚で、魂が覚醒して悟りに近づいたお話♪全ての存在を100%愛する悟り♪愛は天と地の架け橋♪イエス様・知花敏彦先生♪
滅私、自分を捨て、全ての存在を100%愛する悟りで
内なる神との直通の光の通路が完成したお話
今回は、私が2日ほど前に体験した、大幅に魂の覚醒がした、皆様の魂の成長に役立てるかもしれない、覚醒秘話をご紹介させて頂きます。
この文章を書いている現在、胸のあたりのアナハタチャクラの背中の部分辺りが、ポカポカじゃなくて、アッチッチみたいな(笑)、そんな表現でも適切かな…っていうぐらいに、ポッカポカの状態であります。
詳しくは、全文を見て頂くとして、覚醒した時の体験からご紹介しちゃいます♪
許し尽くして尽くして全ての全てを平等に愛する様になった時に、心の中の宇宙が見えたのです。それから私の意識(心)と内なる神との直通の光の通路が出来上がった感覚がありました。
それから心の中に「空(くう)」の空間が出来たようなフィーリングがずっと続いております。心に想い(雑念)が溜まらない状態といいましょうか…、
心が愛そのもの、許しそのもの、になって、神様と私をさえぎっていたスモッグが取り払われた…そんな感覚が続いております。
今回のお話をご紹介するに際しまして、誤解されないように、先にお断りしておきますが、私は中国人の方に対して、個人的に関わった事がある印象からしても、好印象を持っております。特に嫌いという感情も御座いません。
良い人もいっぱいいらっしゃる事もよく存じております。それが基本前提です……これが基本前提ですからね(笑)くれぐれも誤解なさらないように……^^;
ではお話にまいります。
神の御心である愛と、人間の分離意識の愛との違い、について考えてみましょう。
お母さんは親だから100%愛するけど、あの人は悪人だから、許されないような事をしているひどい人間だから、
まあ…許してあげるけど、20%しか愛さない…ではダメなのですね。
それは神の愛ではなく、分離意識の愛なのです。
神の御心は、常に、無差別の愛、太陽のように、全ての存在に対して別け隔てなく、「無条件の愛」を100%降り注ぐ太陽の光の如き、深い愛なのです。
人だけじゃなくて、国に対しても同じなんです。
現在、中国という問題を起こしまくっている国がありますが、技術泥棒と言われているのは実際そうらしいですし、
侵略欲むき出しの独裁国家で、民族浄化をしている、正直…とんでもない悪逆非道な国なわけです。その様な国でさえ、愛さなくてはならないのです。
渦中のファーウェイという企業も、深田萌絵さんの書籍を見て頂いたら、よくお分かり頂けますが、実際にスパイして技術泥棒はしているようです。
「【産業スパイ】明らかになったファーウェイの盗み方 競争力を得るための手段と倫理観の境界線があいまいな企業文化 」で検索して頂ければ、よくお分かり位頂けます。
こちらの深田萌絵さんの記事がより詳しく理解できます
任正非社長さんは、良い人っぽいですが、産業スパイは見て見ぬふりで済ましてますからね、スパイがバレた時に、無表情で「偶然だ」だそうです(笑)
ちなみに中国は、リニアも新幹線も、全部スパイして、技術泥棒をして開発しています。日本の産業はもう盗まれまくりです。今回、アメリカが立ち上がらなかったら、日本の産業は壊滅してもおかしくなかったというのが現状です。
私も日本を愛する人間ですから、結構悩みました。敵味方はないとはいっても、中国みたいに、侵略する気満々な国が日本を民族浄化してきたらどうしたらいんだろう…って。
そんな敵意剥き出しの存在も、全て許して愛してあげるって、果たして出来るのだろうかって……果たして私に悪のような中国を100%の愛で愛せるんだろうか…って。
実際、ちょっと前まで、中国無双でしたからね。考えるのも何だか辛くて、
もう∩(´・ω・`)つ―*'``*:.。. .。.:*・゜゚・* もうどうにでもな~れ…って思ってましたし(笑)。天上界の皆様も放置されているんでしたら、私が考えても、もうどうしようもないよね…っていう。
ですが、トランプ大統領が世界の救世主として突如現れてくれたお蔭で、世界がまさに…ギリギリセーフで救われてしまったという訳であります。もちろん、日本民族が滅ぼされずに済んだ訳ですから、私としてもほっと胸をなでおろした次第です。
今回の悟りを語るには、どうしてもこの件が複雑に絡んでいる関係で、珍しく政治の話を書いております。
何も知らない内は、中国って安く買える国で、Amazon様で安く中国の業者から購入したりして、何となく好印象を持つぐらいでしたが、
ネットで中国のあまりの非道っぷり、無法っぷりを知れば知るほど、中国という国を手放しで愛せなくなる自分になってしまったのでした。
それから、どうしても中国関連の事を穿った目線で捉えるようになってしまいました。それで中国に悪い事があっても、自業自得じゃないの…って、それで世界が救われるんだしいいんじゃないの…って、絶対愛から離れてしまったのです。
中国が散々行ってきた悪行のカルマが跳ね返って、国がサンドバッグフルボッコ状態を見て、さすがに○○あみろ、とまでは思いませんが、まあ自業自得よね…と、愛のない見方をしてしまったのでした。
そんな中、中国で野菜の値段が高騰しているニュースをみて、苦しむのも自業自得と責める思いを持ってしまったのが原因で、後々、私の心の中で何回も響いて大いに苦しむ事になりました。
本来でしたら、慈悲と愛で見なければいけなかったのですが…‥お恥ずかしい限りです。その間違った思いの波動がしばらくして私に跳ね返ってきたのです。
いつも絶好調だった意識状態が、責める想いが心の中で反射して、山びこの様に反射して、苦しくてしょうがない状態になりました。ここまで苦しいのは本当に久しぶりでした。
愛から離れることがこんなに苦しいのかと…、人を攻めるという事がどれだけいけない事なのかと理解させるような、胸を締め付けられるような痛みを感じました。
初めに、神様に中国の一般庶民の方に対して、自業自得だと責める思いになって、神の愛から離れてしまった事を神に心の底から、涙を流しながら反省したのでした。
するとどうでしょう。私の頭上にピカーッと光る愛の光を感じまして、それから私の心の中で、反復していた責める思いがやっと止んだのです。これで何とか地獄の状態からは何とか脱出出来ました。偉大なる神の御業に心から感謝致しました。
「悩み苦しみは魂の促進剤」という知花先生の教えが今回この苦しさを乗り越えるのに大いに助け舟となった事をここに述べ伝えておきます。知花先生に心から感謝申し上げます。
私が日々安らぎと平安なのは、神の御業あればこそなんだと、改めて再認識すると共に、より神への深い愛と感謝を忘れない様に生きようと決意したのでした。
ですが、それでもまだ完全な状態ではなく、完全な愛の状態に戻るためには、どうしても悪逆非道な国でも、100%の愛(無条件の愛)で愛さなくてはならないのだと、ふと気づかせていただいたのです。
そのような何万回転生しても許されないような罪を犯している存在でさえも、無限の許しで包んであげて、「無条件の愛」で愛してあげなければならないのだと……。
これは守護の神霊の後押しの気づきだと何となく分かりました。
日々洗心に勤しんでおいて本当に助かりました。洗心を習得していると、守護の神霊のアドバイスがスムーズに入るので、大変お役に立ちます。
洗心習得はこういった時にも役立ちますので、大変お勧めしたいです♪
この苦しさを乗り越えるためには、どうしても完全な愛を習得しなくてはならないと気づき、悪の様な現れ(中国)をどうしたら愛せるのか、徹底的に追求してゆきました。
日本を愛するよりも、自分身の安全よりも、所属する組織という分離意識……日本人としての意識でさえも…捨てるしかない……滅私…私を滅する、私という自我意識を捨てるしか…中国という国を愛せないという結論に達したのです。
愛国心と、敵味方の分離意識の克服に、葛藤されている方もいらっしゃるでしょうから、私の体験をぜひご参考にして頂ければ幸いで御座います。
滅私‥私という分離感を克服して、すべてを愛する我、全てを平等に100%愛する我、一切の区別も差別もしない…どんな存在にも常に出し尽くす100%の愛でありたい……と全身全霊で願い……
全てを愛するために滅私……自分を捨てますと、心から神に祈ったのでした。
滅私…私というものを捨てきる、神の化身としての自覚、神の御心が全てを愛する我なら、神の化身としての自分も、神の御心の如く、全てを愛する我でありたい、
たとえこの身が滅びようとも、神の御心の様に生きたい…全てのすべてを愛し尽くそうと…そう願い、神に祈ったのです。
その祈りの瞬間、私の心の内に、宇宙の姿が見えたのです。
それから、今までの100%どころか、今までに体験したことのない、心に思い(雑念)がたまらない、心が空になったような、心がより光に満ち溢れている……愛に満ち溢れた清々しい境地に到達したのであります。
もう私と神とをさえぎるものは何もない…そんな心境と言いましょうか…内なる神の無限の光り輝く愛が、猛烈な勢いでハートから輝きだしている…そんな感覚を感じております。浄化力が今までに体験したことのないレベルの境地です。
「愛は天と地の架け橋」…イエス様の御言葉ですが、まさにこの通りだったのです。
全ての全てを100%の愛で愛し尽くした時、ついに…神(天)と表現体である私(地)が、愛という光の架け橋で繋がる事が出来たのであります。
心に雑念がたまらない程度が、今まででもかなりのモノでしたが、現在では、さらに光の水圧が大幅アップといった感じで、那智の滝が、ナイアガラの滝になったみたいな(笑)、流石にそれは大げさかもしれませんが……。
私自身、この変化に大いに驚きました。この「心が空・雑念が溜まらない」状態は、知花先生のお弟子さんであられる大村さんの体験談に似ていたからです。
大村さんの体験談から抜粋ですが……♪
それ以来、私の意識、私の心というものが、完全に「空」という状態になったのです。
心の中に雑念というものが溜まらないのです。
自分の中に無限という「全くの空間」とでもいいますか、常にそれが内在するようになり……
現在では、「我神なり」「我、慈悲と愛なり」と心から力強く断言出来ます。全ての存在を平等に100%愛しているからです。
この境地に到達して、初めて、我神なり、の意味が理解できた気がしました。今までの理解はまだ浅かったのね…と。
ついに、ついに…自分が納得できるレベルで、やっと100%、全ての存在を愛する慈悲と愛が出来るようになりました♪
慈悲と愛…それが神の御心だと深く理解して、真理の理解を自分にフィードバック(改善して体得)していって、自分の意識の進化(慈悲と愛)につなげていく作業は必要なのかな…と、今回の体験から学ばせて頂きました。
「我神なり」…とは、言い換えれば、「我、慈悲と愛なり」、
とも言えるわけです。「慈悲と愛」は「神の御心そのもの」だからです。
「慈悲と愛」を完結にご説明申し上げますと、上江洲義秀先生の、
『 全体の幸せ・全体の幸福・全体の喜びを 願う心 』
『 すべてのものから、悩みや・苦しみ・悲しみが 取り除かれますように』
『 すべての幸せ・すべての喜び・すべての幸福を 願う心 』
『どんなに、都合良かろうが、都合悪かろうが…
その人を、「愛し生きる心・いたわり思いやる心」』
という意味に集約されてまいります。
つまり、どんな存在に対しても、常に出し惜しみしない無限の愛で、上記の様な「慈悲と愛」がにじみ出るようになってこそ、神の化身としての自分を全うしているという訳なのです。
簡潔に申し上げますと、下の内容でご説明できます。
慈悲…全てを慈しむ心、許して愛して幸せを祈ってあげれる意識状態
最新の悟り覚醒体験を記載してみましたが、いかがだったでしょうか。
今回の米中貿易の戦いは、アメリカが完勝するのは間違いないと言われております。日本は何の心配もしなくてよさそうです。世界の平和と秩序は守られました。アメリカさん有難うございましたm(_ _)m♪
誤解のないように付け加えますと、中国が、著作権を守って、侵略欲をなくして、平和な中国になって、中国が水がめ座の時代にふさわしい平和国家となって、中国全体が幸せになってほしいと思っております。
私は神様に、自分の悟りのレベルが成長しましたら、その知識を人類に出し尽くします、出し惜しみは致しません、と神様と約束しております。今回も、その覚悟において記載させて頂きました。
人類の魂の覚醒に役立つ事こそが最も有意義で価値がある事だと理解しているからこそ、ボランディアでこのブログもさせて頂いている訳ですし。
神様と繋がる鍵は、真理の深い理解と、全ての存在を平等に愛する境地に到達する事、「愛は天と地の架け橋」、その愛とは全てを平等に100%…無差別の愛で愛する愛、
その愛を体現するためにどうしても必要なのは、「滅私」だという事、これを理解する事が非常に重要かもしれません。
悪人まで平等に愛するなんてそんな理不尽だ…という方々のお気持ちもよく理解できます。でも、絶対に出来るはずです。
私という克服者が、細かい部分まで克服法を記載していますから(笑)絶対大丈夫♪愛で全てを克服する人間、
それが「克服者キリスト」です♪
ライオンに追い込まれた崖っぷちの状態だと意識して、100%の愛で慈悲と愛を発揮する以外に生き残る道はないのだと、自覚して、命がけの覚悟で愛に生きるんだと、強く言い聞かせて下さい。
愛以外に覚醒への道はないのだと、神と繋がる唯一の方法は「愛のみ」なのだと、愛ほど尊いものはないのだと、この世界を超越する唯一の方法は、「慈悲と愛」なのだと、強く言い聞かせて欲しいのです。
神はすべてを超越する力であり無限者であられます。なぜすべてを超越する力なのかと申し上げますと、それは神の御心が「慈悲と愛」だからなのです。愛はフォースです。愛こそが全てのエネルギーなのです。
神の御心は「全てを活かす愛」ですから、この無限宇宙は、この神の無償の愛によって成り立っている…という事は、この物質宇宙は、神の愛によって生かされているのであり、存在しているとも言えましょう。
私って…ひょっとすると…このままいけば、完全覚醒までいけちゃいそうですね(笑)より一層覚醒へ向かって、真剣に取り組んでまいりいます。
ただ、もう少し「感情の制御」「分離意識の克服の基礎」の部分をしっかり習得しないと、この境地の到達は難しいかもしれません。また次の機会に記載する予定でおります。乞うご期待下さいませ。
ぜひ、私の体験をご参考にして頂いて、皆様も、私と同じ境地まで到達されますよう、心からご祈念申し上げます。゚゚゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
『 全体の幸せ・全体の幸福・全体の喜びを 願う心 』
これを、『愛心』・『慈悲心』 というんです。
慈悲の「悲」の心とは…
『 すべてのものから、悩みや・苦しみ・悲しみが 取り除かれます ように。』
これが、慈悲の「悲」の心。
慈悲の「慈」の心とは…
『 すべての幸せ・すべての喜び・すべての幸福を 願う心 』
これが、慈悲の「慈」の心。
どんなに、都合良かろうが、都合悪かろうが…
その人を、「愛し生きる心・いたわり思いやる心」を、
『 慈悲心・愛心 』というんです。
神我顕現への道から引用させて頂きました。
知花敏彦さんの(多分)一番弟子と思われる、
大村さんの神我一体への悟りを開いた体験記をご紹介させて頂きます♪
きっと皆様の悟りの良いお手本になれると思います♫~♬
良かったらご参考にして下さいませ。
ちなみに、記事に出てくる上江洲さんとは覚者上江洲義秀先生の事です。
大村さんの体験
清里での、別の研修会の時の体験を話してみます。
私と、上江洲さんと他に四人で清里に来ました。
五、六十名の方が集まって、あるペンションの貸し切りの二泊三日の日程で、講話と瞑想という内容でした。
二日目に、知花先生が講演をしながらバイブレーションを上げられました。
瞑想をしながらバイブレーションが上がっていき、在る女性がその強烈なバイブレーションの中で、ある種の指導霊の光を見せられたのです。
ですが、そのことにその女性の意識がついていかないものですから、ちょっとした興奮状態になった。
そんな中で、皆はバイブレーションが上がってきているのに、私は上がれないのですね。
「なぜ、私だけが上がれないのか」
私は自分自身に問うたのです。
「私(神)に祈る前に、全てのものと和解してから祈りなさい」
私の内側からその言葉が出てきたのです。
その時の私には、以前から一人だけ違和感のある人がいました。でも、その人との違和感をなくす方法が、それまでわからなかったのです。
ですが、この言葉が出てきてから、瞑想の中で一人ひとりをビジョン化しながら「愛の放射」を行っていったのです。七番目か八番目に、その男性が出てきました。
その時もまだその人に違和感があったのですが、それでも私は心を改めて「愛の放射」をしたのです。
その瞬間です。
私の中に強烈なバイブレーションが起きて、もう肉体が爆発するのではないか、と思われるほどの、強烈な振動の中に置かれたのでした。
テーブルを囲んで振動をおさえていましたが、肉体のレベルまでエネルギーが充満しました。私はその時が初めての体験でしたので、掴んだテーブルまでも揺り動かしているのです。
このままでは肉体が爆発するのではないかと、自分ではこのエネルギーをどうすることも出来なかったのです。
知花先生が講話の途中で「皆でオームを唱えましょう」と言われ、オームを唱えてくれました。
私も一緒にオームを唱えようとしました。
でも、どうしても声が出ないのです。
先生が三度唱えられた時、私はようやく声を出すことが出来ました。
瞑想の中で「オーム」と唱えているのです。
そのオームの声で物質的なバイブレーションを上げることが出来たのですが、その声に唱えた声は、自分でも聞いたことのない極端な高い声(ハイオクターブの、まるでハイソプラノ歌手のような声)で、オームのバイブレーションが出てきたのです。
それを唱えることによって、私自身に充満していたエネルギーが表現されて、外に流れ出ていったのです。
高いバイブレーションになればなるほど、1点の曇りもあってはいけないということでした。
私の場合は先程も話しましたように、私自身が「神一元瞑想」に集中している状態でなければ、なかなか言葉も出てこないのです。
対面した人に対して、個人的レベルでもそうでしょうし、瞑想の話もそうでしょうし、自分自身がある一定上のバイブレーションにならないかぎり、言葉が出てこないのです。
これまでに学ばせてもらったのは、相手と話をする時、相手の形態とか心の状態をみるのではなく「常に相手の神我を見る」ということ。
その中からお互いの答えが出てくるように思います。
だから、相手の根源との一体という意識、この私がどこまで集中出来るかということです。
その状態から「お互いよい答えを求め合う」、そいういうものを求めるとそれが出てくる感じなのです。
その現象の中の、問題の部分だけに意識を向けるのではなく、一度無限意識の中に入り一体となった状態で、小極というか、形を意識するといいますか、そうすれば無限の中から、対極の中から見ていますから、「それが何であるか」を即座に知ることが出来るのです。
直接問題点の「小極」に意識を向けるのではなく、いったん、太極の上に立って小極を見つめてみる。
そうすると、バイブレーションの高いところから見ていますから、表現界の知識とか理屈ではなくて、太極に立つことによって「物事がよく理解できるようになる」「正しい判断ができるようになる」ということを教えられました。
物事に意識を、頭を突っ込むのではなく、一旦、無限という意識と一体化するということを通じてのみ、小極を見つめてみるということです。
沖縄の研究所に泊まり込んでいた時期のことです。
他の場所での伝導瞑想の集いを終え、夜の十二時す過ぎに戻ったのですが、その日は二時頃床に入りました。
「愛一元」を、四六時中意識していた時でした。
眠りについた時、突然、私のハートにものすごい大砲が打ち込まれたのです。
それが私のハートの中で、強烈に爆発しました。
びっくりして飛び起きたのですが、ハートチャクラの痛みに耐え切れず、七転八倒して研究所の中を転がりまわっていました。
やがて痛みが消えると、私のハートがしっかりと開いているのです。
その時の一つの刺激というか、エネルギーによってハートのチャクラが開かれたとでもいうのでしょうか。
それ以来、私の意識、私の心というものが、完全に「空」という状態になったのです。
心の中に雑念というものが溜まらないのです。
自分の中に無限という「全くの空間」とでもいいますか、常にそれが内在するようになり、それ以来、先生の説法をより深く素直に吸収する事が出来るようになったのです。
その後、しばらくしてから瞑想の最中に、額がものすごく痛くなってきました。
これは額のチャクラが刺激を受けているのです。
私はわたしなりに「神一元」という世界を、思いっきり意識してみました。
そうすると、痛みはなくなり額のチャクラが開かれていったのです。
その時、上江洲さんに額を霊視してもらいましたが、「こんな綺麗に眉間のチャクラが輝いているのをみたことがない」と言ってもらいました。
知花先生にお会いできてからというもの、私は非常に短期間で全ての意識を外し、その神理に集中し、それを「神一元」という形で強く求めてきたのです。その結果、それはどのようにいい表したらいいでしょうか。かなり肉体の変化が短期間に現れたのです。
そして、私が色々な現象と遭遇する中で、私のハートの中に、いかに神が着座しているかどうかを、自分なりに確認したいと思ったのです。
ですから「寝ても覚めても神意識」という、先生の講話の中の教えが理解できましたので、常に、自分の意識が「神」の方向に向いているかどうか、自分で自分自身を注目していました。
「寝ても覚めても神」
「夢の中でも神」
宇宙意識を着座させるということです。
眠っていても、夜中に目が覚めます。
その瞬間(何を意識しているか)、常に自分は「神一元」を意識しているかどうかと、意識をチェックしたのです。
そのチェックをどんどん行っていきました。
その後三日間、四六時中「我は神なり」を唱えさせれた事がありました。3日の間、それを続けさせれたのです。
そして、三日目で、二段階も三段階も、強烈に意識が上がる状態が起きました。
「すべてが神」という、あれもこれもすべてが神というものを見つめる状態が、三日目になって、バイブレーションが二段階も三段階も上がったということなのです。
私は、先生の事務所に寝泊まりするという、その環境に大変恵まれておりましたので、先生の神理の教えを学ぶことに対して、世俗的な影響を受けることはありませんでした。
先生が講話をされている時、「あなたは一番恵まれていました」と私にそう言われたことがありました。
私は非常に貧乏で、お金もなく、身体も病んでいまして、肉体的に考えると「なぜ、そんな大村が恵まれているのか」という思いが周りの皆さんにあったようですが、私自身は自分が恵まれていることに感謝していましたしそれについてはある程度は理解する事が出来ていました。
お金とか物とかは一切ありませんでしたので、それらに捕らわれることもなく、全くの自分の時間を与えられていましたので、先生とお会いしてからというものは、真理の追求に入っていけるその恵みが、私には与えられていたのです。
お互いに瞑想していく中で、「瞑想を通じて理解を高め表現する」ということを教わりました。
今日も、こういった過去の体験の話をする中で、その体験を過去の思い出という状態で語っていまいますと、「天の知恵」を、単なる知識として記憶してしまうのではないかと、そのように思っています。
言葉はバイブレーションであり、意識もバイブレーションですから、意識を一元意識から外さず表現していけば、そのバイブレーションが言葉を通じて表現されていくると思います。
そして、これが文章化され本として出版された時も、この魂の奥底のものを世の中の人に読んで頂き、きっとご理解頂けるのではないかと思っています。
関英男博士
ノーヴァ・テーラ星について
以前、私はカナダのトロントにマゴッチさんを訪問した時、「一体、ノーヴァ・テーラ(星)というのはどこにあるんですか」と聞いた事がありました。
マゴッチさんは「ノーヴァ・テーラは、地球からそんなに遠く離れた星ではありません。ただし、地球とは違う次元にある星なので、普通では目に見えません」と話されました。
「天変地異が激しくなって、どうしてもノーヴァ・テーラ(みなさんが一次避難する惑星/新地球の意)に移行しなければならないようになった場合にも、洗心した人は救済される」という話をした所、
ある女性の方から「私はまだまだ出来ていません。これでは、ノーヴァ・テーラに行けないのでしょうか」というご質問が出ました。
洗心による想念波動が空間に満ちてきますと、創造主よりの天波・念波がさらに一層強化され、万人に至福が与えられるようになります。
そこで私は、「洗心が出来ていなくても、そうしようと一生懸命努める、そういう心掛けの方は救済されますよ」とお答えしましたら大変喜んでおられました。
数秒で厚い本を理解する能力・瞬読理論
創造主は、洗心して念波を利用すれば、一冊の本を数秒間で読めるような知力を与えて、人間を創造して下さいました。
これを実証してくれたのは、大正時代まで存命の山崎辨榮(べんねい)上人です。
岡潔先生によれば、重圧な科学の辞典のページを親指でピィッと弾いただけで内容を全部理解したといいます。つまり数秒間で一冊の本を全部読んでしまったという事です。
これだけで上人は、拾い読みとか飛ばし読みをしたのではなく、熟読したと同じ様に頭に入ったというのです。
加速学園でコンピュータを浸かって、速読の訓練をしておられた植原さんは、最近コンピュータを使って、速読の訓練をやめ、意識の変更状態に重点を移し、瞬読に近い指導をしておられます。
さらにまた、工学博士の深野一幸さんの情報によると、黒沢亜耶(あや)さんという方は本を開かないでも、表紙と裏表紙に両手の手のひらを当てると、その本の良否が分かるそうです。
筆者の見解を簡単に述べますと、従来の速読法は、本に書いてある文字を光学的に眼で追う訓練をしているのだと、まず解釈します。
これに対して、山崎上人や黒沢さんの場合は、光学的な情報に頼らず、文字から出てくる念波を捕らえて、超感覚的に情報処理し、七念層の記憶部に蓄えるのだと思います。
そのために、従来の速読のように、訓練するわけでなく、意識の状態を変更させる事に重点を置くようになりました。
植原さんも最近の指導方針として、脳波をデルタにするように工夫しておられるようです。
そして、念波が読み取れる状態になると、情報は脳の中に目に見えない受容器から目に見えない神経系を通って視床下部に達し、ここで目に見える神経系と合流するようになります。
ある程度顕在(表面)意識にも上るものの、それから先の情報処理速度は遅いので、七念層の中で、例えばメンタル体に行き、そこに記憶部に蓄えられるのです。
しかし、後から記憶から取り出す時、普通の状態では出来ませんから、アンタカラーナを通して、目に見える神経まで誘導しなければなりません。
普通の人にアンタカラーナはありませんが、これは洗心と瞑想によって形成されますから、21世紀の優良星界の人には全て存在するものと期待されます。
分厚い本でも親指で弾きますと、眼で見なくても念波は送り出されますから、これを七念層あるいは尾状核のアンテナでキャッチして、光速処理が出来ます。
従来夢想もしなかった能力が、創造主から、我々人間に与えられていた事は感謝して余りあると言わなくてはなりません。
人間の霊的構成
神智学では、肉体的な脳の他に、目に見えない4つの層、エーテル、アストラル、メンタル、およびコーザルの4体より成ると言われています。
しかし、最近の研究では、次の七念層より成ることが分かってきました。この中に、神智学でいう4層も含まれます。
①シン体…………電磁波に近い周波数
②エーテル体
③アストラル体(幽体)
④メンタル体
⑤コーザル体
⑥ケシ体
⑦コード体………電磁波に比べ極端に高い周波数
これらの七念層の働きについては『高次元科学2』の62、63ページに詳しく書いてありますので、ここでは省略します。
いわゆる潜在意識(の能力)は、精神的修行(洗心と瞑想)によって形成されますが、現在の所、これを持たない(活性化していない)人の方が多いようです。
アンタカラーナは頭頂のサハスラーラ・チャクラに接続され、そこから気道を通してアジナ・チャクラにいたり、さらに気道によって視床下部に達します。
この視床下部や脳下垂体を取り巻く尾状核は、さらに肉体脳で目に見えるものですが、尾状核の中には目に見えない数百万本のアンテナがあります。
問題は、前記のように分厚い本を指でピィッと弾いた時、出てくる念波をどこで受け取るかです。肉眼では見えませんが、無理でしょう。仮に補足できたとしても、視神経はそんな光速で情報伝達が出来ないでしょう。
メンタル体とコーザル体は宇宙から情報を受信する役目がありますが、アンタカラーナの完成していない人にとっては、役に立たないでしょう。
カラグラ博士著『スルー・ザ・カーテン』には尾状核の作用が5ヶ所にも説明されていて、手軽にテレパシー等に利用される事が書いてあります。
筆者も、多分、速読あるいは瞬間学習に尾状核内の数百万本のアンテナが情報キャッチの役割を荷なっていると想像しています。
そこに到来する念波は想像を絶する高い周波数ですから、アンテナといっても、目に見えないほど細くて短いものでしょうし、数百万本というのは、様々な周波数に適応したものでしょう。
ですから、普通の目に見える神経細胞ではこれら情報伝達は出来ません。そのかわり気道等が使われるでしょう。中間では、例えば、幾つかある脳室の一つにあるスクリーンに結像して、視覚中枢に送られる可能性はありましょうが、最終的には、メンタル体辺りの記憶装置に収まると思います。
また瞬間読書といっても、拾い読みとか飛ばし読みをするわけではありません。本の内容全部をメンタル体辺りに蓄え込むわけです。
要は、それを後からいかにに正確に検索して、いわゆる記憶の思い出しが出来るかにかかっています。
理想と現実と一致する社会
現在よく出くわす会話に次のようなやり取りがあります。若いサラリーマンの方に洗心の話を向けますと、
「洗心の良い事は分かりますが、先生の言う通り実行すると、会社が潰れてしまいますよ」という返答が返ってきます。
なるほど現状では、「宜(よろ)しからぬ欲を捨て」という言葉をそのまま守りますと、他社と競争してはならない事になりますから、会社は成り立ちません。仮に競争してもよい、と言われても、競争に負ければ同じ結果になります。
結局、現状では理想と現実が一致しない事になって、若者の言う通りの結果に陥ります。従って現実的には上司の命令をよく守って精励する事をお勧めします。
しかし、自分だけが社内で出生したいという欲を出して他人を押し退けるような行為に出ると、洗心の趣旨に反します。
また、自ら会社の経営者に立身して、他者と競争しなければならなくなった時に、法を犯してまで競争に勝つような事をしますと、やはり洗心の趣旨に反します。
ですから、今から洗心を心がけるようにしておく必要があります。
やがて世紀が変わってから地球が優良星になれば、会社のような組織がなくなりますので、理想と現実が一致するようになるわけです。
その時になれば、現在、洗心の心掛けをしている事が生きてくると考えれば、必ずしも不平不満はないものと信じます。
また、未来に向けて希望の持てる現象が一つ考えられます。それは、洗心を実行した人や、洗心を心がけている人々だけの社会になりますと、それらの人々の頭脳の七念層から放射される念波が空間と飛び交い、脳波を調和し、洗心を一層促すような効果が現れるということです。
創造主もこれを期待しておられると見えまして、取次の神を通して、1981年3月9日「洗心の連帯意識を持て」とおっしゃっています。
良い脳波から発した念波は数千キロ隔てた人の脳波に影響を及ぼす事は、超越瞑想(TM瞑想)の実験でマハリシ効果あるいはスーパー・ラディアンス効果として証明されています。
そのため、一度優良社会の機運がスタートしますと、加速度的に社会が改善されるのではないでしょうか。必ずしも、楽観的すぎるとは思われません。
さらに楽しみにして頂ける現象としては、洗心による想念波動が空間に満ちてきますと、創造主よりの天波・念波がさらに一層強化され、万人に至福が与えられるようになります。
こうなってくると、皆さん目がけて災難を与えようとする悪い波動から、守護神・守護霊は守って下さるようになるそうです。
つまり、洗心が出来ていると守りやすくなるというわけです。これまでの7年間取次の神の神の講義を聴いてきた人々は、宿業、つまり溜まった業(カルマ)が急速に解消して、清浄な心に変わってきます。ですから、明るい未来が開けてくる事になります。
しかし、そうなっても、皆さんは決して偉くなったなどといって高慢な心を起こしてはいけません。もし、そんな心を起こしたらその瞬間、御光と御力が遮断されて、狙っていた魔が瞬間に入り込んできます。
この事は非常に厳重に注意されています。注意事項としてはそれ程多くはありませんので、これを守りさえすれば、理想と現実とは一致し、明るい未来が約束されるものと確信しています。
瞑想の和平効果と超能力の開発
創造主は、21世紀に入って優良星人と交わる前に超能力を開発しておきなさい、とおっしゃっています。そのためには洗心と瞑想をやるがよい、との事です。しかし、瞑想にも多種多様で迷うくらいです。
TM瞑想の和平効果の概要ですが……♬
●モザンビークという国で軍隊にTM瞑想を導入した結果、雨が降って干ばつが解消したり、犯罪が大幅に減少したり、経済がすっかり好転して活況を呈するようになったという事です。
つまり、洗心をする人が増えれば増えるほど、TM瞑想と同じ効果が発生し、地球の天候が安定したり、犯罪が減ったりする効果が♪……というお話で御座います。特に集団で集まってしなきゃならないという訳ではない様です。
1人びとりの洗心が地球全体に良い影響を与える抜粋ですが……♬
洗心による想念波動が空間に満ちてきますと、創造主よりの天波・念波がさらに一層強化され、万人に至福が与えられるようになります。
それらの人々の頭脳の七念層から放射される念波が空間と飛び交い、脳波を調和し、洗心を一層促すような効果が現れるということです。
宇宙創造の神が勧める霊性を高める方法 洗心
いつももつべき正しい心(=常の心)
強く 明るく
正しく 我が祈り
宜しからぬ欲を捨て
みな仲良く、相和して
感謝の生活をなせ
心の中からなくすべき感情(=ご法度の心)
憎しみ 不満
妬み 疑い
猜み 迷い
羨み 心配心
呪い 咎めの心
怒り いらいらする心
不平 せかせかする心
■四句御箴言(しくごしんげん)
与えられたことを感謝して受けよ
与えられぬことを感謝して受けよ
与えられたことを拒むこれ欲なり
与えられぬことを欲するこれ欲なり
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- No
- 3912
- Date
- 2019.06.06 Thu
神の力を使う意識状態♪愛の霊光をまとう方法♪神への深い愛情と敬虔(けいけん)な心を伴う感情♪アセンデッドマスター(覚者)・サンジェルマン伯爵♪
神への深い愛、神に対する敬虔な感情が大事なお話
あまりにも素晴らしい内容でしたので、知花敏彦先生のお話での補足説明を付けて分かりやすくした上、マスター・サンジェルマン伯爵の文章を、親しみやすくするために、敬語に直してご紹介させて頂きます。
文章は敬語の方が好きなものですから…お許し下さいませ(笑)
私の経験上からも、宇宙真理を理解するたびに、サンジェルマンさんの仰る所の「驚異の電子帯(愛の霊光)」を周りを纏(まと)う様になるのは間違いないと確信しております。
その上、サンジェルマンさんは神の力を使うのに大事なのは(神への)深い愛情と敬虔(けいけん)な心を伴う感情だと断言されております。
私の真理の理解と全く同じお話でしたから、驚いたと共に、同時に自分の真理の理解が正しかった事を再確認出来ました。
神様への深い愛と、敬虔なる真摯な神へ祈りを捧げる日々というのは、非常に大事なのだなぁと想いまして、より一層、神を愛し、神への敬虔な祈りを捧げていこうと思った次第であります。
自分で言うのもあれですが、私は神様に対して、徹底的といって良い程に敬虔に接しますし、謙虚で控えめな態度と言葉遣いで、神様と対話させて頂いております。五井先生みたいな感じでしょうか。
残念ながら、真理の勉強をされている方の中に、何か勘違いして、神様を対等な存在とか…パートナーか、友達か、何かと勘違いされて、神様に対して敬虔な感情の欠片もない方もいらっしゃる様です。
私はそういった神様に対して、ぞんざいな言葉遣いをしている方の文章を見て、吐きそうになった事があるくらいですから(笑)、神様に対してそういったノリは違うのではないかと、昔から気づいてはおりました。
敬虔な感情、及び、神への節度ある敬虔な態度や言葉遣いが出来ないようでは、悟り覚醒は難しいとも言えます。
私が短期間で、ここまで深い覚醒まで到達できたのも、神への深い愛と、敬虔な感情や態度、敬虔な言葉遣いがあったからこそだと思っております。
それが今回の、サンジェルマンさんのお話で裏付けられた様で大変勇気づけられました。
神様に失礼な言葉遣いや態度を取るような勘違いは、早めに正した方が良さそうです。
深い愛と敬虔な心を伴う感情
(愛の霊光をまとう方法のお話)
今日の私は電子帯(フォトンベルト)の強力な輝きの中から、光と音の光線で話しています。
それはエーテル界の黄金の都の中心から放たれる二筋の光線に、光と音と言葉を乗せていると考えて下さい。時は急速に進んでいます。
それゆえ宇宙に存在する、神の全被造物を取り囲む巨大な電子帯(フォトンベルト)の光の環について、我々はこれまで以上に意識しておく必要があります。
黄金の都を取り囲むエーテル界の環は決して負けない性質のもので、厚さ数メートルの鋼鉄でさえかなわないでしょう。
黄金の都を取り囲むエーテル界の環は決して負けない性質のもので、厚さ数メートルの鋼鉄でさえかなわないでしょう。
「活動している神」の原理(宇宙真理)を十分理解した学習者は、小規模とはいえ、自分の周囲に同様の電子帯(愛の霊光)を張り巡らすことができます。
(※私の経験では、宇宙真理を深く理解して、全てを愛し許した時…愛の霊光を身にまとった者になり、この世の闇の影響を受けなくなります。知花先生の仰る所の”光る者”であります)
もちろん思いのままにです。ですがそれにしても破壊的な人間のなんと哀れなことか
著しく無分別な(真理の理解が浅く人間性が未熟な)者が、電子エネルギーの環で自らを囲むと、それは体形に沿って密閉され、※身体が燃え尽きてしまいます。
著しく無分別な(真理の理解が浅く人間性が未熟な)者が、電子エネルギーの環で自らを囲むと、それは体形に沿って密閉され、※身体が燃え尽きてしまいます。
(※補足説明……真理の理解が浅い未熟な状態・毒の状態のチャクラを無理やり開くと体が燃え尽きるというイメージで大丈夫かと……。
真理の深い理解は必須という事でしょうか。
真理の深い理解と愛の実践・明想によってチャクラが熟した果実…いわゆる完全な神の力・愛の霊光となります)
ですが神の愛と叡智、建設的な神の力で電子帯を築く者の場合には、人間特有の無知とは無縁の世界で活動できるようになります。
ようやく宇宙のサイクル(周期)が巡って来ました。ある程度の段階まで達した者たちは、この驚異の電子帯(愛の霊光)を自分で創造し、人生において応用、使用すべきであります。
ですが実際にはどの創造物も、自意識の活動ゆえにごく自然な形で純然たる電子エネルギーで覆われています。しかしながらある程度のエネルギー・コントロールができないと、力は四散してしまいます。
したがって意識的に純粋な電子エネルギーの巨大な環を創造するとなると、まずは自分から無限に湧き出るエネルギーの漏れをすべて塞いだうえで、後の使用に備える必要があります。
したがって意識的に純粋な電子エネルギーの巨大な環を創造するとなると、まずは自分から無限に湧き出るエネルギーの漏れをすべて塞いだうえで、後の使用に備える必要があります。
意識において電子の環を創り出す訓練を続けた後、注意すべきことがあります。それは電子帯の中でエネルギーを扱う際、神の愛に則(のっと)らない限り、どんな力も使用できないという点であります。
宇宙生命エネルギーにおいて、人間にエネルギーが与えられて個別化が行なわれた当初、当然、誰もがこの魔法に包まれていました。
宇宙生命エネルギーにおいて、人間にエネルギーが与えられて個別化が行なわれた当初、当然、誰もがこの魔法に包まれていました。
ところが時代を経て意識が低下していくにつれて、人間のエネルギーの大きな環に亀裂が生じて漏れるようになり、今ではほとんど消滅してしまった状態にあります。
ですが覚えておいてほしいことは、このエネルギーの環は個々の意識上の創造物ではなく、本来が神の性質を受け継ぐ人間(全て)に元々備わっていたという事実であります。
今こそ光の学習者でありますあなた方は迷うことなく精進し、完璧な自分の姿をイメージしながら自身の電子帯(愛のオーラ)を創り出すことです。
今こそ光の学習者でありますあなた方は迷うことなく精進し、完璧な自分の姿をイメージしながら自身の電子帯(愛のオーラ)を創り出すことです。
もちろん、自分を包む環にひびが入っているようでは意味がありません。
それが達成されて初めて、神の電子帯(神性意識)に意識的に入り、無限の叡智と愛、光を受け取り、もろもろの宇宙の法則を実践し応用できるようになります。
つまり神の創造力を操作できるようになるということです。
我々マスターは学習者でありますあなた方に対し、一人ひとりに個別化した内なる神、創造主を、あなたの内に見据えることを執拗なまでに説いています。
(神わが中にまします・神は汝の内にあり・全てに神を観る)
そしてあなた方以上に進歩した者たちの協力なしでは、あなた方の誰一人として現在の状態に上り詰めることはできなかったと告げたいのです。
宇宙エネルギーである唯一の神は一なる存在であって、その活動は普遍的であります。
宇宙エネルギーである唯一の神は一なる存在であって、その活動は普遍的であります。
あなた方学習者よりも高いレベルにありますマスターたちは特別な者ではなく、「活動している神」に、より近づいているだけであります。
(分離意識の克服度が高い・意識が進化した存在・聖者・覚者・等々)
この神性の度合い(全一体感)が認識できるならば、
「私はここにも、あそこにも存在する」と実感できるでしょう。
なぜなら宇宙生命エネルギーであります唯一の神は、あらゆる生命の中に存在するのですから。
次元上昇を果たしたアセンディッド・マスター(覚者)と呼ばれる者たちは、単にあなた方よりも進歩した意識レベルの人間であるに過ぎません。
次元上昇を果たしたアセンディッド・マスター(覚者)と呼ばれる者たちは、単にあなた方よりも進歩した意識レベルの人間であるに過ぎません。
そのことに気づいた学習者は最終的に、自分にも到達可能な領域だと悟ります。そうであれば神に語りかけるのも、マスターの一人に語りかけるのも、
あるいはあなた自身の内なる「私は在る(神我キリスト・宇宙生命)」に語りかけるのも違いはありません。すべては一つ※(全てが神)だからです。
(※全ては一つ……全ては宇宙生命という一つの命の限りない現れである神ご自身♪)
もっともそこまでの意識レベルに達する前であれば、確かに違いが存在します。それは本人が、自分は一なる神と切り離されていると感じている(分離意識)ことにあります。
もっともそこまでの意識レベルに達する前であれば、確かに違いが存在します。それは本人が、自分は一なる神と切り離されていると感じている(分離意識)ことにあります。
実際にはそんなことはあり得ないのですが、(神は外側に存在すると信じて来たことから)表面的外的自己の無知がそのようにさせます。
繰り返しますが、神の偉大な無限のエネルギーを人間が外界で使うには、自分から神に呼びかけぬ限り、神が干渉してくることはありません。
繰り返しますが、神の偉大な無限のエネルギーを人間が外界で使うには、自分から神に呼びかけぬ限り、神が干渉してくることはありません。
エネルギーが流れるように導き、駆使するのに必要なのはただ一つ、(神への)深い愛情と敬虔な心を伴う感情です。人間が自分の周囲に電子帯を築いた際、その壁を貫ける(使える)のは神の愛(全ては神の御業)のみであります。
知花敏彦先生のお話から抜粋ですが……♪
「 神のみが働いておられ、働き手は神であって、私達の肉を通して神が生きて、神が御業を成されておられるのです。」
皆さんの中に生きているのは神のみで、神のみが生きて働いておられるからです。
皆さん方の存在というものは本当は無いのです。私というものは無いのです。
このことを「私は自らは無なり。我が中に神のみが生き、神のみが働き給う。御業を為し給うは我が内なる神の御霊(みたま)なり」
と(イエス様は)言われているのです。
例えば、この知花という者が皆さんの前でお話をして「私は偉いのだ」と威張っておりましたら、私は神を知らない無知の存在となります。
神は私を生かし私を通して語り給うておられるのです。そして私という肉体を通して神は働き給うておられるのです。働いているのは私ではなくて、私を通して働いて下さる神ご自身が働いておられるのです。
ですから、私達自らは何事もなし得ていないのです。
自分の内に内在し、活動する神(神我キリスト・父なる神)。この単純極まりない真実に対する疑問はないと思います。常に「内なる神」を見据えなさい。
(内なる神を全身全霊で愛して感謝の気持ちを捧げるといいかも♪)
そして彼(神)を称え、敬うのです。自分の体の一つ一つの細胞内で神が目覚めるように求め、さらに外界での(真我の)顕在化を命じる(祈る)のです。
(命じる…では失礼な気がしますので、正確には「祈る」が正解でしょう)
知花敏彦先生の祈り言葉はピッタリで良いと思います♪
「貴神(きしん)の想い、我が想いへとならせ給え」
「貴神(きしん)の言葉、我が言葉へとならせ給え」
「貴神(きしん)の行動、我が行動へとならせ給え」……
生活上の出来事でも、家庭や職場の問題でも構いません。願いや要望を、神とそのエネルギー、知性を帯びた状態(キリスト意識)で送り出せば、失敗することはありません。
自分が望むもの、必要とする状況を引き寄せるべきです。願いとはいわば小規模な命令(祈り)であります。だから願う時には自分の願いがすでに成就、実現した状態を命じる(祈る)ことになります。
自分が望むもの、必要とする状況を引き寄せるべきです。願いとはいわば小規模な命令(祈り)であります。だから願う時には自分の願いがすでに成就、実現した状態を命じる(祈る)ことになります。
この偉大な(神の)エネルギーを使うことに恐れを抱いているならば、むしろ永久に捨て去る方がいいでしょう。
なぜなら改めて言う必要もないでしょうのですが、使い方を誤ると自分の人生に不和を生み出してしまいます。
ですが建設的な使い方をすれば、計り知れぬ恩恵をもたらしてくれます。
ですが建設的な使い方をすれば、計り知れぬ恩恵をもたらしてくれます。
そのためには内なる神を絶えず称え、感謝すればいいだけです。
神の力はあなた方が意識して使う瞬間を待ち続けています。「※思考で背丈は伸ばせないよ」と他人を嘲る者は、自身の活動が行き詰っているはずです。
(※余談ですが、私は20才を過ぎても、身長は好きなだけ伸ばせると…岩をも貫く信念で、命がけの覚悟で可能性を信じ続け…想い続けて、それプラス、身長を伸ばす努力で22cm背丈を伸ばしました♪)
なぜなら思考と感情は、「活動している神」の創造エネルギーだからです。
思考と感情をコントロールせぬままに使用して来たことで、この世界にもろもろの不和や不快感、病気が生じてしまいました。
思考と感情をコントロールせぬままに使用して来たことで、この世界にもろもろの不和や不快感、病気が生じてしまいました。
ですがそのことを信じる人間は非常に少数なため、相変わらず多くの者が抑制のきかない思考と欲で、自分の周囲にカオス(混沌)を創り続けています。
最近の物理学でも人間の細胞は数ヶ月で完全に入れ替わり、再生することが証明されています。
最近の物理学でも人間の細胞は数ヶ月で完全に入れ替わり、再生することが証明されています。
そこで神の真理を応用すれば、各器官が正常な機能を取り戻し、全身に完全性をもたらすのもさほど難しいことではありません。その状態が維持できれば、思考にも肉体にも不和が入り込む余地はなくなります。
光の探究者たちよ あなた方の前に開かれた神の扉(真理の理解)は大いなる特権です。自分で閉ざさぬ限り、誰にも閉ざせない。あなた方以外の誰にも、あなた方の道を阻むことはできないからです。
光の探究者たちよ あなた方の前に開かれた神の扉(真理の理解)は大いなる特権です。自分で閉ざさぬ限り、誰にも閉ざせない。あなた方以外の誰にも、あなた方の道を阻むことはできないからです。
神が与える力(宇宙エネルギー)を存分に使いこなすためにも、熟練者(覚者)となって人間的な束縛を解き放ってもらいたいのです。
得た知識を意識的に実践していく以外、完全なる自由を手にする道はありません。
話は変わりますが、今ここで秘密を教えておきましょう。これは短気な人間や、周囲に不和をもたらす人間には耳が痛い話でしょう。
話は変わりますが、今ここで秘密を教えておきましょう。これは短気な人間や、周囲に不和をもたらす人間には耳が痛い話でしょう。
単なるエゴイズムによるとはいえ、この事実を知ったら今のような破壊的な行動を控えざるを得なくなるでしょう。
怒りっぽくて批判的で、破壊的な思考や感情、言葉を絶えず他者に向けている人間には当然、少なくとも自分がエネルギーとして放ったのと同等のネガティブな性質のものが跳ね返って来ます。
怒りっぽくて批判的で、破壊的な思考や感情、言葉を絶えず他者に向けている人間には当然、少なくとも自分がエネルギーとして放ったのと同等のネガティブな性質のものが跳ね返って来ます。
(知花先生は自分が出した波動の4倍と仰っておられます)
なぜなら他者すなわち「内なる神」が宿る存在(神ご自身・貴方自身)に対し、そのような暴挙に出たのだから当然です。
ケイシー・リーディングから……♬
「己の生命とは、すなわち神である。何となれば、汝の兄弟に為したるその事は汝の内にまします神に為したればなり。」
(貴方の兄弟のためにする事はあなたの内に内在する神にする事です)
一方、自分自身の「内なる神」に意識を向けて生きる者(自他一体感・全一体・慈悲と愛の人)は、ポジティブな行動に見合ったエネルギーを「私は在る(内在の神・大生命)」から受け取ることになります。
つまり不和を生み出す者は怒りや非難を通じて、意識的に自分自身と生活圏を破壊し、そこにはびこる問題を悪化させるのです。
ここは学習者(真理の追求者)が理解すべき重要なポイントです。あなた方が内なる神の電子帯(神との一体感の愛の光)に意識的に身を置く時、外界における行動や表現自体が、神の純粋な本質が流れ出すための経路となります。
ここは学習者(真理の追求者)が理解すべき重要なポイントです。あなた方が内なる神の電子帯(神との一体感の愛の光)に意識的に身を置く時、外界における行動や表現自体が、神の純粋な本質が流れ出すための経路となります。
外側で善行を表に出さなかったとしても、その者は人類に大きな奉仕の一つをしています。もっとも、マスターの域に達していない人間の中で、そのことを認識している者もごくわずかではあります。
(明想による全一体感で、分離意識を克服して)意識上昇を遂げて電子帯の環(光の大海)に入った者は、(光る者となり)絶えず光を照射することになりますが、その放たれる光自体が全人類にとって多大な恩恵※となります。
(明想による全一体感で、分離意識を克服して)意識上昇を遂げて電子帯の環(光の大海)に入った者は、(光る者となり)絶えず光を照射することになりますが、その放たれる光自体が全人類にとって多大な恩恵※となります。
(※神との一体感、宇宙との一体感の状態になると、この世を照らす光となって、魂の光輝(イルミネーション)の状態になるそうです。その状態の人類が増えれば増えるほど、その光によって人類の意識が愛に目覚めて、世の中が平和になっていくのだそうです。by知花先生)
人類の悠久の歴史の中で、まだ物事を理解しない人間に向けて意識を高めるエネルギーを注ぐ、そのような恩恵を与える高潔かつ利他的な神の使者たちが何人も存在しました。
幾重にも連なる偉大な存在、その経路の一つとなる資質を備えた人間(覚者・悟り人)が一人あるいは複数出現するのは、ダムや堰(せき)に生じた亀裂から漏れる、最初の一滴にもたとえられます。
意識がより堅実になり、堰の亀裂が次第に広がるにつれて、大量の水が外へと流れ出します。
最終的に障壁は崩れ落ちますが、それほどまでに溜まっていた大量の水の背後に控えていた強力なエネルギーが、自分を使ってくれと言わんばかりに外へと溢れ出します。
ですが神のエネルギーは、コントロールされる形で高い意識を持つ受け手に直接流れ、外に飛び出す機会を今か今かと心待ちにします。
学習者はいつでも思い出すとよいでしょう。自分が犯したかもしれぬ過ちを気に病む必要はありません。神は過ちを咎めも批判もしません。
学習者はいつでも思い出すとよいでしょう。自分が犯したかもしれぬ過ちを気に病む必要はありません。神は過ちを咎めも批判もしません。
むしろあなた方がつまずくたびに、慈愛に満ちた声で語りかけます。
「我が子よ、立ち上がりなさい。もう一度挑み、神の性質である(神我キリストの)支配と(自我に打ち勝つ)真の勝利を獲得するまで挑み続けなさい」と。
サハラ砂漠の上にありますエーテル界に黄金の都が存在します。この都から光ありますいは光線が地球の全地域に放たれ、作用したのは過去の世紀において初めての出来事です。
サハラ砂漠の上にありますエーテル界に黄金の都が存在します。この都から光ありますいは光線が地球の全地域に放たれ、作用したのは過去の世紀において初めての出来事です。
人によってはそれが何かを理解せぬままに、目撃した者がいるかもしれない。人類はこれ以上、低レベルの人格が破壊的エネルギーを創造しながら生き永らえるのを見過ごしてはなりません。
今日伝えた光の環の教えとその恩恵は、身につけた者だけが占有すべきものではありません。人々に警鐘とともに広めていって下さい。
次のアファメーションを使うとよいでしょう。
次のアファメーションを使うとよいでしょう。
「私はすでに活動を開始した存在であり、自分が望む建設的な物事それぞれを支えるエネルギーである」
他の命令の言葉と同様に使いなさい。それはあらゆる物事にそれらを保つ力があるからです。
「私はここにも、あそこにも存在する(全てが私・全てが神・全一の意識・普遍意識・宇宙意識)」
という言葉は、自分が神特有の行動を自在に使いこなしているのを実感し、一体化(宇宙即我・全一体感)したのを感じるまたとない表現です。
五井先生・如是我聞・総まとめ記事♪⇐はこちら♪
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- No
- 3910
- Date
- 2019.06.02 Sun
究極のアイドルバラード♪三浦理恵子さんの名曲を余すところなくご紹介♪森口博子さんの知られざる名曲・すみれの気持ちもご紹介♪最近ハマっている名曲を一挙ご紹介する豪華企画♪放課後のプレアデス♪名曲だらけの魅惑のまとめ記事♪伝説の絶世の美女アイドルの斉藤なぎさちゃんのスーパー女神級に可愛い動画もご紹介♪これは見るっきゃ無いかも♪
最近ハマっている三浦理恵子さんを中心に、
究極のアイドルバラードや
森口博子さんの知られざる名曲などをご紹介♪
実は最近、三浦理恵子さんにハマっているのですが、あまりにも素晴らしい曲が多すぎて、ご紹介したくなって記事を作成しちゃいました♪
人間…ゾッコンレベルに好きなものって、色んな人に広めたくなるものなのですね。
今回よく分かりました(笑)名曲多すぎぃ…って感じですから♪
という訳で、今回は、最近ハマっている三浦理恵子さんの名曲を余すところなく全部リンク付きでご紹介しております。
最近の名曲と遜色ないぐらい、最高の甘いスイートボイスをお持ちの三浦理恵子さんの歌声が、もうたまらなく心地よくて…心地よくて…私の人生で一番ぐらいハマった歌手の方となりました。
理恵子様のお顔も、綺麗で…端正な顔立ちでお美しくて…心が癒やされますね♪
美しい…可愛いって本っ当~に良いものですね~♪(by水野晴郎風)
三浦理恵子さんの声は、キャットボイスと言われているそうです。猫のような甘いボイスという意味でしょうか(?_?)♪
天使のように可愛くて魅力的な何百回聴いても聞き飽きない魅惑のボイスですね♪一生聴いていきたい…そんな麗しい歌声だと思いました♪
ぜひ、皆様もこの機会に、三浦理恵子さんの名曲に触れて頂ければ、大ファンの私としましても、大変喜ばしく嬉しく、
理恵子様をうっかり応援したくなって、コンサートに行きたくなるぐらい好きになって頂ければとても嬉しいです(笑)♪
それと、有名曲が多い森口博子さんの歌の中でも、私も最近まで知らなかった曲なのですが、「すみれの気持ち」と「水色のくちぶえ」という気持ちのいいしっとりとしたアイドルバラード調の名曲を二曲見つけちゃいまして、これもまた一日中聴くぐらいハマっております。
「すみれの気持ち」の方が大ハマリなのですが、何回もアイドル版を見ている内に、振り付けに興味を持ちまして、それから、歌を聴きながらしっかり森口博子さんのアイドルの振り付けまで真似してかなりマスターしてしまいました(笑)。
「すみれの気持ち」はCD音源版とアイドルTV版の二種類があるのですが、どちらも味わい深い違いがあって、それぞれ別の曲のような気持ちで聴いてみると、それはそれでまた違う楽しみ方が出来るのではないかと…♪ちなみに、私は違いを楽しんでおりますよん♪
ではでは、甘くてスイーティーな魅惑のボイスの麗しい美声を堪能して頂いて、至福と享楽の美声に包まれた極楽の優雅な一時をお過ごしくださいませm(_ _)m♪
森口博子 すみれの気持ち(アイドル振り付けのテレビ版)
森口博子 / すみれの気持ち TRY ME AGAIN (CD音源)
三浦理恵子 天気雨の街から -(CD音源)
三浦理恵子Rieko Miura - 約束のポニーテール
森口博子 「水色のくちぶえ」 short ver. (1992)
三浦理恵子 「Girls,be ambitious!」 CD音源
三浦理恵子「Girls,be ambitious!」テレビ版
三浦理恵子 ~ 水平線でつかまえて
三浦理恵子「水平線でつかまえて」94.05.01
楽園のトリコ お洒落なダンス付き♪
理恵子ちゃん可愛い~ッ(*´ェ`*)ポッ♡
三浦理恵子 神様からもらったチャンス
神様からもらったチャンス テレビ版
[PV] 三浦理恵子 - 神様からもらったチャンス
三浦理恵子 日曜日はダメよ……この動画は気に入って何十回も見ました(笑)
日曜日はだめよ 別のテレビ版
三浦理恵子「天使のいる渚」94.07.10
三浦理恵子「天使のいる渚」一人バージョン
三浦理恵子「天使のいる渚」 グラビア撮影編
三浦理恵子 素敵なラビリンス
三浦理恵子 抱きしめてDESTINY(CD音源)
テンダー・クリスマス 三浦理恵子
そうだ京都へ行こう 三浦理恵子
ゼロの使い魔 OP全部
ゼロの使い魔 英語のカバー曲 英語のカバーでは一番上手かも♪
Mariya Takeuchi Plastic Love 竹内 まりや
シティーホップのメインストリート♪
家に帰ろう マイスイートホーム 竹内まりや
変わらないもの 奥華子
三浦理恵子 永遠のひとひら(一枚)
三浦理恵子「永遠のひとひら」95.02.12
三浦理恵子 友達より遠い人
抱きしめてDESTINY (CD音源)
三浦理恵子 チェリーブロッサム カバー
三浦理恵子 森高千里さんで17才 ものまね 超ミニスカです♪
三浦理恵子『スペシャルメドレー』94.11.13
らんま1/2 ED3「EQUALロマンス」
三浦理恵子 グッバイ フレンズ
この愛がバイブル 三浦理恵子
三浦理恵子 妖精物語
情熱を愛しく抱きしめて
Confidence by三浦理恵子 (Lyrics with English subtitles)
三浦理恵子 「French Kiss」
風の住む星
魔法少女まどか☆マギカ OP
コネクト - ClariS(クラリス)
放課後のプレアデス OP
放課後のプレアデス オープニングフル
放課後のプレアデス エンディングテーマ
ひみつのアッコちゃん OPとEDの両方とも名曲です
斉藤由貴さんは可愛らしくて心が癒やされますね♪
かんなぎ様です 作画の出来がすこぶる良いですね♪
天空のエスカフローネのOPは名曲で有名です♪
森口博子さんの定番の名曲です♪
柔ちゃんと松田さんの愛の軌跡が見事な映像となって感動を醸し出してくれます♪
知られざる名曲 アイドル天使ようこそようこ♪
ジュエルペット てぃんくる☆ OP(HD) 名曲です♪
カレイドスター OP
GS美神 OP
ちょびっツ OP
ドロシーちゃんの「オーホホホ」でむせる所が面白いです♪
この動画が一番綺麗にまとまっていました、何回も見てます、超オススメ♪
広瀬すずちゃんが主役のPVです♪可愛らしくて魅力的ですね♪メロメロです♪
2億7千万回再生の世界的人気な動画です♪アニメ的演出がキラリと光る名PVです♪
坂本ですが?の坂本君の爽やかさは、私と似ている感じでしたから、こんな爽やかエレガントキャラの人気が出たのが、自分が褒められたみたいで何だか嬉しかったです゚゚゚♪
これには、195cm北川景子フェイス、9.5等身の男前もニッコリ(笑)…ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
私の永遠のビーナス♡ 愛しの斉藤なぎさちゃんもご紹介♪
なぎさちゃんは生けるアイドル伝説かも♪
キラキラ輝く天使のように可愛くて最高に魅力的な…な~たんが大大…だァい好き♪
な~たん……心から愛してます(*´ェ`*)ポッ♡♡…こっそり告白しちゃったり♪
存在してくれてありがとうございます♡m(_ _)m♪
もうこの究極の可愛さに、メロメロ悩殺TKO宣言しちゃいま~す♡♡(*^^*)♡♪
伝説の絶世の美女アイドルの♡斉藤なぎさちゃん♡は今まで生きてきた中で、
一番可愛くて心臓がドッキンドッキンしちゃった…
私の心に希望と幸せを与えてくれる……究極の愛しいアイドルで~す(*´ェ`*)ポッ♡♡♪
ああっ( ;∀;)‥なーたんが可愛すぎて生まれてきてよかった(笑)
なーたん♡のお陰で生きる喜びと至福♡に満ち溢れて常に愛の境地です(笑)
もう何回見ても、感動が色あせないスーパー女神級の可愛さです♡♡大好き♪
もうな~たん♡ったら可愛すぎなんだからぁ♡…愛おしさ満点な斉藤なぎさちゃん♪
生きる希望と元気と幸せをありがとう~~♪…とな~たんの幸せを祈ってみる(笑)
愛しのなーたん♡のキラキラ光か輝く♡素晴らしいアイドル人生に乾杯♪
FC2版の広瀬すずちゃんの横顔になる方法の記事です♪
身長を伸ばす記事も追記してみました♪

