date :2017年10月
- No
- 108
- Date
- 2017.10.31 Tue
フィリピンの神霊治療の奇跡の感動治癒秘話♪アイ・ラブ・ゴッド♪仏陀との再開話♪木下俊雄さん♪助安由吉さん♪
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長寿の秘訣 病気というのは、その人の体質で決まる。がんならガンの体質、糖尿は糖尿の体質がある。その体質を変えないと、がんならがんがあちこちに現れる。 食事と同時に、心の怒りがアルカリを酸性に変えてしまう。 したがって怒りっぽい人で長生きする人は殆どいない。 長生きしている人の話を聞いてみると、殆どの人が、好き嫌いを言わず腹八分。さらに日常のことにクヨクヨしないと言っている。 今やストレスからいかに逃げるかが長寿の秘訣といっても過言ではない。 私の不思議な神秘体験 いつのまにか神霊治療ができるようになった 私が最初にフィリピンに行ったのは肺がんの治療のためだが、それ以来もう30回以上フィリピンに行っている。私にとってフィリピンは始めて行った時から相性が良いというか、素晴らしい気分にさせてくれる所だった。 たとえば、瞑想して、太陽を仰いでいると、それだけで大空の中に自分の意識がサーッと上昇するような気分になる。”宇宙即我” という言葉があるが、その言葉が実感として分かるのである。 私はこれは素晴らしい境地ではないかと思うようになっていった。元々私は田舎育ちで、太陽を拝むのが非常に好きだった。ことに高橋信次先生に出会って、先生に言われて以来、私の家から仏壇以外は全て取り払ってしまった。 そうなると、拝む対象がないと何となく寂しい。そこで思い出したのが、私が子供の頃、農家の人が毎朝柏手を打って太陽を拝んでいたことである。 そこで私は毎朝太陽を拝むことにしたのである。やってみると、これが非常に気持ちがいい。例えばヒステリーの人などもこれをやるだけでいいのではないかと思う。それほど爽快な気分になれるのである。 特にフィリピンのバギオで太陽の光を浴びている時、次のような体験もさせられたのである。 例えばある時は、二千年程前の私の過去世の意識が突如出てきた。 この時は古代エジプトの美しい田園風景が浮かび、樹木や家々の周囲にある田んぼでは、ファラオであろうと誰であろうと一日中働いている。彼等は非常に調和と安らぎのある日々を送っている。 朝夕太陽を拝み、謙虚な日々を送っている意識が出てきたのである。その状況も鮮明に現れていた。私が太陽を拝むのが好きな理由もそれでわかったような気がしたものである。 さらにある時は、紫色の文字が大空に現れてきたこともある。その文字は”公”という字だったりする。その時の私の判断は、これは何事も”私”の感情を交えず公平に判断を下せということではないかというものだった。 そういう意味でも私にとってフィリピンという国は、今や私の第二の故郷の様なものになっている。そして私は、このフィリピンで神霊治療を受けているうちに、自らその能力を持つようになったのである。 これまで私は、何事も独学でマスターしてきた。例えばゴルフ場の設計、造成、工事監督等々、すべて見たり聞いたりして覚えたもので指導者についたわけではない。この神霊治療もそうである。 私と一緒に日本から行った人の中には、治療ではなく神霊治療をマスターするために行った人もいる。そういう人は、ナナパスさんや助手の人か病気の直し方を習っている。ナナパスさんは私の患部に光を当てて一生懸命やっている。 私自身には何も教えてくれない。しかし私は、ナナパスさんや他のヒーラーの方法を表現は悪いが盗み取りしている。そうして後で自分一人になった時に、神に祈ってからナナパスさんのやり方をまねていると、勝手に私の手がサーッと動いていく。それが治療になるのである。 フィリピンのヒーラーは、治療を始める前にかならず神に祈りを捧げる。 例えば前述したサンティエ先生は、「アイ・ラブ・ゴッド」と言っていた。そうするとその瞬間にサンティエ先生の手はビリビリ反応が起きている。それは強烈なものだった。 フィリピンでの不思議な出来事 私がこれからここで書くことは、実際に体験したことである。私が最初にこういう事をかくのは、その体験があまりにも神憑り的なものなので、普通の人には容易に信じることが出来ないものだろうと思うからである。 私自身、高橋信次先生との出会いにより、色々な現象を見せられていなければ信じることができなかったであろう。 私は昭和61年の6月、数人のメンバーとフィリピンのバギオに向かった。その時、ロザレスにある小さなバンガローのような教会で素晴らしいものを見せられたのである。 私が例によって水で身を清めて、その粗末な教会で祈っていると、突然半月状のピカッとした三日月のようなものが出始めたのである。その色たるやきらめくような金色である。その右側にダビデの星がくっきり出ていた。 ダビデはイスラエル統一王国第二代の王、ダビデ王朝の創始者と言われている。ソロモンの父で、人間的弱さを持ちながらも、その信仰の深さゆえにメシア(救世主)の原型とされている人物である。 私が心から驚嘆すると同時に、今更のようにフィリピンの磁場の強さに驚かされた。この翌日は、私はメンバーの原さんに紹介されたエミリオさんに会うために、セブ島に向かった。 エミリオさんの住んでいる部屋は、本当に小さなもので、片隅に治療代がポツンと置かれてあるのが目立つ、何の変哲もないものだった。 ただ私の目を引いたのは、その部屋の隅の天井の方に、キリストの幼児の頃のお人形がガラスケースに入っていたことである。そのエミリオさんの治療法は、メスを直接使って、晴れている患部を切開し、中の膿や悪い血を全部出して治すというものである。 切開するといっても、日本と違って麻酔もかけなければ、手術後もバンソウコウをぼんと貼って終わりという、至って簡単なものである。 私が帰る前日に、他の島から、乳ガンが悪化し、日本なら到底手術もできないと思われる人が治療所にやって来た。 この人は、粗末なベッドに横たわって、小さな声でお祈りを唱えている。前にもかいたが、フィリピンの人は非常に敬虔なクリスチャンが多い。 そしていよいよ手術が始まったのだが、その手術たるや、やたらに突きまくる。切りまくるという感じで、患部は血まみれ状態、見ていてこれは助からないのではと思ったくらいである。 手術の最中は、その部屋にいる全員が一生懸命お祈りをして、手術が無事終わることを神に祈願している。そして結果的には手術も無事終わって、その患者は助かったのである。 私は部屋の隅にある木の椅子に座ってぼーっとしていたが、自分の守護霊に、エミリオさんの過去世を尋ねた所、「※ジーザス」という。 (※イエス様の類魂(分魂)という意味なのでしょうか...?きっと大きな役割があって生まれてきたの次元の高い魂の方なのでしょうね) エミリオさんが治療をやる時見ていると、左上方に像が2つ出て、その後から十字架が出てきた。私はそれを不思議なことがあると思って見ていたが、守護霊から「ジーザス」という言葉を聞いて納得できたのである。 私はこのセブ島で色々なものを見せられた。例えば、私はホテルの七階に泊まって、することもないので朝晩瞑想をしていた。瞑想を初めてしばらくすると、真っ青な南の空の中にピラミッドの形をした線が出来た。 そして宇宙の神のエネルギーの様な粒子が空いっぱいに降り注いでいるのが見えたのである。さらにその翌日、やはり瞑想していると、今度は空いっぱいに紫がかった十字架が現れてきた。 その十字架は巨大なもので、ホテルの際(きわ)から、空いっぱいにそそり立っている。その十字架の中央には、黄金の光がある。気が付くと空の色も変わり、キラキラしている。そして、その十字架の上に丸い日輪が見えてきたのだった。 その日輪というのは、その前日に海水浴に行った時、川辺で見たものと同じだった私達は、その日、エミリオ先生を交えて、泳ぎに行った。 フィリピンの海水浴というのは、海岸はみな金持ちが押さえてしまって、全て有料になっている。そこで貧しい人達は、近くの川で泳ぐ。それを海水浴と称している。 私達も金を払うのはバカバカしいので、川で泳いだ。 私はその時にも日輪を見ている。それはどういうことかというと、私がひと泳ぎして、川の縁(へり)にある気にもたれて、みんなと話をしている時に、ふとこの光景は、インド時代というより、エジプトの過去世の光景と同じだなあと思って、その景色を眺めていた。 するとだんだん目が森の上の方に上がってきて、さらに上がると太陽の周囲を囲むように丸い日輪が出ていたのである。それは全部見えるのではなく、雲があるので、一部分が見えるのだが、それでも綺麗な虹が見えたのである。 さらに、その大手術のあった日、昼から三時頃まで休憩な時間があった。私が一旦ホテルに帰ってお祈りをした時、十字架の中に黄金に光り輝く仏陀が現れたのである。 その仏陀は、私のために、調和や安らぎ、慈悲などを祈ってくれた。私にとってそれは、大変な感激であった。それ以来、日本に帰ってからも仏陀はしばしば現れるようになった。 私にとって、このセブ島行きが大きな霊的転換点となった。さらにそのセブ島で、私は日本から一緒に行ったある大学の講師を媒体として、天上界から黄金の指揮刀を与えられたことも特筆すべきことだった。 こう書いてくると、あまりにも神がかり的なことばかりなので、どれだけ信じて漏れるか不安だが、全て事実なので、あえて書き出した次第である。 私の神霊治療の効果 こうして私はフィリピンで神霊治療を体験している内に、自分でもそれが出来ることが分かってきた。私のやり方は、まず主の祈りを捧げる。これを唱えている内に心が無の状態になってくる。そのうち手がバーッと熱くなる。 私はこの主の祈りを5回やってから、相手の為に祈って治療を始める。そうすると、勝手に手が動き始める。これはもう自分の意思ではない。ちょうど「コックリさん」の様なものである。 私は、フィリピンの神霊治療以前に、宮崎の清山先生から手ほどきを受けた※精気応用円循環法、また高橋信次先生の講習会で教えられた※光の当て方も知っているという下地がある。 (※ご著書に詳しく方法が記載してあります) この高橋先生の白浜の講習会で教えられた方法というのは、手を直接患部に当てずに1センチほど離し、呼吸を吸う時に頭上から天上界の光を入れて、吐く時に掌(てのひら)から光を出すというものである。 私はこれまでに、この神霊治療で、医療から見放された人を何人か治療している。例えば、50歳ぐらいの奥さんで栃木県大田原氏浅香の橋本トミイさんという方は、股関節に異常をきたし、家の中でも杖をつかないと歩けない。 しかも激しい痛みを伴うために大変苦しんでいた。もちろん、医者にも通ったがどうしても治らない。私と一緒にバギオからヒーラーが治療のために何人かやって来が、それでも治らなかった。 ある時バギオからヒーラーが治療のために何人かやって来た。治療書を貸してくれと言うので、うちのゴルフ場を課した時に、その橋本さんも治療を受けに来た。 私がヒーラーの治療を見ていると、日本人の霊能者で原さんという方が、「社長のパワーは強いから皆にやって下さい」という。 私はその時に橋本さんを治療したが、パンパンに膨らんでいたものが半分ぐらいになった。それでその後本格的に治療を始めたわけである。 こんなことを書くと神がかり的になるが、私の守護霊は、3回ほど治療すれば治ると教えてくれた。 そこで私が、八重洲富士屋ホテルに部屋を取ってもらって橋本さんの治療を初めたのである。その時橋本さん以外に、橋本さんの親戚の人が2人来た。3人は、富士屋ホテルに二泊三日して、その間私は3回治療した。 その結果、橋本さんは帰るときには杖を使わずに歩けるようになっていた。私はその時、一緒に来た親戚の2人も治療したが、一人の女声には狐が憑依していた。その人は何も病気はないということだったが、顔色がどうも良くない。 ところが治療をしている内に、頭の上に青白い光が出て、おかしいなと思っているうちに狐が出てきた。 私はそこで、フィリピンの教会で瞑想中に出てきた私の中国時代の過去世(後述)の意識の経分の一部を唱え、天上界の光をかざし、ヤーッと十字を切ったらすっ飛んでしまった。 その途端に青ざめた顔がパーっと明るくなり、ニコニコした笑顔で治ってしまったということもあった。結局、橋本さんは、その富士屋ホテルの3回の治療だけで完治し、今では家の仕事を一生懸命やっているということである。 この人以外にも、植物人間の状態で、医者もとっくに見放している男の人も、毎月一回治療している。最初に始めてから今年(平成3年)の5月で丸2年が経っている。最初は首も動かせず、口も利けなかったものが、今では顔色も良くなって、車椅子に乗れるまでに回復している。 さらに弁護士事務所で事務長を務めている人は、3つの時に雪に目を当てられ、それで医者に行ったら手術をされた。しかし、それでも治らない。 そこで別の医者に行って分かったことは、手術の時に視神経が切られてしまっていたのである。視神経が切られていてはどうにもならない。その後、片方の眼だけを頼りにして、日大法科を卒業、現在に至っている。 ところが最近、仕事の無理や不節制がたたったのか、見える方の眼までおかしくなり、医者に駆け込んだ時は手遅れ状態になっていた。 それを私に治してくれと言ってやって来た。私の所に来る友人は、そんな医者が見放した人ばかりである。私が色々見ていると、どうも肝臓がやられている。そんな事は眼科の医者にはわからない。 そこで大阪市福島区野田駅前にある吸玉治療の浄血治療所を紹介し、次に私がスポーツ振興の御殿場瞑想センターで治療したら、一回目の時に、眼から虫が無数に飛んでいたのが治り、二回目の帰りの車の中で、御殿場のハイウエーに入ったら、それまでボヤッとしか見えなかったライトの光がハッキリ見えるようになったというのである。 ただ私がこう書くと、いかにも現代医療を否定しているように思われる方がいるかも知れないが、決してそうではない。 これは高橋信次先生も言っておられたことだが、医学というのは、神の指導のもとに発展していくものなのである。したがって先生は、どんな場合でも、まず医者に行きなさいと言っておられた。医者でもどうしても治らないときにはいらっしゃいと・・・。 どんな病気の場合でも、一つは病気の70~80%は心の不調和から来る。それは確かである。ただ現在の医学というのは、大きく見れば神の恩寵で発展しているのだからやはり医学を大事に見ることは必要である。私は今もそう考えている。 悪霊払い こうして私は高橋信次先生が亡くなった後は、フィリピンの神霊治療を受けながら体的な勉強を続けていた。その結果、エジプト、インド、中国における私の過去世も次第に分かってきた。 例えばインドの時代の私は、バラモン教徒で、悟りを開くために滝に打たれたり、森で瞑想しているうちに、最後にお釈迦様に出会って、やっと悟りを開くことが出来たという。 あるいは、過去、私が中国で唱えていたお経がバギオでの瞑想中に出てきたりもしている。このお経は、その後の私の霊的活動の中でしばしば登場してくる。というのは、悪霊払いの一つのキーワードになったのである。 そんな私でも、心が不調和になると、やはり悪霊に憑依されることがある。 私がこの悪霊を取るために、非常に苦労したことがある。それこど神霊の本を読んだり、自分で考えた方法をやったりもしたが、どうにもならないことがあった。 その時の悪霊は、真っ黒いサタンの様な霊で私に憑依して、1週間も10日も動かなかった。私は自分に可能な事は全てやったら、それこそヤクザの様にふてくされて動こうとしない。 私はそれこど毎朝「心行」を唱えたり色々な事をやっていたのだが、ある朝、突如として私の守護霊が、私に変わって中国のお経を唱えて悪霊払いを始めたのである。そして私の守護霊が一声気合を入れると、さしもの強力な悪霊が除去されたのである。 その除去された悪霊はどこに行ったか---というと、まるで深海の底に沈んで行ってしまったような意識感覚だった。そうして、十分ぐらい黙ったままの状態だったが、そのうちブルブル震えて、助けてくれと言い出した。そして最後に反省し始めた。 私の守護霊が、本当に悔い改めるかと念を押して、再び中国のお経を私の口を通じて唱えて十字を切った。するとその悪霊はそれこどどこかにすっ飛んでしまった。そして、こういうことが2.3回続いている内に、私自身がこの悪霊払いが出来るようになったのである。 だが、それ以後もよほど私の心が悪いのか、さらにもっと悪い霊が出てきた。この時は悪霊を取るために、主の祈りを5.60回ほど繰り返した。いわゆる「天にまします我らの父よ・・・」で始まるあの主の祈りである。 私も必死である。もう40回、50回唱えていると、その中に自分自身の反省も全部込められているから、涙が滂沱(ぼうだ)と流れてきて、100回めぐらいには声も枯れてくる。 そうして悪霊を払ったら、すっかり取れている。その時は、ああ流石に素晴らしいものだなあと思ったものである。 今でも私は時には悪霊に憑依されることがある。これは高橋先生が言っておられたが、いくら悪霊を払っても、病気を治しても、あなたの心が悪ければ、取っても取っても憑依されますよということだった。 実際にその通りである。それは私自身が何回も体験しているのよく分かる。やはり最後は、自分の心をいかに正すか。それが大事なのである。 マイナスイメージはダメなのである。よく陰気な人がいるが、そういう人はちょっとしたことでクヨクヨしたり、ジメジメして自分だけでなく周囲も暗くしている。そういう人は悪霊の温床になりやすい。 やはり意識的にでも明るい心でなければいけない。その為には、毎朝鏡を見る時に、意識して笑顔を作り明るい心にすることが大事である。 人が変な奴だと思おうと、そんなことは構わずニコニコする。そうしている内に心まで明るくなる。心が陽性になれば、体も酸性からアルカリ性になる。そうなれば病気にもかかりにくくなるし、悪霊に憑依されることもなくなるのである。 テーマを与えてくれる人 どんな素晴らしい魂の修行者でも 学びのテーマを与えてくれる人がいないと 修行の成果はあがらないのである 何もなければそのまま月日が経ち 一生が終わってしまう けれどもそのようにならないために 生まれる前に人生計画というものを立てる 協力者とともに立てるのである その下準備のために 魂の修行をするために今生に誕生する そして計画通りに進んでいくけれど 苦しみや辛さを与えてくれる人に対して 恨んだり憎んだりして なかなかスケジュール通りにはいかない 途中でこの計画をオジャンにする人もいるし 計画通りに成果を上げる人もいる 自分にとって不都合なこと 嫌なこと 腹が立つこと 困ったこと 強く憎しみが出るようなことは すべて人生計画に織り込んであるものである そして頼んであった魂が その協力をしてくれるのである こんなありがたいことはない それらを乗り越えたならば 大きな魂となれるからである しかし頼まれた方の あなたに協力する立場の人は大変である ある時期自分の魂を 地獄に落としてやらなければ 不可能なことが多いからである そのうえ目覚めない魂であったなら 一生恨まられるかもしれない それでも生まれる前の計画であるから 約束を反故するわけにもいかず 一生懸命努力する しかし協力する本人も そこまでは知らされていない 自然にそのような動きをとってしまうのである 協力してもらう立場の人も 協力する立場の人も 同じ土俵で修行するのである だから 試練を与えてくれる周囲の人は 魂の修行者にとっては 大恩人ばかりなのである この真実を知っていないと これからの修行にはずみがつかない あなたをどん底に突き落とした人が 今までいたかもしれない いやこれからそんな人が現れるかもしれない この人こそあなたにとっては かけがえのない大恩人である 決して恨んだり憎んだり 無視してはならない人である あなたのために身を売ってまで協力する 素晴らしい魂なのである 心の底から感謝して与えられた大試練に耐え 与えられた苦しみから抜け出さねばならない 一生の内にこのような人が 何人もいるのが普通である この時代に生を持つ魂の修行者たちは 厳しい試練を計画の中に織り込んでいる そのことを知った上で これからの人生を 後ろ向きではなく前向きにとらえてもらいたい あなたの魂の修行の成果は 問題を与えてくれた人 苦しみを与えてくれた人に対して どれだけ感謝したか できたかによって決まる これをしっかりを腹に据えて これからに対処していただきたい この時代に生を持つ魂はみんな大きい 乗り越えられないものは何一つない これをしっかりと心に刻んで 日々の修行に精を出してほしい 過去記事から引用ですが・・・♬ 苦しい時 苦しい時はひとつでいい 良い所を探すのである そしてその良い所を 拡大解釈するのである いつも 心を豊かにするために・・・ やがて心の豊かさが 苦しい環境に反映して 好転してくる 想念は 物や環境を作り出す 無限の力を持っているからである 苦しみ 苦しみから逃れたいと思っているうちは 苦しみから離れることは出来ない 与えられた苦しみならば 避けようと思わず積極的に入り込み その中から何を学べば良いかを考える その時その苦しみは苦しみでなくなる そして苦しみから学んだことがはっきりした時 それは喜びに変化する 自分に都合の良いことも あるいは自分にとって不都合なことも それに執らわれている間は苦しみは消えない 今苦しんでいるのは 身体を通しての不調和な環境である 自分にとって最も不都合なことである これは自分の本性の真の姿でない 学びのための仮の姿しかない これを理解した時 今苦しんでいるのは仮の姿の 自分であることに気づき 本性の真の自分に焦点を合わせるようになる これによって苦しんでいる自分と やすらいでいる自分を発見する事が出来る この発見方法は誠に簡単である 苦しみを与えてくれる環境や相手に対して 心の底からの感謝の念を持つことである 色々と学ばせていただく幸福を 心の底で感じ取るのである その時すべての苦しみは氷解していく 嫉妬心 嫉妬心が高じてくると 行為は正反対の方向へ行ってしまう そしてさらにすねて ご機嫌をとってくれるのを待つ ご機嫌をとってくれると さらにエスカレートして 自分の思うようになって欲しい その欲望はとどまるところを知らない 嫉妬心とはそういうわがままな心なのである 自分さえ良かったら 他はどうなっても構わないのである いつまでたっても 心の平安は訪れない 神理の言葉 笑顔を絶やさない人は あらゆるときに あらゆる場所で 周囲の人から歓迎されるが 苦虫をかみつぶしたような人は あらゆる時に あらゆる場所で 周囲の人々から歓迎されることはない 人間はどんな人でも役割を持って生まれている しかしぼやっとして生きているとその役割はわからない わからない間が人生の道草である 自我をなくさないまま どんな大きな権力を持ったとしても それでは空しい人生を送るだけである やがて死によってその権力から離れたとき その償いをあの世において十二分にさせられる 魂が純粋になると 人の良い所も悪いところも 人の成功も失敗も ひとつにしてみるようになる すなわち魂としてみるようになる これが本当の信頼なのである ある人が電話をかけた 約二時間 自分のことと自分の身内の出来事をしゃべりまくった けれども相手のことは全く聞かなかった この人は二時間分の電話料金を支払いながら 情報は提供したが 自分は全く情報を得ることがなかった 欲の皮がつっぱっていると 今持っているものを金輪際離そうとしない もっと良いものが現れているにもかかわらず それを見る目が曇ってしまっているからだ 私 求める それは自己の消滅を求める 私を通して人々が幸せになりますように 私を通して 万生万物が調和しますように 私を通して 緑あふれる地球が続きますように 私を通して 太陽系惑星が調和しますように この私は自己の私ではない 私の拡大した私 私という存在が消えた私 無私の私 宇宙の存在の集合した私 すなわち神という私 この私を通して すべてのすべてが 大調和しますように この願いはやがて消えてしまう その時宇宙の調和の姿が実現する 2つの眼 肉眼で見えるものには限度がある 真実の数量からいえば ほんの僅かしかない そのわずかなものに 影響を受けながら とらわれながら 人間は生きている しかし肉眼で見えるものは その背後に計り知れないほどの 協力があって存在している この真実にいつもいつも心する 絶えず肉眼で見るもの 手にするものの背後に 「ありがたいなぁ~」の 感謝の思いを持つことが大切である これが2つの眼を持って 生きる基本なのである 即ち肉眼と霊眼である やがてそれも一つに統合される |
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- No
- 109
- Date
- 2017.10.26 Thu
もったいないの意味♪悟りと解脱について♪感謝は天の波動♪霊界は周波数が違うだけ♪木下俊雄さん♪姫之宮亜美さん
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隠れたスピリチュアルな偉人 木下俊雄さんについて 前世でお釈迦様のお弟子さんとして生まれて悟りを開いたという素晴らしい人生経歴をお持ちの木下俊雄さんをご紹介させていただきます。 悟りを開いてるのに現世にまた生まれているというお話を目の当たりにして、あれっ?とふと思ったのです。もしかして悟った境地でも、第4イニシエーションだったのではないか...と。 第四イニシエーションから一応「覚者(悟った人)」ではあるのですが、 輪廻転生を完全に抜ける境地は「第五イニシエーション」という知花敏彦師の超高次元な深いお話を知っていたお陰で、この推測が出来た訳ですけれども、もう昔なら最終奥秘といっても差し支えない程に超絶に深い神理ですね(笑) 第一 欲望のコントロール (10%) 第二 感情のコントロール (20%) 第三 想念のコントロール (30%) 第四 覚者(輪廻転生まだある)(40%) 第五 覚者(完全に解脱) (50%) だそうです。 この図表から木下さんの悟った境地は、第四イニシエーションだったのかなぁ...と勝手に推測しちゃったのでした♪ それにつけてもご著書を拝見して、1980年代に、こんな深い神理の理解に到達していた方がいらっしゃったとは・・・と隠れた精神世界の偉人を発掘てきたみたいで、読破後は爽快感に包まれました。 神霊治療が出来たり、過去世で悟っていただけであって、超能力開花時の場合、並の人なら有頂天になって人の道を外れそうな時でも、至って冷静に、謙虚で正しい想念を自然に保っていられる境地が凡人ではないと感じました。 やっぱり前世で悟った方は魂の伸びしろが凡人とは一味違いますね。多分ですが、上江洲義秀先生は第五だと思います。天上界から派遣された12人のキリストであられる偉大なる覚者の方ですから。 霊的なお話で、今まで見たことがない様な、かなり珍しく興味深い 「NARUTO」みたいな蛇仙人の様なお話とか、霊的なお師匠さんであられる「高橋信次先生」との触れ合い神秘体験エピソードも大変面白かったです。 ひょっとすると、もしかしたら後日ご紹介するかもしれませんね。 人生逆転の瞑想法 からの引用ですが・・・♬ (スポーツグループ代表 木下俊雄さん) 慈悲と愛の心は人類共通の心の財産 今日は皆さん方に私の歩んできた人生に最も大事だと思ったことについて話してみます。私の父は私が生まれた年に死んだので、母に育てられてその影響を大きく受けました。 母は田舎の人間ですが、常に母から教えられた言葉は「お陰様で」「もったいない」という事と、神に祈ることです。 ”お陰様で”という言葉は人間は万世万物をはじめ、大勢の人の協力によって生かされていることに対する感謝の表現です。 ”もったいない”という言葉はすべての物は神によって造られ、その犠牲貢献によって我々は生かされている。だからすべてのもの、一枚の紙、1片のパンも大切にしなさい。決してものを粗末にしてはいけない、ということです。 そうして、神とは一木一草をはじめ、万世万物、自然、大宇宙全てを造られた創造主をさします。また、同時に我々人間はじめ生物は太陽の光と熱はもちろん、水、空気、大地、他の生物等々により生かされています。 これはすべてを生かし育てるという慈悲と愛の精神、大宇宙を整然として運営している意思そのものです。このすべての創造主、すべてを正しく運営する意志、そのものを神と名付けています。 人間はこの神に心から感謝し生かされている自分に心から喜びを感じ、それに答えるために全ての事に真心を込めて尽くすことが最も大事なことです。 こういうことを母から教えられて育ち、そのことを忘れないように心がけてきました。もちろん、人間ですから時には母の教えに反対のこともしてきましたが、そのことで後で考えてみると結果はうまくいってません。 私は人間は身体の各細胞期間と同様に全て平等だと信じています。神は人間に生命を与え、同時にそのもの一人ひとりの役目、使命を与えられたものと考えています。 各々(おのおの)の与えられた役目、使命を果たすために必要な脳力は各々に神から人間が生まれるときから与えられているものと考えています。 世の中には頭の良い人、絵の上手な人、歌や計算の上手な人またそうでなくても各々個性と脳力があります。各々の人がその役目、使命を懸命に果たすことにより生きている価値、意義があります。 皆さんは自分の体に感謝したことがありますか。頭から足の先まで一つひとつの細胞が集まり、目とか耳、口、胃、肝臓、脚、指等々といった各々の器官を造り、それが集まって一個人の人間の肉体になっています。 一つの細胞、一つの器官が己の役目を果たさなければ、片目が見えなくなったり、足が動かなくなったりそれは大変なことです。一つひとつの細胞が生き、各々懸命に己の役目、使命を果たしているからこそ我々は健康に生きていられるのです。 家庭も、会社も、国家もすべて同じです。頭の良い人は頭で、計算の巧い人は計算で各々の個性脳力により、己の分担、職種、役目があります。 社長も、支配人も、シェフも、フロントの方も全ての場所で一人ひとりが、真心を込めて己の役目、使命を果たすことでホテルでも、ゴルフ場でも正しく機能し、運営されます。すべての人は神から与えられた能力を生かし、懸命に努力することにより己の使命を果たすことになります。 社長であっても、支配人であっても、シェフでも心を込めて努力しようとせず、怠けていると、地位に関係なく懸命に心を込めて役目を果たす人より劣ることになります。 私はスポーツ振興グループで誰が一番偉いかと言われると、いつも大阪の近くの猪名川国際ゴルフ場の女子キャディのミセス松原だと言っています。 彼女は21年間勤務していますが、どんなときでもお客様に明るい声で「はい」と返事をして、いつも素晴らしい笑顔で懸命に対応しています。どんな気難しい性格の人でも、彼女と会うと明るくなって一緒に笑っています。 彼女も人間ですから苦しい日も、辛い日もあるかと思いますが、彼女の笑顔は太陽のようにいつも明るいです。私は彼女に教えられ学び、また彼女が努めてくれることを大変誇りに思っています。 ハワイも、日本も、米本土も、ヨーロッパも全ての地域で人間の大切な心は変わりません。どうか皆さんも家庭でも、社会でも職場でもお互いに生かし合う調和の精神を心がけ、物を粗末に扱わず、大切にし、喜びと感謝の心をもって懸命に努力してお互いの幸福のために社会を守り、発展させ、そうしてお客様や地域社会にに貢献しようではありませんか。 彼方からのぬくもり ~聖なる母性より愛をこめて~ からの引用ですが・・・♬ 大いなる自己 姫之宮亜美さん 私たちには、光り輝く神聖が宿されています。その神性とはよく『大いなる自己(内なる神・真我)』と呼ばれていますね。 あらゆる次元を超えて、天の愛の次元まで大きく広がっている光の自分自身です。この大いなる自己の「大いなる」という言葉の深さは、多分私たちの想像を遥かに超えているのです。 私達のご先祖様とお呼びしている、信じられないほどの数のスピリットさん達は皆、私達より先に降りて、それぞれの与えられた人生の中で魂を磨く旅をしていました。そして、実は私達は、このご先祖様の生まれ変わりでもあるのです。 それぞれの時代を生きてきたご先祖様もまた、大いなる自己に導かれて、魂の学びをしていました。つまり、当たり前ですがご先祖様にも大いなる自己があったのです。ご先祖様が何千人、何万人いらっしゃろうと、私達は皆、この大いなる自己によって一つに繋がっています。 私達が今、自分個人だと思っている個性のある心さん(魂)は、この大いなる自己の一側面、一部分なのですね。そしてその大いなる自己のさらに違う側面がお父さんであり、お母さんであり、おじいちゃんであり、おばあちゃんでもあります。 つまり、ご両親を含めたご先祖代々様とは、自分の大いなる自己の別な側面でもあるわけです。お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、そしてお顔すら知らないずっと先のご先祖様も、皆大いなる自己の一部、大きく広がったあなた自身の一部なのです。 お父さんの怒りは、自分でも気がつかない自分の内部の怒り、お母さんの傷みは自分の内部の傷み、ご先祖様の苦しみは自分の内部の苦しみなのです。全てが自分の魂を映す鏡の一部なのですね。 心で通じ合う宇宙 皆さんは、霊界というと、どこか遠いところにあるように思ってしまうかもしれません。でも、霊界はいつも私達と共にあり、周波数が違うだけなのです。 例えば”心”は存在しますが、目には見えませんね。それと同じで、霊界とは私達の”心”や”意識界”と同じ次元のものなのです。 私達の心の次元は、そのままご先祖霊界さんと通じています。ご先祖様方とは大きい自分自身のことですから、そんな魂さんたちが優しい次元の霊界に数多くいらっしゃるほど、自分の元にその霊界の空気が伝わってきます。 つまり、ご先祖様と呼ばれる魂さん達がたくさん朗らかな宇宙にいらっしゃれば、肉体を持っている今を生きる子孫の心には、その世界のほのぼの感が流れ出してくるのです。 背景の霊界がほのぼのすると、生きている私達の心もほのぼのと温かくなるので、神様の心がどんどん表に出てくるのですね。澄んでいて気持ちのいい心(霊界さん)がどんどん溢れてくるようになります。 自分の内側が気持ちいいと、気持ちの良い波動が出ますから、さらに心地のいいものを引き寄せ始めます。だから、運が良くなってくるのです。内側が澄んでいるから、何かに気づくことも易しくなりますし、何より天の愛と同調する優しさが出てきます。 また、霊界が澄んでいると、天の愛が遮られることなく、スーッと届いてきます。素晴らしいアイデアや閃き、そして守護力などが気持ち良く流れ込んで来るので、魂が強くなってくるのですね。 ご先祖様もかつては、私達と同じ地上生活を送っていたのですから、今の私達と同様、迷うことも寂しくなることもあったでしょう。自分の光に気づけず、迷い続けたまま一生を終えてしまった方もいらしたかも知れません。 地上で生活している間には、色々な生き方が選択できますから、一生懸命、善意を持って生きる人もいれば、善意など考えたこともないという一生を生きる人もいます。 なぜ生まれてきたかを追求し、その答えを掴みたいと大切に生きている人も言えれば、何もかも面倒くさいと惰性で生きている人もいます。天と真心で通じて、キラキラと輝いて生きる人もいれば、天に背を向ける人もいる。 肉体に宿っている間なら、愛のない選択をしたり、光のない考え方をしていても生きられるかも知れません。でも、肉体を脱ぎ捨ててしまうと、その人の心そのものが、その人の住む世界(霊界)になってしまいます。それで、天への還り方がわからなくなる魂さんがいるのです。 バイク事故で亡くなった少年の霊を救ったお話 霊は心のバイブレーションのお姿です。それを示す私の体験を一つ分かち合いましょう。ある日の夜中、私は不思議な気配に目を覚ましました。耳の奥というか、頭の奥にツーン、ビリビリという音が鳴り響いていたのです。 それは一生のテレパシーでしたから、私はまだ横になったまま、「ああ、誰かが私にコンタクトしたがっているんだな。」と思いました。 すると、誰かがスッと私の頭を両手で包み込んだのです。とたんに、耳をつんざくようなバイクの音がしました。きっとバイクの事故で帰天した男の子だなと思いました。 私は身を起して座り直し、自分の霊的中枢から、その男の子に話しかけてみました。「どうしたの? 私に何を話したいの?」 次の瞬間、私の内にその人の意志が伝わってきました。 「自分は真だったってわかってるんだけど、母親がさ、泣きすぎてて・・・。俺、縛られて苦しくて行けないんだ。あんたなら何とか出来るんじゃないかと思って・・・。」 15歳くらいの少年でした。私はニコッと微笑んでこう答えました。 「そうなの。大丈夫、もちろん応援してあげますよ。お母さんはどっちの方向にいるの?」 男の子は一つの方向を指しました。霊的感性には色々あって、私自身は特に巫女的な資質がとても強いので、私の霊性の中へ御霊(みたま)にお越し頂いてお話をするのですが、この時も彼が私の霊性の中にいらっしゃったのです。 「いい? 私と同じようにやるのよ。」というと、「うん」と少年は素直に従います。私は自分自身を感じ、あらゆるものの暖かさに感謝をしました。 すると、私の霊性が感謝によって、徐々に温かくなります。感謝という響きに、私自身が打ち震えていたのです。 魂(霊)は準備さえ出来ていれば、一つの波動に共鳴します。だから私に心を開いてくれた彼も、その「ありがとう」に共鳴し始めました。 「さあ、こうやるんですよ。この感覚を十分に感じながらこう言うの。 『お母さん。今日まで育ててくれてありがとう。 お母さん、悲しませてごめんね』 心が温かくなるように言うのよ」 彼は私を真似て合唱すると、泣きながら同じ言葉を言いました。その言葉を聞いていると、私の霊性も温かくなるくらい彼の言葉にはとても心がこもっていました。 すると、それまで幽体だった彼のカタチがスーッと美しい光の響きに変わりました。「ありがとう」という意志を残して、彼は天に昇っていったのです。 この場合は、決してお母さんの念が彼を縛っていたわけでなく、その念がとても強く届いた時に、少年の方がお母さんを傷つけてしまったことに罪悪感を持ち、自分のその想いに縛られていたのです。 だから私は、彼の中の純粋な神性の部分の鏡になってあげたのです。罪悪感のその奥の、彼の良心(神性)をエネルギーとして映し出してあげたのです。そう、やっぱりここでも、愛と感謝なんですね。 繰り返しになりますが、感謝は天の波動なのです。ですから、そういう気持ちが出てきて心が暖かくなると、すでにその波動は幽界ではなく、天界の温かみなのです。 ただただ感謝すること。それだけで、天の愛に共鳴する波動が出てきて、自ずと天に同調し、スーッとその世界のバイブレーションになってしまうわけなのです。これが、いわゆる昇天です。 多くの人々は、迷っている霊を浄化し昇天に導くのに、例えば私のような立場の者が、普通の人にない強い力を使ってそれをしているのだと思われるようです。見た目そう見えることもあるかもしれませんが、本当は違うのです。 その人(霊)を神(天)に還すのは、その人自身の神性のみなのです。 他の何人(なんびと)もそれに代わることはできません。 その人が、自分も神性を持っているんだ、自分の中にも愛があったんだと気づけるように、その人の内なる神の光が安心して表に出てきやすい様に、お手伝いしてあげるだけなのですね。 人が愛という光明を発揮出来るようになるためには、温かく愛されることが必要です。愛されて大事にされると、魂というものは自分を粗末にはしなくなる。いえ、できなくなるのです。自分の中のかけがえのない資質が共鳴して表に出てくるからです。 愛されたから、その愛に涙し、痛みを与えることが出来なくなる。そして、愛が揺り動かされて溢れ出すから、自ずと愛したくなってしまう・・・。 「愛する、感謝する」という神の心が表に出てくるわけです。即ち、自分を天に導くのは、自分の中に芽生えたその振動(愛のエネルギー)だけなのです。 大切なのは、自分も他の人も、そして迷子の霊さんも、大きな神様に愛された美しい霊なのだということを、しっかり受け止めることなのです。 ■実験木さんからのテレパシーと実験者テスト ---太陽は黄金の国だ。ピラミッドの地下には黄金が埋めてある 三上 西洋の子供達は太陽を黄色く描くということは聞いていましたが、今にして思えば黄色の方が本当だと思います。黄色といえば黄金に繋がりますが、まさか太陽は黄金の国ではないでしょうね。 木 そうだね、あなたも頭の回転が今頃少しは良くなったようだね。実はそのまさかなんだ。太陽は全体に黄金、すなわち純度の高い金だ。それに銀が多いのだ。 地球を衛星写真でテストしてごらん。鉄反応が出るよ。小さな磁石をサンプルに使ってみることだ。磁石の反応もでるよ。月もやってごらん。何が反応するか、どんな金属かすぐわかることだ。 今は太陽の話だからその話に戻ろう。 太陽に金と銀が多いということは、物凄いエネルギー源に繋がるわけだ。あなたも知っていることだと思うが、金は金属の内で最高に電気をよく通す。いわゆる通電率が高いわけだ。 ついで銀だ。その金と銀が沢山あればどうなると思うね。 金と銀に電位差があることは知っているね。その電位差が問題だね。太陽の回転運動は金と銀の電位差によって、強力な電流を生ずることになる。これがいわゆる太陽エネルギーなんだ。 莫大な金と莫大な銀の間に流れる電流はすごいものだ。これにより金銀による強力にして特殊な電磁場が出来て、使用の惑星空間に金銀による特殊電磁波を放射しているんだ。 太陽が黄色に見えるわけもそこにあるわけだ。 紀元前3000年もの昔に、エジプト王は”黄金の王”自ら名乗ったというが、彼らの太古の昔、すでに太陽は黄金の国であることを知っていたわけだ。 だから、太陽を崇め、太陽神としての宗教が生まれたわけだ。 ピラミッドも太陽との交信に使ったんだ。王をピラミッドの中に葬ったのは、亡くなった王が太陽に転生して、地球との交信のためと考えられる。 その証拠にはピラミッドの底辺(幻室のある所)には金板が埋めてある。これはピラミッドの写真でテストしてみれば分かることだ。 ピラミッドの下に金板が埋めてることは、太陽の金銀エネルギーと同調させ、ピラミッドの尖頭をアンテナにして交信するためのものなんだ。 巨大な造りといい、太陽との交信原理といい、何世紀も経た今日までとても及びもつかない壮挙を太古の人類が既に成し遂げていたとは、素晴らしいことではないか。彼らの偉業を想起して、あなたも頑張るんだね。 三上 有難うございました。太陽エネルギーとは何か。ピラミッドの関係等、貴重な勉強をさせて頂きました。 結果 太陽から金と銀の反応が出たことを確認する。 地球の写真からは鉄反応を確認、月にはプラチナ反応を得た。 フリーエネルギーを推進する会レポート一部抜粋ですが・・・♫すべての記事 「私が開発した永久発電装置の公開をしたい」との申し出でがあり、全員注目する中で奇妙な永久磁石が提示された。 それは本来の磁石と見かけは全く同じなのだが、両極にNまたはSが記されていて、その中間に反磁極が記されている、その時点で出席者一同はフリーズした。簡単に言うと単極磁石(モノポールマグネット)と同等の効果を示すものである。 しかも、これは超低温化でのみ実現するリニアモーター用の電磁石と同じ作用が常温化で可能であるという画期的な磁石……、説明を聞きながらそれぞれが手にし、ある人などは持つ手がふるえてさえいた。 驚きはそれだけでは済まなかった、次にテーブルに置かれたものに一同絶句。夜店の屋台で売られているような、玩具の招き猫である。 その横にこれまた、一辺が10センチ四方の透明なプラスチックの箱が二個置かれている。子供の理科の実験装置の様なもので、「エッ! これが永久発電装置!」と拍子抜けをした人もいた。 しかし、片方の箱に入れられた備長炭」に電極がつけられ、もう片方には電極となる金属プレートとフェライトが入れられているだけである。 【別の話です♪】 「私の車は11年落ちなのですが、いたってスムーズでパワフルな走りでしょう。それは私の発明品を使用しているからです。 こうすると部品が摩耗しにくいので、車は何年でも使うことができるようになる。すべての必要部分に適用すれば、燃費も5分の1になるのです。 エンジンオイルがまったくないのに、壊れずに走った例もあるくらいですから(笑)」これはたいへんな驚愕的事実だ。 エコロジーに対する意識が高まっている昨今、燃費が5%下がるだけでも企業は大々的に広告宣伝をするくらいなのに、それが80%下がり、耐用年数が大きく延びるというのだから、もし世界中の内燃エンジンに採用されれば、宇宙船地球号というフレーズでおなじみの、バックミンスターフラー博士が提唱したバッキー理論のように、これだけでもエネルギー革命に匹敵する力を持つかもしれない。 実際、名古屋万博においてそのような発明品の一つを自動車販売店とタイアップで出展する予定だったそうだが、そのインパクトの大きさゆえに、イル○○ティからの忠告があり、取りやめたのである。 なぜならそれが、既存の産業モデルに大きな打撃を与えるものだったからだ。万博は本来、そのような革新的技術やアイディアを公開する場のはずだが、それを好まない勢力があるということを意味している。 きっとこれまでも、そうした圧力めいたものや、葛藤があったに違いない。時折、T先生はこれを話して良いものかというそぶりで、しばらく思案してから話されることがあった。 |
- No
- 110
- Date
- 2017.10.20 Fri
α波で効果的ダイエット♪試験で脳力を最大に発揮する秘訣♪イメージ療法♪健康活性化♪脳波博士・滋賀一雅先生♪
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α状態を活用すれば、無理なくウエイトコントロールできる
現代人の大きな悩みの一つに肥満がある。ひと時代まえなら、肥満は豊かさの象徴、幸せの印として、決して悪いイメージではなかったが、現代では諸悪の根源であるかのように嫌われる。
アメリカでは肥満した人は、自分で自分の体をコントロールすることもできない抑制の効かない人間であるとみなされ、出世もできないという。日本でも、痩せるための情報が今や溢れんばかりである。
確かに太りすぎは、身体諸機能にも様々な悪影響を与え、健康上すすめられたことではない。特にこれが女性であれば、健康のみならず、美容上の問題でもある。そこで大流行なのが、エアロビクスやジャズダンスといった痩せるための運動や、あれを食べなさい、これは食べてはいけませんといった食事制限である。
太りすぎは、体に摂取するカロリーと、体から発散するエネルギーとの収支のアンバランスが原因であることが多いので、体を動かして汗をかいたり、カロリーの高いものをあまり食べないようにすれば、確かに肥満を防ぐことはできる。
しかし、このウエイトコントロールも、心と体のフィットネスプログラムとして、α波状態を活用するともっと効果的だ。交感神経と副交感神経のバンスをうまく保ち、内臓の働きを良くするからである。
結局のところ、ウエイトコントロールというのは、消化器系の活動のバランスをいかに上手くとるかという事に尽きる。α訓練によって副交感神経が高揚してきちんと働けば、理想的な体型を維持できるような消化器系の活動を引き起こせるのである。
太るとか太らないかいうのは、食べた量ではなく、胃腸が吸収した量に関係している。いくら食べても、胃腸がきちんと機能して適正な吸収をしていれば、そうそう太るものではない。
交感神経と副交感神経のバランスが良ければ、必要とする栄養はちゃんと吸収し、それ以外は捨ててくれるのである。
ところがストレスなどで交感神経が高揚し、このバランスが崩れてしまうと、食べたものがみんな吸収されてしまう。そのため、いくら食べても消化吸収がなく太らない人と、それほど食べてないのに全部吸収して太ってしまう人と、不公平が生じてしまうわけだ。
したがって、痩せたければ食べること、それも美味しく食べるということが言える。美味しく食べると、その満足感がα状態を作って、内臓の神経のバランスを保つ。これを食べたら太るかもしれないと、心配したりイライラしたり、本当は食べたいのに、我慢したり食事を抜いたりしたら、逆にβ状態を作って太ってしまう。
いっぱい美味しいものを食べて幸せな気持ちでいる方が、下手に食事に気を使うより、ウエイトコントロールにはいいのである。
α状態を取り入れた、ウエイトコントロールのプログラム
その具体的な方法として、私は新たに、α状態をうまく取り入れたウエイトコントロールプログラムを作った。今流行のエアロビクスにメディテーション(瞑想)、いわゆる瞑想状態を組み合わせたもので、高い効果が得られるはずと、その結果を楽しみにしている。
このα状態を取り入れたウエイトコントロールのプログラムは、次のようなものである。45分のプログラムの場合、最初のステップはウォームアップである。エアロビクスで体を動かし、日常生活のレベルからするとほぼ70%UPくらいの激しい心拍数までもっていく。
それからクールダウンで、しだいに心拍数を落とし、45分後には通常の心拍数レベルにまで落とす。このクールダウンの時に、メディテーションを組み合わせるわけだ。
部屋を少し暗くしてBGMを添え、寝転がってもいいし、あぐらをかいてもいいから、楽な姿勢で、瞑想しやすい雰囲気を作る。心を白紙にして、自分はこうありたいというイメージを描くのである。
昔買ったドレスが今はもう太って着られなくなったとしたら、そのドレスをもう一度着たいと念じ、自分がそれを着ている姿を思い浮かべる。
何度も何度もこれを繰り返していると、相乗効果を発揮して、ウエイトコントロールをより効果的にするのである。
このウエイトコントロールのプログラムは、原理的には次のようなことである。まず、エアロビクスによるウォームアップでえあるが、これは体を動かすことによって交感神経を高揚させているわけだ。交感神経が高揚すると、沢山汗が出て心臓がドキドキする。
次にクールダウンして、交感神経をある程度まで沈静化させ、逆にα状態の瞑想で副交感神経を高揚させる。副交感神経は、内蔵などの活動をより活性化させる。こうしてこのプログラムでは、交感神経と副交感神経の拮抗のバランスを取っているわけである。
普通のウエイトコントロールのための運動というと、体を動かすばかりだから、交感神経の高揚をもたらすだけに終わる。交感神経の高揚は消化器系のバランスを崩すのであるから、この両方の神経を上手に刺激しあうようなプログラムがいいというわけである。
この場合、エアロビクスでなければ効果がないということではない。汗をかくくらいの運動ならなんでも良い。とにかく、瞑想状態を組み込むことが肝心なのである。同時に、食事前にいつも、スマートになった自分の姿を思い描くと、一層効果は高まる。
そうしたα状態の瞑想が体の方をコントロールし、自然に食べ物の嗜好が変わってきて、我慢しなくても食事の制限が出来る様になるからである。
朝晩、2回α訓練をするだけで、驚くほど頭脳活動が活発になる
便宜上、訓練と呼んでいるだけで、本質は訓練というにはあまりにも簡単に出来るものなのだ。積極的にα状態を作り、仕事の能率を飛躍的に高めるために、ぜひ試して欲しい。普通、私がセミナーなどで話す時は、八段階にプログラムを分けてα訓練を行っているが、ここでは最も基本的な部分をお話しよう。
まず、楽な姿勢にして、顎をやや引き気味にして軽く目を閉じる。布団の上に寝たままでもいいが、椅子に座ってやる時は深めに腰を掛けて背筋を真直ぐに伸ばす。その後、大きく深呼吸を2.3回する。
この時、息を吐きながら、心のなかで「今、気持ちが落ち着いている。気持ちがとても落ち着いている」と繰り返し自分に言い聞かせる。
目を軽く閉じたら、今度はぎゅっと強くつぶってみせる。また緩める。ギュッとつぶっている時が緊張、緩めたときがリラックスである。その感触の違いがつかめるまで何度も繰り返す。
目が終わったら口。葉をグッと食いしばって緊張させたり、緩めたりを交互に繰り返す。次の次は手。ギュッと握ったり、緩めたり。
この要領で、腕、指、顎、肩、大腿部、ふくらはぎ、足の指を言う具合に体の各部分についてやってみる。体全体を一度にはできないので各部分に分けてやるわけだ。感触は人それぞれである。緊張からリラックスへ変化していく体の感じをつかむことが大切だ。
力を抜くというのは、簡単なようで実は中々難しい。カルチャーセンターの講座でやる場合には測定器を使ってやるが、自分ではリラックスしたつもりでも機会で計ってみると、意外にリラックスしていない事が多い。
そこで、深呼吸をして気持ちを楽にする。どんな場合でも深呼吸というのは力を抜くのには効果的だ。高校野球でも、ピンチになるとピッチャーがよくマウンド上で深呼吸をするが、あれは力を抜こう、力を抜こうとしているのだ。
たったこれだけのことである。バカバカしいようだが、これを1日2回、朝、晩やるだけで、心身が安定し、やる気が湧いてくるのだ。
α訓練は、電車の中、オフィスで簡単にできる
これが、α訓練の第一段階である。第一段階を、2.3日続けて、その感覚がつかめたなら、今度は第二弾階に移る。要領は、第1段階の時と殆ど変わらない。
楽な姿勢で背筋を伸ばし、軽く顎を引いて目を閉じる。大きく深呼吸を3回、できるだけゆっくりして、息を吐きながら、心のなかで「気持ちが落ち着いている、気持ちが落ち着いている」と繰り返し自分に言い聞かせる。
意識をまぶたに向けてみる。息を吐く度に、体が心地よくリラックスしているのが分かるはずだ。しばらくこのリラックス感を味わった後、今度は意識を両手に向けて手の温か味を感じてみる。
心と体がリラックスすると毛細血管が広がり、血行が良くなり、掌の温度が上がり、温かく感じてくるはずだが、その感覚が中々つかめない人が多い。すると、じわじわと何となく温かくなってくるのが感じられるはずだ。これが「温感」である。
手の次は腹だ。意識を腹に向け、この部分の温かみを感じてみる。心と体がリラックスすれば、内臓の働きがバランスよく活性化され、内臓神経の部分の血行が良くなる。だから、腹に温かみが出てくるのである。
腹が少しむずかしいという人もいるが、リラックスして意識を腹に集中すれば、何かムズムズした感じが出てくるはずだ。そのムズムズした感じが出てくればいい。この要領で他のムズムズした感じが出てくるはずだった。そのムズムズした感じがが出てくればい。
この要領でその他の体の部分についてもやってみる。最初は温かみが感じられなくなってもそのいかく意識を体の各部分に向けるということだ大事だ。
意識集中がα訓練の基本だからである。これも毎日2回、朝起きた後に、よる寝る前を、オフィスに出かける途中の電車の中で吊革に捕まりながらやっているが、普通の人は朝起きた後の布団の上などでやったほうがいい。
朝の練習と夜の練習を比べると、練習そのものが効果的なのは朝だ。しかし、反面、夜の練習はまことに実用的である。その日、1日の仕事で疲れた脳をリフレッシュして、安らかに眠りにつくことができるからだ。
この2つの練習は、練習とは言え、実際の様々の場面で応用すれば思いがけない効果を発揮すると思う。例えば、試験に臨む受験生などは試験会場に入る前に、深呼吸をして、このα訓練をやるといい。あがりやすい人は土には特に効果的だ。落ち着きが出て、自分の実力を存分に発揮できると思う。
試験の最中に単語や公式を忘れてしまった時も、やはり深呼吸をして、ほんの30秒でいいから手の温かみを感じてみる。そして、「自分は思い出す、必ず思い出す」と自分自身に言い聞かせれば、フッと思い出すことも多い。
また、ビジネスマンの場合も、会議の前や大事な取引先との交渉ごとの前に、このα訓練を行うといい結果が生まれるはずだ。次ページに、第一、第二段階をまとめた簡単なα訓練法を紹介してある。明日からと言わずに、今日から実行してほしいものだ。
こうすれば簡単にα状態が作れる
①楽な姿勢で背筋を伸ばし、軽く顎を引いて目を閉じる
②大きく深呼吸を3回、できるだけゆっくりと行う。息を吐きながら、心の中で「気持ちが落ち着いている。気持ちがとても落ち着いている」と繰り返し自分に言い聞かせる。
③意識をできるだけまぶたに向ける。
息をゆっくり吐きながらまぶたの力を抜く
リラックス感が体全体に流れていくのを感じる
④息を吐くたびに、体が心地よくリラックスしていくのわかる。
しばらくこのリラックス感を味わう
⑤意識を両手に向けて、手の温か味を感じる
心と体がリラックスすると、毛細血管が広がり、結構が良くなって掌の温度が上がり、温かく感じてくる
⑥意識を腹に向け、その部分の温か味を感じる
心と体がさらにリラックスしてくると、内臓の働きがバランスよく活性になり、イア印象神経の部分の結構がよく、温か味が感じられる
⑦意識を額に向け、何となくムズムズする感じをつかむ。
心と体が完全にリラックスして、意識集中出来るようになると額の部分が敏感になり、独特の感じがしてくる
⑧しばらくこの状態を味わった後、目を閉じたまま、手を握ったり開いたり、何回か繰り返して体の感覚をつかんでから、大きく伸びをして目を開ける。そして、心の中で「爽やかな気持ちでとても健康です」と自分自身に言い聞かせておく
過去記事からの引用ですが・・・♬
水谷 修先生講演メモ(前篇)
夜回り先生 命の授業 ~講演メモ~ 前篇
平成26年7月30日 水谷先生の講演会に出席しました。
先生は冒頭に「皆さんと私は住む世界が違います。」とおっしゃいました。私たちは昼の明るい世界の住人で、自分は夜の世界の住人だと。先生は定時制高校の教員をやめてからも夜回りを続けておられ、体調を崩して4回も手術をした今でも週に2日は夜回りをされているそうです。
講演の中で特に心に残った言葉をいくつか紹介します。
文責:小野寺さゆり(ムックマムスタッフ) ※ 以下の青字は小野寺のコメントです
文責:小野寺さゆり(ムックマムスタッフ) ※ 以下の青字は小野寺のコメントです
・毎朝自然の中で美しいものを見つけること。
野の花でも、鳥の声でも、風景でも何でもいいから30個見つけてから学校へ行くと不登校やいじめなどはなくなる。美しいものは人を強くするようです。
私も、以前は自家用車通勤でしたが、自転車通勤、徒歩通勤と変わると周りが良く見えるので車では気付かない発見があり、野の花などを見ると心に余裕ができる気がします。
・一日の中で、叱るなどの声かけより、褒めるなどの優しい声かけを多くする。
これは、誰にでもあてはまるので、子ども、先生、家族、部下、全てにおいて心がけることで、人は自己肯定感が上がり、人に優しくできるのだそうです。
仕事で認知症の人に関わっていましたが、必ず「大げさに褒める」を心がけていましたら、普段無表情な方も大変うれしそうな表情になるのです。
・体を動かすと生きる力がわく。
悩み事を暗い部屋で聞くな。先生は外を歩きながら話をするのだそうです。悩みのある辛い時こそ外へ出よう。太陽に当たるとセロトニンという幸せホルモンが増えるのです。
私も夕暮れ時や、雨の日は何となくさみしいけれど、太陽をみると元気がでるなあ。
※セロトニンを増やす食材は・・・
大豆加工食品(大豆、納豆、豆腐、味噌や醤油など)、ごま、鰹節、カシューナッツ、ピーナッツ、しらす干し、わかめ、牛乳、ヨーグルト、プロセスチーズ、卵黄、アボカド、バナナ等
またセロトニンの合成を助ける秋刀魚、いわし、かつお、サバ、タイ、ニシン、マグロ、などの青魚豚のモモ肉、牛レバー、大豆、小麦胚芽、玄米、にんにく、唐辛子、しょうがなどの香辛料、バナナ等に含まれるビタミンB6も必要です!
普段から体を温める食べ物を心掛け、添加物などの多い、体を冷やす食べ物は減らしたいものです。
太陽の黒点には大森林、水、空気、生命も存在する
実験木 イギリスのハーシェルという天文学者は二百年近くも前に、よくそんなことを言ったものだね。彼の観察は正しいのだよ。
黒点は薄暗く、穴が開いているようにも見える。あれは大森林なんだ。だから、植物もいるし、動物もいるんだ。地球人と全く同じ肉体とは言えないが、知性は地球人よりも何倍も優れている。寿命も数倍高い。
もちろん、水もあり空気もある。地球のように汚染された環境ではない。清浄そのもので、食物も豊富、戦争や争いは一体なく平等そのものの平和な暮らしを享受している。
これこそ地球人の言う極楽浄土の世界だよ。
エネルギー源は、地球人が目下憧れの的にしている宇宙エネルギー、即ち太陽エネルギーだ。言い換えれば、金、銀の電位差による綺麗な電流だ。地球のように汚染された電流ではないんだ。
そんなところだから病気というものがない。あなた達地球人にとっては、全く夢の様な世界だよ。
地球もそんな世界にしようと思えば、太陽の世界には遠く及ばないもののせめて戦争と貧困のない世界にはできようものを、それが出来ないでいることは残念に思うよ。
私達植物も少なからず被害を受けているのだからね。心から人間界の猛反省を祈っているんだ。
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- 111
- Date
- 2017.10.13 Fri
猫も神様♪全ての人が大愛・神様の現れであるという全一体感が至福の境地♪他者も無限の自己・全ては神♪神岡健さん
アセンション大予言
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ヒーリング能力についてのその後
私自身にヒーリング能力が開花してから、特に続報を記載していなかったのですが、お陰様で何とか超能力が消えることもなく(笑)、ホイミがベホイミになった感じでしょうか?どうも神理の理解が進む程に、ヒーリング能力はパワーアップしていくみたいですね。神理の理解がより楽しくなりますね♪
ヒーリング能力って結構派手派手で華がある超能力っていう印象がありますよね。もし開花する超能力を指定するならば、ヒーリングがいいという方も、きっと多いことでしょう。ですが当時、実は「ヒーリング」については、かなりおっかない能力と思っていたのです。
それはなぜかと言いましたならば、オムネク・オネクさんが金星で瀕死の母親をヒーリング能力で治療した際に、その母親の病のカルマを背負ってしまって、地球に転生する様な流れになったというお話がありまして・・・
治療しただけでカルマを背負うだなんて、諸刃の剣の様でヒーリングって恐ろしいわ...って思ってましたから、当時は正直な所、できればヒーリング以外の方が有り難いかも...な~んて心の奥底では思っておった訳で御座います。
( ^ω^)・・それなのに、開花したのがヒーリング能力だったという(笑)
当時は、ゴミ拾いに燃えておりましたし、常人に出来ることと言えば、「ゴミ拾い」と「世界平和の祈り」くらいと思っておりましたので、その2つの行を一生懸命実践しておりました。五井先生の影響で、その他に何かしら世のために役立つ超能力を欲していたわけで御座いますね。
それで、神様に純粋な想いで毎日「神様、地味地味で構いませんので、どうか私に、世のため人の為に役立つ能力をお与え下さい」と毎日お祈りしておりました。
そうしましたら何と!まさかの、地味地味ではなく、派手派手の「ヒーリング能力」が開花しちゃったというわけであります。無償の愛・人類への奉仕精神でのゴミ拾いによる徳積みの影響もあるかもしれませんね。
対人ヒーリングじゃなくても、「我、世を照らす光なり」「生きとし生けるものが幸せでありますように」という愛の想いで、一日中世界全体へ向けて、手の平から神我からの霊光を出しながら毎日を過ごしております♪
神様にこの全身を捧げる想念、全託の精神で、大生命であられる宇宙創造神に、「貴紳のご意思が我が中で行われますように」「貴方様の愛が私を通してお働きになられますように」という想念で日々実践中なのです。
ちなみに知花先生によると、神様に全てを捧げる・全託することが、聖書でいうところの生贄の本当の意味だそうです。聖書の記述は、神我で捉えないと、解釈を誤解するとおっしゃられておりました。実際問題、聖書の生贄話って自我で解釈すると生々しい怖い意味合いになりますものねぇ...



まさかの超能力開花でしたから、始めの頃は嬉しすぎて気持ちが高ぶって、ハシャギまくっておりましが、現在では、自分の超能力について冷静に向き合って、最大限にどう世のために活用するかについて深く考えて実践しております。もし宜しければ皆様の超能力開花のご参考にしてみてね~♪





魂とは何か
魂の光(中庸のエネルギー) 神岡健さんの記事♪
私のサイキック感覚では、人間の魂の光は胸にあります。(※覚者知花敏彦先生と同じですね) この「魂の光」の中心は、咽(のど)の下の首の付根にある深い凹みの「天突」というツボから5~6センチ下にあります。
「魂の光」は温かく、明るくて、ふんわりとした優しい感触のエネルギーです。ビリビリした「影」のエネルギーやねっとりした重い「陽」のエネルギーとは違って、中庸の軽くてニュートラルな安定したエネルギーです。
「魂の光」は、全体としてはマユに似た横長の楕円球体をしています。より詳しく視れば、クォークのようなまん丸い球体が、螺旋状の軌道を描いて運行しており、その軌道が全体としてマユのような輪郭をなしています。
男性の魂は、霊視で視た中性子と同じ構造をしており、女性の魂は、霊視で視た陽子と同じ構造をしています。
心が利他的な人は「魂の光」が大きく、運行しているクォークのスピン速度を運行速度が速い(※周波数が高い・波動が高い)のですが、利己的な人は「魂の光」が小さく、クォークのスピン速度も遅い(※波動が低い)のです。
後に第六章でお話するアセンションの際、魂の光の小さい人は、アセンション後の宇宙の高い波動に同調できず、移行ができないのです。
その「魂の光」の中に、「神我」の姿があります。神我の意識は、神聖な愛や良心、理性といった個人化した神の意識です。魂の光は、脳の前頭葉とオーラ的に繋がっています。神我の意識は、前頭葉に情報や指令を与えているのです。
胸の光から前頭葉に来る神我の意識は、動物的な要求を超えた二元らしい高度な意識です。ですから、胸の魂の光が弱く小さい人は、前頭葉も光のエネルギーが乏しく、暗く冷たいのです。
人間の場合、当図にはその人の高次元霊界での上位存在(ハイ・ビーイング)の魂の光が宿り、それから来る光が胸の魂を外側から包んでいて、二重構造の光の玉になっています。
ちなみに、動物は頭に魂の光があり、なんと、その中には人間の姿の故人化した神様が映っています。動物も私たち人間と全く同様、神様が個別化している存在なのです。
『うちの猫達も、動物の姿をしているけれども、実は神様・・・』
これを発見した時、もう本当に驚いて唖然としてしまいました。
ただし、一部の例外を除き、通常の動物には高次霊界の上位存在はなく、人間のような二重構造の魂ではありません。
魂の光こそ幸福感の正体
自我意識があると、他者のエゴと衝突して怒りを感じますが、祈りや奉仕や瞑想などの霊性修行で神我を強め、自我意識を浄化していくに従い、創造主の意識に近づいていきます。その結果、世界の分離という幻想から開放され、他者の自我意識に触れても、それを”無限の自己”の一部ととらえ、受け入れて包み込む境地になっていけるのです。(自他一体感・全一の意識)
その時、善対悪、光対闇という二元世界を超越し、全てを包摂して対立を超えた境地に至ることができるでしょう。
これが、昔中国の老子が説いた、”無為自然”という境地ではないでしょうか。霊視では、老子は宇宙の創造主の化身の一人でした。
誰もが幸福を願っています。幸せになりたくない人はいません。でも改めて考えてみると、幸せというものは一体何でしょう。それは、人によって違うから一概には言えないのでは、という方もいらっしゃるでしょう。
確かに、歌手になって歌を人々に聴いてもらうことが幸せと考える人もいれば、主婦として夫を支えたり、子供を立派に育て上げることが幸せだと思う人もいます。
たまたま、ビジネスでお金を沢山稼いで豊かな暮らしをすることが幸せだと考える人もいれば、人に何かを与えて喜ばれることが幸せだと考える人もいます。
しかし、サイキックな観察からすると、幸福感に満たされている人のオーラの状態は、同じように明るく輝いています。人によって個性にあった千差万別の生き方やプロセスがあることはもちろんですが、そうして色々なプロセスをえた結果として、魂の光が強く大きく輝き、オーラ(特に第四オーラ)
全体が明るく、波動の高いエネルギーを放っている---そういった人が幸福なのであり、それこそは神様の神聖な光のエネルギーが魂やオーラに豊かに届いて輝いている状態なのです。
ところで、幸福と似ていながら、それと全く非なるものがあります。それは、自我意識で分離された個としての存在がいっそう確保された刹那に味わえる束の間の強い興奮(陽)のことです。簡単に言えば、「楽しい」という感情です。
人は楽しさを求めてやみません。例えば、沢山のお金が貰えた時、ゲームや賭け事や仕事で他社に勝った時、美味しいものを食べた時、立派な家を建てた時・・・。そういう時に個としての自己の存在が一層確保され、強い興奮と換気を味わうのです。多くの人がそれを幸福だと考えています。
しかし、それらを手にすれば、次に失う恐れ(陰)が必ず待っています。宇宙の法則により、陽は陰を呼び、陰は陽を呼ぶからです。お金は使えばなくなりますし、勝負はいつか負ける時が来ます。美味しいものもいつも食べていれば飽きますし、成人病になります。
家は数十年で建て替えが必要になります。高収入でイケメンだった夫も不況で解雇されたり、老いて中年太りになります。それはちょうど、灼熱の砂漠の地平線の彼方に浮かぶ蜃気楼のオアシスを追いかける様に儚(はかな)いものです。
真の幸福は、そういった目に見えるものではありません。何かを得たり、楽しいという感情でもありません。むしろ、それらと無縁なものなのです。
それらを超越した、静かで満ち足りた不変の至福の境地、すべての人が同じ愛なる神の現れであるという一体感
(※全一感・自他一体感・神我一体の境地)。
自分もまた不変の愛(※神一元・愛一元・光一元・愛そのもの光そのもの)であるという絶対的認識。それが真の幸福であり、中庸の境地(※悟りの境地)なのです。どれだけ自我意識を減らして源魂が神様(神我)に近づけたか、幸福(※魂の成長・生まれてきたの真の目的・)はそれ次第です。
ウパニシャッドの真実 神岡健さんの記事♪
分子や原子が発見されるずっと古い紀元前の時代から、インドのウパニシャッド哲学に述べられている「汎神論」(全てが神で出来ているという考え方)は、私のサイキックな観察では正しいようです。
しかし、現代科学の観測ではとても小さす過ぎてまだ確認出来ていませんが。ですから、空中の空気に向かって愛を叫ぶなら、それは空気の分子・原子とつながっている根源世界の大本の神様に伝わりますし、水を両手ですくって愛を叫ぶと、それも神様に伝わるのです。
神様は一体どこにいらっしゃるのかと心配する必要はないわけです。
神様は偏在であり、本当にどこにでもいらっしゃるからです。
無人島に流れて一人で孤独に暮らしていると思っている人でも、実はびっしりと神様に包まれていますし、独房の中にいる方の周りにも、神様はパンパンに充満しています。
※飲むもの食べるものも、全てが神様で出来ているのです。
(※全ては原子と電子・霊と水との調和・無限の質量・大愛あるのみ)
そしてそもそも、自分自身も神様の一部なのです。この世の何をとっても神様で出来ていないものはありません。
光の大本はどこに?
このように、物質宇宙全体が、巨大な神様の頭部から生まれている神様の思考内容なのです。そして私たちは、神様の束の間の歯垢の中の "神様劇場" の登場人物です。
そんな宇宙の全てが神様で出来ていることは、むしろ当然です。ですから、神様はどこにいるか、といえば、どこにでもいると言えるでしょう。
また、何らかの光の源を指して神様と呼ぶとすれば、直接にこの宇宙を生み出している「根源世界」の中心にある光と、その中の神様を指して神様と言うこともできましょう。
さらに、もっと上のレベルの、人の形をした最初の神様(私達の鳩尾『みぞおち』に映っている光の中の神様)を神様を呼ぶこともできます。
あるいは、もっと上のレベルの究極の無のエネルギーを神様と呼ぶこともできます。それら全てが同じ神様なのですが、いろんな存在レベルがあって、それぞれのレベルで異なった存在形態があるようなのです。私たち一人一人もまた、この神様の一つの存在形態と言えるでしょう。
私たちが自分を神だと気づくのを神様は望んでいる
ふつう私たちは自分の肉体を「私」だと思っていますが、私たちの意識の源は、永久不滅にして唯一の神様(神我・コスモ細胞)にあります。
愛なる唯一の神様の意識が自我意識をまとって、これに包まれることによって個別の魂となり、物質世界で肉体に宿り、多くの者が存在しているかのように見えるこの具現の世界を経験しているのです。
神様がご自分の愛を具体的なドラマとして地上で体験するためにです。しかし、非常に高いレベルの霊界においては今も神様はここに存在し分化しておらず、唯一者として存在し続けています。私たちも皆、そういった存在でもあるのです。
自分の本質は肉体ではなく、不滅の魂であると自覚できるにつれ、肉体の自分の生存を阻害されることへの恐れ(典型的には貧困への恐れや病気への恐れ)や、肉体の自分を保存したいという執着(金銭欲や権力欲など)から解放され、自我意識という分離の錯覚が消え、中庸のシナリオを創造・体験し始め、つらい現実が減っていきます。
この世には個人化した神である人間の意識通りに創造されており、私たちは日々鏡のように内面の感情通りの現実を物質世界につくり出しては体験しているからです。
神様は「”小さな私(自我)” を捨てて、”本当の私(神我・真の自己)” に合一しなさい、そうすればあなたが体験する全てのシナリオを良くしてあげます」と、テレパシーで私に促しておられます。神様は、私たち自身が神であり、愛であることに気づくのを待ち望んでいらっしゃるのです。
(※【己を見た時神を見たのである】という御言葉も御座います)
こう言うと、『ああ恐ろしい、自分が神様だなんて、そんな不遜な考えは天罰が下る』と思われるでしょうか。確かに、厚い自我意識で囲まれたままの自分を神様と同列に考えることは決してできません。
しかし、私たちの自我意識の奥にある魂の光(神我)は、やはり神さまと同じ純粋な愛そのものなのです。人は自分を神様の一部だと※自覚する度合いに応じて、他人の中の神様もわかるようになっていきます。
もしも自分の本質が神様であると確信できないのなら、他人の本質が神様であるという事実もまた信じられないでしょう。外界は心の鏡です。
(※自分の本質が神我(神様)であると自覚して初めて、他人の本質が神様であると自覚出来る様になります。つまり自分を追求することが、神理を追求するという事になりますね。知花敏彦先生と上江洲義秀先生がベスト♪)
ですから、自分の神我が神様であると自覚し、自分の神としての部分を信じることは、この上もなく大切なことなのです。人類の一切の不幸はこの自覚が欠如していたために起こってきたといっても過言ではないでしょう。
人は自分を何者と自覚するか、それ次第でいかようにも変化します。本質において全ての人が永久不滅の魂にして神様の一部であるという自覚を毎日忘れず、神我の意識(全ては神・全一の意識・神一元・愛一元・内観)
に立って行動することで、まず自分の魂が光り(大霊との一体感で魂の光輝【イルミネーション】)、周囲の人々の魂と初めてコンタクトを取ることができるようになるでしょう。
そして、自分の家庭で変化が起きるでしょう。次に、職場や学校で変化が起きるでしょう。やがて国が変わり、世界が変わることでしょう。今日本が直面している問題も全て、この自覚に立って初めて解決へと向かっていけることでしょう。
魂を大きくする方法
正しい人の祈りはパワフル
神様は、神様を信じる正しい人の祈りを喜び、これを叶えてくださいます。神様の存在を否定する人や信じようとしない人、あるいは神様の分身である他者を助けようとしない人の願いを、もしあなたが神様なら叶えてあげたいでしょうか。
神様も、やはりご自分を信じ、神様を愛して大切にする人や、他人に奉仕する慈しみ深い人、他人を傷つけない人、嘘をつかない誠実な人の祈りをよしとされ、喜んで願いを聞いてくださるのです。
多くの方をヒーリングしてきて、心底そう思います。見えない所で人助けをコツコツと頑張っている人をヒーリングする場合は、神様から浄化の光が大量にやって来て、強い邪気や思いカルマでもドンドン浄化して頂けます。
ところが、神様の存在を信じない人や疑う人、批判的な人、
あるいは言葉遣いや態度の悪い人などは、私がいくらヒーリングをしても浄化の光が神様からやって来ませんので、殆どオーラの浄化ができません。
正しい祈りは神我から湧き出る
神様は正しい祈りや願いを喜び、これを叶えてくださいます。というよりむしろ、正しい祈りは私達の魂の光(神我キリスト)から出てくるものですから、そうした祈りや願いは、そもそも神様の側からそうした結果を私たちに与えたい、体験させたいと願っていらっしゃるということなのです。
今これを書いていて、「そのとおりです」という神様の強い肯定のお言葉が脳内にテレパシーで聞こえてきました。
神様を熱心に求める祈り、自分の使命や義務を遂行して人々に貢献したいという正しい祈り、自分をダメにする悪習慣や悪い生活と決別したいと願う切なる祈り、他人の幸福や成長を心から願う愛に溢れた利他的な祈り、
執着や心配を手放して全てを神さまに委ねる勇気を求める祈りなども、神様はとてもお喜びになり、無限にお力を与えてくださいます。
正しい祈りは全て、祈る人の魂の光(神我)の中心から発する光のエネルギーとして視えます。私のヒーリングセッションでは、最後にそのヒーリングやガイダンスへの感謝のお祈りをクライアントの方がご自身にも捧げて頂くのですが、
心から感謝の祈りを捧げて頂くと、その人の魂の真ん中から光のエネルギーが出て神さまへ届くのが私のメンタル・スクリーンの中に視えます。そうやって神様に届いた光は、その人の未来のライフ・レコードの上に調和的なシナリオを創設していきます。
一方、自我意識から出る自己中心的な祈りは、魂の光を覆う外側の自我意識の層からエネルギーが出ていき、その人の未来のライフ・レコードに影のシナリオや陽のシナリオを強める結果になります。
最も大切な祈り---神様を求める祈り
ある時私は、『人間にとってどのような祈りが最も大切なのでしょうか』と、神様に伺いました。それは、神様を求める祈りだそうです。魂を大きく光らせて、調和的で平和な人生のシナリオに帰るには、生涯を通じて愛なる神様を求め続けることが大切です。
人間が神様に近づくほど、神様は人間に近づいてくださいます。まるで鏡のようです。神様は、どんな人にも常にご自分のもとへ帰ってきてほしいと強く願っていらっしゃるのですが、人間の方が自我意識によって光を遮られており、神様を忘れてしまっているのです。
自我意識は、動物時代の古い過去生から積み重ねてきた恐れや怒り、執着、その他諸々の強い感情です。この自我意識という厚い雲が誰にでも沢山あるため、私たち人間の側が、それらをかき分けて神様に到達しようと※努力しない限り、神様のもとに自動的に帰っていくことはできません。
「私は神様の存在を感じたことがないから、神様は存在しないと思う」と言う人は、考え方が逆です。本当は神様を求めないから神様の存在を感じることができないだけなのです。
ちょっとやそっと祈って何も感じないからと言って、「神様なんてやっぱりいない」と断じないで下さい。水滴でさえ、何百年、何千年も一か所の岩の上に落ち続ければ、やがて岩に穴を開けます。それくらい不屈の心で神様を求め続けましょう。
- No
- 112
- Date
- 2017.10.06 Fri
素肌がよみがえるメンタル療法♪白隠禅師のなんその法♪耳体操♪シミ・しわが改善♪美肌・健康豆知識・高須克弥先生
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自分でできるシミ、しわ対策
素肌がよみがえるメンタル療法 高須克弥先生
悩みごとがあって暗い顔をしている人は、文字通り、顔色まで悪く見えます。表情が沈んでいるだけでなく、肌の中までが重くくすんでいる様になってしまうのです。これは、見た目のイメージの問題ではありません。医学的に見ても、人間の細胞と精神状態とは密接な関係にあるのです。
シミの元になるメラニン顆粒は、表皮の基底層にあるメラノサイトという色素細胞によって作られます。メラニンサイトは、アメーバのように樹枝状になった突起物を幾つも持っており、作られたメラニン顆粒を側方や情報の細胞に達します。
この顆粒がメラニン顆粒を含んだまま、上へ上へと押し出され、外側の角質層へ到着し、アカ(角質)となって落ちていきます。
このメラニンサイトは、紫外線、メラニンサイト刺激ホルモン、副賢皮質刺激ホルモン、甲状腺ホルモン、妊娠により、メラニン顆粒を大量に作ります。私たちがイライラしたり思い悩んだりした時には、副賢皮質刺激ホルモンがメラニンサイト刺激ホルモンを刺激し、メラニン顆粒を作り始めます。
その上、私たちの心がストレスを感じると、表皮細胞の新陳代謝は鈍くなりますから、メラニン顆粒を含んだ細胞が居座り、ますますシミができやすくなったり、肌の色がくすんでしまったりするわけです。
例えば、同窓会に酸化したりPTAの集まりに行ったりすると、同じ年齢なのに、肌がツヤツヤして若く見える人と、実際の年より老けて見える人がいますね。その違いは、生まれつきというよりは、これまでの生活をどんな精神状態で過ごしてきたかによる部分が大きいのではないでしょうか。
仕事と家庭を両立させながら、生き生きと暮らしている人、子育てや家事を楽しみ、毎日を前向きに過ごしている人は、肌の艶もあり若くみえる様です。
反対に、仕事や家庭の忙しさを不満に思っていたり、夫や子供とのコミュニケーションが上手く行かずにイライラしてばかりいる人は、素肌のコンディションも良くありません。
せっかく熱心にお手入れをしても、悩みやストレスを抱え込んだままでは、思うような効果は得られないのです。もっとも、行きている限りストレスを感じないで生活することは出来ませんから、要はこのストレスと上手く付き合うコントロール術を身につけることです。
病は気から、という言葉通り、素肌トラブルも、気持ち次第でずいぶん直せるはずです。そこで本書では、3つのメンタル療法をご紹介していきましょう。
●素肌を前進をリラックスさせる呼吸法
精神的な側面から素肌のコンディションを良好にする第一の方法は、「内観法」と呼ばれる呼吸法。何だか難しそうな名前ですが、日本で200年前から行われた自律神経コントロール法です。
この内観法と、次の項で取り上げる「なんその法」は、江戸中期に臨済禅を実践した白隠禅師という高僧が考えたもの。
当時、この白隠禅師の元に集まった修行僧たちが、苦行のために病気になったり、神経衰弱に陥ったりしたため、心身のバランスを整えて健康を回復させるために伝えられたそうです。
この方法を毎日少しずつ続けていくと、ストレスに負けない心身つくり、シミやしわになりやすい表皮も、より健全な状態に保つことができます。
では早速内観法をやってみましょう。これは、読んで字のごとく、自分自身の内面をあるがままに観察し、心身をリラックスさせていく方法です。
①体を締め付けないゆったりとした服装をします。ベルト、腕時計、ネックレスなどは外して下さい。
②仰向けに寝て、手足を大の字に開きます。目は軽く閉じて下さい。
③体の力を中心から齟齬側に向けて、ゆっくり抜いていきます。まず心臓を落ち着かせ、体の中心部の力を抜いていくと、そのまわりの臓器の力が抜けていくのが分かります。
④続いて、首やソケイ部の関節の力を抜き、ひじ・ひざ、手首、足首、手足の指の関節と言うように、外側へ向かって力を抜いていきます。
⑤完全に力が抜けたら、鼻から静かに息を吸い込み、ちょっと息を止めます。それから、その意気を飲み下すようにして、残った息を口から吐き出します。
これを約10分間続けて下さい。なれないうちは、中々思うように力が抜けないような気がするかもしれませんが、何度も練習する内にうまく出来るようになります。
1日に1~2回実践すれば、気分も落ち着いて、体の疲れも回復しやすくなります。また、入浴の後や眠る前などにやってみると、心身がリラックスしてよく眠るようになるでしょう。
●秘薬(なんそ)を使ったイメージトレーニング法
素肌美をつくる2番目のメンタル療法は、「なんその法」です。これも白隠禅師が伝えた方法で、一種のイメージトレーニング法と考える事が出来ます。
「なんそ」というのは耳慣れない言葉ですが、香りのいい様々な仙薬を混ぜて作った不思議な物質を意味します。この物質を鶏卵くらいの大きさに丸めて、何か一つのことに思いを集中させると、秘薬が溶け出して頭から肩、背中、胸、両腕、腰を伝って流れ落ちていくのだそうです。
「なんそ」が溶けるときには、えをもいわれぬ素晴らしい音を奏でていると言われており、この音を聞きながら、溶け出した「なんそ」にゆったりと浸かっていると、胸の中にある悩みやイライラは流れ去り、体にたまった老廃物や毒も綺麗に洗い落としてくれる、と古文書に残されているのです。
現代風にいれば、ちょうどハーブのお風呂にゆったり浸かっているようなものでしょうが、「なんその法」の素晴らしい点は、イメージの力で内蔵や内分泌の機能を整え、肌の新陳代謝を内面から高めてくれることでしょう。
もちろん、私たちが行うときにも、心のなかに「なんそ」をイメージすることになります。「そんなことはまやかしだ」と笑い飛ばすのは簡単ですが、やってみて損はないと思います。
【なんその法のやり方】
①時間にゆとりがある時に、テレビの音や外からの騒音が聞こえないなるべく静かな部屋で初めます。服装は、内観法の時と同じように、締め付けないものを身に付け、椅子に深く座るか、床にあぐらをかいて安定した姿勢を取ります。
②目を軽く閉じ、頭の上に「なんそ」が乗っている状態を思い浮かべます。
「なんそ」は、柔らかくてゆっくり溶け出す様な素材で、いい香りがするものなら何でも構いません。アイスクリームの様な具体的なモノでもいいし、自分なりに架空の物質を創造するのもいいでしょう。
あなたにとっての「なんそ」が決まったら、みかんか卵くらいのサイズのものが、頭のてっぺんに乗っていることをイメージします。
③頭の上に「なんそ」が乗っている状態が心に浮かんできたら、次に「ああ、いい香り。食べたいほどいい匂いだ」と想像します。
④「なんそ」の香りが感じられるようになったら、「溶け出したなんそが、頭から肩へ、頭から胸へ、頭から背中へ、チョロチョロと流れ出してきた」と思い込みます。
⑤「なんそ」が溶けて次々に流れていく状態を思い浮かべると、その流れた筋に沿って体が温かく感じられるようになってきます。その時、小じわやシミも「なんそ」と一緒に流れ出ていく、と心の中で繰り返します。
⑥イメージの中で、説けて流れた「なんそ」が腰の周りにタップリとたまった状態になるにつれ、「温泉に浸かっている様ないい気分だ」と感じてきます。
⑦「なんそ」に使った体が心地よく温まってきたら、ここで次のように念じます。「体の中の毒がだんだん溶け出していく。私のシミもしわも溶け出て消え始めた。ほら、目尻の小じわが消えていく。頬のシミも消えてきた。
ゆっくりゆっくり、消えていく。肌がすべすべしてきた。私の肌は、シミも小じわも消えて、美しく蘇ったのだ」
できれば、このプロセスを30分以上かけてゆっくりと繰り返すといいでしょう。ウソのような話ですが、この方法を実践した修行僧は、
「腰から足元へ流れてたまった仙薬が下半身を温めてくれる様な気がした。長年の悩みも消えて内臓は調和がとれて充実し、肌もツヤツヤしてきた」
と語ったそうです。
私自身も、なんその法を愛用していますが、体調も肌の状態も極めて良好。それ以来、友人やクリニックに訪ねてくる患者さんにも勧めているのです。
例えば、40代のある女性は、子供を産んだ6年前からシミに悩まされていましたが、洗顔や基礎化粧品の使い方を改めると同時に、「なんその法」を実行した所、ずいぶんシミが薄くなったと喜んでいます。
「最初は半信半疑だったけれど、3ヶ月経ったあたりでふと気が付くと、頬と目尻のシミが殆ど目立たなくなったんです」
内観法やなんその法で、素肌のコンディションが好転したという人は、彼女だけではありません。ぜひ試してみて下さい。ストレスがシミを作る事を考えれば、心のリラックスがシミを治すことも大いに有り得る話なのです。
白隠禅師の独按摩で肩こり解消♪ からの引用ですが・・・♬
○肩こり、耳鳴り、眼の疲れに効く耳体操
臨済宗中興の祖と仰がれる白隠禅師は、先に紹介した "内観の秘法” が有名だが、あまり知られていない、”白隠禅師の独按摩(ひとりあんま)”と呼ばれる健康法も説いていた。
これは、仙道、ツボ療法、呼吸法など、東洋に伝わる健康法を取り入れて、白隠が編み出したものだ。その独按摩の中に、耳を刺激する動作がある。実は、これは面白いことに、最近になって中国で人気の出てきた耳体操に似ている。
中国では、耳は人体の縮図で、そこには全身のツボが密集していると考えられるようになってきたのだ。そこで、簡単に耳のツボが刺激できる耳体操が考案され、多くの人に愛好されている。が、実践するなら白隠禅師の耳按摩の方がもっと簡単で便利なので、こちらの方法を紹介してみよう。
まず手のひらで、左右の耳を上から下に20回こする。
次に耳の上部をつまんで上に2~3回、中間部をつまんで横に2~3回、
そして下部、つまり耳たぶをつまんで下に2~3引っ張る。
最後に両耳の穴の中に人差し指を入れて、ポンと5~6回引き抜く。
以上である。
中国では、こうした耳体操は、肩こり、耳鳴り、肥満、眼精疲労、高血圧、便秘などに効果があるとしている。また、試してみると、何とも言えない爽快感がある。ぜひ、お勧めしたい。




































